ようこそ名を消した男がいる教室へ 作:217円
大道寺一派ーーー
かつて『昭和のフィクサー』と呼ばれた大物政治家、大道寺稔。彼の弟子と配下によって構成された一大組織。
大道寺稔の死後もその影響は衰える事なく、残党が意思を継ぎ、今でも日本の政界を裏で支配している。
そんな彼らの実働部隊であるエージェント達は、本来死んだ事になっている者や、諸事情あって表舞台に立てない者達で構成される。組織内でもそれは徹底され、常にコードネームで呼びあい、本名を語る事を許されない。
そんな彼らを誰かがこう呼んだ。
ーーー『名を消した男』と。
◇
とある某所にて。
丑三つ時を既に過ぎた、深夜。皆が寝静まっているだろう時間帯に相応しくない、数発の銃声が鳴り響く。そこには銃で武装した男が数人に、それらと向かい合う15歳前後だろう少年が一人。
「てめぇ!」
男の一人がアサルトライフルを構え、少年に向かって連射する。しかし少年はそれに動じることなく、大きな後方宙返りで空中に舞い上がり、射線から離脱して連続で発射される弾丸を回避していく。
「くそっ! 怯むな! 撃て!」
至近距離で放たれた弾丸を避けた。
そんな超人じみた身体能力を目の当たりにしたせいか、一瞬その場がどよめく。しかし誰かが発奮の声を掛けた事によりすぐに闘志を取り戻し、今度は複数での一斉射撃が放たれた。
だが少年の身体には一発も命中しない。少年はその場で後方宙返りや側転、バタフライツイストなどの様々なアクロバットを用いて宙を舞い、弾丸を全て回避していく。
そして少年が後転から地面に着地した時、少年は静かに拳を構える。それを見て男達は息を飲む。
これはつまり少年は武器を使わず素手で武器を持った男達を相手にすると言う事。弾幕の中を徒手空拳で突破するなど、普通なら一笑に返すのが普通だろう。
だが先程の一斉掃射を軽々と躱した少年の超人的な身体能力、それを目にした男達の生存本能は、冗談では済まされない言う恐怖が脳内で生まれていた。
「ガッ!」
瞬間、少年は電光石火とも言える素早い踏み込みから、此方に向けて発砲した男の顔面目掛けて拳を放つ。それを食らった男の一人は数m近く吹き飛ばされ、失神した。その光景は少年のパンチの威力が非常に高い事を知らせ、男たちを威圧させるには十分だった。
「な、何なんだこのバケモノは?!」
動揺が走り、徐々に後退していく男たち。だが少年は男たちを逃がさないとばかりに眼光を走らせ、アクロバットの動きを競り混ぜた格闘術で男たちを翻弄し、正確に一人一人殴り、蹴り、倒していく。
「あ、ああ‥‥」
残り一人。
周りの見方が全滅し、恐怖で腰が抜けている男に少年は容赦なく膝蹴りを放ち、鼻の骨をへし折って気絶させる。
静寂の中、最後の打撃音がその場で鳴り響く。
少年の表情は影に隠れて見えない。だが少年の拳は男達の返り血がべっとり付いており、この場で起きた事の壮絶さを物語っていた。
少年はポタポタと返り血が滴る己の手を無言でじっと眺める。そんな姿を、真夜中の空に浮かぶ月の光が眩しくも、穏やかに照らしていた。
▽
数日後、大道寺一派のとあるアジトにて。
「前回の任務、ご苦労様でした。青龍。」
テーブル越しに黒シャツスーツを着た中年の男が静かに少年へと声を掛ける。このかつては男は少年と同様、かつて大道寺一派のエージェントであり、今は現役を退いてエージェントの管理を勤めている者だ。
青龍ーーー男が呼んだこの名こそ、エージェントとしての少年のコードネームだ。と言っても他の名で少年が呼ばれた事はない。故にこの名はコードネームではなく、少年にとって認識は本名と代わらないだろう。……だが少年はその事実を昔から好ましく思えなかった。
「任務に関してはもう数ヶ月前に完了しました。約束の話、忘れてませんよね? ……
何処か詰めるような口調で少年は自信の管理者に口を開く。それに対して黄麟と呼ばれた男は険しい表情で事を述べ始めた。
「ええ、勿論覚えています。我らの対抗勢力となる26の派閥全てを壊滅させる……それを実現した暁は、貴方はエージェントから正式に引退する。確かに……貴方と我らが交わした誓約です。しかし……どうやら事は簡単に進まない様だ。」
「何だと?」
少年は怒りの籠った形相で黄麟を睨み付ける。数日前の任務は本来の少年最後の任務になる筈だった。そして黄麟ーーー否、大道寺一派もそれを承知していた。それを今になって掌を返された以上、妥当な反応だろう。
「落ち着いてください。青龍、貴方の怒りはごもっともです。一度交わした約束を破る。そんな不義理は我らも起こしたくは無かった。……それは貴方も察しがつくでしょ?」
黄麟の言葉に少年は僅かに落ち着きを取り戻す。確かに大道寺一派は内外ともに信用を第一としている。その為、出来ない約束はしない。それは付き合いが長い少年が一番理解していた。だがやはり納得はいかないのか、まだ少年の瞳は怒りを滲ませていた。
「ご安心ください。此方も決して約束を無下には致しません。これから話す任務……それを行って頂ければ、引退の件は保証しましょう。」
「嘘では、ないですよね。」
疑いは心の中に有るものの、目の前の黄麟は嘘を吐いている様には見えない。
確かに今になって冷静に考えてみれば、数年前に多くのエージェントが犠牲になったハワイの一件や、数多くいる大道寺エージェントの中でもトップクラスの実力を誇る男、『浄龍』の再起不能による事実上の引退など、少年により対抗勢力の殆どが打倒された現在でも、今の大道寺一派が多くのイレギュラーに手こずっているのは、周知の事実だった。
「次の任務で、本当に最後なんですよね?」
「はい、私が保証します。」
「わかりました。話を聞きましょう。」
「ありがとうごさいます。」
僅かばかり態度が軟化した少年を見て、黄麟は安堵したような姿を見せる。
勿論少年も完全な善意で受け入れた訳ではない。大道寺一派のモットーは『信賞必罰』。もしこの任務を成功すれば、引退という少年の目的の上に更に何かしらの美味しい特典があるのではないか、と打算も含んだ上の決断だ。
すると早速と言うべきか、黄麟は任務の概要についての説明を始める。
「青龍、貴方はホワイトルームという存在をご存知ですか?」
「ええ、ホワイトルーム……確か、数ヶ月前に俺が潰した綾小路一派の計画でしたね?」
ホワイトルームーーー綾小路篤臣が主導で行われたプロジェクトで、外部と隔離し、乳幼児の段階から徹底した英才教育を施す施設であり、勉学のみならず武術や護身術、処世術など様々な科目を教授し、世代ごとで子供を教育・競争させサンプルとすることで天才を作り出す教育システムを確立することを目的としている。
それだけなら聞こえは良いがまず生まれた瞬間から外の世界に隔離されており、娯楽も一切存在しない小さな世界で毎日のように厳しい訓練や試験を耐えなければならない点は完全に人権そのものを無視しており、非倫理的な所から反発も多い。これはこのプロジェクトを知った政界関係者も懸念していた。
だがその計画は少年の活躍により綾小路一派が壊滅し、大道寺一派が資金源殆どを強奪した事で完全に破綻した筈だった。
もっとも幼い頃から大道寺のエージェントとして育てられた少年にとって、このホワイトルームの破壊というのは皮肉な話だが。
「ええ、何時だかの『力仕事』で確かに綾小路篤臣の一派は総崩れ、大半が大道寺の手下に堕ちました。ですがそれに伴って彼から奇妙な動向がみられました。」
「奇妙な動向? どういう事です?」
「このホワイトルームプロジェクトの破壊を依頼してきた政治家の男、鬼島……彼が考案した教育機関である国立高等学校に綾小路篤臣の息子が入学するとの情報が、我らに入りました。」
「高校に入学だけなら、別に変な話ではないでしょ?」
「いえ、綾小路篤臣の息子……彼はホワイトルームにいた子供の一人です。」
「ホワイトルームの?」
話の雲行きが怪しくなってきた事を察知し、少年は更に表情を険しくする。相対する黄麟も同様に、どうやら穏やかな話しではないらしい。
「どういう事です?」
すると黄麟は少年の前に小型のタブレットを手渡した。何やらそこには縦グラフが映されている。『鬼島』という言葉がある他、ちらほらと見知った政治家の名がある事から、何やら政治家の支持率の様だ。
「これは……」
「ご覧の通り、数年前の内閣総裁選の支持率です。この二人にご注目を。」
黄麟が指差した所には『直江』と『鬼島』の二名が、しかし支持率の差は余りにも激しい。『鬼島』の支持率が終始圧倒しており、『直江』が勝てているとはお世辞にも思えない。
「直江って……ホワイトルームプロジェクトの提示者の? ……まさか、急に掌を返したのは……」
「ええ、直江はかつて我らの創設者である大道寺稔先生に比肩する程の政治家、それをこうも支持率で圧倒する鬼島です。きっと直江は政治的に勝ち目はないと悟ったのでしょう。そこで、自分の命綱の為に密約を交わしたのでしょう。」
「それが、ホワイトルームの中止。」
「そうです。しかしそんな密約を快く思わない人間がいた。」
「それが綾小路篤臣。ですね? なるほど、それで奴は自分一人でプロジェクトの断行をしたって事か。……そして、それを知った鬼島と直江は邪魔なホワイトルームプロジェクトを潰す為に大道寺に綾小路一派の武力制圧を依頼した……と。」
「はい、例のホワイトルームで唯一残っていたのは、綾小路の息子一人だけでした。きっとその密約によって、直江や鬼島の圧力を掛けられ、おまけに大道寺からの武力介入、流石の彼も要求に従い、息子を鬼島の学校に入学させざる負えなかったのだと。」
少年の考察はどうやら当たった様で、黄麟は深く頷く。だがこれは政治の世界ではよくある事だ、少年の脳内には決定的な疑問がしっかと渦巻いていた。
「なるほど、それで? 俺は一体何をすれば? 今回の任務は?」
「その鬼島が設立した学校、高度育成高等学校に入学し、詳しい概要の調査をお願いしたい。」
「調査…ですか?」
黄麟から告げられた任務が意外だったのか、少年は目を丸くする。入学して調査とは即ち、潜入して内部を諜報する事。それは少年にとって初めての任務だったのだから。
「てっきりまた『力仕事』かと思いましたが、潜入調査ですか……」
「はい。理由としては、直江仁之助すらも取り込む鬼島の影響を考慮し、急な武力行使は危険という判断をした上の意向です。」
「まぁあんな影響が強ければ、こっちを悪者にするなんて他愛もないでしょうしね。」
「ええ、だからといってこのまま座して待つ訳にもいかない。……鬼島の影響力は我ら大道寺一派にとっても脅威です。ホワイトルームの一件を依頼したのも、あらかじめ繋がりを作り、我らを取り込む意図が感じられる……」
「だから彼が力を入れている事業に入り込んで寝首を掻き切る……と。」
腕を組んで物事の大部分が解ってきた少年は呟く。それに黄麟な静かに頷いた。
きっと少年に白羽の矢が立ったのも、壮年が多い大道寺一派のエージェントの中でも、少年の年齢が15歳で丁度入学するに相応しい年齢というのもあるだろう。
「ちなみに……断った場合は?」
「残念ですが、お望みだった引退の話は取り下げさせて貰います。」
「そんな事だと思いましたよ。」
予想通りの返答だ。自身の扱いが信賞必罰である以上、何となく断れば組織に対して不利益と判断し、ペナルティとして少年が望んでいた引退は無くなる。
悪い冗談も良い所だ。折角数日前の任務が成功し、無事引退できると思ったら、新しい任務を頼まれ、断れば引退の話が消失など、理不尽にも程がある。
だが、もうこうなった以上断れないだろう。
「もう一度聞きますが、本当にこの任務が終われば、俺は引退できるんですよね。」
「はい、上からも話は通っています。」
小さく溜め息をつき、少年な不承という態度を丸出しにしつつも、決断を済ませた。
「わかりました。受けましょう。」
◇
その後、黄麟は少年に任務の詳細を教え、現地での身の振り方について話し合った。
そして今、それももう落ち着き、黄麟は少年から離れ、アジトの中にある灰皿だけが置かれた喫煙所で懐から煙草を取り出して一服する。
「この前までは何とも思わなかったのに、ガキの面倒を見すぎて、俺も随分丸くなっちまったな……」
煙草の煙が天井に昇る中、黄麟はセブンスターの銘柄が書かれた箱を握りしめる。
「俺は……今ちゃんと『そっち側』に居ますかね。……四代目。」
次話からは原作に基づいて主人公の一人称視点ですすめていきます。
更新のペースは作者のモチベによって変動するので不定期になる可能性は大。
評価と感想どうぞよろしくお願いします。
青龍君の喧嘩の腕っぷしはどの位が良い?
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桐生ちゃん、冴島レベル
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真島の兄さんレベル
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秋山、八神レベル