【1】配給
朝。
配給の鐘が鳴った。
それだけで、人が集まる。
トビアスも列に並んでいた。
「今日はあるのか……」
前の兵が呟く。
「半分だとよ」
「昨日も半分だったろ」
「今日は“さらに半分”だ」
笑いが起きる。
乾いた笑い。
順番が来る。
木の器に入れられたのは――
薄い粥。
水に近い。
「……これだけか」
配給係は目も合わせない。
「次」
【2】減るもの
三日後。
配給はさらに減った。
五日後。
ほぼ消えた。
「終わりだな」
カスパーが言う。
「戦う前に死ぬぞ」
誰も否定しない。
兵士たちは痩せ始めていた。
目が落ち窪み、動きが鈍る。
「……敵は何してる」
誰かが言う。
「同じだろ」
だが――
それは願望だった。
【3】帝国側
サイードは配給を見ていた。
王国側よりは多い。
だが十分ではない。
「長くは持たない」
ザフラが言う。
「持たせる」
サイードは短く答える。
「どうやって?」
彼は遠くを見る。
「奪う」
【4】最初の略奪
夜。
王国側の小規模な補給隊が襲われた。
帝国遊撃隊によって。
悲鳴は短かった。
荷車は奪われ、火が放たれる。
「これで三日分ね」
ザフラが笑う。
サイードは何も言わない。
ただ――
一つだけ命令する。
「無駄に殺すな」
「……珍しい」
「必要ないからだ」
【5】崩れる境界
翌朝。
その報告はすぐに広がった。
「奪われた?」
「全部だ」
「じゃあ俺たちは……」
言葉は続かない。
カスパーは歯を食いしばる。
「守れなかったのか」
誰も答えない。
そして、その日の夜。
別の事件が起きる。
【6】内側の略奪
味方同士だった。
補給庫が襲われた。
犯人は――王国兵。
「開けろ!」
「やめろ!」
扉が破られる。
食糧が奪われる。
「俺たちの分だ!」
「ふざけるな!」
刃が抜かれる。
血が流れる。
トビアスはそれを見ていた。
「……やめろよ」
誰も聞かない。
【7】処断
翌日。
数人が縛られていた。
「規律違反」
ベネディクトゥスが宣告する。
「略奪、殺人」
兵士たちは震えている。
「慈悲はある」
司祭は言う。
「神のもとでの救済だ」
剣が振り下ろされる。
一人。
また一人。
トビアスは目を逸らした。
【8】問い
その後。
ナディアはアルベリクを訪ねた。
「このまま続けるのですか」
「何を」
「分かっているでしょう」
彼女の声は静かだが、強い。
「兵が壊れています」
アルベリクは少しだけ考えた。
「ええ」
「なら――」
「止められません」
即答だった。
ナディアの顔が強張る。
「なぜ」
「止めれば負けるからです」
【9】理解と拒絶
「あなたは……」
ナディアは言葉を選ぶ。
「人を何だと思っているのですか」
アルベリクは答える。
「構成要素です」
沈黙。
「……それでも人です」
ナディアは言った。
「壊れます」
「ええ」
アルベリクは頷く。
「だから使うのです」
その言葉に、わずかな疲労があった。
【10】限界
トビアスはもう走れなかった。
足が動かない。
腹が痛い。
「……なんで」
彼は座り込む。
目の前に、死体。
味方か敵かも分からない。
その腰に――
袋。
食糧。
「……」
手が伸びる。
止まる。
震える。
「……」
ザフラの言葉がよぎる。
“そのままだと死ぬ”
トビアスは袋を掴んだ。
【11】変化
夜。
彼はそれを食べていた。
涙を流しながら。
「……うまい」
最低の言葉だった。
だが本音だった。
そのとき、声がする。
「やっと理解した?」
振り向く。
ザフラ。
「……見てたのか」
「ええ」
彼女は笑う。
「これが戦争よ」
トビアスは何も言えなかった。
【12】均衡の崩壊
同時刻。
アルベリクは報告を受けていた。
「脱走者が増加」
「当然です」
「規律が持ちません」
彼は静かに言った。
「持たせる必要はありません」
「……?」
「選別されます」
誰が生きるか。
誰が死ぬか。
戦争が決める。
「……残るのは?」
ヴォルフラムが問う。
アルベリクは答えた。
「戦える者だけです」