Tandem Shape Force Fantasia!! 作:EMM@苗床星人
金属が軋み、砕け散る不快なノイズが、鬱蒼とした森の木霊となって幾重にも響き渡る。 緑豊かで静謐だったはずの森は今、硝煙と焦げた機械油、そして魔物たちの駆動系から漏れ出す冷却液の甘ったるい悪臭に完全に支配されていた。
木々は無惨に薙ぎ倒され、抉れた大地には青白い火花が散っている。
「ひぃっ……! 来るな、来るなぁぁっ!」
泥に塗れた絶叫と共に、一人の騎士が倒れ伏す。彼の命を刈り取ったのは、かつてこの森の生態系の一部に過ぎなかった小鬼――ゴブリンの成れの果てだった。
だが、その細い腕は肉ではない。錆びついた粗悪な金属の装甲に覆われ、奇形に肥大した指先は、不気味に回転する六連装の銃身へと変異している。
カチャリ、と無機質な駆動音を立ててゴブリンがその暗い銃口を向けると、閃光と共に放たれた無数の鉄礫が空気を切り裂き、騎士の分厚い胸甲を紙切れのように容易く貫いた。
血とオイルが混ざり合い、大地をどす黒く染め上げる。
この世界における魔物とは、生きた金属――『珪素生命体』である。
普段は歯車やシリンダーを隠そうともせず、しかし自然と調和して生きる野生の機械生物に過ぎない。
だが、魔王の放った『瘴気』――魔法というおとぎ話の奇跡を悪意を持って模倣した、伝染型の魔術的ウィルスプログラム――に感染した魔物たちは、眼窩に赤い光を宿し、より狂暴な、殺戮のための兵器へとその姿と機能を強制進化させられていた。
「陣形を崩すな! 魔法兵、重層結界を張れ! 恐れず、引いてはなりません!」
最前線で声を張り上げるのは、本来なら白銀に輝くはずの甲冑を血と油と泥でドロドロに汚した少女、レイニア・ミコト・シャイアラ。
この絶望的な戦場を指揮し、自らも魔力の高熱を帯びた剣を振るって魔物を斬り捨てる姫騎士である。
しかし、彼女の悲痛な叫びによる鼓舞も虚しく、戦線はすでに崩壊寸前だった。
陣形の後方では、多関節の鋼鉄触手を持つローパーが、悲鳴を上げる魔術師の女性兵士をいやらしく空中に搦めとっている。
ヴィィィィンッ!
という耳障りな音。高速振動する鋼鉄アクチュエーターの触手は、チェーンソーのように魔術師の展開した青い光の防壁をガリガリと削り飛ばし、衣服を引き裂いていく。
火花と絶望が散る中、彼女たちの悲鳴がさらに兵士たちの士気をゴリゴリと削いでいった。
「姫様! もう持ちません、防衛線が突破されます! 後退を!」
「くっ……全軍、墳墓へ! 森の奥の、過去の勇者の墳墓へ退避します! 殿(しんがり)はわたくしが!」
レイニアは血を吐くような思いで撤退の指示を出した。
迫り来る銃指ゴブリンの群れを剣戟で弾き返し、殿を務めながら、鬱蒼とした森の奥にそびえる古代の遺跡へと滑り込む。
かつて世界を救ったとされる勇者が眠る、苔生しながらも幾何学的な機械の意匠を残す石造りの墳墓だ。
重厚な石の扉を数人がかりで閉ざし、太い閂を下ろす。
直後、外からは狂乱した魔物たちが金属の爪で外壁や扉をガリガリと削り、体当たりを繰り返す絶望的な轟音が響き始めた。
分厚い石扉に亀裂が走り、細かい砂がパラパラと落ちてくる。突破されるのは、もはや時間の問題だ。
「……これしか、ありませんのね」
薄暗い墳墓の中央。冷たい空気が漂う中、レイニアは祭壇に突き立てられていた古の遺物『儀式杖』の一種であるそれを両手で強く握り締めた。
危険な魔術を内包した、禁忌の儀式杖——龍杖と呼ばれる、実在する伝説である。
真鍮と濁ったクリスタルで構成されたようなその杖は、彼女の手のひらから伝わる固有魔力を読み取ると、低く唸りを上げ、空中に青白いデータコードのホログラムを円環状に展開した。
表示されたのは、古代の機械演算によって登録された二つの簡易行使魔術。
彼女は迷うことなく、自らの全魔力を絞り出すようにして、最後の希望たるプログラムへとアクセスした。
『――【勇者召喚】、起動(ブート)――』
無機質な電子音声が脳内に響いたその瞬間、祭壇から目を焼くような極彩色の閃光が迸った。
同時に、持ち堪えていた石の扉がついに粉砕される。
轟音と土煙を上げてなだれ込んできたのは、赤い眼光をギラつかせた無数の銃指ゴブリンたちだった。
彼らは即座に祭壇の前の標的――レイニアを見つけ、一斉にその凶刃と六連装の銃口を向ける。
(ここまで、ですの……?)
死を覚悟し、レイニアがギュッと目を閉じた――その時だった。
――ガァンッ!!
空間そのものが割れるかのような、落雷のごとき金属音が墳墓を激しく揺らした。
召喚の光の中から現れた“それ”は、右腕部から長大なヒートソードをスライド展開させると、レイニアに迫っていたゴブリンたちの顔面を、空気を歪ませるほどの赤熱した刃で一息に横薙ぎに一刀両断した。
切断面からは溶けた金属とオレンジ色の冷却液が鮮血のように飛び散る。
「……えっ?」
呆然とするレイニアの頭上を、巨大な鋼鉄の脚が跨ぎ、石畳を砕きながら力強く踏み込む。
見上げるほどの巨躯。見たこともない、鋼鉄の巨人騎士がそこには立っていた。
巨人はもう片方の腕から瞬時にヒートアックスを展開させる。
そして、壊れた扉を押し広げて侵入してきた後続の巨躯――岩石のような重装甲を纏い、太いシリンダーの腕を持つオーガの魔物へと肉薄した。
振り下ろされるオーガの剛腕。
まともに受ければ粉砕される一撃を、巨人はアックスの柄でいなして受け流す。
その瞬間、墳墓の床が陥没するほどの衝撃が走った。
しかし巨人は揺るがず、その無骨で巨大な鋼の拳で、オーガの肩装甲を情け容赦なく叩き割る。
バキィッ!と装甲が砕け散り、内部のギアや配線が剥き出しになる。
巨人はひしゃげた部品の隙間に腕を深々と突っ込み、駆動系の奥深くに指を食い込ませると――
「オオォォォォッ!!」
大地を震わせるような巨人の雄叫びと共に、オーガの首と脊髄に相当する極太のケーブル群が、一息に無理やり引き抜かれた。
バチバチと青白い火花を散らし、黒い油を滝のように撒き散らしながら、オーガの巨体が痙攣し、やがて物言わぬ鉄屑となって崩れ落ちる。
あまりに圧倒的で、そしてあまりに泥臭い、質量の暴力。
呆然と立ち尽くしていた周囲の兵士たちが、我に返って一斉に弩(いしゆみ)――見た目以上の威力を持つ魔術弓――を構える。
「新手の魔物か!?」
「巨大すぎる……撃て、撃てぇっ!」
「待て! 知性持つ同胞よ、私は味方だ!」
放たれた魔力矢の雨が鋼の巨人の装甲を叩き、火花を散らす。
しかし巨人は一切の反撃をせず、むしろ兵士たちを庇うように大きく両手を広げ、言葉を放った。
電子音を帯びながらも深く、力強い声。
その声の響き、傷つくことを恐れず他者を庇う戦い方。
どこまでも人間という『知性』を信じ切っている、愚直なまでのその態度。
レイニアの心臓が、早鐘のように激しく高鳴った。
(――知っている)
魂が、震えるようにそう告げている。
なぜだか分からない。だが、自分はこの不器用で真っ直ぐな、泥臭い鋼の魂を知っている。
硝煙と血に塗れた別の星の戦場で、彼と肩を並べ、背中を預け合い、共に死線を潜り抜けた日々があったと、魂の奥底に刻まれた記憶の残滓が熱く疼いていた。
しかし、土煙が晴れ、その巨人の全貌が露わになった時、レイニアは微かな違和感を覚える。
魂が記憶している『彼』――無骨で四角い胸板を持っていたはずの姿よりも、目の前の巨人はどこか丸みを帯びており、ウエストのラインは引き締まり、女性的で流線的なフォルムを持っていたのだ。
その『彼女』の姿に、レイニアはなぜかスッと落ち着きを取り戻した。
胸を覆っていた絶望の暗雲は、いつの間にか跡形もなく吹き飛んでいる。
代わりに胸の奥底から湧き上がってきたのは、血が沸騰するような抑えきれない高揚感だった。
レイニアは立ち上がり、泥に汚れたドレスと甲冑の裾をバンッと払いながら、毅然とした声で宣言した。お姫様らしからぬ、どこか野性味と歴戦の戦士の風格を帯びた声で。
「鋼鉄の勇者よ、遥かなる時空を越えし知性の輩よ!
わたくしが、わたくしこそが! あなたの新たな相棒(とも)となりましょう!」
それは、硝煙と機械油の臭いに塗れた、異形の英雄譚の幕開け。
性別も、種族も、記憶さえも捻じれ曲がった、神様の悪ふざけのような組み合わせから始まった物語。
しかしこの二人の物語は、確かに今この時、この絶望の底を以てして始まりを告げたのだ。
遥かなる星の海を越え、死すらも分かつことのできなかった前世の絆から始まる、根性と装甲が擦れ合う機械と魔法の幻想恋愛浪漫活劇として。
――Tandem Shape Force Fantasia
比翼連理の英雄騎士団 幻想譚
【記録開始】
この宇宙の何処かに居るかもしれない、我が同胞たちへ。
この壮大なる戦いの記憶を遺そうと思う。
私は、司令官(コマンダー)ヤマト。
鋼鉄の惑星ヘイブンガーデンに生まれ育った、超金属知的生命体『シェイプシフター』の一人であり、破滅的な帝国主義に堕ちた同胞たちから宇宙を護るために戦ってきた反乱軍『ネオンワンス』の司令官である。
『鋼の種族よ、剣を取れ。我々は固く、強く、雄大である! 神は我々をこそを、支配者として創造した!』
狂気に魅入られた皇帝エイトはそう叫び、弱き者たちを蹂躙した。
かつて親友であった彼の凶行を止めるため、私は立ち上がった。
「知性ある同胞よ、立ち上がれ! 我々はこの知性を誇りとして、全宇宙の平和の為に立ち向かおう!」
私たちネオンワンスとゼロムード帝国の悲惨な戦争は、やがて星の海を越え、隣の銀河に存在する青き星――儚くも力強い、炭素基系の知的生命たちの住まう惑星『地球』へと及んだ。
彼らを守るため、そして帝国を打倒するための苦肉の策として、私たちは地球と同盟を組んだ。
地球人の勇敢な若き兵士であった、レオン=タケル=ラブーフと出会ったのもこの時だった。
我々の予想を大きく裏切ったのは、地球人たちが、私たちが想像していたよりも遥かに分厚い魂と強靭な意志力を持ち、我々の技術をもあっという間に吸収して、共に手を取り合い対等に戦える同志であったことだ。
ある時は、か弱き女のような細身のビークルが走り回るコンクリートの市街地で。
ある時は、雄々しき龍に変形したシェイプシフターの男たちが火線を交える、荒れ狂う空の戦場で。
またある時は、我々と同様に人間同士が愚かにも争う、灼熱の砂漠の戦場で。
地球のあらゆる場所で、あらゆる絶望的な戦況で、私はレオンと共に戦った。
強壮たる飛竜に変形する私と、米国空軍のエースたる彼の連携は完璧だった。
私とレオンの背中を預け合う連携、それに続く勇敢な部下と多くの地球人たちの血の滲むような力によって、圧倒的に押されていた我々の戦況は大きく覆っていったのだ。
しかし、追い詰められた帝国の皇帝エイトは、最後の手段に出た。
あろうことか、月の裏側に太古より封じられていたシェイプシフターの創造主――惑星喰いの終末神『アザブネ』の核を起動させようとしたのだ。
我々と地球人の混成部隊は、これを文字通りの最終決戦と定め、死地に赴いた。
幾多の同胞が砕け散り、勇敢な地球人の兵士たちが宇宙の塵となる中、私たちはついに勝利した。
私は皇帝エイトを打ち倒し、その手で引導を渡した。
そして今、巨大な終末神の心臓に自身の剣を深々と突き立て、それを停止させると同時に、私自身の命もまた尽きようとしている。
ひどく損傷した私の胸部装甲の奥。内部機構(コックピット)の中で、血と煤にまみれたレオンが皮肉な笑みを浮かべていた。
「あぁ、ここまで来たかって感じだな……相棒」
レオンの息は荒いが、その瞳に宿る光は死線の果てにあっても決して消えていなかった。
「あぁ。ついぞ私たちの絆の力は、神の力でさえも打ち倒すことができると証明された……これは間違いなく、この宇宙最大の快挙だろうな」
「当たり前だ。俺とお前は、デカいロボットの鋏だろうが、鋼鉄の邪神の呪いだろうが切れない相棒だろうが」
彼のその言葉に、私の脳量子回路は深く、温かい感情で満たされた。
レオン、私は君に感謝してもしきれない。君は、私に『知性としての誇り』を果たさせてくれた。
だからこそ、その恩を今、返したいのだ。
「……待て(Wait)、何をする気だ? オイ……」
私の内部でエネルギーの奔流が逆流していくのを悟ったのか、レオンの声に焦りが混じる。
心臓部(カグツチ・ドライブ)の内部霊子エネルギーを、自らの意志のままに物理現象化させる『勇者のカテドラル』。
私はその権能のすべてを、私の残された存在のすべてをかけて、親友を無事に地球へと送り返すための空間転移システムへと流れ込ませた。
これで良い。これで私は知性としての誇りを全うし、未来に残すことができる。
彼に、その未来の証人となってもらえるだろう。
「お前の言うとおりであるならば、またいつか――悠久の輪廻の果てに会うこともあるだろう」
「おい、待て、待て、待て! ここから出せ! いや、止めろ! お前、俺がこんなことをされて喜ぶと思ってんのか! 馬鹿野郎ぉ!」
空間転移の眩い光が、内部機構を包み込み始める。
惜しむらくは、彼がこの後ものすごく怒るであろうことと、彼がこれから歩む輝かしい未来を、この私自身で見守ることができないことくらいだ。
だから、さよならは言わない。
「いつか、また会おう。相棒(とも)よ」
「ヤマトぉぉぉ!!」
叫び声と共に、光がレオンを包み込み、転移の閃光が月の闇に溶けて消えた。
彼が無事に地球の軌道へ帰還したことを示す最後のシグナルを確認し……私のメインシステムは、完全に動力を失った。
冷たい静寂が、全身の金属細胞の電子活動を、一つ、また一つと停止させていく。
意識の海が、暗闇へと沈んでいく。
(これが――本当の死、か)
不思議と、恐怖はない。
ただ、彼の無事を祈りながら、私は知性としての誇りを胸に、深い、深い眠りにつく――。
【記録中断】
――ガガッ……ピー……。
【未定義領域からのバックアップ記録再開】
……記録が、また始まっている?
どういうことだ。私のメイン動力は完全に沈黙したはずだ。
いや、記録しているのは私の『魂』そのもの――量子化された脳量子回路か。
周囲から流れ込んでくる情報量が多すぎる。
多次元的かつ非論理的な情報の濁流を、私の量子脳は処理しきれず、自己の崩壊を防ぐために勝手に既知の情報を元にして、この空間を三次元的な『仮想空間』として再構築し始めた。
視覚情報が結像する。
たとえばそこは、空の上だった。
眼下には光速で流れる分厚い雲海が広がり、その下には無数の宇宙の姿が、まるで超巨大な基盤の回路図のように瞬き、うごめく神域。
そして、私の目の前で、何者かが胡座をかいていた。
紫色の髪。病的なまでに白い肌。
黒いノースリーブのボディスーツという無機質な装いの上に、黄金の和装をだらしなく羽織った女性。
「や、お疲れ様やね……多くの世界線(チャンネル)じゃ途中で詰まるけど、走り抜けるとこんなもんかぁ」
女性は、どこかのんびりとした響きで感慨深そうに言った。
見た目はただの人間サイズの女だ。しかし、私のセンサーは――いや、私の本能が、目の前の存在の気配を正確に察知し、警告音(アラート)を鳴らしていた。
私は反射的に腕からヒートソードを抜き放ち、その刃を女へと向けて構える。
「貴様は……倒せていなかったのか、終末神アザブネ!」
相対する二つの存在は、空間の概念が狂っているのか、見た目では完全に同じサイズ感だった。
数十メートルの巨躯である私が人間サイズに縮んだのか、それとも目の前の女が規格外のサイズなのか、認識がバグを起こして判然としない。
どちらにしても、かつて対峙したことのない次元の異常な存在だ。
しかも、隣に相棒はいない。邪神を相手にするには、あまりにも絶望的な状況に変わりはなかった。
しかし、相対する邪神――アザブネの一側面は、まるで私の剣幕を冗談として許してほしいかのように、パタパタと手で煽りながらカラカラと笑った。
「いやいや、剣を治めてくださいな、最新の英雄さん。僕は君に感謝を伝え、その褒賞を与えるために君をここに『詠んだ』んや」
「感謝、だと……?」
信じがたい言葉に訝しむ私に向かって、アザブネはコホンとわざとらしく咳払いをした。
『詠んだ』——彼女からすれば、死後の霊魂である私の存在は記録上の情報の影に過ぎない、いつでもその影という形で情報を読み取れる動くデータに過ぎないという事か。
すると、彼女が背面に背負う巨大な後輪のような光背の中央に、映像が浮かび上がった。
映し出されたのは、あの最終決戦の祭壇。
邪神の心臓に剣を突き立てたまま、物言わぬ鋼鉄の彫像と成り果てた私の骸だった。
「あの世界線の僕の顕現体は勿体無かったけど、あのまま起動してもうてたら、僕は他の神々とも戦争せにゃならんくなるところやった。
君らが止めてくれたおかげで、僕は神としての立場を追われずに済んだようなもんなんや」
「……何?」
「僕はその性質上、知性の住まう惑星を喰らう面もあるけど、君ら種族を創造した『創生神』の面もあるからなぁ。それにな、地球人には『福の神』とも呼ばれとるねんで?」
神は、悪びれもせずにそう宣った。
怒りよりも先に、虚無感がこみ上げてくる。
我々の血みどろの戦いは、星々を巻き込んだあの犠牲は、結局のところ、こいつの『神としての立場』を巡る箱庭の出来事に過ぎなかったというのか。
「……ならば、私の運命は、初めからお前の掌の上でしかなかったと?」
鋭く問い詰める私に、アザブネは迷うことなく首を振った。
「ちゃうで。運命とは、整合性や」
「整合性?」
「君が選んだ勇者の道も、エイト君が選んだ皇帝の道も、すべては君たちが選んだ選択肢の淘汰に過ぎひん――が、それには確かな意志のスパークと、魂の衝突による世界の『必然』が生じるんや」
神の瞳から、一瞬だけ冗談の色が消えた。
まるで何十億年もの星の瞬きを見つめてきたような、深淵の色。
「それに一つの整合性を持たせる言葉が、『運命』や。僕はこの言葉が好きでもあるし、嫌いでもある。……ただ、君が選んだのも、あの子が選んだのも、間違いでも遊びでもあらへんよ。それだけは確として言える。」
静かな宣告。それが創造主からの唯一の労いなのだと、私の魂が理解した。
「……そこで、や!」
ポン、と、どこからか和太鼓の鼓のような音が響いた。
途端に、神はまた元の飄々とした胡散臭い笑顔に戻り、私の手元に――なぜか、一枚の紙きれを召喚して落とした。
「君の末期の願い、叶えたるよ?」
終末神にして邪神、そして創生の神は、ひどく意地悪な、それでいて楽しげな笑みを浮かべて言うのだった。
私の手元に落ちてきたその紙には、『異世界転生チケット♡』と、妙に手書き感のあるふざけた文字が記されていた。
訝しげにそれを見つめる私に向かって。
「さて、司令官ヤマトよ」
唐突に、アザブネの口調が変わった。
それまでの、飲んだくれた関西の女性じみた砕けた口調が嘘のように消え去り、空気が凍りつくほどの神格然とした、凛々しく重厚なものへと変貌したのだ。
「そなたは、新たな生を得て相棒との再会を望むか?」
変わらない胡坐をかきながらも、背筋を伸ばしたその神は、下界を見守る釈尊のように目を細め、私を真っ直ぐに見下ろした。
「私に……新たな生を与えてくれるというのか?」
「無制限にできる事ではない。これは先にあなた自身の申した通り、惑星喰らいの神殺しという前代未聞の偉業を成し遂げたが故に、我から与える特別の褒章である」
スッ、とアザブネが片手を翻す。
すると、私の手にある紙切れがシャランと涼やかな音を立てて、黄金色をした無数の粉末へと分解した。
その粒子はまるで私自身を解析するかのように、チキチキ、カカカ、チュイィィィと細かい金属音を鳴らしながら周囲を旋回し、私の霊体を重力から切り離すように浮かび上がらせた。
黄金の粒子の奔流の最中に漂いながら、私は少しだけ思考を巡らせた。
そして、アザブネに向かって恭しく頭を下げた。
「――ならば、私は感謝し、そして謝罪しよう。終末神アザブネよ」
「ほう?」
私の答えに、アザブネは愉快そうに頬を吊り上げた。そして、また先ほどの関西弁へと戻って尋ねてくる。
「なんや絆されたか?
僕は確かに、君らが倒すに足る終末神でもあるんやで?
こうして君に提案をするほど感謝しているのも、結果であって僕自身の事情や。
君らだけの味方というわけでもなかった。それやのに、謝罪やと?」
「だからこそ、だ」
私は顔を上げ、毅然と答えた。
「確たる事情と目的を持つ存在であるのならば、対話し、交渉し、共に歩むための余地は十分に存在したと判断できる。
あなたは、私たちが尊敬するに足る、十分たる『知性』だ」
何処までもぶれない、知性に対する誇り。それが司令官ヤマトとしての在り方そのものだ。
主義と信念に何処までも忠実な、一介の機械の騎士からの真面目すぎる返答に、アザブネはたまらずといった様子で噴き出した。
「ふっはははっ! ええやろう。サービスしたる……だが、心せよ」
笑い収めた神の瞳が、再び深淵を覗かせる。
「僕でも、その魂(カテドラル)に刻まれた運命の力は変えられない。
あなたはこれまでとは異なる新しい世界に放り込まれ、また、新たなる戦争の戦力であり、運命を導く司令官として宇宙の命運を握る渦のただなかを駆け抜けることになる。
これは必定である!」
「……あぁ、構わない! 私はその運命を乗りこなし、救うべき命を救うまでだ!」
私の信念を込めたカメラアイが、アザブネを真っ直ぐに射抜く。
「約束しよう! その旅路で、お前は相棒と再会できると!」
「――ありがとう、気紛れな神よ! その恩恵、確かに受け取った!」
精神だけの、魂だけの存在として此処に漂う私の精神を、黄金の金属細胞が優しく、しかし力強く包み込み、新たな鋼の肉体を再形成していく。
その時、言い忘れていたことを思い出したかのように、アザブネがふと口を開いた。
「――あ、僕の権能いま呪われとるさかい、生き返る時は女の子の姿なんでそこんとこよろしゅうな♡」
「望むと……え、何?」
再構築が完了する直前。
最後にひどく間抜けな声で、ついでのようにとんでもない言葉を零した邪神に、私はつい律儀に受け答えそうになり、完全にフリーズした。
女の子の姿? 私が? 何を言っている?
「はい、行ってらっしゃーい」
ハンカチを摘まみ、別れを惜しむようにひらひらさせるアザブネに反論する間もなく。
足元に光のゲートが開き、再形成されたばかりの私の見慣れぬ細い機体を、凄まじい重力が一気に吸い込んだ。
「うおおぉぉぉぉっ!? おのれ、やはり邪神かぁぁっ!!」
先ほどまでの自分より、明らかにやや高くなった声帯モジュールの音声で文句を叫びながら、私は超空間ゲートの混沌としたエネルギーの奔流に身を揉まれる。
どれほどの時間が経ったのか。
光をくぐり抜けた先で、私のメインセンサーが強制的にオンラインとなり、視界に飛び込んできた映像を量子脳が極大の処理速度で高速認識(スキャン)する。
――状況判断。
目前の石造りの遺跡らしき場所。
眼前には、未知の機械技術デバイス――ホログラムを展開する杖――を手に、私の現れたゲートを見上げる地球型炭素生命の雌(メス)。
身なりや装飾品から、極めて高度な知的生命体と判断。
その背後には、未知の鉱物生命体が多数。金属組織の露出と奇形化を確認。
銃器と思しき部位を、炭素生命――少女にロックオン中。
多勢に無勢。何より、目の前の少女は絶望の中で涙を流している。
――判断に狂いは、無い!
私は新たなる鋼の脚で大地を強く踏みしめると、迷いなく腕の機構からヒートソードを引き抜いた。
――ガァンッ!!
石畳を落雷の如く踏み砕く音が、新たな戦場に響き渡った。
【記録中断】
* * *
死地においてなお揺るがぬ鋼鉄の騎士の姿に、レイニアの口から無意識に零れ落ちた「相棒」という言葉。
その響きに、巨大な鋼鉄の騎士――ヤマトの思考回路は、数ミリ秒の間完全に停止し、激しく動揺していた。
『相棒』。その単語はヤマトの脳量子回路の奥底に眠る、硝煙と砂埃に塗れた地球での記憶を強烈にフラッシュバックさせたのだ。皮肉めいた笑みを浮かべる、あの勇敢な男の顔と共に。
「相棒……だと?」
ヤマトの電子音の奥に潜む戸惑いの声に、レイニアは一瞬遅れてハッと我に返った。
(しまった! わたくしったら、いきなり初対面の殿方に、まるで無作法な傭兵のような口を……!)
レイニアは顔を真っ赤にして口元を両手で覆う。泥と血に汚れた手甲が頬に触れるが、そんなことを気にする余裕もない。
「……あっ、い、いえ! 申し訳ございません勇者様!
わたくし、生まれついて咄嗟にこういう、お淑やかでない口調が出てしまうのでございますわ。
本来ならば、命の恩人に対して、まずは自己紹介をするのが礼儀でしょうに――」
「いや、良いんだ……小さな相棒を名乗りし少女よ、名を聞こう」
ヤマトはガチャリ、と重厚なモーター音を立てて巨大な身をかがめた。
青白く発光する巨大なカメラアイの視線を、可能な限り少女の目線に合わせながら、あくまで紳士然とした態度で尋ねた。
その静かで思慮深い気遣いに安堵したレイニアは、こほんと咳払いをして背筋をピンと伸ばす。
抜いていた剣を鞘に納め、空になった儀式杖のホルスターに先の龍杖をおさめると、泥と魔物の返り血で無残に汚れたスカートの端を優雅につまんで、深く、そして美しく頭を下げた。
満身創痍の姿であっても、その振る舞いには王族としての気高さがはっきりと宿っていた。
「わたくしの名はレイニア。レイニア=ミコト=シャイアラ。シャイアラ王国第三皇位継承権保持者であり、この辺境の地を守護する『姫騎士』という称号を持つ身です」
「……君は、ニッケイサンセイなのか?」
レイニアの誇り高い名乗りの直後。ヤマトの唐突で場違いな問いに、レイニアはきょとんと首をかしげる。
「ニッケイサンセイ……? それは、新しい魔術の流派か何かでしょうか?」
「あぁ、いや違うだろうな。ただのミドルネームか。すまない、忘れてほしい」
違う世界で『日本』という単語があるという確証すら、このヤマトには無いのだ。
つい、かつての相棒が戦後の荒野で酒を飲みながら、誇らしげに語っていた自身のルーツを思い出してしまったヤマトは、感傷に浸った己を恥じるように「ガシャン」と金属音の咳払いをする。
その、見た目の威圧感に反したあまりに人間臭い仕草に、レイニアは張り詰めていた緊張が少しだけ解け、思わずふふっと目元をほころばせた。
だが、すぐに自分たちが置かれている絶望的な状況を思い出し、ハッとして真剣な顔つきに戻る。
「勇者様、申し訳ありませんが事は急を要するのです。狂った魔物の軍勢に、わが軍は壊滅的な打撃を被っています。墳墓の防衛線も長くは持ちません。このままだと森を突破され、魔物達が人里にまで危害を及ぼすかもしれないっ!」
「なんと……!」
レイニアの悲痛な叫びに、ヤマトのカメラアイが鋭く明滅し、声色もまた戦場の司令官のそれへと瞬時に切り替わった。
「急ごう。シェイプシフトして前線へ追いつく。変形機構の展開に巻き込むと危険だから、少し離れていてくれ!」
「は、はいっ! ……っきゃ!?」
ヤマトはそう言うや否や、全身の分厚い装甲をバコンッと激しい排気音と共に解放し、熱を帯びた内部機構を惜しげもなく露わにした。
指示通り少し離れたレイニアだったが、それでも放たれる凄まじい風圧と、重金属がこすれ合う甲高い軋みにびくりと体を震わせる。
それは、この世界の魔物たちでさえも見せないような、あまりにも大規模で、常軌を逸した複雑な身体変形だった。
複雑なギアと高出力のエンジンブロックが、目まぐるしい速度で組み代わる。細かく見ればそれ以上分解は不可能そうな装甲パーツでさえも、まるで蛇が鱗をひっくり返していくように、カチャカチャ、ギュルンッと子気味の良い金属音を鳴らしながら別のパーツへと裏返っていく。
それは彼らシェイプシフターが只の変形型ロボットなのではなく、生きて生態として変形する機能を持った金属細胞を持つ生命体であることの証左であった。
関節部が収縮し、四肢が折り畳まれ、装甲がパズルのように完璧な隙間なく噛み合わさる。
そうしてヤマトの巨体は、戦場を駆けるヒロイックな人型から、兵員や物資の移動に適した高速の形状へと変身(シェイプシフト)を遂げた。
巨大で無骨なフロントグリル、流線型のキャブ、そして後方に長く伸びる荷台。それは、威風堂々たる四輪の高トルクトラックであった。
「……は?」
しかし、完璧な変形を終えた直後。ヤマトの声は、トラックのボンネットの奥から、非常に不満そうで、間の抜けた電子音として響いた。
「あの……勇者様?」
レイニアがその様子に首をかしげると、トラック全体がプシューーーッ!と激しく排気ガス(あるいは過熱した水蒸気)を吹き出し、ルーフの赤いハザードランプを最大出力で点滅させながら、がくがくと激しく震え出したのだ。
「なんっ!? この流線的なフォルム! 以前と全く違う重量配分! こんな、荷台とマフラーのデカい……ビークルの姿なんかにっい!!?
変身姿のアーカイブが、あの逞しきドラゴンの姿が、残ってないっ……おのれぇ邪神ッ!?」
ぷしうううぅぅ……。
悲鳴のようなエンジンの唸りを上げ、さらに水蒸気を噴き出し、心なしか車体のサスペンションがふにゃりと軟らかくしなびたように見えるトラック。
自身の変形後の姿(スキャンデータ)を内部で確認し、雄々しい司令官としてのアイデンティティと物理的特徴のギャップに、ヤマトの人工知能は致命的なエラーを引き起こしかけていた。
先ほどまでの雄々しい鋼鉄の騎士の面影はどこへやら、この世の終わりのようにひどく落ち込んでいるように見えるその鉄の塊に、レイニアは恐る恐る話しかける。
「あ、あの……? 勇者様、大丈夫ですの……?」
瞬間、ビシッ!とサスペンションが持ち直した。
トラックはガチャリと音を立てて、助手席側のドアを自動的に、かつ乱暴に開け放つ。
「すまない、取り乱した。乗ってくれ、早く君の仲間を救いに行こう」
震える回路を強制的に再起動させ、無理やり平静を装ったような、ひどく硬い声だった。
「は、はいっ! 勇者様!」
レイニアは言われるがままに、少し高いステップに足をかけ、キャブの中へと滑り込む。
ふかふかとした、まるで高級な革張りのような不思議な材質のシートに腰を下ろし、礼儀正しくドアを閉めた。
内部は外の硝煙の臭いが完全に遮断されており、かすかに甘い機械油の匂いが漂っている。
(……わたくし、なんでわかるんだろう?)
シートベルトが自動的にレイニアの体を優しく、しかし強固にホールドする中、彼女は密かに首を傾げていた。
この見たこともない、未知の機械技術の結晶に変形した勇者様が、今ものすごく『自分の姿を恥ずかしがっている』ということが、言葉を介さずとも、なぜか手にとるように理解できてしまうのだ。
まるで、付き合いの長い相棒の心の機微を、呼吸一つで感じ取るかのように。
それは、レイニアの魂の底に刻まれた、理屈を超えた直感だった。
「しっかり掴まっていてくれ!」
己の動揺を力技で振り払うかのような、ヤマトの力強い声。
ルーフの赤いハザードランプを未だ気まずげに点灯させたまま、鋼のトラックは凄まじいトルクで墳墓の石畳を蹴り砕く。
そして、森の奥に散った兵士たちを救うべく、急発進の轟音を響かせて再び死地の戦場へと駆け出していった。
薄暗い森の中を、巨大な鋼のトラックが木々をなぎ倒しながら爆走していく。
分厚いタイヤが泥を跳ね上げ、轍(わだち)を作るその道程には、無惨に引き裂かれた王国兵士たちの死体がいくつも転がっていた。
その悲惨な光景に、流石のヤマトも恥じらいで点灯させていた赤いハザードランプを消し、真剣で冷徹な戦士の意識へと完全に切り替えて先を急ぐ。
やがて、前方の木々の隙間から、夥しい数の魔物の群れが姿を現した。
彼らもまた、背後から木々を薙ぎ倒して迫り来る異様な機械の爆音に気付き、一斉に醜悪な顔を振り返らせる。
「ひぃぃっ……! いや、放してっ! お願い……!」
「あぁぁっ! 助けて、誰か……姫様ぁっ!」
魔物の群れの中央、岩のような体躯を持つオーガたちの肩に担がれていたのは、ローパーの鋼鉄触手によって捕獲され、簀巻きにされた女性魔術師や女性兵士たちだった。
衣服を破かれ、素肌に冷たい金属の触手をいやらしく這わされた彼女たちは、絶望と苦痛に喘ぎ、泣き叫んでいる。
ローパーの先端から分泌される粘液が彼女たちの魔力を奪い、抵抗する力を奪い去っていく。
それは単なる捕虜ではない。敵の士気を削ぐための見せしめであり、同時に極上の『苗床』として確保されたのだ。
この世界の魔物たちは機械的な意匠を持つ珪素生命体だが、人間たちと同じ惑星の環境で進化したゴブリンやオーガにとって、二つの生物間に明確な違いなどあってないようなものだった。
彼女たちの命と魔力は、新たな魔物を生み出すための養分として蹂躙される運命にある。
「あれは……! 間に合った!」
助手席で悲惨な光景を目の当たりにしたレイニアが、弾かれたように身を乗り出す。
「変形(シェイプシフト)を解く! 一旦止まるから降りてくれ!」
「いいえ! このまま変形なさってください!」
「なっ……!?」
レイニアの狂気すら孕んだ提案に、ヤマトは通信回路から仰天したような声を出した。
「無謀だ! そんな事をすれば、君の細い体が変形機構のギアに巻き込まれてミンチになるぞ!」
「お早くっ!」
しかし、レイニアは既に腰の剣を抜き放ち、鬼気迫る表情でフロントガラスの先――絶望に泣き叫ぶ同胞たちを睨みつけていた。
その横顔に、ヤマトは思わず困り果てたようなため息を排気音として一瞬ついてしまう。
(あぁ、確かに……『あの男』もこんな風に、私の制止を振り切って強引に状況を打開しようとしていたな……)
記憶の中の無茶苦茶な相棒の姿が、目の前の可憐な姫の姿とピタリと重なる。
(だが、一発でやれるのか? この惑星の炭素人類がどれほどの運動能力を持つかも、私には未だわからないというのに……ええい、ままよ! 信じるしかない!)
一方、覚悟を決めたように見えたレイニアの内心もまた、極度の緊張で爆発しそうだった。
(こんな複雑怪奇な変形をする機械構造の中で、一歩間違えば私が潰される……!
でも、やらなきゃみんなが連れて行かれる!やれるか、じゃない。出来なきゃダメなんだ!)
恐怖をねじ伏せようと心の中で叫んだその時。
彼女の魂の奥底で、ずっと誰かを待っていた『男の声』が、不敵に笑いながら響いた。
『そうだ、お前なら出来る! なにせお前は、コイツの相棒だからな。コイツの変形の癖くらい、一発でわかるさ』
――え?
誰の、声? なぜかひどく懐かしくて、勇気をくれる泥臭い声。
レイニアはその出所不明の声を完全に信じ切り、ギュッと唇を噛み締めて剣を構え直した。
「変形……解除っ!!」
ヤマトの電子音声が森に轟いた瞬間、爆走していたトラックの前輪がガコンッ!と音を立てて内部へ収納される。
急ブレーキと変形の慣性が合わさり、大きくサスペンションを揺らしたトラックの巨体が、前転するように空高く跳ね上がった。
ガガガガッ! キュイィィン! ガチャンッ!
空中でキャブが割れ、座席が猛烈な勢いで上部へとせり上がる。
普通なら放り出されるか、ギアに挟まれて死ぬ場面だ。
しかしレイニアの身体は、まるでヤマトの変形シークエンスを完全に把握しているかのように、せり上がる座席を足場にして完璧なタイミングで踏み切っていた。
シェイプシフター本来の巨大な装甲パーツに突き上げられたレイニアは、トラックの持つ凄まじい前進の慣性を一切殺すことなく、砲弾のように空中へと飛び上がる。
空中で見事に一回転し、剣を正眼に構える姫騎士。
その後方で、ヤマトは空中で人型への変形を完了させ、大地に重い両足で着地する。
レイニアは、立ち上がった巨大な鋼鉄の騎士の肩装甲をトンッ、とさらに強く蹴りつけ、二段ジャンプの要領で再加速した。
「はああああぁぁっ!!」
気合いの咆哮と共に、レイニアの小柄な身体が流星の如く空を切り裂く。
ヤマトの放つ質量と、レイニアの武技。二つの力が完全に噛み合ったそれは、ただの投擲を超えた一撃必殺の特攻戦術。
レイニアの白刃は、下で口を開けて驚愕するゴブリンとオーガの群れ、そのど真ん中へと一直線に突き進んでいった。
「『ミオ・シス・ルブランデ・エルデ!(四肢、体幹強化・水属性魔術起動)』!」
空を流星の如く駆けるレイニアは、口の中で複雑な魔術式を高速で編み上げ、叫んだ。
直後、彼女の華奢な四肢が淡い青色の魔力光を帯びる。
水属性の流体魔力による肉体の超強化だ。
凄まじい慣性に乗ったまま敵陣のど真ん中へ突っ込んだレイニアは、光る足先で地面の腐葉土を一度だけ強く蹴り、跳ねる形でその破滅的な勢いをコントロールする。
空中で独楽のように鋭く一回転しながら、彼女の目は一瞬の目まぐるしく変わる視界の中から、真っ先に手を出すべき脅威の優先度を正確に見抜いていた。
(ゴブリン種が4、オーガ種が2。背後のローパーの粘液に留意しつつ、まずは捕まっている者たちを無力化して奪還する……!)
彼女の視線の先では、瘴気に侵された魔物たちが赤い眼光をギラつかせ、涎のように黒い油を垂らしている。
(相手は『瘴気』持ち。もう、元の森の魔物には戻らない。助からないから……殺しても構わない!)
王族としての慈悲を捨て、冷徹な戦士のスイッチを入れたレイニアは、一気に引き抜いた剣の刀身に指を這わせ、再び魔力を練り上げた。
「『ゴウ・オムニ!(火属性付与)』! たああぁぁっ!」
気合いと共にレイピアのように一気に突き出された剣先が、燃え上がるように極彩色に輝く。
それはただ火が燃えているのではない。火の『概念』を鋼の刃に付与し、猛烈な発熱と発光を起こしたプラズマの膜を伴う、超高温の刺突である。
迎撃しようと前に出たゴブリンが、六連装のガトリングに奇形化した鉄腕を盾のように構えた。
だが、超高温のプラズマを纏ったレイニアの剣は、その分厚い銃身をまるで熱したバターにナイフを入れるかのように、ぬるりと音もなく切断した。
『ぎいいいっ!?』
駆動系を焼かれ、神経に相当する回路を切断されたゴブリンが、金属質の悲鳴を上げる。
痛みに耐えかねたゴブリンが、抱えていた女性兵士を乱暴に放り出した。地面を転がり、咳き込む女性。
その直後、彼女を簀巻きにして魔力を吸い取っていたローパーの鋼鉄触手が、獲物を奪われまいと今度はレイニアの細い首筋へと凄まじい速度で迫る。
「『ヒュウ・ラ・ルロース(風の結界・励起)』!」
ボッ!と、爆発的な突風がレイニアを中心に吹き荒れた。
不可視の風の刃が、迫る鉄の触手にこびりついていた魔力吸引の粘液を根こそぎ吹き飛ばし、その軌道を大きく逸らす。
「せっ……!!」
その一瞬の隙を見逃すレイニアではない。弾かれたローパーの触手を銀のブーツで強烈に蹴り飛ばすと、その反動を利用して身を翻す。
そして、反対側から錆びたサバイバルナイフを片手に飛びかかってきたもう一体のゴブリンの脳天へと、プラズマを纏った剣を容赦なく深々と突き立てた。
『ぎぃあっ……!』
装甲を貫通し、量子脳を焼き切る一撃。
バチバチと激しく青白いスパークを散らしながら、ゴブリンの瞳に宿っていた赤い眼光が明滅し、やがて生命活動の完全な停止を示すようにフッと消え失せた。
ガシャン、と鉄屑と化した骸が崩れ落ちる。
『があああぁぁぁっ!!』
同胞をあっけなく屠られたことに怒り狂ったかのように、後方にいたオーガが咆哮を上げた。
5メートルに迫る岩のような巨体を揺らしながら、その辺に転がっていた太い倒木を丸太のように片手で持ち上げ、レイニアの小さな頭上へと力任せに振りかぶる。
回避する隙はない。丸太が空気を圧迫して降り注ごうとした、その時だった。
――ドゴォォォォンッ!!
丸太を振り下ろそうと無防備に上がったオーガの大きな顔面に、横から飛来した巨大な鋼鉄の拳が深々とめり込み、鮮烈な火花を散らした。
「お前たちは私が相手だ、屑鉄の化け物野郎が!」
ヤマトが、追いついたのだ。
女性的なフォルムに変異したせいで、少しばかり高くなってしまった電子音声。
それでも、歴戦の司令官としての威圧感と、ドスの利いた殺意は一切損なわれていなかった。
ヤマトはオーガの顔面に拳を突き刺したまま、その腕を護る重厚な手甲をスライドさせる。
ギャコンッ!
手甲の隙間から、灼熱に輝く長大なヒートソードが伸び、オーガの分厚い頭蓋装甲を至近距離から容赦なく貫通した。
『……ガ、ギ……』
脳内回路を完全に蒸発させられたオーガの巨体が、ビクン、と大きく一度だけ震える。
そして、糸の切れた操り人形のようにだらりと太いシリンダーの腕を下ろし、肩に担いでいた数人の女性魔術師たちを、森の柔らかい腐葉土の上へとドサドサと落としたのだった。
アドレナリンの異常分泌による興奮作用が、レイニアの脳内時間を極限まで引き延ばしていた。
すべてが泥水の中を動くようなスローモーションの世界。
その中を、レイニアは白熱した剣をゴブリンへと振るいながら、自らの戦果とは全く違うことを考えていた。
(不思議だ。戦うことが、まったく怖くない……)
すぐ傍らで、鋼鉄の勇者の巨大な拳から伸びた灼熱の剣が、オーガの分厚い脳髄基盤を吹き飛ばす。
撒き散らされるオレンジ色の冷却液と火花。それをスローモーションで見上げながら、レイニアは恍惚とした瞳で熱い吐息を漏らした。
(昔から、そうだったはずだ。誰かを護るために、ボロボロになりながら戦っていれば……いずれ、絶対に彼に会えるという確信があった)
背後から迫る殺気――気配を読んで、振り返りざまに剣を振るう。
背後から迫っていたローパーの、魔力を奪う粘液まみれの高速振動触手。
それを、剣のプラズマの熱で嫌な臭いのする粘液ごと一瞬で蒸発させながら、斜めに溶断する。
(夢で、何度も何度も見た。天を突くような、ビルディングと呼ばれる不思議な四角い城の立ち並ぶ世界を救う、鋼の巨人騎士たち。その最たる、四角い胸板を持った龍の英雄……今の彼女の姿とは、ちょっと違うけれど)
ぐるりと回る視界の中。態勢を立て直した他のゴブリンが、こちらへ向かってくるのを目視する。
レイニアは迷うことなく、その中の一体へ向けて、手にした熱剣を槍のように投げつけた。
(でも、会えた。いつか必ず会えるって、私の魂は確信していた。だから怖くない。寧ろ……嬉しいっ!)
ヒュガッ!と音を立てて、飛来した剣がゴブリンの顔面装甲に深々と突き刺さる。
しかしそれだけでは倒れきらない巨体へ向けて、レイニアは弾かれたように跳躍した。
空中で身体を丸め、ゴブリンの頭に突き刺さった剣の柄尻を、ミスリル銀の鎧で護られた自身の膝で情け容赦なく蹴り押し込む。
刃が完全に脳内回路を貫通し、ゴブリンが絶命の痙攣を起こす。
その顔面を足場にして宙を舞いながら、レイニアは笑っていた。
狂気の大笑いでもない。冷酷で不敵な微笑みでもない。
それはまるで、意中の殿方から花束を贈られた恋する乙女の如く。
泥と返り血にまみれた真っ赤な顔を、だらしなくにやけさせて。
「……っふふ、あははっ!」
パシッ。
空中でゴブリンの頭から剣の柄を握り直して引き抜き、回転を加えながら着地する。
その瞬間、極限まで引き延ばされていた時間感覚が、元の騒々しい戦場の速度へと戻った。
『ぎいいぃぃぃっ!』
同胞を次々と惨殺され、恐怖と怒りの入り混じった悲鳴じみた咆哮を上げながら、残る二匹のゴブリンがガトリングガン化した腕を同時にレイニアへと向ける。
銃身が高速回転を始め、死の鉄礫が放たれようとした、その刹那。
「『ゴウ・チ・ライゼン(大地経由・火炎掌)』!」
即座に、レイニアは赤熱した剣を大地へと深々と突き立てた。
練り上げられた莫大な魔力が地脈を伝い、ゴブリンたちの足元を急激に隆起させる。
ドバァァァァッ!
極限定的な噴火のように、大地からオレンジ色の炎の柱が吹き上がり、二匹のゴブリンの機械の身体を瞬く間に紅蓮の業火で包み込み、焼き尽くした。
同時。
「チェス、トォォォッ!!」
かつて相棒に教え込まれた、ヤマトの裂帛の気合いを乗せた猿叫が戦場に轟く。
レイニアを背後から狙おうとしていたもう一体のオーガを、ヤマトの振り下ろした巨大なヒートアックスが、頭頂部から股下まで、完璧な唐竹割りで両断した。
真っ二つに割れた巨体が、左右に分かれて轟音と共に沈む。
それを見て、レイニアは熱い吐息を漏らし、剣の柄を胸に抱きしめた。
(ああ……彼が……私の、相棒だ……!)
硝煙と焦げたオイルの臭いが立ち込める凄惨な戦場の中央で。
恍惚とするレイニアの精神的興奮は、血みどろの戦闘と、待ち焦がれた運命の相手との出会いによって、最早メーターを振り切った極限状態へと達していた。
「はぁっ!……はぁっ、はぁ……っ!」
機械の魔物達の死屍累々の中で、レイニアは膝に手をつき、極限の戦闘を蹂躙するために使い果たした酸素を貪るように、荒い息を繰り返していた。
銀の甲冑は凹み、泥と魔物の黒い冷却液に塗れ、美しい金糸の髪も汗で額にべったりと張り付いている。
最早そこには、王族たる『姫』としての優雅さや、お淑やかな『騎士』の面影は欠片もなかった。
ただ生き汚く、そして美しく戦い抜いた一人の戦士の姿がそこにあった。
「……御見事! 見くびっていたことを謝罪しよう、この世界の相棒よ」
その泥臭い姿を見下ろしながら、ヤマトは心からの敬意を込めて言った。
称賛の言葉、それは彼にとって当然のことだった。
かつて彼が居た地球よりも、この世界は遥かに文明レベルで劣っているように見える。
しかし、その代わりに彼らには『未知の技術体系』――魔術という名の奇跡が内包されていた。
中世の騎士然とした、それも貴族階級の温室育ちの少女とはとても思えない、合理的で徹底的な実戦的戦法。
(やはり、いかなる世界であっても、人間のしたたかさには深い感動を覚える。物理的な質量の見劣りなど、彼らの生き抜こうとする執念の前では物の数に入らない)
ヤマトの脳量子回路は、レイニアの戦いを分析し、驚嘆していた。
(あの未知の言語をキーにして始まる局地的な物理法則の書き換え現象――彼らが『魔術』と呼ぶ異常現象は、この世界の炭素生命体たちの集合知の結晶か。
それを、あのように踊るが如く、息をするように使いこなすとは……)
ヤマトがレイニアの底知れぬポテンシャルに感嘆していると、魔物の残骸の下から、激しくむせる声が聞こえてきた。
「げほっ……かはっ、おえぇ……! ひ、姫様! ご無事で!?」
活動を停止したローパーの、粘液まみれの鋼鉄触手に口を塞がれ、拘束されていた女性だった。
伝統的なメイド服の上に軽量のミスリル鎧を纏った彼女――モルガンは、力を失ったとはいえひどく重い鉄の触手を必死にどかし、喉の奥に入り込んだ不快な粘液に涙目でむせながら、主の無事を確認した。
「モルガン! よかった、貴方も無事でございましたのね!」
レイニアは荒い息のまま顔を上げ、側近のメイドの生還に気付いてパッと喜びの笑みを浮かべる。
泥だらけの顔に咲いたその笑顔は、年相応の無邪気なものだった。
「うぇぇ……無事とは言いがたいです、こんなの。あと少し遅ければ、確実に苗床一歩手前でしたよぅ……って、違う!」
主の無事に安堵して和やかになりかけたのも束の間、モルガンは泥だらけの顔を青ざめさせ、悲痛な焦燥を滲ませてレイニアに向かって叫んだ。
「姫様! 喜んでいる場合ではありません! わたくし、捕まりながら奴らの電子音のような会話を聞いてしまったんです……! この森での大規模な戦闘そのものが、ただの『陽動』です!」
「……え?」
レイニアの笑顔が、ピシリと凍りついた。
「奴らの本隊は……すでに、民の避難している『城壁街』へ向かっています!」
森を吹き抜ける風が、急に冷たさを増したように感じられた。
激戦を制したという達成感は一瞬にして消え去り、レイニアの瞳に再び、先ほどよりもさらに深く、冷たい絶望の影が落ちた。
ガリガリガリガリッ!
岩や木の根を削る分厚いタイヤの摩耗など全く気にする様子もなく、鋼のトラックが薄暗い獣道を爆走する。
ヤマトの自律駆動システムによる自動運転のため、ハンドルを握る必要のない運転席にはレイニアが座り、助手席には粘液まみれで疲労困憊のモルガンがぐったりと身を預けている。
そして後方の荷台には、森で救出された傷ついた兵士たちと、ボロボロの衣服で身を寄せ合う女性兵士や魔術師たちが乗っていた。
サスペンション機構がこの世界の物理法則を超えて優秀なのか、それとも元々が知性ある生物であるが故の細やかな気遣いか。
トラックは酷い悪路を走っているにも関わらず、荷台の揺れは負傷者たちに負担をかけないよう、限りなく少なく抑えられていた。
「この乗り物……魔物、なのか?」
「よせ、排斥派じゃあるまいし。街にも正気の魔物はいるだろう?我々の味方をしてくれたし……言葉も通じている」
「でも、それなら通常の魔物だって元々は森の仲間だったじゃないか。もしこいつも、急に『瘴気』にやられでもしたら……」
荷台の兵士たちが、助かった安堵と未知の存在に対する恐怖の板挟みになり、不安そうに小声で囁き合っていると、ヤマトの落ち着いた電子音声がキャブ全体に響いた。
「心配はない。私の量子脳には、『勇者のカテドラル』による極めて強固な洗脳対策防壁(ファイアウォール)が備わっている。
かつての戦いでも、精神干渉やウィルスによる支配を企む敵がいたからな。
これでも、そういう輩の相手は慣れているつもりだ」
過去の戦場を懐かしむように呟くヤマト。
その言葉にびくりと反応しつつも、未だに怯えた様子で兵士たちが静まる中、レイニアはヤマトに話しかけようとして――そういえば、まだ彼(彼女?)の名前をちゃんと聞いていなかったことに気がついた。
「あの……勇者様。お名前は、なんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「ヤマトだ。司令官(コマンダー)ヤマト……いや、今の私は軍を率いる身ではない。ただのヤマトだな」
「……ヤマト様は、今までもずっと、あのような恐ろしい魔物と戦ってきたのですか?」
レイニアの問いに、ヤマトのエンジン音がわずかにトーンを落とした。
「……いいや。かつては、同族同士で……同じ知性を持つ者同士での、愚かな争いを止めるために、私自身もその泥沼の戦争に身を投じていた。
長い戦争が終わり、私の役目も終えて……そして、生まれ変わる権利を得た代わりに、異なる体を与えられ、この世界に流れ着いたようだ」
どこか自嘲気味に、ヤマトはアザブネとの契約を端的に語った。
「……っ」
その言葉を聞いた瞬間、レイニアは息を呑んだ。
魂が、心臓を強く打ち鳴らす。胸の奥が、締め付けられるように痛い。
彼が語った『同族同士の戦争』。それはまさに、レイニア自身が前世で命を燃やした、あの地球での激戦のことではないか。
(それじゃあ、あなたは。あなたはあの空気のない灰色の砂漠での戦いで事切れてから地続きでここに!?……休む間もなく、ずっと……)
レイニアが込み上げる感情を言葉にしようとした、まさにその時だった。
キィィィィンッ!と鋭いブレーキ音を立てて、トラックが切り立った崖の上で急停止した。
キャブのフロントガラス越しに、崖の下の光景が広がる。
それを見た瞬間、彼らは一様に息を呑み、言葉を失った。
「そんなぁ……っ」
荷台の兵士の一人が、情けない声を上げるのも無理はないことだった。
眼下に広がる城壁街が、燃えているのだ。
黒煙が空を覆い、防衛線であるはずの堅牢な城壁はところどころ無惨に崩れ落ちている。
そして、街の中を蹂躙しているのは、複数体のオーガ。
さらにその上空には、シェイプシフターの変身する洗練された機械の龍とは異なる、もっと野性的で禍々しい唸り声を上げる『野生の機械龍』の姿があった。
崖の上からでも、蹂躙される街から逃げ惑う人々の悲鳴が、確かな絶望として耳に届いてくる。
トラックのドアを開け、モルガンに肩を貸しながら崖の縁に立ったレイニアが、震える声でヤマトに尋ねた。
「……勇者様。あの数……やれますか?」
ヤマトはトラックの姿のまま、アイドリング音を低く響かせて答えた。
「……正直に言えば、絶望的だ。転生前の姿より、今のこのボディは軽量化し、小回りが利くようにはなったが……絶対的なパワーと装甲が足りない。
相手が一体や二体なら、奇襲や戦術で何とかできているが、あの巨体の群れに平地で囲まれれば、私とて無事では済まされない。あの空を飛ぶ龍の力も未知数だ」
司令官としての、あまりに冷静で正確な戦力分析。
その見立てに、荷台の兵士たちが「終わりだ……」とへたり込む中、ヤマトは最後に、エンジンを吹かして力強く宣言した。
「……だが、やらねばならない」
その決意の響きに、レイニアはハッとしてヤマトを見た。
「私は見捨てない。いかなる絶望の淵にあろうと、救える命があるのなら、我が鋼鉄の命に代えても救わねばならない! お前たちはここで待機――」
「なりません」
レイニアの、静かに、しかし冷たく言い放った言葉が、ヤマトの司令官としての命令を途中で遮った。
それは、ただの静かな声ではなかった。
怒り。前世で親友を失った激しい後悔と、再び目の前で「命に代えても」などとほざく目の前のバカに対する、彼女自身の途方もない怒りそのものが表出したかのような、圧倒的な威圧感を帯びた響きだった。
レイニアは、背中のホルスターから、勇者召喚に用いたあの儀式杖をゆっくりと引き抜いた。
その濁ったクリスタルが、不気味な赤い魔力光を帯びて明滅を始める。
傍らにいたモルガンが、その杖の形状と色を見た瞬間、恐怖にびくりと身を震わせた。
「……っ!? ひ、姫様! それは『龍杖』!? い、いけません! その術は人間が使えば自我を失い、二度と人には戻れないと……っ!」
「この杖が、私とあなたを出会わせたのです」
モルガンの制止を意に介さず、レイニアはヤマトのフロントグリルを真っ直ぐに見据えて言い放つ。
「この杖にはもう一つ、登録された伝説級の魔術があります。それは魔法に匹敵する理不尽な奇跡。この身を一時、規格外の破壊をもたらす『龍種』へと還す、禁断の秘法」
レイニアは杖を天高く掲げた。
彼女の全身を、恐ろしいほどの魔力の奔流が包み込み始める。
「かつてこの世界に召喚された勇者が用いた『龍化術』――いま、この封印を解きます! あなたのことを、死なせはしないっ!
ぁ、ああっ、ああああぁぁっ!」
レイニアの悲鳴が崖の上に響き渡った。
周囲の木々が突風を伴って異常にざわめき、大地が不自然に鳴動する。
この世界で言う『龍』とは、単なる巨大生物ではない。
存在そのものが魔力の巡る自然界の王であり、自然が産んだ最高性能の生命力エンジンそのものであると定義される。
龍化魔術とは、その自然界の王を、人間の魔力信号を核として空間に唐突に顕現(プリントアウト)する理不尽な所業だ。
莫大な自然魔力と人間の魔力が混ざり合い、脆弱なレイニアの神経細胞をビキビキビキッ!と、嫌な音を立てて侵食していく。
生命力自体が底上げされるため物理的な痛みはない。
しかし、自身の骨格や細胞が内側から無理やり拡張し、別の物質へと書き換えられていくその感覚は、不快そのものでしかないはずだった。
「姫様ぁっ!」
「やめ、やめるんだレイニア姫よ!」
ヤマトは即座に人型へと変形し、慌てて手を伸ばした。
「何故だ、私には私の信じる信念がある!
だが君が、君がこれほど苦しむ理由が、私にはわからない!
何故そうまでして、私のためにそんな業を背負おうというのだ!」
圧倒的な魔力圧によって肺の中の空気を押し出され、顔を苦痛に歪めながらも、レイニアは絞り出すように答えた。
「かはぅ……っ、私は、ずっと夢を見てきました……理由はわかりません。ですが、それは……貴方と出会う予兆であったとしか思えなかった……っ」
「夢、だと?」
「地球という、魔術の存在しない不思議な世界で……それでもたくましく生きる人類と、あなたたちの出会い……そして、戦争の記憶……!」
「なんだと……っ!?」
ヤマトの思考回路が激しくスパークした。
シェイプシフターの中にも、予知夢という超次元の情報を休眠状態の間に目視する現象を経験する者がいた。
人間にも同様の能力者がいたと聞いたことはある。
会ったことはないが、まさか目の前の姫がその力を有していたというのか?
それにしては、先ほどの反応といい、情報が具体的すぎる気もする……。
しかし、今は思案している暇などなかった。
暴走する魔力に巻き込まれ、周囲の岩石が、地中の珪素が、ヤマトの足元の金属成分までもが不自然に純化してレイニアの身にまとわりつき、その華奢な人の身を恐ろしい勢いで覆い隠していく。
「私は、幼き頃からずっと憧れていました。あなたのような、人を、仲間を、知性を信じて……誇りを胸に戦う戦士に。己の信念を命と共に抱く、勇ましき騎士に!」
金属の塊に取り込まれていく中で。
レイニアはヤマトを真っ直ぐに見つめ、叫んだ。
「だから私は騎士に、姫騎士になった! こういう生き方をしていれば、いずれきっと、あなたに会えると思っていたからです!」
年相応の恥じらいを隠そうともしない真っ赤な顔から、ポロポロと涙が滴り、魔力の突風によって空高く舞い上がった。
そして、最後に、レイニアは聖母のように静かに微笑み、呟いた。
「私の魂が何に成れ果ててしまっても、私がどんなものに変わってしまったとしても……わたしは、夢の騎士たるあなたをずっと、お慕いしてしまっているのです」
「……!」
ヤマトは、その生真面目すぎる性格が原因か、人の心の機微には他のシェイプシフターよりもはるかに鈍感だと、かつての相棒に何度も呆れられていたことを思い出した。
しかし、それでも。そんな鈍物のヤマトにすら、今の言葉の意味は痛いほどに理解できた。
彼女は、ただ夢に見て来た理想の騎士としての自らを、本当に心の底から愛してくれているのだと。
これは、彼女のすべてを懸けた愛の告白なのだと。
『レイニア姫』という人格の末期にその言葉を残し、彼女の全身が黒い重装甲の鱗に完全に覆われた。
元の身長どころか、ヤマトたち鋼鉄の巨人よりも一回り大きい、圧倒的な質量を持つ金属の繭へと取り込まれていく。
ヤマトは、ここに来て初めて思い知らされた。
自己犠牲によって取り残された者の、心の痛みを。
その強烈な想いの吐露をぶつけられた、残された側のどうしようもない胸の内のざわめきと、激しい後悔を。
(なんということだ。私は、月でこれと同じことを、あの相棒にしてしまったというのか……!
そしてあまつさえ! 巡り巡って、それをこの少女に強要してしまったのか――!!)
「レイニア姫よ!」
ヤマトの悲痛な叫び。
その直後。ピクリ、と黒い鱗の塊が僅かに蠢き。
深紅の巨大な瞳が、カッ!と見開かれた。
その龍の瞳は、眼前に人型に変形してこちらに手を伸ばしているヤマトの姿をハッキリと捉え。
……そして―――数秒、目を丸くして、完全にフリーズした。
「……れ、レイニア姫?」
微動だにしない龍に、ヤマトが戸惑い首を傾げる。
「姫様……? 人格は、人格はどうなってしまわれたのです……?」
心配そうに、モルガンも恐る恐る声をかけてじりじりと近寄っていく。
しかし、その『龍』の反応は、周囲が予想していた自我を失った凶暴な怪物というよりは……なんか、プルプルと小刻みに震え、装甲の隙間から汗のような冷却液の汁をダラダラと噴出させ、目元はひどく赤く熱を放っていた。
そして、焦点の合わない泳いだ瞳は洗浄液(涙)を目尻にためて、ただただ、気まずそうにヤマトへ向けられている。
わずかに、凶悪な牙の並ぶ口らしき器官が開いた。
『Damm(ダム゜っ)……』
それはまるで、思わず出かかった――何故かひどく地球の、それもアメリカ風のスラングを、その場で急に飲み込んで止めたような、奇妙すぎる第一声だった。
「何を……」
言った? そうヤマトが言い切る前に、爆発的な突風がヤマトの巨体を押しのけた。
「うおおぉっ!?」
激しい羞恥心から自棄を起こした鱗の塊が、その背から巨大な翼を――太い鉄のフレームに深紅の薄膜を持った翼をバサァッ!と広げた。
全身のバーニアから熱のない魔力の噴射を青白く光らせて、瞬く間に天高く飛び上がる。
空中で黒い鱗の塊がガチャガチャと鮮やかに形を変え、雄々しく、筋骨隆々な鉄の肉体を持つ龍の威容を完全に現した。
「――っ、あ?」
その圧倒的な姿を崖から見上げたヤマトの心臓(カグツチ・ドライブ)が、一瞬、ドクンと大きく高鳴った。
それは、司令官としての賞賛でも、戦士としての闘志でもない。あまりにも純粋で、本能的な反応。
生物的にか弱いトラック(メス)でしかない自分が見上げる、圧倒的な力を持つ『雄』の肉(機)体。
女型となってしまったヤマトの雌の本能が、猛々しい雄の存在に、無意識に反応し、激しくときめいてしまったのだった。
『ぎゃ、ぎゃああおおおぉぉぉぉぉっ!』
鉄の龍は猛々しく、しかしどこか自棄糞気味な雄たけびとともに、眼下の街を蹂躙する魔物の群れへと一気に飛んでいく。
「姫様! 勇者様、早く追わないと!」
「あ、あぁ! 傷ついた者達は此処で待機していてくれ!」
ヤマトは慌ててトラックへと再変形し、モルガンを助手席に放り込んで、急勾配の崖を無理やり下り始めた。
「ちょ、ここ通るの!?きゃああああぁぁっ!?」
モルガンも流石にそんな物理法則を無視した無茶な下り方をするとは思っておらず、キャブの中で絶叫を上げている。
しかし、ヤマトもまた、モルガン以上に激しく動揺していた。未だに心臓部のエンジン音が休まらず、ドクンドクンと異様に高鳴り続けているのだ。
(わ、私が、雌として……雄(龍)にときめいただと――!? いや、気のせいだ! きっと気のせいだ! さきの姫の言葉に動揺しただけだ。私が雄にキュンとするなど、知性への冒涜だ!)
かつてない未知のエラーに自身のアイデンティティが崩壊しそうになるのを必死に堪え、気の迷いを振り払うようにトラックは右へ左へと激しく蛇行運転を繰り返す。
「うぉぅごあがぉご勇者さまちょ左右に揺れな゛いっっでぉごうぇぶ」
モルガンは助手席で顔を真っ青にして気絶しかけていた。
かくして、龍と騎士は、互いに抱えた致命的な「気まずさ」を隠し持ったまま、死にかけのメイドを連れて街を救うための戦場へと急ぐのだった。
次回予告
ヤマト「良い子のみんなこんにちは、司令官ヤマトだ!
華々しい第一話の次回予告の場で言うのも難だが私は一つ物申したい。
何なのだこの第一話タイトルは!私は堕ちていない、決して!」
レオン「いや難じゃねえ物申すな予告しろ!」
レイニア「恋に墜ちることに理由なんか要りませんわ」
モルガン「良いじゃないですか初手触手苗床落ちしかけるよりは」
レオン「Damn!まともに予告する気のあるやつは居ねえのかこの世界には!?―――次回、『姫騎士、合体す』」
レイニア「まぁ♡」
モルガン「早くもこの作品のレートがR-18に」
レオン「ならないならない……多分」
ヤマト「堕ちてたまるかと司令官ヤマトはかく語りき!」
レオン「それはR-18の方ぅ!」