モノクロマギア   作:オンドゥル大使

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第十四話 魔術師の心得 

 

 魔術師には、鍛錬に鍛錬を重ね魔術に磨きをかける魔術師と、生まれ持った素質をそのまま伸ばしただけの魔術師の二種類に大別される、とアトラクは考えていた。その持論を話して聞かせる。

 

「――だが、生まれ持った素質だけで生き残っている魔術師には、厳しい修練の中に身を置いた魔術師の気持ちは分からない。相容れない。いつまでも平行線の状態なのだ。同じ魔術師でありながら、そいつらは違いすぎる。ほとんど別の生物と言ってもいい。人と鳥が話せるわけではないように、思考体系の異なる存在は分かり合えない。そうは思わないか? 小娘」

 

 アトラクが壁へと目を向ける。そこにはプラムが両手を吊り上げられて、座り込んでいた。両手首を縛り、天井へと吊るしているのは蜘蛛の糸だ。常人ならば簡単に解けると思いそうだが、プラム自身が解けるような拘束ではないことはよく分かっている。純粋に力を込めても、蜘蛛の糸が千切れる様子はない。ならばと魔力を手首に込めて、蜘蛛の糸の魔術と相殺しようとしたが、直前でそれをやめた。縛られた手首から伝わってくる、ひりひりと突き刺すような感覚がある。魔術だ。それもこちらの魔力に反応して自動防御する魔術。プラムが糸を解くために魔力を込めれば込めるほどに、強い反動が返って来る仕組みになっている。加えて、いつでも魔力を込めて糸へと電流のような魔術を通し、尋問が可能なようになっている。だが、魔術痕も解析された今、アトラクがプラムに何かを訊いてくるとは思えなかった。知りたいのはプラムのほうだ。どうして、アトラクはまだ自分を生かしているのか。

 

「……興味ありませんわ。それに、プラムと名乗ったはずでしてよ」

 

 決して屈しない冷たい瞳をアトラクへと向ける。アトラクは片方の口角を吊り上げて乾いた笑いを浮かべた。

 

「強がってくれる。では、プラム。質問の内容を変えよう。魔術師とただの人間、それを分けるのは何だ?」

 

 答えるつもりはなかった。プラムは無言で顔を背ける。アトラクが鼻で笑い、背中を向ける。

 

「答えは単純なこと。内なる力を使えるか否かだ。魔力は誰にでも宿っている。だが、それを使える者は限りがある。どうしてだと思う? この問いも単純明快だ。我々は選ばれているのだ。我らの意思が介在する余地のないほどに大きなうねりによって決められたさだめに従ってな」

 

「随分とお喋りですのね。もっと、無口かと思っていましたわ」

 

 プラムは皮肉を返しながら、手首に力を込めてみる。やはり、糸はびくともしない。

 

 ――魔術が使えれば、こんなものなど。

 

 歯噛みしていると、その心情を察したようにアトラクが言葉を発した。

 

「だが魔力がなければ、我々はただの人間にも劣る」

 

 アトラクが振り返った。紫色の瞳孔が細く絞られる。邪眼だった。首に圧力を感じて、視線を落とすと、ぎりぎりと首根っこに見えない手が絡みついている。徐々に気道が狭くなり、プラムは思わず眼に力をこめた。瞳が輝き、首筋に水色の光が雷のように走る。邪眼が解かれると同時に、糸から紫色の細い光が蛇のようにのたうち、プラムへと襲いかかった。プラムの身体を紫の電流が走り、呻き声を上げる。胸元へと痛みが集約し、プラムは目を強く閉じて貫くような激痛に耐えた。この電流は、身体の内側を流れる魔力の脈を利用している。それが体内の心肺器官へと直接流し込まれるのだ。体外から魔術攻撃を食らうよりも性質が悪い。目の端に滲んだ涙を拭う手も自由にならず、プラムは項垂れた。

 

「使えば、そうなる。お前ほどの魔術師ならば分かるだろう。邪眼で死ぬか、邪眼を防いだ報いで死ぬか、好きなほうを選ばせてやるが」

 

「……どちらも、お断りですわ」

 

 プラムが顔を上げてキッと鋭い視線を投げかける。アトラクは顎に手を添えて感心したように、

 

「舌がもつれずに喋れるのか。常人なら喋ることなどかなわないだろうに。魔術に対する耐久力も並ではないな。こいつで調べた通りだ」

 

 アトラクが片手を開く。そこには蜘蛛が乗っていた。掌ほどの大きさの蜘蛛だ。蜘蛛の身体は血でできていた。プラムの血だ。一度弾けたが、再構築したのである。今度はタルトの身体を乗っ取るなどというリスクを冒すためではなく、プラムの魔術痕の解析に使ったのだ。

 

 血ならば魔術の痕跡はいつでも取り出せる。相手の魔術の大前提に辿り着くことも可能である。そこから、例えばどれだけの魔力を込めて編んだ糸ならば力では外せないであろうということや、どれだけの魔力の電流を浴びせても死なない一線であるかなどが逆算できる。アトラクの手にある自分の血でできた蜘蛛の使い魔を、プラムは睨んだ。

 

「そんなもので調べた程度では、私の力を測れませんわよ」

 

「強気で結構。だが、わたしの使い魔は絶対だ。完璧に相手の魔術痕を洗い出し、解析する。わたしとは強い魔力の神経で繋がれているからな。どんなに遠くでも、わたしは使い魔が破壊されれば分かる。その上、使い魔へと魔力を込めてこんなこともできる」

 

 アトラクが蜘蛛を差し出した。訝しげにプラムが見ていると、紫色の電流が一瞬蜘蛛の体表を走った。直後、蜘蛛の身体は二倍近くに膨張していた。もう一度、魔力の波が動き、風船のように膨らんだ蜘蛛は元の大きさに戻ってゆく。

 

「このように、使い魔の完全なコントロールが可能だ。わたしほどの使い魔との連携術を会得している魔術師はそうそういない」

 

「そちらこそ強気なようですけれど、物事はそう簡単に運びませんことよ」

 

 プラムの反抗的な眼と態度に、アトラクは眉を僅かに動かした。その変化をプラムは見逃さずに付け加える。

 

「あなた程度の魔術師では、私の魔力の把握など不可能。蟻が人の大きさを知れないのと同じですわ」

 

 アトラクが片手に握った杖の水晶玉をプラムに向ける。それでもプラムは臆すことなく眉間に力を込めた。アトラクの平静を装った声が部屋の中に響く。

 

「自分の立場を分かっていないようだ。自分の口で言えるようにしてやっているのだがな。お前らが何者なのかを」

 

 プラムの水色の瞳が水晶玉越しに歪曲して映る。その眼を忌々しげにアトラクは見つめた。プラムは答えない。無言を貫こうとしている。そう察したアトラクは杖へと魔力を走らせる。アトラクの手から魔力の波がうねって走り、水晶玉へと溜まってゆく。水晶玉が魔的に輝くが、プラムは態度を崩さなかった。怖気づくどころか不思議そうに首を傾げて、

 

「何のことでしょう?」

 

「とぼけるな。お前らが嗅ぎ回っていたことは分かっている。喋らなければ、腹に風穴が開くことになる。それでも構わないと言うのか?」

 

「分かりませんわ。どうしてそうなるのでしょう。あなたが知りたがっていることが、私には皆目分からない。『魔術師狩り』だと、知っているのではなくて?」

 

「あれはブラフだ。小娘二人でも悪漢に襲われないためのものだろう。お前らがそうとは思えない」

 

 アトラクのその言葉に、プラムは吹き出した。場違いな笑い声が響き渡る。水晶玉に笑う姿が映されている。アトラクは眉間に皺を寄せて、ここに来て初めて明らかな怒りの表情を示した。

 

「何が、おかしい」

 

 声だけは冷静さを欠いていないが、水晶玉の先をプラムの首筋へと引っかける。水晶玉に食い込んでいる鉤爪に皮膚が触れて、首筋に傷を生じさせる。プラムはようやく笑うのをやめた。だが、口角が吊り上がっている。

 

「信じないのは、勝手ですわ」

 

 プラムが口を開き、アトラクの目を真っ直ぐに見据えて続ける。

 

「ですけれど、愚かですわね。目の前の現実も受け止められないなんて。あなたの言っていた先天的な魔術師と後天的な魔術師は相容れないという持論には、納得しますわ。だって、あなたと私がそうですもの」

 

 アトラクが杖を振り翳し、勢いよく床を突いた。杖から紫色の魔力の電流が床を這ってプラムの身体へと上り、胸元に至って弾けた。

 

 瞬間、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさが襲い掛かり、プラムは思わず前に上体を倒して蹲る。だが、それを天井から吊り上げた糸が許さない。プラムは息を整えることもできずに、奥歯を噛んだ。ここで屈するわけにはいかない。

 

 そう思っていても、視界が苦しみで滲んだ。内臓そのものに負担がかけられている。体表を襲う苦しみには耐えられても身体の内側から襲ってくる痛みには人間は無防備になる。それを理解しているアトラクはプラムの腹を蹴った。今にも肺が破裂しそうな痛みに外からの痛みが加わり、プラムは思わず呻いた。ずんと頭が重くなる感触がする。酸素が足りていないのだ。プラムが俯くと、頭頂部にこつんと硬いものが当てられた。杖の先だということは容易に知れた。

 

「頭をここで打ち砕く。脳しょうをぶちまけたお前の死体をあのタルトとかいった黒い娘に見せてやるのもいいかもしれないな。あの娘は動けまい。あれはマイナスだ。恐らくは手足が生まれつき動かないのだろう。だから魔力が感知できなかった」

 

「……今更、そんなことに気づきましたの?」

 

 喉の奥から発した声に、水晶玉がぐいと押し当てられる。冷たい感触が伝わる。

 

「口の利き方に気をつけろと言っているんだ、小娘。ここで主導権を握っているのはお前ではない。このわたしだ。バラバラになって帰るか、それとも人間の形を残して帰るか、選ばせてやろうと言っている」

 

「上からの物言いですわね。負けた時、惨めでしてよ。弱いのに、そんな口を利くのは」

 

「負けるだと? どの口が言っている。それとも、信じているとでもいうのか。タルトとかいう連れを。あれは指一本動かすことができない魔術師の最底辺だ。たとえこの場所を捕捉できたとしてもな。だが、それはありえない。既に移動用の魔法陣は解除してある。魔術痕を探ることもできまい。分かるか? 不可能だと言っている」

 

 水晶玉が紫色に輝く。至近距離だ。アトラクが魔力を少し込めるだけで、頭を潰せる程度の光弾を撃ち出せるだろう。終わりはすぐに訪れる。

 

 ――でも、この程度では。

 

 プラムが囁くように言った。アトラクが口を開く。

 

「何だと?」

 

 プラムは僅かに顔を上げて、アトラクを水色の瞳で見据えた。意志を湛えた鋭い眼光だった。口がはっきりと動き言葉を紡ぐ。

 

「――この程度では、終わらなくてよ」

 

 その言葉の直後、床に転がっていた水晶玉の一つが紫色に輝いた。アトラクが振り返り、そちらへと目を向ける。それはこの根城に侵入者が訪れることを告げる水晶玉だった。

 

「……まさか」

 

 アトラクが身体ごと向き直り、水晶玉へと駆け寄る。プラムは、「ようやくですわね」と呟いた。

 

「待ちくたびれましたわ、タルト」

 

 

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