『血と香料の戦争』― 灰燼の回廊 ―   作:MOZIO

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灰燼の回廊
第1編「山は血を飲む」


【1】狭隘

 

アッシェン峠。

 

それは道と呼ぶにはあまりに細い。

 

切り立った岩肌。

崩れやすい斜面。

人と荷車がすれ違うのがやっとの幅。

 

そして――

 

逃げ場がない。

 

「……ここで戦うのか」

 

ヴォルフラムは低く言った。

 

「ええ」

 

アルベリクは即答した。

 

「最も“効率的”です」

 

その言葉に、老騎士は顔をしかめる。

 

「効率、か」

 

【2】詰まり

 

峠の手前。

 

王国軍は渋滞していた。

 

荷車。

兵士。

家畜。

 

すべてが詰まっている。

 

「進まねぇぞ!」

 

カスパーが怒鳴る。

 

「前が止まってるんだ!」

 

「知るか!」

 

苛立ちが伝播する。

 

押し合い。

罵声。

 

「……これが戦争かよ」

 

誰かが呟いた。

 

【3】同じ問題

 

帝国側。

 

サイードは同じ光景を見ていた。

 

「詰まってるわね」

 

ザフラが言う。

 

「当然だ」

 

サイードは答える。

 

「この地形では避けられない」

 

「じゃあどうするの?」

 

「利用する」

 

短い答えだった。

 

【4】運ぶ者たち

 

トビアスは荷車を押していた。

 

もう伝令ではない。

 

人手が足りないからだ。

 

「重い……」

 

袋の中身は穀物。

 

だが、その量は明らかに足りない。

 

「これで何日分だ?」

 

隣の男が言う。

 

「三日……いや二日かも」

 

沈黙。

 

「……足りねぇな」

 

誰も否定しない。

 

【5】最初の崩壊

 

夜。

 

補給が遅れた。

 

それだけで、秩序は崩れる。

 

「食い物は!?」

 

「配給はまだだ!」

 

「ふざけんな!」

 

殴り合いが始まる。

 

カスパーが割って入る。

 

「やめろ!!」

 

一発、兵を殴り飛ばす。

 

「敵は外だ!内じゃねぇ!」

 

だが、その言葉は空虚だった。

 

敵はもう――

 

内側にもいる。

 

【6】帝国の策

 

翌日。

 

サイードは地形を見ていた。

 

「ここだな」

 

細い谷。

 

上方は岩場。

 

「落とすの?」

 

ザフラが笑う。

 

「その通りだ」

 

サイードは頷く。

 

「直接戦う必要はない」

 

彼の目は冷静だった。

 

「この地形が敵だ」

 

【7】落石

 

昼。

 

王国軍が峠に差し掛かる。

 

その瞬間――

 

「音だ!」

 

誰かが叫ぶ。

 

上から。

 

岩が落ちてくる。

 

「うわああああ!!」

 

潰される。

砕ける。

 

混乱。

 

「止まるな!」

 

ヴォルフラムが怒鳴る。

 

だが無理だ。

 

前も後ろも詰まっている。

 

逃げ場はない。

 

【8】観察

 

遠くから。

 

サイードはそれを見ていた。

 

「効くわね」

 

ザフラが言う。

 

「当然だ」

 

彼は答える。

 

「戦わずに削る」

 

そして付け加える。

 

「それが最善だ」

 

【9】決断

 

アルベリクは報告を受けていた。

 

「落石で被害多数」

 

「想定内です」

 

「……どうする」

 

ヴォルフラムが問う。

 

アルベリクは少し考えた。

 

「進みます」

 

「正気か?」

 

「ええ」

 

彼は淡々と言う。

 

「止まれば餓死します」

 

沈黙。

 

「なら――」

 

ヴォルフラムは息を吐いた。

 

「進むしかねぇな」

 

【10】医者

 

ナディアは負傷者を診ていた。

 

潰れた脚。

砕けた頭。

 

「水を」

 

「足りません」

 

「……分かった」

 

彼女は手を動かし続ける。

 

「助かるのか?」

 

兵が問う。

 

ナディアは一瞬、止まる。

 

そして言った。

 

「いいえ」

 

【11】価値の変化

 

リーゼロッテは報告書を読んでいた。

 

「損耗が早い」

 

「補充は?」

 

「追いつきません」

 

彼女は考える。

 

「価格を上げる」

 

「……今ですか?」

 

「今だからよ」

 

彼女は言った。

 

「不足は利益になる」

 

【12】沈黙の理解

 

夜。

 

アルベリクは峠を見上げていた。

 

「相手は優秀です」

 

ヴォルフラムが来る。

 

「サイードか」

 

「恐らく」

 

アルベリクは頷く。

 

「同じことを考える」

 

「だから厄介だ」

 

「ええ」

 

風が吹く。

 

冷たい風。

 

「……削られるな」

 

ヴォルフラムが言う。

 

アルベリクは答えない。

 

ただ、理解していた。

 

これは戦闘ではない。

 

消耗だ。

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