灰冠と香路の年代記   作:MOZIO

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第十九章 三つの部屋

同じ卓につくことは、平和の始まりだと人は言う。

 

だが、互いを殺したばかりの者たちにとって、同じ卓は最も危険な戦場になる。

 

杯に毒があるかもしれない。

 

椅子の下に火薬はない時代でも、油壺ならある。

 

壁の裏に弩兵がいるかもしれない。

 

扉が一つなら、逃げる順番で争いが起きる。

 

誰が先に座るか。

 

誰が中央か。

 

誰が窓を背にするか。

 

誰の旗を高く掲げるか。

 

平和会談の卓は、戦場より多くの意味を持つ。

 

だからアルベリク・フォン・ライナーは、アルビオン海王国とルシタニア九王冠の代表を、同じ卓へ座らせないことにした。

 

少なくとも、最初は。

 

---

 

## 一

 

サン=リュシアン港の旧関税院には、三つの大広間があった。

 

北の間。

 

南の間。

 

中央の計量室。

 

かつて北の間では毛織物を、南の間では香辛料を検査し、中央で税額を決めた。

 

商人同士が顔を合わせると値段の示し合わせをするため、荷と所有者を別々に入れる構造になっている。

 

三つの部屋を結ぶ廊下は細い。

 

窓口だけで書類が行き来する。

 

アルベリクは、その古い商業施設を会談場へ変えた。

 

北の間にアルビオン代表。

 

南の間にルシタニア代表。

 

中央の間にヴァルネリア、セレスタ開帳会、聖座、港湾組合の共同書記。

 

文書は三部。

 

発言は二人の伝令が別々に運ぶ。

 

到着時刻を水時計と砂時計で記録。

 

一方の伝令が死んでも、もう一方が残る。

 

内容が違えば、中央書記が両方を止める。

 

「会談ではありません」

 

軍務大臣代理が言った。

 

「帳簿の照合です」

 

アルベリクは床板を剥がさせながら答えた。

 

床下から出た油壺は三本。

 

アルビオン王家の白獅子印。

 

ルシタニア王冠連盟の九星印。

 

二つとも本物の印璽から作られた蝋。

 

壺そのものは、ヴァルネリア王室倉庫の品。

 

「三国すべての責任に見える」

 

ハンスが言った。

 

「それが目的です」

 

「どちらへ先に知らせます」

 

「同時に」

 

「口頭で?」

 

「壺そのものを見せる」

 

「一つずつ?」

 

「三本あります」

 

北。

 

南。

 

中央。

 

同じ時刻に。

 

「印が違えば」

 

「事前に三者で刻傷を照合します」

 

アルベリクは短剣で壺の底へ細い線を入れた。

 

一本。

 

二本。

 

三本。

 

三つ並べれば一本の曲線になる。

 

分けても、元が同じ一組だと確認できる。

 

「壺を入れ替えられたら」

 

ハンス。

 

「重さを記録」

 

「油を抜けば」

 

「封を」

 

「封を写せば」

 

「そこまで疑う?」

 

アルベリクが尋ねた。

 

「あなたが疑えと」

 

「その通りです」

 

床下は空にしない。

 

代わりに水を張った浅い桶を置く。

 

侵入者が床を外せば音。

 

油を流されても薄まる。

 

壁の裏。

 

梁。

 

屋根。

 

窓。

 

すべて調べる。

 

警備兵を一国へ偏らせない。

 

ヴァルネリア正規兵。

 

港湾組合の自警団。

 

聖座灰衣修道士。

 

開帳会の記録官。

 

武器は短槍まで。

 

弩は外壁。

 

弓兵は二百歩外。

 

「我々の兵を信用しないのですか」

 

ヴァルネリア士官。

 

「信用しています」

 

「なら」

 

「信用と確認は別です」

 

士官は納得しない顔。

 

アルベリクも、数年前なら同じ顔をしたかもしれない。

 

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## 二

 

会談場の外では、港湾労働者が石を積んでいた。

 

防壁ではない。

 

道を塞ぐため。

 

避難命令によって旧関税院周辺の住民と商店は、三日間立ち退きを命じられた。

 

王室は補償を約束した。

 

だが支給されたのは紙の引換票。

 

銀貨ではない。

 

「外国の王族には絨毯」

 

港湾組合支部長ガスパール・ルノワールが言った。

 

四十五歳。

 

荷役夫。

 

太い腕。

 

右手の指を二本、荷車事故で失っている。

 

「我々には紙」

 

「絨毯は倉庫の古品です」

 

王室書記。

 

「売れば銀になる」

 

「引換票も」

 

「いつ」

 

「会談後」

 

「会談が失敗したら?」

 

書記は答えられない。

 

ルノワールは石を道へ。

 

労働者たちも。

 

「会談そのものへ反対ですか」

 

アルベリクが来る。

 

護衛はハンス一人。

 

兵を連れてくれば威圧。

 

「戦を止めるのは反対しない」

 

ルノワール。

 

「では」

 

「止める場所が、なぜ我々の港だ」

 

「中立で」

 

「王の港だ」

 

「国境から離れ」

 

「外国船が来れば、魚は売れる。宿も。だが三日閉鎖されれば日雇いは食えない」

 

「補償を」

 

「紙で」

 

また。

 

「銀は、会談参加国へ請求中です」

 

「請求書でパンを?」

 

アルベリクは言葉を止めた。

 

「今日の食糧券を出します」

 

「施し?」

 

「立退き分です」

 

「給金として記録を」

 

ルノワール。

 

「食糧券ではなく、何日、何人、いくら失ったか」

 

「一人ずつ?」

 

「外国の死者は名前を読むのでしょう」

 

アルベリクは港を見た。

 

開帳会。

 

六席。

 

どこでも同じ問い。

 

誰の名を残すか。

 

「登録所を」

 

「王の役人だけでは」

 

「港湾組合から二人。商人組合一人。住民一人。王室二人」

 

「住民代表は誰が」

 

「その場で選ぶ」

 

「今から?」

 

「今日中に」

 

ルノワールが笑う。

 

「会談は明日」

 

「だから急ぎます」

 

「灰冠と同じだ」

 

「何が」

 

「期限を作る」

 

アルベリクは否定できない。

 

「では、会談後も申告を受ける。暫定払いだけ今日」

 

「銀で」

 

「半分を銀。半分を王室票」

 

「全部銀」

 

「ありません」

 

正直。

 

労働者たちがざわめく。

 

「ない?」

 

「会談警備、艦隊、避難。王室金庫は不足しています」

 

「宝石を売ると聞いた」

 

「一つ売りました」

 

「外国人のために?」

 

「戦争を止めるため」

 

「我々のためでもあると?」

 

「戦争が始まれば、この港が補給地になります」

 

「それを決めたのは昔の王だ」

 

誰かが叫ぶ。

 

アルベリクの顔。

 

「何のことです」

 

ルノワールは紙を出した。

 

安い印刷紙。

 

《サン=リュシアン秘密補給条約》

 

アルビオン艦隊へ、戦時中の港湾使用権。

 

王室印。

 

前王。

 

本物。

 

ただし文書の下半分がない。

 

期限。

 

適用条件。

 

失効条項。

 

「どこで」

 

「今朝、港中へ」

 

「誰が配った」

 

「印刷屋の少年」

 

「名は」

 

「知らない」

 

真実の一部。

 

灰冠自由会議。

 

「この条約は失効しています」

 

アルベリク。

 

「本物ではある?」

 

「はい」

 

労働者たち。

 

怒り。

 

「王は中立だと言いながら、アルビオンへ港を!」

 

「期限切れです」

 

「いつまで有効だった」

 

「十二年前まで」

 

「その間、我々へ知らせたか」

 

「いいえ」

 

「なら王が嘘をついたことは本物だ」

 

アルベリクは紙を受け取る。

 

偽造ではない。

 

だから難しい。

 

「全文を今日、公開します」

 

「会談前に?」

 

「はい」

 

「アルビオンが権利を主張したら」

 

「失効を認めさせる」

 

「認めなければ」

 

「会談は」

 

言葉が詰まる。

 

続けるか。

 

「それでも戦を止める?」

 

ルノワール。

 

「はい」

 

「王の秘密を飲み込んで?」

 

「飲み込みません」

 

「では」

 

「同じ時刻に、両国へ見せます」

 

また。

 

同時。

 

一方へ先に知らせない。

 

「港の人間にも」

 

ルノワール。

 

「はい」

 

「会談参加者より後ではなく」

 

「同じ時刻」

 

石は道から除かれなかった。

 

だが増えもしなかった。

 

---

 

## 三

 

アルビオン代表団は、王家の白獅子旗を掲げず入港した。

 

代わりに青地へ白い錨。

 

海軍使節旗。

 

代表はエドウィン・ホークウッド副提督。

 

五十四歳。

 

灰色の髪。

 

頬へ古い刀傷。

 

海軍卿ローワン・グレイヴズが負傷したため、代行。

 

国王エドガー四世の全権委任状を持つ。

 

ただし王弟エドマンドに関する共同裁判権限は限定。

 

「王族を外国へ渡す権限はない」

 

上陸前から明言している。

 

同行。

 

王室法官。

 

海軍書記。

 

私掠船被害商人。

 

戦死者遺族代表。

 

弓兵代表二人。

 

トーマス・ウェルズ。

 

靴職人のヒュー。

 

ウィルは船に残された。

 

「なぜ俺だけ」

 

弟が怒った。

 

「代表は一人」

 

「兄貴は字が読めるから」

 

「少し」

 

「俺も名前は」

 

「給金名簿を守れ」

 

「何を」

 

「俺たちが戻らないと書かれたら、訂正しろ」

 

冗談ではない。

 

名簿。

 

生死。

 

給金。

 

「戻る」

 

トーマス。

 

また。

 

「母さんの命令」

 

ウィルは笑わない。

 

「絶対だ」

 

---

 

ルシタニア代表団は、九王冠すべての旗を掲げた。

 

一つの帆柱へ九枚。

 

風で絡む。

 

港へ入る前に二枚が逆さになる。

 

船員が慌てて直す。

 

代表はポルテラ女王イネス一世。

 

自ら。

 

アフォンソ五世は強硬派監視役として従弟を送った。

 

ほかの王冠は法官、司祭、船主。

 

生存者代表。

 

捕虜交換代表。

 

漁師ジョアン・フェレイラ。

 

弟ミゲルを海戦で失い、自身はアルビオン船の捕虜となった男。

 

「なぜ私が」

 

ジョアンが尋ねた。

 

「敵に助けられたから」

 

イネス。

 

「弟を殺された」

 

「それも」

 

「どちらを話す」

 

「両方」

 

「女王は、便利に使う」

 

「はい」

 

イネスは否定しない。

 

「嫌なら降りても」

 

「弟の名は誰が」

 

「記録官が」

 

「顔を知らない」

 

ジョアンは残る。

 

---

 

両代表船は、外港の別々の桟橋。

 

距離。

 

弓が届かない。

 

大投石機なら届く。

 

投石機は封印。

 

双方の蝋印。

 

ヴァルネリア印。

 

港湾組合印。

 

四つ。

 

「武器は短剣一本」

 

検査官。

 

ホークウッド副提督。

 

「海軍将官が」

 

「女王も同じです」

 

「王族と同列?」

 

「安全上」

 

「我々の代表は王族では」

 

「だから条件は変えません」

 

検査。

 

副提督の靴へ小刀。

 

「予備です」

 

「一本」

 

「海では二本」

 

「陸です」

 

取る。

 

イネスの侍女は髪飾りへ細い針。

 

「装飾」

 

「毒針にも」

 

「女王の髪を何で」

 

「木櫛を」

 

侍女が怒る。

 

イネスは木櫛を受ける。

 

「平和は髪型から壊れるのですね」

 

検査官は笑えない。

 

---

 

## 四

 

会談初日の正午。

 

三つの部屋へ、三本の油壺が運ばれた。

 

北の間。

 

アルビオン側。

 

ホークウッドは白獅子印を見る。

 

「本物です」

 

王室法官。

 

「印璽はどこに」

 

「王弟財務官オズワルド・フェインが複製を」

 

「この九星印も?」

 

「知りません」

 

南の間。

 

イネスは九星印へ指。

 

「五番王冠の印が古い」

 

法官。

 

「先王時代の」

 

「本物?」

 

「印璽庫に旧印が残る」

 

「誰が出せる」

 

「王室書記、財務官、司教」

 

「多すぎる」

 

中央。

 

アルベリク。

 

ルノワール。

 

開帳会書記。

 

聖座使節。

 

三本の壺底。

 

刻傷。

 

一致。

 

時刻。

 

同時に公開。

 

続いて、サン=リュシアン秘密補給条約。

 

全文。

 

北の間へ。

 

南の間へ。

 

港の広場へ。

 

同時。

 

港の鐘が一度鳴る。

 

公開時刻。

 

アルビオン側。

 

「有効な条約です」

 

王室法官が最初に言った。

 

ホークウッドが見る。

 

「末尾を読め」

 

《灰暦八百六十一年、王位紛争終結後十二年をもって自動失効》

 

現在八百七十三年。

 

失効。

 

「自動更新条項は」

 

「なし」

 

「別紙が」

 

「あるのか」

 

法官は黙る。

 

可能性。

 

南の間。

 

イネス。

 

「ヴァルネリアは十二年前までアルビオンの補給国だった」

 

「現在は失効」

 

ルシタニア法官。

 

「だが港湾設備は、その金で」

 

「中立性が」

 

「過去の契約で現在を」

 

「秘密にしていた」

 

疑い。

 

中央。

 

港の群衆へ朗読。

 

怒号。

 

《三港の利用権》

 

《王位紛争時の軍事支援》

 

《港湾労働者の強制徴用》

 

そこ。

 

過去。

 

十二年前。

 

徴用された者。

 

死者。

 

補償未払い。

 

ルノワールの父も。

 

「だから王室は金がないと」

 

群衆。

 

「外国と秘密条約を結ぶ金はあった!」

 

「今の王では」

 

「王冠は同じ!」

 

石。

 

王室兵へ。

 

アルベリクは兵へ盾を構えさせる。

 

「槍を上げるな!」

 

「突破されます」

 

「盾だけ」

 

ルノワールが樽へ上がる。

 

「聞け!」

 

組合長。

 

「全文を読め!」

 

群衆。

 

「もう十分だ!」

 

「末尾まで!」

 

彼自身が朗読。

 

失効。

 

徴用補償。

 

《王室は徴用者家族へ銀貨五枚》

 

「払われたか!」

 

「父は一枚も!」

 

「名簿は!」

 

王室書記。

 

「紛失」

 

怒り。

 

「紛失?」

 

ルノワールはアルベリクを見る。

 

「会談より先に、こちらの帳簿を」

 

「今日、登録を」

 

「昔の死者も?」

 

「はい」

 

「証拠がない者は」

 

「証言二名。教会記録。組合帳」

 

「全部ないなら」

 

アルベリクは答えに詰まる。

 

「名前だけでも」

 

ルノワール。

 

ヨナの言葉。

 

「名前だけでも書け」

 

「補償は」

 

「後で決める」

 

「また紙」

 

「はい」

 

正直。

 

「でも紛失とは書かない」

 

アルベリク。

 

「分からないと」

 

群衆は収まらない。

 

だが王室兵へ突撃しない。

 

真実を全部読んだ。

 

怒りは消えない。

 

矛先が少し分かれる。

 

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## 五

 

三つの部屋の最初の議題は、誰が最初に矢を射たかだった。

 

アルビオン側文書。

 

《ルシタニア艦隊が王使船へ射撃》

 

ルシタニア側。

 

《アルビオン私掠船が火矢を発射》

 

両方本当。

 

時刻。

 

私掠船の火矢が先。

 

届かなかった。

 

その後、ルシタニアの防衛斉射がアルビオン船へ命中。

 

「攻撃とは、届かなければ攻撃でないか」

 

中央書記。

 

北へ質問。

 

ホークウッド。

 

「意思で判断すべき」

 

南へ。

 

イネス。

 

「なら私掠船が先」

 

北。

 

「私掠免許は王命ではない」

 

南。

 

「王弟印」

 

北。

 

「王弟は王ではない」

 

南。

 

「海軍総監」

 

中央。

 

「権限の逸脱を、外国側が見分ける義務はあるか」

 

北。

 

長い沈黙。

 

「ない」

 

ホークウッド。

 

南へ送る。

 

イネス。

 

「では、アルビオン王家の責任を」

 

北。

 

「認める。ただし国家による開戦意思は否定」

 

南。

 

「ルシタニア沿岸艇の報復攻撃は」

 

イネス。

 

「王冠連盟命令ではない。一部領主の許可」

 

北。

 

「同じでは」

 

中央書記が記す。

 

《双方とも、王権周辺の限定権限が武力行使へ使われ、中央命令ではないと主張》

 

同じ。

 

「では両方が無罪?」

 

トーマスが小声。

 

アルビオン遺族代表が睨む。

 

「我々の死者は」

 

「無罪では」

 

トーマス。

 

「誰が払うか」

 

答え。

 

国家。

 

王弟。

 

私掠船。

 

灰冠。

 

ルシタニア領主。

 

分ける必要。

 

「最初の矢を決めるより」

 

ホークウッドの文書。

 

「各命令系統の責任を」

 

南。

 

イネスは受ける。

 

アフォンソ派法官が反対。

 

「アルビオンの侵略を曖昧に」

 

イネス。

 

「我々の沿岸艇も商船を焼いた」

 

「報復」

 

「報復は、最初の死者を次の死者へ変える言葉です」

 

文書になる。

 

中央。

 

北へ。

 

アルビオン側が読む。

 

ホークウッドは何も言わない。

 

トーマスは、あの村の焼けた家を思う。

 

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## 六

 

会談二刻目。

 

最初の偽伝令が現れた。

 

南の間から中央へ。

 

《ルシタニア側は、アルビオン王弟を戦犯として即時引き渡さない限り交渉を中止する》

 

印。

 

時刻。

 

伝令。

 

正式な赤帯。

 

中央書記が受け取る。

 

二人目の伝令が来ない。

 

規則。

 

二通揃うまで進めない。

 

「遅れているだけでは」

 

ヴァルネリア法官。

 

「待つ」

 

十分。

 

二十分。

 

南へ確認。

 

南の記録。

 

そのような文書は出していない。

 

偽。

 

伝令を拘束。

 

若い男。

 

ヴァルネリア王室伝令服。

 

名簿にない。

 

「誰から」

 

「南の書記」

 

「名は」

 

「分かりません」

 

「顔」

 

「覆って」

 

「部屋内で?」

 

あり得ない。

 

身体検査。

 

口に毒なし。

 

腕へ港湾組合の古い刺青。

 

「港の人間?」

 

ルノワールが呼ばれる。

 

「知っている」

 

男の名。

 

マルセル・デュポン。

 

元荷役夫。

 

三年前、荷崩れで脚を悪くし解雇。

 

補償なし。

 

「なぜ」

 

ルノワール。

 

マルセルは笑う。

 

「外国王族の椅子を運べば一日銀貨二枚。俺の脚は一生で一枚も出なかった」

 

「誰に雇われた」

 

「印刷屋」

 

「名は」

 

「知らない」

 

「何を言われた」

 

「会談が潰れれば、港は軍需で儲かる」

 

一部は本当。

 

戦争で荷役需要。

 

危険手当。

 

「いくら」

 

「銀貨十枚」

 

「受け取った?」

 

「前金二枚」

 

残り。

 

成功報酬。

 

「文書の内容は」

 

「渡された」

 

「本物と思った?」

 

「どうでも」

 

マルセルの目。

 

怒り。

 

「王は俺を使い捨てた。外国の王も同じ」

 

灰冠は不満を作っていない。

 

使った。

 

「公開尋問へ」

 

アルベリク。

 

「今?」

 

法官。

 

「会談中に混乱」

 

「隠せば、後で偽伝令が本物に」

 

三室へ同時報告。

 

港広場へは、個人名を伏せて。

 

捜査中。

 

「全部公開では」

 

ルノワール。

 

「家族が」

 

マルセルの妻。

 

子。

 

「本人の同意なく」

 

「罪を隠す?」

 

「家族を守る」

 

公開にも段階。

 

マルセル自身は笑う。

 

「家族は俺を恥じる」

 

「それを決めるのは」

 

ルノワール。

 

「お前じゃない」

 

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## 七

 

偽伝令の後、会談規則が変更された。

 

文書に言葉だけでなく、切断した木札を添える。

 

北側。

 

南側。

 

中央。

 

三片を合わせて一枚の海燕。

 

毎刻、形を変える。

 

伝令服も色だけではなく、手首へ時刻紐。

 

二重。

 

「会談のたび増える」

 

ハンス。

 

「次は三重になります」

 

「敵も学ぶ」

 

「こちらも」

 

「いつまで」

 

「終わるまで」

 

終わりはないかもしれない。

 

「兵なら、敵の旗を見れば射てた」

 

「今は旗が本物です」

 

ハンスは油壺を見る。

 

「戦場より難しい」

 

「はい」

 

アルベリクは初めて、戦場の方が簡単だと思った。

 

勝敗。

 

地形。

 

兵数。

 

補給。

 

会談では、相手に勝てば失敗。

 

相手が負けても失敗。

 

双方が、自分の民へ敗北でないと説明できる場所を作らなければならない。

 

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## 八

 

証人聴取は、北でも南でもない第四の場所で行われた。

 

旧関税院の中庭。

 

屋根なし。

 

弩兵が隠れられない。

 

周囲の窓を封鎖。

 

証人同士の距離。

 

十歩。

 

トーマス。

 

ジョアン。

 

通訳二人。

 

中央書記。

 

両国法官。

 

「低い襲撃船を見たか」

 

ジョアン。

 

「巡礼船襲撃前ではない。海戦後、私掠船を」

 

トーマス。

 

「ルシタニア村へ逃げた船を」

 

「船体」

 

「南方松」

 

「櫂穴は」

 

「十六」

 

「我々を襲った船も」

 

ジョアン。

 

「旗は」

 

「ルシタニア」

 

「中にアルビオン矢」

 

「俺たちの船にも」

 

二人は証拠品を見る。

 

矢。

 

長いアルビオン矢。

 

青羽。

 

王家倉庫印。

 

短いルシタニア矢。

 

赤羽。

 

九王冠軍需印。

 

「これ」

 

トーマスが長矢を持つ。

 

「重さが違う」

 

「何が」

 

法官。

 

「王家支給矢より軽い」

 

「木は」

 

矢師。

 

「ルシタニア産トネリコ」

 

「羽はアルビオン」

 

ジョアンが短矢。

 

「これは、我々の羽ではない」

 

「赤い」

 

「染め方。根元まで赤くするのはサンタ・ブランカ。これは先だけ」

 

「どこ」

 

矢師。

 

「セレスタの舞台矢」

 

祭礼。

 

演劇。

 

偽装。

 

両方の矢が、同じセレスタ商会を経由。

 

既に解散した《双魚船具商会》。

 

所有者名義。

 

死者。

 

「灰冠」

 

法官。

 

「名前だけでは」

 

中央書記。

 

「実際に買った者を」

 

帳簿。

 

セレスタ開帳会へ照会。

 

時間。

 

「会談を延長?」

 

「返事を待てない」

 

トーマス。

 

「何を」

 

「矢は嘘でも、俺たちが射た矢は本物です」

 

ジョアンが見る。

 

「そうだ」

 

「灰冠が全部悪いと言えば」

 

「弟を射た者が消える」

 

「俺かもしれない」

 

「知っている」

 

通訳が一瞬止まる。

 

そのまま訳す。

 

「それでも停戦を?」

 

法官。

 

ジョアン。

 

「弟のために、次の弟を殺せとは言われてない」

 

「家族は」

 

「母は戦えと言うかもしれない」

 

「なら」

 

「母がここにいないから、俺が決める」

 

トーマス。

 

「俺の母は帰れと言った」

 

「なら帰れ」

 

「給金が」

 

ジョアンが笑う。

 

初めて。

 

「王は、敵より給金を払わない?」

 

「父の時から」

 

法官が咳払い。

 

「証言へ関係」

 

「あります」

 

トーマス。

 

「兵へ金が来なければ、村を奪います」

 

「命令違反」

 

「腹は命令を聞かない」

 

中央書記が記す。

 

《停戦維持には、徴募兵及び水夫への未払給金処理が必要》

 

戦争交渉に、兵の給金。

 

これまで王族だけが扱った項目。

 

証人が入れる。

 

---

 

## 九

 

会談場から三百歩離れた港湾倉庫で、火が上がった。

 

鐘二つ。

 

火災。

 

旧関税院。

 

全員が立つ。

 

「攻撃!」

 

アルビオン護衛。

 

「罠!」

 

ルシタニア護衛。

 

別々の出口へ。

 

規則では、代表は部屋へ留まる。

 

煙。

 

風は会談場方向。

 

「避難を」

 

ホークウッド副提督。

 

北の扉。

 

「開けるな」

 

王室法官。

 

「焼かれる」

 

南。

 

イネスは窓。

 

黒煙。

 

港湾労働者の避難区。

 

「住民が」

 

「女王は残って」

 

護衛。

 

中央。

 

アルベリク。

 

「火災隊を」

 

「会談警備が」

 

「半分」

 

「代表が危険」

 

「住民も」

 

油壺は会談場で見つかった。

 

敵は別の倉庫へ。

 

「代表を地下避難路へ」

 

「地下は調査済み?」

 

ハンス。

 

「一度」

 

「敵は知っている」

 

「屋上?」

 

「煙」

 

三室。

 

連絡。

 

《会談継続。各代表は室内待機。警備半数を火災へ》

 

北。

 

ホークウッドが署名。

 

南。

 

イネスも。

 

強硬派法官が反対。

 

「アルビオン兵が外へ出れば」

 

「我々も同数」

 

「火災現場で戦闘に」

 

「港湾組合の指揮下」

 

外国兵を労働者が指揮。

 

異例。

 

ルノワールが倉庫前。

 

「武器を置け!」

 

アルビオン水夫。

 

ルシタニア水夫。

 

「火を消すのに剣はいらない!」

 

短剣を樽へ。

 

水桶。

 

手斧。

 

火。

 

倉庫には避難住民の荷。

 

寝具。

 

家具。

 

補償を待つ者たち。

 

「人は」

 

「全員出たか」

 

名簿。

 

一家。

 

不足。

 

老女と孫。

 

中。

 

トーマスは中庭から煙を見る。

 

証言中。

 

「行かせてください」

 

「証人は」

 

「弓兵でも」

 

ジョアン。

 

「俺も」

 

「外国兵は」

 

法官。

 

「人が」

 

二人。

 

港湾組合員と倉庫へ。

 

煙。

 

布を口。

 

老女。

 

倒れている。

 

孫が梁の下。

 

火。

 

ジョアンが梁を持ち上げる。

 

トーマスが子供を引く。

 

梁。

 

重い。

 

「早く!」

 

ジョアンの腕。

 

火傷。

 

外へ。

 

老女も。

 

救助。

 

その間、倉庫裏で二人の男が捕らえられる。

 

油壺ではない。

 

松脂。

 

船補修用。

 

倉庫の正式在庫。

 

鍵を持つ。

 

港務倉庫副監督ジャン・モロー。

 

もう一人。

 

灰衣修道士服。

 

偽。

 

「なぜ」

 

ルノワール。

 

モロー。

 

「避難荷を燃やせば、王室が補償を払えない」

 

「それが目的?」

 

「住民が会談場へ押し寄せる」

 

「誰の命令」

 

「知らない」

 

「金は」

 

「娘の婚資」

 

「誰から」

 

「双魚船具商会」

 

また。

 

死者名義。

 

「火をつけたのは」

 

偽修道士。

 

口に毒。

 

兵が顎を押さえる。

 

歯の袋を抜く。

 

生かす。

 

「倉庫に人がいると」

 

モロー。

 

「名簿では空」

 

予定外。

 

「確認した?」

 

「組合が移したと」

 

「自分で」

 

「時間が」

 

どの国でも。

 

同じ言葉。

 

火は二棟を焼いた。

 

死者なし。

 

負傷十二。

 

港の荷は失われた。

 

怒り。

 

だがアルビオン水夫とルシタニア水夫が同じ列で水を運ぶ姿を、港の住民が見た。

 

宣伝用ではない。

 

煙。

 

悪態。

 

互いに言葉が通じず、桶を投げる。

 

それでも。

 

---

 

## 十

 

火災の最中、中央書記の一人が殺された。

 

名はエティエンヌ・バロー。

 

十九歳。

 

王室書記見習い。

 

三部の時刻記録を担当。

 

喉へ細い針。

 

毒。

 

机に伏せているのを、戻った伝令が発見。

 

記録帳の一頁がない。

 

会談第二刻。

 

偽伝令前後。

 

「誰が入った」

 

中央室は共同監視。

 

ヴァルネリア兵。

 

開帳会。

 

聖座。

 

港湾組合。

 

全員。

 

「全員を拘束」

 

法官。

 

「会談が」

 

「殺人です」

 

「一人を選べない」

 

「だから全員?」

 

アルベリク。

 

「外へ出た者は」

 

火災。

 

多い。

 

「記録頁は」

 

複製がある。

 

北。

 

南。

 

中央の写し。

 

失われたのは中央原本。

 

内容は残る。

 

「殺す意味が」

 

ハンス。

 

「原本がないと、どちらが正しいか争える」

 

「写しの印は」

 

「本物」

 

「なら」

 

「混乱そのもの」

 

エティエンヌの死。

 

会談を止める理由。

 

「遺体を公開しますか」

 

「家族へ先に」

 

アルベリク。

 

「会談側へは名前と事実」

 

「犯人不明」

 

「分からないと」

 

「書記が殺された会談を続ける?」

 

王室法官。

 

アルベリクは遺体を見る。

 

若い。

 

インクの染みた指。

 

軍人ではない。

 

「本人が何のため記録を」

 

「給金」

 

同僚。

 

「将来、法官に」

 

「会談を止めたかったか」

 

「いいえ」

 

「聞いた?」

 

「昨夜、怖いと。でも、続けると」

 

本人の意思。

 

死者を使う危険。

 

それでも。

 

「記録官を二人増やす」

 

アルベリク。

 

「続けます」

 

「死者への冒涜」

 

「止めれば、殺した者の目的を」

 

「それも死者を使う」

 

ルノワール。

 

「はい」

 

アルベリクは認める。

 

「だから、家族へ選択を」

 

「何を」

 

「名前を会談記録へ残すか」

 

母親。

 

港外。

 

時間。

 

「待つ?」

 

「待ちます」

 

一刻。

 

会談停止。

 

遅くする。

 

エティエンヌの母は、洗濯女だった。

 

息子の死。

 

泣く。

 

「名前を」

 

質問。

 

「残して」

 

「会談を続ける理由に」

 

「息子は、字を書くのが好きだった」

 

「分かりました」

 

「英雄にするな」

 

「はい」

 

「怖がっていたと」

 

「それも」

 

「逃げなかった?」

 

「はい」

 

母は頷く。

 

「なら全部」

 

会談再開。

 

中央机に、空の椅子。

 

エティエンヌの記録帳。

 

欠けた頁。

 

名前。

 

---

 

## 十一

 

火災後、両国代表は会談中止を求めなかった。

 

求めれば相手が逃げたと宣伝される。

 

意地。

 

同時に、本当に止めたい。

 

北の間。

 

ホークウッド。

 

「この施設を信頼できない」

 

南。

 

イネス。

 

「ここで続ける理由は」

 

中央。

 

アルベリク。

 

「場所を変えれば、新しい場所を調べる時間が必要」

 

北。

 

「船上会談」

 

南。

 

「海戦の海へ戻る?」

 

北。

 

「聖座領」

 

南。

 

「四十日かかる」

 

中央。

 

「三室を維持。代表は夜、各船へ戻る。翌日再開」

 

北。

 

「一日延長」

 

南。

 

「港の負担が」

 

ルノワール。

 

「延長補償を両国が即時銀払い」

 

北へ。

 

南へ。

 

アルビオン側。

 

「銀輸送が」

 

ルシタニア側。

 

「王冠ごとの負担が」

 

中央。

 

「払わなければ会談場を使えない」

 

港湾組合。

 

初めて、港が条件を出す。

 

アルビオン。

 

銀貨四百。

 

ルシタニア。

 

四百。

 

ヴァルネリア王室。

 

二百。

 

「なぜ我々も」

 

王室法官。

 

ルノワール。

 

「秘密条約の場所代」

 

払う。

 

宝石を売った銀。

 

港湾住民へ。

 

労働者は、戦争を止める会談の費用を初めて直接請求した。

 

---

 

## 十二

 

二日目の議題は、停戦期間だった。

 

アルビオン。

 

七日延長。

 

ルシタニア。

 

四十日。

 

アルビオン海軍は、私掠船を止めるため海上行動が必要。

 

ルシタニアは、七日では艦隊解散も王冠会議も不可能。

 

中央案。

 

二十一日。

 

「中途半端」

 

双方。

 

「では三段階」

 

アルベリク。

 

第一。

 

七日。

 

全艦現位置停止。

 

救助。

 

捕虜交換。

 

第二。

 

次の十四日。

 

一日行程後退。

 

私掠船共同取締り。

 

第三。

 

残り十九日。

 

合計四十日。

 

主力艦帰港。

 

共同調査。

 

新規徴募停止。

 

「途中解除条件は」

 

アルビオン。

 

「相手の明確な大規模攻撃」

 

「明確とは」

 

ルシタニア。

 

「共同監視船が確認」

 

「監視船を攻撃されたら」

 

「二隻」

 

「両国一隻ずつでは」

 

「セレスタ開帳会船、聖座船、ヴァルネリア船」

 

「多い」

 

「三隻中二隻の確認」

 

「間に合わない」

 

「緊急防衛は各船。追撃と港攻撃のみ確認制」

 

凍河。

 

同じ。

 

「敵が逃げる」

 

「逃がす」

 

アルベリク。

 

「攻撃を広げるより」

 

ホークウッドは軍人。

 

不満。

 

イネスも、海賊を逃すことへ不満。

 

だが受ける。

 

「私掠船は」

 

共同敵。

 

拿捕賞金は被害基金。

 

船員の罪。

 

命令者。

 

実行者。

 

略奪のみ。

 

殺人。

 

分ける。

 

「王弟エドマンド」

 

ルシタニア。

 

「共同法廷へ本人出廷」

 

アルビオン。

 

「王国内での審理。ルシタニア証人の参加」

 

「それではアルビオン法」

 

「王族を国外へ出せない」

 

「死者は国外に」

 

「譲れない」

 

会談が止まる。

 

最も重い。

 

王冠。

 

主権。

 

責任。

 

「法廷を国境船上へ」

 

誰か。

 

海。

 

危険。

 

「サン=リュシアンで」

 

アルベリク。

 

「ヴァルネリア法?」

 

「共同法廷規則を先に作る」

 

「王弟を外国法へ」

 

「出廷は証人として。王国内の刑罰権はアルビオンに残す」

 

「なら有罪でも王が恩赦」

 

「恩赦した場合、ルシタニアへの補償を増額」

 

「人命を金で」

 

「刑罰権を奪えないなら」

 

イネスが文書を読む。

 

「王弟は継承順位停止済み」

 

「暫定」

 

「共同法廷が事実認定。処罰はアルビオン。処罰内容を公開。ルシタニアは異議を記録」

 

完全な共同裁判ではない。

 

だが王族を秘密にしない。

 

「受けます」

 

イネス。

 

強硬派法官が反対。

 

「死刑を」

 

「私たちが決めない」

 

「弟のような死者が」

 

ジョアンが口を開く。

 

「王弟を殺して、ミゲルは戻らない」

 

「だから無罪に?」

 

「違う」

 

また。

 

「生きて、自分の印で死んだ名前を読ませる」

 

ヨナの考えが海を越えている。

 

直接会っていない。

 

記録。

 

---

 

## 十三

 

補償基金の財源。

 

アルビオン王室。

 

ルシタニア九王冠。

 

灰冠自由会議凍結資産。

 

セレスタ戦争利益税。

 

ヴァルネリア旧秘密条約基金。

 

「なぜヴァルネリアが」

 

王室財務官。

 

「港が過去に戦争準備の利益を」

 

アルベリク。

 

「現王の責任では」

 

「王冠の利益は継承した」

 

「債務も?」

 

「はい」

 

アドリアン二世の書簡。

 

《旧王室秘密条約に基づき得た港湾設備及び税収について、王室は調査と補償へ応じる》

 

自ら。

 

財務官は青ざめる。

 

国庫。

 

「金が」

 

「設備を共同利用へ」

 

現物。

 

港湾倉庫。

 

桟橋使用料。

 

基金へ。

 

「王のものを」

 

「港のものへ戻す」

 

ルノワールが聞く。

 

「全部?」

 

「一部」

 

「また一部」

 

「全部渡せば国庫が」

 

「我々も国だ」

 

労働者。

 

会談文書へ、サン=リュシアン港湾補償条項が入る。

 

十二年前の徴用者。

 

今回の避難。

 

火災被害。

 

外国戦争の会談に、地元の古い補償。

 

灰冠が流した真実は、会談を壊さなかった。

 

代わりに条項を増やした。

 

敵の情報を、制度へ取り込む。

 

---

 

## 十四

 

二日目の夕方。

 

三室の代表は、初めて同じ部屋へ入るかを決めた。

 

最終署名。

 

同じ卓。

 

象徴。

 

危険。

 

「別々に署名でよい」

 

ホークウッド。

 

「民衆は、会っていない停戦を」

 

イネス。

 

「合意文書が」

 

「顔も必要」

 

政治。

 

「中央室は」

 

エティエンヌが死んだ場所。

 

空の椅子。

 

「別の場所」

 

「調査していない」

 

「中庭」

 

屋根なし。

 

弩。

 

周囲は封鎖済み。

 

「卓は」

 

三角形。

 

誰が上座かなくす。

 

三辺。

 

アルビオン。

 

ルシタニア。

 

ヴァルネリア・共同監査。

 

港湾労働者席。

 

追加。

 

四角になる。

 

「三国会談へ労働者?」

 

王室法官。

 

ルノワール。

 

「場所代を払わせた者です」

 

イネスは賛成。

 

「港がなければ会えない」

 

ホークウッドも。

 

「船員代表も」

 

トーマスとジョアン。

 

法官が反対。

 

「署名権は」

 

「証人印」

 

アルベリク。

 

王族。

 

提督。

 

労働者。

 

漁師。

 

小作農。

 

同じ中庭。

 

高さの同じ椅子。

 

白い椅子ではない。

 

急ごしらえ。

 

一つだけ脚が短く揺れる。

 

ルノワールが木片を差す。

 

「象徴ですから」

 

聖座使節が冗談。

 

ルノワール。

 

「座るのは人間です」

 

ルミナと同じ言葉。

 

誰かが伝えたのではない。

 

同じ問題から、同じ答え。

 

---

 

## 十五

 

最終会合の直前、三枚目の文書が港へ撒かれた。

 

《ヴァルネリア王アドリアン二世、アルビオンへの補給権を秘密更新》

 

署名。

 

王印。

 

日付。

 

現在。

 

偽造。

 

だが文面の半分は、会談準備の補給契約。

 

アルビオン代表船へ水と食糧を売る通常契約。

 

そこへ《艦隊全体》の語を加えた。

 

完全な偽書ではない。

 

「広場で」

 

ハンス。

 

群衆が読む。

 

ルシタニア代表にも。

 

「中立ではない!」

 

強硬派法官。

 

イネスは文書を見る。

 

印。

 

本物。

 

追記部分。

 

墨が少し違う。

 

「鑑定を」

 

時間。

 

最終署名。

 

「延期」

 

ルシタニア側。

 

アルビオン側は、文書が本物なら補給権を認めると。

 

自分たちに有利。

 

疑い。

 

「王室原本を」

 

アルベリク。

 

契約書。

 

代表船二隻分。

 

水。

 

乾パン。

 

医薬品。

 

港湾価格。

 

軍需なし。

 

追記なし。

 

「写しが偽造」

 

「原本も差し替えられる」

 

ルシタニア法官。

 

「王室帳簿」

 

「王室が」

 

「港湾組合記録」

 

ルノワール。

 

同じ取引。

 

数量。

 

一致。

 

商人の受領証。

 

アルビオン側船の積荷記録。

 

四つ。

 

照合。

 

「偽造です」

 

イネス。

 

強硬派法官はなお。

 

「本物の秘密が過去に」

 

「だから今回も?」

 

「可能性」

 

「可能性だけで会談を」

 

イネスは机を叩かない。

 

静か。

 

「私たちは、偽旗だと知りながら撃ちました」

 

法官が黙る。

 

「今度は止めます」

 

文書を中央へ。

 

偽造として記録。

 

アルビオン側も。

 

「補給権を主張しないと、ここで署名を」

 

ホークウッド。

 

王室法官が反対。

 

「将来の」

 

「この港について」

 

「王の権限を」

 

「国王全権状に、旧条約失効確認権があります」

 

署名。

 

《アルビオン海王国は、サン=リュシアン港及びヴァルネリア三港への秘密補給権を有しない》

 

公開。

 

古い条約。

 

終わる。

 

---

 

## 十六

 

中庭の卓へ、四つの側が座った。

 

北。

 

ホークウッド副提督。

 

アルビオン王室法官。

 

トーマス。

 

南。

 

イネス女王。

 

九王冠法官。

 

ジョアン。

 

東。

 

アルベリク。

 

聖座使節。

 

開帳会書記。

 

西。

 

ルノワール。

 

港湾住民代表。

 

エティエンヌの空の椅子は、卓の外。

 

記録帳。

 

彼の母の希望。

 

英雄ではなく。

 

怖がっていた書記。

 

最終文書。

 

《サン=リュシアン四十日海上休戦協定》

 

第一。

 

四十日間の段階的艦隊後退。

 

第二。

 

私掠免許の全面停止。

 

無効通知後に攻撃を続けた船は、双方共通の海賊と認定。

 

第三。

 

漂流者救助中の攻撃禁止。

 

違反は国籍を問わず殺人として共同記録。

 

第四。

 

捕虜交換。

 

負傷者優先。

 

第五。

 

夏至前海戦死者の共同名簿。

 

国籍、所属、身元不明を併記。

 

第六。

 

王弟エドマンド、ルシタニア沿岸領主、私掠船長、灰冠関係者の責任調査。

 

第七。

 

補償基金。

 

第八。

 

サン=リュシアン旧秘密補給条約の失効確認。

 

第九。

 

新規の港湾補給契約は公開。

 

第十。

 

停戦延長会議を三十日目に開催。

 

「侵略責任の語がない」

 

ルシタニア法官。

 

「ルシタニアによる最初の有効射撃も」

 

アルビオン法官。

 

また。

 

「付属書へ、双方の主張をそのまま」

 

開帳会。

 

一致しない部分を消さない。

 

《アルビオン側見解》

 

《ルシタニア側見解》

 

《共同確認事項》

 

三つ。

 

「歴史が二つに」

 

法官。

 

「すでに」

 

イネス。

 

署名。

 

ホークウッド。

 

署名。

 

アルベリク。

 

仲介者。

 

ルノワール。

 

港湾証人。

 

トーマスとジョアン。

 

名前ではなく、印。

 

トーマスは文字を書ける。

 

《Thomas Wells》

 

ルシタニア書記が読めない。

 

ジョアンは印。

 

魚。

 

弟と漁に使った印。

 

「この印は」

 

「家の網」

 

記録。

 

---

 

署名後。

 

誰も握手しない。

 

必要か。

 

儀礼官。

 

「共同会見を」

 

ホークウッドとイネス。

 

立つ。

 

互いに。

 

手。

 

一瞬。

 

握る。

 

広場の群衆。

 

歓声。

 

一部。

 

罵声。

 

一部。

 

石は飛ばない。

 

トーマスとジョアンは握手しない。

 

「弟を」

 

ジョアン。

 

「分かってる」

 

「まだ許さない」

 

「うん」

 

「停戦が終わったら」

 

「延ばす」

 

「王が」

 

「俺たちが?」

 

二人は笑わない。

 

だが同じ卓を離れる。

 

---

 

## 十七

 

協定成立の報せは、海へ三つの方法で送られた。

 

王家使節船。

 

聖座巡礼船。

 

セレスタ開帳会船。

 

同じ文書。

 

別航路。

 

一隻が沈んでも。

 

さらに沿岸鐘。

 

旗。

 

漁師。

 

停戦を知らない私掠船へ届くか。

 

不明。

 

「黒鹿は」

 

ホークウッド。

 

「まだ海上」

 

「舟守も」

 

開帳会。

 

「追います」

 

「停戦中に」

 

「私掠船共同取締り」

 

最初の共同作戦。

 

敵だった艦隊が、同じ海賊を追う。

 

信用。

 

信号。

 

危険。

 

「指揮は」

 

また。

 

アルビオン艦一。

 

ルシタニア艦一。

 

セレスタ監視船。

 

三隻単位。

 

単独追撃禁止。

 

遅い。

 

黒鹿が逃げる。

 

それでも。

 

---

 

## 十八

 

港湾労働者への暫定補償は、協定署名の翌日に始まった。

 

銀貨半分。

 

王室票半分。

 

ルノワールが名簿を読む。

 

今回の避難。

 

火災。

 

倉庫損失。

 

十二年前の徴用者。

 

古い名。

 

証拠なし。

 

妻の証言。

 

教会洗礼簿。

 

組合の傷病記録。

 

「父は、船から落ちて」

 

「徴用中?」

 

「はい」

 

「王室記録は」

 

「紛失」

 

《証言により暫定登録》

 

支払いは未定。

 

それでも名前。

 

「紙だけ」

 

老女。

 

「はい」

 

ルノワール。

 

「でも、今度は二部」

 

「一部は」

 

「組合」

 

「王が燃やせば」

 

「こちらが」

 

複製。

 

「銀は」

 

「まだ」

 

「私が死ぬ前に」

 

「急がせる」

 

「期限を?」

 

ルノワールは苦い顔。

 

「期限がないと、また忘れる」

 

灰冠が使う期限。

 

必要でもある。

 

「四十日」

 

協定と同じ。

 

「それで足りる?」

 

「分からない」

 

名簿。

 

---

 

マルセル・デュポンは、偽伝令の罪で拘束された。

 

死刑ではない。

 

会談妨害。

 

偽造公文書。

 

外国戦争誘発未遂。

 

重い。

 

「銀貨二枚」

 

妻が面会。

 

「それで」

 

「脚が」

 

「私たちは飢えてた」

 

「知ってる」

 

「ならなぜ」

 

「戦争になれば仕事が」

 

「お前は歩けない」

 

「帳簿の見張りを」

 

灰冠の使者は職を約束した。

 

「本当に」

 

「分からない」

 

「子供は」

 

「金を」

 

妻は前金を机へ。

 

「いらない」

 

「食べた?」

 

「一枚分」

 

戻せない。

 

「私を許す?」

 

「聞くな」

 

どこでも。

 

マルセルの証言により、偽文書配布網の一部が捕らえられた。

 

印刷屋の少年。

 

本人は文面を知らない。

 

一枚ごと銅貨。

 

版を作った職人。

 

依頼者を知らない。

 

依頼状。

 

本物の旧条約写し。

 

鴉筆。

 

まだ遠い。

 

---

 

## 十九

 

エティエンヌを殺した者は、会談終了後に判明した。

 

中央監視に入った灰衣修道士。

 

名簿上。

 

ブラザー・ポール。

 

実際のポールは、三日前から高熱で修道院。

 

替わりに来た男。

 

検査を通った。

 

聖座使節証。

 

本物。

 

発行者は、ルミナ六席事務局の下級書記。

 

その書記は失踪。

 

男本人は火災中に消えた。

 

港門記録。

 

出ていない。

 

海へ?

 

倉庫火災の死体。

 

身元不明一。

 

焼けている。

 

歯。

 

毒袋の跡なし。

 

「無貌」

 

ファハドからの警告書にある役職。

 

処理部門。

 

「死んだ?」

 

ハンス。

 

「そう思わせたい」

 

アルベリク。

 

「目的は原本一頁」

 

「何が書いてあった」

 

偽伝令の時刻。

 

伝令配置。

 

監視交代。

 

「犯人の経路?」

 

「あるいは、誰かの名」

 

複製には、監視者一覧の欄が写されていない。

 

原本だけ。

 

効率のため。

 

そこを狙った。

 

「全部複製しなかった」

 

ハンス。

 

「はい」

 

制度の穴。

 

書記一人の死。

 

次へ。

 

「以後、監視者名簿も」

 

「紙が増えます」

 

「増やす」

 

「また」

 

「はい」

 

---

 

## 二十

 

トーマスとウィルの徴募期間は、協定成立から三日後に終了した。

 

給金。

 

全額ではない。

 

銀貨六割。

 

残り王国給金票。

 

「紙」

 

ウィル。

 

「名簿がある」

 

トーマス。

 

「父さんも紙」

 

「一枚だった」

 

「今回は」

 

三部。

 

村。

 

王都。

 

開帳会。

 

「払われる?」

 

「払わせる」

 

「兄貴が?」

 

「皆で」

 

「帰ったら羊だぞ」

 

「羊も群れ」

 

弟が笑う。

 

船。

 

白断崖から故郷。

 

途中。

 

ジョアンの漁船が別方向へ。

 

互いに気づく。

 

旗。

 

手を振らない。

 

だが攻撃もしない。

 

それが停戦。

 

---

 

## 二十一

 

サン=リュシアン協定は、平和条約ではなかった。

 

四十日。

 

海軍は残る。

 

私掠船は逃げる。

 

死者の家族は補償を待つ。

 

王弟裁判はこれから。

 

九王冠は分裂。

 

アルビオン宮廷では、エドマンドを処罰すれば王家が弱まり、救えば国王が灰冠の共犯と呼ばれる。

 

市場では造船株が下がり、停戦延長を見込んだ穀物商が買いに動く。

 

別の投資家は、四十日後の戦争再開へ賭ける。

 

平和も売買される。

 

それでも四十日。

 

矢が減る。

 

船が帰る。

 

魚を取る。

 

畑へ戻る。

 

子が父を見る。

 

四十日は、短い。

 

死者には遅い。

 

生者には長いこともある。

 

---

 

アルベリクは旧関税院の中央室で、エティエンヌの空席を見ていた。

 

机。

 

三部の協定。

 

油壺。

 

偽文書。

 

欠けた記録頁。

 

「成功ですか」

 

ハンス。

 

「戦争は止まりました」

 

「四十日」

 

「はい」

 

「会談参加者は生きた」

 

「一人、書記が死んだ」

 

「倉庫の死者はなし」

 

「負傷者」

 

「十二」

 

数字。

 

「成功と書けば」

 

アルベリク。

 

「エティエンヌが消える」

 

「失敗と書けば」

 

「停戦が消える」

 

「では」

 

「両方」

 

記録。

 

《協定成立》

 

《会談関連死者一名》

 

《火災負傷十二名》

 

《補償待機者三百七十四名》

 

《旧徴用被害申告、初日八百二十一名》

 

「多い」

 

ハンス。

 

「増えます」

 

「国庫は」

 

「足りません」

 

「また戦争?」

 

「払わなければ、次の戦争の材料になります」

 

金。

 

記録。

 

平和の費用。

 

「父上から」

 

ハンスが別の書状を出す。

 

アルベリクの父。

 

包囲中の城。

 

灰色の使者。

 

「何が」

 

「開城を申し出ています」

 

「条件は」

 

「王への降伏ではなく、三身監査会への出頭」

 

変化。

 

「灰冠使者は」

 

「城内で殺されました」

 

「父が?」

 

「家臣が。使者が、城をアルビオン補給拠点として売る契約を」

 

赤帳。

 

旧条約。

 

父も。

 

「開城日は」

 

「十日後」

 

「戻りますか」

 

アルベリクは協定を見る。

 

サン=リュシアン。

 

仕事は残る。

 

「王都へ引き継ぎを」

 

「父上へは」

 

「公開法廷で会います」

 

息子としてではなく。

 

被告と証人。

 

「それでよいのですか」

 

「分かりません」

 

いつもの。

 

だが決める。

 

---

 

## 二十二

 

協定成立の夜。

 

アウレリア東方帝国、紫宮。

 

三人の皇帝は、共同貨幣の最終見本を確認していた。

 

テオドラ。

 

ミハイル。

 

コンスタンティノス。

 

表に三つの横顔を入れれば、貨幣が小さすぎる。

 

そのため表には帝国の双頭鷲。

 

裏に三本の燭台。

 

「私の顔がない」

 

ミハイルが不満。

 

「全員ない」

 

テオドラ。

 

「民は、誰が皇帝か」

 

コンスタンティノス。

 

「三人と」

 

「それが問題です」

 

銀杯。

 

和解の葡萄酒。

 

三人。

 

同じ瓶。

 

別々の杯。

 

記録官。

 

毒見役。

 

毒見役は飲む。

 

異常なし。

 

杯へ注ぐ。

 

テオドラは口をつけない。

 

ミハイルは一息。

 

コンスタンティノスは祈り。

 

数分。

 

ミハイルの手から杯が落ちた。

 

紫の葡萄酒。

 

白い床。

 

将軍たちが剣へ。

 

「姉上!」

 

「私ではない!」

 

コンスタンティノスの聖職者が叫ぶ。

 

「軍派の自作だ!」

 

ミハイルが喉を押さえる。

 

呼吸。

 

泡。

 

毒見役は無事。

 

瓶ではない。

 

杯。

 

「杯を替えた者を!」

 

扉。

 

閉じる。

 

紫宮の鐘。

 

三度。

 

皇帝危篤。

 

同じ時刻、宮外へ文書が撒かれた。

 

《テオドラ女帝、弟ミハイルを毒殺》

 

署名。

 

宮廷医師。

 

偽造か。

 

本物か。

 

まだ誰も知らない。

 

サン=リュシアンでは、三つの部屋が戦争を四十日止めた。

 

紫宮では、三つの玉座が、一つの毒杯で崩れようとしていた。

 

人を同じ卓へ座らせることは難しい。

 

座らせたあと、同じ杯から飲ませることは、さらに危険だった。

 

書き溜めていた分のストックがほぼ尽きてきましたので… 更新頻度についてアンケートをさせていただきたいと思います。 以降の更新頻度はどの程度がよいでしょうか?

  • 死ぬ気でがんばれ
  • 可能な範囲でがんばれ
  • そんなに急ぐこたーないぞ
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