「これからどうすんだ、プラム」
タルトはプラムと並んで細い路地を歩いていた。高い岩壁が陰になって太陽の光が決して射さない空間をより狭めているように感じた。プラムは旅行鞄に視線を落として、
「先程の粉の解析をします。そうすれば何かが分かるはずですわ」
「じゃーなくてだな、お前さ」
タルトが立ち止まった。プラムが少し前を歩いてから振り返って尋ねる。
「何か?」
「協力する気なのかよ」
「まさか」
プラムは氷のような水色の眼差しをタルトに向けてため息をついた。
「あなたの言った通り、私たちは慈善事業をしているわけじゃありませんわ。こんなところで油を売っている暇はありませんの。ただ面倒なことに、使い魔を破壊してしまった。結果的に対立してしまっただけですわ。誰かさんのせいで」
「何だよ、オレのせいだって言いたいのか?」
乗り気だったくせに、とタルトは付け加えた。プラムはほとほと呆れたとでも言うように大きなため息をついた。
「タルト。あなたは馬鹿なのですか?」
「んだと?」
「あのままでも私たちは見張られていたし、自由な行動はできなかったでしょう。失態だったというのなら、あの家に入った時点で失態だったのですわ。それにあの家には魔術的作用が加わっています」
「ああ、あれな。すげぇ不愉快だったぞ。まだ鼻がひん曲がりそうだ」
タルトは鼻を擦ってひくひくさせた。あの家に漂っていた黴臭いにおい。それは魔術が行使された証だった。家が寂れ、荒廃の一途を辿っているのも魔術の影響がないわけではない。
「まぁ、あのオッチャン個人のせいでもあるけどな」
外面ばかり気にする劣等感の塊。それがあの家を必要以上に落ちぶれさせ、メイアの生気を奪ったのだろう。アレンにも原因の一端がある。エイミにはまだ完全に魔術が行使されていないのは、まだ彼女自身がその影響を強く受けていないからというのもあるのだろう。だが、母親があの状態では悪化するのもそう遠い話ではない。
「魔術が作動している、または過去に一度でも作動した空間では、その行使者の性格がより反映される。今回の魔術師の型は見たところ〝傷〟ですわ。だから、あの家の中はあのような廃墟同然となってしまったのでしょう」
「だろうな。……って、そんなことはいいんだよ。今回の魔術師は大したことはねぇ。オレが言いたいのはだな、あの家族を助けるつもりなのか、ってことだよ」
「先程も言ったでしょう。私たちは助けません。魔術師も、私たちに極度の干渉をしてこないのならば放置します。とりあえずやるべきは魔術の解析。そうしなければ逃げられるものも逃げられなくなる。それが私たちのあり方。それを忘れたというのですか?」
「いや。忘れてねぇけどよ。助けねぇのか、と思って」
目の下を掻きながら煮え切らないタルトの言葉に、プラムは少し語気を強めて尋ねた。
「まさか、助けたいんですの? あれほど突き放すような物言いを自分でしておいて?」
タルトが痛いところをつかれたといわんばかりに押し黙って、後頭部を掻いた。「いや、そういうわけじゃ」と俯きながら小声で呟く。
「境遇を重ねるのはお止めなさい。安い同情心で動く時ほど、惨めに見えることはなくてよ」
プラムの言葉にタルトは目を見開き、顔を上げた。プラムは冷たい光を湛えた瞳でタルトを真っ直ぐに見つめている。逃げるわけでも、突き放すわけでもない。己自身を見つめろと言っているような、鏡のように透明感のある瞳。
――あの日と同じか。
タルトは胸中に呟いた。頭の中を記憶の荒波が痛みを伴ってフラッシュバックする。
皮膚をちりちりと焼く紅蓮の火。音を立てて空へと消えてゆくオレンジ色の火花。じっと見下ろしている青白い下弦の月。まるで最後の審判を与えられているような錯覚に陥る、青と赤が混ざり合ったあの光景。実際のところ、あれは自分にとって最後の審判に等しかったのだ。そして青い月を背に立つ白銀の髪の――。
「……そうだな」
タルトは小さな言葉一つでフラッシュバックを打ち消した。過去に足を浸している場合ではない。自分には果たさなければならない目的があり、そのためには同情に足を取られているような余裕はない。
――その目的のために、オレは。
タルトはプラムを見つめ返した。プラムは旅行鞄を開き、そこから小瓶を取り出した。底に紫色の粉がある。タルトは「頼むぜ」と口にした。
「オレには小難しい解析はできないからよ。その辺は任せる」
「もちろん。私たちが二人でいる意味を、忘れないでください」
プラムは身を翻して歩き始めた。タルトもその背中に続いた。今は分かることから手探りでやっていくしかない。前が暗闇で見えなくとも、感じられる範囲が少なくとも足を止めるわけにはいかないのだ。そのための二人であり、それをなすには二人でなければならない。