モノクロマギア   作:オンドゥル大使

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第二十一話 決着とその胸の中

 

 放たれた言葉と同時にアトラクの仮面が砕け散る。額に皹が入る。紫色の光がそこから漏れた。アトラクは呻き声を上げて手で押さえようとしたが、次の瞬間血飛沫となって額から脳天にかけて割れた。タルトは振るった姿勢のまま、アトラクを見据えていた。アトラクがよろめいて後ずさる。

 

「……こんな、ことが。わたしが」

 

 額と目元を手で押さえている。指の合間から除く紫色の瞳がタルトを睨んだ。その眼は憎悪に沈んでいた。タルトは臆すことなく、その眼差しを見つめ返した。アトラクは髪を振り乱して叫んだ。

 

「マイナス風情に! このアトラクが!」

 

 アトラクの顔に亀裂が走り、紫色の光が身体の内側から溢れ出した。アトラクの怨嗟の声が残響しながら、光の粒となってその姿が輪郭を保てなくなる。頭から空気に溶けるようにアトラクは消え去った。紫色の粒子がタルトの脇を通り抜け、プラムのほうに吸い込まれてゆく。

 

 タルトはそれを目で追った。プラムの前面に魔法陣が展開される。それは二重の円とその間に文字が走っているだけの魔法陣だった。内側がない。その内部へと粒子は取り込まれ、光を発したかと思うと内側に傷のある五つの頂点を持つ星が刻み込まれていた。魔法陣が圧縮されたように小さくなってプラムの胸元へと至ると身体の中へ入った。

 

 ぽうと紫色の光が浮かんだのも一瞬、あとには何も残らなかった。タルトはそれを見つめてから、再びアトラクのいた場所へと振り返る。アトラクの姿は跡形もなく消えていた。ただ二、三匹の小さな蜘蛛が地を這いずっていた。それはタルトから逃げるように散っていった。あれがアトラクの正体なのだろう。地べたを這って細々と生きるはずの蜘蛛が大きな目的を持ち過ぎたのだ。

 

「それが、報いだ」

 

 タルトは呟いて、踵を返した。その時、エイミが護法の魔法陣からタルトへと駆け寄った。

 

「おお、もう大丈――」

 

 言い切る前にエイミは突然前からタルトに抱きついた。タルトは少しよろけた。エイミが「タルトの馬鹿!」と叫んだ。

 

「心配したんだから。タルトが死んでしまうんじゃないかって。あんな危ない戦い方して」

 

 タルトは居心地が悪そうに視線を彷徨わせた。すると、プラムと目が合った。「どうするんだよ」と目でエイミを指し示す。プラムはそっぽを向いた。「にゃろー」と歯軋りして、タルトはひとまずエイミを身体から引き剥がした。

 

「えっと、とりあえず落ち着けって。オレの戦い方は毎度こんな感じだし、それに馬鹿はないだろ。馬鹿は。一応、一生懸命戦ったんだぜ」

 

 エイミはしゃくり上げながら、何度も涙の浮かんだ目を擦り言った。

 

「……でも、馬鹿だよ。無茶苦茶な戦い方だったもん。自分をもっと大事にしてよ」

 

「本当ですわね」

 

 プラムがぼそりと呟く。タルトはむっとして「てめー」と忌々しげに口にした。

 

「人の顔見て言えっての。あー、何だ、まぁ肝に銘じておくよ。でも、よかったじゃねぇか。アトラクを倒したんだ。これで母親もじきによくなるはずだ」

 

「本当?」

 

「マジだって。その証拠に、っと。プラム、鏡くれ」

 

 プラムがタルトに近づいて、エイミに向けて開いた手を差し出した。その手から魔法陣が浮かび上がり、円形の鏡を構築する。磨き上げられた円にはエイミの顔が映っていた。エイミは声を詰まらせて、口元に手をやった。

 

「消え、てる」

 

 エイミの顔の半分を侵食していたはずの紫色の痣が、綺麗になくなっていた。眼も元の色を取り戻している。エイミは久しぶりに見た自分の本当の顔に手を触れて確かめた後、涙を浮かべてタルトとプラムの手を握り、頭を下げた。

 

「ありがとう。タルト。プラムお姉ちゃんも」

 

 エイミの感謝の言葉に、タルトは少し頬を上気させてエイミから視線を逸らした。鼻の頭を掻きながら、「大したことはしてねぇって」と強がった声を出す。

 

「でも、ありがとう。タルトのおかげだよ」

 

 エイミは微笑みかけた。タルトはなおも顔を赤くして、「くすぐってぇって」と片手を振った。プラムが横目で見つめて呟いた。

 

「顔、赤くなってますわよ」

 

 その言葉にタルトは両手で顔を隠してエイミとプラムに背を向け、「見るなー!」と叫んだ。それを見てエイミが笑う。プラムは鉄面皮を崩さずにエイミへと言った。

 

「お母さんは無事でしょう。あなたの片目もすぐによくなります。もうアトラクは魔術を使うことなどできませんわ。私が保証します」

 

「アトラクは、どうなったの?」

 

「ここに」

 

 プラムが自身の胸元に手をやった。エイミが目をぱちくりとさせてプラムを見つめる。プラムはいたって真剣な表情で言葉を発した。

 

「アトラクは私の中にいますわ。タルトによって魔術師の外装を崩されたアトラクは単純な魔力の塊として、私の中へと吸収されたのです」

 

「どういうこと?」

 

 エイミが首を傾げる。プラムは抑揚のない声で続けた。

 

「魔術師は魔力を蓄える外装というものがあります。それは身体とも言い換えられますが、魔術師の場合はそれが特に顕著で、身体を傷つけられるイコール魔力の籠もった自身を抜き取られる危険性も孕んでいるのですわ。私だってそうです」

 

「プラムお姉ちゃんも?」

 

 エイミの言葉にプラムは頷いた。

 

「身を限界以上の力で破壊されれば、人格と魔力が外へと溢れ出します。それを回収するのが私たちの務め。害悪のある魔術師をタルトが討ち、私が永遠に自身の中に捕らえる。それが――」

 

「『魔術師狩り』だ」

 

 タルトが胸を張ってプラムの言葉を継いだ。プラムは少し視線を流しただけで、またエイミへと顔を向けた。

 

「それが『魔術師狩り』なのですわ」

 

「おい。てめー、それはオレが今、言っただろ! 何、自分の決め台詞みたいに言ってんだ」

 

「他人の台詞を取ったのはあなたのほうでしょう。言いがかりはよして欲しいものですわね」

 

「あいっかわらず、可愛くねぇ!」

 

「可愛くなくて結構。タルトに可愛がられるなんて、考えるだけで虫唾ものですわ」

 

 プラムは肩を竦めた。タルトは歯軋りをしながら、「ちくしょー」と呻いた。そのやり取りにエイミは笑った。この二人はきっといつもこのような感じなのだろう。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものだとエイミは思った。タルトとプラムは不思議そうにエイミを見つめている。

 

「どうしたー、急に」

 

 タルトの声にエイミは「何でもない」と両手を顔の前で振った。それでも零れてくる笑みを抑えることができずに、エイミは微笑んでいた。

 

 その時、不意に声が響いた。

 

「エイミ!」

 

 聞き覚えのある声だった。三人ともが声のしたほうに目を向けると、禿頭の男が立っていた。アレンだ。

 

「お父さん!」

 

 エイミの声に、アレンがこちらへと駆け寄った。エイミも走り出そうとすると、タルトが前に立ち片手でそれを制した。先程までの穏やかな顔とは打って変わって、タルトの眼に浮かんでいたのは戦いの光と同じものだった。どういうことなのか、問いかけようとする前に近づいてきたアレンが言った。

 

「エイミ。お前、顔の痣が」

 

「う、うん。消えたんだ。二人が悪い魔術師を倒してくれたんだよ」

 

「そうか。礼を言っても足りないかもしれないが、二人とも、ありがとう」

 

「ありがとう、だぁ?」

 

 タルトは口元を歪めた。エイミの礼をそのまま受け止めていたのとは違う、陰湿な笑みだった。

 

「オッチャンさ。ちょっとタイミングよすぎないか?」

 

 タルトの言葉にアレンが戸惑ったように「どういうことだ」と尋ねる。タルトは鼻で笑った。

 

「元凶である魔術師が死んだらすぐにご登場ってところがだよ。おとぎ話ならまだしも、ありえねぇだろ。現実だぜ?」

 

「その魔術師に捕らわれていたんだ。ついさっきまでね。ようやく拘束から抜け出せて、こうして君たちの姿を見つけて来たってわけじゃないか」

 

「アトラクの本拠地にはオッチャンらしい姿はなかった。髪の毛一本どころか、足跡さえもなかったぜ。オッチャン、その靴で来たのかよ」

 

 タルトが顎で示す。アレンの靴は薄汚れていた。土木労働者ならば当然の汚れだった。

 

「家の玄関も汚かったよな。なのに、本拠地にはそんな汚れなんてなかったぜ」

 

「アジトにいたわけじゃない。そこら辺の廃材置き場で拘束されていたんだ。何を疑っているんだ?」

 

「全部だよ。オッチャン、オレが相手した奴らの中にもいなかったよな。どうしてだ? どういう理由があって、アトラクはオッチャンを使わなかった? オッチャンよりも細い身体つきの奴もいたぜ。まさかオッチャンが切り札だったってわけでもあるまいし、確保しているんなら使わない理由がねぇ。あるとするなら、それは一つ。オッチャンがアトラクの部下だって言うんなら、話は別になる」

 

 タルトの言葉にエイミは「何言って」と口を開きかけたが、プラムが口元に人差し指をつけて制止した。プラムのような冷静な人間がタルトの言葉に一切口を出さない。それが何を示すのか、エイミには分かった。タルトの言っていることが事実に近いのだ。だが、そんなことがあるはずがないとエイミは声を張り上げた。

 

「おかしいよ、タルト! お父さんをそんな風に疑うなんて。だって、お父さんはエイミとお母さんをアトラクに呪われているんだよ」

 

「それだよ」

 

 タルトの言葉にエイミは「え?」と疑問を返した。タルトはアレンに視線を向けたまま、エイミへは一瞥もくれずに続ける。

 

「妻と娘を差し出してまで、どうして自演を貫いた? オレたちが本物の『魔術師狩り』ならアトラクを殺す可能性があったからか? 殺されると不都合だったのか? それは魔術師の部下だからじゃねぇのか? 魔術師が死んで自分が部下だという証拠が明るみになればまずい。そうでなくとも差別を受けている。いや、あえて同情を買っていたとでも言うべきか。その同情が買えなくなる。あとに残るのは魔術師の部下だったという事実のみ。だとすれば、当然、都合が悪いよな。オッチャンは――」

 

「いい加減にしてよ、タルト!」

 

 エイミの声にタルトは言葉を止めた。タルトがようやく振り返る。エイミは目の端に涙を浮かべて、両手を固く握り締めていた。肩を震わせて、下唇を強く噛んでいた。

 

「憶測じゃない。全部そうだよ。そんなことでお父さんを疑わないで。エイミもお母さんも、お父さんも辛かったんだよ。どうしてそんな意地悪を言うの?」

 

「ガキはすっこんでろ。今はオッチャンと話している」

 

 突き放すような物言いに、エイミは二の句を継げなかった。タルトの言葉が初めて冷たさを帯びている。エイミはその感触に、どう返していいのか分からなかった。

 

「どうなんだ? オレの推測、当たっているだろ?」

 

 タルトの言葉にアレンは俯いて沈黙を挟んだ。否定して欲しい。理屈が通っていなくてもいい。ただ妻と娘が大切だったと言って欲しい。それがエイミの願いだった。

だが、それを覆すようにアレンは肩を揺らし始めた。嗤っているのだ、と分かった瞬間、エイミは背筋に水を差しこまれたような恐怖に陥った。

 

 アレンは口元にいやらしい笑みを浮かべたまま、「いつからだ」と呟いた。

 

「いつから、私がアトラク様の側だと気づいていた?」

 

「おかしいと思ったのは、家に案内された時からさ。オッチャンは三年前に家の玄関先でアトラクの魔術を受けて昏倒したと言っていた。だけどよ、玄関先には花が咲いていたんだ」

 

「花?」

 

「そう。アトラクの魔術の大前提は〝傷〟だ。その魔術を行使されたから、家の中はあんな風に酷いことになっちまっていた。魔術が発動したことが過去に一度でもある空間には、魔術師の性格による影響が色濃く残る。だというのに、あの花には魔術の痕跡はまるでなかった。普通に咲いていたことが異常なんだ。オッチャンの話だと、花は枯れていなけりゃおかしい。それでも咲いていたってことはだ。あの場所では魔術は行使されなかった。オッチャンは、家の中へと魔術師を通したんだ。どういう取引があったんだか知らねぇけど、玄関で昏倒したって話は全くのでたらめだったってわけさ。それがオッチャンに疑念を持った第一の理由」

 

「なるほど。そんな最初のほうから疑われていたってわけか」

 

 アレンは口元に余裕さえ浮かべながらタルトの話を聞いている。それはエイミの知る父親の様子とはまるで違っていた。

 

「んで、もう一つがアトラクに操られていた中にオッチャンがいなかったことだ。それで疑念は確信に変わった。オッチャンだけが特別扱いされている。加えてオッチャンもオレらの部屋を知っていたはずだ。あの連中の仲間だったんだからな。だから、告げ口しているのはオッチャンで、どうしてだかオレらを分散させようとしているって思ったわけさ」

 

「君たちが二人で行動しているのは、何か理由があると思ってね。アトラク様に尋ねてみれば、なるほど、片割れはマイナスだったわけだ」

 

「マイナスって言葉を知っているってことは、ある程度魔術についての知識はあるってことだな。どうして、素人の振りをしていた」

 

「しがない土木作業員が魔術について知っていれば怪しいだろう。まぁ、『魔術師狩り』という言葉を知っていた時点でまずいだろうかと思っていたが、まさか本当にばれるとは。小娘二人だと油断していたのがいけなかったようだな」

 

 タルトが櫂を振り上げ、アレンの首筋へと向けた。エイミが声を上げる。

 

「何をするの?」

 

「こいつも魔術師の一派だ。たとえ今は魔術の心得がなくても、こいつが第二のアトラクにならないとも限らない。ここで、断ち切る」

 

「やめてよ! エイミのお父さんなんだよ」

 

「そうだ。やめておけ。折角の感謝を無駄にすることになるぞ」

 

 アレンの言葉にタルトは鼻を鳴らした。

 

「生憎、感謝が欲しくてやっているわけじゃないんでね。オレたちはオレたちの使命のためにやっている」

 

「マイナスの身体を癒す魔術師を見つけるためか?」

 

 その声にタルトが目に見えて動揺した。目を見開き、「どうして、それを」と口にする。アレンは笑い声を上げて、「アトラク様からね」と言った。

 

「『魔術師狩り』は卑しい連中だと聞いていた。自分の目的を果たすために組織へと忠誠を誓い、害悪や障害となる魔術師は迷いなく排除する集団だと。マイナスだと知っているのならば目的を推し量るのは難しいことじゃない。世の中にはどんな病でも治せる魔術師がいると聞く。その中に希望を見出そうとでも言うのだろう。無駄なことを」

 

「……まれ」

 

「今回は外れだったか? 残念だったな。三流の魔術師にいいようにされた挙句に、自分の醜さを吐露された気分はどうだ? 私は最高だよ。絶望に身を焼かれた人間を見るのは楽しい。表では善良な市民を気取って、裏では着々と町の支配者になるのは気分がよかった。人間なんて皆、こうして生きているのさ。裏が楽しいから表で道化を演じられるんだ。お前らもそうだろう? そうやって表では慈善事業の人助けのような真似をしているが、裏では自分たちのことばかりを考えている。利己主義なところは、私も君も大した違いなどないのだと――」

 

「黙れ!」

 

 タルトがアレンの襟首へと手を伸ばし、引き寄せると櫂を捨てて拳で殴りつけた。アレンが地面へと転がる。タルトは全身を声にして叫んだ。

 

「てめーとオレは違う!」

 

「違わないさ」

 

 振り返ったアレンが口元に笑みを浮かべる。タルトはアレンの襟元を掴んで立ち上がらせる。アレンは引きつった笑みのまま口を開いた。

 

「君も私も、目的のためならば手段を選ばないだろう。妻と娘が魔術師の被害に遭っているのなら、疑われることがないと踏んで私は喜んで差し出した。君も、マイナスから逃れるためにその娘と手を組んだんだろう? それを計算といわずに何と言うんだ?」

 

 アレンが顎でタルトの後ろにいるプラムを示した。タルトは「ざっけんな!」と叫ぶと同時に拳を振るっていた。アレンの身体が傾き、倒れようとするのをタルトは押さえつけてもう一発その頬を殴りつけた。

 

「オレは、お前なんかと違う! オレは、オレは……!」

 

 アレンの頬が切れ、血がタルトの顔に飛び散った。片手で首を締め上げたまま殴り続ける。アレンはそれでも嗤っていた。タルトの中にある全ての罪を見通しているかのように。

 

 タルトは急に恐ろしくなった。自分の中にある利己主義な面を、鏡を通して見せられたような心地になった。アレンが脅かしているのではなく、自分という存在そのものがアレンの形を取って自分を見つめ返しているかのようだった。タルトはアレンを突き飛ばし、櫂を拾い上げた。

 

 両手で握り、櫂の先端をアレンへと向けた。唇の端から血を垂らしているアレンの顔にはまだ笑みが浮かんでいる。タルトは叫びと共に櫂をアレンの顔面へと振り下ろした。アレンの悲鳴がそれに被さって聞こえる。

 

 アレンの顔面は櫂によって砕かれ、脳しょうを撒き散らす――はずだった。その直前に、櫂の先端が細やかな粒子となって弾け飛んだ。タルトが気づいた瞬間、前につんのめりかける。その身体を細い手が掴んだ。振り返ると、プラムが左手を握り締めて立っていた。

 

「……プ、ラム」

 

 左手から伸びていたはずの赤い糸がない。見ると、身体に纏っていた朱色の装甲も空気に溶けて消えていた。フェイズ3が解除されたのだとタルトが悟った直後、プラムは小さく口にした。

 

「タルト。私たちの役目はあくまで魔術師を狩ること。人間狩りではありません」

 

 その言葉にハッとして、タルトは自身の手に視線を落とした。アレンの血がこびりついている。それが罪の証明に思えて、タルトは片方の手でそれを覆い隠した。アレンが立ち上がり、口元の血を拭って卑屈に笑った。

 

「そうだよ。人間を殺せるわけがない。いくら私の言っていることが正論でもな」

 

 タルトが睨む目を向けてアレンへと踏み出そうとするのを、プラムが手で制してタルトよりも一歩前へと踏み込んだ。アレンが見下ろしていると、プラムがすっと片手を差し出しアレンの頬へと振るった。

 

 乾いた音が響き渡る。アレンは呆気に取られたように叩かれた頬へと手を伸ばした。タルトもその行動に驚いて目を丸くしていた。プラムが静かに、しかし確かに熱の籠もった声で言った。

 

「これ以上は、私たちの名誉のためにも、あなたの娘のためにも許すわけにいきません」

 

 その言葉にアレンはエイミへと視線を向けた。エイミは目を見開いてアレンを見つめていた。「嘘、だよね」とエイミは小さく呟いた。頬を涙の筋が伝う。ばつが悪そうにアレンは顔を背けた。その行動が全てを物語っていた。裏切られたのだ。エイミは顔を俯けて言葉を発した。

 

「……もう、エイミたちの前に現れないで」

 

 その言葉にアレンは何も返さなかった。背中を向けてアレンはエイミから逃げるように歩き出した。しばらく行ったところでアレンがぼそりと呟いた。

 

「お母さんをよろしく頼む」

 

「早く行ってよ!」

 

 エイミは顔を上げずに叫んだ。アレンは振り返ることなく駆けていった。その足音が徐々に遠くなる。エイミが肩を揺らしてプラムへと身体を摺り寄せた。プラムは黙って肩を抱き、水色の瞳を伏せた。

 

 タルトも何も言わなかった。アレンを殴った手が今更に痛み始めて、手を開くと掌へと何かが落ちてくる感触がして空を見上げた。

 

 雨粒が駆け出したように降ってきていた。三人は雨が降ってきてもしばらくはその場から離れることができなかった。冷たい雨が頬を伝い、地面へと落ちる。血を洗い流す雨が、今は愛おしかった。だが痛みまでは拭うことができずに、三人は呻いた。

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