『血と香料の戦争』― 灰燼の回廊 ―   作:MOZIO

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第2編「ザルツ前哨戦」

【1】接触

 

夜明けと同時に、戦いは始まった。

 

霧は出ていなかった。

視界は良好――それはこの地では珍しい。

 

だからこそ、異様だった。

 

「……見えすぎる」

 

アルベリクは城壁の上で呟いた。

 

遠く、地平線の彼方。

砂塵が細く立ち上っている。

 

「あれが?」

 

ヴォルフラムが目を細める。

 

「斥候隊です」

 

「少ないな」

 

「ええ」

 

アルベリクは即答した。

 

「少なすぎる」

 

城門の外では、カスパー率いる歩兵隊が整列している。

盾と槍。典型的な重装歩兵。

 

「どうする」

 

ヴォルフラムが問う。

 

アルベリクは少し考え――

 

「出します」

 

「迎撃か?」

 

「いいえ」

 

彼は視線を砂塵に固定したまま言った。

 

「“見せる”だけです」

 

【2】誘い

 

門が開く。

 

軋む音とともに、王国軍が外へ出た。

 

カスパーは舌打ちした。

 

「なんで外に出る」

 

「命令です、隊長」

 

「知ってる」

 

彼は槍を肩に担ぎ直す。

 

「だが気に入らねぇ」

 

彼の視線の先には、帝国側の小部隊。

距離はまだある。

 

「……来るか?」

 

兵の一人が呟く。

 

「来ねぇよ」

 

カスパーは吐き捨てる。

 

「来たら馬鹿だ」

 

だが、その言葉の直後――

 

砂塵が広がった。

 

「来やがったな」

 

【3】疾走

 

サイードは手を上げた。

 

それだけで、部隊は一斉に加速する。

 

砂を蹴り上げ、馬が走る。

軽装騎兵――その機動力は王国の比ではない。

 

ザフラが笑う。

 

「罠かもしれないわよ」

 

「承知している」

 

サイードは答える。

 

「だからこそ確認する」

 

彼の目は冷静だった。

 

王国側の隊列。

歩兵が前に出ている。

 

「……妙だな」

 

「何が?」

 

「出すぎている」

 

ザフラは肩をすくめる。

 

「臆病よりいいでしょ」

 

サイードは何も言わなかった。

 

ただ――

 

直感が警告していた。

 

【4】第一接触

 

「構え!」

 

カスパーの怒号が響く。

 

盾が並び、槍が前へ突き出される。

 

重装歩兵の壁。

 

「突っ込んで来い!」

 

兵士たちの呼吸が荒くなる。

 

そして――

 

衝突は起きなかった。

 

帝国騎兵は、直前で進路を変えた。

 

「……は?」

 

カスパーが目を見開く。

 

騎兵は側面へ回り込み、距離を保ったまま弧を描く。

 

「弓だ!」

 

矢が放たれる。

 

雨のように。

 

「防げぇ!!」

 

盾に突き刺さる音。

悲鳴。

 

一人、また一人と倒れる。

 

「クソッ!」

 

カスパーは歯を食いしばる。

 

「来ねぇのかよ!」

 

【5】観察

 

城壁の上。

 

アルベリクは無言で戦場を見ていた。

 

「やはりな」

 

「何がだ」

 

ヴォルフラムが問う。

 

「様子見です」

 

アルベリクは答える。

 

「突撃してこない。距離を保つ。損害を避けている」

 

「つまり?」

 

「本気ではない」

 

彼は地図を思い浮かべる。

 

帝国側の配置。

地形。

補給線。

 

「……本隊がいる」

 

「どこだ」

 

アルベリクは指を伸ばす。

 

だが、その瞬間――

 

遠方の砂塵が変わった。

 

「……見えた」

 

【6】第二の影

 

地平線の向こう。

 

新たな砂煙が立ち上る。

 

それは先ほどの比ではない。

 

「増援か」

 

ヴォルフラムが低く言う。

 

「いいえ」

 

アルベリクは首を振った。

 

「本隊です」

 

数百ではない。

千を超える。

 

いや、それ以上。

 

「カスパーを戻せ」

 

「間に合うか?」

 

「間に合わせます」

 

アルベリクの声に迷いはなかった。

 

【7】撤退戦

 

「退けぇぇぇ!!」

 

伝令の声が響く。

 

カスパーは即座に反応した。

 

「聞いたな!戻るぞ!」

 

「追ってくる!」

 

兵士が叫ぶ。

 

振り返れば、帝国騎兵が距離を詰めてくる。

 

「クソが!」

 

カスパーは歯を食いしばる。

 

「走れ!!」

 

重装歩兵にとって、撤退は最悪の局面だ。

 

遅い。

重い。

逃げられない。

 

矢が再び降る。

 

「ぎゃあああああ!」

 

一人が倒れる。

 

「置いてけ!」

 

カスパーは叫ぶ。

 

「止まるな!」

 

【8】狩り

 

サイードはそれを見ていた。

 

「追撃は?」

 

ザフラが問う。

 

「限定的に」

 

「仕留めないの?」

 

「必要ない」

 

サイードは静かに答える。

 

「目的は確認だ」

 

彼の視線は城壁へ向けられていた。

 

「あそこにいる」

 

「誰が?」

 

「指揮官だ」

 

彼は確信していた。

 

「面白いな」

 

【9】帰還

 

門が閉じる。

 

兵士たちが雪崩れ込むように戻ってくる。

 

「何人だ」

 

ヴォルフラムが問う。

 

「三割損失」

 

アルベリクは即答した。

 

「軽いな」

 

「ええ」

 

彼は頷く。

 

「相手も同じくらいです」

 

ヴォルフラムは眉をひそめる。

 

「それで終わりか?」

 

「いいえ」

 

アルベリクは戦場を見続けていた。

 

帝国軍は追ってこない。

 

ただ――

 

そこにいる。

 

「始まっただけです」

 

【10】理解

 

夜。

 

アルベリクは一人、地図の前に立っていた。

 

線を引く。

 

消す。

 

また引く。

 

「……違う」

 

彼は呟く。

 

今日の戦い。

それは単なる斥候戦ではない。

 

「測られている」

 

何を?

 

「こちらの反応だ」

 

兵力。

指揮。

判断速度。

 

すべてを。

 

「……ならば」

 

彼は新たな線を引いた。

 

「こちらも測る」

 

その目は、冷たく光っていた。

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