灰冠と香路の年代記   作:MOZIO

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第二十章 紫の毒杯

毒は、剣より平等である。

 

剣を振るう者は、相手の顔を見る。

 

高い身分の者には鎧があり、兵があり、壁がある。

 

毒は壁を越える。

 

王の杯にも。

 

兵士の鍋にも。

 

貧民の井戸にも。

 

だが毒が最も好むのは、人間の身体ではない。

 

疑いである。

 

一人が倒れれば、隣に座っていた者が疑われる。

 

同じ瓶から飲んだ者が生きていれば、別の杯を使った者が疑われる。

 

杯を運んだ者。

 

磨いた者。

 

作った者。

 

命じた者。

 

利益を得る者。

 

毒は一人の喉を塞ぎ、千人の口を開かせる。

 

そして皆が、同じ言葉を叫ぶ。

 

《犯人は、あいつだ》

 

---

 

## 一

 

ミハイル帝の身体が倒れた瞬間、紫宮大広間では三十六人が剣へ手を伸ばした。

 

軍人。

 

近衛兵。

 

教会護衛。

 

宮廷官。

 

それぞれ、別の相手へ。

 

「扉を閉じろ!」

 

テオドラが叫んだ。

 

「姉上を拘束しろ!」

 

ミハイル派の将軍。

 

「杯へ触れるな!」

 

宮廷医師。

 

「これは神罰だ!」

 

コンスタンティノス派の司祭。

 

「誰も動くな!」

 

ニケフォロス・ドゥーカス将軍の声が、大広間を貫いた。

 

六十歳。

 

帝国軍総監。

 

三帝の誰にも完全には属していないと自称し、三陣営すべてから嘘だと思われている。

 

彼は剣を抜かなかった。

 

代わりに、長机を蹴り倒した。

 

杯。

 

皿。

 

燭台。

 

床へ。

 

兵たちの間に障害物。

 

「剣を抜いた者を、陛下襲撃の共犯として拘束する!」

 

「我々を脅すか!」

 

ミハイル派の近衛隊長。

 

「はい」

 

「軍派を」

 

「全員だ!」

 

ニケフォロスはテオドラの護衛も、コンスタンティノスの聖堂騎士も見る。

 

「陛下が死んだかどうかも分からぬうちに、次の敵を決める者は、毒を待っていた者と同じだ!」

 

一瞬。

 

誰も剣を抜ききらない。

 

ミハイルは床。

 

呼吸。

 

浅い。

 

唇が紫。

 

医師が口を開かせる。

 

「吐かせろ!」

 

塩水。

 

炭粉。

 

油。

 

当時の医術。

 

正しいものも。

 

害になるものも。

 

「何の毒だ」

 

テオドラ。

 

「分かりません!」

 

「杯を」

 

「触るな!」

 

医師の弟子が布で持つ。

 

銀杯。

 

三つ。

 

テオドラの杯。

 

ほとんど口をつけていない。

 

コンスタンティノスの杯。

 

祈りの後、一口。

 

ミハイルの杯。

 

半分。

 

毒見役は無事。

 

同じ瓶。

 

「杯が違う」

 

テオドラが言った。

 

その言葉だけで、全員が杯係を見る。

 

杯係ステファノス。

 

二十六歳。

 

白い顔。

 

震える。

 

「私は」

 

兵が腕を取る。

 

「違います!」

 

「杯を置いたのは」

 

「私です!」

 

「誰の命令で」

 

「いつもどおり!」

 

「いつもどおり、皇帝を殺すのか!」

 

ミハイル派近衛。

 

「黙れ!」

 

ニケフォロス。

 

ステファノスは泣く。

 

「三つとも、同じ棚から」

 

「誰が磨いた」

 

「銀器房です」

 

「誰が運んだ」

 

「私と、下働き二人」

 

「下働きは」

 

一人はその場。

 

もう一人がいない。

 

名。

 

レオンティオス。

 

十七歳。

 

厨房下働き。

 

「門を閉じろ」

 

テオドラ。

 

「紫宮全門封鎖」

 

「姉上の命令は無効だ!」

 

軍派。

 

「なぜ」

 

「ミハイル帝暗殺の容疑者!」

 

「なら誰が命じる」

 

「軍総監」

 

「私は三帝の家臣だ」

 

ニケフォロス。

 

「二帝と一人の病人になった」

 

誰かが言う。

 

その言葉が最も危険だった。

 

三帝制は、一人が倒れた瞬間に何人の帝国になるのか。

 

「ミハイル陛下は生きている」

 

医師。

 

「しかし、今夜を越えるかは」

 

「越えさせろ」

 

テオドラ。

 

命令できることではない。

 

それでも。

 

「紫宮は封鎖する」

 

ニケフォロスが決めた。

 

「ただし命令は、テオドラ陛下、コンスタンティノス陛下、軍総監府、宮廷記録院の四印」

 

「陛下二人と将軍が同列?」

 

コンスタンティノス派。

 

「一時的だ」

 

「誰が期限を」

 

「ミハイル陛下が起きるまで」

 

「起きなければ」

 

誰も答えない。

 

---

 

## 二

 

毒杯事件の知らせは、紫宮の門が閉じるより早く市内へ出た。

 

《テオドラが弟を毒殺》

 

《コンスタンティノスの司祭が杯へ毒》

 

《軍部の自作自演》

 

《ミハイルは死んだ》

 

《生きている》

 

《三帝すべて毒を飲んだ》

 

《毒はパンへ》

 

最後の噂が、最も速く広がった。

 

紫都のパン屋では、昼前から列。

 

アンドロニコス・パレオスは、焼き上がった丸パンを棚へ置く前に、十人の手が伸びるのを見た。

 

「一人二個!」

 

妻エウドキアが叫ぶ。

 

「昨日は三個!」

 

「今日は粉が来ない!」

 

「なぜ」

 

「宮門が閉じた!」

 

「毒入りか!」

 

一人の女がパンを床へ落とす。

 

「何を」

 

「宮廷の粉だろう!」

 

「うちは南門倉庫です」

 

「同じ帝国だ!」

 

意味はない。

 

だが恐怖。

 

「毒は杯です!」

 

アンドロニコス。

 

「誰が見た」

 

「宮廷から」

 

「宮廷の話を信じるのか!」

 

客がパンを割る。

 

匂い。

 

白い粉を探す。

 

焼けた小麦。

 

「毒が入っていれば、私たちも食べている」

 

エウドキアは自分で一切れ。

 

口へ。

 

「ほら」

 

「女房を毒見に使うな!」

 

別の客。

 

「自分で食べてます!」

 

混乱。

 

アンドロニコスは店の奥。

 

粉袋。

 

残り。

 

二日分。

 

通常なら五日。

 

昨日、軍用買い付けが増えた。

 

ミハイル派の兵舎。

 

コンスタンティノス派修道院。

 

テオドラ派都市警備隊。

 

皆が食糧を確保。

 

同じ帝国の軍が、互いを恐れてパンを奪う。

 

「倉庫へ行く」

 

アンドロニコス。

 

「店は」

 

「お前に」

 

「また宮廷のことへ首を」

 

エウドキア。

 

夫が以前、パン不足を三帝へ訴えた。

 

その結果、紫帳が開かれた。

 

名が知られた。

 

政治へ巻き込まれた。

 

「粉がなければ店は閉まる」

 

「毒杯と粉は」

 

「噂が結びつけた」

 

「だから?」

 

「切る」

 

「あなた一人で」

 

「パン屋は噂より遅い。でも、腹には近い」

 

彼は店を出た。

 

---

 

## 三

 

ミハイルを診た医師は、毒を《黒根》と推定した。

 

山地に生える紫花。

 

根を煮詰めれば、手足の痺れ、嘔吐、呼吸困難。

 

少量なら生きる。

 

多ければ死。

 

「杯の中には」

 

ニケフォロス。

 

「残っていません」

 

「なぜ」

 

「葡萄酒と一緒に飲んだ」

 

「杯へ塗った?」

 

「可能性」

 

銀杯の内側。

 

目視。

 

匂いなし。

 

だが飲み口の一箇所に、薄い蝋。

 

「磨き残し?」

 

銀器房長。

 

「銀器には蝋を使いません」

 

「では」

 

「誰かが」

 

医師が蝋を削る。

 

布。

 

「温かい酒で溶けた」

 

ミハイルだけが、杯の同じ位置から飲んだ。

 

テオドラは口をつけず。

 

コンスタンティノスは反対側から。

 

偶然か。

 

席の前に、杯の向きが決められていたか。

 

杯の柄には小さな鷲。

 

皇帝は鷲を正面へして飲む。

 

毒を塗る位置を知る者なら。

 

「宮廷礼法を知る者」

 

テオドラ。

 

「半数の貴族が」

 

ニケフォロス。

 

「杯は誰のものか、事前に」

 

銀杯は同じ形。

 

底に小さな番号。

 

一。

 

二。

 

三。

 

テオドラ一。

 

ミハイル二。

 

コンスタンティノス三。

 

「いつ番号を」

 

「三帝制成立後」

 

銀器房長。

 

「誰が提案」

 

「宮廷儀礼局」

 

長官はコンスタンティノス派。

 

全員が彼を見る。

 

「私ではない!」

 

儀礼局長。

 

「番号を付けたのは、安全のためだ!」

 

「逆に使われた」

 

テオドラ。

 

「陛下方の席を間違えないよう」

 

「毒も」

 

「私は」

 

ニケフォロスが手。

 

「全員を拘束しない」

 

「では逃げる」

 

軍派。

 

「逃げれば名が残る」

 

「名で毒は止まらない」

 

「兵で捕らえれば内戦になる」

 

一人を捕らえれば、その派閥が反乱。

 

「銀器房、厨房、儀礼局を共同封鎖」

 

「誰が監視」

 

「四陣営から一人ずつ」

 

「また」

 

「嫌なら戦うか」

 

誰も。

 

「杯係ステファノスは」

 

「共同拘束」

 

「レオンティオスを捜索」

 

「死んでいるでしょう」

 

テオドラ。

 

使い終わった者。

 

皆が同じ結論へ早く到達するようになった。

 

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## 四

 

南門穀物倉庫では、粉袋の積み出しが止まっていた。

 

理由。

 

三つの軍が同時に徴発証を持ってきた。

 

テオドラ派都市警備隊。

 

ミハイル派東軍。

 

コンスタンティノス派聖堂守備隊。

 

三枚。

 

すべて本物。

 

合計すると、倉庫在庫の一・四倍。

 

「誰に渡す」

 

倉庫長。

 

「最初に来た軍へ」

 

部下。

 

「後が襲う」

 

「分ける」

 

「命令量へ足りない」

 

「市民分は」

 

「残らない」

 

アンドロニコスが到着したとき、三軍の兵が門前で槍を向けていた。

 

「粉を出せ!」

 

「皇帝命令だ!」

 

「こちらも!」

 

市民の荷車は外。

 

パン屋。

 

麺屋。

 

孤児院。

 

施療院。

 

「その徴発証を見せてください」

 

アンドロニコス。

 

兵が睨む。

 

「パン屋が」

 

「以前、紫帳監査へ協力した」

 

名。

 

少し効く。

 

三枚。

 

印。

 

日付。

 

同日。

 

時刻。

 

一枚は夜明け前。

 

ミハイル派東軍。

 

毒杯事件より前。

 

「これ」

 

アンドロニコス。

 

「何だ」

 

「ミハイル帝が倒れる前に、緊急食糧徴発を命じています」

 

「沿岸戦に備え」

 

東軍兵。

 

「どの沿岸」

 

「軍事機密」

 

二枚目。

 

テオドラ派。

 

毒杯後。

 

《宮廷封鎖に伴う市内治安維持》。

 

三枚目。

 

コンスタンティノス派。

 

《聖堂避難民救済》。

 

「最初の命令だけ、事件前」

 

倉庫長。

 

「誰が発行」

 

軍務副長官。

 

ミハイル派。

 

「毒杯を知っていた?」

 

「沿岸戦という名目」

 

「赤帳の西方戦争?」

 

遠い。

 

「東軍がなぜ」

 

帳簿の関連。

 

アンドロニコスは粉袋の納入札を見る。

 

倉庫へ今朝入った荷。

 

北方小麦。

 

修道院蝋。

 

葡萄酒。

 

銀器磨き布。

 

「蝋?」

 

「パン屋には関係ない」

 

倉庫長。

 

「どこへ」

 

伝票。

 

紫宮銀器房。

 

《祭礼用白蝋》。

 

供給元。

 

聖テオファネス修道院。

 

コンスタンティノス派。

 

「毒杯の蝋が」

 

まだ市中へ公表されていない。

 

アンドロニコスは口を閉じる。

 

どうして知る。

 

知らない。

 

ただ蝋。

 

「この荷車を誰が」

 

御者欄。

 

レオンティオス。

 

厨房下働きと同じ名。

 

「同じ人物?」

 

「南門運送組合のレオンティオス」

 

「年齢」

 

「五十」

 

別人か。

 

名前。

 

「住所を」

 

「なぜ」

 

「粉を出す順番を決める前に、命令の時刻を宮廷へ確認してください」

 

「誰へ」

 

紫宮封鎖。

 

「共同記録院」

 

「返事まで市民が」

 

「一日分だけ市民へ」

 

三軍が反発。

 

「軍を飢えさせるか!」

 

アンドロニコス。

 

「一日で飢える軍は、戦えません」

 

「黙れ!」

 

槍。

 

倉庫長が間へ。

 

「市民分四割。三軍へ二割ずつ」

 

「命令量は」

 

「後で」

 

「責任を」

 

「私が」

 

倉庫長。

 

アンドロニコスが見る。

 

「記録を」

 

「はい」

 

「命令拒否ではなく、重複命令」

 

「分かった」

 

一人の倉庫長。

 

粉。

 

内戦を一日遅らせる。

 

---

 

## 五

 

レオンティオスは、紫宮の地下排水路で見つかった。

 

死体。

 

喉を切られている。

 

手には銀杯磨き布。

 

衣の中に金貨十枚。

 

あまりにも。

 

「犯人に見せるため」

 

ニケフォロス。

 

「毒は」

 

医師。

 

「体内に黒根が」

 

「自殺?」

 

「喉を切られている」

 

「毒を飲まされ、殺された」

 

「なぜ二つ」

 

「証拠を」

 

レオンティオスの爪の間に白い蝋。

 

杯。

 

だが彼が塗った証拠にも、杯を奪おうとした証拠にも。

 

「金貨の出所」

 

紫帳。

 

刻印。

 

五年前の皇帝救済基金。

 

灰冠旧平和庫経路。

 

「また」

 

テオドラ。

 

「古い金貨なら市場に」

 

コンスタンティノス。

 

「十枚すべて同じ年」

 

「保管庫から」

 

「誰の」

 

紫宮内の秘密基金。

 

三帝制成立時に凍結されたはず。

 

「凍結庫を開けた者」

 

財務官。

 

「三印が必要」

 

三帝。

 

「ミハイルの印は」

 

「軍務副長官が代行印を」

 

事件前の徴発証と同じ。

 

軍務副長官アレクシオス・カンタクゼノス。

 

ミハイル派。

 

呼ばれる。

 

四十七歳。

 

戦傷。

 

厳格。

 

「緊急食糧徴発を事件前に?」

 

「沿岸情報」

 

「どこから」

 

「セレスタ商人」

 

「文書」

 

「焼却した」

 

「なぜ」

 

「暗号」

 

「写しは」

 

「ない」

 

「金庫を開けた?」

 

「東軍給金」

 

「三帝の印」

 

「ミハイル陛下から事前白紙印」

 

テオドラが立つ。

 

「白紙?」

 

「緊急軍務用」

 

「三帝制で禁止した」

 

「陛下は、軍務に遅れが」

 

「だから一人の印を」

 

ミハイル派兵がざわめく。

 

自分たちの皇帝。

 

「毒杯の金貨は」

 

アレクシオス。

 

「知らない」

 

「凍結庫から」

 

「私が開けた後、残高は」

 

帳簿。

 

合う。

 

十枚の不足を除けば。

 

「不足が」

 

「記録時は合った」

 

「誰が数えた」

 

副官。

 

その副官が行方不明。

 

「お前の部下ばかり消える」

 

テオドラ。

 

「陛下の宮廷でも人は死んだ」

 

「私を」

 

「全員が容疑者です」

 

ニケフォロス。

 

「副長官も」

 

「拘束を」

 

テオドラ派。

 

ミハイル派が剣へ。

 

「しない」

 

ニケフォロス。

 

「また逃がす!」

 

「軍務副長官を牢へ入れれば東軍が宮門へ」

 

「では無罪?」

 

「紫宮内待機。護衛を四派」

 

アレクシオスは笑う。

 

「私を守るのか、監視するのか」

 

「両方」

 

---

 

## 六

 

ミハイルは夜を越えた。

 

意識はない。

 

呼吸は戻る。

 

右手の痙攣。

 

医師。

 

「生存可能性は半分」

 

「半分とは」

 

テオドラ。

 

「生きるか死ぬか」

 

「それを半分と言うのか」

 

「数字で言えと皆が」

 

医師は疲れている。

 

「後遺症」

 

「分からない」

 

コンスタンティノスが病床へ。

 

祈る。

 

テオドラは扉外。

 

入らない。

 

「姉上」

 

コンスタンティノス。

 

「何」

 

「一緒に」

 

「祈れと?」

 

「弟です」

 

「私も」

 

二人。

 

病床。

 

ミハイル。

 

三帝。

 

「私を疑っていますか」

 

コンスタンティノス。

 

「はい」

 

「正直ですね」

 

「あなたは」

 

「姉上を疑っています」

 

「では」

 

「一緒に祈ることと、疑うことは両立します」

 

白座。

 

六席。

 

許さないまま話す。

 

同じ。

 

「教会が毒を」

 

テオドラ。

 

「軍が」

 

「私の官僚が」

 

「全部可能」

 

「三帝制は失敗か」

 

コンスタンティノスが兄を見る。

 

「一人なら、犯人も一人へ」

 

「一人を殺せば帝国が終わる」

 

「三人なら、互いに殺す」

 

「殺さなければ」

 

「信頼できる?」

 

「できません」

 

テオドラ。

 

「だから三人にした」

 

信頼できないから分けた。

 

「兄が起きなければ」

 

「二帝制?」

 

「軍派が認めない」

 

「あなたを軍帝に?」

 

「私が?」

 

「軍は姉上を嫌う」

 

「あなたをもっと嫌う者も」

 

「新しい軍帝を」

 

候補。

 

ニケフォロス。

 

将軍本人は拒むだろう。

 

あるいは。

 

「今、それを話すと」

 

テオドラ。

 

「毒を待っていたように」

 

「はい」

 

二人は黙る。

 

ミハイルの呼吸。

 

生きている間、次の椅子を決めない。

 

期限。

 

彼が起きるまで。

 

---

 

## 七

 

アンドロニコスは、南門運送組合のレオンティオスを訪ねた。

 

同名。

 

五十二歳。

 

御者。

 

家には妻と孫。

 

本人は帰っていない。

 

「紫宮へ蝋を」

 

妻。

 

「三日前」

 

「誰から」

 

「聖テオファネス修道院」

 

「いつも?」

 

「蝋は」

 

「同行者」

 

「若い男」

 

「名は」

 

「同じレオンティオスだと笑っていた」

 

厨房下働き。

 

接触。

 

「何を話した」

 

「分からない」

 

「夫は金を」

 

「銀貨二枚」

 

通常の倍。

 

「帰る予定は」

 

「昨日」

 

「探して」

 

「運送組合は、宮門が」

 

また。

 

アンドロニコスは荷車小屋。

 

車輪。

 

白い蝋。

 

一塊。

 

荷の残り。

 

匂い。

 

花のような苦さ。

 

「触るな」

 

彼は布。

 

修道院蝋へ黒根が混じる?

 

すべてではない。

 

小さな窪み。

 

蝋塊の中心に別の包みを隠して運んだ。

 

「夫は知っていた?」

 

妻。

 

「分かりません」

 

「知らないなら」

 

「助かる?」

 

「見つけないと」

 

人は、生死より先に罪を心配する。

 

「運送証を」

 

印。

 

修道院。

 

受取。

 

紫宮銀器房。

 

ただし受領印が二つ。

 

一つは銀器房長。

 

もう一つ。

 

宮廷祭礼委員会。

 

共同貨幣発表式。

 

責任者。

 

コンスタンティノス派の儀礼局。

 

「やはり教会」

 

妻。

 

「まだ」

 

「夫は」

 

「探します」

 

アンドロニコスは紫宮共同記録院へ向かう。

 

門。

 

パン屋。

 

入れない。

 

「毒の証拠を」

 

兵が笑う。

 

「皆そう言う」

 

「蝋」

 

「預けろ」

 

「誰へ」

 

「私へ」

 

「あなたの所属は」

 

テオドラ派都市警備。

 

一方だけ。

 

「共同窓口へ」

 

「閉鎖中」

 

「では」

 

「帰れ」

 

アンドロニコスは門前で座った。

 

「何を」

 

「開くまで」

 

「拘束するぞ」

 

「名前を記録してください」

 

「またお前か」

 

以前。

 

紫帳。

 

兵も知る。

 

「パン屋が宮廷を」

 

「粉が止まっています」

 

「毒杯と」

 

「同じ荷車かもしれない」

 

兵の顔。

 

「何を」

 

「共同記録院へ」

 

一刻後。

 

ニケフォロスの副官が来た。

 

パン屋を通す。

 

制度は、知名度で動く。

 

公平ではない。

 

だが証拠が入る。

 

---

 

## 八

 

蝋塊から検出されたのは黒根ではなかった。

 

医師が小動物へ少量。

 

痙攣。

 

別の毒。

 

《白石粉》。

 

鉱山から出る砒素。

 

銀器の変色防止に使う職人もいる。

 

微量。

 

致死量なら。

 

「ミハイルの症状は黒根に近い」

 

「混合?」

 

「可能性」

 

杯の蝋。

 

黒根。

 

運送蝋。

 

白石粉。

 

「別の毒を見つけさせるため?」

 

ニケフォロス。

 

「教会修道院を疑わせる」

 

テオドラ。

 

「実際、修道院の荷」

 

コンスタンティノス。

 

「誰かが途中で」

 

運送組合レオンティオス。

 

まだ不明。

 

「若いレオンティオスが、蝋の包みを交換?」

 

「死んだ」

 

「では年長の方は」

 

「探す」

 

アンドロニコスが荷札を見る。

 

「この受領印」

 

銀器房長。

 

本人。

 

「私は押した」

 

「何を受け取った」

 

「蝋十二塊」

 

「全部開けた?」

 

「数えた」

 

「中身は」

 

「蝋」

 

「割った?」

 

「なぜ」

 

「中に毒」

 

銀器房長が青ざめる。

 

「知らない」

 

「蝋は何に」

 

「祭礼燭台」

 

「杯には」

 

「使わない」

 

「若いレオンティオスは」

 

「荷を置き、その後厨房へ」

 

「銀器房へ入った?」

 

「荷台まで」

 

「杯へ触れない」

 

「では誰が蝋を」

 

杯の毒蝋は、修道院蝋と成分が違う。

 

蜜蝋の産地。

 

東方。

 

黒根。

 

「二つの毒」

 

アンドロニコス。

 

「一つは本物。一つは見つけさせる偽物」

 

「どちらが」

 

「杯の黒根が本物」

 

「白石粉は、修道院と教会派を疑わせる」

 

コンスタンティノスの顔。

 

「では姉上か軍派が」

 

「そう見せるためかもしれません」

 

ニケフォロス。

 

誰を疑っても、その疑い自体が計画の一部になる。

 

「白石粉の包みを、誰が見つける予定だった」

 

アンドロニコス。

 

「荷車へ残した」

 

「見つけられなければ」

 

「別の者が告発」

 

「まだ出ていない」

 

「私が先に」

 

計画を少しずらした。

 

「なら、次に修道院の陰謀文書が」

 

テオドラ。

 

その夜、市内へ撒かれた。

 

《聖テオファネス修道院、三帝浄化計画》

 

署名。

 

修道院長。

 

偽造。

 

だが白石粉の受領帳は本物。

 

組み合わせ。

 

「予測どおり」

 

ニケフォロス。

 

「公開を」

 

コンスタンティノス。

 

自派が疑われる。

 

「何を」

 

「偽造文書と、本物の毒輸送を両方」

 

「修道院が燃やされる」

 

「隠せば」

 

「先に警備を」

 

「軍を置けば、教会が武装したと」

 

「都市民兵と三派」

 

また。

 

修道院前へ共同警備。

 

文書の全文公開。

 

蝋の二種類。

 

検査結果。

 

分からない部分。

 

暴徒は集まる。

 

石。

 

だが放火は防ぐ。

 

---

 

## 九

 

年長のレオンティオスは、紫都北側の水路倉庫で見つかった。

 

生きている。

 

縛られ。

 

舌を傷つけられているが、切られてはいない。

 

腕。

 

火傷。

 

護衛が発見。

 

匿名の通報。

 

「罠」

 

ニケフォロス。

 

それでも救出。

 

共同医師。

 

筆談。

 

《若い男と蝋を運んだ》

 

《途中、黒い馬車が止めた》

 

《宮廷祭礼局の印》

 

《荷を検査》

 

《蝋一塊を交換》

 

《若い男は知っていた》

 

《自分は拒んだ》

 

《殴られた》

 

《その後、記憶なし》

 

「黒い馬車の者」

 

絵。

 

左手。

 

小指がない?

 

マルケルではない。

 

男は首を振る。

 

指は全部。

 

指輪。

 

紫石。

 

「軍務副長官の印?」

 

アンドロニコス。

 

アレクシオスは紫石指輪。

 

同型は東軍将校。

 

「顔」

 

布。

 

「声」

 

東方訛り。

 

アウレリア人。

 

誰でも。

 

「若いレオンティオスは」

 

筆。

 

《金を受けていた》

 

《妹を修道院から出すため》

 

「妹」

 

調査。

 

聖テオファネス修道院の施療院。

 

病人。

 

薬代。

 

黒根は薬としても使う。

 

少量。

 

妹の治療費。

 

灰冠が払った?

 

帳簿。

 

匿名寄進。

 

《紫の慈悲会》。

 

実所有者。

 

不明。

 

「彼は家族のため」

 

コンスタンティノス。

 

「だから無罪では」

 

テオドラ。

 

「分かっています」

 

ヨナたちの議論が、遠い宮廷でも繰り返される。

 

「若いレオンティオスは毒を塗った?」

 

筆談。

 

年長の男は知らない。

 

《銀杯の向きを聞かれていた》

 

誰に。

 

《黒い馬車の男》

 

礼法を知る。

 

「本当の目的は」

 

アンドロニコス。

 

「ミハイルを殺すことだけ?」

 

三帝の誰でもよいなら、杯番号を知る必要はない。

 

なぜミハイル。

 

「軍派を怒らせる」

 

テオドラ。

 

「私が疑われる」

 

コンスタンティノス。

 

「三帝制を壊す」

 

ニケフォロス。

 

そして軍務副長官は、事件前に食糧徴発。

 

内戦準備。

 

本人が共犯か。

 

あるいは偽情報を与えられたか。

 

---

 

## 十

 

アレクシオス軍務副長官の秘密書簡庫から、沿岸戦情報が見つかった。

 

《アルビオン艦隊、アウレリア商船を拿捕予定》

 

《ルシタニアが東方巡礼船を襲撃》

 

《セレスタ銀行が紫帳を凍結》

 

一部は本当。

 

一部は未来予測。

 

赤帳写し。

 

「誰から」

 

ニケフォロス。

 

「《紫海防衛同盟》」

 

「存在しない」

 

「商人と軍人の連絡会」

 

「名簿」

 

「匿名」

 

「金は」

 

「軍務費」

 

「灰冠自由会議」

 

アレクシオスは机へ拳。

 

「私は帝国を守った!」

 

「まだ起きていない攻撃へ」

 

「西方で戦争が」

 

「停戦」

 

「四十日だけ!」

 

「だから東軍へ食糧を?」

 

「海軍準備」

 

「東軍は陸軍」

 

「港を守る」

 

「誰から」

 

「誰でも!」

 

最後。

 

恐怖の本音。

 

「白紙印を使った」

 

テオドラ。

 

「ミハイル陛下の許可」

 

「本人へ聞けない」

 

「起きれば」

 

「起きなければ」

 

副長官は黙る。

 

「毒杯計画を」

 

「知らない」

 

「食糧徴発時刻が」

 

「偶然」

 

「灰冠は偶然を買う」

 

アンドロニコス。

 

軍人がパン屋を見る。

 

「何だ」

 

「あなたが軍を飢えさせたくなかったのは本当でしょう」

 

「当然だ」

 

「そのため市民の粉を」

 

「戦争なら」

 

「戦争を起こす者は、その反応を使う」

 

「私が悪いと?」

 

「分かりません」

 

「では黙れ」

 

「でも粉は減った」

 

具体。

 

市民のパン。

 

「毒杯と関係なくても、軍を動かす準備にはなった」

 

アレクシオスは答えられない。

 

「副長官を解任」

 

テオドラ。

 

ミハイル派が反発。

 

「陛下が起きるまで、権限停止」

 

ニケフォロス。

 

「拘束は」

 

「共同監視」

 

また。

 

「軍は」

 

「副官へ。ただし命令は四印」

 

「遅い」

 

アレクシオス。

 

「その遅さを、敵が嫌がる」

 

ニケフォロス。

 

---

 

## 十一

 

紫都では、パン価格が一日で二倍になった。

 

穀物倉庫の分配。

 

軍へ六割。

 

市民へ四割。

 

通常より少ない。

 

市場は買い占め。

 

「価格上限を」

 

テオドラ派官僚。

 

「隠し売り」

 

商人。

 

「倉庫を開く」

 

「冬の備蓄」

 

「今は危機」

 

「冬も」

 

ナフルと同じ。

 

パン屋組合。

 

アンドロニコス。

 

「軍用パンと市民パンを別帳簿へ」

 

「粉は同じ」

 

「配給量を公開」

 

「軍事機密」

 

「兵数が分かる」

 

「では合計だけ」

 

「各派が」

 

「三派まとめて」

 

数字。

 

市民は、自分たちより軍が多く受けていると知る。

 

怒る。

 

隠せばもっと。

 

「兵一人の配給を下げる」

 

ニケフォロス。

 

軍が反発。

 

「市民と同じ量」

 

「兵は訓練を」

 

「今、戦っていない」

 

「いつでも」

 

「戦いを待っているから食うのか」

 

「戦いになれば」

 

「その準備が戦いを」

 

円。

 

最終。

 

宮廷近衛と都市警備は一日一・二倍。

 

その他軍は市民労働者と同量。

 

高官半分。

 

「将軍も」

 

アンドロニコス。

 

「はい」

 

ニケフォロス。

 

自分から。

 

三帝宮廷の宴停止。

 

肉、砂糖、葡萄酒を施療院へ。

 

象徴。

 

一部は実用。

 

「ミハイル陛下の薬用葡萄酒は」

 

医師。

 

「残す」

 

例外。

 

記録。

 

パン価格は下がらない。

 

だが列の暴動は減る。

 

高官も黒パン。

 

少なくとも見える。

 

---

 

## 十二

 

毒杯事件から三日目。

 

ミハイルが目を開けた。

 

最初の言葉。

 

声にならない。

 

右手。

 

動かない。

 

左手で空を掴む。

 

テオドラ。

 

コンスタンティノス。

 

医師。

 

ニケフォロス。

 

「陛下」

 

ミハイルの目が姉へ。

 

恐怖。

 

怒り。

 

分からない。

 

唇。

 

「杯」

 

医師。

 

「はい」

 

「誰」

 

誰が。

 

全員が答えられない。

 

「調査中」

 

ニケフォロス。

 

ミハイルは喉を鳴らす。

 

「姉」

 

テオドラが近づく。

 

兵が緊張。

 

「ここに」

 

「毒」

 

一語。

 

姉が毒を?

 

毒について?

 

「私が?」

 

テオドラの声。

 

ミハイルが首を振ろうとする。

 

動かない。

 

「姉……毒……ない」

 

意味。

 

姉は毒を入れていない。

 

あるいは、姉の杯に毒はない。

 

医師。

 

「書けますか」

 

左手へ板。

 

炭。

 

ミハイルは線。

 

震える。

 

文字にならない。

 

何度。

 

《姉ではない》

 

ようやく。

 

室内。

 

テオドラの顔。

 

安堵。

 

同時に疑い。

 

「知っているの」

 

ミハイルは別の字。

 

《アレ》

 

止まる。

 

アレクシオス?

 

《アレクシオスではない》

 

書けない。

 

《赤》

 

赤帳?

 

《紫》

 

紙が落ちる。

 

疲労。

 

医師が止める。

 

「休ませる」

 

「続けろ」

 

テオドラ。

 

「死なせたいのですか」

 

医師が初めて皇帝へ怒鳴る。

 

沈黙。

 

「すみません」

 

テオドラ。

 

皇帝が謝る。

 

医師も驚く。

 

ミハイルは眠る。

 

証言。

 

姉ではない。

 

完全ではない。

 

それだけでテオドラ派は勝利と叫びかける。

 

「公開を」

 

「全文」

 

ニケフォロス。

 

《姉ではない》だけではなく、前後。

 

身体状態。

 

判読困難。

 

「軍派が偽造と」

 

「医師、二帝、軍総監、書記」

 

複数証人。

 

「コンスタンティノスについては」

 

書いていない。

 

疑いが移る。

 

「公開文に」

 

コンスタンティノス。

 

「私について証言なしと明記」

 

自分から。

 

隠さない。

 

---

 

## 十三

 

ミハイルが《紫》と書いたことから、紫の慈悲会が調べられた。

 

若いレオンティオスの妹へ治療費。

 

軍務副長官への沿岸情報。

 

修道院蝋の輸送費。

 

三つ。

 

同じ基金。

 

実所有者。

 

紫帳の古い下部口座。

 

管理名。

 

《紫衣の未亡人》。

 

「誰」

 

財務記録。

 

三十年前に死んだ皇后の慈善名義。

 

また死者。

 

口座運用者。

 

宮廷財務局の《未亡人係》。

 

役職。

 

現任者。

 

エレニ・スコルディス。

 

五十六歳。

 

宮廷財務官。

 

テオドラの母方親族。

 

「姉ではない」

 

ミハイルの言葉。

 

だが姉の親族。

 

エレニは逃亡していない。

 

自室。

 

帳簿。

 

「紫の慈悲会を」

 

「運用しています」

 

「灰冠との関係」

 

「平和庫時代から」

 

「なぜ隠した」

 

「秘密慈善は、受益者を守るため」

 

「若いレオンティオスへ」

 

「妹の治療」

 

「軍務副長官へ情報」

 

「私は送っていない」

 

「口座から」

 

「未亡人係は七人」

 

「権限は」

 

「小口支出は二人印」

 

「誰」

 

帳簿。

 

エレニと、下級書記。

 

その書記は、毒杯事件当日に死亡。

 

階段から転落。

 

事故扱い。

 

「また」

 

「私は知りません」

 

「毒杯を」

 

「いいえ」

 

「灰冠自由会議を」

 

エレニは黙る。

 

「知っている」

 

テオドラ。

 

「旧平和庫の一部が、武装部門へ変わったことは」

 

「なぜ報告しない」

 

「皇帝たちが、平和庫から借りていたからです」

 

三帝成立時。

 

共同貨幣。

 

パン補助。

 

軍給金。

 

「公表すれば帝国信用が」

 

「また」

 

「現実です」

 

「だから基金を維持」

 

「慈善も」

 

「工作も」

 

「私は工作を命じていない」

 

「口座を使わせた」

 

「全部を見られなかった」

 

「あなたが必要だと思った?」

 

エレニがテオドラを見る。

 

「陛下も、女帝として同じことを」

 

必要な自分。

 

ルチアーノ。

 

マルケル。

 

「拘束を」

 

軍派。

 

テオドラは迷う。

 

親族。

 

自派。

 

「共同監視」

 

ニケフォロスが言う前に。

 

「拘束する」

 

テオドラ。

 

全員が見る。

 

「通常牢ではなく、財務院内。帳簿を開かせる。四派監視」

 

完全な牢ではない。

 

だが権限停止。

 

「陛下の親族を」

 

「はい」

 

「政治的演出」

 

コンスタンティノス。

 

「それもある」

 

テオドラは認める。

 

「罪がある可能性も」

 

「はい」

 

演出と責任。

 

両立。

 

---

 

## 十四

 

エレニの帳簿から、《紫衣の未亡人》口座の最終受取人が見つかった。

 

名義。

 

《三燭調停団》。

 

三帝制を支えるための秘密調整組織。

 

構成員。

 

テオドラ派官僚。

 

ミハイル派軍人。

 

コンスタンティノス派聖職者。

 

各二名。

 

六人。

 

目的。

 

三派の過激派を監視し、必要に応じて資金を止める。

 

設立者。

 

三人の側近。

 

三帝本人は、正式には知らない。

 

「善意の秘密会議」

 

アンドロニコス。

 

「灰冠の最初と」

 

ニケフォロス。

 

「同じ」

 

六人のうち。

 

一人死亡。

 

二人失踪。

 

三人紫宮内。

 

尋問。

 

「毒杯を計画したか」

 

否定。

 

「目的は三帝制維持」

 

「ミハイルを殺して?」

 

「違う」

 

「では口座が」

 

「誰かに奪われた」

 

「どうやって」

 

「三人印」

 

六人中三人。

 

失踪二人と死亡者。

 

死者の印が使われた。

 

死亡時期。

 

毒杯事件前日。

 

病死。

 

医師。

 

灰冠関連?

 

「死亡証明を」

 

本物。

 

本人も死んでいる。

 

印は回収されなかった。

 

「制度の穴」

 

ニケフォロス。

 

秘密だから、死亡時の引き継ぎがない。

 

「三燭調停団は解散」

 

テオドラ。

 

「公開制度へ」

 

コンスタンティノス。

 

「目的は必要」

 

「過激派監視」

 

「なら三帝評議会の下に、公開の調停院」

 

「公開すれば対象が」

 

「令状制」

 

「誰が」

 

「三帝と市民監査」

 

また。

 

制度。

 

「ミハイルが回復するまで」

 

「二帝で作る?」

 

「暫定」

 

「軍派が」

 

「ニケフォロスを入れる」

 

将軍が顔をしかめる。

 

「私は」

 

「断る?」

 

テオドラ。

 

「断れば、軍派は独自」

 

「期間限定」

 

「期限」

 

「四十日」

 

どこでも。

 

---

 

## 十五

 

毒杯の直接実行者は、最後まで一人に定まらなかった。

 

若いレオンティオス。

 

杯の向きを伝えた。

 

毒蝋を銀器房へ持ち込んだ可能性。

 

だが杯へ塗った証拠なし。

 

銀器房の夜番。

 

事件翌日に失踪。

 

彼の部屋から黒根。

 

ただし容易に置ける。

 

儀礼局の下級官。

 

杯番号を知る。

 

家族が灰冠口座から金。

 

本人は否定。

 

軍務副長官の白紙印。

 

食糧徴発。

 

事件後の軍準備を早めた。

 

しかし毒杯命令の証拠なし。

 

エレニ。

 

資金経路。

 

秘密会議。

 

工作を知らなかったと。

 

三燭調停団。

 

善意。

 

秘密。

 

乗っ取られた。

 

「犯人不明と」

 

テオドラ。

 

「受け入れられません」

 

軍派。

 

「誰かを」

 

「誰を」

 

コンスタンティノス。

 

「疑わしい者」

 

「それで内戦」

 

「では帝が毒を飲み、誰も」

 

「無罪ではない」

 

ニケフォロス。

 

「犯人を一人にできないだけ」

 

公開報告書。

 

第一部。

 

確定。

 

ミハイル杯の飲み口へ黒根混合蝋。

 

第二。

 

資金。

 

紫衣の未亡人口座。

 

第三。

 

偽装。

 

白石粉を修道院蝋へ入れ、教会派へ疑い。

 

第四。

 

軍事準備。

 

事件前の偽情報で東軍食糧徴発。

 

第五。

 

目的推定。

 

ミハイル殺害または重傷。

 

テオドラ・コンスタンティノス間の相互疑惑。

 

軍派の動員。

 

市内食糧危機。

 

三帝制崩壊。

 

第六。

 

実行責任者。

 

複数名。

 

一部不明。

 

「これで民が納得するか」

 

テオドラ。

 

「しません」

 

アンドロニコス。

 

場違い。

 

パン屋。

 

「では」

 

「パンが戻れば少し」

 

現実。

 

「犯人が分からなくても?」

 

「腹が減ると、犯人を簡単に決めます」

 

「粉を」

 

「軍徴発を戻してください」

 

ニケフォロス。

 

「沿岸危機は」

 

「西方は停戦」

 

「東方の情報は偽」

 

「軍備を全部戻せない」

 

「一部」

 

交渉。

 

東軍徴発の半分を市民倉庫へ返却。

 

兵士は怒る。

 

高官配給削減。

 

市民配給増。

 

パン価格。

 

少し下がる。

 

報告書と同日。

 

人々は、毒杯よりパンを話し始める。

 

陰謀が消えたわけではない。

 

生活が戻る。

 

---

 

## 十六

 

ミハイルは七日目に言葉を話した。

 

右半身は動かない。

 

声は掠れる。

 

三帝とニケフォロス。

 

記録官。

 

「誰に毒を」

 

ニケフォロス。

 

「知らない」

 

「姉ではないと」

 

「姉は……杯へ、触れていない」

 

見た。

 

「コンスタンティノスは」

 

「祈っていた」

 

無罪の証明ではない。

 

「アレクシオスは」

 

「沿岸……報告を、持ってきた」

 

「事件前に」

 

「はい」

 

「白紙印を」

 

ミハイルが目を閉じる。

 

「渡した」

 

「三帝協定違反です」

 

テオドラ。

 

「軍務が……遅い」

 

「だから一人で」

 

「守るため」

 

「結果」

 

兄妹。

 

「私を……責めるか」

 

「はい」

 

テオドラ。

 

「生きているうちに」

 

ミハイルが少し笑う。

 

顔の半分だけ。

 

「それで……よい」

 

「毒杯の前に、誰かと」

 

「紫衣」

 

全員。

 

「エレニ?」

 

「違う」

 

「誰」

 

「紫の衣を着た女」

 

宮廷では多い。

 

「顔」

 

「見えない」

 

「何を」

 

「杯を……見ていた」

 

場所。

 

列柱の陰。

 

式典招待客。

 

名簿。

 

百二十人。

 

そのうち紫衣の女。

 

二十七人。

 

「左手に」

 

ミハイル。

 

「黒い手袋」

 

「指は」

 

「分からない」

 

黒雪?

 

鴉筆?

 

無貌?

 

女性とは限らない。

 

「声」

 

「聞いていない」

 

「他に」

 

「杯の鷲が……反対だった」

 

全員が止まる。

 

「何を」

 

「ステファノスが置いたとき、鷲は私へ」

 

「飲む前は」

 

「反対」

 

誰かが杯を回した。

 

毒を塗るだけでなく、毒の位置を口へ。

 

式典中。

 

近くへ来た者。

 

酒を注いだ者。

 

杯係。

 

侍従。

 

祝福司祭。

 

共同貨幣を見せた官。

 

「毒は、杯を置く前では」

 

「置いた後にも」

 

礼法を知る者。

 

紫衣。

 

黒手袋。

 

「名簿を」

 

調べる。

 

二十七人。

 

一人。

 

《紫海防衛同盟》の寄進者。

 

セレスタ出身の女商人。

 

名。

 

リヴィア・モロジーニ。

 

ベアトリーチェと姓が同じ? Could be related accidentally. Avoid. Let's choose "リヴィア・サン・ジェルマーノ".

 

宿泊先。

 

空。

 

偽名。

 

荷。

 

なし。

 

港記録。

 

毒杯翌朝、東門から出た。

 

証書。

 

軍務副長官印。

 

偽造か、本物か。

 

「黒い馬車」

 

年長レオンティオスの証言。

 

紫衣の女。

 

黒手袋。

 

「実行責任者」

 

テオドラ。

 

「少なくとも現場指揮」

 

ニケフォロス。

 

「捕らえる」

 

「どこへ」

 

東。

 

セレスタ商路。

 

あるいはナフル。

 

「名は偽」

 

「顔絵を」

 

画家。

 

目撃。

 

ミハイル。

 

杯係。

 

運送人。

 

三人。

 

異なる顔。

 

照合。

 

一枚。

 

公開。

 

「逃げる」

 

「すでに」

 

「家族は」

 

不明。

 

「黒雪役職者?」

 

ファハドからの書簡と特徴。

 

黒手袋。

 

紫衣。

 

《鴉筆》は書簡偽造。

 

《黒雪》計画。

 

《無貌》処理。

 

現場を見ていたなら。

 

新しい役職。

 

「《杯守》」

 

誰かが言う。

 

灰冠側の名ではない。

 

後世の呼び名。

 

---

 

## 十七

 

アンドロニコスは、紫宮から褒賞を与えると言われた。

 

銀貨二十枚。

 

「受けません」

 

「なぜ」

 

宮廷官。

 

「粉で」

 

「何を」

 

「パン屋組合へ小麦」

 

「褒賞は個人へ」

 

「では、妻へ」

 

「陛下の恩賜を」

 

「銀貨をもらえば、灰冠に買われた者と同じだと言われる」

 

「王からの褒賞を」

 

「分からない人には、金は同じです」

 

記録。

 

「では何を」

 

「南門倉庫の重複命令記録を公開してください」

 

「軍事」

 

「毒杯事件の一部」

 

「兵数が」

 

「量を丸める」

 

「それと」

 

「軍用パン配給会議へ、パン屋組合の席を」

 

官僚が笑う。

 

「職人が軍務へ」

 

「粉を焼くのは」

 

「命令では」

 

「命令でパンは膨らみません」

 

最終。

 

一席。

 

諮問。

 

決定権なし。

 

「それで」

 

「最初は」

 

白い椅子の横の木椅子。

 

どこでも。

 

アンドロニコスが帰宅すると、エウドキアが銀貨を期待していた。

 

「断った」

 

「何を」

 

「二十枚」

 

妻が無言。

 

「粉を」

 

「二十枚!」

 

「店のため」

 

「私たちの借金は!」

 

「分かってる」

 

「分かって断る?」

 

怒り。

 

正しい。

 

「英雄になるつもり?」

 

「違う」

 

「では」

 

「金を受けるのが怖かった」

 

正直。

 

「私に相談せず?」

 

「はい」

 

「皇帝を批判して、家では皇帝ね」

 

アンドロニコスは黙る。

 

「褒賞を全部断る必要はない」

 

「もう」

 

「戻って交渉」

 

「恥ずかしい」

 

「二十枚より?」

 

妻。

 

翌日。

 

アンドロニコスは宮廷へ戻る。

 

「銀貨五枚と、小麦を」

 

官僚が笑う。

 

「昨日は」

 

「妻と共同決定に変わりました」

 

制度は家にも必要。

 

銀貨五枚。

 

残り相当の小麦。

 

パン屋組合席。

 

受ける。

 

英雄ではない。

 

生活者。

 

---

 

## 十八

 

三帝制は、毒杯事件後に改定された。

 

《紫宮共同命令規則》。

 

第一。

 

白紙印の禁止。

 

緊急命令でも、空欄文書へ皇帝印を押さない。

 

第二。

 

皇帝一人が執務不能の場合、残る二帝と、該当部門監査官、都市代表の四印。

 

第三。

 

食糧徴発は軍務機密でも総量公開。

 

市民備蓄下限。

 

第四。

 

宮廷飲食は、瓶だけでなく杯、皿、匙を別々に検査。

 

杯の番号は直前抽選。

 

第五。

 

毒見役は同じ瓶だけでなく、同じ杯から一口。

 

「毒見役を殺す制度」

 

医師。

 

「では」

 

「皇帝本人と毒見役が、同じ杯を分ける?」

 

礼法が反発。

 

「皇帝の口へ」

 

「人命は」

 

「杯を二つに分けて、同じ蝋印から」

 

「また偽装」

 

最終。

 

杯を直前に抽選。

 

杯係一人でなく四人。

 

飲み口を布で一周拭き、布を保管。

 

毒見は酒と布の両方。

 

完全ではない。

 

第六。

 

三帝制を支援する秘密調整組織を禁止。

 

必要な調停は公開院へ。

 

名称。

 

《三燭公開調停院》。

 

三帝側近。

 

軍。

 

教会。

 

都市職人。

 

市場。

 

刻印民。

 

施療院。

 

八席。

 

「多すぎる」

 

官僚。

 

「秘密会議より」

 

ニケフォロス。

 

「決まらない」

 

「殺しにくい」

 

「毒を全員へ」

 

「八杯必要」

 

笑い。

 

不謹慎。

 

だが人々は少し笑う。

 

毒杯事件後、初めて。

 

---

 

## 十九

 

ミハイルは、右手を失ったに等しかった。

 

歩行。

 

杖。

 

言葉。

 

遅い。

 

軍派は、弱い皇帝を隠そうとした。

 

「陛下の威厳が」

 

「公開する」

 

ミハイル。

 

「敵が」

 

「もう知っている」

 

灰冠は。

 

市民だけ知らない。

 

「姿を」

 

紫宮広場。

 

三帝。

 

テオドラ。

 

コンスタンティノス。

 

中央にミハイル。

 

杖。

 

右腕は吊るす。

 

群衆。

 

静か。

 

「私は」

 

声。

 

届きにくい。

 

書記が繰り返す。

 

「毒を飲んだ」

 

「姉も、弟も、犯人とは確認されていない」

 

軍派が不満。

 

コンスタンティノスについて証明なし。

 

それでも。

 

「私の白紙印が、軍の無断準備へ使われた」

 

「責任は、私にある」

 

皇帝が。

 

「毒を入れた者の責任は消えない」

 

「だが、毒が効く帝国を作った責任は、我々にある」

 

テオドラが彼を見る。

 

事前にない言葉。

 

「私は軍務へ戻る」

 

群衆がざわめく。

 

「右手は動かない」

 

「声も遅い」

 

「だから、命令も遅くなる」

 

少し笑い。

 

「以前より、確認する時間がある」

 

軍人たち。

 

複雑。

 

「三帝制を続ける」

 

反対。

 

歓声。

 

罵声。

 

「一人が倒れたから、一人へ戻るのではない」

 

「倒れた一人の権限を、別の一人へ渡さない」

 

「四十日後、私の回復と職務能力を公開審査する」

 

皇帝の能力審査。

 

異例。

 

「不適格なら」

 

群衆。

 

「軍帝位を退く」

 

軍派が叫ぶ。

 

「陛下!」

 

「退いた後の軍代表は、軍人だけで決めない」

 

さらに。

 

「兵、将校、補給職、都市から」

 

軍人の皇帝を市民が選ぶ?

 

「帝国を弱くする!」

 

「毒を飲んでも変わらない方が、弱い」

 

ミハイルは杖で立つ。

 

倒れそう。

 

テオドラが支えようとする。

 

彼は一瞬拒む。

 

その後、左手を姉の腕へ。

 

群衆。

 

三帝。

 

一人が支える。

 

もう一人、コンスタンティノスも反対側へ。

 

象徴。

 

同時に、本当に必要。

 

---

 

## 二十

 

毒杯事件の公開報告は、七百二十頁になった。

 

長い。

 

民衆は読まない。

 

そこで三種類。

 

全文。

 

要約。

 

市場朗読版。

 

市場朗読版には、犯人名は一人も書かれなかった。

 

《現場指揮者とみられる紫衣・黒手袋の人物、逃亡》

 

《複数の宮廷官、軍人、宗教施設、慈善口座が利用された》

 

《単独犯行ではない》

 

人々は不満。

 

「結局、誰だ」

 

「三帝が互いに」

 

「灰冠と言えば逃げられる」

 

「パン屋まで宮廷へ」

 

陰謀論。

 

アンドロニコスの店へ石。

 

《女帝の犬》

 

別の日。

 

《軍派の裏切り者》

 

両方。

 

「もう宮廷へ行かないで」

 

エウドキア。

 

「組合席が」

 

「別の人を」

 

「誰も」

 

「なら閉める」

 

「店を?」

 

「政治を」

 

簡単には。

 

パン配給表。

 

軍量。

 

市民量。

 

見れば、また意見。

 

「あなたは、正しいことを全部しなくていい」

 

妻。

 

「何を」

 

「パンを焼いて」

 

「それだけ?」

 

「それが、今は一番」

 

アンドロニコスは夜明けに炉へ火。

 

粉。

 

水。

 

塩。

 

酵母。

 

毒見ではない。

 

自分が食べる。

 

最初のパン。

 

店先。

 

価格。

 

昨日より一割下げる。

 

小さな札。

 

《本日の粉は南門共同倉庫。検査済み》

 

誰が検査。

 

パン屋組合。

 

都市医師。

 

軍補給官。

 

三印。

 

また。

 

客は読む。

 

一部。

 

「安全か」

 

「絶対では」

 

「何だ」

 

「検査はしました」

 

完全な安心を言わない。

 

それでも買う。

 

---

 

## 二十一

 

紫衣の女リヴィア・サン・ジェルマーノの足取りは、東港で消えた。

 

船。

 

《銀の林檎》。

 

セレスタ商船。

 

出港先。

 

ナフル。

 

だが船は途中で進路変更。

 

アルカシャ山岳王国。

 

交易記録。

 

「山へ」

 

ニケフォロス。

 

「なぜ」

 

アルカシャ。

 

鉱山。

 

白石粉。

 

黒根の産地。

 

聖火古教。

 

外部勢力を嫌う。

 

山道。

 

要塞。

 

灰冠の次の拠点?

 

「追跡隊を」

 

テオドラ。

 

「軍を送れば侵入」

 

コンスタンティノス。

 

「使節」

 

「逃げる」

 

「公開手配」

 

「山岳王が反発」

 

「何もしない?」

 

「開帳会へ情報」

 

セレスタ。

 

オルシャ。

 

聖座。

 

ナフル。

 

網。

 

「自国の犯人を、外国の制度へ」

 

軍派が不満。

 

「国境を越えた」

 

「秘密工作を公開すれば、相手も」

 

「隠す」

 

「そのとき記録」

 

遅い。

 

それでも。

 

ニケフォロスは、自分の斥候を一人だけ送る。

 

公式ではない。

 

矛盾。

 

「将軍」

 

テオドラ。

 

「秘密組織を禁止したばかり」

 

「軍事偵察です」

 

「言葉を変えた?」

 

「はい」

 

「必要?」

 

「逃亡者の顔を確認するだけ」

 

「報告は」

 

「公開調停院へ」

 

「全部?」

 

「斥候名は伏せる」

 

また段階。

 

秘密は消えない。

 

誰が知り、誰へ報告し、いつ開くかを変える。

 

---

 

## 二十二

 

灰冠自由会議の記録では、紫宮計画はこう評価された。

 

《対象ミハイル、死亡未達》

 

《右半身機能障害、達成》

 

《テオドラ・コンスタンティノス相互告発、限定》

 

《軍派動員、限定》

 

《市内食糧危機、達成後縮小》

 

《三帝制崩壊、失敗》

 

《白紙印及び秘密調整網露見、損失》

 

《公開調停院設立、敵制度強化》

 

《現場指揮者、退避》

 

会議。

 

舟守。

 

鴉筆。

 

無貌。

 

新しい黒雪。

 

「また制度を強くした」

 

無貌。

 

「ミハイルは弱くなった」

 

「軍は」

 

「再編に時間」

 

「帝国の外征能力は一年低下」

 

「利益は」

 

「周辺国の軍事債券」

 

「三帝制が続けば」

 

「決定は遅い」

 

「それが敵の強みになっている」

 

鴉筆。

 

「遅い帝国は、投資機会が少ない」

 

「毒杯は」

 

「一人を狙った」

 

「次は制度ではなく、継承を」

 

「どこ」

 

新しい黒雪は地図を見る。

 

ナフル。

 

バイバルス。

 

老いたスルタン。

 

後継。

 

軍人。

 

官僚。

 

水利改革。

 

カリム将軍。

 

「大河は増水する」

 

「洪水?」

 

「雨が来た」

 

「渇水の次に」

 

「水が多すぎる」

 

ナディア。

 

水利庁。

 

堤防。

 

「水は、ない時も国を壊す」

 

黒雪。

 

「多い時は、もっと速い」

 

---

 

## 二十三

 

毒杯事件から四十日。

 

ミハイルの職務能力審査。

 

公開。

 

医師。

 

軍将校。

 

兵士代表。

 

補給官。

 

都市代表。

 

パン屋組合代表。

 

アンドロニコスは断った。

 

代わりにエウドキアが出た。

 

「なぜ妻が」

 

軍人。

 

「店の帳簿は私が」

 

「軍務を」

 

「兵のパンを焼くのは私たち」

 

夫より強い。

 

審査。

 

ミハイルは地図を読む。

 

遅い。

 

左手で署名。

 

軍命令を口述。

 

疲労。

 

二刻で限界。

 

「軍帝として不適格」

 

強硬派が言えない。

 

「単独即応指揮には制限」

 

医師。

 

結論。

 

ミハイルは軍帝位を維持。

 

ただし作戦命令は副官二名と補給代表の共同署名。

 

一日二刻まで。

 

緊急時の現場指揮はニケフォロス。

 

三月後再審査。

 

「皇帝を障害者として見世物に」

 

反対派。

 

ミハイル。

 

「隠すより」

 

「弱い姿を」

 

「弱い」

 

自分で。

 

「それでも、考える」

 

軍人の一部は泣いた。

 

一部は失望。

 

一部は、以前より信じた。

 

同じ姿。

 

違う意味。

 

---

 

その日の夕方。

 

三人の皇帝は、共同貨幣を正式発行した。

 

表。

 

双頭鷲。

 

裏。

 

三本の燭台。

 

顔なし。

 

最初の一枚を、ミハイルが左手で受け取る。

 

落とす。

 

床。

 

音。

 

全員が息を止める。

 

毒杯の記憶。

 

貨幣は転がり、テオドラの足元。

 

彼女が拾う。

 

コンスタンティノスへ。

 

彼がミハイルへ戻す。

 

一枚。

 

三人。

 

「この貨幣は」

 

テオドラ。

 

「誰の顔も持たない」

 

「だから責任者がいないと」

 

批判。

 

「違う」

 

ミハイル。

 

言葉。

 

遅い。

 

「三人とも、逃げられない」

 

貨幣は市中へ。

 

パン屋。

 

兵舎。

 

修道院。

 

市場。

 

人々は重さを測る。

 

顔がなくても、銀は銀。

 

三帝の権威より純度。

 

それでよい。

 

---

 

紫の毒杯は、ミハイルを殺せなかった。

 

だが彼の右手を奪い、軍務副長官を失脚させ、テオドラの親族を拘束し、コンスタンティノス派修道院を暴徒の前へ晒し、紫都のパンを二倍へした。

 

失敗した暗殺。

 

成功した混乱。

 

同時に。

 

白紙印は禁止され。

 

秘密調停団は解体され。

 

軍食糧は公開され。

 

パン屋が軍務会議へ席を得た。

 

三帝は、一人が倒れても制度を続けた。

 

成功した防御。

 

傷ついた帝国。

 

どちらも。

 

---

 

灰暦八百七十三年、夏の終わり。

 

紫都に最初の大雨が降った。

 

乾いた路地へ水。

 

屋根。

 

水路。

 

パン屋の前。

 

人々は雨を喜ぶ。

 

ナフル大河の上流でも、同じ雨が降っていた。

 

山地では三日三晩。

 

川が膨らむ。

 

堤防へ圧力。

 

渇水でひび割れた土は、急な水を吸わない。

 

泥。

 

流木。

 

家畜。

 

村。

 

ナディア・ビント・ユーヌスは、水位標が一夜で三尺上がるのを見た。

 

役人が言う。

 

「雨です」

 

「見れば分かります」

 

「今年の渇水は終わった」

 

「違う」

 

ナディアは堤防を叩く。

 

空洞の音。

 

「次が始まる」

 

上流から伝令。

 

《カリム将軍領の私設堤防、決壊の恐れ》

 

別。

 

《穀倉地帯を守るため、下流貧民区への放水を要請》

 

誰を沈め。

 

誰を守るか。

 

水が少ないとき、国家は配る順番を決めた。

 

水が多いとき、国家は溺れさせる順番を決める。

 

紫の毒杯から逃れた帝国の報告書が乾かないうちに、大河の国では、別の杯が溢れようとしていた。

 

今度の杯は、誰か一人の手には収まらない。

 

国土そのものだった。

 

書き溜めていた分のストックがほぼ尽きてきましたので… 更新頻度についてアンケートをさせていただきたいと思います。 以降の更新頻度はどの程度がよいでしょうか?

  • 死ぬ気でがんばれ
  • 可能な範囲でがんばれ
  • そんなに急ぐこたーないぞ
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