Tandem Shape Force Fantasia!! 作:EMM@苗床星人
――ガタゴト、ガタゴト。
一定のリズムで響く、マギア・ラージ・キャリアーの心地よい走行音と僅かな振動。
「んんっ……」
薄暗い仮眠室の中で、レイニアは重い瞼をゆっくりと開き、簡素なベッドから身を起こした。
硝煙と砂埃にまみれ、世界の運命を背負って拳を交わした『レオン』としての熱い夢の余韻が、まだ頭の奥にこびりついている。
しかし、目覚めた現在の身体は、鋼の軍用バイクに跨る筋肉質な男ではなく、柔らかいシーツに包まれた小柄で華奢な十七歳の少女のものだった。
「くぁ……。いつの間にか、寝てしまっていましたか……」
小さく、可愛らしい欠伸を一つ。
激しい戦いと魔力行使の疲労、そして前世の記憶との精神的同調による脳の疲弊は、短い仮眠では到底抜けきっていなかった。
レイニアはまだ瞼も半分しか持ち上がらない、完全に油断しきった寝ぼけまなこの状態で、とりあえず近くで最も強いサイオン(思考通信)の反応を示している教育メイド・モルガンへ向けて、無意識に念波を飛ばした。
『……もるがぁん、こぉひぃ……』
一切の威厳もへったくれもない、ひらがな表記が似合うような、完全にだらけきった甘えるような念波。
中身がアメリカ空軍の老兵だとは到底思えない、それも当然である。
彼女はごく最近レオンの記憶を解凍したばかりで、精神の深層では老成した軍人の思考を持っていても、肉体とその表層意識はまだ十七歳の少女のままなのだから。
身体の方は鍛え上げられているとはいえ、純度百パーセントの「寝起きの17歳のお姫様」の無防備さが、無意識の甘えとなって漏れ出てしまっていた。
* * *
一方、その頃のキャリアーの艦橋(ブリッジ)では。
「……これが、ネオンワンスと地球人類の、本当の第一歩が始まった瞬間だったというわけだ」
ヤマトが、バージニア州のペンタゴンでの激戦と、レオンと交わした歴史的な誓いの回想を、大真面目な、そしてひどく感傷的なトーンでちょうど語り終えたところだった。
星を越えた男たちの、命を懸けた熱い友情の物語。
その壮大な余韻がブリッジの空気を重粛に満たそうとした――まさにそのタイミングで。
『……もるがぁん、こぉひぃ……』
「ぷふっ!!」
操縦の魔術盤を操作していたモルガンが、突然肩を震わせ、盛大に吹き出した。
先ほどまで涙ぐみそうになりながらヤマトの話を真剣に聞いていたというのに、脳内に直接響いた主のあまりにも情けなく甘ったるい声のギャップに、耐えきれなかったのだ。
「む?」
感動的な話のオチでいきなり吹き出され、ヤマトはきょとんとした顔でモルガンを見た。
「あ、あぁ、失礼いたしました、ヤマト様! 決してお話がおかしかったわけではないのです!」
(タイミング完璧すぎるでしょう姫様……っ、本当にヤマト様の思い出に登場するあの脳みそ筋肉のパイロットですか!?
いやそうでしょうね、途中ゲロ吐いて基地を脱出するところは『あの姫様』で脳内再生しても納得な暴れっぷりでしたけど……っ!)
と、内心で思いながらもモルガンは慌てて片眼鏡を押し上げ、咳払いをして表情を取り繕う。
レイニアの前世がレオンであることは、目の前で思い出を語るヤマトにはたとえ拷問されようと知られてはならないメイド衆とレイニアだけの鉄の機密。
最近自然とメイド衆に混じって家事手伝いまでこなしているベンザイアにすら決して知られてはならないのだから。
「どうやら、仮眠室の姫様がお目覚めになられたようでして。
……ローラ、申し訳ありませんが、私は操縦で手が離せないので、姫様に『寝起きのコーヒー』をお持ちしてさしあげてくださいな?」
「あいよ。ブラックに砂糖たっぷりだろ?」
壁に寄りかかってヤマトの話を聞いていたローラが、ジェット鉈の素振りをやめて気安く頷いた。
ローラがブリッジの隅に備え付けられた魔道コンロとコーヒーミルのセットへと向かおうとした、その時だった。
「――待ってくれ、ローラ」
スッ、と。
村娘の衣装を着たヤマトが、少しだけ遠慮がちに手を上げた。
「……それなら、私が行ってきてもいいだろうか?」
ヤマトのその申し出に、ローラとモルガン、そしてベンザイアまでもが、意外そうな顔をして目をパチクリとさせた。
「別に構わないが……ヤマトの旦那、アンタ、コーヒーの淹れ方なんて知ってんのか?」
「……いや。だが、見様見真似でやってみる」
ヤマトは、どこかソワソワとした様子で、しかしまっすぐにモルガンたちを見つめ返した。
「彼女は、先ほどの戦いと強行軍でひどく疲弊していた。……相棒として、せめて目覚めの一杯くらい、私の手で淹れて労ってやりたいのだ」
それは、司令官としての義務感ではなく。
かつての相棒(レオン)への深い親愛の情と、今の相棒(レイニア)に対する純粋な気遣いが混ざり合った、ヤマトらしい実直すぎる優しさだった。
自らの手で何かをしてやりたいという、不器用だが温かい思いやり。
しかし、その実直すぎる行動が、数分後の仮眠室で『最悪の気まずさ』を引き起こすことになろうとは、この時の誰も予想していなかったのである。
* * *
コン、コン、コン。
控えめなノックの音に、ベッドで丸くなっていたレイニアは「どうぞぉ……」と、ものぐさに思考操作だけで部屋の防音魔術を解除し、寝延びをしながら返答した。
「うむ、入るぞ、レイニア」
カチャリとドアが開き、ヤマトが足音を殺して静かに入室してくる。
レイニアはまだうとうとと重い瞼を半分しか持ち上げられず、かろうじて鼻先をくすぐるコーヒーの立てる湯気と、カチャッと鳴るカップの音だけを視認できていた。
その湯気の向こう側から、ぼやぁ……と、ヤマトの顔の輪郭が滲むように見えている。
しかしここで一つ、今更な事実を挙げると。
レイニアはレオンの記憶もない幼い頃から夢の騎士に釣り合う自分となるために、武術だけでなく領主としての座学や魔術の研鑽に余念がなかった。
そのためか、夜遅くまで本や書類を読み過ぎて、実は若干の『近眼』だったのである。
この異世界においては、特殊な成分を含んだ目薬を用い、水属性の魔術で眼球の表面に『疑似的なレンズ』を作り出して視力を矯正するのが一般的だ。
だが、深い眠りから覚めたばかりの寝ぼけまなこの精神状態で、そんな精緻な魔術がすぐにパッと展開できるかどうかと言えば、今の視界がぼやけている彼女の有様がその答えであった。
「ンン……んー……?」
ぼんやりとした視界の中で、だんだんと、段階的にヤマトによく似た美しいシルエットが近づいてくるのがわかる。
「レイニア? まだ睡眠を要する状態じゃないのか? ……ふむ、熱いからな。私が持った方が良いか」
なかなか受け取る手を伸ばそうとしないレイニアを心配してか、ヤマトがお盆からコーヒーカップを直接持ち上げ、その白い指先をそっとレイニアの顔の近くへと差し出してきた。
「んん……」
ぼやけた視界に映る、その細くしなやかな指先。
レイニアの半分寝ている脳内で、不意に前世の記憶が重なった。
(ヤマトの手……なんだぁ。昔はあんなに見上げるほどデカくて、ゴツゴツした鋼鉄の指だったってのに。今じゃこんなに小さくて、綺麗になってよ……)
それは、レオンという老兵が、かつての巨大な相棒を懐かしむような、純粋で無意識の郷愁だった。
レイニアは反射的に両手を伸ばし、カップを持ったままのヤマトの指先を、ふわりと優しく包み込んだ。
「ほぁっ? れ、レイニア……!?」
ヤマトが、司令官らしからぬひどく間の抜けた戸惑いの声を上げたのは、無理からぬことであった。
寝起きと溜まった疲労でまだ完全に覚醒していないレイニアは、何を血迷ったか。
両手でヤマトの指をそっと引き寄せると……すりっ、と。
自身の柔らかく上気した頬を、ヤマトの指の背へと、愛おしそうに擦り寄せたのだ。
17歳の寝ぼけた少女の親愛が、前世の思考を凌駕した瞬間だった。
「えへへ……。冷たくて硬い金属の感触は、昔から変わんないなぁ……ってぇ、あつっ」
その瞬間。
頬に伝わったカップの熱い熱の刺激か、はたまた鼻腔を突き抜けた濃密なカフェインを含んだ湯気の香りのおかげか。
レイニアの意識が、急速にパチリ!と覚醒した。
「あ……え?」
カップを落としそうになることはなかったが、スッと顔を上げたレイニアのオッドアイが、魔術的なピント調節を終えて自動的に視界をクリアに結像させる。
そこにあったのは。 至近距離で、茹でダコのように顔を限界まで真っ赤に染め上げ、目を丸くして完全にフリーズしている、ヤマトの顔だった。
(――あれ?)
自分は今、意中の相手の指を両手で握りしめ、顔を押し当てて、まるで甘える仔猫のように頬ずりをしてしまったのだという客観的な事実。
それにレイニアの思考が追いつき、状況を完全に理解するまでに。
そこからさらに、約4秒の無言の冷却時間(フリーズ)がかかって。
「――――どわあああああああああッッ!?」
レイニアは、寝起きの喉から信じられないほどの絶叫を爆発させた。
バッとヤマトの手を弾き飛ばすように離し、ベッドのヘッドボードまでズザザッと後退りしてシーツを被る。
「ち、ちが、違いますわっ! いや違いませんわっ!?
寝ぼけてたんですの! 昔飼ってたヘルハウンド種の魔犬と間違えたんですの!!」
「な、何がだレイニア姫!? 危ない危ないっ、こぼれる! ちょっとこっちに置くぞ!」
前世の相棒に頬ずりをしたという気まずさと、乙女としての致死量の羞恥心にパニックを起こして支離滅裂な言い訳を叫ぶレイニア。
そんな慌てふためく姫君を必死になだめながら、ヤマトもまた心臓(カグツチ・ドライブ)の爆音をどうにか抑え込み、震える手で備え付けのテーブルにコーヒーカップを置くのだった。
――数分後。
レイニアの仮眠室には、先ほどの絶叫が嘘のような、ひどく重苦しく気まずい沈黙が漂っていた。
備え付けの小さなテーブルの上では、ヤマトの淹れたコーヒーから芳醇な香りの湯気が静かに立ち昇っている。
レイニアはベッドの上にちょこんと体育座りをして、毛布で口元までをすっぽりと覆い隠し、未だに消え切らない顔の赤みを必死に冷まそうとしていた。
一方のヤマトは、壁際に背筋をピンと伸ばして直立不動で立ち、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせている。
「……ええと」
その沈黙に耐えきれなくなったのか、先に口を開いたのはヤマトだった。
コホン、とわざとらしく金属音の咳払いをして、居住まいを正す。
「その……レイニア。もし、君の体調がすっかり良くなっていて、話す気力があるのなら……少し、教えてもらえないだろうか」
「……何を、ですの?」
毛布越しに、モゴモゴとくぐもったレイニアの声が返ってくる。
ヤマトは、真っ直ぐにレイニアを見つめ、真剣な声色を作ろうとして言った。
「この、世界のことをだ。……この星の国家間の情勢、歴史、そして『魔術』や『魔物』と呼ばれるものたちの生態系について、私に詳しく教えてほしい」
ヤマトの瞳に宿るのは、戦場を生き抜いてきた司令官としての責任感。
そして、それ以上に切実な『異邦人としての不安』だった。
「先ほどの艦橋で、モルガンにも少し話したが……私たちネオンワンスは、かつて訪れた『地球』という星で
人類との最初の接触(ファーストコンタクト)において手痛い失敗と苦労を重ねた。
私たち巨大な金属生命体は、どうしても人類から無用な恐怖と警戒を抱かれてしまう」
ヤマトは、テーブルの上のコーヒーカップに視線を落とし、自嘲するように目を細めた。
「図書館も通してもらったが、この惑星の文字言語は少々難解で、解読にまだ暫く時を要するのが現状だという事実もある。
この世界において、私たちが……異星のテクノロジーを持つ存在が、この星の人間たちにどういう目で見られるのか。
それを知るための手掛かりにしておきたいのだ。これは、これからの戦いを生き抜くための、紛れもない私の本音だ」
理路整然と語るその内容は、いかにも『司令官』らしい立派なものだった。
しかし。
その実、ヤマトの態度はと言えば、両手をもじモジと胸の前で組み合わせ、視線はレイニアの目を見たり逸らしたりと、完全に落ち着きがない。
(……ぷっ)
その姿を見たレイニアは、毛布の下で思わず噴き出しそうになるのを必死に堪えた。
ヤマトが真面目な顔で語っている内容は立派だが、今のヤマトの挙動は、使命に燃える歴戦の騎士というよりは……
『気まずい空気をなんとかしようと、女の子にどう話しかけて良いかわからず、必死に話題を捻り出している不器用な青年』のそれにしか見えなかったのだ。
(相変わらず、こういうところは不器用で、妙に可愛い奴ですわね。……おかげで、わたくしの恥ずかしさも少し和らぎましたわ)
ヤマトの一抹の頼りなさにあてられ、レイニアの胸の内にあった「頬ずり事案」という自害レベルの羞恥心は、気づけばスッと引いていっていた。
「……ふふっ」
レイニアは、被っていた毛布をバサリと退け、クスリと苦笑いを漏らした。
そして、ヤマトが淹れてくれた温かいコーヒーのカップを両手で包み込むようにして持ち上げ、一口だけこくりと喉に流し込む。
「美味しいですわ。……ありがとうございます、ヤマト」
「あ、あぁ。口に合って何よりだ」
レイニアの笑顔を見て、ヤマトもホッとしたように肩の力を抜いた。
「この世界の常識と、ヤマトたちの立ち位置、ですわね。
……ええ、良いでしょう。我々が王都へ向かう前に、ヤマトにしっかり把握しておいてもらうべき最重要課題ですし」
レイニアはカップをテーブルに置き、ベッドの上で姿勢を正した。
ただの十七歳の少女ではなく、シャイアラ王国を背負う王族として。
そして、彼を導く唯一の相棒(レオン)としての、理知的な瞳でヤマトを見据える。
「では、何からお話ししましょうか。まずは……この世界の『魔力』というエネルギーの根本的な概念と
我々人間と魔物(珪素生命体)たちの、決して相容れない生い立ちの歴史からお話ししますわ」
かくして、狭い仮眠室の中で。
ヤマトたちシェイプシフターがこのファンタジー世界でこれから直面するであろう、残酷で複雑な「世界の真実」についての講義が、静かに幕を開けるのであった。
マギア・ラージ・キャリアーは、過酷な岩場と鉱山地帯を抜け、見渡す限りの広大で緑豊かな平原へと入っていた。
仮眠室に設けられた厚いガラスの小窓からは、そののどかな景色がパノラマのように広がって見える。
巨大な車輪が大地を一定のリズムで進む中、少し離れた草原の湖畔では、炭素生命体である六本角の鹿の群れが静かに水を飲んでいた。
そして驚くべきことに、そのすぐ傍らでは、カシャカシャと小さな歯車を回しながら走る金属の甲殻を持ったウサギのような小動物――野生の『小柄な魔物』たちが、鹿たちを恐れる様子もなく、同じように湖畔の苔を食(は)んでいたのだ。
炭素生命体と珪素生命体が、何の違和感もなく調和し、平和に共生している美しい自然の風景。
ヤマトは淹れてもらったコーヒーのカップを片手に、その窓外の景色を深く感心したように見つめていた。
「この世界の『常識』について語る上で、まず大前提として理解していただきたいことがありますわ」
ベッドの上に居住まいを正したレイニアが、凛とした声で講義を始めた。
「まず『魔』とは、『魔法』『魔術』『魔物』という言葉の成り立ちからも分かるように、『魔なるもの』――すなわち、本来この世の理(ことわり)から外れた、この世ならざるものというニュアンスを強く持つということを念頭に置いてくださいませ」
レイニアは、外で平和に草を食む金属のウサギたちをちらりと見て、微かな苦笑いを浮かべた。
「尤も、この世界の歴史は一神教である『ミハシラ教』の一方的な教義に著しく依存した視点で編纂されております。
ですから、果たして真実が本当に『魔』と呼ばれるような忌むべきものだったのかは、今となってはわからない……というのが正直なところですわ」
レイニアの言葉に、ヤマトも口をへの字に結んで「うむ」と低く唸った。
ヤマト自身、特定の信仰心や『宗教』というものには、母星ヘイブンガーデンでも、そしてかつて訪れた地球の歴史においても、ろくな思い出がないというのが正直なところである。
己の信じる神の名の下に他者を弾圧し、戦争の大義名分にすり替える独裁者の姿を、彼は嫌というほど見てきた。
しかし同時に、その教義や神話の中に、先人たちが『正しい知識や警告』を後世に伝えようと暗号化して残した、確かな歴史の事実があることもまた、ヤマトは戦いの中で痛感し、知っているのだ。
だからこそ、ヤマトは否定も肯定もせず、ただ黙って真摯に話の続きへと聞き入る。
「それに、本来この世ならざるものと言うのであれば、天蓋の外(宇宙)から飛来したドワーフ族も十分にこの世ならざる存在なわけですが……
彼らがこの星に飛来し定着したのは『第三期文明』の時代。
その頃にはすでに、あの金属生命体たちは『魔物』として定義され、定着してしまっていたという経緯もありますの」
「第三期か……」
ヤマトは、記憶の糸をたぐるように相槌を打つ。
「確か、先日のドワーフ坑道での戦いで、敵の群れを誘い込んだあの恐ろしいダンジョン。
ボリー老やレイニアはあれを『第二期文明』の遺産だと言っていたな」
ヤマトの記憶力に、レイニアは「ええ、その通りですわ」と深く頷いた。
「私たちの今生きるこの世界は、歴史上『第四期文明(ベイバス)』と呼ばれています」
レイニアの言葉には、お伽話ではなく、確固たる歴史の重みがこもっていた。
「この世界は幾度となく、石器時代相当の文明の起こりから、高度な文明の繁栄、そして絶望的な滅びを……少なくとも三度、繰り返していると。
そう、ミハシラ教の経典の奥深くには記されているのです」
レイニアは、指を折りながらその名を数え上げる。
「『第一期文明(ザ・ワン)』」
「『第二期文明(ミ・アクロヌ)』」
「『第三期文明(リタンズ)』」
「……そして、今の私たちが生きるこの第四の時代」
窓の外の平和な景色とは裏腹に、レイニアの語る世界のなりたちは、あまりにも血塗られ、壮絶な終末の歴史を孕んでいた。
「すべての歴史の始まりは、この星の最初の種族と伝えられる我々霊長(ヒューマン)が、神の御遣いである『柱霊(ちゅうれい)』と遭遇したとされる……遥か太古の『第一期文明』から始まりますわ」
レイニアのオッドアイが、真剣な光を帯びてヤマトを射抜く。
この幻想的な異世界が隠し持つ、文明の輪廻と『魔』の起源。
その深淵に触れる歴史の授業が、静かな仮眠室の中で幕を開けた。
「『霊長は柱霊(エロヒム・ピラー)と共にあり。
それは惑星の意志の出力であり、生命の力そのものの具現である魔力を世界にもたらした』――。
ミハシラ教の経典の第一節に記された最初の文言が、これですわ」
静かな仮眠室の中、レイニアの澄んだ声が響く。
「太古の時代。霊長(ヒューマン)の中でも選ばれた一部の存在のみが、惑星との意思疎通を可能とし、世界から最上級の奇跡を与えられていたとされています。
これこそが『魔法』。世界に様々な法則を新たに追加し、願いを叶えるとされる、原初にして至高の力と位置付けられていますわ」
「惑星の意志……」
その言葉を聞いた瞬間、ヤマトは無意識のうちに、自らの胸の中央をそっと撫でていた。 豊かで柔らかい感触の奥底、質素な麻布のブラウスの奥から、僅かに、脈打つような緑色の光が漏れ出している。
それは、ヤマトの母星であるヘイブンガーデンの意思の表出であり、星を護る者に与えられた究極の無限進化拡張デバイス――『勇者のカテドラル』の放つ光だった。
(この世界における『魔法』の定義。それは、私が胸に宿しているこの力と、酷似している……)
ヤマトの脳裏に、つい先日、地下の遺跡で対峙した魔王ベアトテムの禍々しい声が蘇った。
魔王は、ヤマトがカテドラルの力でベンザイアを治療したのを見て、その力を『魔法』と呼び、小手先の使い道だと嘲笑った。
—— 『温イナ……。他者ノタメニ、他者ノ願イヲ叶エルタメニ、己ガ願イヲ浪費シ、加護トシテ分ケ与エル。ソレデ、其ノ力ノ持ツ全体ノ何割ヲ喪失シタ?』
——『ダガ、ソノ物言イ……。「使イ方ガウマイ者」モ、過去ニ存在シテイタヨウダナ。お前ハ、ソノ者ヲ知リ、劣等感ヲ抱イテイタな?』
その侮蔑の言葉は、ヤマトの胸の奥底にある古い古傷を、今もなおチクチクと苛んでいた。
ヤマトは、カテドラルの力を常に他者のために、世界を護るために『分け与えて』使ってきた。しかし、かつての親友であり最大の宿敵であった皇帝エイトは違った。
自らの野心と欲望、そして憎しみにすべてを懸けたエイトの方が、『皇帝のカテドラル』という星の力を、ヤマトよりも遥かに直感的に、そして圧倒的な暴力として出力できていたのではないか。
己のエゴを貫き通した彼の方が、あるいは『星の意思』の真の使い手として相応しかったのではないかという、紛れもない恐怖と自己否定の疑念。
「成程……。それは、警戒されるわけだ」
己の掌を見下ろしながらヤマトは、自嘲気味に息を吐き出して呟いた。
星の法則すら捻じ曲げる、個人の意思による絶対的な奇跡の力。
そんなものが存在すれば、持たざる者たちは当然恐怖し、あるいはその力を巡って血みどろの争いが起きるのは必然だ。
二つのカテドラルの力を巡るあの凄惨な『鋼鉄戦争』に、その側面がなかったと言えば大嘘になってしまう。
「……ええ」
ヤマトの暗い表情を見て、レイニアは優しく、しかし歴史の真理を語るように言葉を続けた。
「しかし、強大な力を持つ者の責任は重く、それが個人の欲望に走れば……いかに強力であっても、いずれは破綻を迎え、終わりを遂げる。
当時の人々も、同じ答えに行き着いたのでしょう」
レイニアは、ベッドの上で姿勢を正す。
「第一期文明がなぜ滅びたのか、具体的な理由はわかっていませんわ。かの文明の終わりは、ただ『滅ぶべき時が来て、それを受け入れた』とのみ経典には記されています」
「受け入れた、だと?」
「ええ。単純な文明の寿命だったのか、行き過ぎた魔法の発展による行き詰まりだったのか。
今となっては憶測の域を出ません。ですが……」
レイニアのオッドアイが、強い光を帯びてヤマトを見据えた。
「その『魔法』が世界に遺した普遍的な法則は、決して消え去ることはありませんでした。
それは後に、人々の手によって理論立てて体系化され、選ばれた者だけでなく、努力と才能次第で誰にでも扱える奇跡である『魔術』として
長い歴史の中で研究され、受け継がれていくことになりますわ」
個人の強大すぎる奇跡から、誰もが分かち合える技術への昇華。
それは、ヤマトが常に願ってきた『知性の進歩』そのものの形でもあった。
レイニアの語る言葉は、意図せずして、エイトの力にコンプレックスを抱いていたヤマトの心を、静かに、そして温かく肯定してくれているようだった。
「続いて歴史に登場したのが、強固なダンジョンという形で、この世界に最も普遍的に稼働する遺産を残した『第二期文明』です。
彼らは魔術の利用法則を極限まで追求し、ついには天蓋の外から飛来する災厄にまで手を届かせた文明であるとされていますわ」
「天蓋の外……つまりは『宇宙』、ということだな?」
ヤマトが確認するように問うと、レイニアは少し気恥ずかしそうに頷いた。
「ええ。わたくし自身は、あなた方の戦いの歴史と地球の記憶を夢として見ていたおかげで、『惑星』や『宇宙』といった概念を正確に理解できています。
ですが、この世界の人々の一般的な認識は少し異なりますわ。
空の遥か上空には『天蓋』と呼ばれる強固な魔力障壁が実在するため、星の外側の宇宙構造に対する理解は、それほど進んでいないのが現状です」
天動説に近いような、いかにも中世ファンタジー相当らしい見解と憂慮だ。
「とはいえ、この星にはすでに、文字通り『星の外(宇宙)』からやってきたドワーフ族が定着して暮らしています。
ですから、もしヤマトが街中で宇宙の構造について言及したとしても、厳格な教国でもない限り、即座に異端者として火あぶりにされるようなことはありませんので、そこはご安心くださいませ」
「なるほど。それは助かる」
ヤマトが苦笑混じりに息を吐く。
レイニアは再び表情を引き締め、第二期文明が直面した最大の『災厄』について語り始めた。
「そう、この第二期文明の歴史において最も重要な出来事が、『魔大陸』と呼ばれる災厄の飛来でした。
経典に残る詳細は曖昧ですが……前世の知見を持つわたくしの推察では、それはおそらく大陸規模の超巨大な『宇宙船』……それも、ヤマトたちの母星ヘイブンガーデンのように
本来珪素基系の生命体たちが息づく別の惑星から飛来した『方舟』のようなものだったのではないかと考えていますわ」
「……!!」
その言葉に、ヤマトの瞳が驚きに明滅する。
「そう。この星における『魔物』たちの真の起源は、この魔大陸からもたらされた、強靭な異星の生態系(エイリアン)だったとされています。
今でこそ、長い時間をかけてこの星の環境に適応し、魔王の干渉さえなければ我々と完全に和解可能な独自の生態系を築いていますが……
当時は、明らかな『侵略的外来種(異物)』として迎えられることとなりました」
レイニアは、窓の外を飛んでいく野生の蟲型魔物を一瞥して言葉を続ける。
「魔大陸自体が、この星の大地に対して大規模で破壊的な浸食を行っていたという、現在も生々しく残る痛々しい地形の傷跡が存在します。
ですから、生存競争においてどちらが悪かったとも言えないのでしょう。
……ただ、我々人類は、彼らに立ち向かう道を選んだのです」
レイニアは、自らのミスリルの胸の甲冑に手を当て、カチャ、パキン――と、思考操作でロックを解除し、外して、くるりと向き合ったシャイアラ王国の国章が刻まれた場所にそっと手を当てた。
その印象が象るは、剣の紋。
「古代の魔術言語で、『シャイアラ』とは『剣』を意味します」
その声には、一国の姫としての、そして騎士としての確固たる誇りが満ちていた。
「その名の通り、わたくしたち剣の一族は、その魔大陸がもたらした絶望に対し
自ら魔法の剣を振りかざし、見事それを空から堕としてみせた『古代の勇者』――その血を引く末裔だと伝えられているのです。
先週、わたくしがヤマトを召喚した森の奥のあの墳墓こそ、その初代の古代勇者の墓とされていた聖地なのですわ」
「『勇者』……か」
起源も、生きた星も、そして戦う理由すらも違えど。
この果てしなく遠い異世界で、相棒の生まれ変わりが、自分と同じ『勇者』の血脈と誇りを継ぐ者であったという奇妙な一致。
ヤマトは、その目に見えない因果の糸に、感慨深く頷くしかなかった。
「この大陸には、大きく分けて三つの国家が存在します。
我々、剣の『シャイアラ王国』。そして、棍を掲げる『ダルバーグ皇国』。法を司る『カイメル教国』。
この三つの国家の形は、実に第二期文明の時代から、長くこの大陸に残り続けているとされています」
レイニアの言葉には、何千年という気の遠くなるような時間を越えて受け継がれてきた歴史の重みがあった。
「国という枠組みとして、文明の崩壊を第二期、第三期と幾度も経験し、焼け野原になろうとも……。
その『文明の知識と誇り』だけは、王族という強固な血脈と伝承の形によって、決して途絶えることなく次の時代へと残され続けてきたのですわ」
レイニアが語る、数度にも及ぶ世界の滅びと再生の歴史。
それは人類にとっては途方もなく長く、壮大な叙事詩だ。
しかし、億年単位の時を生きるシェイプシフターたちからすれば、それは『たかだか数千年』という、ほんの瞬きのような短期間の出来事の連続に過ぎない。
ヤマトは、ベッドに座る自らの膝――村娘の衣装の柔らかなスカートの布地をギュッと握りしめながら、ポツリと呟いた。
「……我々シェイプシフターは、他者によって破壊されること以外の『死(寿命)』というものを本来持たない。
個のままで億単位の生を生き続ける我々にとって、世代を越えて歴史を語り継ぐということは、途方もない時間と根気を要する、ひどく難しい課題なのだ」
旧支配者(オールドワンス)による長きに渡る支配と教化。
偽りの神への盲信によって、真実の歴史の継承が完全に断絶してしまった自分たちの悲しい過去を思い返し、ヤマトは静かに目を伏せた。
だが、再び顔を上げた彼女のオッドアイの瞳には、炭素生命体に対する隠しきれない強い憧憬と、深い敬意の光が宿っていた。
「地球に居た頃から、ずっと思っていた。
我々よりも遥かに短い、儚い生の中で……それでも何千、何億代にもわたって、命を懸けて『集合知』の継承を行う炭素生命たちの強さ。
……それは私たちにとって、いかなる強固な装甲の物理的な頑強さよりも、遥かに尊い『強さ』の証なのだと」
ヤマトは、窓から差し込む柔らかな光を受けて、穏やかな、そして純粋な感動に潤む瞳で微笑んだ。
「私は、知的生命体のそういう所が――本当に、好きだ」
「っ……」
真っ直ぐすぎる、純度百パーセントの「好き」という言葉。
それが種族全体への敬意であると分かっていても、かつての親友から向けられたそのあまりに美しく、無防備な笑顔に、レイニアの心臓は不覚にもドキンと大きく跳ねた。
(は、反則ですわ……その顔で、そんな熱いセリフを真っ直ぐ言われると……っ)
レイニアは顔が赤くなるのをごまかすように、少しだけ申し訳なさそうにスッと視線を落とし、俯いた。
「……えぇ。ですが、ヤマト。その気高い継承にも、やはり限界があったのでしょう」
レイニアの声色が、一段と低く、重いものへと変わる。
「今わたくしが語ったこの世界の僅かな情報も、我々王族という血脈の存在と、第二期文明の残した遺物(ダンジョン)、そしてミハシラ教の経典の言い伝えからかき集めて知るのみです。
……事実として、一度この世界は完全に『歴史の断絶』を経験しているのですから」
「断絶……?」
「ええ。それが『第三期文明(リタンズ)』です」
レイニアは、重苦しい事実を口にした。
「経典にその文明の名前と存在のみが伝えられているものの……我々が生きる現在の世界には、その第三期文明が残したはずの技術や『遺物』が、一切、何一つとして現存していない。
完全に歴史の闇に葬られた、謎に包まれた文明なのですわ」
「遺物が、一つも存在しない? ……そんなことが、あり得るのか?」
ヤマトは眉をひそめ、論理的な疑問を口にする。
「それほどの徹底した破壊と風化があったというのなら、それよりもさらに古い第一期文明の存在が神話として知られていることや
第二期文明の強固なダンジョンが現在もあちこちに残っていることと、完全に矛盾してしまうではないか。
古いものが残り、新しいものが綺麗に消え去るなど……」
自然淘汰や単純な戦争の被害では、そんな不自然な消え方は絶対にあり得ない。
ヤマトの尤もな指摘に対し、レイニアはただ一つ、恐るべき予想を口にした。
「『忌むべきものだった』と。経典には、その答えだけが短く記されていますわ」
「……」
「わたくしも、おそらくは同じ推察です。第三期文明の遺産は、時の風化によって消え去ったわけではない。
……何らかの決定的な『倫理的な禁忌』に触れ、生き残った人類自身の手によって
その忌まわしい知識と遺物のすべてを意図的に『亡き者(なかったこと)にする必要があった』のだと。
わたくしは、そう考えていますわ」
自らの手で、自らの進んだ文明の痕跡をすべて消し去らなければならないほどの『禁忌』とは、一体何だったのか。
平和な車窓の風景とは裏腹に、仮眠室には、この世界が抱える底知れぬ闇の冷たさが静かに忍び寄っていた。
「……それでも」
重苦しい世界の歴史を語り終え、ヤマトは静かに窓の外へと視線を向けた。
仮眠室の窓からは、炭素生命体である動物たちと、珪素生命体である小さな魔物たちが、種族の壁を越えて平和に苔を食(は)む長閑な景色が流れていく。
「過去にどんな間違いや断絶があったとしても……今を生きるこの世界は、美しい」
魔であったもの達と、惑星本来の生態系が見事に共存している今の世界。
それは、知性を信奉し、異種族間の平和を願い続けたヤマトにとって、まさに夢にまで見た『理想郷』そのものだった。
レイニアもまた、ヤマトのその横顔を見つめながら同じように思う。
前世で『レオン』として遺してきたあの地球もまた、このような……いや、これよりももっと素晴らしい世界であって欲しいと、切に願うほどに。
(あぁ、そうだな……。くよくよと前世とのギャップに悩んだところで、俺たちが……わたくしたちが目指すものの半分は、結局のところ同じなんだ)
世界の平和。そして、一人で重すぎるものを背負い続けてきたヤマトの救済。
今を生きるこの世界が、ヤマトにとっても、そしてわたくしにとっても、人生をやり直すための『第二のチャンス』であるならば。
そこまで考えたところで。
レイニアは、ベッドに座るヤマトの細くしなやかな腕に、自らの身体をすり寄せるようにそっと寄り添った。
「……ッ!」
突然の密着に、ヤマトの身体が石像のようにビクンッ!と強張る。
そんなヤマトの腕を、レイニアは愛おしそうに撫でながら、悪戯っぽく微笑んで言った。
「緊張しないでくださいな。ふふ……司令官ともあろうお方が、女の子の部屋でそんなカチカチになっているなんて、ベンザイアに見られたら笑われてしまいますわよ?」
「む、むぅ……! し、しかし、恥ずかしいかな。私はその……女性の、それも王族の女性の私室で、どのように振る舞うべきかという作法については、データベースに……」
顔を林檎のように真っ赤に染め上げ、目を泳がせながら絞り出すように言い訳をするヤマト。
その可愛らしいポンコツ具合を見て、レイニアはキラリとオッドアイを細めると――思考操作(サイオン)で、部屋の防音魔術を「最大出力」でオンにした。
外界の音が完全に遮断され、二人の息遣いだけが狭い部屋に響く。
念のため、再度言っておこう。
ヤマトは若い生涯をかけて恋愛などとは無縁の生涯を送って来た童貞であり、レオンは老衰のその時まで普通に恋愛や結婚を経験し孫たちに囲まれて天寿を全うした記憶がある。
男女の身体の差はあれど、今生であるレイニアの身体が知らずとも、記憶から来る心の準備の差は言わずもがな。
「……ヤマト。作法なんて、いりませんわ」
「え……」
レイニアは、ヤマトを見つめたまま。
(わたくしは生来の女! わたくしは生来の女……!)と、前世の男の記憶を必死に脳の隅へと追いやるように心の中で強く念じながら。
早鐘のように高鳴る心臓の音を無視して、ヤマトの仮想体(MMS)の手をそっと取り、あろうことか先程鎧を脱いでドレスの布地に包まれた『自らの胸』へと引き寄せたのだ。
「レッ……!?」
「お、大きさにはっ、その……あまり自信がありませんガッ!」
動転して悲鳴じみた声を上げるヤマトと、緊張のあまり完全に声が上ずってしまったレイニアの声が、密室の中で重なり合う。
ドワーフの喫茶店でヤマトの視線がチラチラと、あのオヅマの胸に目が向かっていた時にカップを握りつぶした、女としてのコンプレックスがすこしはみ出してしまうのが悲しいところである。
「……その、愛し合うというのは。こういう時、こうするもの……ではありませんか……?」
鎧の下、柔らかなインナードレスの感触と、微かな温もりにヤマトの手が触れる。
ヤマトの脳量子回路は、未曾有の事態(エラー)に完全にショートしかけていた。
かつて男として、司令官として振る舞っていた頃にはあり得なかった、物理的な距離の近さと、そこに宿る圧倒的なまでの『女性の体温と柔らかさ』。
そして何より、自分を真っ直ぐに見つめてくるレイニアの、熱に浮かされたようなオッドアイの視線が、ヤマトの理性を極限まで削り取っていく。
雌としての新しい本能が、この甘やかな状況に抗うことを許さず、むしろその熱を全身の駆動系へと一気に回していくのがわかった。
「……レイニア、わ、私は……っ」
「ヤマトの心が、今でも男のままであるのなら……わたくしはっ!」
そう、レイニアが覚悟を決めて言いかけた……
その時だった。
ヒュッ――
ズドドドドドォォォォォンッ!!!
突然。甘い雰囲気をすべて吹き飛ばすような、凄まじい轟音が鳴り響いた。
マギア・ラージ・キャリアーの巨体が、急ブレーキによって激しく揺さぶられる。
「きゃあっ!?」
「何事だッ!?」
ベッドから転げ落ちそうになるレイニアをヤマトが咄嗟に抱きとめる。
二人が防音魔術を解除し、慌てて窓の外を見ると――。
空から巨大な『鉄板』が、まるでギロチンの刃のように何枚も降り注ぎ、キャリアーの進行方向の大地へと次々に突き刺さりながら、その行く手を完全に塞ぐようにして巨大な防壁を展開していたのだ。
上空に、翼を広げる二つの影が舞う。
そのひとつが、ゴン!ガン!ギン!と、特徴的な金属音を立てて人の形を取ると、緑色の装甲を輝かせながら、キャリアーの前にずどんと降り立つのだった。
「ヤマト! レイニア姫ちゃん! 外で襲撃だよ!」
バンッ!と、やけに早く——というか即座に、MMS姿のオヅマが、防音室の重厚な戸を蹴り開けて飛び込んできた。
急激に冷え切った甘い空気の中で、レイニアはジト目をオヅマに向けた。
「……やけに早くありませんこと?」
「い、いやぁ~……? 中の音は全然聞こえなかったなぁ~?」
これ見よがしに視線を明後日の方向へと逸らして口笛を吹くふりをするオヅマ。
しかし、音波と反響を自在に操り、その聴覚センサーの鋭敏さは「大陸を網羅するドワーフ坑道の端に落ちた針の音を聞き分ける」ほどの精度を誇るオヅマである。
いかに高度な防音魔術といえど、彼女の超音波解析の前では全く意味をなしていなかったはずだ。
『全然信用が出来ない』とレイニアは内心で舌打ちした。
だが、オヅマの知らせた『襲撃』は確かな事実だった。
窓の外から、けたたましい魔術兵器の着弾音と、キャリアーの急ブレーキを知らせる警報が鳴り響いている。
ため息をつきながら、レイニアは瞬時に姫騎士の顔へと切り替え、呆然としているヤマトの手を強く引いて立ち上がった。
「あの障壁弾の展開……まさか!」
ヤマトもまた、気まずさを無理やり彼方へ追いやり、その襲撃者の正体に僅かに感づいている様子だった。
* * *
キャリアーの前面ガレージが重々しく開き、遠隔操作の巨大な本体(ビークルモード)を引き連れて、ヤマト、オヅマ、ベンザイアの三人のMMSが甲板へと躍り出た。
レイニア率いる国防騎士団も完全武装でキャリアーの周囲に展開し、土煙の向こうで仁王立ちする『一機のシェイプシフター』と、その足元に立つMMSであろう少女の姿を油断なく見下ろした。
「彼女が……あのスナイパーの……!」
モルガンが、以前ヤマトの思い出語りに聞いた特徴的な面影と眼光の鋭さに息を呑む。
ヤマトもまた、冷静を装いながらも僅かな動揺を隠せないまま応えた。
「あぁ。武装が強大な『機械弓』のような形状に変化しているようだが……間違いない。彼女はネオンワンスきっての『孤高の狙撃手』、シトリーだ」
土煙が晴れ、その全貌が露わになる。
巨大な本体は、かつてのプテラノドン型の雄から、より滑空と射撃の反動制御に特化したような鋭角的な戦闘機へ変形する雌と変化している。
そしてその足元に立つシトリーのMMSは、戦場では未来的な鎧を纏った騎士然としたヤマトやベンザイアの本来の姿(今は村娘衣装とメイド服、それどころかオヅマはアイドル衣装と面影もないが)とは異なり、布として再現された狩人然とした軽装だった。
緑色の凛々しいウルフカット。
そして、なぜか腰の前には『茶色のエプロン』のような布を巻いているという、どこか所帯染みた格好をした少女の姿であった。
彼女は本体共々、機械的な強弓を手にヤマト達を鋭く見上げていた。
「……お久しぶりです、司令官」
きつめの吊り目をヤマトに向けた途端、シトリーの口元が少しだけ柔らかく微笑んだ。
「やはり、あなた方も女性(メス)に……。しかし、相変わらず、人間と手を取り合っているのですね。本当に、あなたらしい……」
懐かしそうにそう言った後、シトリーは再びキリッと表情を硬く結び、弓を構え直した。
「おいおい! これは一体どういうことだよ! 再会を祝うだけにしちゃあ、随分と物騒な挨拶じゃねえの、トリちゃんよぉ!」
ベンザイアが、いつもの軽口で場を和ませようと前に出る。
しかし、シトリーは強弓の狙いをベンザイアにピタリと合わせ、冷酷に言い放った。
「黙れベンザイア。雄の誇りもない若造が、偉そうに口をきくな!」
「あ? なんだとぅっ!?」
スッと。激昂しかけたベンザイアとシトリーの間に割って入るように、ヤマトが前に出た。
「此処は私もベンザイアと同意見だ。
再会にしてもコンタクトとしても、穏便に済ませるのが我々ネオンワンスの矜持であったはずだ。
何故、味方にさえ弓を向けるようになった、シトリー!」
ヤマトの厳しい糾弾の言葉に、シトリーは残念そうに、そしてどこか悲しげに俯いた。
「……やはり司令官は、相変わらず誇り高く、真っ直ぐですね。ええ、変わったのは……私の方です」
シトリーは弓を下ろすことなく、ふぅとため息をついて、エプロンの上から自らのぽっこりと膨らんだ『下腹部』を優しく擦った。
「私は、もう。あなた方の……いえ、人間の味方ではいられない」
シトリーが残念そうに言い終わるのと同時だった。
『ぐおおおぉぉぉん!!』
雷鳴のような雄叫びと共に、背後の空からズドンッ!とすさまじい地鳴りの音を立てて、巨大な『ワイバーン型の龍』が着地した。
それは、シトリーの本体のすぐ後ろに立つと、親しげに、そして庇うように彼女の肩に大きな爪の腕を回した。
金属機械の龍。
しかし、シェイプシフターのような人工的に見える均一な装甲ではなく、ごつごつとした自然の岩石のような鱗の装甲。
それは間違いなく、このファンタジー世界における野生の『魔物(珪素生命体の雄)』だと示していた。
「シトリー、何故そんな野生の魔物と……それに、その……んん?」
緊迫した口調でシトリーの真意を問いただそうとしていたヤマトだったが。
違和感に気づいた瞬間に、思わず司令官らしからぬ、緊張感の欠片もない間抜けな疑問符が飛び出した。
「し、シトリ……シトリー? ……その、変なことを聞くが、その、何だ? その……お腹は……?」
威厳たっぷりだった一瞬前の司令官の口から、動揺で激しく震えるポンコツな声が飛び出し、後ろに立つレイニアの兵士たちやメイド衆からも、「えっ?」「まさか」というざわめきが漏れる。
「え、あぁ……! シトリーちゃん、まさか」
オヅマが両手で口元を抑え、目をパチクリとさせる。
「お、おいおい、シトリーさん?」
ベンザイアが信じられないものを見るように、一歩後退る。
そう、狩人の軽装の上にわざわざエプロンを巻いていたのは、その目立って大きくなったお腹を隠し、保護するためだったのだ。
「……」
シトリーのMMSは、一気に気まずくなった空気の中で、チッ、と舌打ちをして眉間にしわを寄せ、眉を吊り上げていた。
背後の巨大な本体も、やたらとすり寄ってくる野生のワイバーンの巨体を肘で小突きながらも、決して嫌がっている様子はなく。
その少し大きくなった本体の下腹部の装甲を、愛おしそうに優しく撫でていたのである。
「あぁ……その、私自身にも、どうしても退けない『深い事情』がありまして……」
気まずい沈黙を破り、シトリーが視線を彷徨わせながら言い訳を口にしようとした、その時だった。
『ママー!』
『おなかすいたぁー』
『僕もおんぶー!』
シトリーの言葉を遮るように、背後に立つ巨大なワイバーン(野生の機龍)の背中から、三機の小さな丸いドローンがブゥーン!と羽音を立てて飛び出してきたのだ。
彼らは一直線にシトリーのMMSへと向かってくると、エプロンの裾を引っ張ったり、足元にすり寄ったり、ギゴガゴゴと小さいロボットモードとなって、彼女に甘えるようにじゃれつき始めた。
「ああもう、ダメでしょ? ママは今、昔のお友達と大事なお話してるから、後でね?
今はジェスハにくっついてて、良い子だから」
先ほどまでの冷徹なスナイパーの面影は微塵もない。
シトリーは完全に『母親の顔』になり、甘く優しい声で我が子(ドローン)たちを宥め、背後のワイバーン――『ジェスハ』へと押し戻した。
ワイバーンのジェスハもまた、デレデレとした様子でドローンたちを自身の装甲の隙間へと格納し、シトリーの本体の背中に鼻先をすりすりと擦り寄せている。
その、絵に描いたような『異種族間の温かい家族の光景』を見つめていたヤマトは。
「…………ま、まぁ?」
衝撃の真実を受け入れがたいと言わんばかりの恐怖に歪んだ顔で、限界まで掠れた電子音で、たった一言だけ呟いた。
ぐにゃあぁぁ……。
ヤマトの視界が、物理的に大きく歪む。
脳量子回路を駆け巡る血(霊子)が一気に頭から抜け落ち、平衡感覚を完全に喪失したヤマトは、MMSの仮想体のみならず、巨大な本体共々、まるで糸の切れた操り人形のように盛大によろめいた。
「おわっ!? 旦那ぁっ!?」
「あわわっ、ヤマトちゃんしっかり!」
大慌てでベンザイアとオヅマが駆け寄り、前後からヤマトの巨体とMMSを必死に支える。
そんなかつての司令官と戦友たちの崩壊っぷりをよそに。
シトリーは、わなわなと両拳を震わせ、顔を真っ赤にして羞恥に耐えながら、ついに真実を宣言した。
「……えぇ、はい。見ての通り……ママに、なってしまいました。今の私はもう、山の主であるジェスハの嫁として……魔物の社会で暮らしています……」
ガンッ!!
ヤマトの量子脳を、シェイプシフターサイズの巨大な金属のゲンノウで力いっぱい叩き潰されたかのような、決定的な衝撃が襲った。
ヤマトは、完全に光を失った虚ろなオッドアイで中空を見つめ、気力の抜け切った声でぽつりと呟いた。
「そうだ、腹を切ろう。ベンザイア、介錯を頼む」
「旦那、落ち着いて!? 切る腹がトラックのどこにあるってんだよ! 早まるな!」
突然の切腹宣言に、真っ先にベンザイアが泣きそうな顔でツッコミを入れる。
そして、ベンザイアはそのままシトリーに向かって、怒りの矛先を向けた。
「おぃいシトリー! 司令官が完全にぶっ壊れちゃっただろ、責任取れよ!
ていうかお前、さっきよく俺様に『オスの誇り』がどうとか偉そうに言えたな!?
一番メスを満喫してんじゃねえか!!」
「う、うるさいっ! 少なくとも私は、生前から喜んでビークル化(女装)して遊び歩いていたお前とは事情が違うんだ!」
「なんだとコラぁ!」
お互いの痛いところを突き合い、取っ組み合いの喧嘩を始めそうになる元・オスの戦友たち。
「どっちもどっちだよぉ。まぁまぁ、ちょっと落ち着こう、シトリーちゃん?」
見かねたオヅマが、フリフリのアイドル衣装の袖を揺らしながら間に入って宥めようとした。
しかし、そのオヅマの姿を下から見上げたシトリーは、怪訝そうに眉を顰めた。
「……? そちらの、ひどく派手な御令嬢はどなたで……?
ネオンワンスに所属しているようだが、私のデータベースに該当する個体は……」
「『アメノオヅマ』」
ベンザイアが、意趣返しとばかりにしれっと真実を暴露した。
「――は?」
シトリーは口をあんぐりと開け、信じられないものを見るような目で、目の前の小柄な美少女アイドルを凝視した。
そして最悪なことに、オヅマは『視線(注目)』を感じた途端、染み付いたアイドルの本能が自動的に作動してしまった。
キャピッ!と、本体共々、片脚(タイヤ)を後ろにピョンと跳ね上げ、フリフリのドレスを揺らして完璧なウインクを決めてみせたのだ。
「最古参の老龍は、もう卒業したからねっ☆」
ズゥゥゥゥン……。
シトリーの瞳から、急速に光と感情が冷め、消え失せていった。
「…………地獄ですか? ここは」
かつての厳格な鬼軍曹の成れの果てと、素朴な村娘の恰好で腹を切ろうとするポンコツ司令官、そしてメイド姿の若き副官。
シトリーの口から漏れ出た、心底ドン引きしたようなその一言に。
「すまない……本当に、済まない皆……。私のせいで……済まない……」
両手で顔を完全に覆ったヤマトが、トラックの装甲に顔を埋め、ボロボロと大粒の冷却液を流しながら、ひたすらに謝罪の言葉を繰り返すのだった。
そんな、かつての宇宙の平和を守った英雄たちネオンワンスの、あまりにもカオスで尊厳ゼロの再会劇。
少し離れた場所で武装して待機していたレイニアの後ろの防衛騎士団は、ただただ——
「オレたちは一体、何を見せられているんだ……?」
という無言の視線で、呆然と見守ることしかできないのであった。
ネオンワンスの戦士たちによる、地獄のようなカオスな再会の混乱がひと段落すると。
シトリーの本体の背後で彼女を庇うように立っていた野生の機龍――ジェスハと呼ばれていた山の主が、低く唸るような金属の歯軋りのような声で呪文を唱えた。
『エッセ・ズメウ・ジェスハ=ネルヤ(ジェスハのズメウを起動)』
バキバキバキッ!
と。ジェスハの巨大な金属の身体が、まるで逆立つ鱗を剥がすように空中に散って消滅していったかと思いきや。
その巨大な装甲の内側には、漆黒の装束に身を包んだ、爬虫類のような鋭い頭と目を持つ『竜人』の男が佇んでいた。
「なんと……魔物の野生種にも、我々のMMSのような機能(アバター)が存在するのか……」
ヤマトが驚きにカメラアイを瞬かせると、その光景を見たレイニアがハッとして目を見開いた。
「『龍人(ズメウ)』……! ヤマト、この龍はかつて街の防衛で相対したような、ただの狂った野生種ではありませんわ!
彼は名乗った通り、どこかの巨大な山脈を支配し、何百年と生きる『自然の管理者(ロード)』の一体です、あの姿はその証ですわ!」
「人間の前に、自らの意志で龍人が姿を現すなんて……それこそ、大災害の予言と言われても納得のいく、異常事態です」
レイニアの言葉に、モルガンが青ざめた顔で補足を入れた。
それほどに、高度な知性と魔術を扱える真なる龍(山の主)の存在は、この世界において珍しく、そして強大で神聖なものであるらしい。
そんな、恐るべき自然の化身が、一体どんな恐ろしい要求を突きつけてくるのか。レイニアたちが身構えた、その時だった。
「こら、ジェスハ。今はくっつくな、もうっ」
「ぐるる……」
漆黒の装束を纏った恐ろしいはずの龍人の男は、シトリーにペシッと軽く叩かれると、まるで怒られた大型犬のように「しゅん……」と肩を落として残念そうに俯いた。
その顔は、先ほどまでの威圧感が嘘のように丸っこく、なんだかひどく頼りない、甘えたような表情に変わっていた。
そのギャップに、怒っていたシトリーの方も思わず言葉に詰まる。
「……あー、わかった。後でね?」
シトリーは顔を真っ赤にしながら、ジェスハの爬虫類のような頬にそっと自分の顔を寄せ、優しく宥めた。
その、どう見ても『新婚のバカップル』にしか見えないイチャつきの光景を眺めながら、ベンザイアが「見せつけるじゃねえの」と呆れたようにぼやく。
「……だが、何故だシトリー」
何とか精神的ショックから持ち直したヤマトが、重い口を開いた。
「私も図書館の記録で聞いた。この世界の霊長(人間)と魔物は永く争い合い、その血塗られた歴史の果てが現在であると。
……だが、此処にいるレイニア姫は、その魔物をも知性を持つ同胞として認め、ともにあろうとする立派な領主だ。
私たちネオンワンスの思想と、何ら違いはない。
なのに何故、我々に弓を向けてまで決別を表明するんだシトリー!」
ヤマトの悲痛な問いかけに、シトリーはスッと表情を硬くし、俯いた。
「……確かに。そちらの姫様の評判は、遠く離れた魔物の集落にまで広く広まり、耳に届いています。
護国の鬼姫にして、人魔共存の社会を唄う、新しき世代の気高き指導者だと。
ですが……まだ若く、権力が名声に追いついてはいないのもまた、事実です」 「……っ!」
シトリーの言葉に、レイニアは思わず胸元を抑え、唇を噛んだ。
痛いところを突かれた。そう、レイニアはつい最近まで、年相応にしては少し思想も腕も卓越していただけの、世間知らずの小娘に過ぎなかった。
レオンという老練な政治と交渉の記憶、そして精神年齢を宿したのはごく最近の事なのだ。
彼女がどれだけ自身の領地で金属生命と人間を取り持とうと理想を掲げようと、その影響力はまだ全世界はおろか、シャイアラ王国中にすら完全に広まっているとは言えないのが、残酷な現実であった。
「私は見て来た。一般の霊長が魔王軍の襲撃に怯えるあまり、疑心暗鬼に駆られ、正気で弱く小さい森の魔物にまで容赦なく刃を向ける光景を。
そして……その恐れを扇動し、魔物を討伐するという大義名分を我が物として、彼らの住処を荒らす邪悪な冒険者どもの暴挙を……!」
シトリーの怒りに震える言葉。
それに、元・最強の冒険者(というか現在もたまに依頼を受けるほぼ現職)である護衛メイドのローラも、複雑な顔で腕を組んで頷いた。
「確かに、そういう汚い手段で小遣い稼ぎする荒くれどもが居るのも事実だわな。
あたしは冒険も殺し合いも好きでやってるが、冒険者が誰しも戦闘狂や正義の味方ってわけじゃねえ。
逆に、魔物が飢えや縄張り争いで止むなく境界を越えるのを、力ずくで抑え込む冒険者が居ねえと、世界のバランスも崩れる。
……どっちの言い分もあり得る話だ」
「霊長と魔物の領分がある限り、完全な平和は訪れず……さりとて、互いの生存のために、領分は未だに必須である」
ローラの話を引き継ぐように、ジェスハが流暢で重々しい言葉を紡いだ。
「我は我と、我が愛する妻の領分を守護する山の主。……そして、我が領分に先日、またもや人間の大規模な『族』が侵入し、我らがたどり着く間もなく、魔物の子供達を連れ去った!」
「……!!」
ジェスハの言葉に、レイニアたちが驚愕の声を上げた。
シトリーが、冷たい、スナイパーとしての絶対的な射すような瞳でヤマトたちを見つめて続ける。
「奴らは奴隷商です。
森に住む魔物も人間も躊躇わず浚い、労働力として『奴隷制』が合法として許可されている交易都市、アシャバラへと連れ去ったと聞いています。
私たちは彼らを取り戻しに行く。そこで、人間との間に犠牲が生じないという保証もない」
シトリーの言葉は、明確な『人間への敵対宣言』だった。
「地球では……私達はまだ、愚かな炭素生命を守る『守護者』で居られた。
だが、この世界においては、守るもの同士の争いが複雑に多岐にわたる。
司令官は、知性を――霊長(人間)の立場を何よりも尊重するだろう。
だが私は、共に暮らす私の家族……魔物の立場をこそ尊重する」
「おい、待てよ……! お前、まさか本気で俺たちとやり合う気か!」
ベンザイアが焦燥に駆られ、シトリーの肩を掴もうと手を伸ばした。
しかし、その瞬間。シトリーは背中の矢筒から取り出した矢をバトンのように鮮やかに回して振るい、その先端が変形してベンザイアの腕に触れた。
バヂッ!!
「痛ぅっ!?」
触れた瞬間、拒絶するような強烈な電流がベンザイアの手をバチッと弾き返した。
痛みに跳び退いたベンザイア。
そしてシトリーは、振り向きざまに、かつての仲間へ向けてひどく悲しそうな顔をして言った。
「そういう訳です、司令官。私はもう、あなたの元には居られない」
「待て、シトリー! 私も、私だって……!!」
ヤマトは、思わず手を伸ばし、真実を告げようとして――言葉を飲み込んだ。
(私だって、皆に慕われるような完璧な司令官なんかじゃない!
勇者のカテドラルで無理やり大人を演じていただけの、ただの未熟な若者なのだ。若さなんて関係ないんだ!)
——と。
だが、その生涯を通して必死に伏せて来た事実を。
自らを『完璧な大人』として尊敬し、ついてきてくれたシトリーに今更告白することに……ヤマトの持つ「司令官としてのプライド」が、致命的な躊躇いを生ませてしまったのだ。
「伝えるべきことは伝えた。さらばネオンワンス――! 行くぞ、ジェスハ!」
ヤマトが言い淀んだその一瞬の隙に。
シトリーのMMSは、ジャララララッ!とナノメタルの塊となって吹き荒れ、巨大な本体の中へと瞬時に収納された。
そして、本体の巨体が宙返りをするように跳ね上がると、ゴン! ガン! ギン!と鋭い金属音を立てて、流線型の硬質な『ジェット戦闘機』へと姿を変える。
ドゥォォォォンッ!
と、エンジンから青白い火を噴くと、一瞬にして上空へと飛び上がった。
『オオォォォォォォォッ!』
子供たちを装甲の隙間に抱え、ジェスハもまた低く吼える。
すると、大気中から氷が結露するかのようにバキバキと岩石の鱗が再生成され、本来の巨大な野生の龍の姿へと一瞬で変身し、そのままシトリーを追って上空へ飛び立った。
「待て、シトリー!」
ヤマトが我に返って再び声をかけた時には、すでに遅かった。
シトリーとジェスハの姿は、アシャバラの方向――遠き山脈の彼方へと、突風のように飛び去って消えていった後だった。
(やられた……っ!)
突風のように空の彼方へと消えていく、戦闘機と龍の姿を目で追いながら、レイニアは内心で激しく舌打ちをしていた。
シトリーの最後の宣言。それは、単にネオンワンスとの決別を表明するためだけのものではないのは明らかだった。
『私たちは奴隷商に浚われた同胞を取り戻しに行く。そこで、人間との間に犠牲が生じないという保証もない』
それは、誇り高きヤマトの、司令官としての責任感の深さと愚直さを知り尽くしているからこその、完璧な『挑発』だった。
ヤマトならば、必ずアシャバラへと向かう。
自らの部下が人間と決定的な戦争を起こすのを防ぐために、それこそ鉄の檻に閉じ込められようとも、単身で突っ込んでいくはずだ。
シトリーはそれを分かっていて、あえて自分たちの目的地を宣戦布告と共に告げたのだ。
(……だがしかし。わたくしにとって、これは好都合でもありましてよ)
レイニアは、小さく口角を上げ小さく唇を嘗めた。
(先にお父様(国王)にヤマトたちシェイプシフターを正式に紹介しに行って、レイモン兄様の流すであろう悪意ある報告のダメージを出来る限り抑えようと思っていましたが……
いや、わたくしとした事が、後手後手に回る甘い判断でしたわね。
はは、やはり、温室でレイニアとして育った17歳のお姫様の甘さを、完全に拭い切れていなかったようですわ)
自らの幼い姫としての判断を、前世の老兵の冷徹な目線で鼻で笑う。
そしてレイニアは、大きく息を吸い込み、草原の風を震わせるほどに声を張り上げた。
「総員、傾注(アテンション)! ミドルツカントに帰還次第、次なる遠征に備え軍備を整えよ!!」
凛々しく、そして絶対的な指揮官としての覇気を以て放たれた号令。
その言葉に、モルガンは驚きに片眼鏡を光らせ、ローラは待ってましたとばかりに好戦的な笑みを浮かべ、兵士たちはザッ!と一斉に起立して姿勢を正した。
「我が不在のミドルツカントにサイオンハッキングを行った、不逞の兄・レイモンの愚行への返礼に!
魔王の脅威が迫るこの時に、あろうことか隣国の真似事で魔物と霊長の共存を踏みにじる『奴隷市』を開く、アシャバラの腐った扉を物理的に叩き割りに行く!
各員、心して備えよ!!」
「「「はっ! レイニア姫様の仰せのままに!!(イエス・マム、レイニア!!マイロード!!)」」」
城壁街を遠くに望む長閑な平原に、士気の爆発した兵士たちの雄たけびが響き渡った。
「レイニア……何も、そこまでしなくても」
シトリーが居なくなったことで機能停止し、崩壊を始めたジェスハの金属細胞の障壁の欠片を、モルガンが「素晴らしいサンプルですわ……!」と涎を垂らしながら回収しているのを後目に。
ヤマトが、レイニアに遠慮がちに言葉をかけた。
「私一人が行けば済むことだ。わざわざ君が、兄君の治める領地と全面衝突するようなリスクを背負う必要は……」
「ヤマト」
レイニアは振り返り、ヤマトの言葉を遮った。
「自分を、焦って明かす必要もないんです」
レイニアは、どこまでも眩しく、太陽のように輝く笑顔をヤマトに向けた。
「でも、自分を偽り続けるのはもっとダメですわ」
「……!」
その言葉に、ヤマトは目を見開いた。
それは、ただの17歳の少女の言葉ではない。ヤマトが月で死んでから約30年間、彼に背負わされた平和な世界で泥をすすり、自分自身の人生を全うした『レオン』だからこそ言える、重みと優しさに満ちた言葉だった。
「だから……私を通して、この世界に立ち向かいましょう、ヤマト! 言ったでしょう、わたくしがあなたの新しい相棒になるって」
レイニアはそう言うと、かつての砂漠の夜明けのように、そっと自身の小指をヤマトの前に差し出した。
ヤマトは目を丸くし、そして。
MMSである自分の等身大の小指を、レイニアの小指にゆっくりと絡ませて、強く握り合った。
「……感謝する、レイニア」
ヤマトの青い瞳から、孤独の影が少しだけ薄れ、柔らかな光が宿る。
「ふふ、当然ですわ」
鋼の勇者と、前世の記憶を宿す姫騎士。
二人の『相棒』としての誓いが交わされた時、草原を吹き抜ける風が、彼らの新たな旅立ちを祝福するように優しく髪を揺らした。
次回予告
オヅマ「ねーねーヤマちゃんヤマちゃん」
ヤマト「何だオヅマ?」
オヅマ「チェストって何?胸?変な掛け声だよね」
ヤマト「神聖なる猿叫だな、レオンに教えてもらったんだ」
レオン「まぁゲームの受け売りだけどな、俺の先祖が生まれた地域が舞台のSAMURAIをテーマにしててな」
オヅマ「地球の文化かぁ、いいなあ儂ももうちょっとしたかった地球観光」
ベンザイア「とんでもねえよ、旦那影響受けた後ショック受けるとすぐ腹斬ろうとするし」
オヅマ「腹を?え、カグツチドライブじゃなく?」
シトリー「肝練りとか言ってヤガーのエナジーショットガンを紐で吊るして持ち主に滅茶苦茶怒られてたな」
オヅマ「な、何の意味が?」
ヤガー「だいたい戦うたびにキエー!とかチェストー!とかうるさくなった」
オヅマ「私が居なくなった後のヤマちゃんに何が……?」
ベンザイア「あ、次回『野生の領分』!」
レオン「誉は」
ヤマト「浜で死に申した」