モノクロマギア   作:オンドゥル大使

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第二話 人助けにも色々ある

 

「三〇〇? 足りねぇよ、そんなんじゃ」

 

 髭面の男が発した言葉に、トランプが握った手から零れ落ちそうになる。それを必死に堪えて、差し出した紙幣をもう一度、髭面の男の前に掲げる。髭面の男は威嚇するように頤を突き出して、だから、と低い声で言った。

 

「足りねぇって。分からねぇのか?」

 

 ぐいっと黒ずんだ顔が間近に迫って、思わず紙幣を握っていた禿頭の男は紙幣とトランプを落とした。潜めたような、嫌な笑い声が上がる。禿頭の男はトランプを寄せ集めてから、三枚の紙幣へと手を伸ばしかけた。だが、その先を一本一本が棍棒のような指に遮られた。髭面の男の手だった。強引に三枚の紙幣を奪い取り、

 

「いらねぇとは、言ってねぇだろ」

 

 言って、にんまりと笑みを浮かべた。返せと言うことはできない。禿頭の男は賭けに負けたのだ。

 

 久しぶりに給与が出たので、労働後に仕事仲間で連れ立って酒場へと向かった。彼らは土木工事の仕事に従事しており、全員の顔が少し黒ずんでいる。酔っ払って帰ると家内が嫌がると一人が言い出したので、今夜は民宿に泊まることにしたのだ。仕事仲間たちはトランプでの一戦に興じていた。禿頭の男もそれを見て、じゃあ、自分もと持ちかけてみた。正直なところ仲間に入れて欲しかったのだ。仕事仲間の中では禿頭の男は一番小柄で力もなかった。

 

 役立たず呼ばわりされることが多かったために、仕事の合間の休憩でもどこか蔑まれているようだった。だから、嬉しかったのだ。仕事の仲間として酒場に呼ばれたことが。今夜は景気づけに軽い一勝負のはずだった。勝とうが負けようがどちらでもいい。ただ、仕事仲間が和気藹々とゲームをしているのに、自分だけ先に寝るのも馬鹿馬鹿しいと思った。普段は賭け事に熱心になるタイプではない。だが、酩酊した頭がそうさせるのか、今夜ばかりはそういうことを経験してみるのもいいかと感じたのである。

 

 しかし、結果は散々だった。

 

 負けたどころか、他の仲間たちとはまるでかけ金の額が違う。聞いていない、で通そうとした時には遅かった。最初からだったのだ。禿頭の男をカモにして、金を巻き上げようという魂胆だったのである。始める時に、髭面の男が仲間に目配せした時点で気づくべきだった。だが、禿頭の男は愚鈍だったのである。折角入った給与をもう半分も使ってしまっていた。加えて足りないという。

 

 抜ける、という言葉は髭面の男の丸太のような腕や鋼鉄のような胸板を見れば出る前に霧散した。二の腕にはハートの刺青が彫られている。一文無しになるまで帰れない。禿頭の男は項垂れて、木のベンチに座った。大樹を横に倒して、半分だけ抉ったタイプのベンチだった。年輪の浮き出た丸いテーブルに再びトランプが出揃い、痩せた男がそれをシャッフルする。

 

 髭面の男の腰巾着でいつも一緒にいる男だ。禿頭の男より力がないのに、この男は何も言われない。それなのに同じ給料なのは、何だか理不尽を見せつけられているようだった。

 

 トランプがそれぞれに配られる。禿頭の男を含め、テーブルについているのは六人。それぞれの手札を取って、髭面の男はくいっと片方の口角を吊り上げた。

 

「いい手だ」

 

 生憎、禿頭の男は悪い手だった。先程はいい手だったのに、惨敗した。加えて今は悪い手であり、さらに言えばかけ金は段々高くなってきている。

 

「俺は六〇〇」

 

「俺は七〇〇」

 

 髭面の男は全員のかけ金がテーブルに出るのを待っていた。禿頭の男は仕方なく、残り五〇〇を賭けた。

 

「俺は、どれだけ賭けるといいと思う?」

 

 もったいぶったように髭面の男は口にしてから、禿頭の男を顎で示した。

 

「お前、当ててみな」

 

 禿頭の男は縮こまった。熊のような目が向けられるだけで射竦められたように身体に力が入らなくなる。言葉も加わればなおさらだ。今すぐこの場から消え入りたい気持ちを抑えながら、禿頭の男は小さく言った。

 

「……八〇〇、くらいかな」

 

 髭面の男は鼻で笑って一蹴し、グローブのような巨大な手からくしゃくしゃの紙幣をテーブルに投げた。

 

「小さく見てもらっちゃ困るな。俺は一二〇〇賭ける」

 

 仲間の誰かが「さすが」と呟いた。その声に満足するように髭面の男は手で顎髭を触って笑みを浮かべた。

 

「俺は小さくまとまった奴が大嫌いなんだ。特に追い込まれたからって小さく負けようなんて輩はな」

 

 男の屑だ、と吐き捨てた。

 

 禿頭の男は声を詰まらせた。好きで小さく賭けているわけではない。本当にこれだけしか手持ちがないのだ。それに髭面の男のかけ金のほとんどは先程まで禿頭の男の手の中に確かにあったはずの金なのだ。それを我が物顔で賭けに出す髭面の男に、禿頭の男は怒りを覚えたが怒りでトランプが強くなるわけでもない。無駄なことだと諦めて、もう一度手札を見つめる。思った以上に、最悪だった。勝てる手ではない。

 

 それに精神的にも追い込まれているせいで、どう足掻いても無駄にしかならないような気がしていた。

 

 ルールは単純で、まずは隣にいる人間にカードを引かせ、自分は反対側の隣にいる人間のカードを引く。合わさった数字のカードはテーブルの真ん中に捨て札として出され、最終的に余ったカードの数字が一番高い者が勝利というものだった。絵柄が揃って一番に手札がなくなったものは特別に勝ち抜けとなり、かけ金の半分を持っていく。二番目からは最後の数字での勝負となり、上がれば逆に最下位となる。

 

 せめて二番目にはなりたい。だが、この手では二番どころか三番四番も危うい。全員のかけ金が出揃ったところで、ゲームはスタートした。隣の男にカードを引かせ、自分は反対側の男のカードを引く。六人でやると中々同じ絵柄は揃わない。一巡目では、一人を除いて誰もカードを減らすことはできなかった。髭面の男は「むぅ」と呻って、いかにもゲームに熱中しているように「うまく勝てんな」と呟いた。

 

 好機かもしれない、と禿頭の男は思った。今の一巡で少しばかり手がよくなった。これはともすれば、三番以内に上がることが可能かもしれない。少しばかり気を緩めて、肩から力を抜こうとした、その時だった。

 

「だーめだって、オッチャン」

 

 その声に禿頭の男を含む全員が目を向けた。そこにいたのは少女だった。長い黒髪を頭の上のほうで結っている。黒いヘルメットを被っており、猫耳がついていた。タイトな服にホットパンツ、凹凸のない身体はもしかしたら女装した少年かと思わせる。だが、それを否定するようにガーターベルトを太ももに巻きつけてストッキングを穿いている。奇妙な、格好だった。少女は、禿頭の男へと歩み寄ってトランプを無理やり握り直させる。禿頭の男が戸惑っていると、少女は「だからさぁ」と面倒そうに口にした。

 

「オッチャンの手は見えているんだよ。隣の人から。隣の人はそこにいる熊みたいなデケェオッチャンに指でサインを送るんだ。たとえば親指。見てみな」

 

 少女の声に従って、禿頭の男は隣へと目をやる。片手を強く握ってテーブルに置き、親指を立てているのがちょうど見えた。

 

「テーブルからの距離でオッチャンのトランプの数を示しているんだ。浮いていないからA。親指は多分、スペード。あれを浮かした距離だけ、数字を示していることになる。人差し指なら順当に行けばダイヤか。そういうカラクリがあんの。オッチャンはみごとにはめられてカモにされていたんだよ。それにオッチャンも悪いぜ。ちょっといい手が来るとすぐに顔に出る。肩を開きすぎるのも悪い。隣から丸見えだ。誰も、指摘なんかしないけどね。ここにいる全員がグルだもんな」

 

 少女の言葉にテーブルにいた全員が息を呑んだ。だが、すぐに取り成すように髭面の男が頤を突き出して「ああ?」と威嚇した。少女はそれをどこ吹く風とでも言うように軽く受け流し、逆に「何だよ、熊みてぇなオッチャン」と挑発さえした。髭面の男もそれは予想していなかったようで、少女からの言葉に逆に声を詰まらせた。

 

「肩を狭めて、絶対に隣に手札が見えないようにしろよ。それと最初の手が悪いのも仕方がない。それも含めて、カモられていたんだ。熊に多く勝たせて、それを後で山分けって魂胆だろ。下種野郎共が」

 

 少女がそう罵った瞬間、ブチンと何かが切れた音が聞こえたような気がした。髭面の男の堪忍袋の緒が切れる音だったのかもしれない。髭面の男がトランプをぶちまけて立ち上がり、「てめぇ!」と声を荒らげようとした。それを制するように冷たい声が差し込まれた。

 

「タルト。手続きが済みました。部屋は二階のようですわ。お遊びはそこまでにしたらいかが?」

 

 声の主は銀髪のショートカットの少女だった。白いだぶだぶのセーターを着ている。頭部にはタルトと呼ばれた少女とお揃いの猫耳のヘルメットを被っていた。

 

 茶色い旅行鞄には「MAGIA」と金箔で刻まれており、文字の上に一本の線が引かれていた。少女のブーツが発する突き放すような冷たい靴音のせいか、それとも射るような水色の瞳のせいか、髭面の男の頂点に達した怒りの火に水を被せられたように沈静化していく。タルトは「ようやくかよ。ちょっと待てって、プラム」とその後を追おうとする。その直前、タルトは振り返って禿頭の男を指差して言葉をかけた。

 

「いいか。さっき言ったこと守ってりゃ大きな負けにはならねぇよ。じゃあな」

 

 タルトは階段を駆け足で上っていく。六人の男はその場で暫し呆然としていたが、やがて怒りが再沸騰してきたのか髭面の男が「くそっ!」と悪態をついて椅子を蹴り飛ばした。床に固定されていた木の椅子が転がり、腰巾着の痩せた男が「ひっ」と短い悲鳴を発した。

 

「このままじゃ、終われねぇ」

 

 髭面の男は眉間に深く皺を刻んで、忌々しげに呟いた。それを聞いて、禿頭の男は嫌な予感がした。他の仲間も髭面の男と同様の暗い光を目の奥に潜ませている。あれは凶暴な光だ、と直感した。だとすれば、あの少女たちが危ない。

 

「あいつら、二階って言ってたよな」

 

 髭面の男が歩み出す。禿頭の男はそれに続く四人の仲間を止める言葉も持たずに、ただ立ち尽くすばかりであった。

 

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