壊疵紀   作:倖往はゆ

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 本作品は、現代世界と似て非なる世界観でできています。登場する人物も名称もその一切は架空のものです。


起章 第零話 後編 桜舞い散る、明日が爲

 常春の国、マリネラ。 2026年4月1日午前2時、マリネラ王宮。

「殿下ー!」

「眠zzz…、なんだ、まだ2時じゃないか。ぼくは1日14時間寝ないと死ぬんだ。」

「死んだら立派なお墓を建ててあげますよ。」

「それでなんだ、何か言いかけてなかったか?」

「ああ、それで、」

「ちょっと待て、当ててやる。」

「なんです?」

「なんだろうな、この前たい焼きを国家予算で買ったことかな。」

「いいから早よ聞いてください。」

「第三次世界大戦でも始まったのか?」

「よくわかりましたね。」

「本当か?」

「似たようなもんです。」

「マジー?」

「マジ。」

「ちょっと説明してみろ。」

「今日4月1日の0時くらいに、軍事衛星が捉えた映像ですが、アメリカと中国とロシアのICBMがお互いの国に飛んでいったようです。」

「友好親善使節をそんな形で送るとは思えんな。…エイプリルフールだからじゃなくてか?」

「マザーコンピューターが判断したんですよ。」

「マザーコンピューターは確かにぼくが作ったが、秋葉原で部品を値切ったからな…」

「でも軍事衛星の情報も確認したんですよ。」

「そうか、それで?」

「それで、さっきから3カ国の軍事通信を聞いていたのですが」

「そんなことしてたのか?」

「盗聴用システムを作るのをケチって、エシュロンをハッキングしたのは殿下じゃないですか。」

「昔のことは忘れる主義だ。」

「それはそうと、中国・ロシアとアメリカが戦争を始めるやもかもしれません。」

「ミサイルを撃ってごめんなさいじゃ済まんだろうからな。」

「でもおかしいんです。」

「おかしきゃ笑え。」

「ははは……そうでなくて。」

「なんだ。」

「ですから、発射タイミングが3カ国とも同じなんですよ。」

「報復とかそういう類のものではないと。」

「どういたしましょうか。」

「大国が勝手に滅ぶ分には構わんが、恐慌なんか起きたらダイヤが売れなくなる。一応原因を調べてみろ。」

「またエシュロンを使いますか?」

「それもそうだが黒タマにも調べさせるんだ。」

「わかりました。」

 

 * * *

 

 大和含む第一遊撃隊は、出航後雨の豊後水道を出てから恐ろしいほど何もなく航行していた。正確に言えば、哨戒機などを発見してはいたものの、無闇に手を出してはならないという命令により、何の対処もできなかった。大体EEZに入られておきながら何もできないというのは、いかがなものかという気がする。威嚇射撃をして戦闘を開始させてしまうのは確かに問題だが、何もしないというのもな…。

 大和は屋久島を通過し、南下していた。私は眠れずにずっと艦橋にいて、椅子を温め続けている。副艦長や航海長に頼んでもよかったのだが、そうはできなかった。最低限の人員しかいない静かな艦橋で、極黒の水平線を眺めていた。

 やはり私は怖いのだ。海将補になって、そして55歳にして、まだ怖いものがあるものだなあ。これで人の上に立てるものだろうか、まったく、階級や年功などというものは役に立たないものだ。

 喜界島を過ぎたあたりから、米軍の哨戒機や戦闘機がよくよく上空を飛び交うようになった。私は椅子から立とうとして止め、深く座り直してから喉の奥の言葉を吐き出した。

「艦隊、第四警戒航行序列。」

 復唱を聞いて、少し安堵した自分を隠すように帽子を被り直す。航海灯が闇の中を動き、見渡す限り本艦を囲んで並ぶ。艦の位置が変わるだけでこんなに安心感が変わるものだな、と思った。配置完了の報に頷き、膝の上で両手組んだ。

 午前2時を過ぎたあたりから、アメリカの航空機からの警告が多く受信されるようになった。彼奴ら、まだ沖縄が日本に返還されていない次元にいるのだろうか。それとも、アメリカ人はやはり聖書と教科書しか読んでないのだろうか。でもそれでいくと、日本人は漫画とエロ本しか読まない出っ歯で髷を結ったやつらとなるのだろうか。

 私の方寸(ほうすん)が彼らの気に触ったのだろうか、中・米潜水艦のスクリュー音聴知、ロシアの爆撃機だろうとされる航空機もレーダーに見られたという。わかってはいたが、改めて聞いてみると不愉快なものだ。

午前3時を過ぎて少し経つと、機雷原との距離が7000を切った。

「第一遊撃隊旗艦大和より掃海隊に通達、現在より我々は機雷原突破を図る。貴艦らは、十分にその役割を果たされた。作戦に従い、一時退避願う。」

「了解した。」

 掃海隊の航海灯と海図を見て、一つ一つ確かめるように指でなぞる。退避完了の報を聞いて、少しざらつく顎を撫でつつ言った。

「全艦右回頭用意。」

 復唱を聞いて小さく頷く。

「取り舵、進路変更90度。」

 この判断でよいのだろうか、誰かに聞いてほしかった。

「艦隊、単縦陣に組み直しつつ微速前進。機雷群より距離4000を保ちつつ航行。」

 波の音が小さくなり、水平線に日の出の輝きが見え始める。

「大和、速力そのまま、左舷(ひだりげん)バラストタンク注水、傾斜6度。」

 復唱を聞いたのち、注水音と少しして傾斜を感じた。10度にも満たない傾斜だが、バランスがとりづらくなって肘置きを掴む。

「戦艦大和、現在より超積極的平和安全行為を始める。」

「旗艦大和より第一遊撃隊各艦に通達。機雷群に対して統制射撃を行う。」

「諒解、貴艦の諸元にて統制射撃を行う。」

 各艦から少しバラバラに聞こえてきた返答を聞いて、私は満足げにうなずいた。

「目標機雷群、位置は先ほど送信したものを使用。対空弾装填。」

「諒解、対空弾装填。」

「大和、交互撃ち方用意。」

「射撃用意よし。」

「各艦に通達。大和、攻撃準備完了。」

「叢雲、攻撃準備完了」

「艦隊全艦、攻撃準備完了。」

「……撃ち方初め」

 先ほどまでのサイレンを掻き消すように(いかずち)(いなずま)、否 霹靂神(はたたがみ)。内臓を壊さんとする 轟音(ごうめい)と、爆ぜる空々(くうくう)。私はやっと「戦争」をしているという実感が湧いた。

「初弾命中」

 爆発音と共に、向こうに艦橋よりも高く見える水柱が立った。ほんの間をおいて、また黒い波がキラキラと水飛沫を上げる。

 見れば一面に水柱が乱立し、闇の中に生まれては消えていった。幅 1.5キロ、奥行き5キロの海域を何度も往復しつつ砲撃し、水柱が立たなくなるのを待つ。5往復した頃、やっと水柱が立たなくなった。

「全艦回頭、船団を護衛しつつ機雷原に突入。」

 艦隊は、単縦陣になった船団の左右に駆逐艦を配置され、三列陣の殿(しんがり)を円山、そして先導艦を大和が務める形となった。

「艦隊、微速前進。」

 大和の舳先(へさき)は、ついに機雷原に漕ぎ出した。艦隊は 薄昇(うすのぼ)る太陽を横目に進んでいく。何も起きないという恐怖と、何も起きてほしくない気持ちが複雑にいがみあっているのを感じた。

 機雷原を半分程度進んだ頃、大和の左弦に水柱が立った。まだ機雷が残っていたのだ。

「被害確認、防水作業。速力このまま、前進。」

 不安そうな種を抱えた復唱を聞いて、心臓の鼓動が早まるのを感じた。そうか、これが恐怖なのか。その時、また報が鳴った。

「レーダーに感あり、対艦ミサイル多数。恐らく、米軍のものと思われます。」

「多数とは、どれくらいかわかるか。」

「およそ120、第二弾もある模様です。」

 この黒い海は深いのだ。それがやっと実感を伴った。

「艦隊全艦、対空戦闘用意。艦隊第一戦速で本機雷原を突破。船団を死守せよ。」

 すぐにCIWSの唸りが聞こえ始めた。空に花が咲いて、あさまだきの空を染め上げる。空ばかり見ていると、艦尾の方で水柱が立った。また触雷したのだろう、全く迷惑な話だ。 機雷原の終わりが見えた頃、大和はすでに3回の触雷と、2発のミサイルに傷ついていた。 

 また、駆逐艦朔風がミサイルの直撃により大破、落伍したが、なんとか船団は無事だった。

「機雷原突破後、円山は本艦の位置を占め、指揮を引き継ぎ無事島民を収容、本島を離脱。大和は反転し対空戦闘に専念。第十一駆逐隊の叢雲、薄雲は、本艦に直衛に当たってほしい。」

 大和は艦隊の右側を、円山は艦隊の左側を回りつつ陣形を()み直した。ミサイルの飽和攻撃は苛烈を極め、輸送艦志摩が被弾した。大和は主砲の対空弾を吐き出し吐き出し、また甲板から薬莢が溢れるほど、CIWSを唸らせた。

 文字通り決死の戦闘を繰り広げている時、魚雷音聴知の報を受けた大和の艦橋は、重く冷たい沈黙に支配された。

「魚雷接近、数60超。」

「この艦を盾に、魚雷に舷側を向ける。」

 艦橋に緊張が走り、きっと口を結んで転舵した航海員の後ろ姿が、妙に心悲(うらがな)しかった。

 大和は傷ついたその巨体を魚雷に向け、船団の右側面についた。瞬間、爆音と水柱が空間を占領し、甲板上のCIWSが水に飲まれる。甲板から水が滴り、朝焼けがそれを白めきに照らした。

「右舷側のバイタルパート外の乗員は退避。」

 サイレンが鳴り、船団も警戒隊に囲まれつつ魚雷に対し船首を向けるように陣形を変えた。

「魚雷距離3000。」

「総員、衝撃に備え。」

 砲熕武器の音だけが大きく響き、1分と少し、それくらいだろうか、私はこの時間が嫌いになった。ただ待たされるだけの、そんな時間。

 来たか(ちょう)さん待ってたほい。

 艦が震え、高々と爆ぜる水柱が視界の端に映る。続き重なる爆発音に、本能的な恐怖を覚えた。

 10発、いやそれ以上だろう、鉄と鉄がうなり、(ふね)が震える。荒波でもそうそう揺れない大型艦がこんなに揺れるのは、もはや恐怖だった。小型艦の揺れとも違うそれは、1分近く続いた。

 揺れが収まったと思ってゆっくり顔を上げると、また1発命中したようだった。様

予想していなかった揺れに肘置きに自らの握力の全てをかけた。

 最後の衝撃が収まって顔を上げると、艦橋の中が随分と散乱していた。それに、さっきまでの爆発と轟音で気づかなかったが、艦が右に傾いているのに気がついた。

「被害確認、ダメコン。注排水、傾斜復元。」

 艦長は少し間を置いて振り返った。

「簡単に言ってくれますな、司令。」

 その声には、隠しきれない苛立ちがなかなかな割合で含まれていた。私は何か言い返したいと思ったが、艦長にはいつも迷惑をかけている。

 何も言い返せない事実があって、()るというそれだけの事実が、私を苛立たせた。

「言うのは簡単だということも、難しいことはわかっているつもりだ。しかし、みすみす艦を沈めるよりは、やらないよりは良いでしょう。」

 個人的な苛立ちだと自覚したようで、彼は喉元でこれ以上の言葉を打ち止めにした。

 大和は対空武器の3割を失い、実質的な稼働率は半分を切っていた。船体には数十箇所の破孔(はこう)が生じ、甲板にはいく筋もの火炎が立ち昇っていた。

 そんな息絶え絶えの外観を他所(よそ)に、艦内はまだそこまで傷ついているわけではなかった。

「さすが大和、と言ったところだな。」

 私はそう呟いて、3mほど水に埋もれた乾舷に目をやった。(ふね)はもう水平になっていて、艦の速力は18ノットがせいぜいといったところだった。

「船団になるべく追従。全力で護衛を継続。」

 その時、長射程型対艦ミサイル群がレーダーに映った。

「大型ミサイル接近、数20。先ほどと進入方向が違います。」

「ロシア、かな……?どちらにせよ、迎撃。」

 ミサイルで覆われた空を、遠い目で見ながら艦長が言った。

「前大戦では、米国の艦載機に対空砲を向けていたが、今度はそれでは済まないというのか…。」

「それでも………、いいや、だとしても、天の運命(さだめ)に抗ってみせようじゃないか。」

 艦長は、こちらを振り返ってニヤッとして頷いた。まるで、そんなことわかっている、といった顔だった。

「急速排水用意、ミサイルをなるべく上に当てさせてから排水し、浸水を防ぐ。」

 そういって、艦長は私に代わって指揮をし始めた。

「主砲を米軍にからロシアのミサイルに振り向いて砲撃、急げ!」

 主砲が振り向くのを、机の端を指で叩いて待つ艦長の後ろ姿を見ると、私は居場所の少しを、何かを失ったような気がした。

「主砲砲撃用意!」

 私は、大人気もなく声を張り上げて言った。私を忘れないでおくれ、いや、私はここにいるぞ、ということだろう、全く私は俗物だな。

ミサイルは対空弾によって多くが撃墜されたが、分速2発の主砲ではやはり1発の射撃が限度だった。CIWSも唸るが、やはり全てを撃墜することはできず、3発撃ち漏らしてしまった。

「被弾3、破孔が開いた模様。」

 舷側に破孔が開き、強力な装甲が貫かれ内部が剥き出しになった。対艦ミサイルを食らっても、破孔が2m未満で済んだのは、さすが大和と言ったところだった。

「急速排水、ダメコン急げ。」

 大和は喫水を下げて、ほとんど戦闘前と変わらない乾舷になった。すごいダメコンだなあ。

 ミサイルはついに第三波が行き去り、叢雲は中破、そして薄雲は大破していた。薄雲は炎上し、3ノット以上での自力航行が不可能になり落伍した。

 

 大和と叢雲、薄雲が必死な防空戦を繰り広げている間、船団は沖縄本島の天運港に到着しようとしていた。輸送隊司令官の白久(しらく)碵敦(ひろのぶ)将補は、まだ将補になって日が浅かったが、艦隊指揮、殊に艦隊運動に関しては定評があった。

 彼は天才的な艦隊運動をする分、少々性格に難があった。正確に言えば、軍人としては、ということだった。

 

 * * *

 

 白久将補は、19年論争の時、政治家や背広組の悪事を次々とマスコミに暴露し、国家派の重鎮をその地位から引き摺り下ろして回った。

 19年論争とは、特に面白い名付けでもないが、そのままの意味で2019年に日本政府や防衛省内部での公開論争である。内容は本当につまらないことで、本当に大切なのは国か、それとも国民か、という問題である。こんなことはアングラ雑誌の読者欄か、街宣車に乗っている人間が考えればよいことである。

 しかし、この論争は世界にその腕を伸ばし、軍隊というものを屋台骨から揺さぶった。

 原因が何であるかは定かではないが、一説にはネット発のワードが国会に登ったとする説や、対立する党を国会答弁で揺さぶってやろうと考えだされたものという説がある。

 何にしろ、原因よりその解決の方を急がなくてはならないことはしばしばあるが、これもその一つであった。

 世論は、国あっての国民と考える者もあったが、国民あっての国という考え方が次第に台頭していった。この結果は、自称リアリストと奇形的リベラリズムの跋扈(ばっこ)する浮世の自然(じねん)であったかもしれない。

 政府や自衛隊内部では、逆に国家あっての国民という考えが広がっていた。別に、自衛隊員の全員がそう考えていたわけではないが、やはり思想には主流と反主流があった。

 そんな中で、当時重巡武甲の艦長を務めていた白久一佐(当時)は、「国家が細胞分裂して個人になるのではなく、主体的な意志を持った個人が集まって国家を構成するものである以上、どちらが主でどちらが従であるか、民主社会にとっては自明の理でしょう。」という趣旨の投稿を、自身のSNSに行った。

 これは瞬く間に炎上し波紋を呼んだが、自衛隊公式SNSに投稿したのならともかく、あくまでも私人としての立場で発言したとなれば政府、自衛隊としては処分のしようがなかった。

 しかし、これに対し衆議院議員であった矢島(やじま)勇登(ゆうと)が、「非国民」などの返信をした。

 白久は、それについて何も反応しなかったが、翌日発行された週刊誌に大々的に矢島の汚職が、それも事細かに載っていた。情報提供者の名前は伏せてあったが、誰がみても白久大佐の仕業であるとしか考えられなかった。

 これについて白久を呼び出した幕僚長、浦田(うらた)伸輔(しんすけ)「彼にも、私たちのも家族がいて生活があるのだよ。士官とはやせ我慢だ。もう少し堪えてはくれんかね。」などと言った。

 それから少しして、浦田と元自衛官の防衛副大臣が太いパイプを持っていると同じ週刊誌に載った。これを受けて副大臣は自主辞職、幕僚長は謹慎処分になった。

 これを受けて、この週刊誌出版社には、随分と圧力がかかった。

 しかし、それよりも問題だったのは、なぜ白久がそれらの事実を知っていたのかということだった。彼の両親や祖父母は別にそれらの情報を知りそうな職業にはついていなかったし、彼自身もスパイの気もなく普通の(性格はそうでもないが)自衛官だった。それで浮かんだのが、彼の幹部候補生時代の友人であった影森(かげもり)美波(みなみ)であった。影森は幹部候補生の後、第九駆逐隊司令部に勤務したのにも関わらず、任務がつまらないという理由で離隊した。それ以降はフリージャーナリストとして生計を立てている彼は、白久の身辺で一番怪しい人物だった。内閣情報庁は影森をに直接問い(ただ)すために誘拐を計画したが、彼の家はもはや(もぬけ)の殻だった。彼は一足先に、白久の手引きで逃げ出していたのだ。彼の行方はどことも知れず、現役の一佐を引っ立てるわけにも行かなかったから、結局彼らについてこれ以上追求することができなかった。

 しかし彼は部下が思い通りに動かなくとも何をする様子もなく、むしろ「上官が無抵抗の部下を殴ったりいじめたり、理不尽に絡むのが暗黙の了解などという言葉で許される組織なら、それは人類の恥部そのもの」と言って笑い飛ばしていたという。

 彼は用心深く、この一連の騒動について証拠を掴ませようとしなかった。彼はそれ以降上層部に冷遇されてきたが、それでも彼は、「その程度の襟度の奴らに構っているほど俺の人生は安くない」と言って気にする様子はなかったという。

 

 * * *

 

 船団が天運港に着岸しようとした頃、すでに岸は多くの避難民が隙間なく埋め尽くしていた。米軍も流石に避難民にミサイルを撃つ様子はなかった。着岸作業中、白久はマイクを取って外に話し始めた。

 「『おかしも』でお願いします。『おさない』、『かけない』、『しゃべらない』、『もどらない』です。」

 昇降用梯子を下ろした瞬間、避難民が艦内にどっと入ってきた。整理誘導に右往左往している誘導官を見下ろして席につき、コーヒーに口をつけた。私が座乗している輸送艦大隅は、空母と強襲揚陸艦以外では珍しく全通甲板を備えている。艦橋から見える向こうには、大和のと直衛艦の火線が立っている。それを傍目(はため)に飲むコーヒーは、なんとも乙な味がした。最後の一滴まで飲んでカップを置いても、まだ避難民は1/4ほどしか、収容できていなかった。まあいいさ、時間はまだある。俺が焦っても、何にも怒ら

 さすがに大和と叢雲だけでは心許ないから、落伍した朔風を除く第五駆逐隊の涼風、汐風、雪風を大和たちに回した。しかし、涼風は艦首切断、汐風は中波、叢雲は大破してしまっていた。それでも雪風は至近弾だけの小破で、元気に動き回っていた。ここまで来ると、言霊とやらの存在を信じたくなるというものだ。

 かれこれ二時間も艦橋をうろうろしていると、そろそろ収容完了との報告が入った。それを聞いて、俺は機関始動と出航準備を下令した。帰りは何事もないと信じたいが、こういう類の予想は当たらないものさ。

 

 輸送隊が避難民を収容している間、大和は第四波、第五波のミサイル攻撃を受けて甲板の高さと波の高さが同じほどに艦は沈んでいった。その上、左舷に魚雷を食らい過ぎたせいで、バラスト水注水をしても、左舷への傾斜が止められなかった。

 大和と直衛の駆逐隊の弾薬が底を突き、甲板上構造物が殆ど壊された頃、やっと向こうから輸送隊と警戒隊とが戻ってきた。その艦影を見つけて少しほっとした時、魚雷音聴知の報がまた艦橋を揺さぶった。私は少し考えて喉の奥の言葉を吐き出した。

「もう水柱はこりごりなのだがな........、魚雷に舷側を向け、本艦を盾とする。」

 大和は最後の力を振り絞って速力を上げ、船団の横に、そして魚雷に舷側を向けた。これに呼応して、叢雲や涼風、汐風を筆頭に、警戒隊の艦隊の殆どが船団の左舷側について魚雷を防ぐ陣形を取った。

 陣形が組み終わるか終わらないかという内に、魚雷は次々に艦艇に命中していった。それは大和も例外ではなく、これでもかというほど揺れ、例に漏れず左舷に水柱がバンバン立った。普通魚雷を食らったら、1発で轟沈するものだ。例に漏れず、駆逐艦は不発だった雪風を除いて基本的に良くて中波、悪くて大破即轟沈といった具合だった。しかし、既に17回被雷している大和は、それに加えて8回の被雷に耐えた。流石に傾斜は増大したが、一瞬で轟沈しないだけ大したものだった。大和はゆっくり船団から()れ、やがて速力を落とした。落としたというより上がらなかった、といった方が正確かもしれない。

 そろそろお腹が空いてくる11時の海を、大和は機雷原に向かってゆっくりと漕いだ。掃海隊は先に脱出し、警戒隊と輸送隊も大和に引き続いて機雷原を進んで行った。行く時と違って、帰る時は早く感じるものだ。それに、行きと違って水柱の一本も立たないとなると、まるで戦っている気がしない。

 機雷原を脱すると、もはや大和はこれ以上進むことができなくなった。ゆっくりと先導艦の役を降り、右に舵を切った。船団が横を通って行くのを見て、私は安心した気持ちで、随分と傾いた艦橋に立って口を開いた。

「貴官らは、その責を充分を過ぎるほどに、果たしてくれた。貴官らは、充分国に、否、市民にほんとうによく尽くしてくれた。美辞麗句などではない、胸を張って、今生きている全員そろって、本土に帰ろう。…総員退艦。」

 そこまで言って、私は艦橋をやっと艦橋を離れる決心がついた。

「さあ、我々も。」

 艦橋要員にそう言って、自分に言い聞かせるように言って、最後に艦橋を出た。こういう時は階段を使う方がいいだろうが、生憎階段が破壊されていたから仕方なくエレベーターを使うことにした。

 振り返って艦橋に敬礼し、エレベーターに乗り込む。扉が閉まり、視界がクリーム色に塗り替えられていく。腹の奥が鐘で突かれたような感覚に襲われた。私は昔、あらゆる乗り物が苦手だったが、今はそうでもない。だから、この感覚は久しぶりだ。

 昨日の朝から寝ていないからだろうか、そうか、もう30時間近く寝てないのか。徹夜したのは何年振りだろう、と思いながら、チカ、チカ、と絶え絶えに光る電灯に自らの不安を重ねた。

 エレベーターの扉が開いて、どっとみんな出ていく。1人立ち止まると、みんな立ち止まってこっちを振り返った。

「司令、司令も早く……」

 うつむいていた顎をあげて、私は少し恍惚感にまみれた顔で答えた。

「艦内に、誰かまだ残っているかもしれない。少し、見てくる。」

「危険です、艦長!」

「そうだろうな。」

「ではなぜ……、」

「そりゃあ、私だって英雄になりたいんだよ。でも、そううまくいかない。だから、気持ちだけでもそうさせてくれると嬉しい。なあに、すぐに私も行くさ。」

「で、ではお先に…。」

 そう言って彼らは走って行った。私に何を言っても無駄だと思っているのだろうか、それともやはり私に(かかずら)っているより、自分が可愛いのだろう。でもそれは良いことだ。自分のことを愛せない奴が、他人を大事にできるわけがないからな。

 薄暗く、ところどころ火花が散って煙の充満した艦内を、誰かいないか、などと声を張り上げて歩き回った。その暗闇の空間に、虚空に声を上げている間、今は、私はヒーローなのだと、そんな気持ちが込み上げてきた。

 まったく、今の私は英雄症候群に似た何かの権化だな。

 艦内に誰もいないことに満足して、私は煙で満たされた肺をきれいにしたくて、外を目指し階段を登った。

 そこかしこで火が立ってる甲板に出ると、強い熱風と煙を頬に受けた。随分と傾いている甲板を走ったが、突風に誘われた煙に目を瞑ってしまい、足元がおぼつかなくなった。それに随分寝ていないとなると、千鳥足になるのはむしろ当然だろう。

まだ少し余裕がある気がして、軍艦旗を回収しようと艦尾に足を向けた。沈むとわかっている(ふね)の上を歩くというのは不思議な気持ちだ。足元に水が流れてきて、いつか歩いた波打つ浜を思い出した。随分傾いた甲板は、いつか歩いた土手のようだった。ただ一つ、安定していないのが残念であったが。

 自分でも不思議なほど落ち着いて歩く自分がいて、私はどこかそれを上から見ていた。これを俯瞰というのだろう。

 軍艦旗を降納し、きれいに畳んで、荒れる海に意を決して飛び込んだ。そして、本能的に、恐怖のままに、遠くへ、遠くへと泳いだ。随分泳いだ気がするのに、全然進んでいなかった。さっきから見えていた駆逐艦の艦影がはっきりしてきたから、少し安心して振り返ると、大和の傾斜は45度を超えていて、力なく下に向いた主砲がはっきりと見えていた。

 見ている分にはゆっくりと、おそらく当人達からすれば急速に、大和は左舷に傾いていった。艦橋が横倒しになり、中央構造物が大波を立てた。まだくるくると回るプロペラが見え、そして乾舷と喫水が逆になった。

 3を数えて、束の間の須臾(しゅゆ)、静けさを破る音、波動、爆音。雲を上げて船体が真っ二つに折れ、船首船尾が一直線に振り上がる。折れた一対の 艦底(ふなぞこ)がぶつかって、鈍い、そして確かに重量を孕んだ音が響いた。それは跳ね返って波を立て、ゆっくりと水底に消えていった。気泡と残骸が周期的な波に乗り、浮かび、そして消えていく。

 

 キノコ雲を高々と掲げ、史上最強の戦艦は水底に消えた。

 

 天地(あめつち)の前に、もはや彼女は厳存(げんそん)しない。

 

 虚しさだけが、海に浮かんでいた。

 大和は、「戦艦大和」は、そのような運命の(ふね)の名なのだ。

 

 桜は、散った。

 

 * * *

 

 生き残った輸送隊や警戒隊の各艦は、それぞれ大和や薄雲を始めとする戦傷艦、沈没艦の乗組員の救助にあたった。私は重巡黒姫に救助され、体を拭いて甲板からぼぉっと遠ざかっていくキノコ雲を見ていた。

 さっきまで自分がそこにいたのだという実感が湧かないまま、不意に煙草を吹かしたくなった。

 黒姫は2002年に竣工した巡洋艦で、同型艦はない。この艦は、1996年に竣工した重巡富士に続いて2隻目の同型艦のいない巡洋艦である。というのも、実験的な持っている巡洋艦であるが故であり、結果的に大和と同じく艦隊運用上扱いづらい艦となった。

 富士は主にCIWSなどの射撃システムの実験的役割を、黒姫は省人化や射撃装置の精度向上など艦艇の近代化のための役割をそれぞれ担っていた。

 黒姫の運用結果は良好で、建造費などの面から考えてもバランスがよく、後のいわゆる標準型巡洋艦の第一号的位置付けになった。

 

 * * *

 

 米軍がいつか結んだ安保など上の空で戦闘に及んでいる時、マリネラ宮殿ではいつもとは違う不思議な空気が漂っていた。

 「殿下、米軍基地にいた怪しいやつを締め上げた黒タマがおかしなことを言っていますが…。」

「なんだ?そんなことしたのか?」

「まあやむなく。」

「それでなにを言ったんだ?」

「締め上げたやつは、発射用の最後のキーを押したらしいんですがね、メールで金と引き換えに、解除コードはこちらでなんとかしておくから、最後の発射用の鍵だけ開けてくれ、と言われたらしいです。」

「どこの国でも、ミサイルの最終安全装置はアナログだもんな。それにしても、

どうしてそんなメールなんかあてにしたんだ?」

「それが、彼の個人的な精細な情報とともに、彼の口座に1,000,000ドルほど振り込まれていたようです。」

「ひ、100万ドル‼︎……そのお金、ぼくのものということにならないか?」

「なりません。」

「それにしても、軍人の精細な情報が調べられるやつが、どうしてそんな回りくどいことをしたんだ?」

「さあ……。」

「こうなったら、徹底的に調べてやる。文化広報局にこれを届けてくれ。」

「わかりました。」

 

 * * *

 

 4月7日、13時、マリネラ宮殿。

「殿下、わかりました。」

「何がわかったというと千葉県の奥地か?」

「なんです?」

「勝浦だ。」

「そんなことより聞いてください。」

「なんだ?」

「弾道ミサイルの応酬と、その原因がわかったんです。」

「早いな、さすが文化広報局には金をかけただけはある。」

「聞くんですか、聞かないんですか。」

「はやいのが取り柄、円鏡と新幹線運転手。」

「しまいにゃ怒りますよ。」

「で、どういうことだったんだ?」

「それが、………」

 

 * * *

 

 大和が揚げたキノコ雲が消えたとき、それを合図にしたように中国、ロシア軍は沖縄本島に上陸した。米軍は逆上陸を企図し、一部の部隊を待機させていた。

 冷戦でも直接の戦火は避けてきた社会・民主主義の大国が刃を交えるのはいつぶりだっただろうか。夕刻には体勢を立て直した中国軍が、米軍基地に対して突撃をかけた。

 夜なると、中国、ロシア両軍の主力艦隊が機雷原外から沖縄北東約80kmの地点に展開している米空母機動艦隊に対してアウトレンジ攻撃を行った。

 戦いの火蓋を切ったはいいが、この時点で収集できる見込みがあるものはいなかった。戦争は無責任なものの手の上に転がっているのだ。

 騒々しい一夜が明けると、夜明けの光を背にして米軍のミサイル旅団による中国軍艦隊の殲滅作戦が決行された。これに対し、中国軍はドローンにチャフを持たせ、これを広く展開することで飽和攻撃の被害を最小限に抑えることができた。ロシア軍は、最初は中国軍に追従した行動をとっていたが、やがて戦艦などを抽出して米軍飛行場やミサイル基地などの掃討作戦にかかった。

 本来、輸送路を断つために相模原総合補給廠などの米軍拠点を攻めるべきであったが、日本本土にまで戦火を広げるのは得策ではないと思われたらしく、そのような攻撃はなかった。

 

 * * *

 

 4月8日の昼になると、突然奇妙な、そして強力な電波が世界中に飛んだ。

 米空母ジョージ・ワシントンに座乗していた米第7艦隊司令長官、ウィリアム・クラーク・ジョンソン大将は、この放送をメインモニターに回すように指示した。

 「ぼくはマリネラ国王、パタリロ・ド・マリネール8世だ。貴重な国家予算をわざわざ使ってこんなことを放送しているのは、深いわけがある。まず、現在沖縄で戦っている三大国には、ぼくの名前で、戦闘停止を勧告する。というのも、4月1日に弾道ミサイルが元気よく飛びあったのは、人間の仕業ではないからだ。」

「……どういうことだ?」

「というのも、あの騒動は正体不明の人工知能が引き起こしたものだ。これは、マリネラの国運にかけても断言できる。つまり、この場合、悪い国、先に手を出した国などないということだ。だからこそ、今すぐに戦闘を止めてほしい。このままでは罪のない市民を巻き込むことになる。首脳部が勝手にくたばる分には構わないが、市民巻き込んだのでは世論が君たちの敵になるであろう。」

 そう言ってこの放送を繰り返すようにし、パタリロは放送室から出た。

「殿下って外面はほんといいですよね。」

「あの3カ国は、マリネラと取引があるんだ。滅んでもらっては困る。」

「さいで。」

 

 それにしても、あのへちゃむくれの言うことは本当だろうか。やや不審に思いながら、私は停戦信号を発した。中国、ロシアも同じように刀を鞘に戻した。

 その夜、嘉手納基地の迎賓館で停戦協定が結ばれた。私はどこか狐にばかされたような気持ちで、それに臨んだ。

 かくしてこの奇妙な戦争は3日と経たずに終了した。

 

 * * *

 

 翌日の朝、気持ちの良い朝。

 朝のSNSには、一つの投稿がトレンドが上がっていた。

「私たちは、Vandredia(ヴァンドレディア)といいます。私たちは、この世界にあるすべての武力や兵器の放棄を願っています。ですから、昨日までの戦闘は全て私たちが起こしたもので、私たちにその責任があります。もし、この考えに賛同してくださるのなら、私たちはそれを歓迎します。そして、武器を持つ国、組織、地域はこれを放棄してください。それが実行されない場合は、私たちがそれを実現します。」

 




 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
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