かつて警察や機動隊を相手取り、果敢に立ち回った勇士が
再び立ち上がる。
彼らのいく先には何があるのか…
その日は地域のお祭りだった。
自衛隊の方が地域の人たちを招いて駐屯地でささやかながら催しを開いていた。
みんなが笑顔で祭りを楽しむ中、駐屯地内の一角に人だかりが出来ていた。
「おばあさん、ここで勝手に調理などしては困ります。」
自衛隊の隊長格と見られる男性が女性を丁寧に説得している。
「ええじゃろ。ワシらは普段のお礼に唐揚げを皆さんに振る舞いたいだけなのじゃ」
説得されているのは歳の頃な70歳より手前くらいの老女だった。
せっかくの祭りの日に騒動は起こしたく無いと説得をしているのだが、
この老女も頑固で全く引かない。
説得の間も着々と準備を進め、結局、既に大きな油を張った鍋は
既にカセットコンロの火でバチバチと音を立てている。
今、無理矢理撤去させようとしたら、暴れて熱々の油をぶち撒けかねない。
「こりゃ唐揚げを食べてやらなきゃおさまらないかもな」
隊長格の男性は一緒にいた隊員に話しかける。
そんな諦めムードの中、
「あら、油がちょっと足りないわね」
騒動を起こした当の本人は油を出したり、皿を出したりと準備を続けている。
隊員達が諦めたとみるや、老女は、
「あら、生姜を車に忘れてきちゃったわ」
と呟き、
「隊員さん、油をしっかり見ててね」
と隊員に伝えると車に向かって歩いて行った。
隊長格の男性は、このまま火を止めて片付けてしまおうと、
油を張った鍋に近づいていくと、
油がやけに泡をたてている。
その様子に距離を取ろうとするが、周りには騒動に集まった野次馬達。
油は異常なほど泡立ってきている、時間がない。
このままでは、周りの人まで巻き込まれる。
そう判断した隊長格の男性は急いで火を消そうとカセットコンロのツマミを
消火にひねるが、そのツマミは外れて床に転がってしまう。
火は消えていない。
油は異常に煮たって様子が明らかにおかしい。
最早油を捨てるしかないと鍋をの取手を持って火から離そうとする。
パキッ。
軽い音を立てて取手が外れる。
あまりに予想外だった為、隊長格の男性が一瞬固まってしまう。
その時、
ボンッ!
辺りに響く大きな爆発音。
熱風に人々が目を瞑って、再び開けると、そこには、
周りの人々に油がかからない様に、咄嗟に油鍋に覆い被さった隊長格の男性が
うめきながら横たわっていた。
そして、気付くと、先程の老女は車ごとどこかに消えてしまっていた。
とある老人ホームの歓談室で、ニュースが流れている。
自衛隊で行われたお祭りで、唐揚げ用の油が爆発し、
山本健一曹長が全身大火傷の重体となったと。
今回の事件で、自衛隊の祭りは急遽中止になったらしい。
それを聞いて4人の老人達が
「イェーイ!」
とハイタッチをしている。
「おお!ヒトミ!お疲れ様じゃったなあ」
リーダー格のエイジが、ヒトミと呼ばれた老女、
先日、自衛隊で唐揚げをあげようとしていた女性の肩を叩く。
「兎にも角にも、これで軍隊の無い平和な国に向けて一歩踏み出せたのう」
意気揚々と角刈りの老人、カズトが興奮気味に言う。
「それにしてもあの爆発スゴかったね」
現場にいたヒトミが恍惚とした顔で語る。
「あれは蒸気爆発。フラッシュボイルって現象さ。
水と油で起こるから、別に酢じゃなくてもいいけど…」
今回の計画を考えたトオルが説明をしている途中で、
「人生のすっぱさを若造に教えてやろうって事じゃな!」
いつもの様にカズトがチャチャを入れる。
「違う!途中で疑われても隠し味だって誤魔化せるのと、
最悪捕まっても、入れ間違いで押し倒せるからだ」
ムスッとしてトオルが否定する。
「まあまあ」
カズトを睨みつけるトオルをなだめるエイジ。
宥めながらエイジは、ふとここにいないメンバーの事を思い出す。
「こんな時はいつもヒロシが2人を止めていたのう…」
と思わず呟く。
それを聞いて、
「あんな、資本主義の犬に成り下がった野郎の名前を出すな!」
カズトが声を荒らげる。
トオルもヒトミも眉をひそめている。
「そうだな、せっかくのお祝いムードに水を刺してしまったのう。すまん、すまん」
気を取り直して祝勝会を続ける老人達。
そのささやかな宴は消灯時間ギリギリまで続いた。
ある日、老人ホームに客が訪ねてくる。
山本健一曹長の部下だと名乗るその若い自衛隊員は、
ヒトミの顔を見るや、
「おばあさん、自首して下さい」
と頭を下げた。
「なんの事じゃ?私は唐揚げを揚げようとしただけじゃ。
あれは事故じゃよ、事故!」
ヒトミが言い訳をする。
その様子を悲しそうに見つめた後、その客人は、
「山本曹長が、今朝方亡くなりました…」
と振り絞る様な声で伝えた。
「死んだ…」
その事実に一同驚愕する。
エイジも思った以上に衝撃を受け、その衝撃の大きさに、戸惑っていた。
自分達が「人殺し」になったのだと、その事実に体が震える。
若い自衛隊員は、
「今ならまだ罪を償えます。どうか、山本曹長の死を無駄にしないで下さい!」
とさらに頭を下げる。
その瞬間、
ガンッ
近くにあった花瓶で若い自衛隊員の頭を殴るカズト。
自衛官はそのまま倒れて動かない。
息はある。気を失った様だ。
「し、死んだだと!ぐ、軍人なんかやるから死ぬんだ!
ワシらはわ、悪く無いぞ!ここを知られた以上、返すわけにゃいかねえ」
震える声で、自分は言い聞かせる様に言った。
仕方なく、エイジはヒトミにロープを取って来させ、
トオルと共に意識を失った自衛隊員を縛り付けるのだった。
数日後、
老人ホームを警官が包囲している。
当然だ。
若い自衛隊員が自力でたどり着けた場所に、
日本の警察がたどり着けないはずはない。
ホームにいた職員や他の老人達は知らぬ間に姿を消していた。
事前に警察と口裏を合わせていたのだろう。
「チッ、腰抜けどもが」
エイジはボソッと悪態をつく。
しかし、エイジは警官と機動隊員を前に、
子供の頃に感じた高揚感を感じていた。
他の仲間も同じ様で、皆、せっせと反撃の準備をしている。
あの頃と同じ、なんとも頼もしい仲間だ。
「秘密兵器がある」
カズトが胸を張って仰々しく宣言する。
「インド映画で以前観たガスボンベの先端を斧で切断して、噴出させる。
ミサイルの様なそれを喰らって悪漢どもはみんな吹っ飛んでおった。
あれは爽快じゃった。」
そう言って和人は持ってきたカバンを開けて見せる。
中には全長40cmほどの小さなガスボンベが、数十本。
「流石に背丈と同じほどのプロパンのガスボンベを斧で一気に切断
なんてフィクションだからこそじゃからな、年寄りには
自家用炭酸水のガスボンベくらいが丁度ええ。」
エイジ達も頼もしげにカズトを見ている。
それに応える様にカズトも張り切っているのが分かった。
「そりゃ!」
長めの鉄パイプの様なお手製の発射台にボンベを設置して、
斧で一気に切断する。
バヒュン!
ガスボンベはそのまま盾を構える機動隊員を盾ごとぶっ飛ばす。
「どうじゃ!」
ガッツポーズをキメるカズト。
「まだまだいくぞい!」
再度ボンベをパイプに装填し斧で切断する。
バヒューー!
先程とは少し違う音がした後、
「ぎゃあああっ!!」
というカズトの悲鳴が響き渡る。
見るとカズトは血まみれになっていた。
「切断した破片が刺さったんだ!」
トオルが叫ぶ。
エイジも駆け寄ろうとした時、
パリンって!
ホームの玄関からガラスが割れる音がする。
機動隊が突入して来たのだ。
トオルの絶叫やヒトミの号泣する声で
辺りはまさに阿鼻叫喚の最中、
エイジは
「何故こんな風になっちゃったのか」
と考えていた。
就活のタイミングでいわゆる就職超氷河期の到来、
内定を貰えず将来への不安で押し潰されそうになっていた頃、
声を掛けられた。
俺たちが子供の頃に起こした騒動を覚えてくれた人がいた。
エイジ達は子供の頃は学校の横暴に反発して、
最後は警察や機動隊まで動員された事件を起こしていた。
その事件はマスコミが大々的に取り上げ、
学校の横暴がかなりなものだった事もあり、
世間はエイジ達に同情的だった。
その人も当時、エイジ達を応援してくれていたらしい。
彼は平和の為に活動する団体に所属していて、
その団体はとある政党とも懇意にしているという。
「子供ながらに、警察や機動隊をやっつける君達の勇姿に勇気をもらった」
その人はその様に言い、エイジをその政党が発行している機関紙を
作っている会社に紹介してくれた。
その会社での仕事は楽しかった。
平和とは何か、どうする事が正解か、常に指し示してくれた。
その会社も先日ついに定年退職した。
これからどうしようか?
と言う時、かの恩人から
「老後は平和の為に活動しませんか?」
と誘われた。
そして、昔の仲間を集めたんだった。
「最早これまで、じゃ」
度数のきつい酒を一気にあおる。
両手に唐辛子入り卵を大量に抱えて走る。
「ジェロニモーー!」
昔観た映画のワンシーンを思い出しながらの特攻。
軍国主義者の暴力に俺は屈しない。
平和の為に戦う!
最後の維持を見せる時だと思った。
若造どもの目にワシらの散り際を焼き付けやる。
その覚悟の突撃。
止めれるものなら止めて見せい!
しかし、足がもつれて数歩でコケる。
コケた時に両手に抱えていた唐辛子入りの卵も一緒にぶち撒ける。
「痛っ!いだ、いだだだだ…」
無様に転がるエイジの目に、口に、鼻に…
体中の穴という穴から粉末状になった唐辛子が侵入し、
痛いやら、熱いやら、苦しいやら。
しかも、吸った空気と一緒に唐辛子まで吸ってしまうので、
気道が腫れて息が出来なくなる。
「く、苦し、し、死ぬ…」
ついには声も出せなくなり、そのまま意識が遠ざかっていく。
完全に意識が飛ぶ直前、
「大丈夫ですか!今助けます!」
と自分に呼びかける自衛隊員の声が遠くに聞こえた。
数日後、エイジは病室の天井を眺めていた。
わしは一命を取り留めた。
間一髪だったらしい。
監禁していた自衛官が自力で脱出する途中に見つけ、
自分も唐辛子で喉が焼ける中、必死に助けてくれたらしい。
「死なせてくれりゃ良かったのに」
誰に言うでもなく、強がるエイジ。
しばらくボーッとした後、テレビをつける。
事件直後は自分達の戦いをやっていたが、
3日もするとニュースでその事件を見ることは無くなった。
代わりに今は、基地反対の抗議活動に修学旅行の女生徒を
巻き込み、海に連れ出したら、船が転覆し、女生徒を死なせてしまう
事故のニュースをやっていた。
女生徒は抗議活動の為ではなく、ただ「綺麗な海」を見たかったから
船に乗ったのだという。
ふと、自分を監禁したエイジを救ってくれた若い自衛隊員を思い出す。
「人を殺す平和活動家に、人の命を救う軍人さんか…」
そう呟いた時、初めて自分の中に後悔と懺悔の感情が、
何よりもこれからも多くを救ったであろう若者の命を
奪ったという罪悪感が湧き上がり、エイジは嗚咽する。
爆発事件から7日目の昼下がりだった。