異世界転生モノだと思ってるバカ   作:さぼさぼさん

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Ash(アッシュ)Cenere(チェーネレ)
騙されるな。これは彼ではない。
不安定な精神の産声、混濁した記憶の残り(かす)
───────────────────
・通常攻撃で物理ダメージを与え、一定回数攻撃すると範囲術ダメージを与える特殊攻撃に変化する。
・【ラズベリーパイの匂い】配置されたランダムな味方ユニット2体に「撤退または戦闘不能時、再配置時間を大幅に増加。コスト上昇量大幅増加」状態を付与する。付与された味方ユニット1体につきHP+15%、攻撃速度+15。
・【耳にかけた髪を手慰みに触る】ブロックされている間、ブロックしている味方ユニットからの被ダメージを無効化する。
・【泣き喚く幼狼】HPが半分到達時、攻撃範囲内にいる味方ユニットをランダムに2体強制撤退させ、【ラズベリーパイの匂い】を再発動する。


【HPが0になったとき 復活し 第二形態へと移行する】

「────鼻腔をくすぐるラズベリーパイの匂い……(くゆ)らせた湿り気のあるタバコ……草臥(くたび)れた白いワイシャツから覗く首筋……親父、お袋? そこにいるのか?」

 

 第二ラウンド……あのバカがそう告げてから、もうすぐ夜が明けそうだ。シラクーザの女帝が告げた『粛清』は、ついぞ完遂することなく終焉を迎えるだろう。

 

 その代価として、アッシュという人間の人格を差し出して。素直に頼ろうと決意はしたが、こんな自己犠牲で助けられる命は正直言ってごめんだ。

 

 隠すまでもなく、私は私だけでなくラップランドやアッシュが居たあの日常に戻るために抗うと、そう決めたのだ。お前がそこに居ないでどうする……バカが。

 

「とっくのとうにキミが壊れてたのはわかってた。 ボクらは先延ばしにして、目を背けながら生きるしか他に手段がなかったんだよね。

 ……そうして、見て見ぬふりをしてきた澱が、こんなに大きくなるまで」

 

 さっきまでは時に嬉しそうに、または時に苛立ちながら殺し合いをしていたラップランドでさえ、アッシュのこの姿に顔を悲哀に歪めている。

 

 ラップランドが言ったように、今のアッシュは文字通り()()()()()。目は虚ろで焦点が合わず、佇まいも尋常のものではない。

 

「アッシュくんっ!? ……まっさか、本格的にぶっ壊れちゃったの?

 あ゛ーー、クッッソ……!! 戻ってこいよ……! ウチらの……俺らのドンだろうが!!!」

 

「アッシュ……! 頼むよ、正気に戻ってくれっ……! 俺たちは家族だろ!?」

 

 アーツの狙いも乱雑で、この屋敷に来るまでに先導して護ってきたであろうクルビアマフィアたちに被弾してしまいそうなくらい、『アーツ言語』から放たれる弾が散乱している。

 

 アッシュの異様な気配に気付いたのか、テオドラとアダムとやらが方々に飛び火してきたアーツの余波を弾き、防御する術を持たないマフィアたちを背にして、大声を出し呼び止めようとしている。

 

「かぞ……く? 羊皮紙を捲る細指に……耳にかかった髪を手慰みに触る……ベラ姉……? 今そっちに行くから、まっててよ……」

 

 よろめきながらよたよたと不気味に歩く今のアッシュは、生気のない幽鬼のような、人ならざる者が纏う雰囲気を放っている。

 

 出力を加減しない『アーツ言語』から放たれるアーツの爪痕は、あいつが抱く『この世界なんてどうにかなってしまえ』という怨嗟がこれでもかと込められているように見えた。

 

 アッシュはこれだけ大勢のマフィアを率い、護り、そしてまた助けたマフィアたちを輪に加えて、誰も死者を出さずしてお爺様の屋敷まで辿り着いてみせた。

 

 つまり、それほどの力。裏返せば、ここにいる有象無象の命を摘み取れるだけの……『暴』の才。

 その力を前にして、アッシュを頭に据えた新興ファミリーの二人だけでは捌けるものも限りがあるだろう。

 

 錯乱状態とはいえ、大事に庇護してきた弱き者たちを、もう自らの手で殺してしまっている。今のアッシュはサルヴァトーレの再来とは程遠い。まさに、忌まわしきお父様がのたまう……

 

「善なる心根を持ちながらも、それらを台無しにするほどの無垢な悪。だから言ったのだアッシュ。お前はオレと同じ混沌に属する者なのだと」

 

 ああ、皮肉にもそうなってしまった。お父様はこの出来事を招いた下手人ではない。むしろ、全くの無関係の立場にあると言える。だからこそ、惨たらしい現実だ。

 

 これはアッシュが招いた、猟奇的な殺戮であると認めざるを得ない。だが、どうにもややこしい。我々はアッシュを糾弾する権利を有していない。

 

 初めはなんのマフィアの名家でもなかった、普通の出自であるはずの男の子が、ここまでしなければいけなかった。こうなるまで我々が追い詰めたのだ。

 

 

 彼を裁くということは、ミズ・シチリアの創り上げた平和は仮初であることを突き付けることと同義だ。

 

 

 その事実に、精度の欠いたアッシュの攻撃を『混沌』による不可侵で防ぎながら、優雅に石垣に腰がけ恍惚の表情で傍観しているお父様は、マフィア達が死屍累々の有様でも微動だにしない。心底鼻について、すぐにでも殺してやりたいところだが、今は構ってやれん。

 

「……ふぅ。 暴走した友人を止めるのは初めてじゃないが……以前よりお互い成長していて、骨が折れるな? アッシュ!」

 

「カーテンから差す木漏れ日……珍しく晴天を湛えたシラクーザの青空…………

 全部、全部が遠い……誰かを殺した血だらけの手で触れば、べったりとした赤で汚れてしまってっ……!!!!」

 

 両手で顔を覆い、指と指の間から見せる眼光は……狂気に満ちている。私は吹き荒れる『雨』を用い、近づかれることを拒むようなアーツの余波を削ぎ落としながら、至近距離まで近づくことにする。

 

「ぶつぶつとさっきから……目の前に誰がいるかを忘れるな。大喧嘩の最中だ、一人夢見心地になどさせん」

 

「ボクも……少し感傷に浸ってしまったけれど。

 アッシュ、もう一度殺ろっか……気の済むまで、とことん付き合ってあげるから」

 

 

 

 暴走するアッシュの『アーツ言語』が、属性を伴って屋敷の中、外庭、あらゆる場所を駆け巡る。先程の戦いでサルヴァトーレの特大剣から抽出したのだろう『癒』を除く3つの属性の組成式を半狂乱の状態でありながら演算し、精製した各物質にそれぞれ付与するアッシュ。

 

 チェリーニアとラップランドは息のあった連携で、圧倒的物量による『雨』をぶつけることで左方の弾幕の相殺を狙い、対象を絞った精密な『抑制』で右方の弾幕をかき消していた。

 

 瞬きする間も与えるつもりはないというのか、チェリーニアはいつぞやで習得した劣化『アーツ言語』による柔軟な物質操作で、概念通りであれば空から大地に降るはずの『雨』に奥行きを持たすことに成功している。

 

 アッシュを突き刺すように横に降る『雨』の剣に紛れて、ラップランドが針の間を縫うような流麗な一閃を胴目掛けて放った。直撃はした。まろびでる内臓もラップランドは視認している。

 

「……湯水のように使っちゃってまあ……! 『逆転(それ)』さあ、そんな連続で使っていいものじゃないでしょっ……!!」

 

 どれだけ致命傷を負わせても、『逆転』がアッシュの身体を修復して決定打とならない。治りかけの瘡蓋(かさぶた)を剥がすとき、一回程度ならば元に戻る。

 

 だが何度も何度も、繰り返し繰り返し剥がしていけばいくほど……肉は膿み、元の形状とはかけ離れたものになる。『逆転』もまた同じ、定義される逆転先が絶えず変動しているために、今アッシュの内部の臓器は悍ましいことになっている。

 

「…………肉体なぞ捨ててやると言わんばかりの、自殺行為だな」

 

 精神は見てとるように壊れてしまっているアッシュだが、その肉体もまた壊れていた。加えて、鉱石病は彼の体内に健在しており、『逆転』の現象における対象外ではあれど、逆転先の臓器との連鎖反応は止められようもない。

 

 なまじ記憶の回復ができたとしても、寿命は大きく縮み、『逆転』と『分解』の『アーツ』を使うことは金輪際叶わないだろう。そしてそれはこの現段階でアッシュを無力化できれば、の話である。

 

 現在進行形で自らの命を燃やし続けているアッシュの寿命はなお減り続けているし、その内部を壊し続けている。そしてチェリーニアたちが止めようと抵抗し攻撃すればするほど、その拒絶で激しくアーツを濫用し、自らを死の淵に追い込んでいく。

 

 できれば、傷つけずにアッシュを無力化したい。しかしそれは難しい。ざっくばらんに言えば、一度殺しきる必要がある。意識が一欠片でも残っていれば、暴走は止まらない。

 

「暗い……寒い……嫌だ。 独りは……嫌なんだ。 みんな、俺を取り残して、逝かないでくれっ……!!!!

 もういっそ……いっそ、俺を殺してくれよぉっ!!!! なあ、お願いだよ、イングリッドォッ!!!!」

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を露わにしながら、狼の咆哮のように叫び声を上げるアッシュ。痛ましい本心が、苛烈な攻撃な一手より、誰しもの心に深く突き刺さる。

 

 まだ若く、希望が残されているから。そんな漠然とした言葉で、生きたくもない青年の心を無理に繋ぎ止めた。

 自分たちが居るだろと、なんの生きる根拠にもなりやしない理由で、より一層彼の孤独を際立たせた。

 

 半狂乱になりつつも、彼からすればここにいるはずの無いイングリッドの名を口にしたのは、幼い頃に問答無用で殺してくれなかったことに対するもの。

 どうして生かした。どうしてここまで愛を与えた。……という消えることのなかった奥底の闇であった。

 

 遠くで眺めていたイングリッドは、その爪が手の平の肉を食い破り血を滲ませるほどに強く拳を握り締めている。

 未だに、この現実を直視することができない。ここに至るまでの11年間、彼女はアッシュを自分の息子同然に接し、共に生活してきた。

 

 その彼女が愛してきた彼の辿る結末が、どう足掻いても死の側に近いこと。このまま傍観しても見殺しとなるし、助太刀に入って彼を無力化しても、彼は長くはもたないこと。そんな……そんなことがあっていいわけがない。

 

 テキサスの『粛清』に参加した理由の大きな理由の一つは、どんな展開であれ、アッシュがこれ以上傷つかなくてもいいようにするためだったのに。それがなんだ、このざまは。

 

 どうしてあんなに良い子が不幸な目に遭わねばならないのだ。どうしてテラという大地は私ではなく私の身の回りにいる大切な者を奪い去っていくのだ。

 

 一人の人間として、母として、大きく感情を揺さぶられているイングリッドの拳から滴る血のしずくを見やったミズ・シチリアは、少しばかり思案を重ね、やがて重たい口を開いた。

 

「…………後悔のない道を選びなさいな、イングリッド。

 私の立場は、貴女の息子の為そうとするものの対岸に位置するけれど、あれほどの覚悟を鼻で笑うことはしない」

 

「チェリーニア……あの娘を含めたテキサスの一族の皆殺しを命じたのは私だけれど、サルヴァトーレとあの男の子の勇姿に免じて、彼女くらいなら見逃してあげてもいいと思っているの。

 いまやあの男の子が死ねば、悪童ジュセッペもその身体を保てず魂が霧散するでしょうし。そも元凶はサルヴァトーレとその息子ジュセッペ。その二人が死せばテキサスは滅んだようなものだから」

 

 イングリッドはミズ・シチリアに(かぶり)を振って、強く睨んだ。完全な八つ当たりであることは彼女も理解している。だがどうしても感情の当て先を作らなければ、心が押し潰されてしまそうだった。

 

「────どの口が言っている? 事が起きてから対処にあたり、若きマフィアたちを消耗品かのようにクルビアにけしかけて。

 こういった結末さえ予想をしなかった貴女にチェリーニアを『見逃す』だとか、アッシュに『死ねば』なんて言う権利がどこにある」

 

「貴女が……いいや、貴女を含む私たち過去の時代の人間がアッシュをああになるまで追い詰めたんだ。……嗚呼勿論、シラクーザに善悪の基準なんてない。

 あるのは間抜けにも死んだやつか、運良く生き延びられているやつの二つ。そう。それがそもそもの話()()()()()()()()

 

 人間が生きる国家としては、あまりに動物的な本質。社会的な側面を中途半端に持ってしまっているがゆえに、誰もが忘れるか目を背けていたシラクーザの問題。

 グレイホールに連なる十二家による手前勝手な都市管理は、法治的ではない。ファミリーが絶対、ファミリーが全て。市民の命は二の次だ。

 

 その歪みに上澄みとはいえヴェネツィアの末端であるイングリッドが気付くのだから、『銃と秩序』の綻びに創造主のミズ・シチリアが気付いていないわけがない。

 あの冷徹なイングリッドが声を荒らげるほどの致命的欠陥。目を瞑り彼女の感情の一つ一つを噛み締めるようにして頷くミズ・シチリア。

 

「────一時(ひととき)の平和は、圧倒的な暴力によって産まれるものなの」

 

「返答になっていない。貴女は煙に巻こうとしている」

 

「いいえ。 ……人間は、醜い。 この世が優しい人ばかりだったなら、かつてのガリア帝国は今もまだ繁栄を極めているはず。 そうでないのは、なぜだと思う?」

 

「…………優しい人ばかりではなかったからと、そう言いたいの?」

 

「残念ながら、そうではない。

 ────あらゆる国の為政者も、弱かったからよ。 愛を、正義を、命を。

 護るためには強くなくてはならない」

 

 狂い暴れるアッシュに我先にと逃げようとするマフィアたち。

 助けてもらった恩を返すためにと力を振り絞って抵抗するマフィアたち。

 負傷したマフィアを避難させて、サルヴァトーレやアッシュの意志を継ぐべく護り通そうとする、マフィアたち。

 

「彼らは……弱い。 私のようにシラクーザを統べるほどの力を持つものはこれから数百年は現れないでしょう。

 たしかに束の間の安寧をあなたたちに見せてしまった、私の責任とも言えるかもしれないわね。

 よろしい。あなたたちがそう石を投げつけるのであれば、私からも一つ苦言を呈しましょう」

 

 

 ────────お前たちの弱さは罪だ。

 

 

「自分自身を守ることもできず、あまつさえ誰かに庇護してもらおうとするその浅ましさ。

 自分自身の弱さを棚に上げ、誰かの弱さのせいにして争うその醜さ。

 どうやらサルヴァトーレやあの男の子……アッシュは、その限りでは無かったけれど。

 ……イングリッド。貴女、それだけの力があるというのに、どうして斯くも()()のかしら」

 

 イングリッドはたじろいでいる。自分が……弱い?誰にも言われたことのなかったその衝撃的な一言に、頭が納得することを拒んでいる。まだ気付かないのかと呆れ一色のミズ・シチリアは、出来の悪い娘の背を押すように、発破をかけた。

 

「私のせいだなんだといって、責任の所在を押し付けるのは結構だから、さっさと息子のところに行ってやりなさいな。

 今生の別れかもしれないと思っているのでしょう? ならば行かない理由などどこにもないわ」

 

「はぁ……夜が明けるまでもたつくなんて。ああ、愚痴が溢れてしまったわ……御免なさいね。

 よぼよぼの老婆は気長にうたた寝でもして待ってあげるから、迷ってないでお行き。

 ────愚直は、弱さではないわ。迷いは、弱さと定義できるでしょうけど」

 

 あなたたちのやりたいこと、貫き通したいこと。それらは何よりも尊重されるべきだし、それを誰にも明け渡さないことこそが強さと呼べるのではないかしら。

 

 これはあくまで独り言。イングリッドにわざと背を向け、誰に聞かせる訳でもないような素振りをして、独りごちたミズ・シチリア。

 

 彼女もかつては無鉄砲に、そして無軌道に荒野を駆け回る一匹の狼だった。その果てに今のシラクーザがあり、今のミズ・シチリアがある。

 

 長きを生きる先達者として、若輩者の面倒を見てやるのが務めだろう。今しがた見出された綻びをまた彼女が縫い直してやることはできる。だが、そのままでは若芽は縫い直し方を知らぬまま育つことになる。

 

 弱き芽は摘まれる。当然の摂理だ。私たち旧時代の番人に摘まれるような思想や政策など最初(ハナ)から期待できない。そんなものは跡形もなく潰れてしまった方が良い。

 

「でも……この泥濘を抜け出すために、あなたたちは足掻いているじゃない。そう、サルヴァトーレのバカがよく言うように……こういうのを邪魔をするのは無粋ってやつよね」

 

 頑張れ、若者どもよ。そうして得た出逢いや喪失はこれからのシラクーザを支える血肉となる。無様に転げ回って、情けなく挫折して、それでもと泥まみれの顔を見上げたその姿こそ、命と呼ぶに相応しい。

 

 既にミズ・シチリアの背にイングリッドは居なかった。彼女はするべきを見出し、愛する家族を見殺しにするという選択肢を、手の平から落ちる血と共に捨て去ったようだ。

 

 嬉しげに口許を緩めるミズ・シチリアは、少しの間本当に寝ていましょうかしらね、などと考え今は亡きサルヴァトーレとのかつてを思い出す夢の旅に出かけることにした。

 

 

 

 アッシュの放つ暴走する『アーツ言語』の出力が落ち込みを見せ始めていた。対処するのが幾らか楽になることは良いことのように思えるが、チェリーニアとラップランドの頭の中で一つ嫌な仮説が浮かんでいた。

 

「……能力に対して、アッシュの身体がついて来れなくなっている」

 

「出力が萎むくらいに衰弱してる……可能性が、あるね」

 

 この一夜で、アッシュは立て続けに戦い続けている。ジュセッペとの死闘から、継続的にクルビアマフィアの救出、そして『狼主』ザーロ戦……。

 

 アッシュのアーツ操作技術が神懸かったものだとしても、蓄積された疲労やダメージは誤魔化しようがない。限界は必ず訪れるものだ。

 

「────では、今が好機というわけだね。躊躇はいらない。アッシュの息の根を止めようじゃないか」

 

 チェリーニアとラップランドは自分たちの背後で傍観を決め込んでいるジュセッペにもずっと注意を払っていた。極限まで張り詰めた緊張は、その声色が成人男性のそれとは違っていたとしても、気まぐれなジュセッペがアッシュの加勢に加わったのかと誤認し反射的に攻撃をしてしまった。

 

 なんてことの無いような顔をして、片手剣を横一文字に筆を引くような静かな所作で二人の剣を受け止めるイングリッド。今でこそ落ち着いている表情だが、鋭い刃を思わせるような目は酷く腫れて、化粧が崩れて台無しになっている。

 

「……どこに居たのか全くわからなかったが、貴女もアッシュの現在を見ていたのだな」

 

「あーあ。 ボクも言えたことじゃないけどさ、綺麗な顔がすっごいことになってるよ? まったく、色んな女の人を泣かせて、ツミな男だねアッシュってば!」

 

「息子の死に目を前に取り乱さない母がどこにいるの? 私だってアッシュに手をかけるなんて、血反吐を吐きたくなるくらいに嫌だよ。 けれど彼にお願いされたものでね、『俺を殺してくれ』と」

 

 そう言ったのち、イングリッドは簡潔にアッシュを殺す方法を提示した。まずはチェリーニアの『雨』による物量で弱まっているアッシュの『アーツ言語』と正面で拮抗させる。

 背後が疎かになるだろうその隙に、イングリッドの認識阻害でラップランドと共に奇襲を仕掛ける。

 

「ちょっと! これってイングリッド、キミがトドメを刺す前提じゃない!?」

 

「なりふり構っていられんから、私としては成功さえすれば良い」

 

「膂力の力関係から、しっかりと彼を殺すことができるのはチェリーニアか私くらいだ。

 ラップランド、さっきの一撃で君も気付いたでしょう?彼を無力化するには、内臓付近で止まるような斬撃ではいけない。胴を泣き別れにするくらいでなければ」

 

 イングリッドは強い意志を瞳に宿して、その眼前に片手剣を掲げた。彼女の息子アッシュがこの世界に足を踏み入れるためにしなければならなかった数々の決意に比べて、随分と遅いものになってしまったが、イングリッドもまた向き合うことにした。

 

 抗争に巻き込まれ、死んだ両親を偲ぶこともままならずに、ここまで歳を重ねてしまった。思い返せば、イングリッドだって同じなのだ。たまたまアッシュよりも強く、たまたまアッシュよりも悲劇に対して鈍感だったから生きてこれただけ。

 

 片手剣を握る手が震える。自分よりも純粋な心を持つアッシュによって、心に滲みる痛みを呼び戻すことができたイングリッドは、この場にいる誰よりも待ち受ける結末に怯えている。

 これがミズ・シチリアの言った弱さ。世に生きる人が経験するはずの怖気。それから運良く逃げ続けることのできた自分へのツケ。

 

「私は殺した人間の顔をしっかりと認識して殺したことがなかった。どれほど重い行為かも知ろうとはせず、それが当たり前だとして、考えることを放棄していた」

 

「誰かに称される殺人鬼ではなく、今一度私が私自身の言で殺人鬼となる。 アッシュを……私の手で殺すんだ」




一話に収めるつもりがなんかさ、収まらんかった。
 最近執筆するときに聴いてる歌コーナーいえーい。(唐突)
 アークナイツとヒグチアイさんのコラボ?になるんですかね、『ぼくらが一番美しかったとき』という曲を聴いて、死ぬほど心を痛めながら書いてます。
これの2番サビ、「美しさは 汚れても 消えはしなくて」というフレーズで、道半ばで死んでいった者たちの"意味"があるような気がして、すっげぇ悲しくなれます。

 てか全部の歌詞がぶっ刺さるんで、アークナイツという作品に「どれだけ滑稽でも、どれだけ惨めでも、それでも生きていく物語」というイメージがある人は聴いてみてください。悲しいんで。

 あと衝動のままに書いてるからアッシュ救いなさそうじゃないか?どうするこっから!?!?!?!?!?!?
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