壊疵紀   作:倖往はゆ

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 青、青史。赤い道、血みどろの道。青は赤い。



起章 第零話 前編 青への誘然

 2026年4月1日午前0時、エイプリルフールの始まり。嘘みたいに警報が鳴り響く。基地からミサイルが飛び出し、夜空に鮮烈な弧を描く。数十機の大陸間弾道ミサイルは、その矛先をロシアと中国に向けて飛んで行った。

 叩き起こされた基地司令は、士官の口からこぼれた言葉を聞いて焦点を失った。まさか、そんなことはあり得ない。勝手にミサイルが飛び出すか?くしゃみをしたわけでもないのに。いつかのように、PALは8桁の0ではなくきちん掛かっていたはずだ。これは嘘であればいい。これからどうなる?そう思いながら、いつもより長く感じる廊下を走る。夜番の士官が隣で説明する声も、耳に入っても、頭まで届いてこない。弾頭が入っていないことにならないものか、いやそんなことはない。弾頭はきちんと収められていたはずだ。

「司令部に連絡をしろ。」

「もうしました。」

「なんと言ってきた?」

「状況が分かるまで待機していろ、と。」

「私の首が飛ぶのも時間の問題かな…」

「弾着までの猶予は?」

「中国に向けたものは最短で20分、ロシアに向けたものも、首都まででも40分くらいかと。」

「弾頭は?」

「それが、通常弾頭のものしか発射されていません…」

「どういうことだ?」

 

 

同時刻、ロシア軍大陸間弾道ミサイル基地内食堂。

 

「おい、こんな時間にアラートとか、演習でもやっているのか?」

「知りませんよ、それより早く寝てくださいよ、先輩。」

「夜勤なんだろ、ついでに見てきてくれよ。」

「私も興味ありますし、少し覗いてきます。」

「軍警には気をつけろよ、あいつら、禁酒などとおかしなことを真顔で言うからな。」

「ロシア人は冷却用アルコールでも飲めるとでも仰りたいんですか?」

「わかってるじゃないか。」

「ロシアにだって、いろんな民族がいますよ、何しろここは連邦国家ですから。」

「除氷、冷却用のエチルアルコールと蒸留水の混合液を飲むのをロシア人と定義したらいいだろう。」

「なんですか、それ。」

 

「大変ですよ、弾道ミサイルが飛び出してます…。」

「本当か?演習用の模擬弾じゃなくてか?」

「酔っていない自分が見たんですよ。アメリカに向けていたやつです。」

「戦争でも始まったのか?」

「司令部に聞いてみましょうか?」

「いや、演習じゃなかったらそのうち司令官が走ってくるさ。」

「なるほど。」

「ちょっと待て、本当に司令が走ってきたぞ。」

 

「司令、どうなってるんですか?」

「ああ、夜勤組か?私もわからんのだ、演習だとも聞いていないんだよ。」

「4段式観測ロケットをミサイルと誤認したのではなく?」

「今回は外務省の通達ミスではないようでね。」

「そうですか…」

「こんなとき、酒でも飲んでいればよかったんだが、素面(しらふ)でこれはな…」

「司令、」

「今度は何だ?」

「発射されたものですが、通常弾頭のものだけだったようです…」

「どういうことだ?」

 

 

同時刻、北京市中南海、中国共産党中央委員会総書記邸。

 

「総書記先生、起きてください、先生」

「なんだね、温君。戦争でも始まったかね?」

「似たようなもんです」

「言ってみたまえ」

「有事に備えて配備していた大陸間弾道ミサイルが、何者かに発射された模様です」

「発射とはどういうことだ?何者とは何だ?」

「調査中ですが、とにかくいらしてください」

「弾頭はどうだ?」

「それが、通常弾頭のもののみということです」

「ふぅむ。わかった。着替えるから少し待っていたまえ」

「それと、報道陣には徹底的に伏せるんだ。間違えたら、天安門の二の舞どころでは済まないかもしれないからな…」

「わかりました、では。」

 

「もしかしたら、もう間違っているのかもな…」

 

 

同日、午前0時17分、再度ロシア軍大陸間弾道ミサイル基地。

 

「対空レーダーに感あり、大型ミサイル、数13」

「まさしく悪魔の数、だな。」

「外務省は何か言ってきたか?」

「いいえ、何も…。」

「これだから役人ってのは」

「いざという時に役に立たない」

「その通り」

「司令部は何と言ってる?撃墜できそうか?」

「通常弾頭とも限らないから、下手に撃墜できない、などと言ってます」

「信じられるのは、我が身一つということか…。ひとまずアラートを鳴らせ、それから、シェルターに避難だ。私の首が飛ぶのは構わんが、このままだと誰の骨も残らないだろうからな…」

 

 

同日、午前0時18分、再度米国大陸間弾道ミサイル基地

 

「対空レーダーに感あり、大型ミサイル多数、弾道から考えて、恐らく陸上発射型の大陸間弾道ミサイルかと…」

「何だと!」

「それに、先ほどの衛星画像ですが、やはり大陸間弾道ミサイルの発射に間違い無いとのことです」

「大統領とその愉快な仲間たちはなんと言っている?」

「誤認の可能性、また核弾頭を積んでいる場合が考えられるので下手に手を出すのはまずい、と……」

「反撃だ!アメリカは他国のサンドバックにはなってはならん!」

「落ち着いて下さい、司令、それに先ほど飛んで行ったミサイルが、向こうにも届いているはずです。」

「そうか、まずは司令部の人間と迎撃要員以外は全員シェルターに急がせろ」

「わかりました」

 

0時18分、再び北京市中南海、中国共産党中央委員会総書記邸。

 

「先生、米国から大型ミサイル、軌道から考えて陸上発射型の大陸間弾道ミサイルかと思われる飛行体が我が国の陸上基地等に向けて飛来中とのことです」

「我が国の領海に入り次第、即座に撃墜しろ。自国民の多くを犠牲にするより、日本政府に文句を言われる方がよっぽどいいだろう。」

「ですが、核弾頭が積まれていた場合を考えますと…」

「どうなっても被曝することに変わりはないんだ。だから撃墜するんだ。」

「……わかりました」

「それから、一応アラートを出しておけ。後で文句を言われかねないからな。」

「早急に。」

 

「私はそろそろ避難するとしようか…、聞こえているか。」

「はい」

「今からシェルターに行く。それで、エスコートを頼む。」

「承知致しました。」

「本当に何が起こっているというのだ?」

 

 

同日午前2時,米露ホットライン。

 

「貴国は我が国に対し、どのような訳あって大陸間弾道ミサイルなどを撃ち込んだのか?」

「貴国こそ、何をもって我が国に対する攻撃を正当化するのか、説明願おう。」

「通常弾頭だったからよかったが、核大戦でも引き起こすきか?」

「それは我が国に対する脅迫であると認識してよろしいか」

「脅迫というなら、貴国の国民に対して説明してみたまえ。世論が答えになるだろう。」

「アメリカは脅迫に屈せんのだ!我が国のミサイルが貴国に対して損害を負わせたことは認めよう。しかし、その原因は未だ不明なのだ。」

「不明とはどういう意味だ。大体、貴国の弾道ミサイルには内外からのハッキングに備えて手動で打ち込む最終安全装置が付いていたのではないかな?」

「それは貴国とて同じことだろう。そもそも貴国も我が国にどのような理由でこんな物騒なものを撃ち込んだのだ?」

「目下調査中だ。何しろ、我ら社会主義国は行動が素早いことで有名でね。」

「ひとまず、そういうことにしておこう。では改めて電話する。その時までに首を洗って待っていたまえ。」

「貴国も、いつまでも世界の警察などと思わないことだな。」

 

「それで、中国とヤンキーの首魁はなんと言ってきた?」

「どちらも原因不明の誤射と言いたいらしいです。それと、両国とも、大統領閣下との会談をお望みのようです。」

「わかった。下がってよい。」

 

「それにしても妙なことになったな。ニコラエヴィチ、どう思う。」

「理由がどうであれ、放っておけば米中との戦争になることは自明の理でしょう。」

「当然だな。」

「戦争で貧しくなる国も多くありますが、豊かになる国もまた多いものです。どうせ起こる戦争ならば、我々の財布の肥やしにしたいと考えます。」

「具体的には?」

「まずは会談の前に中国と秘密協定を結びます。前提として、お互いが撃ち合った大陸間弾道ミサイルの誤射に関しては、演習ということにし、それに乗じて米国が攻撃を仕掛けてきたことにするのです。その上で、交渉の場で我が国と中国に対してアメリカという構図を作らせます。つまり、簡単に言えば、一緒にアメリカに対抗しましょう、という内容です。」

「あいつらが大人しく交渉に応じるとも思えんが。」

「そこでです。わが国が以前開発した超音速魚雷を覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、ソ連時代のものだったかな?その技術を売るというのか?しかし、中国にはかつてサンプルを供与したと記憶しているが。」

「左様です。しかし、量産には今一歩というところらしいのです。ですから、その生産工場を譲渡するのです。」

「なるほど。我が国は確かキルギスタンに生産工場を持っていたな。」

「その工場の権利は、現在わが国が75%保有しています。さらにキルギスタンは、中国からも多額の借金をしております。キルギスタンの借金を帳消しとはいかなくとも、多少なりとも減少させるよう中国に進言します。」

「その代わりに生産工場を手に入れられると。」

「我が国に生産工場は?」

「キルギスタンのものより3割ほど拡張したものが来週には完成する予定です。」

「なるほど。」

「利害をまとめますと、我が国は米中とのニ正面戦争を避けるために、中国と手を結びます。そのために、我が国がキルギスタンに保有している高速魚雷の生産工場の権利を中国に譲渡します。キルギスタンは中国からも多額の借金をしていますので、これの減少の引き換えに、譲渡を認めさせます。また中国は、現在量産目前となった新型魚雷の量産にこぎつけられるという訳です。そもそも中国は、米国との対立により我々と手を組みたがっているはずです。」

「わかった。すぐに私の名前で連絡してくれ。」

「すぐにさせます。」

 

「さて、どうなることやら…」

 

 

「中国から返答が来ました。工場を確認してみなければ確実なことは言えないが、概ねその内容で良いということです。」

「わかった。大使館の連中でも誰でも良いが、早急に視察に来られるようにしてくれ。」

「そのように。」

 

 

 結局この応酬で3か国の主要航空基地やレーダー基地が目標となった。しかし、港湾施設や艦艇が被害を受けなかったことは謎のままであった。

 

 

同日午前12時5分、米国ホワイトハウス。

「すると君たちは、我が国が君たちの大陸間弾道ミサイルを用いた演習に(かこつ)けて攻撃を仕掛けた、とでも言いたいのか?」

「そうではないのか?」

「そんなわけはない。大体、我々だって攻撃を受けているのだぞ。」

「それは、君たち米国の攻撃に対する正当な報復だ。」

「我々のミサイルの発射時刻は、0時丁度だ。君たちのものが発射されたのに呼応してだ。」

「いいや、君たちのミサイルが発射されたのに呼応して、我が国のミサイルが発射されたのだ。」

「我が国も同様。そして、我々はそれを撃墜した。撃墜できたのだ。」

 

「…口が裂けても誤射とは言えないな…」

 

 結局、交渉は難航し、翌日に引導を渡すことになった。それは、今すぐにでも敵国からミサイルが飛んできてもおかしくない状況になったということだ。三竦(さんすく)みであるのは確かだが、そこには中露と米という図式が確としてあった。

 不思議なことに、4月1日は終日それ以上の攻撃の応酬はなかった。先に手を出したのなら、もう一つないし2つの国が正義を盾に断罪を行うことは明確であった。それはかつての「いかさま戦争」と似て非なる状態であった。戦争が起きてくれても構わないが、誰もその責任を取りたくない、そんな戦争が始まったのだ。しかし、中露・米間のサイバー攻撃は一層苛烈を極めたという。水面下ではすでに戦争になっていたのかもしれない。

 翌日4月2日の正午になっても、交渉は落とし所を未だ見つけることができていなかった。この事実はすでにマスコミに知れ渡り、世論は大きく動揺した。「第三次世界大戦」などというラグナロク・ワードが飛び交った。「前倒しの世紀末」という表現もされたらしい。いずれにせよ、この不気味な静けさは、「嵐の前」という表現にまさに相応しいものだった。

 米中の太平洋艦隊が、東シナ海に向けて舵を取り始めたのはそれから間もなくだった。いくら現代戦が、古代に較べて幾分も遠距離になったとはいえ、近距離であればこそ使える戦術もある。いや、それはむしろ戦略の域に属するものであろう。つまり、戦争を起こす覚悟があるぞ、やんのかコラ、などということである。一般的に圧力とも言われるそれをかけるため、三国は東シナ海に艦首を向けた。

 2日も正午を過ぎ、日が暮れつつあった。夕焼けを背負って続々と艦艇は集まりつつある。

 「どうしてなかなか、画になるではないか」と言ったのは米第7艦隊司令長官、ウィリアム・クラーク・ジョンソン大将であった。彼は根っからの大艦巨砲主義者で、また男性原理の権化のような存在であった。が、判断力に富み、部下にも上司にも寛大かつ公正、また率先垂範を旨としていたため、上下ともに絶大なる信頼を得ていた。そのため、退役年齢にも関わらず司令長官としてまだ現役を張っていた。彼が現役でいる限り、海軍の退役年齢が伸び続ける、などという流言もあるくらいだった。

 地平線に太陽が身を隠す頃、雨が降り始めた。夜雨が強く降り、風も強まった。春嵐である。

 

 真夜中、眠気と緊張を争わせていた音響員の耳を劈く音がした。いいや、響く、というより轟く、と言った方が正しいだろう。金属の鈍い音、擦れる音、凹む音、水が暴れる音。

 それは、米国の原潜オクラホマシティと、中国の原潜長征12号が衝突した音だった。静粛性を求めるがあまり、また多々の艦艇のスクリュー音と嵐によって、そして比較的浅い海域を両艦とも航行していたため、両艦とも互いを衝突寸前まで認識できなかったのだ。長征12号の正面に、オクラホマシティが左舷前方から衝突したため、オクラホマシティは艦首部から浸水し、魚雷発射装置も故障した。それに伴った魚雷の爆発により、緊急浮上不可能に陥り、救難信号をやむなく出した。長征12号も浸水したが、丈夫な艦首部前面から衝突したため、緊急浮上をし、2次被害は起こらなかった。

 水上の米国艦艇は、巨大な衝突音の次に爆発音を検知し、救難信号が発信されたのだから、報復目的で攻撃が正当化された、と水を得た魚のように殺気立った。司令部は大統領の指示を待たずに、攻撃を開始した。中国軍は、最初戦闘の意思がないことを示したが、通信に応じない米軍に対し、幾隻かの艦艇が独断で応戦した。これを皮切りに、中国軍司令部もやむなく応戦命令を出し、これに追従する形で露軍も応戦を開始した。こうして、二次大戦以来の大規模海戦が勃発した。

 最初はミサイルの応酬だったが、中米とも近年配備が進む艦載型高出力マイクロ波照射装置やチャフ、CIWSなどの近接防空装置などにより、飽和攻撃の成果はカタログデータの半分程度にとどまった。効果が上がらないことに業を煮やした米軍司令部は、近接戦闘による決着をみようとした。打たれ強く、抗堪性(こうたんせい)の高い戦艦、重巡群を前に出し、損傷の大きいイージス艦などを下がらせた。

 

 * * *

 

 第二次大戦後、世界の水上艦はおよそ三方向へ歩み始めた。即ち、1つにレーダーなどを異常と思えるほどに進化させ、ミサイルをより多く搭載し、ロングレンジの戦いを念頭に置いた艦。2つに、第二次大戦次に活躍した艦艇を現代風にアレンジした主に近距離戦闘を念頭に置いた艦。そしてこの両方の特徴を兼ね備えた艦とにである。

 1つ目は、比較的高額で、ボタン戦争と言われる現代戦をそのまま体現したような艦であったため、保有国が限られた。2つ目は、比較的安価で使用範囲は限られるものの、造艦が簡単なことから多くの国に採用された。エイラート撃沈事件を機に、懐古的な側面を孕んだ防御力の高い艦が求められた。しかし、その後20年に渡ってこの潮流は下火となった。しかし、80年代半ばから、再びこの潮流が持ち上がった。これは、俗にフレデリック・ジャスパー襲撃事件も言われる事件が発生したことが1つに挙げられる。

 

 1985年12月、ウォリス・ウォーリックWallice Warwickが僚艦フレデリック・ジャスパーFrederick Jasperと共にソマリア沖で海賊対処行動に当たっていた。両艦は当時、アメリカにおいて最高の駆逐艦と言われたアッシュビーAshby級駆逐艦の2、3番艦であった。フレデリック・ジャスパーには中途半端ということはなく、成功する時も失敗する時も派手と言われ、務めた任務は大成功か大失敗のどちらしかなかったと言われる。そのことから付いた異名が「マーチ・ジャスパー」であった。

 またこの艦には、「2回連続で成功すると次は失敗する」という妙なジンクスがあり、失敗する順番にいた兵士たちは遺言書を書いたり、ひどいときは脱走を計画するものまでいたという。それでも優秀な艦ゆえ、兵士には愛されていた。

 同年12月24日、フレデリック・ジャスパーは先導艦としてパナマ国籍のコンテナ船ブルーマウンテンBlue Mountainを含む貨物船団を護衛していた。今回の任務は、ジンクスからいけばちょうど失敗するターンであったため、乗組員の間には緊張が走っていた。しかし、任務についてこの方一度も失敗がなく、またクリスマス・イヴであったため、航海、警戒などの最低人員を除いた全員がクリスマスパーティーを行なっていた。これは本艦に限った話ではなく、米艦一般に言えた話である。同日20時30分頃、小型漁船に偽装した小型船1隻が、曳航していた無人艇1隻を切り離した。無人艇は母船から切り離された後、母船からの有線誘導で貨物船団に向かって航行し始めた。母船は比較的高い位置から暗視ゴーグルなどを用いて無人艇を遠隔操艇した。この日は強風のため波が高く、また夜闇に紛れてということもあり、フレデリック・ジャスパーが本船を船団の左側に発見したのは彼我距離が5000を切ってからであった。

 船団に向かって航行する本艇を発見したフレデリック・ジャスパーは万が一に備え、船団の左側についた。フレデリック・ジャスパーは自艦に向かって航行する無人艇に通信を試みたが、不能だった。ここで艦長はウォリス・ウォーリックに連絡を取った。それからすぐに、無人艇はブルーマウンテンに向けて進路を明確にした。フレデリック・ジャスパーは速度を落とし、ブルーマウンテンに向かう無人艇に威嚇射撃を行った。しかし、無人艇に進路変更の気配がなかったため、フレデリック・ジャスパーの艦長は、距離1000で威嚇射撃から本射撃に切り替えた。しかし、距離が近いこともあり主砲やSAMが使えなかったので、迎撃は困難を極めた。しかし、数発の弾丸が船体に命中した直後、ブルーマウンテンの手前50で無人艇は進路を急変更し、(みよし)をフレデリック・ジャスパーに向けた。

 それはひどく遅くも、至極早くも思える須臾(しゅゆ)であった。閃光、爆発、衝撃。無人艇はフレデリック・ジャスパーの中央、第2煙突下に衝突し、爆発した。これにより、13x20mの破孔が生じ、艦は大きく損傷した。大量の浸水が発生し、9時間にも及ぶダメージコントロールの努力も虚しく、機関部とその周辺区画への浸水を食い止められなかった。そのため、被害が軽微な区画の浸水を食い止め、機関部と周辺区画を放棄した。運の悪いことに、放棄区画以外の浸水を食い止めた後にダイバーが船体を検査したところ、竜骨の損傷が見られたため、いつ沈没してもおかしくないという緊張が走った。

 竜骨の損傷が発見されたため、当初予定していた本国へ回航しての修理が難しくなった。そこで、浮きドックに入れ、竜骨周りを応急強化してから回航することになった。艦長は、いつ沈むかわからないのにも関わらず、修理中も回航中も艦を離れなかったという。

 その後は翌年2月24日にミシシッピ州パスカグーラに無事到着して大規模修理が施され、1989年に復帰した。

 後の調査で、攻撃は、ガラス繊維強化プラスチック製の小型ボートを用い、被害の規模から算定されたところでは約320kgから410kgの爆薬を搭載しており、爆薬は成形炸薬として加工されていたと推定されてた。

 当初、船団を襲う陽動として爆発を起こし、その隙に海賊行為を行う予定だったのではないかと考えられた。ブルーマウンテンの付近で被弾したことにより進路が変わりフレデリック・ジャスパーに衝突し、それを見て驚き、また米軍を敵に回したくないということで、海賊行為を断念したたのだと考えられた。

 しかし、陽動にしては火薬の量が多すぎることなど、海賊にしては不自然な点が多くあったため、調査は難航した。陽動として気を引きたいのなら、閃光弾などを内蔵しているほうが自然であり、また弾痕はあるものの機関部を貫通しておらず、進路が急転したことには他の要因があると考えられた。調査を進めていく中で、海賊行為に見せかけた攻撃ではないか、という説が浮上した。当時、アメリカと敵対していた組織が秘密裏に、そして綿密に調査された。その結果、NC教団(武装キリスト教団)の犯行だという説が浮上した。NC教団は、第二次大戦後すぐに結成された、自分達こそが唯一の正当なキリスト教徒だとし、他の過激派や国家を襲うテロ組織であった。米国は即座に報復を計画したものの、彼らの本拠地はモスクワ近郊にあったため、外交問題を起こしてまで報復を行うのか大論争となった。米国はソ連に引き渡しを要求したが、なかなか交渉はうまくいかなかった。これは単に主義の違いのみならず、NC教団はソ連の秘密部隊としての役割も担っていたためである。ソ連が抱えている問題のうち、表立って攻撃できない国、組織に対してNC教団を派遣していたのだ。

 結局米国は、彼らがロシアから出た時に報復することにした。これはアメリカにとって非常に屈辱的な結果となった。

 この他にも、基地内に侵入したテロリストが停泊中の無防備な艦を攻撃するなどの出来事が相次ぎ、またこれらによる被害も甚大であったため、米軍は早急に解決を試みた。さらに、1984年サラエボオリンピックや第1回南アジア競技大会などに乗じ発生または未遂に終わったテロなどにより、少なくともバイタルパートだけでもより強力な装甲などによる防御力の増強が必須であると認識されてきた。

 

 翌年からの建造を予定していたアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦は、これを受けて建造直前にも関わらず設計変更を余儀なくされた。

 そこで問題になったのが、防御力の増大とステルス性をどのように両立させるか、ということであった。両方を採用した場合、建造費の高騰は自明の理であった。しかしステルス性を重視して建造した艦が、目視で発見、攻撃され、あまつさえ被害を被っては意味がない。また、ステルス性をあまり考慮せずに防御力を上げようとすると、建造費が比較的安価になるものの、実践でレーダーに引っかかり不利を招いてしまうと考えられた。

 これを解決するために、米海軍は結局どちらの種類の艦も建造することにした。

 つまり、1つにミサイルを主兵装とし、あくまでも砲熕(ほうこう)武器を補助と位置付け、またレーダーや通信設備などを充実させた高額で、必要最低限の装甲しか施していない艦。2つに、極力安価でレーダーや通信設備なども最低限にし、武装も高価なミサイルではなく安価な砲熕武器や水上発射型の対艦魚雷などを主力とした比較的防御力の高い艦。

 前者は艦隊の中心的役割として平時には通信、有事には艦隊の各艦に攻撃対象の指示や各艦の連携支援などを行い、必要に応じてレーダー網を掻い潜り敵の主要施設を遠距離からミサイル等で破壊するという役割が主に与えられた。

 後者はレーダー施設などが破壊された後で、迎撃に来る敵の艦隊を中近距離から後方に退避した前者からの指示によって攻撃するという役割が与えられた。

 

 このような潮流の中で、戦艦や巡洋艦などの防御力が高く、大口径砲を有する艦が注目され始めたことはむしろ自然であったとように思う。当時アメリカはアイオワ級戦艦などを保有していたが、老朽化などにより新艦が求められてもいた。さらに、戦艦の防御力は高いことはもちろんであり、これを現代風に再建造する案もあった。米海軍はこの構想を1980年代前半には持っていたとされ、上述の事件を受けてこれはより一層急務かつ重要なものとなった。

 タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の建造と並行してこのような特徴をもつ巡洋艦の計画が進められた。これが後のバカビル級重巡洋艦である。バカビル級巡洋艦はボルチモア級やデモイン級重巡洋艦、アラスカ級大型巡洋艦などの設計を参考にしつつ、より一層防御力の増大を図り、またレーダー類も比較的安価で優秀なものが効率的に搭載された。そして最大の特徴は、数十年ぶりに新造艦に大口径砲を搭載したことであった。主砲は12インチ3連装砲を3基9門が搭載され、副砲として127mm単装砲を6基6門搭載された。またCIWSも6基と比較的充実しており、後の第二次大艦巨砲主義ブームの先駆け的存在になった。それでいてネームシップの建造費はタイコンデロガ級のそれより25%ほども安価で、これは一番艦ゆえの技術的困難を考慮しても非常に安価であると言えた。3番艦からは建造費はさらに40億円ほど安価になった。

 1990年から始まった湾岸戦争では、竣工したての4番艦ウェストコビーナを除いた1〜3番艦のバカビル、ナンパ、テメキュラが戦艦アイオワなどと共に対地攻撃等の任務に従事した。さらに3艦は、燃費の良さや機動力の高さから船団護衛にも従事した。3艦は10数回に渡る対艦ミサイル等の攻撃に曝され、また撃ち漏らしたミサイルが着弾しようと中破で済んだ。また航行に支障はなく、傷つきながらも応急修理のみで戦い抜いた。さらに、ナンパに関しては4度の触雷を受けつつなお沈まなかった。

 これによりいよいよ各国はこのような艦の有用性を認め、また研究に勤しむようになった。そして、強力なレーダーや通信機能を持ち、ステルス性を最大限確保した高額艦と、前述のような抗堪性が高く大口径の砲熕武器を主力にした比較的安価な艦はそれぞれ別々の道を歩み始めた。

 年を重ねるごとにこれらは奇形的に進化していき、現在ではイージスシステム搭載のアーレイ・バーグミサイル駆逐艦は1隻およそ2500〜2900億円程度に建造費が高騰し、逆にこの巡洋艦から着想を得たテッド・ムーアTed Moore級駆逐艦は1隻およそ100億円台にまで建造費を圧縮できた。

 この風潮は多くの国に影響を与えた。しかし、軍事に多額の予算を費やすことのできない国家にとって、高額な艦1隻と3隻以上の安価な艦からなる1ユニットで初めて威力を発揮するこの戦略は負担以外何ものでもなかった。そこで考え出されたのが「戦艦」という艦種であった。というのも、財政に余裕の少ない軍においてこの思想は、個艦優秀主義に直結したのである。

 それは、数隻の戦艦に、40年近く国防を担任させるということであった。これらの艦船は装甲が厚く、さらに重要な区画でそれは二重、三重になっていた。またVLSやCIWS、そして何よりも大口径の主砲とその運用のための精密射撃管制装置を有していた。

 無論、リスクマネジメントの観点から考えれば、これは非常に問題であった。しかし、アメリカを筆頭とした大国とでも戦わない限り、数の不利で敗北することはないとされた。問題があったわけではなかったが、そういう意味でこれは苦肉の策とも言えた。

 これに感化され、また刺激されて最初に戦艦を持った大国は中国であった。これらの国々に対抗する形でアメリカも1992年から戦艦の建造を行った。これが後のモンタナ級戦艦であった。単艦で巡洋艦8隻に匹敵する戦力を持つように設計されたこれは、近代化改装をしたアイオワ級と同等の16インチ(約40サンチ)砲を3基9門搭載していた。また5インチ砲を8基8門、20mmCIWSを10基搭載した本艦は、傾斜装甲の採用など防御力もずば抜けており、計算上18インチ砲の直撃にも耐えられる設計になっていた。主砲などの命中精度も高く、史上最強の軍艦との呼び声も高かった。

 また近年、新たな対空兵器として高出力マイクロ波照射装置も順次搭載され、1994年の竣工以降現役を戦い続けていた。

 

 * * *

 

 米軍が戦艦主力とした艦隊による砲撃戦を挑んできたため、中国軍は一時的に後退せざるを得なかった。しかし、翌3日の黎明に中国軍が安価な自爆ドローンによる攻撃を行ったことで形勢は逆転した。ドローン攻撃は主に後方に下がった比較的抗堪性の弱く、通信、指揮を行う艦隊を狙って行われた。確かに米艦の対空ミサイルやCIWS、レーダーは優秀であったが、1万機を優に超える自爆ドローンの飽和攻撃を前に成す術がなかった。

 ここで米軍司令部は、1つの問題を抱えた。ドローンを射出する貨物船に偽装した艦を叩くべきか、比較的距離の近い後方部隊の救援に向かうべきか、ということであった。両方を満たすこともできるが、戦力の分散は否めず、かといってどちらかを見捨てるのも問題であった。自分たちはすでに彼らの術中にあることを、苦く噛み締めた。

 結局、乗せられたとわかっていつつも、彼らは両方に戦力を割いた。いや、割かざるを得なかった、という方が正しかっただろう。どちらも見過ごせないし、少しでも叩ければそれでいい、そういう考えであった。

 しかし、ドローンの射出を行っていた艦はすでに撤退を初めており、鈍重な米戦艦にはどうしても主砲発射を行う機会ないままであった。またドローン群れを攻撃に行った一軍は、物量に抗いきれず、撃墜しても撃墜しても無限にドローンが湧き出てくるような感覚に陥っていた。気づけば退避した艦隊は良くて中破といった。様相を呈し、沈没を免れた艦は沖縄に舵を向け始めていた。

 そこまで来て、昨日撤退した中国軍の主力艦隊が現れた。米艦隊は砲撃によって牽制しつつ撤退するしかなかった。中国軍もそれ以上追撃しなかった。米艦は沖縄や横須賀損傷の少ない艦から修理されていた。その間に沖縄へ多くの米増援艦隊が到着した。

 「次は沖縄が戦場になる」ということはほとんど明らかであった。そうであって欲しくないという思いから、戦場にならないと否定することは簡単だったが、状況はそれを容れるほど優しくなかった。

 中国軍は沖縄に残存する米艦隊の殲滅を掲げ、日本政府に艦隊の引渡しを要求した。しかし、そもそも在日米軍に命令できるほどの度胸も力もなかった日本政府は勧告が精一杯であった。中国軍は沖縄周辺海域および本島など含む島々で戦闘を行うと宣言し、続々と艦隊などを準備させた。そして、4日の正午に72時間以内に本島住民などの撤退を要求した。日本政府は「非常に遺憾」であると述べ、「厳重に抗議」したが、国民の生命は何にも変えられないとして、自衛隊や海保、民間客船や近辺を航行するタンカー、航空会社に本土に疎開させてほしいと依頼、果ては漁船まで使ったという。そうして70万人超の島民を順次疎開させていった。しかし本人の意思や病気などで居残った人々も少なからずいた。これらの人々を守るため、自衛隊も配置された。しかし発砲許可は出ず、また日本も無関与、中立を宣言した。しかし、5日の夕方、米軍の敷設艦や航空機によって本島周辺を囲うように機雷が敷設された。この時点ではまだ6万人近くの住民が島に取り残されていた。空路での避難は続けられたが、7日の昼までにはどうしても間に合わない計算になった。

 そこで、海上自衛隊は、計算上取り残される約10000人の島民を避難させるべく、戦艦大和を主力とした艦隊と、輸送船団を用意した。輸送船団は民間船ではなく、海上自衛隊の輸送船や護衛艦を主体としていた。

 作戦は、打たれ強い大和を主力とした艦隊が機雷原を強行突破し、比較的安全な航路をねじ開いた上で輸送船団を通過させ、避難民を乗せて再び戻ってくるのを支援するというものであった。このため、少しでも本隊の航行を簡単にしようと5日の夜から掃海作業が続けられたが、機雷の数が多く、とても間に合いそうになかった。米軍はこの掃海含む作戦を黙認した。作戦は殆ど自衛隊と防衛大臣の独断で、首相もそれを黙認した。また司令官には、海賊対処行動や災害派遣などの指揮で経験が多い直木(なおき) 毅剛(としまさ)海将補が選ばれた。

 

 * * *

 

 救援艦隊旗艦の選定には、いくつかの紆余曲折を必要とした。1990年代に戦艦という艦種が再登場し、1992年に米国がモンタナ級戦艦を建造したのに追従する形で日本も戦艦の建造に着手した。1994年に一番艦建造が開始された本級は1997年に進水し、翌98年末に竣工した。また翌年3月に完成した二番艦飛騨を含めてこれは甲斐型戦艦と名付けられた。甲斐型戦艦の2隻はモンタナ級戦艦をモデルとしているものの、単艦での運用が可能なように汎用性を求めた結果、小国の保有する戦艦のような設計思想となった。それにより上部構造物は複雑化し、排水量も同級と比して大きく増大している。しかしVLSを持たず、また高額なレーダー類を極力廃したため、建造費は1757億1840万円と比較的安価であった。排水量は32000トンで、 36サンチ(14インチ)砲を3基9門搭載していた。また5インチ砲を10基10門、20mmCIWSを14基搭載した。

 また日本では、2000年代前後から、甲斐型戦艦に続く新型戦艦の設計が行われていた。G7をはじめとする各国で起こっていた建艦競争に煽られる形で設計が進められたのが、大和型戦艦であった。一番艦大和(3代)は当時世界最大の46cm(18インチ)砲を3基9門、8インチ連装砲を8基16門搭載していた。また、35mm対空機関砲を6基、20mmCIWSを40基搭載していた。このCIWSは米国製のファランクスを置き換える目的で1988年から研究開発が行われていたもので、重巡洋艦富士に搭載されたのが最初であった。特徴は、ファランクスのように1基につき1セットの射撃指揮装置を併用して自動的・自己完結的に対空戦を行うのではなく、2から8基の機関砲をまとめて統制運用することにある。射撃指揮装置は同時に80以上の目標を追尾することができ、また個々の目標の危険度を算出し、撃ち重ね、撃ち漏らしのないよう効率的に迎撃することが可能であった。また、2基の射撃指揮装置につき1基の予備装置が用意されており、装置が破壊された場合でもできるだけ弾幕が途切れないようになっていた。バイタルパートと、それに並行して全長がが広がってしまうことから副方が中心線上ではなく、左右に4基ずつ、前後に配されてた。また傾斜装甲や煙突内部の蜂の巣装甲、三重船底など、防御力の増強が図られた。

 これらにより建造費が高騰し、二番艦の建造は見送られた。そのため大和は艦隊運用上使い勝手が悪い艦となってしまったことも否めない。今回の出動で抜擢されたのは、最悪沈んでも構わないという思いが見え隠れしていた。

 余談であるが、この艦名には反対意見も多くみられた。「また戦争をするつもりなのか」というのが彼らの言い分であったという。

 

 * * *

 

「まあ座ってくれ。」

そう言われて私は腰を下ろした。布の擦れる音が嫌に大きく聞える。

「直木君は、作戦概要はもう読んでくれたかな?」

「ええ、穴の開くほど拝読いたしました。」

「そうかそうか、それで君にこれを担任してもらうという話は聞いているかな?」

 なるほどこのボケ老人には皮肉のひとつも通じやしない。呆れてむしろ口の端が上がるのを堪えた。

「ええ聞いています。」

「正直、君の私的な意見で構わんが、この作戦についてどう思う?」

 この作戦を立てたのは、彼が主体と聞いている。自らの功を間接にもひけらかしたがるものだなあ。

「そうですね、空母や強襲揚陸艦が編成に入っていないのにはどのような意味があるのですか?」

「ああ、それはな、哨戒機だけで十分だと思ったんだよ。それに航空機が付いていたところでな、向こうはまだ直接攻撃してきていないんだよ。まあ下手に刺激するのもなんだし、何かあっても大和には対空砲がわんさかついているじゃないか。」

「随伴艦艇はどうなっていますか?」

「もう決めたよ。ほら、これだ。」

この時代にまだ紙かよ、と思いながらそれを受け取った。一瞥して答える。

「わかりました。ではこれで。」

絶対よくわかっていない、こいつの頭は帽子を乗せる台でしかないが、なるほどこいつの権力だけは役に立つものだ。やはり人には何かしらの取り柄があるものだなあ。そう思ってっ部屋を出た。彼は自分がお気楽大将と言われていることを知っているのだろうか。

 

 4月6日の昼食を食べ終わるという時、正式に命令書と作戦概要が届いた。もっと早くできないものかと思ったが、まあ仕方あるまい。だいたい民主主義とは、ドラスティックの対義語だからな。私は大和の甲板に出てそれを読んだ。煙草に火をつけて、いつぶりかの煙で肺を満たす。明日の昼にはこれが実行されている、そんな場面を想像できなかった。

 

 

作戦命令

 第一遊撃部隊は海上救援隊として友軍航空部隊及沖縄方面所在部隊と協力し四月七日正午沖縄北方海面に突入 同海域に敷設されたる機雷群を打開し輸送船団の航路を拓き以て島民の避難に係る安全を確保せんとす

 

軍隊区分

 区分は、一に第一遊撃部隊とし、主隊、警戒隊、輸送隊、掃海隊、の四隊で成り第一遊撃隊司令官がこれを指揮す

 主隊は、第一遊撃部隊司令官が直率し、戦艦大和を兵力とし機雷源の突破と輸送船団の航路確保、護衛を主目的とす

 警戒隊は、第二水雷戦隊司令官が指揮し、旗艦軽巡洋艦円山、第五駆逐隊所属駆逐艦朔風、駆逐艦涼風、駆逐艦汐風、駆逐艦雪風及第十駆逐隊所属駆逐艦霽止、駆逐艦快晴及第十一駆逐隊所属駆逐艦叢雲、駆逐艦薄雲を兵力とし機雷源の突破と輸送船団の航路確保、護衛を主目的とす

 輸送隊は、第一輸送隊司令官がこれを指揮し、輸送艦大隈、輸送艦下北、輸送艦国東

輸送艦男鹿、輸送艦志摩、重巡洋艦富士、重巡洋艦黒姫、護衛艦はたかぜ、護衛艦しまかぜ、護衛艦あさぎり、護衛艦やまぎり、護衛艦ゆうぎり、護衛艦あまぎり、護衛艦はまぎり、護衛艦せとぎり、護衛艦さわぎり、護衛艦うみぎり、護衛艦さぎり、護衛艦うすぎりを兵力としこれらに避難民を分散乗艦させ輸送を主目的とす

 掃海隊は、第一掃海戦隊司令官が指揮し、第一掃海隊所属掃海艦淡路、掃海艦平戸、掃海艦、掃海艦江田島、掃海艦能見及第三掃海隊所属掃海艇豊島、掃海艇宇久島、掃海艇伊豆、掃海艇相島及第四掃海隊所属掃海艇青島、掃海艇宮島、掃海艇獅子島、掃海艇黒島を兵力とし主隊及警戒隊の到着前より輸送船団の機雷原脱出にかけて作戦海域の掃海作業を行うことを主目的とす

 

作戦要領

(イ) 第一遊撃部隊は四月六日一八〇〇呉出撃沖縄島への最短航路を航行 七日未明沖縄島北方海域機雷原に突入し輸送船団の航路を拓く 同日0600に輸送船団本島に着岸 同日0900までに輸送船団に避難民の乗込み完了 同日1030船団を護衛しつつ機雷原再突破 掃海隊の掃海作業中止後合流 同日2200呉帰投

(ロ) 作戦中は対潜対空警戒を厳とし避難民の安全無事を第一とす

(ハ) 一、哨戒機は主として艦隊の航行に付して作戦海域の哨戒を実施す

   ニ、大和搭載ヘリコプターは六日及七日令により発艦 艦隊周辺及作戦海域の対潜警戒等を実施す

 

作戦計画上特に考慮せる事項

(イ) 我が国はあくまでも中立の立場を取り極力戦闘を避けることとす

(ロ) 万が一作戦海域に展開中の艦艇と戦闘に陥った場合は輸送船団及避難民の安全確保を第一とす

 

 やっと終わりまで読んで目を瞑る。何かもう、恐ろしいことに巻き込まれている気がしてならなかった。

 

 * * *

 

 より安価な駆逐艦などの登場によって、日本ではあさぎり型を最後に護衛艦という艦種が事実上新造されなくなっていた。代わりに、1989年から建造が開始された金剛型機動防楯艦とテッド・ムーア級駆逐艦から着想を得て1991年から建造が開始された叢雲型駆逐艦がその位を占めていった。機動防楯艦とは、アメリカのタイコンデロガ級巡洋艦などに始まるイージス艦の日本語訳である。

またこれに前後して計画建造が進められていた甲斐型戦艦の影響、つまり男性原理的側面を持っていたこれによってこれ以降の艦はひらがな表記ではなく漢字表記で艦名を統一するようになった。あさぎり型護衛艦は自衛隊最後の護衛艦であり、平仮名を採用した最後の自衛艦になった。

 

 * * *

 

  4月6日15時15分、先からの機関の振動に慣れた頃、私はやっと覚悟が決まった。(わき)に置いていた帽子を深く被り、見慣れた青海を遠く見る。昼食を食べて、2時間も温めていた椅子から立ち上がって口を開いた。

「全艦、抜錨。」

 その落ち着いた声に、自分の覚悟を知った。10隻の(いくさぶね)はそれぞれ鈍い音とともに錨を上げた。

 

 15時20分、大和以下、第一遊撃隊は呉を出撃した。




 読んで頂き、ありがとうございました。
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