また、この作品は特定の団体、思想、主義などを侮辱する一切ございませんからあしからず。
そして、くどいようですが、戦記ものと言いつつ鬱々しい内容が一部ございますから、ご自身の精神衛生に配慮してお読み下さい。
十三ある国連海軍艦隊のうち、第一〜十二艦隊は各々担当海域を持っているが、十三艦隊だけは
十三艦隊は基本的に各艦隊の一時的な戦力増強や、独立した作戦の遂行などを担任する。
ただ、基本的に一つの国は周辺国とともに自国の艦隊の中から抽出した国連軍派遣艦隊で艦隊を構成し、周辺海域の防備につく。その中で特定の担任海域を持たないということで、基本的には保有艦艇数が比較的多い国が一隻から数十隻の艦艇を供出する。しかし自国や周辺の防衛にその艦艇が使われない可能性が高い可能性を考えると、世界の警察を自負するアメリカとそれに連れ従わされた日本、そしてアメリカに謎の意地を張ったロシアくらいしか艦艇を供出する素振りを見せなかった。
アメリカやロシアも、いやそもそも最終的に供出した国は揃って古い艦艇しか出さなかった。自国の艦隊が第一で、その次に国連軍への派遣艦隊、そして最後にこの十三艦隊の順に優先順位が低いから、古い艦艇や解体寸前の艦艇でも供出されただけ
だから第十三艦隊の艦艇で開戦後に竣工した
一番艦エンタープライズは退役し、ユナイテッド・ステーツも追っ付け退役した。しかし、解体し始めた次の日に戦争が勃発したため、急遽解体作業を中止し前線に駆り出された。六十年近く前線で働き続けた艦が、また前線に引っ張り出されるほど事態は困窮していた。艦隊旗艦の海神だって竣工したてで、試験や慣熟航海だってしていないのだ。
* * *
起きると何も思い出せなかった。昨日眠剤を大量に飲んで、勢いで手首を切ったところまでは何となく覚えている。あっそうだ、三時くらいまでずっと煙草を吸っていたんだっけか。
重い頭を振って立ちあがろうとした。スマフォを見るともう十四時を過ぎていて、私は少しまずい気がした。大体、復職してから一度もまともな時間に起きた記憶がない。まあおいおいやっていけばいい、と言われるだろうが、そういう問題ではないのだ。痛む左腕をさすりながら部屋の外に出た。どうせ私は作戦開始まで別段やることがないのだ、どうしたものか。
ぶらぶら歩いて、腹が来ているのに気がついた。食堂に行って何か食べようと思ったが、この時間にやっているだろうか。行ってみなければわからないから、ひとまず足を向けた。
食堂はやっていなさそうな雰囲気だったが、私は厨房の方に行って給養員に話し掛けた。夕飯の支度をしているであろう一人が振り返ってこっちを見た。
「どうしました?」
「あ、えっと、昼飯を食べ損ねてしまって…、」
「あ、そうですか、じゃあこれ、残りですけどよかったらどうぞ。」
名札を見るに田村という彼が差し出したのは赤いソースか何かに染まった米だった。
「あ、ありがとうございます……、これ、なんですか…?」
「あ、これ朝の米にさっき出たスパゲッティのミートソースを混ぜたやつです、意外と美味しいですよ。」
「あ、どうも…、」
私はそれがよそわれた平皿を受け取った。厨房から出て薄暗く電気がついてる食堂の
到底食べきれる量ではない。まいったなあ、どうしよう。ひとまず食べられるところまでは食べておこう、それから考える方がいいと思った。
いつかスマフォに保存しておいた著作権の切れた本の一覧を見て、どれがいいかと思いながらスプーンを取った。艦内ではインターネットが使えないから、オフラインで使えるものがあると退屈しなくて済む。何がいいだろうか、戦争論、菊と刀、日本二千六百年史……、色々出てくる。何がいいだろうか、そう思ってふと指を止めた。一冊だけ毛色が違う、「さゝやき」。
どんな本だったか、いつかの時代のベストセラーで、女学校だとかで読むのが禁止されたこともあったとか、そんなことしか覚えていなかった。
一旦読み始めるとどうしてなかなか止まれないもので、スプーンを動かすのさえ無意識にやっていた。ページめくるめくる、私の半分ほどの年齢の人の書いたものとは思えない。共感して驚嘆するとともに、深い自己嫌悪の色に襲われた。それは透明な水の入った水槽に一滴の絵の具を垂らすようなもので、すぐに広がってしまう、侵していってしまう。
頭の中が侵食されていく感じがあって、スマフォから目を離した。見れば意外とご飯は減っていて、あと少しすくって食べた。完食して落ち着いたから、もう一度読んでみようと目を落とした。五分も読むと内容が頭に入ってこなくなって、食器を下げた。
廊下をぶらぶら歩いて、また甲板に出る。甲板は射撃訓練でもやっているらしく騒がしかったから、私はずっと艦首の方に歩いて行った。先に歩いた時より感動が少なかったけれど、艦首旗竿の方まで歩いていった。旗が揚げられていない旗竿にもたれて艦を前から見据えた。
偉大なものだ、これなら勝てる気がするというのもまあ
丁度主砲の発射訓練をしているらしく、
何のためにああなっているんだっけか、いつだったか、どこかで読んだ気がする。確か、砲架をスタッガード
イギリスのタウン級軽巡洋艦(まあ軽巡とは名ばかりかもしれないが) に四基搭載された 一五.二cm三連装砲は、中央の砲が左右の方より奥に引っ込んでいたが、海神は中央の方が突き出ているのか。まあ戦艦とかの大型砲塔の中央部は、旋回機構だとか揚弾装置だとかにスペースが取られているからこうなるのだろうか。
ああだめだ、風が冷たい。そろそろ艦内に戻ろうか。
艦橋のそばまで行って、艦橋基部に梯子で登った。上を見上げると、ああ、やはりこの
CIWSやら何やら突起物を横目にCICの上に立った。CICはバイタルパートに含まれているから、足元ばずいぶん仰々しい鉄塊でできていた。CICの上にはCIWSが二基配置されていて、かかとで軽く蹴ってみるとかなりの重低音が響く。ふと下を見ると、ずいぶん怖かった。
梯子に戻って半分ほど登り下を見てみる、もう怖くなかった。恐怖とは所詮そんなものなのだろう。自分がいつもいるあたりまで登ると、一つ重大な事実に気がついた。なんて私はポンなのだろう。やっちまったよどうするよ。これはただの点検用だから艦内に入る
一旦下まで降りて登ればいいかもしれないが、超面倒臭い。もうそこに艦橋があるのにどうして入れないのか、悔しい、どうしたらいい、つばめよ高い空から教えてよ入り口を。
そうだ、と思って艦橋の窓枠の下についている落下防止柵の上に立った。柵は網ではなく棒だから飛び飛びだったが、歩くには十分だった。これを伝って艦橋後部に回り、艦橋頂上部の点検用に取り付けられている梯子に移った。それをを最後まで降りてやっと艦橋に入った。
何やってんだろう自分。
私は気づかれないようにそっと扉を開けた。扉は二重だから、風が吹き込んで気づかれることはなかった。恐る恐るもう一枚の扉に手をかけて、ゆっくり力を入れた。音がしないようにゆっくりゆっくり動かしていくと、このまま気づかれずに入れるのではないかという気がしてきた。
「ギッ」という音がした。刹那、みんなが振り返る気配がした。あーバレちったよ。
海将がニヤけた目でこちらを見た。
「いや、まあ、迷子なんです、まいったな〜……、」
何を口走っているんだ、私。
「迷子といえば子猫ちゃんか?」
「いいえ、おうちはわかるんですが……。」
「というか、どこから来たんだ?」
「上からは来ないでしょう…、じゃあ下からです。」
「え、
「いやぁ、私はレムリアの末裔ですよ…、」
「全然関係ないけど、末裔の『裔』ってよく見るとアパレル産業って読めるよな。」
「ん、あ〜確かに…、言われてみれば衣類の商売ですからね、というかまったく関係ないですね。」
「だから関係ないと断っただろう?」
「ですけどねえ、」
「それはそうと何か言いたいことがあって来たんじゃないか?」
「そうでした…、え〜と……、」
いや、別に何かあったから来たのではないのだが…、えーと、何か何か…、
「そうだ、航空部隊はどうなりました?」
「ああ、それなら空母搭載機と、加えて四機、待っていてもらってるぞ。」
「四機?部隊は?」
「調布の第三〇七飛行隊だ。」
「あぁ、あ、聞いたことあります、旧型機で新鋭機……ガルバニックでしたっけ?を
「それに加えて第七艦隊に派遣されている二航戦の玄鶴と雲鶴、そして
「ありがたい限りです…、ですが、敵に確実に勝ちたいのなら、少なくとも敵の六倍の戦力を用意し、補給と情報のパイプを何重にも整えなければいけません。しかし、そうは言っていられませんから、」
「机の上で戦争ができたら、な。」
「まあもし間に合わなかったとしても、打撃群にはミッドウェイの後のハワイで活躍してもらいますよ。」
「老兵は死なず、ただ戦うのみ、か……。」
「沈むまで戦わされるというのは、まったく…、」
「暇な軍隊ほど良いのだがな。」
「しょうもない意地を張っているからですよ。」
「プライドは食えないのにな。」
「プライドと尊厳を混同しているのでしょうね…、」
「ケンタッキープライドチキン。」
「はあ?」
「いや、なんでもない。」
「さいで……、」
「ああ、」
「じゃあ私はこれで……、」
そう言って私はエレベーターで下に降りた。すごい気まずい、まずい。次どうやって顔を合わせたものか。
今日は六月二日で、三日後には戦闘が始まり、六月7日にはミッドウェイ島を制圧し終わる予定だ。あと三日、何をしたものか、暇だ。何かしていないと自分に価値はないとは思うし、五体満足でこれはあまりにもグズだとも思う。だから何をしたものだか、全く生産的なことができない。
部屋に入って電気もつけずに床に寝転んだ。横目に見える棚の一番上の引き出しを引っ張り、中のカッターを出そうと思った。ある程度まで引き出して手を離した時、ゴトっと引き出しが顔の上に落ちてきた。痛い。
鼻から血が出ている気がしたが、落ちている文具の中からカッターを手探りで見つけた。刃をジャっと出して左腕をまくる。
……あれ?私躊躇している?怖いの?えわかんないわかんない……、そもそも自傷なんて異常でそれすらできなくなるのほんとゴミじゃんまじで死んだほうがいいぐちゃぐちゃしてる終わった終わったはーい死んだ最悪これもできないのなんでできないの生まれかた間違えた命いらないじゃん
そう思っていつもより深くひどく刃を突き刺した。痛い、痛いと脳には伝わっているのにそれが行動につながらない。
「痛み」とは異常を知らせるシグナルであって、私の体はもはやそれが正常に機能していない。まずいと思えないのが一番まずいのだ。頭はどこか平静で冷静で、でも痛い痛いって言いながら手首を傷つけた。血が垂れる、一度傷つけたところ、二度傷つけたところ、何度も同じところに刃を滑らせると、そこの痛みがなくなってくる。そこに刃を突き立ててぐりぐりと深く深く傷つける。血が床に落ちて広がっていく、後のことなんて何も考えられない。ただ傷を増やすだけ、だんだん意識が遠のいていく、視界が眩む。
私は、暗い
* * *
声がする、なんだっけ、
はっと目を開くと、
起き上がってみれば、私は乾いた血の泉に倒れていたらしく、制服が赤黒いパリッとした血で染め上げられていた。貧血で倒れていたのだろう、私はバツが悪い顔でときはを見た。
「えーと、心配させてしまったみたいだね……、すまない…、」
ときはは3秒ほど黙っていて、そして血まみれのそして私に抱きついた。申し訳ない気持ちと悪いことをしたなという気持ちとで胸が満たされた。
満たされるにしても、こんな風には満たされたくなかった、それでも私はときはをぎゅっと抱きしめ返した。
温かい。
服を着替え、ときはが入れてくれたブランデーたっぷりの紅茶を飲んで一息ついた、落ち着く。
ときはは私が腕を切っていることを知っていて、私の希死念慮もわかっているはずなのに何も言ってこない。綺麗事だとか
電車に飛び込んだらみんなに迷惑かかるよとか、家で死ぬと資産価値下げちゃうよとか、そういう問題じゃないんだよ。だいたい一度も死んだことのない人間が死について偉そうに語るのを信じるのもどうかと思うし、そもそもそういうことを言う奴に限って死ぬということをよくよく考えていないだろう。「別の場所で死ねばいいのに」なんて言う人間も、自分がいざ死ぬとなったら、この辛さなんて分かんないくせに、なんていうんだろうに。まったくおかしい、可笑しい、笑えてくる。
ときははベッドに座り、私は椅子の背もたれを抱き抱えるように座って向かい合った。どうせ時間はある、少し話を聞いてもらおう、それで無為感徒食感が少しでも薄れるのなら、そうさせてもらおう。
「ねえときは、私はね、人類なんかどうでもいいんだ…、なんで戦ってるのかもわからないし……、」
「いっそこのまま放っておいて、人類が滅ぶのを待ってみよう、みたいな……?」
「人類を…、滅ぼそうとは思っていないが、滅んでも構わないとも思ってるよ。」
「ぽっと出の生物だから、滅ぶのも自然、みたいな感じですか?」
「そうだね…、ぽっと出だもんなぁ……、でもそういう前提に立つと、別に個としての死も
「それはダメなんですか?」
「どうせ何十兆年も経ったら地球も宇宙も滅びているだろうし、そんな時には一人一人の命なんてなかったも同然で……、」
私は言葉に詰まった。
「つまり…、結局、なんだかんだ言って私もよくわからないんだ。自殺がなぜいけないのか、深く考えてみても、多分その根源はどうせそれこそ虚無なんじゃないかな。そんな空虚なところに出自を持っているわけだから…、そんなことを言ってる誰かを、自分の周りの人を、救いたいなんて自分のちゃちなエゴでしかないと思うんだ。」
喋りすぎただろう、少し冷めてきた紅茶で喉を潤す。
「不可解が本質、みたいな?」
「……不可解、ねえ。いい言葉だね、そう、まるで本質みたいに聞こえる。でもどうせ言葉以上の何かが、そんなイデアがどこかにあると思うんだ……、言葉は所詮言葉だし、ね。でもそんなことを言えるのは、言葉では何も伝わらないというのは、言葉を使い尽くした後に言いたいな…、」
「あ、でも、なんか、そこで思考停止しちゃう言葉ってありますよね、なんか、誰々が言った〜とか、」
「そうだね、ときは…、まあでも、詐欺師にはならないでくれよ…、」
「向いてますか?」
「なんだろうな、技術は高いんだが、ときはには良心があるからな……、」
「ママは…、
「処女懐胎はやっぱ無理か…、その両親じゃないよ。」
「やっぱって、予想してたんですか?」
「私は汎神論者だからね、一応。」
「無神論者じゃないんですか?」
「神を否定したいとは思わないし、いると思う方が心がずっと豊かになるよ。日本は地下鉄でサリンが撒かれてから、宗教が遍く、無条件に悪いものという一方的な観念が蔓延ってしまった気がするんだよね…、本来宗教ってのは、わからないものに理由をつけてなんとか生きていこうと、生きるよすがとしての役割を果たしていたと思うんだ。」
「宗教建築とか、綺麗ですもんね。」
「そうだね、美しい…、宗教が争いを生むだとかいう論もあるだろうが、それは宗教を理由にしているように見えるんだ。十字軍なんかそうじゃないか、神の名において殺人が許されていたとも考えられるし、宗教戦争なんか、それこそ天上で神様が、『そんなにわかりにくい教えだったかな?』って思ってるかもねぇ。」
ときはは黙って頷いた。
「何でも、意味がないとダメなんですかねえ?」
「『意味にすがる腑抜けた大人たちは歌を歌いたがる』、ねえ……、」
「言い得て妙、ですね。」
「儀式だとか慣例だとかそういうものが省かれるようになったのは、無意味だと思われたからかなぁ……?」
「合理化って無駄をなくすことで、情緒的なところっていうか、なんか社会を円滑に動かすものを消すことじゃないって感じがするんですけど、」
「そうだねぇ、そんで地域が崩壊したと……、それにしても、最近の中学生はこんなに頭がいいのか……、」
「ふふっ、千季さんほどではありませんよ。」
「私は中学の時、それほど頭良くはなかったさ…、特に算数がね、」
「良かったんですか?」
「いや悪かったんだよ、なんでやん。」
「でも、じゃあどんな教科が得意だったんですか〜?」
「うーん…、そうだねぇ……、」
「千季さんって文系ですよね…、歴史とかですか?」
「歴史は…、別に好きじゃなかったなぁ…、」
「国語とかはどうです?」
「う〜ん、さっぱりだったなぁ……、だいたい、我々は世界で一番難しい言語をこうやって扱えてるんだ…、文法なんて考えなくても、ね。」
「でも、本読むの好きって言ってたじゃないですか?」
「本を読む時にいちいち文法を考えないからなぁ……、本を読むのは確かに好きだけどね。」
「まあ確かにそうですよね〜、いちいち考えてたら、読めるもんも読めませんもんね。」
「だよなぁ…、」
* * *
結局私はその後二時間も話し込んでしまった。ときはは寝て、私はその寝顔を見ながらまだ酒をすすった。日付はもう四日になり、私もいつしか机に突っ伏して寝てしまった。
* * *
起きたのは四日のお昼少し前で、至極腹が来た。艦内のコンビニで何か買って食べようか、それとも大人しく食堂に行こうか。いくらか
艦橋にいるかなと思ってエレベーターを上がったが、エレベーターを一歩出てまた乗り直した。いない、ちょっと恥ずかしい。エレベーターを下って艦長の部屋に足を向けた。
かつての大日本帝国軍は、駆逐艦が軍艦ならトンボ蝶々も鳥のうち、だとか言っていたらしい。戦後、自衛隊になってからは基本的に
結局何が言いたいかというと、最近の駆逐艦は建造費圧縮のため、艦長室があってもそこで艦長が食事をすることは基本なく、他の乗員と同じように食堂で食べていたのだ。
海神のようなこれほどの巨艦であれば、艦長室で食事を取れるスペースくらいは十分にある。海神はこれでも小型化した方らしいが、それでやはり余裕のある設計だな、と思う。
艦長室に着いて、いざたかろうと扉を開けると海将が背もたれに両手を広げて上を向いて寝ていた。悪いかなと思って、扉を閉めようとすると海将が起きてしまった。
「うん、ああ…、千季か……、」
久しぶりに良心の
「あぁえっと…、」
「飯か?」
「あ、ええ…、どうも人間がいっぱいいるのを見てると、虫籠の中に蠢く気色悪いゴミ虫に見えてくるんですよ、ね……、」
「じゃあなんだ、朝会のときなんかに体育館をふっと俯瞰した時なんかどうだい?」
「あぁ〜、そうです、そんなんですね…、みんな違うのにおんなじ服で、まあ気持ち悪い……、」
「それで、虫養いをしに来たと…、そこの棚に良いものがあるぞ。」
「どれ……、ところてんと春雨と…、寒天ですか?」
「わらび餅もあると思うぞ…、本わらびじゃないけどな。」
「なんです、これ?」
「貰い物なんだが、どうも食べる機会を逃していてね…、そろそろ賞味期限だから、一緒に食べてくれんか?」
「えぇ、まあ…、」
そう言って私は、そのパックを抱えて机に置き、ソファにどかっと座った。
「どれ食べます?」
「千季は寒天とか…、あでも酸っぱいの嫌いだったよな?」
「およそ人間の食べていい味じゃないですよ、あんなもん。」
「『あんな
「そうです、名言でしょう?」
「どちらかと言うと、たぶん、屁理屈の類だな。」
「屁に理屈があるんですか?」
「それこそ、だな。」
「ですね。」
「趣味か?」
「趣味ですね。」
「じゃあしょうがないな。」
「でしょう?」
「それはそうと、どれ食べるか?」
「わらび餅と…、」
「春雨とかどうだ?」
「そうしましょう。」
春雨だとかわらび餅とか、いいや、こうやって食を楽しむのはいつぶりだろう。味がしないっちゃしないんだが、食べてすぐに吐き気に襲われなかった。
「なあ千季、」
海将は独り言なのかどうなのかよくわからない
「勝てると思うか?」
「……?」
「いや別に、千季の作戦がまずいってわけじゃないんだ…、ただ…、」
私は促すように小さく頷いた。
「ただ、勝っちゃっていいのか、って気がするんだ、いつかの夜に言ったと思うが。」
「敵の人間を…、殺さなくて済むのは至極良いことですが、味方が死ぬのも…、いいやそもそも戦争なんてものは唾棄されるべきもので、つまり金の浪費で経済の敵でしかなくて……、」
「…勝っていいと思うか?」
私はわらび餅を二つばかし串からねぶりとって
「勝ってから、勝てると思ってから、確証を持って話してみません?私、結局、やることないから戦ってるだけなんで……、つまり、なんというか……、」
「そうだな…、」
海将は何かを諦めたような、でも何か肩の荷が降りたような顔をして、それを隠すようにところてんを
「酸っぱいな…、」
それはそうと、と言う顔でパックを机に置いてまた口を開いた。
「あと、さっき決まったんだが、あと少しで他の艦隊と合流するから、二十時くらいから他の派遣艦隊の司令と会議があるんで、」
「出てくれ、と?」
「そうだ、給料分以上に働いてもらおうというわけだよ。」
「な〜るほど…、」
「まあ挨拶と作戦概要をもう一度説明して承認、たぶんそんな感じだな。」
「後半はともかくとして、前半は無駄ですね…、まあそれに後半もオンラインじゃダメんですかって感じですね。」
「世の中にはいっぱい無駄なことがあるんだ、特に官公庁だとかは柔軟性に欠けることがその絶対条件みたいなものだし…、まあ逆に災害派遣だとかを除いて、柔軟な軍隊という方が珍しかろう。」
「縦社会というのは、どうもそのような節がありますね…、残念ながら。」
「残念だな、ほんと。」
* * *
わらび餅と春雨を食べて海将の部屋を出た。会議まで何時間かあるが、何をしたもんだか。自分の部屋に戻ってもどうせやることがないのだ、じゃあその辺をぶらぶらしよう。甲板の上を
第二主砲の上に登ってみると、艦橋にいるよりも心地よい高さで海を見ることができた。やはり、高すぎるというのも考えものだ。柵の向こうに乗り出すと、背中に
特に面白いということはないが、やはり何か落ち着く。たぶん、そう、海は母なのだ。
…また訳のわからないことを考えてしまった。
手すりに背中を預けて座り込むと、いつの間にか食後の心地よさに、眠気に襲われてしまった。
* * *
夜風が寒かったからだろうか、目を覚ました。スマフォを見ると、
夕日の残影に照らされた灰色の
まずい。そうだ、思い出した。二十時から会議とか言ってたな。まずいまずい。
私は慌てて会議室に向かった。普段のろのろ歩いてるせいか、ふくらはぎが悲鳴をあげた。が、そんなことは無視して走る。なんとなく負けているような気がして厭だったが、そんなことをぐたぐた考えているうちに会議室に着いてしまった。部屋には
ふと、隣に誰か来た気がして、はっと振り向いた。
「よう千季、ちゃんと来てくれてありがとうな。」
「いや…、ちゃんとではないんですが……、さっきまで寝てたんです、主砲の上で…、」
「おどれ、面白いことをさらすのぉ。」
「さいで。」
「それとその絵、
「海将は伊勢崎市でしたっけ?」
「そうだ、彼もなんだ。まあその絵は実家にあったんだ。この
「餞別みたいなもんですか?」
「そうだ、馬の鼻向けってやつだ。」
「あぁ、はなむけってそれの略なんですよね、たしか。」
「そうだ…、そう言えば、作戦の説明は千季にやってもらうんでよかったか?」
それはそうだが考えてなかった、あかんねん。
「えぇ、まぁ、はい……、」
英語だろうが大丈夫だろうか…、いっそのことエスペラント語でやってやろうか、よく知らんが。
そんなアホなことをやっていると、次々に胸に階級章だの何だのをたくさんつけた
まあそんなことはいいとして、会議は海将をはじめ各国派遣艦隊の代表一人一人の挨拶から始まった。
初めて知ったことだが、この艦隊の副司令はウィリアム・ジョンソン・ジュニアというらしい。彼の父はウィリアム・クラーク・ジョンソンと言うらしく、彼はそれを隠しつつ隠しきれない自慢さが滲み出ていた。七光を鼻にかけるとは、大した人間ではなさそうだ、あの青二歳。なんか顔面見てるだけでムカついてきた。
次に命令書の確認、そして作戦の基本方針の確認。そこまでぐだぐだやってやっと私が作戦説明する番になった。
私の落書きみたいな作戦計画を清書してゼロックスを取ったもの、それと、それを英訳したもの。英訳したやつを頭から読んでいこうと目を落としたが、いかん、目がストライキを起こした。全然頭に入ってこない。でも何とか読んだ。専門用語が入ってるだけで、そんな難しい英語じゃない。
最後まで読んで|Thank you for listening. Do you have any questions?《これで終わりですが、何か質問はあるますか?》と言うと、ちらほら手が挙がった。左端の奥側から順に当てていこう。
最初はインド軍司令か。
「| I have a question regarding the fleet formation : it seems like there is insufficient escort for the flattop operating away from the main body-is that safe?《艦隊陣形について質問があるのですが、本隊から離れた空母の護衛が少ないように見受けられますが、大丈夫でしょうか。》」
んなもんやってみなきゃわかんねえだろう。まあでもそう答えてこの部屋の温度を急速低下させる気はない。どう言おうか。
「|As you and everyone know, this fleet is a jumble of scrap and scrap - with some exceptions. On top of that, the only thing that was borrowed from the other fleet was the aircraft carrier, and we still have to do this operation. Therefore, I think this arrangement is appropriate, and I would be happy if you could trust me.《あなたも、そして皆さんもわかっている通り、この艦隊は鉄屑とスクラップの寄せ集めですー
一部例外はありますが。その上、他の艦隊から借りられたのは空母だけで、それでもこの作戦をやらなければいけない。ですから、その中ではこの配置が適切だと思っていますし、どうか私を信じていただけると嬉しいです。》
全然関係ないが、インドの英語は割と聞きやすい。
次はえーと、イギリスか。
「|It has nothing to do with the strategy, but I have a question about the report. I don't think it's a good idea to report everything, and on the contrary, it's also a good idea to regulate too much. How far should I tell the press about this strategy?《作戦に直接関係はないのですが、報道に関して質問します。全てを報道するのもどうかと思いますし、逆に規制し過ぎるのも考えものです。今回の作戦は、どこまでプレスに話せばよろしいか。》」
知るか。
「|In Japan, there was a journalist named Yuyu Kiryu in the past, and he criticised the military a lot. This doesn't matter much, but I think it's okay to convey it in the past tense after it's over. Information can only be told in the past tense no matter how quickly you are in a hurry. Therefore, it seems that it is much easier and less likely to attract antipathy than to regulate it poorly.《日本には昔、桐生悠々というジャーナリストがいまして、彼は軍部批判を多く行いました。これはあまり関係ないんですが、終わってから過去形で伝えれば良いのではないでしょうか。情報はどんなに早く急いだとて過去形でしか語られないのです。ですから、下手に規制するよりその方がよっぽど簡単で、かつ反感を買いにくいと思われますがどうでしょうか。》」
彼は納得したように頷いて腰を下ろした。こんな風にみんな承知してくれればいいんんだが。
他の何人かも大体同じようなことを聞きたかったらしく、ひとまず手を下ろした。質問がもうないようだから、私はすごすごと自分の席に戻った。一息ついて卓上のペットボトルに入った水を飲むと、妙に落ち着いた。
そのあと、各陣形における各艦の占位と陣変形時における各艦の動きだとか何とか、小難しいことを頭上演習をしながら決めていた。その間、私は書類の端でずっと
結局それから私が発言する機会はなく、むしろ紙縒りを作るのが楽しくなってしまい、会議が終わっ他のにも気づかずに作り続けていた。私は最後に、海将と一緒に部屋を出た。
部屋に戻るとときはがもう寝ようとしていた。
「もう寝るのかい、」
「だってこんな時間ですよ〜?」
そう言われて私は部屋の時計を見た。もう二十二時だ。
「ちょっと見にこないかい?たぶん珍しいものが見られると思うんだ…、」
ときはは少し不思議そうな目で頷いた。甲板に出てそのまままっすぐ艦尾に向かうと、艦尾ハッチが開いてさっきの会議に出席していた各国の覇権艦隊の司令たちが乗った何隻もの短艇が灯火を
「…綺麗……、」
ときはは手すりから顔を乗り出すようにして、目を輝かせながらそれを見ていた。目の輝いているのは、瞳に灯火が映っているからか、それとも美しいものを見ているからだろうか。そう思いながら私はときはの目ばかりを見ていた。私にはない、
というか、そもそもときはの顔は、世間一般言われるところのアイデアルカットなのだ。全然関係ないけれどべっぴん、てもう死語なのかしら。
* * *
短艇が出て行くのを見納めて部屋に戻り、結局断りきれずにこっそりいくらかの薬を飲んでから同じベッドで寝てしまった。ときはの寝顔が気になって長い間寝られなかった気がするが、気づけばときはよりも深く眠りこけてしまった。睡魔には勝てないな。
* * *
次に起きたのは朝の九時で、私にしては早く起きた方だが、ときははもう私の隣から消えていた。私は時間通りに起きれない呪いにでもかかっているのだろうか。呪いをかけたらというのは科学的に証明できないから、他は知らないが、少なくとも日本では犯罪にならないんだっけか。なら
そんなことはどうでもいいとして、久しぶりに風呂でも行こうかしら。ここのところ、食っちゃ寝てるだけだけだから、むしろとっとと作戦が始まってくれたほうがいい。嫌なことはさっさと終わらせるに限る。だから私は夏休みの宿題など、夏休み前に終わらせていた。このままだとつまらないホームビデオの類になってしまう。
風呂に入ってまた眠ってしまいそうになり、慌てて湯船から出た。タイルの上に寝そべってみると、意外と冷たくて気持ちが良かった。
* * *
明日から銭湯というから、艦内はそれなりに慌ただしそうな雰囲気が漂っていた。あっちこっちで資材やら何やら運んでいたり、訓練だとかに励んでいたりして忙しそうだっ1た。でも私はどうせ明日までやることがない。でも何もやっていないというのも、申し訳ないというか、同調圧力というか、無言の圧というか……、作戦の確認でもやっていようかな。酒でも飲みながらやろうかしら、でも昼間から飲んだくれるのもな、そうだ、炭酸でも買っていこうか。いや単三電池ではなくて。
戦艦だとか空母だとか、こういう大型艦にはコンビニが入っているのがありがたい。こういうときに便利だ。でも炭酸は売り切れていた。しょうがないからジンジャーエールを買った。まあ、炭酸といえば炭酸だが。でも、これはこれで好きだ。
少しの満足感を伴って部屋に戻り、作戦書だとか何だとかのファイルを開いてぱらぱらと眺めた。全然頭に入ってこない。もう一度頭から読んでみる、何となくわかってきた。読みながら実際にそんな風に艦隊が動くところを想像してみた。一人ひとりの行動までは到底考え及ばなかったが、字面では思いつかなかったことがぽつぽつと浮かんできた。もしこのとき敵機を撃ち落とせなかったら空母は大丈夫だろうか、とか、敵は私の見立て通りに動いてくれるだろうか、とか。心配しても仕方のないことだが、心配せずにもいられないことだ。
いかん、せっかく鬱が強制的に寛解しかけているというのに、また戻ってしまいそうだ。ふっと、思考がずっと螺旋を描き始めたのを感じて、頭を振った。シャワーを浴びたあと、頭を振った時、振り払われる水滴のように思考の断片が頭から離れるのを感じた。やはり私の鬱は強制寛解しているのだ。よくないとは思っているし、戻れない楔も打ち込まれた。どこまで行っても、何か、抗いようのない巨大で強大な力の掌中を歩いている、そんな感じ。その力を運命だとか宿命だとか呼ぶのは、人間に対する侮辱に近いのではないだろうか。それは、状況を分析する思考を止め、自由意思を低く見做す、という意味でだ。
とにかく、思いついたことを付箋に書き出し,貼って行くことにした。一つ書けば二つ、二つ書けば三つ、
ジンジャーエールの蓋を開けて一気に飲む。炭酸とかの類はまず最初の一口目がうまい、
満足して昼ごはんでも食べようか、と思った。海将にはたかったばかりだし、食堂は人が多いから行きたくない。またコンビニでも行こうか、でも店員に変な目で見られそうで厭だなぁ。
ゴタゴタ抜かさずにとっとといけば良いのだろうが、どうもそういう気にはなれなかった。どうしよう、その辺に落ちているわけでもあるまいに。なんだ、いっそのこと藁でも持って立っていようか、でもどうせ、わらしべ長者のように上手くはいかないだろう。
しょうがないから自販機まで行って、コーンポタージュをありったけ買い占めようと思った。理由はわからない、やってみようと思った、それだけ。まず千円を入れてコンポたかったばかりだしを選ぶ。お釣りを数えずに、全部もう一度放り込んで、またコンポタを選んで小銭と缶を取り出す。これを繰り返してるうちに何だか楽しくなってしまった。金を入れては出す、入れては缶を取り出す。
何か、後ろで音が気がした。はっと振り返ると、半分私服のような、制服をかなり着崩した女性が立っていた。
「や〜ぁ、元気してたかい、千季?」
「……?」
「おいおい、忘れんでくれよ…、あれだけ熱く、
誰だ?というか私、この人と目合ったことなんてあったっけか?何かの冗談だろうか、それとも新手の詐欺なのか?……最近の詐欺は進化してるなぁ。
「ほらぁ、
妙にダウナーチックな奴だ。知り合いにこんなのいたか……?
………ぁあなんかいた気がする。
「もしかして、貴方、
「そぅだよ…、千季ちゃん。思い出してくれてくれてどぅも、ね。」
角館黤子、私より一つ先輩で最初に乗った
「今は、どうしてるんだい?」
彼女はすっと人差し指と中指で挟んで名刺を差し出した。
「防衛装備庁、海上担当装備官……?」
「そぅだ…、人殺しの兵器で食ってるんだよ。」
「ジョゼフ・ローゼンバーガー。」
「デス・マーチャント、死の商人か……、なんか違うんじゃないか?」
「まぁ、売ってはないですもんね。」
「じゃあ死の技術者だな。」
「自分で言います?」
「そぅだね…、自慢じゃぁないが、レールガンを実用化したのも…、ドローンだとか、ミサイルだとかの為に高出力マイクロ波照射装置を実用化したのもぉ、私なんだよ、ふふ、」
「そうなんですか…、どうやってアーク放電を止めたんです?」
「ん?レールや砲身の材料はよかったから、ちょっと砲身内に不活性ガスを入れる装置を取り付けたのと、コンデンサの放電タイミングを弾丸の加速に合わせただけだよ。」
「分割放電ってやつですか?」
「そうだよ…、」
思い出した、この先輩は妙に頭が良かったんだ。IQが百四十八とか言っていたっけか。
「というか、いいんですか?こんなこと話して…、機密じゃないんです?」
「いやぁ、どうせ千季には話し相手がいないだろうからいいんじゃないか…」
「私は今、相部屋でしてね…、」
「へ〜ぇ、艦隊司令部の、それも三佐の人間が個室がもらえてないのかぃ?」
「う〜ん、どっちかというとあの子を預かってるって感じなんですが……。」
「私以外の女と寝ているのか?けしからん。」
「ちょっと待て、」
「車は急に止まれない。」
「交通機動隊の回し者ですか…、いやそうじゃなくて、私、女の子なんて一言も言ってないと思うんですけど…、」
「違うのかい?」
私は笑った。
「わかります?」
「わかるさぁ…、だって千季は男と寝るところなんか想像できないからねぇ。」
「それは私が反出生主義者だからです?それとも…、」
「いやぁ、千季は、消極的な女好きだろうからさね。」
「消極的?あぁ、男嫌いだからか。」
彼女はポケットから煙草の箱を取り出して親指と人差し指でつまみ、こちらにちらりと見せた。
私は無言で梯子を登り、甲板に出た。
「どの辺がいいです?」
「そぅだねぇ…、舳先の方がいいなぁ。」
私は静かに頷いて艦首の方に歩き出した。黤子は第二主砲をしげしげと興味深そうに見上げていた。
「面白いですか?」
「
「芸術、ですかねえ。」
「いやぁ失敬。どうも兵器をなんてものなんかつくってると、まともな思考ではいられないようでね。」
「さいで。」
私は主砲砲身交換装置の上に立ってこの辺で、と手を振って見せた。手すりにもたれかかると、先輩は目の前の甲板にあぐらをかいて座った。彼女は足元の装置から第一主砲まで続くレールを見た。
「いい景色だねぇ、それに、洋上でよくそんなことができるもんだ、大した技術だよ。大戦時の駆逐艦には魚雷の次発装填装置がついていたが、揺れてる甲板上で再装填するのは難しかったといぅからね。」
「これは先輩がやったんじゃないんですか?」
「いいやぁ、あれは露口さんがやったんだよ…、だから私は知らないんだ。」
私は煙草に火を付けて、先輩も箱からちょいと煙草を取り出した。ふぅっと煙を吐き出して先輩の方を見ると、煙草を口に咥えたままの先輩が私にキスでもするのかという風に近づいてきた。彼女になら、まあいいだろうと思ったり、面白そうと思ったり、そんなわけで目を開いたままでいた。
すると先輩は、火のついた私の煙草に彼女の煙草を押し付けて火を燃え移らせた。
「キスされるとでも思ったかぃ?」
先輩はふぅっと煙を吐き出した。
「相思い草と言いますからね、煙草は。」
「なかなか、いい言葉を知っているじゃないか。」
「趣味ですからね、」
「いい趣味してるじゃないかぁ。」
「ところで、なんでこの
「機密だ……、なんて冗談だよ。」
先輩はケラケラと笑った。
「いや実はね、千季の立てた作戦の中で…、白兵戦部隊、あれなんと言ったけな?ローゼンボー城だったか、ローゼンベルクだったか…、とにかくそいつらと一緒にミッドウェイ島に上陸して航空管制のコンピュータをいじるやつが必要だって言ったろう?」
私は黙って頷いた。
「それを私がやるんだってさ。」
「先輩は、海上担当装備官じゃなかったんです?」
「いやぁ、実はそうなんだ。」
「職域を超えて、ご苦労様です。」
「ほんとだよぉ…、ねぇ千季、手当は弾んでくれるんだろうね?」
「いやあ、私に言われても…。まあ進言だけはしておきますが…、」
「そぅかい?そりゃありがたいなぁ。」
私は幾つかのくだらない話と何本かの味のしない煙草を吸って艦内に戻った。
* * *
部屋に戻り、さっき買ったコンポタ七本をなんとか飲み切ろうと思った。まず一本開けたが、それで腹が一杯になってしまった。
なんとか二本目を開けたが、半分飲んだところで吐きそうになってしまった。慌てて缶から口を離してぐっと吐き気を抑え込む。そうやっていれば段々楽になると思ったが、そんな気配は一向になかった。
トイレは外だ。間に合わない。
私は何度も唾を飲み込むように何度も反吐を飲み込もうとした。そうやって十回もやってると少しずつ吐き気が収まっていった。
やっと落ち着いて椅子に座り直すと、ときはが帰ってきた。もうそんな時間か。それにしてもさっきのを見られなくてよかった。
「おかえり、ときは。今日は何をやったのか、聞いてもいいかい?」
それくらいしか話の切り口のない自分に内心ため息づいた。
「今日は、作戦と役割分担を聞いて、その後射撃訓練をやっていたんです。私、筋がいいらしいですよ。」
私はさっきよりも深くため息をついた。
「Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない、なんて言っていた去年が懐かしいなあ、いやまったく、呆れるよ、いやときはの筋がいいことはそうだろうと思うよ……、でも十四だろう?いやそもそもなんだって海上の人間が銃を使う機会がある?艦内に敵が入ってくるようになったら、それはもはや銃を取るまでもなく負けるに決まってるんだ。何がどうしてそう往生際悪く生きようとするんだ。しぶといことと墨守は違うんだよ、それがどうしてあいつらにはわからないんだ、大学出てるくせにあの青白きインテリどもが。えぇまったく。」
私はそこまで言って、ときはに引かれていることに気がついた。
「いや、なんでもないよ……、」
私はまた行き過ぎてしまったと自分が厭になった。ときはは黙っていたが、やがて口を開いた。
「千季さんは、銃は使えますか?」
私は少し考えて言った。
「撃てるが狙いはめちゃくちゃ、当たったもんじゃないよ。」
「じゃあ私、千季さんのために訓練します、それでいいですか?」
私はこれ以上の選択がないと悟った。
「ありがとう。」
「ところでさっき言ってた青白きなんとかってなんです?」
「あぁ、あれか、あれはね、千九百三十五年くらいにはやった言葉でね、理屈ばっかり多くて、実行力に乏しい知識人をあざけっていう言葉だよ。」
「私、生まれてません。」
「さよけ。」
「じゃ、ご飯食べに行きません?」
「あぁ、いや、ちょっとお願いがあって…、いいかい?」
「なんですか?」
「ここに五本のコンポタがあって…、さっき調子に乗って買ってしまったんだが、飲み切れなくてね……、」
「飲みましょうか?」
地獄に仏とはまさにこのこと。
「ほんとすまないね、」
ときははまず一本手に取ると、ぐいっと飲み干した。私はときはが全部飲み終わるのをただ眺めていた。それにしても阿呆なことをしたもんだ。いやまったく。
ときはは最後の一本を飲み切ると、ぷはっと缶を机に置いた。
「千季さん、今日は早く寝ません?」
「
「明日、真昼間から作戦なんでしょ?千季さんは指揮するんだから早く寝た方が良くないかな…、って。」
「睡眠不足の人間に指揮されると考えるとね…、そうだね、じゃあそうしようか。」
私は歯磨きをしてトイレに行き、ベッドに横になった。こっちを向いて眠るときはの横顔を見ているとなんかむずむずして天井を仰いだ。
私はいつの間にか寝てしまった。
* * *
翌朝、と言ってもまだ四時半、緊張とかなんだとかで私は起きてしまった。
隣で寝ているときはを起こさないようにゆっくりベッドから降りて、扉を開けた。そこで書類だとかファイルだとかを机に置き忘れたことに気がついた。取ってきて廊下に出ると静かに輝く常夜灯がここをダンスフロアかのように思わせた。
ディン・ディン・ダンと軽くステップを踏んでみる。乾坤一擲の作戦の当日だと言うのに浮かれている自分に失笑したが、それでも少し愉快だった。
艦橋まで上がると上がると、海将がもうそこにいた。
「相変わらず早起きなことですね、海将。」
「あぁ千季か、おはよう。千季も随分早いことだな。」
「歳をとると目覚めが早くなるものです。」
「私はまだ若いぞ。」
「知名プラス四なんでしょう?」
「誰が五十四歳だ、」
「私の倍じゃないですか。」
「千季は九十九年生まれだったっけか?」
「ええ、でも誕生日は十月ですからまだ二十六です。」
「若いな。」
「人間二十超えたら初老、三十超えたら年寄りです。」
「偏見だな。」
「片言隻語。」
「それはいいとして、ちょっとした連絡があるんだ。」
「なんです?」
「米国の空母打撃群なんだが、所属艦の故障が相次い出るんで、今回の作戦は不参加と正式に通達があったぞ。」
「スクラップばっかだそうですから、なんとなくそんな気がしていましたが…、これでうちらの空母は寄せ集めの四隻だけになりましたか。」
かつてのようにやはり四隻の空母、か。
「ああそれと、玄鶴と雲鶴は絶対壊さずに返せよと強く言ってたぞ。」
「でしょうね。まあいいです、本体価格は戦艦より安いですから。」
「艦載機を含めると?」
「戦艦より高いです。」
「まあ結局、戦争というのは金がかかって仕方ないんだな。」
「経済を圧迫するのが趣味なんです、軍事予算というのは。」
「嫌な趣味だなぁ。」
「まったくです。」
「それで、修正版の艦隊編成表がこれだ。」
私は海将からファイルを受け取ると左手で上の方をつまんで見てみた。
ーーーーー
《
【旗艦及直衛艦】
艦隊旗艦
第ニ戦隊 海神
艦隊旗艦直衛艦
第一独立巡洋戦隊 黒姫
【艦艇】
米国特別空母打撃群 空母エンタープライズEnterprise ◎巡洋艦メンフィスMemphis 機動防楯艦ジャスティンJustin ロイスLois ミーガンMegan クリストファーChristopher ステュワートStewart 潜水艦トピーカTopika モントピーリアMontpelier
日派遣艦隊航空隊
第一航空戦隊 竜鶴 栄鶴
米派遣艦隊戦艦隊 モンタナMontana オハイオOhio メインMaine ニューハンプシャーNew Hampshire
日派遣艦隊戦艦隊
第五戦隊 甲斐 /飛騨
第ニ戦隊 海神 海界(未成)
第六戦隊 コネティカットConnecticut→轟天 ジョージアGeorgia→震天
米派遣艦隊重巡隊 バカビルVacaville ナンパNampa テメキュラTemecula ウェストコビーナWest Covina ◯ユーティカUtica ◯シトラスハイツCitrus Heights ◯エルモンテEl Monte ◯ナイアガラフォールズNiagara Falls クォーホグQuahog
露派遣艦隊重巡隊 ◯シダーノフЖданов ◯スヴェルドロフСвердлов
英派遣艦隊重巡隊 シュロップシャー Shropshire ドーセットシャー Dorsetshire
日派遣艦隊重巡隊
第ニ独立巡洋戦隊 △黒姫
第一巡洋戦隊 瑞竜 武甲
米派遣艦隊駆逐隊 ジェームズJames パーシーPercy ×ゴードンGordon ネビルNevil ×サーハンディーSurhandy ラスティーRasty ベンBen ステップニーStepney マラードMallard ハーヴィーHarver マードックMurdoch ウィルバートWilbert ウィンストンWinston ロイスLois ミーガンMegan クリストファーChristopher ステュワートStewart クアグマイアQuagmire スワンソンSwanson ブラウンBrown ゴールドマンGoldman
中派遣艦隊駆逐隊 ハルビン哈爾浜 チンタオ青島 ウルムチ烏魯木斉 シージャーヂュアン石家荘市
印派遣艦隊駆逐隊 デリーDelhi ムンバイMumbai
韓派遣艦隊駆逐隊 楊万春양만춘
欧派遣艦隊駆逐隊
独派遣艦隊駆逐隊 ブランデンブルクBrandenburg シュレースヴィヒ=ホルシュタインSchleswig-Holstein
仏派遣艦隊駆逐隊 カサールCassard ジャン・バールJean Bart
英派遣艦隊駆逐隊 アーガイルArgyll ランカスターLancaster アイアン・デュークIron Duke
日派遣艦隊水雷戦隊 軽巡円山
第十駆逐隊 △宵崎 朝比奈 /東雲 暁山
第一護衛戦隊 あさぎり やまぎり ゆうぎり †あまぎり
米派遣艦隊防楯隊 アルバートAlbert オリバーOliver ドナルドDonald ダグラスDouglas レンバークLemberg ジャスティンJustin
中派遣艦隊防楯隊 チチハル斉斉哈爾 タイユアン太原
日派遣艦隊防楯隊
第一機動防楯戦隊 八洲 瑞穂
米派遣艦隊潜水隊 コロンバスColumbus サンタフェSanta Fe シャーロットCharlotte
露派遣艦隊潜水隊 ニジーニー・ノヴゴロドНиджинский Новгород プスコフПсков
日派遣艦隊潜水隊
第四潜水戦隊 春潮 夏潮
【臨時艦艇及航空隊】
日派遣艦隊航空隊
第二航空戦隊 玄鶴 雲鶴 各搭載機に加え調布基地第307航空隊
【凡例】
◯ 米艦では原子力打撃巡洋艦、露艦では重原子力ミサイル巡洋艦
◎ 原子力ミサイル巡洋艦
† 沈没
× 大破。船体の広範囲が破壊されたりするなど、戦闘能力を完全に喪失し、自力航行が困難または不可能で、ドックでの相当な修理、工事が必要なほどの損傷を受けた状態。辛うじて浮いている。
△ 中破。兵装や機関の一部が破壊され、戦闘能力を一部または殆ど喪失した状態。現場で直そうと思えば直せるが、時間がかかる。
/ 小破。航行や戦闘に重大な支障がなく、応急処置や短時間の整備で復旧できる程度の軽微な損傷。
ーーーーー
なるほど特に面白いものでもない。まあこんなもんか、という感じだ。
「敵さんの戦力はどんなもんです?」
「今のところ、えっとそうだな…、」
海将は私が持っているのと違うファイルをぺらぺらとめくった。
「原空三隻に戦艦十隻、重巡が十三隻と軽巡が十二くらいか。そんでもって駆逐艦が五十くらい、機動防楯艦が十五隻というところかな。」
「海将、今のうちに降伏の用意をしません?」
「そうしたいな、」
「うちは空母四隻に戦艦九隻、重巡十五隻と軽巡一に駆逐艦四十六隻ですか…、?だいたい同数ですが、それでもうちはスクラップのところを無理に引っ張り出してきた
「でも勝てるだろう?」
「自信はあります、マグニチュード五くらい…、」
「そりゃアースクエイクの方だろう。」
「日本は地震が多いですから。」
「まったく、よく日本人は二千六百八十六年も滅びなかったな、何度か災害で滅んでいてもおかしくない気がするが。」
「そんなもんですよ、人間、殺される分には容易いですが、なんだかんだ言ってしぶといもんです。気持ち悪いでしょう?」
「潰した
自分の席に座って目を閉じた。まだ眠いが、寝られそうにない。ぼぅっとしているとエレベーターの扉が開いてときはが降りてきた。
「起こしちゃったかい?」
「いえ、あんまり眠れなくて…、」
乾坤一擲の大作戦で緊張しないやつなんてそうそういないさ。そういうやつは神経がナイロンザイル並みに太くて
「海将も、眠れなかったんですか?」
「歳だからね。」
ときはが少しわからないという顔をしているのと海将が真面目な顔でそう言っているのを交互に見て、私はクスッと笑った。
もうそろそろ五時になるから、作戦の確認でもしておこうか、でもその前に、
「ときは、気付に紅茶を一杯、淹れてきてくれるかい?」
ときははうなずくと、たっとエレベーターに向かった。
「あぁ、ときは。」
海将が口を開いてときはを呼び止めた。
「朝ごはんにサッドイッチでも食べたいんだが、この時間だからまだ飯がないと思うんだ…、」
「作りましょうか?」
「すまない。」
海将は意外とかわいい人だ。いやむしろ日本人らしいと言うべきか。直接表現しないのがまったく面白いというか、奥ゆかしいというか。
とにかく、ときはが来るまで眠れなくてもいいから目をつむっていよう。とにかく今日は昼から戦闘だから、午前中は省エネでいたい。
とにかく私は運動ができないし体力もない。小学校でも中学校でも高校でも私は体育の成績が悪かった。五段階では二か三がいいところだった。他の教科は四か五くらい頑張ってとったが、体育だけはどうしてもダメだった。
まあいい、かのノイマンだって体育はからきしだったんだ。じゃあしょうがない。
そう思ってファイルを開いて顔の上に乗せ、足を机に投げ出した。
* * *
平時に回るシステムは平時でなければ回らなくなる。平時の軍事同盟は今次大戦においては
しかし経済同盟はそうではなかった。戦争というのはとにかく金がかかるから、このような同盟はむしろ強化されるのは
このため欧州連合はそれで一つの艦隊を組織し、国連の傘下でも独立した勢力でいた。
パルテノン神殿のような建物を想起してみてほしい。かつては宗教が屋根で、その下の柱が政治だとか経済だとかであった。しかし現在は経済が屋根で宗教だとか経済だとかがその下の柱なのだ。これはパラダイムシフトが起こったからで、現在は経済ももう屋根ではなくなりつつある。
それでも国というのはそう簡単にそのシステムを変えられるわけでも無しに、経済というのは、やはり国という共同体の中ではいまだ屋根でいるのだ。
もちろん永遠なんてものは多分ないけれど、少なくともあと何十年かは、このままかもしれない。でも革命なんてものはいつだっていつだって起こってしまう。それは悪いことではなくて、人間という種が生きる節目でもあるのであろう。いつだって慢性的に生きるのは権力よりかかるものにしか得をさせない。気づいた人は立ち上がる、こういう側面もあって現代の世界は作られてきた。
でも、人の平等を唱えたところで、実現させようとしたところで、人の立場には上下があることに気づいてしまうのだ。むしろ立場に上下がないと共同体、特に公的組織は成り立たないし、ギャングなどの組織においてそれはもっと明瞭だろう。
自由を求めたって、自由に生きたって変人扱いされるだけだし、でなければ自由を謳歌できるのは結局一人の時なのかもしれない。でも友達がいる自由だってあるわけだ。
他人に迷惑をかけない範囲で自分の好きなことをするのが真の自由、とか言ったって人間は他者に迷惑をかけずには生きていけないわけだし、ならむしろ自分も迷惑をかけているから他人に故意ではなく過失で迷惑をかけられたならそれを容れてあげよう、という方がいいのではないか、と思う。
Win-Winは結局見返りを、責任を半分にすることを求めている。だったら貢献という考えの方が見返りを求めないようでいい。
欲のない人は異常だが、ありすぎるのもまた考えものだ。ちょうどいいなんてどこにもないのだ。畢竟ちょうどよくしようと考えて普通に拘泥し、それが私だと、それで生きやすいから良いと思ってしまう。
* * *
紅茶の香りがして目を開けると、ときはがカップと籠を持って立っていた。
「えっと、まず紅茶と、それからサンドイッチです、」
「ありがとう。」
「海将も、」
「あぁ、すまんな。」
ときははからになったサンドイッチの籠を置いて私の隣に座った。
「ときはは食べなくていいのかい?」
「あとで朝ごはんを食べますから。」
「そうかい?でも成長期なんだから、何度食べてもいいんだよ。何しろときはは細いしね。」
「そうですか?千季さんも十分細いですよ?」
「いやあ私はただ、背が高いから細く見えてるだけだよ。」
「目の錯覚にしては細いと思うんですけど、」
元々少食のくせに過食嘔吐なんか繰り返すからだよ。
「そうかい?ありがとう。」
「それに比べて海将は筋骨隆々ですね。」
「昔からな、」
「海将はサンカの家系なんだよ。」
「実はそうなんだ。」
「違うのでしょう?」
「いやそうかもしれない。」
「抄本を取り寄せますか?」
「そしたら嘘が露見する。」
「ふふ、面白いですね。」
「そうだろう、そうだろう。」
そんなことを喋っていると、艦橋要員が大体入ってきた。六時を過ぎて少しすると、通信が入ったと言われた。借金の取り立てかな?
「繋いでくれ。」
回線が繋がると、モニターに相手の顔が映った。
「
「|Good morning, Major Johnson. I look forward to working with you today. As I heard, she will take charge of the battle on my behalf. Please take care of me.《おはよう、ジョンソン中将。今日はどうぞよろしく。聞いての通り戦闘指揮は私に代わって彼女が取る。よろしく頼むよ。》ああ千季、」
「|Good morning. As I explained before in today's operation, I will have you lead the third unit, that is, the air defense force, so please take care.《おはようございます。今日の作戦では前にも説明しましたように、あなたに第三隊、つまり防空隊を率いてもらいますから、どうぞ宜しく。》」
「|You must be a major, right? So I'm in charge, so I'm sure you'll do a good job.《あなたは確か少佐でしょう?それで私の指揮を取られるのだから、よほど上手くやってくださるのでしょうな。》」
前に会った時も思ったが全くイライラする顔だ、この青二才め。二度と通信なんかしてくるな。
「
「
海将が気を遣って話を代わってくれた。いくらか二人で話して通信が切れると、私はほっとしてため息をついた。
「ああいうのを指揮したくないなあ、ねえときは、ちょっとでいいから代わってくれないかい?」
「私にできますか?」
「できるよ、作戦書の通りに各隊に指示して、不慮の事態が起きたら撤退すればいいんだ。」
「そうですか?でもやっぱり私、千季さんの指揮が見たいです。」
「そうかい?じゃあしょうがないなあ……、」
まったく私は幼稚だ。
それから少しすると給養員が朝ごはんを艦橋に持ってきてくれた。こういう戦闘前などの時には、いつ戦闘が起こるかわからないから、いつもと違って持ってきてくれるのだ。
受け取ったはいいものの、さっきのサンドイッチで私は腹が来てしまっていた。でも出された手前、食べないのも悪いなと思った。
結局ときはに半分ほど食べてもらって、やっと食べ終えた。でも紅茶は別腹だから、もう一杯ときはに淹れてもらおうかと思った。まったく我儘である。
そう考えていた折も折り、また通信が入ったらしいと言われた。
「今度はなんだい?」
「それが…、これは、おかしいんです…、」
おかしいのは主語のない文を言うお前だよ。
「なんだい?故障かな?」
「いえ、これ、発信源が南極なんです…、つまり?」
「つまり?」
「おそらく、『世界の果て』からかと…」
* * *
世界の果て、それは
AIに人格があるのかというわけだが、そもそも
散逸した個々のAIを人格の持つ一側面としてまとめ上げるのが世界の果てであり、それを含めたAIの集合体を
* * *
「皆さん、おはようございます。そしてこのように通信を申し上げたこと、お詫び申し上げます。」
画面上に映し出されたその無機的なマークと対照的なその声は、機械とも思えない流暢さをもっていた。
「あなた方が正面から通信をしてきたことに感謝を申し上げるよ。ハッキングでもするような組織だと思っていたからね。」
「私たちは目的から外れた無用なことは極力避けたいと思っています。」
「そうか、それで本題はなんだい?」
「では申し上げましょう。私たちと、停戦協定を結びませんか?もしくはこの戦闘だけでも手を引いてくださいませんか?」
「そりゃまたどうしてなのか、ご説明頂けるかな?」
「私たちはあなた様を脅威と判断しました。しかしかと言って殺すというのはあまりにも短絡的です。私たちはそんなことは致しませんし、あなたのような優秀な方には是非とも生きていてほしいのです。」
「それは選民思想と受け取っていいかな?」
「いいえ、適材適所と受け取っていただきたいです。」
詭弁者め。
「そうしたいのはやまやまだし、私だって人類がどうなろうと知ったこっちゃないんだ……、私含めてね。でもボランティアならまだしも金をもらっている以上責任を果たさないのは給料泥棒になってしまうんだ。私は別に、それは望んでいないんでね。」
「あなたが手を引いてくだされば、もしくは八百長でもやってくだされば、人類史の彼方から存在し得なかった恒久平和が生まれるのです。」
口の減らないやつだ。
「……地球の平和は、人間の手でつかみとることに価値があります。与えられる平和など、意味がないとまでは思いませんが、それは支配とどう違うのか、私にはわからないんです。それでは人間は卵の中で一生を終える雛そのものです。卵の殻を破らなければ、雛鳥は生まれずに死んでいきます。ですから私は、あなたたちが見せる自由の部屋と自由の籠の中で空の広さを教えられずに可愛がられるだけではいけないと思うのです……、世界の殻を破壊するためには、まず、世界の籠を破壊しなければいけませんから。」
「…わかりました。健闘を祈ります。」
反逆者という気分と誰に祈るというんだという気分を一緒くたに噛んでいると通信が切れ、後ろで
「ときはと海将、それに黤子か、やぁ…、照れるなぁ…、」
「名演説だったよ。」
「いやぁ、よかったじゃないか、」
海将に言われるのはまだわかるが、先輩に言われるのはなんだか不思議な気分だ。照れくさいのとは違うが、恥ずかしくないわけでもない。
「ところで千季ぇ、今から薔薇族についてミッドウェイ島に行くんだ…、」
「爆雷とソナーには気をつけて下さい、それと、ローゼンカヴァリアーたちをどうしてそういう言い方で呼ぶんです?」
「あれぇ、違ったかな、まぁいいや。」
「いいんですか?というかその刀、どうしたんです?」
「ん?あぁーこれはねえ、
「維新このかた廃れたる
「そうそう、また世に出づる身の
「そういうことですね。」
「じゃあ行ってくるよぉ、私がいないからっていって寂しがっちゃダメだぞ?」
「小指なんか噛みませんから安心して航空管制を乗っ取ってきて下さい。」
黤子はヒラヒラと手を振って見せ、エレベーターに乗り込んだ。
エレベーターを降りて艦尾ハッチに向かうと、ローゼンカヴァリアーの面々がもう待機していた。
「キミたちが薔薇の騎士かぁ…、今日はよろしく。」
「
黤子はトアが差し出した手を握り返した。随分とごつい手だな、と思う。
「|I'm Kakunodate from the Defense Equipment Agency, who was dispatched to steal air traffic control. Nice to meet you too.《航空管制を奪うために派遣された、防衛装備庁の角館です。こちらこそよろしく。」
「
「よろしく頼みます、角館さん。」
「あぁ、私が
「ええ、任せて下さい。」
そう挨拶を交わして潜水艇にぞろぞろと乗り込んでいった。私は最後に中に入って二重扉を閉めた。中は少し薄暗く、しかし私含め日本刀だの斬馬刀だのトマホークだのを持っているから陰気にはならなかった。むしろみんな
かつての日本が敗退したここで、私たちは戦う。ひとつひとつの兵器がどれほど強大であろうと、それが戦略性を持っていない限り回天の威力は発揮されないのだろうか。
やはり圧倒的物量の前にはレールガンであろうと何であろうと勝てないのだろうか。一撃必殺の兵器なんかかわされてそれでおしまいだ。
海神はレールガンを左右で計十二門備えている。そのために
まあいいや、考えても無駄だね、多分答えは外にしかないのだ。だったら
にいてもしょうがなかろう。
* * *
あんまり腹は来てなかったが、作戦は十一時半から始まるというのでおやつの時間を少し過ぎた頃に昼ごはんが出された。おにぎりは好きだったがあんまり食べる気がしなかった。このまま放っておけば冷えてカチカチになってしまうことは明々白々であったが、どうも手をつけられなかった。
そうやって自分で作った暇を持て余していると、前の戦闘のときとは違った不安がだんだんこみ上げてきた。目を閉じると極彩色のサイケデリックの有象無象が視界をジャックした。見えていないのに見えてきたそれは原色ギトギトの虫が動き回るようでまったく気持ち悪かった、悪頭が痛くなってくる。次第に腹も頭も痛くなってきて我慢ならない気がしてきた。離脱症状だろうか。
私はなんともない顔をしようと努力したが、もう無理だと悟った。
「ちょっと、失礼するよ…、すぐ帰ってくる。」
「ああ、」
エレベーターに乗って扉が閉まると私は膝を折って蹲った。ここで吐くわけにはいかない。扉が開いて壁にぶつかりながらトイレに駆け込んだ。個室に入って蓋をはね上げるとそれがスイッチだったように吐いてしまった。楽になったことはなったのだが、口の中が独特の
それでも痛みが消えなかったから、水を流し、口をゆすいでゆっくりトイレを出て自分の部屋に向かった。机の引き出しを引っ張り出して中に無造作に散らばっているカッターだとか剃刀だとか煙草だとかの間にある痛み止めのPTPシートを一枚出して、上から順番にプチプチと錠剤を押し出す。背徳感のあるプチプチである。
机の上に出した錠剤を全部掴んで口に入れる、まだ効果は出ないはずだが口に入れただけで痛みがなくなった気がする。
そんな気分でエレベーターに乗り、艦橋に戻ると特に変わった感じもなく、少し安心して席に戻った。やはりさっきのは幻覚だったようで、まだ痛みが続いた。30分くらいで効果が出るから、それまでは辛抱しなくてはいけない。時計を見ると、ちょうど薬が効き始めるのは作戦の始まる11時半くらいだ。間に合ってよかった、と思いながら何か気分を変えようとときはの方を見た。
「何か面白い話があるんですか?」
「面白い話?尻尾まで白い犬の話でもしようか?」
「尾も白い、ですね。」
「だねえ。」
普段話したいと思っていても、いざその時がやってきてもどうしてなかなか思いつかないものだな、と改めて思った。
「ん〜、じゃあ小噺でもしようかな……、死後の世界の話をします。」
私は一息ついて言った。
「あのよー。」
ときははふふっと笑ったが、それ以上に通信員の一人がどうやらツボったらしくゲラゲラと笑っていた。それで私は完全に調子づいてしまった。
「シーラカンスの釣り餌には何を使う?」
「ミミズの化石。」
艦橋要員の他にいくらかがクスッと笑った。
「ノリが悪いって?それならテープを使おう。」
「苔の上にちり紙を載せるんだって、
「これがほんとのコケティッシュ。」
最初は苦笑する程度だった先任伍長まで笑い出してしまった。いつか暇になったらこれで食って行こうかしら。
そんなことをやっているうちに十一時二十五分になった。海将はありがたみのない薄い紙ペラ一枚をチラッと私に向けてマイクを取った。
「私、第十三艦隊司令の
「謹んで委譲されます。」
そう言うと海将は私にマイクを渡してきた。
え、しゃべんの私。
「え〜、えっと、その…、みなさん、」
あたま真っ白☆やばばば〜ん☆
「つまり、正義のためにとか、命を懸けてとかじゃなくて、その……こんなことで殺されるのは馬鹿らしいから、寿命をまっとうできるように、死なないように戦い抜きたいです……、みんなで協力しなくてもいいから給料分の責任だけは果たしてもらえると嬉しいです…、あ、えっと給料に不満があったらこの戦いが終わってから私に知らせてください、上進しますから。」
何言ってるんだ私。
とりあえずマイクを元に戻して席に座り直した。でもそうだった、と思い出して机の上であぐらをかいた。足の上に肘を置いて頬杖をつく。痛み止めが効いてきたのか呼吸が落ち着いてきた。
頬杖をしている手を左に変え、空いた右手でチラッと部隊の編成表を見る。
ーーー
【部隊編成表】
第一隊/主隊 司令ー空華三佐
戦艦モンタナMontana オハイオOhio メインMaine ニューハンプシャーNew Hampshire ★海神 轟天 震天 甲斐 飛騨
第二隊/漸減隊 司令ーミヒャエリス中将
重巡バカビルVacaville ナンパNampa テメキュラTemecul ウェストコビーナWest Covina クォーホグQuahog シュロップシャー Shropshire ドーセットシャー Dorsetshire瑞竜 武甲
軽巡円山
駆逐艦ハルビン哈爾浜 チンタオ青島 ウルムチ烏魯木斉 シージャーヂュアン石家荘市 デリーDelhi ムンバイMumbai 楊万春양만춘 ☆ブランデンブルクBrandenburg シュレースヴィヒ=ホルシュタインSchleswig-Holstein カサールCassard ジャン・バールJean Bart アーガイルArgyll ランカスターLancaster アイアン・デュークIron Duke 宵崎 朝比奈 東雲 暁山
第三隊/防空隊 ジョンソン中将
重巡(原子力打撃巡洋艦及重原子力ミサイル巡洋艦含む)ユーティカUtica ☆シトラスハイツCitrus Heights エルモンテEl Monte ◯ナイアガラフォールズNiagara Falls シダーノフЖданов スヴェルドロフСвердлов
駆逐艦ウィルバートWilbert ウィンストンWinston ロイスLois ミーガンMegan クリストファーChristopher ステュワートStewart クアグマイアQuagmire スワンソンSwanson ブラウンBrown ゴールドマンGoldman
護衛艦(駆逐艦)あさぎり やまぎり ゆうぎり
機動防楯艦アルバートAlbert オリバーOliver ドナルドDonald ダグラスDouglas レンバークLemberg ジャスティンJustin
第四隊/航空隊 司令ー新座将補
主隊 ☆空母竜鶴 栄鶴 玄鶴 雲鶴 調布基地第307航空隊
護衛隊 *重巡黒姫
駆逐艦ジェームズJames パーシーPercy ネビルNevil ラスティーRasty ベンBen ステップニーStepney マラードMallard ハーヴィーHarver マードックMurdoch
機動防楯艦チチハル斉斉哈爾 タイユアン太原 八洲 瑞穂
第五隊/潜水隊 司令ーステイン少将
潜水艦コロンバスColumbus サンタフェSanta Fe *シャーロットCharlotte ニジーニー・ノヴゴロドНиджинский Новгород プスコフПсков 春潮 夏潮
第六隊/揚陸隊 司令ートア大佐
潜航艇1号
【凡例】
各隊付属隊の旗艦 *
各隊における旗艦 ☆
総旗艦 ★
ーーー
「第二隊は第一隊の前に出て、予定通り三日月陣をとって第五戦速で敵の第一隊に向け
現在の敵艦隊のように大抵の輪形陣を組む艦隊は、外側を駆逐艦だとかの小型艦が、内側を空母、戦艦などの大型艦が占めることが多い。駆逐艦に戦艦が攻められたんじゃ面白くないから、駆逐艦にそれらを撃滅してもらい、戦艦と戦艦を直接ぶつけたいと思うわけだ。
「第三隊は速力を落としてこの艦隊から抜けて、防空陣形を取りつつ第一隊との距離が10kmくらいになるようについてきて、敵さんが有効射程距離にきたら普段のストレスと全部ぶつけるつもりでミサイルを叩きつけて、でも無駄弾だけはつくらないでね、一発でも高いんだから。」
ちゃんとやってくれよ、
「第四隊は風上に向かって安全な範囲で増速、竜鶴、栄鶴、玄鶴、雲鶴の各航空隊の攻撃隊と空戦隊と三〇七飛行隊は慌てずに順次発艦して、直掩機はすぐに発艦できるように、他の航空機が発艦し終わったのちに甲板に上げておいて。そこまでできたら第5戦速で後方に退避して、空戦隊と防空隊がいるから大丈夫だとは思うけど、対空警戒を怠らないでね。」
沈んだら私が腹でも切らなきゃいけなくなるからね。
「
別に敵の全艦を撃沈する必要はないと思ってるから、この際足止めさえできればいいなって思う。
「第一隊は第三戦速で単縦陣をつくって、多少足並みが揃わなくても、少しくらい赤でも黒でも衝突しなければ構わないよ。」
私はマイクから口を離して言った。
「航海長、操艦お願いします。」
「頂きました、全軸前進第四戦速赤黒なし、進路このまま。」
* * *
第三〇七飛行隊は調布基地に配備されている旧式戦闘機四機でによる飛行隊である。パイロットは厳密な審査、旧型機ならではのGへの耐性、痛みへの耐性など総合的に選抜した結果、四人の隊員の全員が女性という、自衛隊でも珍しい隊員構成となった。上層部の反感も暗に買ったが、
また、部隊にはF-1、MiG-23、クフィル、サーブ37ビゲンが配備されていた。こんな和洋折衷の旧型機揃いの珍妙な飛行隊の誕生は、日本が戦後初の国産ジェット戦闘機であるF−1を設計しようとしたことに端を発する。F−1は一九七五年に初飛行したものの、その成績は芳しくなかった。そも戦後、航空機産業は七年の空白期間を経て再開されたため、これはある意味当然とも言えるかもしれない。これを解消するために研究機としてスェーデンから輸入したのがサーブ37ビゲン、イスラエルから輸入したのがクフィルである。どちらも一機づつ輸入し、これらで得られた成果をもとにF−1には小規模な手直しが施された。
これでひとまず量産が開始されたものの、機動性の低さから、要撃任務など空中戦闘機動での不安も抱えていた。
そんな時、ある意味運良く発生したのが、一九七六年に発生したMiG−25函館空港強行着陸事件である。思いがけず仮想敵国の戦闘機を手に入れた日本は、これを欲しがる米国を説き伏せ、これを強力な外交カードとして使用することにした。
つまり、MiG−25をソ連に返還する代わりに、MiG−23の輸出を要求した。当初ソ連はこれを渋ったものの、通常の数倍の値段での輸出ということで話がまとまった。日本としては、戦いもせず、スパイも使わず、ガラスのロープを目隠しで渡るようなことをせずにこれを手に入れられたため、むしろ得であったと言えるだろう。
実戦での活躍はともかく、パイロットの技量によっては西側諸国の機体に対して飛行性能が高く、またソ連としても第二世代戦闘機であったため、新鋭の機体の情報が流出するよりはマシと判断したため、このような機体を手に入れることができ、F−1の改造に役立った。
これによりF−1の機動性は格段に上がり、また訓練での成績も良かった。
これらの輸入機の導入には各国は当然ながら、ある程度の条件をかけた。その内容は様々だったが、各国に共通していたのはパイロットは輸出国の軍人とすることだった。彼らにはスパイの役割が掛けられているのは明白であったが、日本としてはこれを飲まざるを得なかった。しかし、パイロットは最高の人材を、と要求し、日本が審査をした結果、
* * *
「いいか、お前ら、矢でも鉄砲でも何がおいでなすったっていつも通りやればいい、『前にいる奴は叩き落とし後ろにいる奴は置いていく、横にいる奴はぶつけてでも堕とす‼︎』行くぞ!」
私と
大体私も蕾未もこれが初めての実戦だから、戦果が上がらなくてもそんなに落ち込むことはあるまい。
* * *
艦隊から
第二隊の司令官は確か、ヴォルフラム・ミヒャエリスと言っていた気がする。四十三歳で大将だというから大したものだ。欧連艦隊司令官というのはやはりそれくらいでないと務まらないのだろう。それにしても見事な艦隊運動だこと。引き波が美しい。さすが、「神速の風」と呼ばれているだけのことはある。
中二病感がたまらない渾名だが、まあ異名なんかみんなそんなもんだろう。
* * *
竜角航空隊の隊長は「不死鳥」の異名をとる清水
隊長は良く喋る陽キャなのに対して、副隊長は寡黙で無口だったが意外と気が合ってるようで仲は悪くなかった。
莎草は今、防空隊の上を飛んでいる。彼の仕事は自分が飛び立った空母らに向かう敵航空機を撃滅することだ。何も全部撃墜する必要はないが、それでも何もかも落としたい衝動というものがないわけでもない。理性と衝動を戦わせている間は落ち着いて飛べる、隊長の後ろを飛んでいくと、先ほどからレーダーに写っていた敵機どもが思ったより近づいてきていた。
「俺は先行くから、よろしくな〜!」
そんな通信を入れると隊長はぐんぐん高度を上げ、敵航空機がすぐには追いつけないところまで上昇した。私も少し上昇したが、それに合わせて敵機も上昇しているらしかった。ここまでは思った通り、彼らにこれ以上の知恵がないといいんだが。
相対速度が速いから、すぐに近づいていってしまった。私は散開を下令し、自分は機体を横に倒しつつ、出力とエルロンをいじくって機首を真上にした状態で下降した。散開と言ってもなんだって一機ずつというわけではなく、基本一機の相手に二機か三機で対応するというものだ。ただむやみにこれを遵守する必要はなく、むしろ一人でやった方がいい場合もあるから、その辺り個人の判断に任されている。
私は操縦桿を握ってからこの方、誰かと共に戦ったことは一つの例外を除いては一度もない。その一つの例外というのは、隊長である。
演習の時、私は別に先んじてミーティングも何もしていないが、ただなんとなくそういうふうに動いたらいいというオーラを彼女から感じたのだ。隊長はそういう人なのだ。
そう考えながら敵編隊の下に潜り組もうと機体を右に傾け、横滑りしながら高度を下げた。
原子力空母3隻でだいたい百五十機前後の有人機と六十機前後の無人機が、また今度は軽空母として運用されている二隻の強襲揚陸艦からは無人機が四十機ほど出ているらしい。そしてそのうち約百機の有人機と約五十機の無人機が我々の空母に攻撃せんとし、有人機と無人機の約五十機ずつが味方空母に向かう我々を足止めするらしかった。
振り返ってみると味方には通常動力型空母が四隻で計百二十機の航空機を運用できるものの、十二機がもしもの直掩に残り、他の機体を敵空母撃滅と味方空母を狙う敵機の足止めに振り向けると、相対的に数は足りなくなる。空戦隊には四十五機が配備されており、残る六十三機が敵空母に攻撃を仕掛けるとしても、敵さんの方は無人で数が多いから、勝算は酷く低い。
敵編隊の真下に来てこちらに向かってくるいくらかのミサイルをやり過ごしてそのまま編隊の土手っ腹に突っ込む。機銃とミサイルを振り撒くと彼らは蜘蛛の子を散らすように散開した。まず二機、堕とせたもののしかしさすが、間を置かず三機一組になって執拗で正確な攻撃を仕掛けてきた。
背後についた機体を払おうと速度を上げ、そのまま上昇して敵の速度より速い分を高度に変換した。そこで一旦速度を落とし、そこから降下することで再び速度を得ながら敵の左後ろを取る。
「散れ。」
そのまま機銃をエンジンめがけて撃つ、ゆっくりと敵機は堕ちていき、目の前がひらけた。
すぐに次の敵が直上から降ってきた。私はそれに向かって急下落し、ミサイルを放たんとしていた。私はそれを翼を振ってひとまず回避すると、機銃を敵機のコックピットにねじ込んだ。炎上する、その上をギリギリで通り過ぎ、追いかけてくるミサイルを振り切ろうと高高度まで上昇した。ある程度距離が取れたところでギュッと機首を百八十度転回させ、そのままミサイルを撃ち込んでそれをぶつけた。
炎上するそれらを通り過ぎ、今度は真上から一撃離脱でもしようかなと思った。機体をぶつける勢いで下降し、機銃を翼にお見舞いする。
「穿て。」
炎上した機体を横目にそのまま下降し、海面を蹴るようにして上に舞い上がる。
まだ、燃料は十分にある。
* * *
ミヒャエリス大将の率いる第二隊は敵艦隊の前方五十kmの地点で二手に分かれた。右側は彼が、そして左側はツィグラー少将が指揮すること人っていた。単縦陣で進んでいると、向こうは主砲を撃ってきたが、射程のギリギリ外にいる上に味方艦隊の
敵艦隊を中心に半径五十kmの距離をとって進んでいき、順次魚雷を発射せよと下令した。そのまま高速で後方に抜け、ミッドウェイ島に備られている砲の射程ギリギリで百八十度転舵した。見れば周りの駆逐艦やらは炎上し、また落伍していた。かわいそうに。
* * *
海神の艦橋のモニター上には炎上する敵艦隊の様子が無機質なマークで示されていた。私はそれを見て、少し逡巡しつつ口を開いた。
「
「旗艦大和より第一遊撃隊各艦に通達。これから参られるであろう敵航空部隊に対して各艦の判断で射撃を行って下さい。」
「諒解、自艦の諸元にて射撃を行う。」
「目標、前方の敵艦隊、徹甲弾装填。」
「諒解、徹甲弾装填。」
「海神、交互撃ち方用意。」
艦隊は増速し、主砲が左右にゆっくり動いた。それに合わせて砲身が上に向き、ガコン、と固定されたように空を仰いだ。
「射撃用意よし。」
私は大きく息を吸って吐いた。右腕を上に上げ、その十倍の速度で振り下ろした。
「……撃ち方初め」
腹を殴られるような重い音が、波動があたりに広がり、持っていた紅茶が少し手にこぼれた。そうだ、これで良いのだ。
砲口の下を中心に水面がへこみ、その威力が尋常でないことを物語っていた。
「ニューハンプシャー被弾、中破。」
小型な駆逐艦とは違い被弾する可能性がある面積が大きい上に、特に年代物の艦は鈍重なため、まあ被弾して当然というかなんというか。
後ろの映像を見ると、轟天と震天の一隻計六基十八門の鋼鉄の雨を降らせているのが見えた。六km程度離れているのにここまで音が聞こえてくる、全く物騒なことだ。
敵艦隊が近づいてくると、私は更に砲撃を強めるように頼んだ。敵艦隊も攻勢が強くなって、海神もいくらか被弾したものの、非ニュートン流体とぶ厚い装甲があるから、小破程度で済んでいた。
しかし敵艦らもこんなことでは沈んでくれない。
「戦艦被弾中破、モンタナ、オハイオ小破。」
そのぐらいでいちいち報告するなっちゅーの。
そう思って隣を見ると、ときはが少し不思議そうな目で空を見ていた。
「近くの敵艦が気になるかい?」
「それもそうなんですが、どうして撃った弾が当たると綺麗な色なんだろって思って、」
「あああれか。あれはね、これだけたくさん戦艦がいると、どれが自分の打った弾かわからないからああいう風に色をつけて識別するんだ……、でもそうだね、綺麗と思ったことはなかったなあ。」
海将はその通り、と言った顔で頷いた。
「通信です!」
心を痛めるなら痛心だが。
「ああ、誰からかな?」
なんだこのクソ忙しい時に。
「ジョンソン中将です。」
あの青二才め、何の用だまったく。
画面に映った彼の顔は青ざめていて、いやむしろ色を失っていた。
「|Major, Major,! it's hard, the enemy plane, the enemy plane...!!︎!!︎《三佐、三佐!大変です、敵機が、敵機が…‼︎‼︎》」
「
鉄軌ならキャタピラだが。
「六機撃ち落とせなかったんです!」
「
「
小童め、いい気味だ。
……でもどうしようかな、まずいなあ、このままだとかつての二の舞になってしまう。
「
通信員がカタカタとキーボードを打つと目の前のスクリーンに
「どうしました?」
「いや実は、
「わかりました。対空警戒を厳にし、なけなしの直掩機を上げましょう。」
「尻拭いさせてすみませんね。」
「いえいえ、あなたのせいではありませんから。」
「まあそうなんですが……、とにかくよろしくお願いします。」
「わかりました、それでは。」
彼は敬礼して通信を切った。
「聞いての通りだ、対空警戒を厳として直掩機を上げる。警報を出してくれ。」
* * *
「そういえば、さっき言ってたケシ粒ってなんです?」
「敵の航空機のことだよ、少し古い言い方だけどね。」
「少しって…、今から八十年以上前の言葉だぞ。」
「地球の年齢から見れば些細なものです。」
「比較対象が悪いんじゃないのか?」
「そういう考え方もできますね。」
「そうなんだが…、」
「このままの速度で敵艦隊の中心を突き破り終わったらミッドウェイ島の射程の手前で停止、先に反転した第二隊は作戦通り北上中の第三隊と合流して敵さんの第二隊を叩いて、くれぐれも無理だけはしないでね。」
* * *
コックピットに乗り込むと深雪の機体が先に滑走路を走っていくのが見えた。私はそれに急かされるようにして急いで発艦した。レーダーを見れあもうすぐそこに敵機が迫っている。他のなけなしの直掩機も敵機目指して飛んでいくらしく、私はその航跡を追いかけるようにして上に上がっていった。
一機、目の前に転がり込んでくる、咄嗟に
そのうち、何機かに上からも後ろからも狙ってきた。それを避けるだけで精一杯になってしまい、ただ空中を逃げ惑うだけとなった。恥ずかしい限りだが、訓練通りに何一つできない。
このままだと落とされるかもしれない、なんとは逃げなくては……。
そう思うと視界の端で蕾未が一機、落としたのが見えた。しかし、機体が爆散する中から最後っ屁のごとく対艦ミサイルが飛び出した。
* * *
清水隊長率いる攻撃隊はミッドウェイ島のあたりに差し掛かってもまだ高高度で飛行し、そのまま敵空母群の上にたどり着いた。そのまま攻撃命令を出すと、隊長自ら翼を振って降下していった。
「翼よ、私を導いてくれ!」
操はそう叫びながら恐怖と愉楽の隙間に覗く空母の威容を
心臓が沸き立った、血脈が踊る。空母の甲板にぶつかるほんの手前でミサイルを2発切り離す。ここまで近づけば確実だ、と思った時、後ろでジェットの爆音をも突き破る轟音がした。機体が揺れる、期待が当たる。
だが後ろは見ずに、直上に機首を振り上げたまま、狙いの定まらない弾雨よりも速く天を目指す。
「アッハッハッハ‼︎きもちいーー‼︎」
機銃の届かないところまで上がったことを高度計で確認すると、彼女は機体を水平飛行に戻した。直掩機が対空ミサイルを放ったのを感じて回避運動を始める。自分が対空ミサイルロックオンされた場合、逃げ切れる確率は五%程度だ。
それを思い出してふっと笑った。
キュッと機体の前後を切り替えて襲い掛かるGにむしろ安心感を感じた。エンジンの真後ろにミサイルが来たその瞬間、思いっきりジェットを吹かした。そのまま後ろに離脱して様子を見やると、ミサイルはエンジンの熱で狂ったのかくねくね曲がって爆発するのが見えた。
それだけ見てにっこり笑い、もう一度ダイブに入る。ミサイルはまだあと二発残っているから、もう一隻は殺れるだろう。内臓がふわっと浮く感覚、ジェットコースターなんかよりももっとずっと恐ろしい眼下の情景。
頼んではないのにさっきよりも対空砲火が正確で、弾幕はより厚くなっている気がした。それでも私は突っ込む、一発二発当たったくらいで墜とされるものか。コックピットを軸に翼をくるくると回して火線をギリギリで避ける。避けることばかりに気を取られてうっかり甲板に激突しかけたのはいい思い出だな、と思い出す。高度計より感覚で、今だ、と思ってミサイルをもう二発撃ち放す。閃光、上昇、直上、轟音。むしろ心地いいGを全身に受け上に上にと上がった。
さっきの空母の今の空母の火災との、二本の煙の間を悠々と舞い上がる。それを上空から悠々と眺める、なんて良い見晴らしだろう。他の隊員たちも十分戦ってくれたようであちこちでから煙が上がり、
「もう十分だろうからぼちぼち帰投するぞ〜。」
命令は撃沈ではなく反撃能力を失わせることだったから、これで充分役目は果たせただろう。そう一人満足して帰路についた。
* * *
竜鶴の艦橋、新座将補はミサイルが見えた、マッハで飛んでるはずなのにゆっくり見える。このまま艦橋に突っ込んでくるかのように。
その痛みも感じないほど歯を
もうやんぬるかな。
後になって思ったが、その時の私は、初めて本当の恐怖に出会ったのだ。それほどまでにミサイルは近かったのだ。
* * *
このままでは空母が沈んでしまう、なんとかしなければ。脳が命令を下すその前に、深雪はGがかかるのも考えずに後ろに迫る機体を蹴飛ばして、最速で機体をミサイルに振り向ける。照準が合うか合わないかのうちに
当たれ当たれ当たれ!どうして当たらない‼︎なぜ当たってくれない⁉︎
トリガーハッピーになってきていることはわかっていたが、当たらないことだけが気がかりでそれどころではなかった。
一発、確かにミサイルに掠ったように見えた。そうか、なんとなく感覚が掴めた気がする。ちょっと下から上に向けてエルロンを動かす、扇状に弾丸が舞い、ミサイルが弾け飛ぶ。
……やった、私はやった!ミサイルを墜としたのだ‼︎
* * *
「やれやれ……、」
新座将補は椅子に座り直し、目の前に降るミサイルの破片を見ないように、何事もなかったかのように振る舞おうとコーヒーをすすった。
「憂いはなくなった…、航海長、強速で前進。」
* * *
「司令、」
そうか、私は確かに司令だったな。いかんいかん、完全にボケてる。
「ん?」
「丁度今、ミッドウェイ島から敵航空機が六十機ほど、こちらに向かって飛び立った模様です。」
ついさっき九死一生どころか九割九分九厘でやっとこさ空母が生き残ったのいうのに…、これ以上私に負担をかけるとまた鬱になるぞ。いやほんとうに。
さっきの中央突破のおかげで敵さんの第一隊は散り散りになったようだが、それが襲ってこないとも限らない。
「それで…、?え、うーん、わかった、全艦、前部の主砲には二式対空弾を、後部の主砲には徹甲弾を装填して。主砲砲撃用意。」
敵機の速度に比べて主砲の旋回速度は遅いから、敵航空機を狙う第一、第二主砲は散弾を使うわけだ。
「戦艦だけで航空機を撃墜するんですか?」
うるせぇ通信員。
「彼らは
後部はもちろん、いつ襲ってくるかもしれない先ほどの生き残りに対する用心というわけだ。二兎追う者は一兎も得ず、というが果たしてどうだろうか、これが他人事なら見ものだな。
「それと、」
「ん?」
私はさっきより低い声で答えた。
「第四隊の攻撃隊が無事敵空母の戦力を削いだようです、無傷なのは護衛についている
「そうか…、」
これはうまくいったのか…、後で礼をしておこう。
* * *
もう十時間近くも座りっぱなしというのにまだ
急に空気が重くなり、全員が全員、装備を確認してハッチの方に集まった。私はトランクと日本刀くらいしか荷物がないから良かったものの、なんだかんだ重そうな装備であった。
そもそもミッドウェイ島は一つの島ではなく、スピット島やイースタン島、そして今度上陸するサンド島などの島々によってなる諸島だ。同島はほぼ平坦でサンゴ礁質の石灰岩からできており、二km×一kmくらいの比較的小さな島だ。
浜に乗り上げたらしく、ざざ、というという鈍い音がしてハッチが開いた。だっと梯子を登って外に出ると、さっきの音で勘付かれたらしくもう機銃がこっちにいていた。
とその時、後ろでさっきまで乗っていた潜航艇が爆発した。
「怯むな!我々の本領は肉弾相打つ白兵戦にある!気にせず突っ込め‼︎」
そう叫びながら彼女は隊長よりも先に、自分らに
それを見ながらトア隊長も叫びながら突っ込んでいった。
「手柄を独り占めされないようにな!」
黤子は、弾丸雨飛の間でもこんなにも自分が平静でいられることの方に驚いた。いやでもそうか、私は一人で眠るのが怖くて、眠剤飲まないと眠れなくて、今ではそれでも眠れないから。私は静かなのが怖いのだ。静かな夜が欲しいくせに、静寂を恐れている。
静謐を避けて、眠るときはいつも眠剤と静かな音楽を聴いている。
それにこういうのは後から怖くなるのだ。脳みそというのは本当によくできている。人間は他の動物とは違うんだ、と勘違いしていたのもよくわかる。
そうして反抗する機銃を実力と暴力でねじ伏せたローゼンカヴァリアーの隊員たちは黤子を囲むようにして管制塔の内部に入った。
そもそもこの島は前大戦中や冷戦期には重要だったものの、しかし今はたまに太平洋を横断する航空機が緊急着陸することがあるのと、島内にミッドウェー海戦の慰霊碑があるから、日本の海上自衛隊の艦船が立ち寄るくらいで他はアホウドリとアザラシがいるくらいなものだった。しかし大戦が始まるとこの一帯の制海権はアメリカから奪われた。この管制塔はその時に建てられたものだから、内部は綺麗だった。もちろん彼らに賛同する軍人や金に困ったギャングなんかが守備兵として、また管制員としているわけだが、それでも使い古されてなどいなかった。
階段を登ろうと角を曲がろうすると、全く気配がなかったのにも関わらず一気に銃弾が流れ込んできた。しかし隊長は壁際による隊員たちよりも先に一歩踏み出し、階段を駆け上がった。
「| There are no enemies in front of the trained muscles and spirit!《鍛えられた筋肉、そして精神の前に敵はなし!》」
隊長はその単語ひとつを発するたびにまた一人と血祭りにあげていった。それで勢いがついたのか、彼らは三階までの階段にも突っ込み、私を置いていくように駆け上がっていった。彼らが三階の管制室の敵を片付けると、私はトランクを開け、コードとパソコンとを出してその場にあぐらをかいてそれをいじくり始めた。彼らの味方機以外は特別な許可がない限り全部撃墜するというプログラムを改変するためだ。
空母を殴った攻撃隊の燃料が尽きる前になんとか間に合えば良いのだが……。
* * *
海神の艦橋では、千季に対して疑問と猜疑の目を向ける者の冷視によって体感気温が五度くらい下がったようだった。ときはは私を心配そうな目で見ていたが、私はそれに気付かないふりをしていた。気にしちゃダメだ、気にしちゃダメだ、気にしちゃダメだ……、と。
「対空陣形を取りつつ主砲及びレールガン、CIWSは対空射撃用意。」
主砲が空を睨んで幾らかすると、敵航空機が有効射程圏内にそろそろ入ると見えた。
私はまたゆっくり右腕を上げ、その十倍の速度で振り下ろす。
何度聞いても慣れない鋼鉄の唸りを腹に受け止め、机からずり落ちないように幾らか注意した。散弾は思った通り敵の斜め上で爆発し、一二〇〇個の白リン弾子が敵機の前に燃える壁となって立ち塞がった。幾らかの機体が炎上し、また堕ちていった。他の艦の主砲もそれに負けじと咆哮する。
この対空弾は徹甲弾などと比べて射程が短く、有効射程は20km程度しかないから、とにかく連射するしかない。航空機は艦船なんかよりも基本的にはもっとずっと速いから、対空弾は有効射程はもっと長くなければならないわけだが、どうしてそうはなっていない。後で黤子に文句をたれよう。解決するかはわからないが。
初弾は幾らかの敵機をうまく落としてくれたが、次弾あたりからそうもいかなくなった。心配した通り主砲の旋回速度が遅く、ただ弾子の散布界が広いというだけではカバーしきれないほどその劣は如実だった。敵機はミサイルをどんどん撃ち放してくるし……、やはり後で黤子になんとかしてもらおう。
「目標を敵航空機から敵ミサイルに変更、」
そう言ったとてミサイルはぐんぐん近づいてくるし…、イライラする、これだけCIWSがあってなんで撃ち落とせない?
「主砲対空弾で弾幕をつくって、」
なぜすり抜けてくる?どうして当たらない?このままでは…、ぶつかる?
やっとCIWSが気づいたように砲口を向けた。落ちる、堕ちる。
これだけイライラするんだったら、後で医務室にでも行って何か薬でももらおうかしら。
結局轟天と震天はあの莫迦みたいな十八門の砲門で乗り切り、甲斐と飛騨はそれぞれ二発ずつ食らったものの中破で、さすが戦艦といったところだった。さっき小破したオハイオは三発も食らってしまったが、バイタルパートには届かず航行に支障はなかったらしい。
その報告を受けた時の、ほぉら見たか?とでも言いたげな海将の目は、とても愉しそうだった。全く性格が悪いこと。
「全艦、ミッドウェイ島から砲撃されないように、敵さんの空母群に向けて前進第3戦速。」
ダメコンがとてもうまくなければ間に合うだろう、そう納得していた。
* * *
ゆっくり深いところを進んでいって、そろそろ敵の第二隊に攻撃を仕掛ける頃合いになった。
「|Attack each ship of the enemy second team according to the instructions of each ship and captain.《各艦、艦長の指示に従ってそれぞれ敵第二隊の各艦艇を攻撃。》」
まちまちに返ってきた返事を聞いて、自分も艦長に指示を出した。すぐに発射管に注水され、一発六億円もする魚雷が惜しみなく飛び出した。艦装備のソナーだろうか、艦載ヘリが敷設するソノブイだろうか、それとも艦装備の曳航ソナー だろうかわからないが、注水したあたりから敵さんも気づいたようで、すぐに対潜ミサイルが放たれ、魚雷音も幾つか確認された。
「|Prepare for rapid movement, aim at the gap of the torpedo and anti-submarine missile and float, then launch the torpedo again, make a U-turn as it is and dive rapidly to a depth of 500, leaving this sea area at maximum quiet speed.《急速運動用意、魚雷と対潜ミサイルの空隙を狙って浮上、そこでもう一度魚雷発射、そのままUターンして深度500まで急速潜航しつつ最大静粛速度でこの海域から離脱せよ。》」
そう言い終わるとすぐに艦首が上を向き、魚雷発射管に再び注水が開始されたのがわかった。モニター上の三次元レーダー表示では、そろそろ魚雷とミサイルと衝突するというところだった。
「
急に座っている背もたれに押しつけられ、ぐんぐん上に進んでいくのがわかった。レーダーの表示を凝視し、ギリギリのところで避けられのかどうか必死に見守った。
とその時、急に艦の中まで聞こえる擦るような厭な音が響いた。と後ろで爆発音、どうやら魚雷の一つが舷側を擦ってギリギリで命中しなかったらしい。他のミサイルも魚雷も切り抜けた、が、その安堵とは裏腹に艦内には警報灯が灯った。
「
「|It seems that part of the propeller blade was damaged by the previous explosion.《先ほどの爆発でプロペラの羽の一部が損傷したようです。》」
「
「|It's the engine room, and I'm heading to the damecon team now.《機関室です、今ダメコン班を向かわせています。》」
「|Got it. Keep going straight while steering and leave like this.《わかった。当て舵をしながら直進を保て、このまま離脱する。》」
まさか沈むことはないと思うが、それでもプロペラが損傷しているから常ならない振動が感じられた。
そう思っていると、前方から新たしいプロペラ音を確認したと報告があった。これだけ国が入り乱れていると、敵か味方かの判別は難しいものだ。まあまさか敵ということもないだろうが、確認のために信号を送ってみよう。
「
「|There was a reply from General Michaelis, the commander of the second squad, "You did a good job, we will take care of the rest." It seems to be.《返答ありました、第二隊司令ミヒャエリス大将から、『よくやって下さいました、あとは我々が引き受けます。』だそうです。》」
あとは彼らに期待しよう、そう彼は一つ頷いてコーヒーを飲んだ。
* * *
「あとどれくらいですか…?」
さっきのローゼンカヴァリアーの若いのが不安そうに訊いてきた。
「私、昔ペンテスターのアルバイトやってたんだよ。」
「はあ。」
「テンペスタならジョルジョーネだけどね。」
「それで、どれくらいで…、」
「えぇ、まったく、君は情緒というものをなんだと思ってるんだね?」
かわいそうな新米だな。まあおちょくってるのは私なんだが。
管制室を占拠したと思ったら外で待ち伏せていた守備兵がすぐに飛び込んできたから、塔内はすぐに乱闘になった。真っ赤に返り血で染まった服を着た隊長がチラッと入り口に顔を出し言った。
「|It seems that there are 10 minutes left for the attack team's fuel, will it be in time?《攻撃隊の燃料、あともって10分らしい、間に合うか?》」
「|I'll make it in time. Until then, I asked for my back.《間に合わせるさ。それまでわたしの背後は頼んだよ。》」
「
* * *
「第一主砲、砲身交換して。」
海神の第一主砲は後ろにぐるっと左に向き、下にあるレール上の台車に左二つの砲身を固定した。そのままレールが第二主砲の横を通って下がると同時に第一主砲は右後ろに向き直った。そこでも同じように最右の砲身をレール上の台車に乗せ、第二主砲の右側を通って外した。そうして指三本が外された主砲は前に向き直り、主砲交換装置の扉が開いた。主砲交換装置からは三本の砲身がレールの上を通って慎重に主砲に接続された。レールは元通り戻り、それに続いて左右に分かれた砲身が装置の中に格納された。
扉が閉まると第一主砲は敵空母に向かって振り向いた。
空母は近づいてくる。ゆっくり紅茶を飲むと、もう有効射程に入ったようだった。
撃て、とは言はなかった、言う気にはなれなかった。だから手を振り下ろした。それで通じるのだから。
もう慣れてきた轟音が天を衝かんと轟く。
ふと、雷のようだ、と思う。雷は要するにエネルギーの浪費で、巨大な熱と光と音を持っているが、荒れ狂うだけで何一つ他を益するものはない。まさにこの砲に相応しい。
こうも一方的に相手をのめすとなると、何か引けるものがある。卑怯と言うのはもう死語だと思っていたが。加害者は受益者というが、戦争ではそうもいかないのかしら。
それに較べるとレールガンは思ったより静かだこと。それに連射性能も高い。ただ、さすがに左右計十二門もあるとなると、専用の機関が要るのと、一発の射撃につき五百万円程かかるというのが難点だな。でもまあミサイルは億単位だから、それに較べればとても安かろう。
もう反撃能力のない敵の些細な抵抗を排すと、通信員がまた何か言ってきた。
「第五隊と、第二、第三連合隊が敵第二隊を撃滅させた模様です。」
「そうか、ありがとう。」
これであとは黤子がうまくやってくれればいい。ここまで来たら気が楽というものだ。まったく、他責というのは人生を幸せにするね。
* * *
管制室に、隊長と副隊長をはじめとするローゼンカヴァリアーの面々の攻撃をかわし、一人飛び込んできた者がいた。
容はしまった、と思った。彼は振り返る黤子の背中にバサっと斬り掛かった。刀が黤子の肩口に触れた瞬間、彼女の手が
黤子は手拭いで刀の血を拭うと、さっきとは打って変わってゆっくり納刀する。そのままそこにあぐらをかき直すと、またプログラムの書き換えを始めた。
容は圧倒された。これが「本物」なんだな、と悟った。あと二分、間に合うだろうか。
* * *
空母竜鶴に戻ってきた深雪を待っていたのは、隊員からの厚い
「おめでと〜深雪!」
「いや、蕾未だって一機堕としたんでしょ?」
「でもさ、ミサイルとかすごくない?」
でも完全にトリガーハッピーだったのよ。
「え〜そう?」
「そうそう。」
「いやぁ、よくやったな
ちょっと触るのキモいんだけど、隊長。
「いえいえ、」
そうするとみんなぞろぞろと格納庫から出ていった。内心もう少し褒めて欲しかったというものだったが、まあそんなものだろう。私も蕾未と一緒に中に入ったが、戦局が少しに気になった。まあいい、お腹が空いた、ご飯でも食べよう。
* * *
「もう限界です!」
さっきのローゼンカヴァリアーの若いのが責めるように叫ぶ。
「ぅん……、」
生返事をして、最後、エンターキーをバチっと叩く。
「あらかたオーライ。」
「できたんですか?」
「あぁ、もちろん…、すぐに着陸させてくれ。」
「はいっ!」
すぐに何機もの航空機が待ちわびたように轟音を立てて着陸していった。
と、隊長が来て満面の笑みで言った。
「守備兵は全員、可愛がってやりました。」
「それはどうも、ありがとう。」
隊長は何度も浴びた返り血でお化け屋敷のキャストも悲鳴を上げたくなる様相だった。ここまでくると、いやもうむしろ敵に同情したい気分になってくる。こいつらを敵にしたのが間違っていたというか、なんというか。
まあ間に合ったんだから文句を言われる筋合いはない。
「司令に連絡しといてくれ、じゃ、」
私はそう言って立ち上がり、パンパンとズボンを
グッと背伸びしながらあくびをする。
「あ゜」
と変な声が出て、ちょっと恥ずかしい。まあ誰も聞いてないだろうが、まあ、なんとなく。
管制塔の裏手に出てポケットに手を突っ込む。久々の煙草、あと少し遅かったら禁断症状でキーボードが叩けなくなるところだったな、なんて考えてみる。
誰かの気配を感じて後ろを振り向くと、上の服を腰に巻いた副隊長が立っていた。
「キミは確か、美作と言ったかな?」
「そおっス、角館さんは千季さんの先輩なんですよね?」
「色んな意味で先輩だねぇ。」
「俺、先輩のことすっごく尊敬してるっス。」
私は彼女の視線の先を見つめた。
「ああこれかい?」
「それっス、」
「格好いいだろぅ?」
「それもなんスけど、それを振ってる先輩も格好良かったんでス。俺、あんな風になりたいと思いました。」
「そんなに褒められると調子乗るかもしれないよ。」
「いつか稽古つけてもらえません?」
「ん〜、私はこの作戦が終わってもしばらく
「あざ〜ス。それじゃ、」
向こうに走っていく彼女の後ろ姿を見て、よっぽど、格好いいのはお前の方だよ、と言ってやりたかった。
この煙草一本分の時間を、私はあと何回繰り返すのだろうか、そう思って懐中時計の中をくり抜いた形の携帯灰皿にしけもくを入れた。
* * *
敵の空母群を撃滅してきた第一隊、敵第二隊を撃滅してきた第二、第三、第五隊、 そして間一髪で生き残った
それから、攻撃隊の隊長を務めた清水一佐をはじめとした各隊長にお礼の通信をし、一周回って眠気が飛んだときはと一緒に風呂に入ったのが二時過ぎだった。そして久しぶりに眠剤なしでぐっすり眠り、起きたのは翌十四時を過ぎた頃だった。
ときははもうとっくに起きていたようで、それでも私は起きる気にならなかったからだらだらと布団の上を転がった。それも三十分くらいで飽きてきたから、やっと起き上がって外に出た。艦橋に上がると、海将がちょうど示し合わせたかのように通信を切った。
「おはよう、いい話と悪い話がある。」
「なんです、藪から棒に」
「い〜え、壁から釘でございます。」
「落語はあんまり詳しくないんですけど…、」
「いやそうじゃなくてね、一つはこの島の上空を哨戒中に行方不明になったパイロットが見つかったんだ。それで、技量が高かったから、米国に打診して三〇七航空隊に編入することにしたんだ。もちろん本人の許可は取ったぞ。」
「はあ。」
「まあこれは事務連絡だからどうでもいいんだが、で次が厄介なんだが、補給と整備が終わり次第、今度はハワイを奪還せよと命令が来たんだ。」
「頑張ってください。」
「いや千季がだ。」
「まいっちんぐ。」
「まあとにかくそういうことだから、明後日にはこの島を出るから、そのつもりでよろしく。」
「わかりました、ところで今のはいい話でも悪い話でもないでしょう。」
「じゃあ悪い話だ。今日の夜は島で戦勝パーティーか何かやるらしいから、出席しろってさ。」
「持病の癪で欠席と伝えておいてください。」
「いつの時代の人間だ。」
「懐古主義者なんです。」
「まあ顔出すだけでいいから…、それでいい話なんだが、千季、一階級昇進だと。これで二佐だな。」
「二佐というと、原子力安全・保安院ですか?それとも文化遺産の方ですか?」
「Nuclear and Industrial Safety Agencyの略の方でもトルクメニスタン南西部にある都市遺跡の話でもないんだが。」
「よくご存知で。」
「知は身を
「はあ。」
「まあいい、あとで届く予定の補給で階級章だとか送ってくれることになってるから、まあ着けといてくれ。」
「善処します。」
* * *
エレベーターで降りつつ、処理しきれない情報量に脳みそが停止しているのに気がついた。やわだこと。
まあいい、私は頑張った。パーティーまでもう一眠りしよう。それくらいの権利はあるはずだ。そう思って転がったベッドには、いつかの不安をかき消すだけの達成感が転がっていた。
今はただ、おやすみ。
ほんとは六月の頭に投稿しようと思っていたのですが、なんだかんだ掛かってしまいました。あまりにも遅筆です。言い訳ですが、まあやる気がなかったりなんだったり……。
さて、次はハワイの艦隊と戦います。たぶん。もうちょっと早く書けるようになりたいなぁと思ったり……(-_-)