モノクロマギア   作:オンドゥル大使

20 / 22
第二十話 無限の魔道具

 

 しまった、という声を上げる前にタルトの背後へと朱色の輪が広がる。さらに加速を得たタルトへと押し出される形でアトラクは後ずさった。

 

「く、っそぉ!」

 

 叫びと共に魔力を杖に込める。かさぶたの杖が脈動し、血管を浮き上がらせた。紫色の光がアトラクの手から伝い、水晶玉を輝かせる。杖の表面が宝石のような光を放ったかと思うと、干渉波が弾けタルトとアトラクはお互いに反発し合って大きく距離を取る。アトラクは仮面が砕けたほうの顔へと手を這わせた。指先にべっとりと赤い血がついていた。杖を見やる。一瞬だけ磨き上げられた輝きを放っていた杖は、また見る影もないかさぶたの杖へと戻っていた。

 

 魔力を込めたのだ。魔術は同量、同質の魔力を注ぎ込まれた魔術によって互いに反発し合う性質を持っている。アトラクが注いだのは単純に攻撃のための魔力だった。だが、それも並の量ではない。アトラクは荒い息をつきながらタルトを見据える。全力に近い量と質だった。それだけ使っても相殺でもなく、制圧でもなく、反発しかできなかった。それはつまり、魔術師としての力量がタルトのほうが勝っているということだった。浮かび上がった考えを否定するように、アトラクは忌々しげに口を開いた。

 

「……マイナス風情が、わたしと同等だと? どんな仕掛けをした」

 

 タルトは答えずに櫂を見やっている。櫂には傷一つない。余分な魔力を注いだ形跡もない。朱色の光で構築された櫂をタルトは片手で器用に回す。その態度に、アトラクは遂に激情を露にして叫んだ。

 

「どんな仕掛けをしたと、聞いているんだ! マイナスのガキが!」

 

 その声でようやく気づいたとでも言うようにタルトは櫂から視線をアトラクへと移した。アトラクの顔を見て、訝しげな表情を浮かべる。

 

「仕掛けって何だよ? わけ分かんねぇ」

 

「何もしていないはずがない。お前は確かにマイナスだった。魔力値が、ゼロ以下だったはずだ。だというのに、なぜ、今、わたしと並ぶ魔力を持っている!」

 

 アトラクは片手を開いて問い詰めた。その手にこびりついた血が糸となり、塊を作り出した。誰の手もなく編まれてゆく糸は次第に蜘蛛の形を取った。掌とほとんど同じ大きさの蜘蛛だ。紫色の血脈が通い、蜘蛛の眼がタルトを捉える。かろうじて残っていた額の眼が開いて輝いた。蜘蛛の視界越しにアトラクはタルトの魔力を測っているのである。だが、その解析結果は今朝に見たものと同じだった。タルトの姿自体ははっきりと映る。

 

 つまり、魔力がないということだ。だが、タルトの握る櫂やスカート状に戻った菱形、身体に纏っている結晶体はぼやけてほとんど輪郭を失っている。つまりは魔力の塊だということになる。しかし、魔術師でもない魔力値がマイナスの人間が魔力の通った道具を使うことは不可能なはずだった。

 

「……あり、えない。魔力がないのに、どうして魔道具を使える」

 

 よろめくようにアトラクが口にした。タルトは櫂を肩に担いで、「簡単なことだ」と告げる。

 

「魔力のない奴に魔道具を使わせることができない、ってんならそいつを魔術師にしちまえばいい」

 

「馬鹿な。そんなことができるはずが――」

 

「できますわ。私とタルトなら」

 

 遮って言ったのはプラムだった。左手の中指から赤い糸がタルトの首輪へと繋がれている。思えば、最初にこの二人を見た時もプラムは左手を差し出していた。そこから何かを発しているように。そこでアトラクは目を見開き、「まさか」と呻いた。タルトは口元に笑みを浮かべて「ご明察」と言った。

 

「オレには魔力がねぇ。マイナスだ。だけどよ、魔力がねぇってことは底が抜けているってことなんだ。想像しろよ。底が抜けている、いや穴が開いていると考えてもいい。そういうコップを地面に置いて、水を注ぎ込むとどうなる? 水はいつまでも満たされない。しかし、水は流し込まれ続ける。魔力にこれを置き換えろよ。オレへとプラムの魔力はとことん流し込まれるんだ。一時的な魔術師のできあがりってわけさ」

 

「だが、それでは魔力を流し込まれた側の身体が持つまい。わたしが呪った母親のように、体内の魔力の量と体外の量が違えば破裂するはずだ」

 

 アトラクの発した疑問に、タルトはできの悪い人間を叱責するように悪態をついた。

 

「分からねぇ奴だな。言ったろうが。オレを穴の開いたコップにたとえろって。普通の人間なら、コップに穴は開いてねぇから上限、つまり縁を超えると零れちまう。これが破裂しちまう原因だ。だけど、オレは満たされねぇ。上限へと至ることがないんだ。今だって、多分三分の一程度だろ。オレには精密な魔力探査はできねぇから、よく分からんけど。プラム、どん位だ?」

 

「五分の一程度ですわ」

 

 だとよ、とタルトが腰に手を当てて返した。アトラクは耳を疑った。そのようなことは理屈では合っていたとしても、理論上は不可能のはずだからだ。タルトの言ったことが事実だとして、それを成立させるためには精密な魔力の制御と、魔力の上限が高い人間を適切に選ばなければならない。仮にどちらかがいても駄目なのだ。両方揃わなければ意味がない。タルトの言葉が全て真実だとすれば。アトラクは自身の思考の行き着く先を見て戦慄した。

 

「まさか。そのためのマイナスだとでも言うのか。だとすれば、お前は……」

 

「ようやく察したか。そうだよ」

 

 タルトは櫂を回して風を起こした。砂煙が上がり、櫂へと纏いついて消えてゆく。風車のように風の線を引く櫂を止めて、タルトは片手に構えた。

 

「オレ自身が、プラムの魔道具だ。魔力を注ぎ込める値が無限に近い、特別製だよ。余った魔力はほら、こうして形にしている」

 

 櫂へと向けていた眼を、アトラクへと向け直した。朱色の瞳がキッと鋭い光を宿す。戦闘の光だった。プラムは左手を差し出したまま黙していた。アトラクはタルトの語った事実の裏に隠された真意に恐怖した。全身を蛆が這いずるような明確な形を持った恐怖だ。真に恐れるべきは、無限の値があるマイナスであり魔道具のタルトではない。実質的に攻撃してくるのはこちらだが、本当の脅威はプラムだ。マイナスを殺すことなく、その特性を十二分に生かして、魔道具として操る。

 

 それがどれほどの熟練を必要とするのかは、魔術師ならば分かった。アトラクならば仮面と杖を同時に用いても不可能であろう。それをプラムは魔力の糸一本で操作しているのだ。眉一つ動かさず、冷静沈着な面持ちを崩さない。アトラクはようやく、とんでもない連中に喧嘩を吹っかけたことを悟った。

 

 タルトの眼がアトラクを睨み据える。その眼差しに射竦められたように、アトラクは表情を硬直させた。

 

「もう分かっただろ。てめーじゃ相手にならねぇんだよ。これ以上やるか?」

 

 タルトの言葉は戦い慣れた獣の言葉だった。ここが引き際である、と線引きされている。これ以上やれば命を取ることも辞さない、と言っているのだ。アトラクは改めてこの二人が「魔術師狩り」であることを思い返した。

 

「呪いを消して、この町から去りな。そうすりゃ、今回は見逃してやらんこともない」

 

「敗走しろとでもいうのか。馬鹿な」

 

 アトラクは吐き捨てて杖を強く握った。前に翳して仮面と杖に魔力を流す。水晶玉が輝き、杖に血脈が宿った。水晶玉をタルトへと向けてアトラクは口を開く。

 

「わたしは魔術師だ。誇りある高潔な種だぞ。戯れに俗物を痛めつけてやった程度で、負い目を感じる必要などない。わたしの行く道こそが、正義だ。それを阻むというのならば、『魔術師狩り』など――」

 

「そっか。交渉決裂だな」

 

 アトラクの声を遮り、タルトは櫂を横に振るった。空気が割れ、猛る獣が鳴いたような音が響き渡る。朱色の装甲へと光が灯り、内側から燻るように光を放った。

 

「正直なところ、どの道、オレはてめーを許すつもりはねぇんだ。残念だったな。命乞いは無理だぜ」

 

 スカート状の装甲が背面に回る。粒子の輪を放出し、タルトの姿が掻き消えた。アトラクは見える範囲を薙ぐように杖を振るい、光弾を撃ち出した。アトラクの周囲に砂煙が上がる。これでタルトが近づけば見えるはずだった。杖へと魔力を込める。表面のかさぶたに紫色の血色が浮かぶと、どろどろとかさぶたが崩れ始める。内側から光が血の膜を貫き、弾き落とす。次の瞬間、杖は磨き抜かれ洗練された宝石の杖へと変貌していた。水晶玉をくわえ込んでいた鉤爪が力を増し、遂にはそれを砕いてしまった。紫色の光が一直線に走り、水晶玉があった場所に槍の穂を構築する。水晶の切っ先だった。アトラクが構えると同時に、砂煙が割れてタルトが現れる。真正面からタルトは櫂を振り上げて向かってきた。雄叫びを上げて櫂を振り下ろす。アトラクは槍と化した杖を重なるように振るった。魔術同士がぶつかり合い、紫色の飛散粒子と朱色の飛散粒子が辺りの地面を焼き付けた。アトラクは声の限り叫んだ。

 

「わたしは魔術師だ! お前ら如きに!」

 

「その傲慢が、てめーの敗因だ!」

 

 返して放たれた言葉にアトラクは「何だと!」と呻いた。

 

「自分は優れている、劣っているものは罰せられて当然だってか。そんな勝手が通るかよ。魔術師だろうと、人間だろうと等価だ。自由を奪って命を弄ぶ権利なんてねぇ。それと、もう一つ。てめーはやっちゃいけねぇことをやった。それは――」

 

 タルトの背面の菱形から光背のように幾つもの輪が展開し、タルトの身を加速させる。タルトは手首を返して櫂を突き上げた。アトラクの杖が上にぶれて力が分散する。その隙を逃さずに、頭上で回転させた櫂の勢いをそのままにタルトは槍を叩き落した。アトラクの手から槍が離れる。それをアトラクが認識して歯噛みする前に、その腹腔へと真っ直ぐに櫂の一撃が放たれた。アトラクの身体を衝撃が貫き、背後の空気が揺れて鳴動する。

 

「オレと、相棒に!」

 

 尻尾のように垂れた菱形から足場となる朱色の円が放出される。タルトはそれを足がかりに一足で、中空へと躍り上がった。櫂を高く振りかぶった姿がアトラクの視界に大写しになる。空間に朱色の線を刻みながら、櫂が打ち下ろされる。加速したタルトの櫂は吸い込まれるようにアトラクの頭部を捉え、雷のように一直線に切り裂いた。

 

「つまらねぇ喧嘩を売ったことだ!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。