お見逃しなく。
2人とも<三十の壁>を含めて危うい場面など全く無く、ここまでクリア回数を積み重ねてきた。
一派では最年少組のペアであるが、日頃から仲が良いこともあって協力プレイの快進撃は
連続でのゲームでルールが目まぐるしく変わるのに慣れず、いくらか傷を負いこそしたが、問題なく続行できている。
むしろ痛みが
作戦会議中に街の規模から大まかに算出した全ゲーム数の約3割を2人だけでクリアしたのだ。
ゲーム開始から2日――屋内にいることが多いので定かではないが――しか経過していないのに、だ
敵チームのスタート地点は街の反対にあるという。
自チームは街の端からスタートだったので、敵チームも恐らく同じ
拠点の位置をどこに設定したかは不明だが、相手がバイクでも持っていれば、そろそろ接敵してもおかしく無い頃合いである。
何せ紫苑と日澄は拠点から、自分たちのスタート地点の真反対を目指して直進し、クリアしたゲームで蓋をするつもりだったのだから
とはいえ、街は広い。
直進してはいるが、バイクの速度には負ける
ここまで言ったが、バイクで速攻をかけてくる可能性は考えなくても良いだろう
陣取り合戦において移動手段は強大なアドバンテージになる。
それ
手に入れたとしても、体力的にも【マネー】的にも不安定になるはずなのだ。
現時点で獲得済みであっても、回復に時間がかかるため攻勢に出られるのは2〜3日先だろう、というのが一派の読みだった
「僕なら警察署か消防署を拠点にするかな」
武器が豊富そうだから、とゲーム脳で考えた紫苑は日澄に話題を振ってみた
「なんで?」
ビデオゲーム初心者である日澄には伝わらなかったようだ
のんびり雑談を楽しむ余裕すらある午後の昼下がりだった
しかし、順調な時にこそ嵐は吹き荒れる。
路上に設置されるタイプのゲームが現れ始めた頃、それは現れた
――ズシン…………ズシン…………
「…! おい…!」
日澄が遠くから聞こえてくる重たい足音に気づいた
2人は即座に息を潜め、紫苑は偵察用のドローンを放った。
操縦者の位置がバレないように、壁に隠して地上スレスレをしばらく進んでから、上空に飛ばす
ショッピングモールで運営職員が開いているSHOPで購入し、日澄と奪い合うようにして遊びながら練習したのだ
紫苑は位置バレのディスアドをよく知っていたので、実戦での操縦係になった。
音を抑えるために10秒チャージの入れ物に水を入れて空気を抜き、音の出ない水筒を作るほどの徹底ぶりだ
キラー撃退型のゲームでも配置されているのだろうか。
巨大ロボットの足音だったら少し困るな、と紫苑は考える
数秒のラグを挟んで、ドローンに搭載されたカメラが捉えた映像をペアリングしたタブレットへ送信してくれた。
正午なので影は小さく、ターゲットを隠すものはなかった
「な、なあ……動いてるのって、こいつらだけだよな…?」
信じがたいことだが、この重い足音は3人の子供たちから発生しているようだった。
そのすぐ傍にはプレイヤーと
特徴らしい特徴がないので判別が難しいが、それが逆に特徴となった。
百合の情報によれば彼女は淡姫だろう。
忍者のように気配を消して攻撃してくるという特殊な歩法の持ち主だ
1人の正体が分かると、連鎖的に気になってくるのは隣を歩いている子供たちだ
「手足が妙に太い、よな?」
紫苑が確かめるように分析を口にする
「義体…」
日澄が正解を言った
「強化義体か。だとすると、このガキどもが運営の総支配人……いや、なんでだよ」
紫苑の疑問も最もであるが、推測は当たっている。
最近のことではあるが、参加プレイヤーが多い大規模なゲームは、決まって子供が現場で職員たちの指揮を取っている
その子供こそが、裏社会を牛耳る巨大な死亡遊戯運営の総支配人なのだ
相手はまだこちらに気づいていないようだ。
ドローンを適当な所に下ろすと、2人は銃を構えた
紫苑と日澄は適当な家の屋根に登ると、二方向から銃撃を開始した。
しかし、動きやすそうな戦闘服に身を包んだ淡姫は、魔法のように銃弾の雨を潜り抜ける
淡姫はほくそ笑んだ。
銃はレアアイテムだ。
回避が得意な自分が無駄撃ちさせられて良かった、と思った
「あんなのアリかよ!」
もう1人の少女の舌打ちと共に悪態を吐く声が響いた
淡姫の予想は的中した。
弾を撃ち尽くされた後、2人の少女は屋根から飛び降りた
接近戦が始まるのだ
2対4での有利な乱戦が待っている――と思っていた
両チームの脳内シミュレーションにない危機が起こったのだ。
腹の底に響いてくるような振動が、徐々に体全体を揺らし始めた
99回目<デス・ゲーム>の舞台は過疎化で消滅した街を改装したものである。
プレイヤーには知らされていないことだが、この“改装”は主にゲームの設置を意味し、老朽化の補修は最低限である
強化義体は機械なだけあって、重量は肉体と比べるべくもなく重い。
それが全身に取り付けられているのなら
道路はプレイヤーたちの体重に耐え切れず、陥没したのだった
◇◇
落下した先には泥が積もっていて、ダメージを負った者はいなかった。
プレイヤーと同じ数だけ着水した音がこだまする
そこは、廃棄された下水道だった。
暗くて狭い下水道は、奇しくも両者共に相性の良いステージだ
淡姫は気配を隠蔽できる元祖<歩行術>で有利を取れる
対する紫苑と日澄は小柄な体躯ゆえに小回りが効き、体格に見合わない怪力で有効打を与えられるだろう。
しかし、この点は3人の子供たちも同じだ
人数差も手伝って、紫苑と日澄が僅かに不利な状況である
水に脚を取られながらも、両チーム初の戦闘が始まった
紫苑と淡姫は互いに蹴り合い、防腐処理の綿を下水に飛ばしあった。
水音が鳴るおかげで、紫苑は淡姫の位置を多少だが察知できた
淡姫は長髪をなびかせて水面を踊るように動き、回し蹴りを行う。
対する紫苑は、回し蹴りにタイミングを合わせて体重を乗せたヤクザキックを叩き込んだ
互いの蹴りのノックバックで数歩だけ宙を泳ぎ、再び喰らいつくように敵へ向かっていった。
両者共に一歩も引かない魂で鎬を削り合う接戦だった
一方、日澄は1対3で攻め立てられ、苦戦していた。
強力だが鈍重な強化義手によるパンチを、銃で殴って打ち落としている。
何とか
紫苑は視界の端に映る仲間の少女を助けに行けそうになかった。
前情報通り、
それでも――
(この芋臭い女、何か隠し持ってるな)
たぶん拳銃だろうな、と淡姫は予想した
紫苑を心の中で罵倒しながら、淡姫は有利な状況にあって
紫苑の表情と行動に好機を伺う気配を感じ取ったのだ
パッと見では何も持っていないようだ。
服の中に隠せるサイズの拳銃か手榴弾が第一候補である
まあでも問題ないだろうな、とも淡姫は思った。
熟練したプレイヤーなら
拳銃や手榴弾はもちろん、5丁くらいなら多方向から同時にマシンガンの一斉射撃をされても回避できる自信があった。
事実、住宅街での銃撃は無傷で切り抜けている
ここで、ルールのおさらいをしよう。
【マネー】があればアイテムや職員の購入が可能だ。
高難易度のゲームをクリアする必要があるが、義手や義体職人も買うことができる
しびれを切らした紫苑が背中を蹴られるのも構わずに、日澄の方へ捨て身で飛び込んだ
風圧で紫苑の腕を覆っていた袖がまくれ上がる
タトゥーが入っていたはずの紫苑の両腕は今――
「あ、あ、ああああああ!!!!!!」
タトゥーなど
その喉笛は、本人の意思に反して空気を
――ズガァアアアアン!!!!!!
突然、子供の叫び声と共鳴するように爆発音が響き渡った
「今度は何!?」
音は、どこか遠くから腹に染み渡るように響いてきていた。
まるで、ついさっき起こった道路の崩壊と同じように
「!」
運営チームは再び下水道の崩落が起こったと解釈
残った2人の子供が強化義体を盾にし、生身の淡姫を守る陣形を組むために集合を始めた。
淡姫は警戒を緩めず、子供たちの野太い四肢の隙間から敵の様子を伺う
対する一派の探索班2人は急所を守ることもせず、棒立ちだった。
全くの無防備である
(諦めたってのか!? 舐めたマネしやがって!)
淡姫の元祖<歩行術>でも崩落への防御陣形は間に合うか分からない
運営チームに道路工事の専門家はいなかったが、即死の危険が迫っている以上は、そう考えて全速力で動くのがベストである
紫苑と日澄が何もしていないのは、自殺そのものに違いないのだ
しかし、2人の顔に浮かべられた満面の笑みが運営チームの危機感を曇らせる
ゲームでできる攻撃は、究極的には2つの行動しかない
殴る・敵が殴れないようにする、の2つである
――素質のあるプレイヤーの芽を早めに摘んできた伽羅一派は、後者のスペシャリストだ
「ははははは! 間に合ったぞ! 百合と伽羅が!」
紫苑が地響きに混じって高らかに勝利を予告していた
そう。
百合と伽羅は
爆弾の使い道は、敵拠点の近くに設置されたゲームの破壊。
第二の勝利条件である<街の51%の支配>を妨害するのだ
合わせて獲得した
紫苑と日澄のクリア分と爆弾で破壊した分を全体から差し引くと、運営チームが支配できるのは街の30%が限界だろう
紫苑の好機を伺う表情の正体は銃でも強化義体でもなく、仲間の戦略だったのだ
当初、伽羅一派は運営チームが<街の51%の支配>の達成をメインに動くと想定していた。
理想としては、この爆撃で決着を着けたかった。
しかし実際は、両チームとも3組に分かれて行動している
戦いは、まだまだ終わらないということだ
一派はセカンドプランも用意していた。
紫苑と日澄は爆弾を投下し終えた戦闘ヘリとの合流を目指して駆け出した
◇
紫苑・日澄ペアの戦闘と同時刻。
繰り返しになるが、今回のゲームでは敵拠点にあるフラッグを自陣に持ち帰ることでも勝利となる
この勝利条件は、他2つの条件よりも簡単で速く達成できるものだ。
師弟関係を結んでいるが
1日目で罠の設置は大部分が終了した。
出入り口や窓はもちろん、建物の図面を参考に破壊しやすそうな壁の付近にも罠を仕掛けた
罠は殺傷力のある物が大半で、作動すれば大きな音が鳴るようになっている。
普段の脱出型ゲームとは違い、萌黄たちの設置方法は突破させる気のない罠群である
(テスト通りに鳴ってくれて良かった……)
萌黄は高鳴る鼓動を落ち着かせようと、胸を撫でながら思った
1日目の夜は速攻を警戒し、交代で寝ずの番をしていたが何もなかった。
読み通り、運営チームは第二勝利条件である<街の51%の支配>を第一目標とした長期戦を仕掛けてきているようだった
一度クリアされ、支配権を奪われたゲームは奪い返すことができない。
<街の51%の支配>を目指すのは堅実な作戦であり、まずはこれを目指すのがゲーム制作者の想定した手順なのだろう
「街の支配をやりながら来たにしては、やけに早いですよね……?」
尋ねられた萌黄は自らの焦りを抑え込むために、深呼吸を繰り返しながら現状を整理していた。
樺子の指摘した通りの事態だろう、と思いながら
「うん。支配しながら、たまたま辿り着いた可能性もあるけど、速攻を想定して動いたほうが良い」
何にせよ、敵が一派の拠点に踏み込んできていた
味方であれば、位置を把握している罠を作動させるわけがない。
なにより、事前に連絡を入れることになっていた
間違いなく敵の襲撃とみていい
足音は一定している。
これは敵が怪我をしていないことを意味する
ショッピングモールの外へ遠征中の2組とは接敵しなかったのだろう。
ゲームへの参加をしていない未強化の状態でここに来たのか
萌黄は無意識に仲間たちが完封された可能性を排除していた。
これが楽観であるか、強力な信頼であるかは決着が着いた時にならないと分からないだろう
モールの最上階の吹き抜けから、モール内に響いている足音の方向を覗いた。
足音の正体は3人組の子供たちだった
人数から考えて、向こうも3組に分かれたようだ
「運営になった後の予行演習だと思いましょうよっ!」
影響された樺子が安心の溜め息を吐こうとするのを萌黄が
殺人ゲームに普通の子供がいるわけないのだ
一派の構成員である日澄だって、見た目は可愛い小学生である。
あの子供たちが強化義体を纏った運営の総支配人たちなのだろう
その直感は子供たちと隊列を組むプレイヤーの存在によって裏付けられた
――
彼女と戦った百合の情報によれば、プレイヤーとして最高峰の実力を持つ強豪との話だ
弱点らしい弱点がないとのことで、噂によれば怪我も殆ど負ったことがないらしい。
事実、双眼鏡で確認した彼女の体には傷一つなかった
それは罠の攻略が得意だということを意味する
――カンカン!
再び、罠に連動して鍋が叩かれた音が響いた。
藍里たちとは別方向だ
首を傾げながら音のした方を覗いてみる。
直前まで誰かいたようだが、今は誰もいない
次の音は一度きりではなかった
――カンカン!
――カンカン!
――カンカン!
「あ、ああ、あちこちから音がします!」
想定外の状況に動揺した樺子が悲鳴を上げた
乗り込んできた敵は全部で
強化義体を身に付けた6人の総支配人、最強プレイヤー藍里のチームだ
か弱い乙女3人が正面から戦うのは厳しいだろう
しかし、勝ち目はある。
ここは一派のフィールドなのだから、設置した罠をふんだんに使って戦えば良い
「よし、少し難易度は上がったが作戦通りにやろう」
萌黄の一声で一派は動き始めた
圧力鍋を改造して作った
敵の進むルートは予想できる。
分かりやすい位置に<フラッグ>を設置しておいたからだ
吹き抜けになったモールの天井からワイヤーで吊るされたオブジェの上に、一派の<フラッグ>はあった
通ってほしくない通路に圧力鍋爆弾を次々に投げ込み、敵の誘導を図った
追い込んだ先には――
「「「ワイヤーチェーンソー!!!」」」
名前の通りワイヤーを踏むと、チェーンソーが飛びかかってくる罠だ。
チェーンソーは人体のような柔らかいものに最適とは言えないので、この罠の主目的は威嚇だった
しかし、いくら見た目は人体そっくりでも、材質は機械そのものである強化義体には効果
――ゴリゴリゴリゴリ!!!!
思わず耳を塞ぎたくなる不愉快な機械音が鳴り終わった後、そこに残っていたのは4体
かろうじて息はあるようだが、この有様なら<フラッグを自陣に持ち帰る>のは無理だろう
白いもこもこを尻目に、一派の3人はアイコンタクトをした。
残党を掃討するまでは油断できない
――ドオオオオォォォォン!!!!!
運営チームの鼻を明かしてやったのも束の間、フラッグの方から爆音がした
その直後、何かが弾けたような金属音が鳴った。
見上げると<フラッグ>を設置したオブジェを吊るすワイヤーが何本か切れたのが分かった
なぜ遠目から、そんなことが分かったのか。
爆破された巨大なオブジェが
すんでのところで、萌黄たちはエスカレーターを滑り降りて階下に逃れた。
弟子2人を庇うようにして
「ぐっ……うぅ…」
もうそれ以上の破片は落ちてこないだろう、と安全を確保した萌黄は飛び起きて吹き抜けに近づいた。
それとほぼ同時に目にしたのは、藍里がオブジェに刺しておいた<フラッグ>を引き抜く光景だった
最初からこれが目的だったのだ
ワイヤーチェーンソーに引っかかった子供たちは囮だった!
隙間なくチェーンソーを配置したはずなのに、息があるのは不自然だったのだ!
インド映画じみた作戦で<フラッグ>を奪取するためには爆薬、オブジェの重量、ワイヤーの特性、その他諸々について熟知していなければ、到底不可能だと断言できる
それでも、やってのけたのは死の間際で磨かれた
勝利への嗅覚、と言った方が適切かもしれない。
藍里はこの方法で上手くいくと踏み、事実そのようになった
「くそっ!」
萌黄が思わず悪態を吐く。
口にこそ出さないが、樺子と櫛枝も同じ心境である
藍里のすぐ近くにはハンググライダーの店が入っていたのを思い出す
「飛んで逃げられると想定する!
そのくらい今の状況は馬鹿げている!!」
必死にエスカレーターを駆け上がる途中、上階には庭園エリアがあるという案内板が目に入った
本当にやる気だ。
間に合わない。
自在に進路を変えられるハンググライダー相手に、壁に邪魔される地面では敵わない
一派はゲームに――
――ワイヤーチェーンソー発動の数十秒前、2つの班がヘリの中で合流していた
飛び立とうとする藍里の視線の先で、巨大なヘリコプターが夕日を遮るようにして姿を現した
上空のヘリから降下用のロープが庭園エリアに垂れてくる。
滑落するロープは、その先端をコンクリートの地面に当てると動きを止めた
殆ど間を置かずに、そのロープを滑り降りてくる者たちがいた。
百合、伽羅、紫苑、日澄の4人だ
4人が無骨な銃を藍里へ向けた
一派の武闘派が集結した
――勝てる