Tandem Shape Force Fantasia!!   作:EMM@苗床星人

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Log1-2『姫騎士、合体す』

 レオン=タケル=ラブーフという男がいた。

 日系三世のアメリカ人。

 西海岸の乾いた風の中で育った俺は、血筋や人種にこだわる連中が昔から大嫌いだった。 どこへ行っても付きまとう「何人か」という値踏みするような視線。

 そいつらに馬鹿にされず、誰もが文句を言えないようなデカい顔をして、ただ胸を張って生きるためだけに軍の門を叩いた。

 

 祖国防衛なんていうヒロイックな思想がなかったと言えば嘘になるが、少なくともそれが一番の理由じゃなかった。

 国を守るという大義名分よりも、空という絶対的な実力主義の世界で自分の居場所を証明したかっただけだ。

 だが、俺は戦闘機乗りとしての天性の才能があったらしい。

 重力と速度の計算、一瞬の判断力。

 若くしてアメリカ空軍の少佐にまで昇進し、エースパイロットとして持て囃されるようになった俺にとって、機体のキャノピー越しに見る青空だけが唯一の安息の地になっていた。

 

 そんな俺の孤独で完璧な人生が、文字通り根底からぶっ壊れたのは、ある日の飛行訓練中のことだ。

 成層圏から、レーダーにも映らない馬鹿みたいにデカい隕石が、燃え盛る炎をまとって俺の機体めがけて一直線に降ってきたのだ。

 回避行動すら間に合わない異常な速度と質量。

 

(あぁ、俺の人生もここまでか。結局、空で死ぬなら本望だ)

 

 と、コントロールを失った操縦桿から手を離し、目を閉じた。

 だが、死神のお迎えは来なかった。

 落下してきたその『隕石』は、空中で瞬時に展開した巨大な金属のアームで俺の機体を精密かつ正確にキャッチし、強烈なGを内部のダンパー機構で完全に殺しながら、パラシュートすら不要なほどの完璧なコントロールで地上へと軟着陸してのけたのだ。

 キャノピー越しに見た、夕日を背にそびえ立つ未知の鋼鉄の巨人の姿を、俺は一生忘れないだろう。

 

 それが、俺と心優しき金属の異星人――シェイプシフターの勇者、司令官ヤマトとの最初の出会いだった。

 

 数多の優秀な軍人や政治家がいる中で、どうして一介のパイロットに過ぎない俺が選ばれたのかは、今でもよくわからない。

 ただ、ヤマトが最初に俺の目を真っ直ぐに見据えて放った「君の命を無事に地球へ帰すことができて良かった」という実直な言葉に、俺は柄にもなく心を動かされてしまったのだ。

 

 気がつけば俺は、政府の思惑や軍上層部の反発も無視して、金属仕掛けの異様なエイリアンたちの地球における専属の交渉役となり、いつの間にか人類と彼らシェイプシフター全員の運命を背負って戦う『相棒』にまでなってしまっていた。

 言葉も文化も、身体の構成物質すら違う彼らとの橋渡しは困難を極めたが、ヤマトと背中を預け合い、硝煙と泥にまみれながら死線を潜り抜けるうちに、俺たちは理屈抜きの絆で結ばれていった。

 

 ヤマトは、数十メートルの巨体を持つ鋼鉄の巨人だ。

 鈍感で、堅物で、融通が利かず、自身の信じる「知性の誇り」とやらに殉じる究極的なエゴイスト。

 作戦は直情的で穴だらけ、寧ろ失敗することの多い勢いだけのポンコツ司令なのに、一度決めたことは梃子でも動かない頑固者だった。

 だが、どこか妙に愛嬌があり、放っておけない危うさを持つ男だった。

 

『レオン、私は断じて、あの市街地を走る四輪車にはシェイプシフトしないぞ!』

 

「なんでだよ。目立たずに敵の目を掻いくぐって移動するなら、車の形が一番だろ。

お前の部下のベンザイアなんて、しょっちゅうノリノリでクラクション鳴らしてハイウェイを爆走してるぜ?」

 

『あれは……あの形状は、我々の生態系で言うところの「メス」の姿で女装的な……悪ふざけでやっているのだあいつは!

 誇り高き知性の勇者である私が、なぜ前線で女装などせねばならんのだ! 知性への冒涜であり、誇りに関わる問題だ!』

 

「はいはい、わかったよ。お前は一生そのままのデカい図体でドスドス歩いてろ。敵の砲火の的になって蜂の巣にされても泣きついてくるなよ?」

 

 生前のヤマトは、自分がいかに「雄」であるかということに、異常なほどのこだわりを持っていた。

 だから、メスの変形姿であるビークル(乗用機)には意地でもならず、機動力を犠牲にしてでも人型かドラゴン姿を保とうとしていた。

 おかげで俺たちは、何度目立つ人型のせいで敵の砲火を浴び、ヤマトが巨大な看板の裏に無理やり隠れようとして街のインフラを破壊する羽目になったことか。

 それでも、アイツは決してドラゴン以外に変形しなかった。

 

 激戦が続く中での、砂漠での野営の夜。冷たい星空を見上げながら、たわいもない話をしたこともある。

 

「なぁヤマト。お前ら金属生命体にも、女の好みってのがあるのか?」

 

『な、何を言い出すのだ急に。今は明日の作戦の……』

 

「いいじゃねえか、息抜きだ。俺は金髪で、カーブが綺麗なグラマーな姉ちゃんが好きだぜ。タフな女ならなお良しだ。お前はどうなんだ? やっぱり胸部装甲の厚いタイプか?」

 

 ヤマトは青いカメラアイを瞬かせ、装甲の奥でエンジンをゴトゴトと不安定に鳴らして、ひどく恥ずかしそうに、視線を逸らしながらボソボソと答えた。

 

『……フロントのボンネットが、豊かで力強く……リアの荷台が、その、デカくて……マフラーが立派な、車体が……ゴホンッ!!』

 

(要するに胸と尻がデカい女が良いってことか。案外俗っぽいとこあるじゃねえか……変形後が基準なのか)

 

『な、なんだそのニヤニヤした目は! 私は純粋に、空力学的なフォルムと積載量の美しさをだな……!』

 

「いや? 奇遇だなと思ってよ。やっぱり俺とお前は気が合うぜ、相棒」

 

 ヤマトはそういうヤツだった。

 他の歴戦のデカいシフターたちが、戦闘の昂ぶりを鎮めるためにドロドロの重油や原油を豪快に酌み交わし、下品なジョークを飛ばし合っている中、ヤマトだけは「私の繊細な駆動系にはこれが一番合うのだ」とかなんとか理屈をつけて、澄んだ灯油をチビチビと飲んでいた。

 そして、軽い灯油ですぐに酔っ払い、俺の小さな肩に巨大な指を乗せながら「知性とは!」「宇宙の平和とは、かくあるべきだ!」と、妙に背伸びした物言いで、夜通し熱く語り明かした。

 俺はそんなアイツの演説を、呆れながらも頼もしく聞いていたものだ。

 

 今思えば。あんなものは、大人に囲まれた酒場で、無理して強い酒を頼んで顔を赤くしている、ガキの虚勢と同じだったんだ。

 

 

 

 ――あの月での最終決戦から、20年の歳月が流れた。

 

「……中将閣下。合同演習の視察のお時間です。各国の代表もすでにお集まりです」

 

「あぁ、わかっている。すぐ行く。少し、一人にしてくれ」

 

 執務室の窓から、平和になった地球の空を見上げる。

 中将にまで昇進した俺の肩書きも、あの凄惨な『鋼鉄戦争』の英雄としての名声も、俺にとってはただの重たい鎖でしかなかった。

 各国の政治的駆け引き、エイリアン技術の利権争い。俺が守りたかったものは、こんな息苦しい世界だったのか。

 月での決戦で、俺を無理やり地球へ転送して一人で死んでいったアイツ。

 命を賭けてアイツが残したこの世界を、俺は意地でも守り抜かなければならなかった。

 俺の生きているうちに、構想中のシェイプシフターと地球人類の完全合同部隊のお披露目が見られればいいんだが、贅沢すぎるか。

 

 だが、すべては、過去の思い出に過ぎない。アイツのいない平和な世界に、俺の心はずっと取り残されたままだ。

 

 虚無感だけが、俺の心臓にポッカリと穴を開けている。  

 

 西暦2050年――俺が政治家たちと泥まみれになりながら奔走し、シェイプシフターと人類が完全に手を取り合えるようになり、社会をようやく安定させることができるようになった頃。

 俺はシェイプシフターを中心とした特別調査チームを月の遺跡、完全停止したアザブネのコアユニットへと再び送り込んだ。

 そして、静寂の宇宙空間に横たわるアイツが遺した機体の残骸を、長い年月をかけてようやく月へ回収に行き、地球の最先端の科学力で詳細に解析した時。

 俺は、その真実を知って、執務室で一人、声を上げて泣き崩れた。絶望したのだ。

 

 ヤマトの機体は、俺たち地球人で言うところの『成人』すら迎えていない、未成熟な金属細胞と成長途中の駆動系で構成されていた。

 

 胸部に埋め込まれていた跡だけ残して消失していた『勇者のカテドラル』。

 あれはただのリーダーの証や、名誉ある勲章なんかではなかった。

 惑星ヘイブンガーデンの惑星意思が身勝手に選出した、民を導く指導者の抱える痛々しい聖痕であり、呪いにも等しい加護だった。

 

 保持者に望むがままの拡張機能を与え、導く民を強化する様々な副次機能を有する限定的な願望機。

 その恐ろしい機能によって、ヤマトの未成熟な身体は極限まで雄々しく作り変えられ、リーダーとして仲間にすら壮年であり歴戦の戦士に見せかけるほどのパンプアップを果たしていたのだ。

 鋼鉄の英雄らしき彼のその姿は……けっして虚栄などではない。

 世界を救うために必要な力だった。――だが!

 常にエンジンの限界を超えてレッドゾーンで稼働し続けるような、身に余る背伸びであったこともまた、紛れもない事実だった。

 

 あいつは、若者だったのだ。

 

 たった一人で恐ろしい重圧に耐え、誰も頼れない中で必死に理想の『司令官』を演じ続けていた。

 灯油で酔っ払い、女の好みを恥ずかしそうに語り、無骨な騎士道精神で精一杯背伸びをして、死の恐怖を必死に隠しながら、俺たち大人を導こうとしていた……まだ子供の、青年だった。

 俺は、人間に換算すれば自分よりずっと若い、未来ある若者に、世界の運命と俺の命を身代わりとして背負わせていたのだ。

 

「……馬鹿野郎が。勇者サマが年齢詐称なんかしてんじゃねぇよ」

 

 誰もいない執務室で、俺は独りごちる。皺の刻まれた手が、わずかに震えていた。

 俺とお前は、デカいロボットの鋏だろうが、鋼鉄の邪神の呪いだろうが切れない相棒だったはずだ。

 それなのに、俺はお前を残して、ぬけぬけと生き残っちまった。

 お前がその若すぎる命を散らして押し付けた、この平和な世界に。

 

「天国でなら、またお前に会えるのか……?」

 

 もし会えたなら、まずは容赦なく一発殴ってやる。

 年齢を隠して一人で格好をつけていた、そのふざけた金属の顔面を。

 そして、今度こそ。

 

「その時は、今度こそ俺が、お前を護るからな……ヤマト」

 

 老境に差し掛かり、病魔に侵され始めた俺の身体は、もうすぐ限界を迎えるだろう。

 だが、この魂だけは、決して朽ちることはない。

 あの若き鋼の勇者と共にあり続ける。いつかまた、悠久の輪廻の果てで出会う、その日まで。

 俺は静かに目を閉じ、かつて砂漠の空の下で語り合った、不器用な相棒の声を思い出しながら、軍服の襟を正して執務室を後にした。

 

 

 西暦206X年。

 地球とシェイプシフターたちの未来を繋いだ英雄、『ネオ・グレート・ワンズ』初代総司令官レオン=タケル=ラブーフの最期は、彼が駆け抜けた硝煙と血に塗れた前半生からは想像もつかないほど、驚くほど穏やかなものだった。

 

 白を基調とした静かな特別病室。

 ベッドを取り囲むのは、涙ぐむ彼の妻や子供、そして孫たちだ。

 誰もが彼の手を握り、その安らかな旅立ちを見守ろうとしている。

 そして、病室の窓の外――はるか地平線の先までを埋め尽くすように、無数の地球人類と、空を覆い隠すほどの威容を誇る鋼鉄の巨体を持つシェイプシフターたちが、静かに立ち並んでいた。

 陽光を反射する彼らの金属装甲は、かつてレオンと共に戦った同志たちの誇りそのものだった。

 

『我々の誇り高き相棒(とも)に、最大の敬意と感謝を。総員、敬礼』

 

 ヤマトの遺志を継いだ次代のリーダー格であるシェイプシフターの重厚な号令と共に、世界中の金属生命体たちが一斉に胸の装甲に巨大な鋼の拳を当て、天を仰いだ。

 ズォン、という大地を揺らすほどの駆動音が、彼らなりの弔砲として響き渡る。

 人類もまた、各種族の垣根を越え、平和を齎した偉大なる軍人に深い祈りを捧げた。

 世界中の人々が、種族の違いなどとうに忘れ去り、ただ一つの同じ願いを心に思い描いていた。

 ――どうか、地球を救ったこの不器用で勇敢な男の魂が、安らかであるように。

 ――そして、彼が死の淵に立つ今日この日まで決して忘れることのなかった、かの若き鋼鉄の勇者『ヤマト』と、魂の還る場所で再び巡り会えますように、と。

 

「……まったくだ。俺一人じゃあ、あいつの無茶な背伸びを止めてやれねぇからな……」

 

 心電図の規則的な電子音が、静かに、少しずつ間隔を広げていく。

 レオンはしわくちゃになった自分の手を眺め、優しく微笑んだ。

 

(ヤマト。俺はこんなに老いぼれちまった。だが、俺の記憶の中のお前は、あの月で別れた時の、ピカピカで生意気な鋼鉄の若者のままだ。今からそっちへ行く。待ってろよ、相棒)

 

 最後に一つ、小さく満足げな息を吐き出して、レオンはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 ――そして。

 何十億という知的生命体たちが一人の男のために放った強烈な『祈り』は、凄まじい魂のエネルギー、あるいは運命を捻じ曲げるほどの『必然性』の塊となって三次元の壁を突き抜け、高次元の神域へと到達した。

 

「ほーう。これはこれは、たまげたなぁ」

 

 光速で流れる雲海の上。胡座をかいていた終末神にして創生神、アザブネは、次元の底から立ち昇ってきた莫大な光の奔流を手のひらで受け止め、愉快そうに目を細めた。

 神の目から見れば、人間の寿命など瞬きにも満たない刹那の輝きに過ぎない。

 

「こんだけの祈り(バックアップ)と因果の繋がりを、たかだか百年にも満たない炭素生命一代のみの人生で集めきったもんや。

……ええよ。すべては君らの魂の激突と、整合性の織り成す奇跡や。僕はちょぉっとそれを、後押しするだけやからね。ほぉら、行っといで」

 

 神の気まぐれか、あるいはそれが整合性という名の運命か。

 アザブネは楽しげにパチンと指を鳴らした。

 光の球体となったレオンという老軍人の魂は、次元の渦の底――魔術と珪素生命体が跋扈する未知なる異世界へと、まるで流星のように優しく、かつ正確に押し出されていったのだった。

 

 

     * * *

 

 

 かくして、英雄レオンの魂は、次元の壁を越え、何も知らない異世界の赤子――『レイニア=ミコト=シャイアラ』として転生を果たした。

 

 シャイアラ王国の第三皇女として生を受けたレイニアは、シャイアラ王と妃の溢れんばかりの愛情と、きらびやかで平和な王宮の庇護の元ですくすくと育った。

 しかし、彼女の胸の奥には、物心ついた時から常に『ぽっかりと空いた巨大な心の穴』が存在していた。

 自分が何者かを失ってしまったような、あるいは、自分自身の魂の半分がどこかへ欠け落ちてしまっているかのような、強烈な虚無感と焦燥。

 美しいドレスを着せられても、宝石を与えられても、その飢えが満たされることはなかった。

 

 レイニアは、その得体の知れない喪失感を埋めるため、王族の姫としては異例中の異例である『武』の道を志した。

 血の滲むような鍛錬の中に身を置くことでしか、己の魂の渇きを誤魔化すことができなかったからだ。

 

「姫様、わきが甘いよ! 人間に限界があるなんて思うな! そんなんじゃゴブリンどころか、コボルドの装甲すら抜けないよ!」

 

「は、はいっ! ローラ師匠!」

 

 武術の指南役は、元凄腕の冒険者である護衛メイドのローラだった。

 彼女の容赦のないシゴキに、レイニアは幼い頃から泥まみれになって木剣を振るった。  ローラの攻撃は容赦がなかったが、レイニアの身体は、まるで前世で戦闘機を操縦していた頃の『三次元的な空間把握能力』と『ドッグファイトの勘』を無意識に引き継いでいるかのように、異常な速度で回避と反撃の最適解を弾き出していった。

 

「姫様、よくお聞きください。この世界には、世界そのものが与える理不尽――『魔法』というおとぎ話の奇跡があります。それを解析し、人の手で限定的に行使できるように体系化した学問を『魔術』と呼びます」

 

「はい、モルガン。……ええと、つまり、気合いと魔力で物理法則をぶん殴る……いえ、体内の魔力素子を媒介にして、周囲の環境変数を一時的に書き換える『ターゲティング・システム』のようなもの、ということでしょうか?」

 

「……表現はどこか野蛮で妙に理屈っぽいですが、概ねその通りです。ターゲテング・システム……良い名前ですね、そう言う魔術も開発してみますか」

 

 魔術の指導は、宮廷魔術師の家系出身である教育メイド、モルガンが担当した。

 レイニアは前世の記憶――戦闘機乗りとしての火器管制システムの理解や、未知のエイリアン技術に対する柔軟なハッキング感覚――を無意識に活かし、恐るべき速度で魔術の才を開花させていった。

 彼女にとって魔術式を編むことは、戦闘機のコンソールでミサイルのロックオン手順を入力するのと同じ感覚だったのだ。

 

「姫様! また足開いてますよ!

 お茶会の席で、見えない敵の襲撃ルートを想定したかのような鋭い目つきをするのはおやめください!

 閉じてください、そんなんじゃあ嫁の貰い手がつきませんよ!」

 

「えぇー? 求婚は滅茶苦茶されてるのにぃ」

 

「それは姫様が王族だからですっ! 中身が戦場帰りの野猿だからではありません!」

 

 そして、教養と作法を叩き込むのは、厳格な教養メイドのイザベラだ。

 時折無意識に飛び出す前世の粗野な軍人言葉(スラング)や、隙あらば兵士のように胡座をかこうとする癖をハリセンで矯正されながら、レイニアは完璧な淑女としての立ち振る舞いをも(物理的に叩き込まれて)身につけていった。

 

 その血の滲むような研鑽と、三人のメイドたちによる徹底的な英才教育の賜物として。

 レイニアはまだうら若き乙女でありながら、両親である国王と妃をその圧倒的な実力で納得させ、見事、狂暴な魔物と対峙する辺境の『守護騎士』の座を勝ち取ったのである。

 

 

 

 しかし。

 そこまで身を削って己を磨き上げ、国を守るための力を得てもなお、彼女の心の穴が満たされることは、決してなかった。

 

 レイニアは時折、ひどく鮮明な夢を見る。

 鼻を突く硝煙と、焦げた機械油の匂い。見たこともない、空を飛ぶ無骨な鉄の塊たち。

 そして、どんな絶望的な状況でも自分を庇うように立ち塞がり、「私は知性としての誇りを果たす」と、不器用で真っ直ぐな言葉をかけてくれる、鋼鉄の巨人騎士。

 特に、あの巨大な顔が悲しげな、それでいて全てをやり遂げたような皮肉めいた笑みを浮かべ(レイニアにはなぜかそう見えた)、燃え盛る真空の月面で自分を光の彼方へ突き飛ばす別れの記憶は、彼女の心を酷く乱し、切り裂いた。

 

「まって、やだっ……やだ、行かないで……私を、置いていかないでっ!」

 

 夜中。冷や汗とともにガバッとベッドから起き上がり、レイニアは理不尽に溢れ出す熱い涙を零す。

 

「誰……? 誰なの……?」

 

 高級な絹のシーツを血が滲むほど強く握りしめ、嗚咽を漏らす。

 夢の中でしか会えない、顔も名前も思い出せないあの勇者は、一体何者なのか。なぜ、彼のことを想うだけで、これほどまでに胸が締め付けられ、狂おしいほどの愛おしさと、張り裂けそうな後悔が押し寄せてくるのか。

 

「私の心を、私の魂を掴んで離さない、この空虚さ……私は、いつになったら、あなたに会えるんですの……っ?

また会った時は、今度こそ……貴方を、守り切れるんですの……っ?」

 

 月明かりの差し込む寝室で、一人震えながら呟く。答えのない問いだ。

 しかし、その果てのない疑問と、「いつか夢の騎士に巡り会えた時、彼の隣に立つに相応しい自分でありたい」という強烈な願い。

 それこそが、血を吐くような研鑽を彼女に積ませた。

 その切実な思慕こそが、現在のレイニアという一人の苛烈で美しい姫騎士を形作る、すべてだったのだ。

 

 

 

     * * *

 

 

 ゴォォォォォッ!!

 

 荒れ狂う風を鋭い装甲で切り裂きながら、分厚い雲海の下、誰もいない空を猛スピードで滑空する雄々しい機械のドラゴン。

 全身のバーニアから青白いプラズマの炎を噴き出し、まるで神話の壁画から抜け出してきたかのような威容を誇るその巨竜の『中』で。

 彼――いや、地続きのまま魂だけの転生を果たしたヤマトとは異なり、この異世界で生を受け、王族の娘として『女の人生』を十数年経験し通したことで、今や老兵である『彼』を完全に内包した『彼女』は、激しい羞恥心と大混乱に塗れながら天に向かって吠えていた。

 

『――あああッ! 聖なるくそですわぁっ!』

 

 それは、アメリカ軍人の汚いスラングと、高貴な姫君の口調が奇跡的な大事故を起こした魂の絶叫だった。

 

『なんで! なんでよりによって、今、思い出すんですのぉっ!?』

 

 ヤマトを護るため、そして蹂躙される街を救うために発動した、禁断の『龍化魔術』。

 規格外の質量を持つ自然魔力と、レイニア自身の人間の魔力の急激な混ざり合いが、彼女の魂を根底から激しく揺さぶり、量子レベルの凄まじいスパークを脳髄に叩きつけた。

 その結果、彼女が魂の防衛本能によって忘却の彼方へと無意識に封印していた前世――『レオン=タケル=ラブーフ』という老齢の戦士の記憶を、完璧に、寸分の狂いもなく引き出すことに成功してしまったのだ。

 

 今や、レイニア姫という可憐で苛烈な少女の人格と、レオンという酸いも甘いも噛み分けた老兵の前世の記憶は、一つの器の中で完全に融合し、強固な『同一人物』としての認識へと成り果ててしまっていた。

 

(ヤマトが女の子になってたのは、百歩譲っていいですわ!

 いや、知性の誇りとやらを重視するアイツにとってはとんでもない地獄だろうけれど! ……それより大問題なのは!)

 

 レイニア(レオン)の魂は、ドラゴンの分厚い超合金の装甲の下で、顔から火が出るほどの羞恥に悶え苦しんでいた。

 

(さっき、わたくしがアイツに……『ずっとお慕いしておりました』なんて、乙女全開の告白かましちまったってことですわ!!)

 

 前世で共に酒を飲み、下品なジョークを飛ばし合い、背中を預けて死線を潜り抜けた、あの不器用な鉄の塊(親友)に対して。

 あろうことか、自分は涙をポロポロ流しながら、顔を真っ赤にして、絵に描いたような純愛の告白をしてしまったのだ。

 

(無理無理無理無理ぃっ!こんなの、もう一生正体を明かせるわけがないじゃないっ!

 アイツの相棒だった『レオン』がわたくしだなんて、どんな拷問を受けても言えるわけがないですわ!

 な、何とかしてこのままごまかし通さないと!)

 

 ドラゴンの強靭な機体が、内部のレイニアの身悶えに合わせて空中で一瞬ガタガタと不自然にブレる。

 もし今ヤマトに「お前、レオンなのか?」と聞かれたら、レイニアは全力でその巨大な顔面を殴り飛ばし、「違いますわこのすっとこどっこい!」と叫んで逃亡する自信があった。

 

 アイデンティティと性別と記憶が、捻じれに捻じれ曲がった来世での再会。

 最悪の気まずさと、墓場まで持っていくべき巨大な黒歴史(秘密)を抱え込んだまま。

 

『ぎゃああおおおぉぉぉぉぉっ!!』(訳:ちくしょうめぇぇぇっ!!)

 

 鉄の龍は、自らの羞恥心をすべて眼下の敵への殺意にすり替えるように猛々しい咆哮を上げ、黒煙を上げる絶望の戦場――城壁街へと向かって、一直線に急降下していくのだった。

 

 

     * * *

 

 

 堅牢な石造りの城壁街は、突如として、機械油の燃え広がる黒い戦火の渦に見舞われた。

 

「誰か、お願いです、この子だけでも逃がして!」

 

「ダメだ、西門が塞がれてる! 中央広場へ退避しろ!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 逃げ惑う民衆の悲鳴を掻き消すように、無機質な駆動音と建物を破壊する轟音が街中に響き渡っていた。

 城壁を乗り越え、あるいは破壊してなだれ込んできたのは、狂気に侵された魔物の群れだ。

 片腕に巨大で無骨な鉈を、もう片腕を異形の六連装ガトリングへと変異させたゴブリンたちが、無差別に銃弾を撒き散らす。

 大地を揺らしながら進むのは、建物の二階、三階にも達する5メートルから10メートル級のオーガの群れ。

 そして極めつけは、空から炎を吐き散らし、滑空しては人々を蹂躙する野生の機械龍種。

 そのすべてが、魔王の『瘴気』に脳髄を侵された証である、狂気の赤い眼光をギラギラと光らせていた。

 

「陣形を組め! 盾を構えろ、少しでも時間を稼ぐんだ!」

 

「くそっ、防衛線のレイニア姫たちはまだ戻られないのか!」

 

 外苑には、森の防衛戦に出払ったレイニアたちに代わり、殿(しんがり)として残されたわずかな兵力しか残っていない。

 彼らは必死に槍や弩を構え、最優先で住民の避難誘導に当たっていたが、瘴気によって遠隔統率され、統制の取れた軍隊のように襲い来る魔物たちに完全に包囲されつつあった。

 

『ガガガ……市民の皆様、コチラヘ……』

 

「あっ、街の運搬機兵が! 逃げろ、アイツらも瘴気に……!」

 

 絶望はそれだけではない。人間たちの生活を手伝い、共存していた『正気の魔物たち』も、この襲撃の巻き添えとなっていた。

 彼らは人間を庇って前に出たものの、狂乱したゴブリンたちに捕まれば、有線ケーブルを直接ねじ込まれて瘴気に精神を焼かれ、瞬く間に赤い目を光らせる『仲間』へと作り変えられてしまう。

 自身の機能を駆使して必死に抵抗しようとした魔物たちも、戦闘に特化して変異したゴブリンの暴力に適うはずもなく、その場で無惨に破壊され、黒いオイルを流してガラクタと化していた。

 

「もう……終わりだ……」

 

 兵士の一人が膝をつき、泣き叫ぶ子供を抱きしめた母親が絶望に目を閉じた。

 オーガが振り上げた巨大な鉄の棍棒が、彼らを粉砕しようと落ちてくる――その刹那。

 

 ――キュルルルルルルルゥゥゥゥッ!!

 

 エンジンの爆音と、石畳を激しく擦るタイヤのスキール音が、戦場の喧騒を切り裂いた。

 混乱の中を颯爽と、猛スピードで疾走してきたのは、このファンタジーの世界には到底存在し得ない、深紅に輝く流線型の『スポーツカー』だった。

 スポーツカーは女子供や彼女らを護る兵士に手を上げようとしたゴブリンの群れに一切の躊躇なく突っ込み、その滑らかなボンネットで容赦なく撥ね飛ばす。

 

『ギィィィッ!?』

 

 金属部品を撒き散らして吹き飛ぶゴブリンたち。

 深紅のスポーツカーはその凄まじい勢いを殺すことなく、ドリフトの反動を利用して空中に跳ね上がると、前転しながらガシャガシャと鮮やかに人型へと変形(シェイプシフト)を遂げた。

 

「ヘイヘイヘイヘイヘェイ! こいつぁ一体どういう状況だぁ!? 待ちに待ったヒーロー様のご到着ってかぁ!」

 

 着地と同時に、明るく、ひどくノリの軽い声が広場に響いた。

 土煙の中から現れたのは、ヤマトと同じ鋼鉄の巨人。だが、その背丈はヤマトよりも頭一つ分小さく、はるかに身軽でしなやかなシルエットを持っていた。

 機体の腰部からは、深紅のコートの裾のような装甲が優雅にはためいている。

 そして後頭部からは、ポニーテールのような青白いエナジーケーブルが束になって垂れ下がり、特徴的な銃口を備えた分厚い『ブーツ型』の脚甲を、軽快なリズムに乗せて石畳の上でタップさせていた。

 

「このネオンワンスいちのプレイボーイ、ベンザイア様のカメラアイが光ってる前で、粋狂な弱い者いじめはさせねえよぉん?」

 

 ビシッ、とポーズを決めて啖呵を切ったその声は。

 自称『プレイボーイ』という肩書きにはどう考えても似つかわしくない、鈴を転がすような、明らかな『少女特有の高音の電子ボイス』だった。

 

「……ま、魔物の、遊び人(ぷれいぼーい)……?」

 

 命を救われた兵士が、聞き慣れない言葉と、目の前の存在が放つアンバランスな空気に唖然として呟く。

 すると、深紅の戦士――ベンザイアは、肩越しに振り返ってニカッと笑みを浮かべたように、フェイスプレートのバイザーが明滅した。

 

「あん? なんだい、君ら。命の恩人に向かって。『ふしぎなおどり』でもおどるかい? なんかファンタジーっぽいし、君らからMPでも吸えるのかな? ぉーん?」

 

 緊張感の欠片もない、どこか地球のゲーム文化に毒されたような軽口。

 その隙を見逃さず、撥ね飛ばされて激怒したゴブリンたちが咆哮を上げ、一斉に六連装のガトリングを構えて銃弾の雨を降らせてきた。

 

「危ないっ!」

「ヒャッホォォォウ!!」

 

 兵士の叫びと同時に、ベンザイアは深紅のコートの裾を翻して駆け出した。

 それは武術というよりも、カポエイラやブレイクダンスのような、完全に『踊るような体術』だった。

 銃弾の雨をギリギリのステップで回避し、時にはバク転で躱す。

 回避しきれない弾幕に対しては、腰から伸びた深紅のエナジーコートの裾をひらりとマントのように翻す。

 特殊な力場を持ったそのコートの裾が、ガトリングの弾を「カンカンカンッ!」と火花を散らして弾き落とし、背後にいる民衆を完璧に護り抜く。

 

「さぁて、こっからは俺様のターンだ!」

 

 ベンザイアは片手で石畳を突き、逆立ちの体勢から独楽のように回転し始めた。

 特に固い装甲で覆われているブーツ型の脚甲。

 その足裏に備わったスラスター――あるいは銃口から、回転に合わせて「ガァン! ガァン!」と爆発的なエネルギーが噴出される。

 

「ハッハァ! 喰らいなっ!」

 

 その推進力を利用した、衝撃と加速を伴う暴力的な蹴りの連打。

 赤い閃光を伴った回し蹴りが、ゴブリンたちの装甲を次々と紙屑のように蹴り破り、中枢回路を粉砕していく。

 絶望に包まれていた街の広場が、突如として現れた規格外の『遊び人』のダンスフロアへと変貌した瞬間だった。

 

『ぎゅらららららららぁっ!』

 

 突如、金属の擦れるような耳障りなエンジン音の混ざった咆哮が、広場で踊るように戦っていたベンザイアの鼓膜(センサー)を激しく揺らした。

 

「……っ、とぉ。こりゃあ、ちょっとヤベえか?」

 

 ベンザイアが蹴りの足を止め、空を見上げる。

 そこから見下ろしていたのは、圧倒的な質量と、知性の欠片も感じさせない野生の機龍――『ワイバーン』と呼ばれる魔物だった。

 錆びついた赤銅色の装甲を持ち、シェイプシフターの洗練された美的感覚からは程遠い、ずんぐりとした大きなお腹を揺らしている。

 ワイバーンは、黒いオイルと粘液をダラダラと垂らした巨大な顎を開き、下卑た殺戮と蹂躙の欲望に身を任せるような視線を、地上の民衆たちへと向けた。

 

 ボボッ、ボッ!

 

 その喉の奥で、着火プラグの火花が散り、強烈な可燃性ガスの臭いが広場に立ち込める。

 

「ヤベェ――っ! 人間ども、俺様の背中に隠れて伏せなっ!」

 

 ベンザイアは焦燥の声を上げ、腰から伸びるエナジーコートの出力リミッターを引き上げた。

 深紅の力場がドーム状に広がり、背後の人間達を来たる高熱の火炎ブレスから守ろうと構える。

 この出力で凌ぎきれるか。ベンザイアが覚悟を決めた、その時だった。

 

 頭上のワイバーンの悪意は、さらに高い空から超音速で飛来した『圧倒的な質量の暴力』によって、文字通り叩き潰された。

 

『ぎゃあああおおおぉぉぉっ!!』

 

『――ぎゃららぁっ!?』

 

 ワイバーンの二倍はあろうかという、巨大で猛々しい鉄の機龍。

 青白いプラズマのバーニアを全開にして垂直降下の突進を行ったそれは、ワイバーンの頭部を強靭な鉄の爪で鷲掴みにすると、そのまま眼下の煉瓦作りの民家へと、情け容赦なく叩きつけたのだ。

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 粉塵が舞い上がり、大地が爆発したように揺れる。

 

『ボガッ! ボバババッ!』

 

 叩きつけられたワイバーンは、むせ返るようにして喉元まで上がっていた炎のブレスを吐き出そうとした。

 しかし、それを押さえつけている鉄の機龍のもう片腕が、瞬時に青白い光を帯びた。虚空に精緻な幾何学模様――『魔法陣』が展開され、ワイバーンの顔面周囲にのみ、強固な風の結界が形成される。

 行き場を失った超高温の火炎ブレスは、結界の中で逆流し、自らの熱でワイバーンの顔面装甲をドロドロに焼き溶かした。

 

『おぉぉぉぉっぉおおお! こっちでやるぞ、化け物ぉ!』

 

 金属を擦り合わせるような、それでいて確かな『知性』と『意志』を感じさせる咆哮を上げながら、鉄の機龍は力任せに、のたうち回るワイバーンの巨体を再び空高くへと投げ飛ばした。

 そして、周囲の瓦礫を青白いバーニアの爆風で吹き飛ばしながら、自身もそれを追いかけるように天へと飛び立っていった。

 

 ぽつんと残されたベンザイアは、残るゴブリンやオーガたちが新たな恐怖の象徴に怯えて少しずつ後退していく中、呆然と空を見上げ、その圧倒的な雄姿を見送っていた。

 

「な……なんだ、あのクッソ逞しいドラゴン……俺様、惚れちゃいそう……」

 

 もちろん、いつもの軽口の冗談半分のつもりだった。

 しかし、ヤマトの運命に巻き込まれた例に漏れず『女性機体(メス)』へと変異してしまっている今の彼女にとって、それが冗談では済まされないことを自覚したかのように。

 ベンザイアのフェイスプレートの頬に当たる部分のハザードランプが、ぽっ、と赤く発光してしまったのだ。

 

「……って、いやいやいや!俺様は女装はしても魂までメスじゃねえ! 身体が女になっても心は永遠のプレイボーイだっつーの!」

 

 ベンザイアが自身の新しい本能(バグ)にツッコミを入れて頭を抱えていると。

 

 ――プァァァァァァンッ!!

 

 すぐ傍の路地から、やけに聞き覚えのある、野暮ったくも威圧感のあるトラックの巨大なクラクションの音が聞こえてきた。

 

「んぁ? あのクラクションの音、あの無駄にボンネットと荷台のデカいビークル……まさか」

 

 キキィィィッ!

 ドリフト気味に広場へと突っ込んできた深紅のトラックが、ベンザイアの目の前で急停止した。

 そして、その勢いのままガチャリと助手席のドアを乱暴に解放する。

 

 べしゃぁっ。

 

「ぐえぇぇ……」

 

 ローパーの粘液まみれのままのメイド――モルガンが、真っ青な顔のまま、カエルのように石畳の上へと吐き出された。

 突然の奇妙なビークルの登場と、そこから吐き出された惨めな姿の女性に、避難を忘れて民衆がざわつく。

 

『――! ベンザイア! お前も、この世界に来ていたのか!』

 

 ボンネットの奥から響いたのは、紛れもない、かつての堅物な司令官の声だった。

 

「ヤマトの旦那! やっぱアンタか! ってか、なんだいそのボンキュッボンのトラックの姿は!」

 

『私の姿のことは今はいい! それよりベンザイア、彼女を水か何かで洗ってやってくれ!』

 

 ヤマトは動揺を隠すように、早口で石畳に倒れるモルガンを指で示した。

 

『ローパーの粘液のせいで今は魔術を行使できないようだが、綺麗に洗えば、強力な魔術師としてこの民衆たちを護れるはずだ! 頼む!』

 

「あ、あのぉ、旦那……」

 

 ベンザイアは、ビクビクと痙攣しているメイドを指さして、呆れたように言った。

 

「洗うとかそういう問題の前に、すでに死にかけてるんですがそれは」

 

 ヤマトの常軌を逸した崖下りからの爆走のせいで、物理的な凄まじい横Gと精神的恐怖に晒されたモルガンは、もはや吐き気を通り越して、完全に白目を剥いて気絶してしまっていたのであった。

 

 気絶したモルガンが、慌てた民衆たちの手によって広場の噴水へとズルズル引きずられていくのを見守りながら。

 二人の鋼鉄の騎士――かつての反乱軍『ネオンワンス』を支えた戦友たちは、お互いの見慣れぬ姿を見つめ合った。

 

「ベンザイア。お前も、私と同様にその姿へ変異して此処にいるということは……お前も、あの月での最終決戦で戦死したのか。……すまない」

 

 細かい理屈を抜きにして考えれば、これは明らかにあの終末神アザブネの仕業だとわかる。

 おそらく、あの時転生の意思を尋ねられ、選択する権利を持っていたのはヤマト自身だけだ。

 ヤマトの胸に埋め込まれていた『勇者のカテドラル』は、指導者とそれに従う部下たちの魂を強固な契約で結びつける性質を持っていた。

 故に、ヤマトが選択した転生という運命の渦に、魂を縛られた部下たちもまた、有無を言わさず巻き込まれてしまったのだ。

 自らの軽率な契約がもたらした理不尽な処遇を察し、ヤマトは重く首を垂れた。

 

「おいおい、勘弁してくださいよ司令官(コマンダー)サマ」

 

 しかし、ベンザイアはそんなヤマトの謝罪を笑い飛ばすように、軽い身振りで肩をすくめてみせた。

 

「俺様みたいな、ただの遊び人の雑兵が、あの最終決戦の最前線までついていけたこと自体、全部アンタのおかげだぜ? それに……」

 

 ベンザイアのカメラアイが、優しくヤマトを見つめる。

 

「アンタは一人だと、そうやって何でもかんでも自分ひとりで重く考え込んじまう。

 もし俺様が居なくて、独りきりでこんなわけのわかんねぇ世界に放り込まれてたら、またすぐに責任感じて自爆特攻でもしちまうだろうさ」

 

「……」

 

「何者の仕業かはわかんねぇけどよ。俺様みたいな最高にイカした奴を、こんなすぐ会えるくらい近くに飛ばしてくれた『誰かサン』には、むしろ感謝しとこうじゃねえの」

 

 司令官の悪癖を完全に把握し、見抜いた上でのベンザイアの気遣い。

 つい先ほど、自身の前世を知るレイニアから「なりません」と強烈な怒りをぶつけられたばかりのヤマトにとって、その明るい言葉は痛いほど胸に響いた。

 ヤマトは悲しげに俯きながらも、その言葉に確かな救いを感じていた。

 

 しかし、運命というものはどういう形態であれ、しんみりしている時間をそう長く与えてはくれないらしい。

 

『ギ、ギャァァァッ!』

 

 上空での圧倒的な龍同士の争いに恐れ戦いていた狂気の魔物たちが、再び我に返った。

 彼らは全方位から広場の人間達を狙い、そして最大の障害であるヤマトとベンザイアへと、その赤い眼光と銃口を一斉に向け始めたのだ。

 

「……本当に、感謝してもしきれないな。」

 

 ポツリと呟いたヤマトの電子ボイスから、迷いが消え失せていた。

 

「さぁ! 今は戦いだ!」

 

 ヤマトの気合いと共に、ガシュン!と両腕の手甲からヒートソードとヒートアックスが勢いよく展開する。

 迫り来る敵群に対し、重厚なファイティングポーズを取る。

 

「それでこそアンタだ! ほら、今のアンタ、そのナイスバディに似合わず武装が貧弱すぎるだろ!」

 

 ヤマトのブレない闘志に敬意を表しながら、ベンザイアも同じように外を向いた。

 彼女は片手の掌に、青白い電流のようなデータスパークを灯すと、それを手首のスナップだけでヤマトの足元へと放り投げた。

 

 バチンッ!

 

 そのスパークがヤマトの足元で弾けた瞬間、インストールされたプログラムを展開するように、ヤマトの脚部を構成する金属細胞たちがガキャガチャガコン!と一斉に組み代わった。

 それはネオンワンス特有の、一時的な『武装共有(リンク・ウェポン)』。

 かつてヤマトが部下のシェイプシフターたちの特性に合わせて勇者のカテドラルの能力で創造・武装化した、彼らだけの『特化機能武装』。

 司令官たるヤマトは状況に応じて部下からその場で、その武装のコピーを——仲間の力を借り受けることができるのだ。

 ヤマトの足首から下が、ベンザイアが装備しているのと同じ、赤い銃口を備えた分厚い『ブーツ型脚甲』へと強制変形を果たしたのだ。

 

「『ショックブーツ』か! ありがたいっ!」

 

 ヤマトは嬉々としてそう叫んだ。

 

「かつての私の重装甲なボディでは、総重量が重すぎてこの軽快な装備はうまく使いこなせなかったが……今の私なら!」

 

 ヤマトは身軽に跳躍した。

 目の前に立ち塞がる10メートル級のオーガの肩を、振りかぶったヒートアックスと落下する自重を活かして一気に引き裂く。

 そして空中で身を翻し、両足のショックブーツにエネルギーをチャージすると――

 

 ド、ド、ド、ド、ドンッ!!

 

 五発の激しい発射音を戦場に轟かせながら、縦一閃。

 オーガの正中線めがけて、サマーソルトキックの要領でエネルギー弾を連続で浴びせたのだ。

 内部から中枢回路を破壊されたオーガが崩れ落ちる中、ヤマトは空中で見事な一回転を決め、ふわりと軽やかに石畳へと着地した。

 

「うむ。実に相性が良いなっ」

 

 周囲のゴブリンたちがその圧倒的かつ洗練された戦闘機動に怯え、後ずさる中。

 ヤマトは、まるでダイエットに成功して新しいハイヒールを履いたばかりのOLのような、ひどく満足げでご機嫌な声色で呟いた。

 

 その信じられないほどスタイリッシュな身のこなしをボーッと眺めていたベンザイアは、思わず本音をこぼした。

 

「なんというか……ぁー、女になった司令官、すっげぇエロいな!」

 

「…………」

 

 ピタッ、とヤマトの動きが止まった。

 フェイスマスクの奥で、青いカメラアイが細められる。

 (機械生命体にとっては)慈愛に満ちた女神のような微笑みを浮かべたヤマトは、一切の躊躇なく振り向きざまに――

 

 ガガァァァンッ!!

 

「べふぉっ!?」

 

 一秒後、装甲の凹むような強烈な鉄拳を、ベンザイアの頬に思い切り叩き込むのだった。

 

 

 ――そんな、かつてのネオンワンスを彷彿とさせる軽妙なやり取りの直後だった。

 

 バヂィッ!

 

 不吉な深紅のスパークが、街に満ちる戦場の空気を一変させた。

 広場に倒れるゴブリンから、オーガから、そして今まさに空で鉄の機龍(レイニア)によって蹂躙され、叩き潰されようとしていたワイバーンから。

 魔王の『瘴気』に侵された赤い目を持つ全ての魔物たちの体内から、その禍々しい電光が一斉に放たれたのだ。

 

 無数の深紅のスパークは宙を舞い、空間そのものをガラスのように軋ませ、捻じれさせながら、上空に巨大で複雑な血の色の魔法陣を展開していく。

 

『――サンラ・ギリ・サーサ・ドルレゴニス(魔王たる意を以て太陽王権疑似起動、基幹システム第三層へ告げる)』

 

 虚空から、声が響いた。

 それは男のようでもあり、女のようでもあり、機械の合成音声のようでもあり、あるいは泥が這いずるような名状しがたい何かの声のようでもあった。

 それら複数の声がぐちゃぐちゃに混ざり合い、脳の奥底を直接ヤスリで削るような、究極的に異質な声だった。

 

 上空でワイバーンの首の装甲を引き裂き、トドメを刺そうとしていた鉄の龍――レイニアは、振り上げた拳を止め、その音源である血の色の魔法陣を忌々しげに見つめた。

 

「……っ、魔王っ!!」

 

 巨大なドラゴンの顎から、憎悪に満ちたレイニアの叫びが漏れる。

 

『――ギリ・ガイヤ・ガルグイヤ・ロー・ロー・ロー・オムニス!(星外危機対応プログラムを強制開放、金属細胞結合を融解、自我データ強制消去実行・すべてを『抗体』へ収束せよ、収束せよ、収束せよ!)』

 

 空を覆うほどの悍ましい詠唱が、絶対のシステムコマンドとして世界に響き渡った。

 直後。

 赤い眼光を宿していた魔物たちが、一斉に喉元を抑えて苦しみ、石畳の上でのたうち回り始めたのだ。

 

「な……何が起こっている!?」

 

 ヤマトがヒートアックスを構え直しながら叫ぶと、背後に護っていた民衆たちの中から、恐怖に引き攣ったどよめきが奔った。

 

「ひぃっ! あ、赤目の魔物どもが……溶けてる……っ!」

 

 目が良い民衆の一人が、そのグロテスクな地獄絵図に吐き気を抑えながら悲鳴を上げた。

 

『ぎぃ、い、ぃぃ……ぐぶ、ボコッ』

『ぎゃあぁぁ……ご、ぇえ゛ッ……』

『がらららら、がら、ががgg……ピーーーッ』

 

 魔王軍の魔物たちの身体が、文字通り『融解』し始めた。

 金属装甲がドロドロのゼリーのように崩れ、内部のギアやシリンダーが溶解熱で焼け焦げ、冷却液と黒いオイルが不気味に混ざり合う。

 断末魔の電子音と悲鳴を上げながら、彼らの存在を形作っていた金属細胞の結合が、強制的に剥がされていく。

 

 溶けた数千の魔物たちの体積は、重力を完全に無視して浮き上がり、空中に浮かぶ血の色の魔法陣へと吸い寄せられていく。

 銀色、黒、赤銅色がマーブル状に混ざり合った巨大なスライムのような飛沫となって、中空で新たな形状を強引に作り出し始めたのだ。

 

「うぇぇ……いくらなんでも、こりゃあこの世界の金属生命の基本仕様……ってわけじゃなさそうだね」

 

 ベンザイアが、その悍ましさにドン引きしたように装甲を震わせた。

 

「むしろあれは、自らの手駒の自我を強制消去し、味方すら殺戮してまで……何かを成そうとしているのか……っ!?」

 

 ギリリ、と。ヤマトはその拳を強く、装甲が軋むほどに握りしめ、青いカメラアイに激しい怒りの炎を燃え上がらせた。

 知性。意志。それらを何よりも重んじ、個としての誇りを尊ぶヤマトたちシェイプシフターにとって、自我を強制的に消去し、他者の肉体を無理やり溶かして結合させるという行為は、宇宙で最も許されざる『究極の冒涜』に他ならなかった。

 

 それはまさに、先ほどレイニアが『自然界の魔力と万物から、その全てのパーツを一時的に借り受けて』顕現させた奇跡の龍化魔術とは対極に位置する、死と蹂躙の上に成り立つ悍ましき邪法の業だった。

 

『――オムニス・シュアトラ・サーザ! エッセ・バハムータ!(守護者よ我が傀儡として起動せよ、召喚コード・バハムート)!』

 

 魔王の狂った詠唱が完了する。

 上空で渦巻き、混ざり合い、出鱈目に混ぜ合わせた絵の具のようにどす黒い泥のような色へと変じた超質量の金属塊が、ついにその完全な姿を現した。

 

 それは、巨大な『龍』だった。

 空で威嚇するように羽ばたくレイニアの鉄の機龍とよく似たシルエット。

 だが、その巨躯はレイニアのさらに倍――天を完全に覆い隠すほどの、絶望的なサイズを誇っていた。

 何千という魔物たちの残骸と無念の怨嗟を溶かし固めて作られた、冒涜の極致。

 

『――ゴォォォォォォォォォォォォォォッ!!』

 

 形を成した狂った巨龍――バハムートは、四つの赤く光る凶悪な瞳を輝かせ、城壁街の建物群を一瞬で風化させるほどの、大地を激しく揺らす咆哮を放った。

 

 咆哮という名の、物理的な破壊力を伴った衝撃波。

 大地が波打ち、周囲の建物のガラスや石造りの屋根が一瞬にして粉砕され吹き飛ばされる中、ヤマトとベンザイアは足元を激しく揺るがされた。

 だが、息をつく暇など与えられない。衝撃波の余韻が消えぬ間髪を置かず、バハムートの巨大な全身の鱗の隙間から――ガシャン! ガチャ、ガキッ、ギリリ、ぎゃこっ!と、不気味な金属音と歯車の軋む音が鳴り響いた。

 

 無数の鱗が裏返り、内部からせり出してきたのは、異世界から来たシェイプシフターたちからですら一目見て『砲門』とわかる構造の、異様な『魔杖』の群れだった。

 照準(ロックオン)のインターフェイスのように、幾何学的な深紅の魔法陣が空中に展開される。

 その凶悪な照準は、地上に立つヤマトを、ベンザイアを、空を飛ぶ鉄の龍(レイニア)を。

 そして――広場の中心で固まり、恐怖に震える非戦闘員の民衆たちすべてを無慈悲に包み込んだ。

 

「――ベンザイアぁ!!」

 

「がってん承知!」

 

 ヤマトの悲痛な叫びに呼応し、ベンザイアは瞬時に動いた。

 バリッ!と、腰部から伸びていた深紅のエナジーコートの裾を、自らの装甲から勢いよく引き剥がす。

 そして、エナジーシートとしての出力リミッターを限界突破させ、それを広場の空へと大きく放り投げた。

 深紅のシートは空中で放物線を描きながら急激に拡張し、民衆をすっぽりと護る巨大なドーム状の防護力場を展開する。

 

 さらに、空でそれを旋回しながら見下ろしていたレイニアが、自身の両腕に強力な結界魔術の魔法陣を灯し、ベンザイアの力場の上からさらに何重もの魔力障壁を重ね掛けした。

 

「『ヒュゥ・フィフザ・オムニ(風王五十結界)』!」

 

 レイニアの詠唱とシールドの多重起動が完了した、まさにその瞬間。

 バハムートが、巨大な顎を開き、溶かし合わされた無数の魂の怨嗟と共に無慈悲に告げた。

 

『『『『『――ドンガ・バウ(衝撃砲・撃て)』』』』』

 

 何千、何万という魔物たちの断末魔が、たった一つの絶対的な意思に統率され、一つの言葉として詠唱される。

 それは地獄の底から響く呪詛のようだった。

 バハムートの全身に展開された無数の魔杖から、暴力的な衝撃と高熱を伴う魔力弾が、あらゆる軌道を描きながら全方位へと一斉に発射された。

 

 ズドドドドドドドォォォォンッ!!

 

 爆音と閃光が街を包み込む。

 幸い、民衆へと降り注ごうとした弾丸の多くは、ベンザイアのエナジーシートとレイニアの風王五十結界の強固な守りによって、激しい火花を散らしながら弾き飛ばされた。

 だが、その弾幕の隙間――結界と地面のわずかな隙間を器用に縫うように迫るえげつない軌道の弾丸を、ベンザイアは自ら走ってその身を盾にし、ショックブーツの蹴りで「オラァッ!」と蹴り散らして防ぎ切る。

 

「おおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 一方、ヤマトは足を止めることなく、死地へと前進していた。

 両腕のヒートソードとアックスを風車のように回転させ、自身を狙う高熱の砲撃を次々と弾き落とし、いなしていく。

 ショックブーツの推進力を利用して爆発的に加速し、巨大なバハムートの足元へと肉薄する。

 しかし、そのサイズ差はあまりにも絶望的だ。

 50メートルを超えるであろう巨竜の足元に迫るヤマトの姿は、まるで巨大な風車にたった一人で挑むドン・キホーテの如き無謀さだった。

 

「せりゃぁぁっ!」

 

 バハムートの巨大な足の腱を狙い、ヤマトはヒートアックスを大きく振りかぶって飛びかかった。

 しかし、その一撃が届くよりも早く。

 

 ――ズドバァァァァァァッ!!

 

 ヤマトを迎え撃ったのは、耳をんざく轟音と衝撃、そして視界を奪うほどの圧倒的な爆煙だった。

 

「ぬおおおっ!?」

 

 強烈な爆風に煽られ、ヤマトの機体が後方へと錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。

 煙が晴れた先でヤマトのカメラアイが捉えたのは、バハムートの足元――鱗の隙間から展開された、規格外の巨大な青白いプラズマバーニアだった。

 バハムートは、その信じがたいほどの圧倒的な超重量を、ロケットのように強引な推力で空へと浮き上がらせていたのだ。

 

「おのれぇ……! あんな巨体で、空を飛ぶというのか!」

 

 ヤマトが着地し、石畳に深い爪痕を残して踏みとどまりながら悔しげに叫ぶ。

 だが、絶望的な危機は、地上よりもむしろ空に及んでいた。

 

『ダムイッツ! 振り切れねえですわ!』

 

 遥か上空。レイニアの鉄の機龍は、バハムートから放たれた無数の誘導魔力弾の群れに執拗に追尾されていた。

 

(右下から三、左上方から五……いや、変則軌道が背後に二!)

 

 レイニアの魂に刻まれた、アメリカ空軍のエースパイロット『レオン』としての卓越した空戦経験。

 彼女は空中でバレルロールやインメルマン・ターンを完璧なタイミングでこなし、数十秒間という驚異的な時間、放たれた弾丸そのものと激しいドッグファイトを繰り広げてみせた。

 

 しかし、いかにパイロットの技量が神がかっていても、機体の性能差と、何より弾幕の『物量』の差が覆るわけではない。

 

 空で大口を開け、魔術の力によって弾幕を一網打尽に迎え撃とうとしたその時。

 

「『ゴウ・フラエガ……(火属性・対空……)』――うあっ!?」

 

 ガァンッ!!

 

 完全に視界外、バハムート自身が上空へと浮き上がりながら放った極太の魔術砲の直撃が、レイニアの背中の中心――装甲の薄いフレームのつなぎ目を正確に撃ち抜いた。

 激しい衝撃に詠唱の魔力制御を断ち切られ、レイニアの機体のバランスが大きく崩れる。

 

 回避行動が止まった鉄の龍に、追尾していた残るすべての魔力弾が、容赦なく群がった。

 

「くああああああっ!!」

 

 ズドガガガガガガガッ!!

 空中で連続する爆発。レイニアの悲鳴が、爆音にかき消される。

 強靭だったはずの黒い装甲が次々と剥げ落ち、千切れた翼の破片が火の粉と共に宙を舞う。

 オレンジ色の火炎と黒煙の中から、コントロールを失い、完全にシステムダウンした鉄の機龍が、街の廃墟へ向かって錐揉み回転しながら墜落していく。

 

「レイニアあぁぁっ!!」

 

 その無惨な姿を地上から見上げたヤマトは、絶望と恐怖の入り混じった、悲鳴のような声を枯らして叫ぶのだった。

 

 

 ――意識が、遠のく。

 墜落の凄まじいGと機体の損傷アラートの中で、レイニアの意識は暗闇へと沈みかけていた。

 

(また、わたくしは……俺は、同じ失敗を繰り返すの……? あいつを護ることもできずに……)

 

「レイニアあぁぁっ!!」

 

 だが、センサー越しに響き渡ったヤマトの悲痛な叫び声。

 その声が鼓膜を、そして魂を震わせた瞬間。一瞬手放しかけていたレイニアの意識が、強烈なスパークと共に完全に覚醒した。

 

(バカ言え、二度と同じ轍は踏まねえ!)

 

 カッ!!

 

 黒煙の中でシステムダウンしていた機龍の深紅の瞳が、再びギンッ!と猛烈な光を放って輝いた。

 レイニアは墜落の慣性を強引にねじ伏せるように、空中で千切れかけた翼を大きく羽ばたかせる。頭から落ちていた数千トンの巨体を、強靭な空力制御と魔力で強引に持ち上げ、足先から最大出力のプラズマバーニアを噴射した。

 

 ズオォォォォンッ!

 

 見事な体勢の立て直し。

 大地に激突する寸前でブレーキをかけ、ヤマトのすぐ隣へと、地響きを立てて力強く着地してみせたのだ。

 

「――す、すまん! 少しばかり居眠りしてしまいましたわ!」

 

 砂煙を払いながら、何事もなかったかのように構える鉄の機龍。

 そんな絶体絶命の状態から復帰したレイニアの姿を、ヤマトはきょとんと見つめた。

 いま、レイニアは圧倒的な『雄』の機龍の姿であり、その声は完全に重金属をこすり合わせるようなドスの利いた雄龍のそれである。

 しかし、口から飛び出したのは、未だに隠し切れないというより、レオンと混ざってバグを起こしているお嬢様口調だった。

 

 そのあまりにアンバランスな姿と、必死に強がる言葉の響きに。

 ヤマトは張り詰めていた緊張の糸がふっと緩んだように、不意に噴き出してしまった。

 

「……ぷっ、あははははっ!」

 

「な、なんですの!? 人がせっかく格好良く復帰したというのに!」

 

 ヤマトは笑いながら、目の前の機龍に、かつての地球の荒野で共に背中を預け合ったあの男――レオンの姿を無意識のうちに重ねていた。

 

「いや、なに。私の相棒となるものは、昔からどいつもこいつも、強がりだけは宇宙で超一流だと思ってな」

 

「……は、誉め言葉と受け取っておきますわ」

 

 龍の顔が、少しだけ赤く照れたように熱を帯びる。

 

「仲良くやってんねえお二人さん! イチャついてる暇はないぜ、第二波来るぞ!」

 

 二人に合流したベンザイアが、茶化すような、それでいて焦燥の混じった声で叫んだ。

 彼女の言う通り、上空のバハムートの全身の魔杖が、再び致死の輝きをチャージし始めていた。結界は先ほどの一撃でボロボロだ。今度こそ民衆に被害が出る。

 

「『ミオ・オムニ・エッセグランデ(水属性防御陣、ギミック起動)』!!」

 

 その時、広場の奥から澄んだ詠唱の声が響いた。

 見れば、気絶から復帰したメイドのモルガンが、噴水の中央に立つ石像に隠されていた魔力素子に両手を突き、ありったけの魔力を流し込んでいたのだ。

 

 ビキビキビキビキッ!

 

 民衆が避難している噴水広場を中心に、分厚く、そして絶対零度の冷気を放つ巨大な氷壁の結界が、ドーム状に幾重にも重なって展開されていく。

 

「お待たせしました、姫様! これは大地の魔脈の力を吸い上げて稼働する広域結界です。暫くの間なら、お二人の結界の隙間も完全に防ぎ切れます!」

 

 モルガンは、顔を青白くしながらも必死の形相で叫んだ。

 

「ですから、我々の心配はなさらず……どうか、全力でやってください!」

 

 復帰した頼もしい側近の言葉に、ヤマト、レイニア、そしてベンザイアの三人は、深く頷き合った。

 これで、一切の憂いなく、上空のバケモノに全力をぶつけることができる。

 

「ヤマト、ベンザイア、レイニア――」

 

 ヤマトは、かつてのネオンワンスの司令官としての威厳と、新たな世界で出会った姫騎士への信頼を込めて、力強く号令を響かせた。

 

「ネオンワンス、異世界にて、出動だ!!」

 

「おうさ!」

 

「承知いたしましたわ!」

 

 意識を完全に戦闘へと向けたヤマトのその言葉。

 かつての親友たちと、再び肩を並べて共に戦える喜び。機龍の内部で、レイニア(レオン)は思わず顔をほころばせ、魂の底から熱い笑みを浮かべた。

 

 ――その、瞬間だった。

 

 バヂッ!!

 

 まばゆいほどの純白のスパークが、地上に立つヤマトと、その隣に並び立つレイニアの巨大な機龍の身体を、物理的な距離を無視して一直線に結んだのだ。

 

「ぐっ!? な、なに!?』」

 

「これは……この心臓の高鳴りは、まさか!?」

 

 ドクン!!

 

 痛いほどの、そして、頭の奥が痺れるような甘い快感を伴った心臓の激しい高鳴りが、全く同時に二人の胸を打った。

 ヤマトの雌としての本能が、雄の機龍(レイニア)の魔力に当てられて暴走しかけているのか?

 それとも、前世の絆が魂の底で共鳴を起こしているのか?

 

 激しい動悸にレイニアが機龍の中で息を呑んだ時。

 彼女の目の網膜に、今まで見たこともない、黄金色に輝く新たな魔術コンソールが唐突に表示された。

 

 そこに無骨なルーン文字の羅列で刻まれていたのは、ただ一言。

 

 『――勇者合体』

 

 二つの魂の共鳴が、世界を救うための新たなる奇跡の扉を、今まさに開こうとしていた。

 互いの網膜とセンサーに映し出されたルーン文字。

 それは単なるシステムコマンドではない、二つの魂の共鳴が閾値を超えた時にのみ発動する、奇跡への招待状だった。

 

『ヤマト……』

 

 ふいに、ヤマトの脳量子回路に直接、レイニアの透き通るような声が響いた。

 龍の重低音ではない。

 少女の姿をしたレイニアの、だが、どこか酸いも甘いも噛み分けた老兵のようなどっしりとした響きを併せ持つ、不思議な声。

 

『理由は「わかりませんが」……私は、貴方の過去を知っています。そして、貴方の高潔な心も、相棒を救いたかった不器用な優しさも。そして……一人で必死に背伸びをして世界を背負おうとしていた、その本当の心も、すべて』

 

「……! レイニア、君は……どこまで?」

 

 自身の隠し続けてきた核心(若さ)を突かれ、ヤマトは激しく動揺した。

 レイニアは、自分が『レオン』であるという最大の秘密を隠し通すため、あえて理由をぼかした。それでも、どうしても言いたくてたまらない、前世からの切実な想いだけを、言葉に乗せて叩きつける。

 

『私は、貴方を……あなた自身の自己犠牲という運命から、護りたい!』

 

 機龍の咆哮と共に、精神の波がヤマトの魂を強く揺さぶる。

 

『だから、この身、この力、この存在のすべてを……今、貴方の力に委ねます! 良いですか、勇者ヤマトよ!生きてこの場を乗り越えましょう、一緒に!!』

 

 それはレイニアの、いや、前世でヤマトを一人で逝かせてしまったレオンの、時空を超えた固い決意を乗せた言葉だった。

 その感情の重さのすべてを、背景を知らないヤマトが完全に理解することはできない。

 しかし、ヤマトの脳裏には、高次元で相対した神――アザブネの言葉が鮮明に蘇っていた。

 

 『運命とは、整合性に過ぎん。だから僕はこの言葉が好きであり、嫌いでもある』

 

 (運命、か……)

 

 ヤマトは静かにカメラアイを閉じ、そして、力強く見開いた。

 

「良いだろう、その整合性。この身で、私の魂で全て受け止めてみせよう! 誰もが笑って過ごせる未来のために、今度こそ……完全なる勝利のために!」

 

 ヤマトの絶対の承認。

 その言葉を待っていたとばかりに。

 機龍のコックピット――魔力で構成された疑似生体空間の中で、レイニアは光に包まれた裸のその身を大きくのけ反らせ、息をせいいっぱい吸い込んだ。

 そして、力の限り振りかぶったその手で、虚空に浮かぶ黄金の魔術コンソールを力強く叩き、己の魂を燃やして詠唱を叫ぶ。

 

「『勇者合体(エラ・ユニオン)』!!」

 

 その瞬間、地上に立つヤマトとレイニアの巨体を、真っ白な魔力で編まれた無数の魔法陣が立体的かつ球状に包み込んだ。

 目も眩むような光の奔流が一瞬にして収束し、広場に巨大な『白い光の繭』を形成する。繭の内部では、金属細胞と魔力が互いを求め合うように激しく融合し、再構築の産声を上げていた。

 

「し、司令官!?」

 

「姫様!」

 

 繭の異常な魔力反応に、ベンザイアとモルガンが心配して叫んだ。

 だが、待ってくれる敵ではない。繭が形成されたまさにその瞬間、上空のバハムートから、再び無慈悲なシステムコマンドが詠唱された。

 

『『『『『――ドンガ・バウ(衝撃砲・撃て)』』』』』

 

 邪悪な龍王の全身から、再び無数の暴力的な魔力弾が空に舞い、無防備な光の繭と広場へと降り注ごうとした。

 ベンザイアが結界を強化しようと身構えた、その時。

 

 ――ダダダダダダダダッ!!

 

 重く、しかし明らかに『人間の範疇』である足音が、力強く石畳を蹴って広場へと躍り出た。

 女だてらに筋骨隆々の見事な褐色の肉体。その身を包むのは、どう見ても戦闘には不向きなフリルのついたメイド服。

 ぼさぼさの赤い長髪を荒々しく振り乱しながら跳躍したその女は、両手で抱えた身の丈を超える巨大な『鉈(なた)』の背に組み込まれたバーニアから、ゴォォォォッ!と猛烈なジェット噴射を放った。

 

 その推力による凄まじい加速を利用し、女は空中にいたベンザイアの肩をガキィッ!と容赦なく踏み台にして着地(?)すると、戦場に似つかわしくない嬉々とした笑声を上げた。

 

「なんだぁ? つまりは、あのデカい光の繭を護りきりゃあいいんだよな!?」

 

 彼女が強く握りしめた巨大な鉈の刀身に、ジジ、ジジジッ!とプラズマの高圧電流が放電を伴いながら灯り、莫大なエネルギーを溜め込み始める。

 

「ぼさっとしてんじゃねえぜぇっ!!」

 

 ベンザイアの肩を蹴り飛ばして空高く跳躍した『筋肉メイド』は、己の膂力とジェットの推力を乗せて、全力でその鉈を大上段から振り回した。

 鉈の刀身を覆っていたプラズマが、遠心力によってまるでたわんだゴム紐のように数十メートル規模へと大きく拡張する。

 

 ジュゥゥゥゥンッ!!

 

 空気を焦がす凄まじい音と共に、プラズマの刃が虚空を大きく切り裂いた。

 一瞬の静寂。

 直後、バハムートが放った数百の魔力弾の約半数が、空中でプラズマの刃に触れて誘爆し、凄まじい花火のように一斉に爆散した。

 

 ローラ=カーリー。

 かつては人でありながら野生の龍にさえ単身で挑んだという、王国最強の凄腕の冒険者。

 彼女が振るうそのジェット鉈は、討伐した龍の体組織から自ら造り出した相棒(武器)である。

 今はレイニア率いる防衛騎士団の切り込み隊長であり――レイニアに武術を叩き込んだ、護衛メイドその人だった。

 

「ひゃっはぁ! 龍になっちゃったお姫様を護って、超ド級の化け物龍に挑む! 最っ高だねぇ! メイドに就職しなおしてよかったってもんよぉ!」

 

 空中で鉈を構え直し、狂喜の笑いを上げるローラ。

 

「メイドの仕事じゃねえだろそれは!!」

 

 蹴り飛ばされたベンザイアが、空中で体勢を立て直しながら全力のツッコミを入れる。  しかし、ベンザイアもただやられているわけではない。

 ローラの乱入によって生じた弾幕の薄い空間を利用し、空中でブレイクダンスのように軽快に舞いながら、ショックブーツの連続射撃で残る魔力弾を次々と正確に撃ち落としていく。

 

「やるじゃねえの、魔物の嬢ちゃん!」

 

「シェイプシフターのベンザイアだ! しっかり名前を覚えとけ、ゴリラメイド!」

 

 ローラの豪快な笑い声と、ベンザイアの小気味良い軽口。

 全く出自の異なる二人の異色のコンビネーションが、光の繭の中で行われている奇跡の合体を護るための、絶対の防衛線としてバハムートの前に立ち塞がった。

 

 

 

     * * *

 

 

 外の世界でローラとベンザイアが絶望的な防衛戦を繰り広げている一方。

 巨大な光の繭の中身もまた、二つの精神が壮絶な力の奔流に身を焼かれ、未曾有の危機に直面していた。

 

「ああ、ああああっ!!」

 

 悲鳴を上げてのけ反る龍の中に居たレイニアの精神体と、ヤマトの精神体が、目も眩むような光の海の中でもがき、荒波の中で泳ぐようにお互いの手を取ろうと足掻き続けていた。

 二人を苦しめているのは、痛みでも物理的な熱でもない。

 二つの異なる世界のエネルギー――自然界の魔力と、シェイプシフターの霊子(サイコ・パーティクル)が混ざり合ったことで発生した、強すぎる『生命力(リビドー)』の波動による、直接的な精神への干渉だ。

 

 それは知的生命であるならば、種族や構成物質を問わずに精神を根本から弛緩させ、自我を溶かすほどの『暴力的な快楽』だった。

 全神経を甘い痺れに焼かれながら、二人は互いを求め合い、精神世界の中で喘いでいた。

 

「くうぅ、うっ! こ、れは……我々の心臓(カグツチ・ドライブ)を動かす霊子とはまた違う、未知の魔力というものが混ざり込んだ故に発する、深刻なエラー……とでも、言うのかっ!?」

 

 ヤマトは精神をすり減らすような快感に身悶えしながらも、持ち前の生真面目さでなんとか事象を理屈で解釈しようと試みる。

 だが、その冷静な分析の直後。

 それまで激しい奔流に悶えていたレイニアが、キッと紅潮した瞳を見開き、光の荒波の中でグッと地に足を突いたのだ。

 

「……ぐぅっ!」

 

 歯を食いしばり、唇を噛み破らんばかりにして快感に耐える。

 一歩、また一歩。

 彼女は激しい抵抗を押し退け、ヤマトの精神体へと近づいていく。

 

 (魔術の適性を持たないヤマトの魂が、この莫大な魔力に耐え切れるわけがない。

ならば……私が直接、接続(インストール)するしかない!)

 

「――はぁっ、ヤマト! ごめん!!」

 

「なにを……んぶっ!?」

 

 謝罪の言葉と共に、レイニアはヤマトの首に腕を回し、その唇を強引に奪った。

 レイニアは本能で理解していた。ヤマトの内部にはまだ、この異世界の魔術に対応するためのドライブが備わっていない。

 ならば、物理的な接触と精神の完全同調によって『書き込めばいい』のだ。

 

 重なった唇から、龍の機体を構成する莫大な魔力をプローブ(探針)として直接流し込み、その精神と深く繋がっているヤマトの『勇者のカテドラル』へとダイレクトに情報を送信する。

 

 トクンッ……ドクン!!

 

 情報を受け取ったカテドラルが、ヤマトの胸の奥でかつてないほどの激しい輝きを増す。

 それに呼応し、ヤマトの全身の金属細胞に魔術素子が拡張され、爆発的な勢いで増産されていく。

 

「ぐあ、あ、ああぁぁぁぁっ! んんっ……!」

 

 細胞の書き換えと魔力の奔流による、自我が吹き飛ぶほどの圧倒的な快楽に、鋼の勇者が涙を浮かべて身悶える。

 そのヤマトの精神体を、同じ大きさになったレイニアが優しく、しかし逃がさないように強く抱きしめた。

 

「大丈夫、ヤマト。私が守るから……私が、お前を乗りこなすからっ!」

 

 それは、姫騎士としての慈愛と、エースパイロットであった前世の『レオン』としての頼もしさが完全に混ざり合った、男らしくも乙女チックな不思議な叫びだった。

 

 

     * * *

 

 

 そして、二人の精神が完全に同調した瞬間。物理空間の光の繭の中で、奇跡の再構築が始まった。

 

 ガガガガッ! ギャコンッ!

 ヤマトの女性的なフォルムの身体に、分解されたレイニアの鉄の機龍のパーツが、青白い魔力スパークと白黒の放電を伴いながら次々と組み合わさっていく。

 機龍の強靭な四肢がヤマトの手足の装甲を何重にも強化し、一回り、二回りと総重量を爆発的に増加させていく。

 そして、巨大な龍の胴体が分厚い胸部の鎧としてヤマトの胸に覆いかぶさり、完璧なフィット感でジョイントされた。

 最後に、せり上がったヤマトの顔面に展開した龍の頭部が、兜のように上から覆いかぶさり、フェイスマスクを二重三重に保護する。

 

 暗闇の中で、二つの意志が重なり合い、ギラリと『赤』と『青』のオッドアイの眼光が力強く灯った。

 

 強力な魔力と霊子の電磁場に抗うように、新たな身体の全駆動系をフル稼働させる。

 そして、内側から凄まじい鉄拳を振るい、覆っていた白い繭を粉々に叩き割ったのだ。

 

「「おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」

 

 広場に轟く、二人の声が重なり合った雄叫び。

 光の破片を散らして現れたのは、鉄の装甲を元の機龍の黒色から、かつてのネオンワンス司令官を象徴する『白・赤・青(トリコロール)』のヒロイックなカラーリングへと染め直した、巨大なる『鋼の勇者』の威容だった。

 

 背中には巨大な機龍の翼。胸には龍の意匠。手には熱と魔力を帯びた巨大な大剣。

 ヤマトの知性と霊子、レイニアの武技と魔力が完璧に融合した、まさに神の奇跡そのもの。

 

『魔力回路、霊子回路共にオンライン! よく耐えましたわ……相棒!』

 

 合体後の内部空間で、レイニアの精神体がヤマトの精神の頭を抱きしめながら、涙目で破顔する。

 それに呼応するように、鋼の勇者のオッドアイが頼もしく輝いた。

 

「君のおかげだ……感謝する、レイニア! さあ、戦いだ!」

 

 ズドォォォォォンッ!!

 背中と足裏のバーニアを最大出力で吹かせ、一つとなった二人の勇者が、大地を砕いて空へと舞い飛ぶ。

 防衛線を突破しようとしていた巨大な龍王・バハムートの懐へと、流星の如き速度で真っ直ぐに躍り出たのだった。

 

『『『『『――シエラ・ゴルト・バウ(追尾、対空、砲撃)』』』』』

 

 天を覆う怨念の巨龍・バハムートが戦略を切り替えた。

 溶け合った無数の怨嗟の声が空に響き渡ると同時、バハムートの全身から放たれる魔力弾の性質が変化する。単調な面制圧から、連続発射可能で執拗に標的を追い回す、自動追尾(ホーミング)の術式弾へと切り替わったのだ。

 無数の光弾が、赤い尾を引いて空を舞う鋼の勇者へと殺到する。

 

 しかし。

 

「甘いな! その程度の鈍い弾幕、今の私(たち)に当たるものか!」

 

 ヤマトは背中の巨大な龍の翼を羽ばたかせ、機体の各所に増設されたプラズマバーニアを繊細かつ大胆に吹かした。

 凄まじい質量を持つはずの機体が、空中で木の葉のように舞い、時には弾を弾き、時には弾幕の隙間をアクロバティックにすり抜けていく。

 それは単なる機械的な回避ではない。アメリカ空軍のエースパイロットであったレオンの空戦の勘(センス)と、ヤマトの精密な機体制御が完璧に同調した『生きた挙動』だった。

 

 ヤマトが驚異的な機動でホーミング弾を完全に無力化している、その隙に。

 ヤマトの内部――疑似生体空間で、レイニアの精神体が両手を天に掲げ、極大の魔力を練り上げて詠唱を叫ぶ。

 

「『ゴウ・レムナ・シャザム・サタム(高次元の火の精霊よ、その本体を降ろし、この身に宿り力と成せ)』!!」

 

 その詠唱に反応し、物理空間のヤマトの右腕が激しく変形を始めた。

 ガチャッ、ギャコォォンッ!

 装甲がスライドし、重厚な回転式の砲身が腕部から一気に伸びる。相棒の意図を完全に汲み取ったヤマトは、その砲口をバハムートの巨大な翼の付け根へと真っ直ぐに向けた。

 

「『テラ・フレア・バウ!!(怨念で編まれし偽りの影に、真なる龍王の吐息を贈れ!)』」

 

 レイニアの渾身の詠唱をキーとして。

 カッ!!と、ヤマトの右腕の砲口から、目が眩むほどに高密度に圧縮された『極小の光の弾』が放たれた。

 その光弾は、周囲に爆発的なプラズマの光線を無差別に撒き散らしながら、バハムートの翼の付け根へと吸い込まれるように真っ直ぐに飛んでいく。

 バハムートがそれを止めようと正面から放った連続魔力弾の雨を、光弾はまるで存在しないかのように一瞬で蒸発させ、突き破った。

 

 そして、バハムートの肩に到達した光の弾は――キンッ、と、まるで澄んだ鐘にガラスのビー玉が当たったかのような、ひどく美しく高い音を立てた。

 

 次の瞬間。

 その極小の点から、圧縮されていた極大の高熱エネルギーが一気に解き放たれた。

 

 キュ——ズガァァァァンッ!!

 

 太陽が地上で爆発したかのような閃光が街を包む。

 凄まじい爆発が、バハムートの右肩から翼にかけての装甲と肉体を、一瞬にして大きく抉る形で爆散させた。

 

『『『『『ががががが、あああああああああっ!!?』』』』』

 

 数万の怨念の入り混じった、耳を劈くような絶叫。

 右翼を完全に吹き飛ばされ、かろうじてだらりとぶら下がっているだけの頭部に備わった四つの凶悪な瞳が、ギラリと、鋼の勇者へ向けてどす黒い憎しみを込めて睨みつける。

 

『オォォォォォォッ!!』

 

 体勢を崩しながらも、バハムートは残る左腕を大きく振りかぶった。そして、ヤマトの身長ほどもある巨大な鉄の拳を、天から大地を叩き割るような勢いで振り下ろしてくる。

 

「レイニア!」

 

「応っ!!」

 

 互いの名前を呼び合い、ヤマトの右手に魔力が収束する。

 

「『エラ・シャイアラ(勇者の剣)』!!」

 

 ヤマトの手の中に、巨大で武骨な剣の柄(つか)が形成された。

 ヤマトがそれを力強く握り込んだ瞬間、柄から万色の魔力と高熱のプラズマを纏った、長大で極太の刀身が一気に形成される。

 

「ぬぅ、ぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 迫り来るバハムートの超絶質量の大拳。

 ヤマトは逃げなかった。プラズマバーニアを最大出力で噴射し、自らその拳に向かって正面から突進する。

 

 ガガガガガガッ!!

 勇者の剣をバハムートの拳のど真ん中へと深々と突き立て、ヤマトはその勢いを一切殺すことなく、拳を切り裂きながら、巨大な左腕の『上』を猛スピードで駆け上がっていった。

 凄まじい火花と装甲の破片を散らしながら、バハムートの腕を縦に真っ二つに両断していく鋼の勇者。

 

 腕を走り抜け、バハムートの巨大な頭部の付け根――首元へと到達したヤマトは、大きく空高く跳躍した。

 そして空中で身を翻し、万色の光を放つ大剣を逆手に持ち直す。

 

「「終わりだ、メタルの屑が!!」」

 

 ヤマトの電子音声と、レイニアの声。二つの魂が完全に重なり合った、絶対の死の宣告。

 

『『『「『ニクキ……ユウ、シャ、ああああああああっ!!』」』』』

 

 断末魔の呪詛を吐き出すバハムートの巨大な頭頂部めがけて。

 ヤマトは全体重と全魔力を乗せた勇者の剣を、隕石のように容赦なく突き立てた。

 

 ズゴォォォォォォンッ!!

 

 刀身が脳髄の奥深くへと突き刺さり、バハムートの頭部と胴体を繋いでいた極太のケーブルと人工筋肉群が、ブチブチブチュッ!と嫌な音を立てて次々と千切れていく。

 致命的な接続が完全に断たれた途端、バハムートの巨体を無理やり繋ぎ止めていた魔王の呪縛が解けた。

 

 偽りの龍王の肉体は、機能を停止した無数の機械の残骸となってパラパラと分解し始め、やがて巨大な鉄の雨となって、溶け落ちるようにして完全に瓦解したのだった。

 

 

 ズゴォォォォォォォォンッ!!

 

 天を覆っていた怨念の巨竜・バハムートの巨体が完全に崩れ去り、数え切れないほどの巨大な鉄の残骸となって大地に降り注いだ。

 魔王の恐るべき『瘴気』が霧散し、空を分厚く覆っていたドス黒い雲が嘘のように晴れていく。

 そして、陽の光が再び、燃え盛る城壁街の広場へと優しく差し込んだ。

 その神々しい陽光の中心に、巨大な大剣を地につけて構えたまま、静かに、そして堂々と立つ『鋼の勇者』――ヤマトとレイニアが奇跡の合体を果たした姿があった。

 

「終わった……の、か……?」

 

 ベンザイアが展開した深紅のエナジーシートと、モルガンが命懸けで維持した氷壁の結界の中で、恐怖に震えながら身を寄せ合っていた民衆たちが、恐る恐る顔を上げる。

 彼らの目に映ったのは、絶望の象徴であった狂気の魔物の群れが完全に消え去り、自分たちをその圧倒的な力で護り抜いてくれた、見慣れぬ鋼鉄の巨人たちの頼もしい背中だった。

 

「おおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

「助かった……! あの方々が、あのバケモノ龍を倒してくださったんだ!」

 

「ありがとう、鋼の戦乙女様! 赤い車の乙女も、ありがとう!」

 

「見ろよ、あの洗練された流線型の装甲……森の魔物たちとは全く違う! まるで神の使いだ!」

 

「見た目は鋼鉄でも、その魂は気高き騎士様だ! 我らの街を救ってくださり、本当にありがとうございます!」

 

「我らがレイニア姫様、万歳! 未知なる鋼の勇者様、万歳!!」

 

 生き残った民衆と、満身創痍の兵士たちの中から、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。

 誰も彼らが恐ろしい魔物だとは疑わない。未知の金属生命体であろうと、自らの命を懸けて自分たちを救ってくれた彼らは、間違いなくこの街の『英雄(ヒーロー)』だった。

 

 その温かく、熱を帯びた歓声の中。

 

 ガキュンッ!!

 

 着地した鋼の勇者の身体から、まるで役目を終えて自動的に脱げる鎧のように、大きく展開していた龍のパーツが一斉にパージされた。

 宙に浮いた黒い鋼鉄のパーツ群は、ガチャガチャと空中で鮮やかに組み合わさり、ヤマトの隣に再び巨大な鉄の龍(レイニア)の姿を再構築する。

 元のヒロイックな白と赤青のカラーリングに戻ったヤマトは、全エネルギーを使い果たしたように、巨大な肩を上下させて深く息をついた。

 

「司令官! お見事だったぜぇ!? ひゅぅーっ!」

 

 小走りで迎えに来たベンザイアが、口笛のような高い電子音を鳴らして称賛する。

 そのベンザイアの肩の上には、普通ならパージの衝撃や振動で体勢を崩して落下するはずのところを、足裏に吸盤でもあるかのように平然と仁王立ちで乗っている筋肉メイドのローラが、かっかっか!と豪快な笑い声を上げていた。

 

「いやぁ、最高に熱い戦いだったねぇ! 姫様もでっかく雄々しい姿になりやがって。まぁ、もうあのかわいらしい元の姫様の姿が見れねえのは、育ての親であり護衛としては残念でならねぇがなぁ」

 

「あぁあ、姫様ぁ……完全な龍になられてしまって……ぐすっ」

 

 足元で、広域結界の維持による魔力切れと恐怖でヘロヘロになりながらも、モルガンがこの世の終わりのような泣き声を上げる。

 その嘆きの声を聞いた鉄の龍(レイニア)は、巨大な鋼の指で申し訳なさそうに頬をポリポリと掻くと、突如として眩い光に包まれた。

 

『あぁ、その事なのですが……』

 

 次の瞬間。龍の超質量を持った巨体は、サラサラと光の塵のように空中で分解して四散し、ふわりと、元の小柄な少女の姿へと戻ったレイニアが石畳の上に舞い降りた。

 ただし、規格外の龍化魔術の反動により、その身に纏っていた甲冑や衣服はすべて魔力還元されて消失しており、彼女は一糸まとわぬ『全裸』のままである。

 そして、その瞳だけが、生来の澄んだ青色と、魔力変異によるルビーのような赤い瞳――ヤマトとは完全に左右が逆の『オッドアイ』になってしまっていることを除いては、見事な生還だった。

 

「精神や細胞への悪影響はそんなになくって、彼との相性が異常なほど良かったみたいですわ……って」

 

「レイニア姫様あああぁぁぁっ!!」

 

 ドドドドドドドドッ!!

 レイニアが言葉を紡ぎ終える前に、何処からともなく、先のローラのジェット突撃に負けず劣らずの凄まじい足音が迫ってきた。

 金髪の妙齢のメイド――作法メイドのイザベラだ。彼女はこんな戦場の中で一体何処から調達してきたのか、巨大で高級な純白の布を抱えて猛ダッシュで現れると、レイニアが「わぷっ」と文句を言う前にその全身に布をバサリと被せた。

 そして、一瞬の早業でレイニアの肩口で布の端を編み込み、見事に完璧な神官風のドレスの形に纏め上げてみせたのだ。

 

「よしっ! よがったぁぁ、ちゃんと元の姿に戻れてぇぇ!」

 

「イ、イザベラぁ、主の無事を喜ぶより先に、まずは服を被せるのが最優先なんですのぉ? というか、今まで一体何処にいたんですの貴女?」

 

 満足げに頷いた後、滝のような涙を流してレイニアを力いっぱい抱きしめるイザベラ。

 その過保護すぎる態度に呆れたように言いながら、レイニアはチラリと隣の巨大なヤマトを見上げた。

 

「あの戦闘狂の化け物二人(ローラとベンザイア)と一緒にしないでくださいまし!

 私はか弱い非戦闘員ですっ! 安全な城の地下壕で、完全に震えて固まった状態で、モルガンからの魔力通信だけを情報の頼りに心配しておりましたのよ!

 あの絶体絶命の場にあのゴリラ(ローラ)を誘導したのも、この布を抱えてここまで走ってきたのも、すべてこの私でございますわぁっ!」

 

「ま、まあ……助かりましたわ。本当に」

 

 (ヤマトに裸をジロジロ見られずに済んだことだけは、マジでファインプレーですわ……!)

 

 心底ホッと胸を撫で下ろし、顔を赤くして困ったように感謝するレイニア。

 だが、その安堵も束の間だった。

 

「……レイニア」

 

 ヤマトが、歓声を上げる民衆たちに律儀に一礼した後、恐る恐るといった様子で、意を決してこちらへ向き直り、話しかけてきたのだ。

 その低く真剣な電子音のトーンに、レイニアの肩がびくりと強張った。

 

「な、何でございましょうか? ゆ、ゆーしゃさま?」

 

 引き攣った笑顔を浮かべ、不自然な甘い裏声で、無理して先ほどまでの「可憐な姫」としての呼び方を取り繕うレイニア。

 しかし、ヤマトの青いカメラアイは、疑念と確信の入り混じった色で、レイニアの小さな身体を真っ直ぐに見据えていた。

 

「レイニア。君は一体、何者なのだ……?」

 

「えっ……と、それは……」

 

「先ほどの合体中の、あの雄々しい熟練の戦士のような口調といい、私の過去や心の内をすべて理解しているような発言といい……君は、まるで。……あの時、月で私が見送った、私の『相棒』のような……」

 

 ヤマトの鋭い推察が、レイニアの隠しておきたい絶対の核心へと迫る。

 ――その、瞬間だった。

 

『――総員・傾注(アテンション)!!』

 

 

     * * *

 

 

 ピキィィィンッ!!

 モルガン、ローラ、イザベラの三人のメイドたちの脳裏に、強烈に暗号化された魔力の圧縮通信が奔った。

 それは、この世界の軍を率いる騎士同士や高位貴族だけが用いる、精神を直接リンクさせる『超高速魔力通信術』である。

 シェイプシフターの量子脳には、自然界の魔術の波長を読み解く機関がまだ備わっていないことは、ヤマトで実証済みだ。そのヤマトの魔力増設回路でさえも絶対に読めないよう、極限まで暗号化と高速圧縮化を施した通信空間(チャットスペース)を、レイニアはヤマトの追及から逃れるために、その場に強制開通させたのだ。

 

 物理世界のすべての物体が完全に停止して見える、極限まで加速された高速通信ネットの精神空間の中で。

 ローラが腕を組んで、呆れたように言う。

 

『んだよ姫様。大勝利の余韻に浸ってるこんな時に、緊急通信だなんてよぉ』

 

『やはり、あの鋼の騎士様たちは敵対する魔物なのですか? 至近距離でこんな強固な暗号通信を立ち上げて隠し事をするなんて……』

 

『姫様? 相手は未知の存在であっても、我々と同じ女性のようですけれど、何をそんなに顔を真っ赤にして恥ずかしがっておいでで……?』

 

 三者三様の精神体が、各々の疑問をレイニアに向ける。

 しかし、通信空間の中心に立つレイニアの精神体は、先ほどまでの勇ましき姫騎士の面影は何処へやら。

 小さく縮こまった乙女……どころか、怒られた子供のように両手の人差し指をモジモジとくっつけながら、か細い声で、決死の覚悟を決めるように言った。

 

『い、今から……わたくしが龍化の際に完全に思い出した「前世の情報」と、これまでの事を……「すべて共有」致しますわ。莫大な圧縮情報の、解凍準備をなさい……っ』

 

 ヤマトに、恋する乙女のような純愛告白をしてしまったこと。

 自分が「レオン」という地球の老齢の軍人の生まれ変わりであること。

 そして、あの美しくも雄々しい鋼の勇者が、自分の愛した「男の親友」の成れの果てであること。

 

 ヤマト本人には死んでも絶対に言えないそのすべての情報を圧縮して、レイニアは羞恥に身を捩りながら、両手を三人のメイドたちへと伸ばした。

 

『んーーーーーっ!!』

 

 レイニアが顔を真っ赤にして唸り声を上げ、送信する。

 その莫大で、あまりにも情報過多な、性別も種族も捻じれ曲がった禁断の純愛英雄譚の記憶が、三人の脳内に直接ダウンロードされる。

 (加速した主観時間で)数秒間、呆然と回答した情報を読み込んでいたメイドたちは――。

 

『ぶっ……アハハハハハハッ!! なんだそりゃ! 傑作だねぇ姫様!

 中身がゴリゴリの老兵のおっさんが、親友(男)にメス顔で告白かよ!

 たまんねえなこのドッグファイトってやつはよ!』

 

 ローラは腹を抱え、前世の極限の戦闘経験データを大興奮でダウンロードしながら、腹の底から愉快そうに大爆笑し。

 

『そ、そんな……なんという宇宙の神秘……! 運命の因果律を超えた、魂の双子とも呼べる究極の奇跡! それに、この「地球」という世界の科学技術のデータ……恐るべき文明! これなら新しい魔術式がいくつも組めますわ!』

 

 モルガンは魔術師としての探究心と、未知の技術群への興奮に目をキラキラと輝かせ。

 

『ひっ、姫様の前世が……泥臭い異世界の、お、おじいちゃん……?

 しかも、そのおじいちゃんの中身を持つ姫様が、鋼鉄の魔物(メス)の殿方に対して、熱烈な愛の告白を……??』

 

 イザベラは、あまりの教養の範疇を超えたカオスな事態に白目を剥き、精神体であるにも関わらず口から盛大に泡を吹いて、その場にバタリと倒れ伏すのだった。

 

『だからっ! 滅茶苦茶気まずいんですの! 聖なるくそですの!

 あぁっ、焦るとおじいちゃんのスラングも勝手に出てくるんですの!

 とにかく、どうにかしてこの場を誤魔化すの手伝って! お願いっ!』

 

 わたわたと激しく身振り手振りで説明し、最終的には顔を真っ赤にして両手を合わせ、泣きそうになりながら懇願するレイニア。

 そんな主の情けない姿に、メイド三人は困り果てたように顔を見合わせたが、やがて力強く三人同時に頷き合った。

 

『『『了解しました。我ら姫騎士レイニア直属メイド衆、全力を挙げて貴方様の「恋路」を応援させていただきます!』』』

 

『ちがぁう!! そういうことじゃないですわ!』

 

 涙目でレイニアが激しく否定するも、その絶叫を無視して、メイド衆によって通信は容赦なく切断された。

 

 

     * * *

 

 

 時の流れが、現実の速度へと戻る。

 ヤマトが、疑念の瞳でレイニアからの返答を待っている。

 

「予知夢の理論です」

 

 沈黙を破ったのは、モルガンだった。彼女は一歩前に出ると、ヤマトに向けて堂々と、さも学術的な事実であるかのような完璧な嘘をついた。

 

「姫様が多次元宇宙観の『超視野(スーパービジョン)』を持っていることは、私の宮廷魔術の研究にてすでに実証されていた事実でございます、ヤマト様。姫様は無意識のうちに、高次元の情報を夢として受信し、あなたの過去を読み取っていたのです」

「姫様がなんだかんだやんちゃな口調になるのは、昔っからだからなぁ。

 武術の稽古の時に、アタシの粗野な傭兵口調が移っちまって、よくイザベラに怒られまくったっけな。なぁ?」

 

 ローラがモルガンの嘘に被せるように、自身のガサツな態度を理由にした絶妙なフォローを入れる。

 その説得力のある連携に、真面目すぎるヤマトは顎に巨大な鋼鉄の手を当てて、深く思考し始めた。

 

「そ、そうなのか。この世界の人間は、魔術というものでそんな高次元の事象まで……。そういうものなのか……」

 

 (ま、ままままずい! このままじゃマズいですわ、アタシからも何とかして、とどめのごまかしを入れないとッ! ど、どうやってっ!?)

 

 高速で組まれていくメイドたちの辻褄合わせに、レイニアは脳内でぐるぐると目を回してパニックに陥っていた。

 そんな彼女の華奢な背中を、復活したイザベラがトン、と力強く押した。

 

「ほら、レイニア姫様……乙女の正念場です、お覚悟を」

 

「あぅっ……ぁ……」

 

 背中を押され、ヤマトの巨大な足元へとよろけるレイニア。

 真っ赤に熟れた林檎のような顔で、ヤマトを見上げる。相反する色のオッドアイ同士が、静かに見つめ合った。

 逃げ場はない。前世の秘密を隠し通すためなら、いっそ。

 

 レイニアはギュッと血が滲むほど唇を噛み、恥ずかしさに俯きながら、ヤケクソ気味に叫んだ。

 

「そ、そのっ……好きですっ!!」

 

「……え?」

 

 ヤマトの電子音が、裏返った。

 

「す、好きだから! 貴方のことを夢で見て、愛してるからっ! 魂で通じ合ってるとしか、後は言えませんっ!!」

 

 

 (ダメダメダメダメ何言ってるんですの私――――!? 自分で自分の退路を完全に断ち切りましたわーーッ!)

 

 

 言い切った直後。心の中で断末魔のような絶叫を上げたレイニアは、「へへ、へ……」と焦点の定まらない瞳で力の抜けた笑い声を上げながら、その場にヘナヘナと脱力してへたり込んだ。

 

 (も、もう絶対に、自分がレオンだなんて前世の事は明かさないで生きていきますわっ!!)

 

 鉄の意志(という名の羞恥心)でそう決意するレイニア。

 一方で、足元で真っ赤になってへたり込んでいる小さいお姫様のつむじを見つめながら、ヤマトもまた、自身のカグツチ・ドライブの異様な高鳴りと、この想定外すぎる『愛の告白』に、完全に思考回路をフリーズさせ、激しく困惑しているのであった。

 

 

「……むぅ。」

 

 ――ギャパッ!!

 

 突如として、巨大なヤマトの顔の、ちょうど口にあたる部分の装甲が大きく開いた。

 

「えっ?」

 

 レイニアが間の抜けた声を漏らした直後。

 ジャラ、ジャラジャラジャラジャラッ!!と、その巨大な口の奥から、ビー玉ほどの大きさの銀色の鉄球が、滝のようにばらばらと塊で吐き出され、石畳の上へと落ちてきた。

 

「うひぇっ!?」

 

「ひぃぃっ! き、騎士様が口から卵を産みましたわ!?」

 

 大勝利の余韻で放心していたところに、予告もなしに目の前で奇妙なものを大量に吐き出し始めたヤマトに、流石のレイニアも、布を被せてホッとしていたメイドたちも、目を丸くして仰天する。

 

「なんだぁ司令官、此処でも『それ』使うのかよ。まぁ、確かに前の世界よりも人間との距離が近いし、有用かもねこりゃ……ぉうえっ」

 

 隣にいたベンザイアもまた、ヤマトの意図を察したのか。その場にドスッとしゃがみこんで巨大な機体を安定させると、口にあたる部位から同じく銀色の鉄球の塊をジャラララッ!と吐き出した。

 

「な、なんなんですのこれ……?」

 

 レイニアが恐る恐る後退りする中、吐き出された数万の鉄球の群れが、まるで意思を持っているかのように一斉に動き始めた。

 

 キュイ、キュキュキュキュキャ!!

 内部の極小電子モーターを高速駆動させるような高い音と共に、鉄球たちはそれぞれが強力な磁石のように引き合い、くっつき合う。

 さらに、その一粒一粒の鉄球が、内部からさらに細かく、極小のナノパーツへと分解していく。

 キュリリリリ、チキキキキキキ、チャキッ!

 それはまさに、先ほどヤマトたちが見せた巨大なシェイプシフトと同じ要領の、緻密で計算され尽くした変形プロセスの極小版だった。

 

 やがて、きめ細やかなその変形と再結合の繰り返しが極まり、数万のナノパーツ群がうねるようにして『人間の輪郭』を成して合体していく。

 ベースとなる人型が組み上がると、今度はその極小のパーツ一つ一つが自主的に発光し、仮想の人体に映像のテクスチャーを貼るようにして、滑らかな人肌と、衣服、そして装甲などの外皮を瞬く間に形成していった。

 

 ――『MMS(メンタルモデルシステム)』。

 それは、シェイプシフターたちが巨大な機体のままでは困難な、人類の施設への出入りや、対等な目線で寄り添って会議などを行う際などに用いる、人間社会適応型の高機能仮想体である。

 

 淡い光が収まった後。

 レイニアの目の前には、白く透き通るような長髪をなびかせ、白と赤青のトリコロールカラーの美しい軽量鎧をまとった、オッドアイの『女騎士』が凛として立っていた。

 その背丈は、布を被せられたばかりのレイニアよりも頭一つ分ほど高く、モデルのように洗練されたプロポーションを持っている。

 

「うへぇ……」

 

 一方、ベンザイアの足の間から「よっこいせ」と立ち上がってきたのは、スポーティなジャケットを羽織った、赤いポニーテールの勝気そうな『少女』だった。

 ベンザイアは、自らの華奢な手と、膨らみのある胸元を改めて見下ろし、深々とため息を落とした。

 

「やっぱりなぁ。本体が変異してるから、MMSの出力結果も自動的に女の子になっちまうのかよ。俺たちをメスに改造したやつ、趣味悪すぎだろマジで……」

 

「……」

 

 文句を垂れるベンザイアをよそに。

 白い女騎士となったヤマトのMMSは、静かにレイニアの目の前へと歩み寄り、音もなく片膝を突いて傅(かしず)いた。

 そして、優雅な仕草でレイニアの小さな手を取る。

 

「ふぁ……ぅ?」

 

 レイニアは、知っていた。

 前世の記憶の中で、ヤマトのかつてのMMS姿が、まるでアーサー王伝説のおとぎ話に出てくるような、四角い顎をした無骨で立派な鎧騎士の姿(男の偉丈夫)だったことを。

 しかし今、目の前でひざまずいているのは、息を呑むほどに美しい、凛々しい女騎士である。

 

 その女騎士(ヤマト)が、嘘偽りのない、ひたすらに真っ直ぐで誠実な青い瞳でレイニアを見据え。

 恭しく、レイニアの手の甲にチュッ、と誓いのキスを落としたのだ。

 

 ボンッ!!と。

 レイニアの顔面が、沸騰したように極限まで真っ赤に染め上がった。

 

「この身体は仮想(アバター)でしかないが……今は、貴方の想いを受け取った証ととって欲しい」

 

 ヤマトは、芝居がかった、しかし本人は大真面目な声で甘く囁く。

 

「勇ましく、そして力強き愛を持つ姫君よ。私は先ほどの戦いと、君の献身的な魂の導きによって……知性の誇りや勇気だけでなく、『愛の偉大さ』を、身を以て知ったのだ!」

 

「にゃっ……!? な、な……っ」

 

 (正気かお前!?)

 レイニアは、危うく前世の口調で怒鳴りつけそうになるのを、必死に奥歯を噛み締めて抑え込んだ。

 

 (そうだった、こいつは昔から、良くも悪くも一直線なこういう奴だったんですわ!

 言葉の裏とか駆け引きとか一切なくて、信じたら最後どこまでも真っ直ぐだから、敵の単純な罠にも騙されまくるんだ阿呆!

 い、いや、それにしても、いくら何でも素直に受け取り過ぎじゃねえですの!?)

 

 前世からの気心知れた親友に、美少女の顔で手の甲にキスをされ、「愛の偉大さを知った」などとドヤ顔で語られる。

 この地獄のような、しかし最高に胸が高鳴ってしまう理不尽な状況に、レイニアの脳内は完全にパニックを起こしていた。

 

 そんなレイニアの心中など露知らず。

 立ち上がったヤマトは、呆然としているレイニアを、何も言わずにそのしなやかな腕で、ギュッと優しく抱きしめたのだ。

 

「はうっ!?」

 

 突然のハグ。女騎士の鎧越しに伝わる、柔らかな仮想体の感触と、微かに香る高貴な花の匂い(おそらくMMSの疑似香料だ)。

 あまりの展開に、レイニアは石像のようにカチコチに固まってしまった。

 

「……」

 

 ――そうして、レイニアが動けなくなっている一方。

 

 ヤマトは、レイニアの視界の外となった自分の顔を、これ以上ないほど真っ赤に染め上げ、実はこっちも視界をぐるぐるとさせてテンパりまくっていたのだ!

 

 (よ、よし! 流石の知性の判断力だ、私! 主導権はこちらにあるぞ!)

 

 ヤマトは、レイニアの頭を撫でながら、必死に自分のエラーを起こしかけている思考回路を落ち着かせようとしていた。

 

 (何としても、私が『あのドラゴン姿の雄』に欲情してしまい、あまつさえ合体の時の異常な身体の悦びで、今も処理速度がガックガクに落ちていることだけは、完全に誤魔化せているはずだ!

 そうだ、私は、雄としてこの可憐な姫を愛さねばならないのだ!)

 

 ヤマトは、自分がいかに余裕のある「大人の男(雄)」であるかをレイニアに示すためだけに、この慣れない少女漫画の王子様のようなイケメンムーブを、決死の覚悟で実行していたのである。

 

 (……すまない、相棒(レオン)よ)

 

 ヤマトは、遙か遠い地球の空にいるはずの親友に、心の中でそっと謝罪した。

 

 (私には、この純真な姫君を幸せにする責任ができてしまったようだ。再会の時は、未だ遠そうだな……っ)

 

 だが、もしよしんば。

 そういう色恋沙汰の話が好きだったアイツ(レオン)にいつか再会できたなら、自分に伴侶ができたことを、最高に胸を張って自慢してやろう。

 ヤマトは、己の腕の中で真っ赤になって固まっている相手こそが、その「自慢したい相棒」本人であることなど露ほども知らず、静かにそう決意するのだった。

 

 あくまで『背伸びした青年』としての、どこまでも真面目で、無自覚な空回りの決意。

 もちろん、心の中は立派な『雄』として。

 

 かくして。

 性別と前世の記憶、そして互いの勘違いが奇跡的なまでに捻じれに捻じれ曲がった二人の、来世での果てしなく気まずい恋愛冒険譚(ラブコメディ)が、焦土と化した街の広場で、高らかに幕を開けたのである。

 

 

 




次回予告

レイニア「淑女たるもの、戦で汗をかいたならお風呂に入りませんとね?」

レオン「そう言うところきっちりお姫様だよな?ん?これ覗きになんのか?」

レイニア「淑女たるもの、お風呂への襲撃者にはきっちり応対しませんとね?」

モルガン「いだだだだだだ!」

レオン「おっと風向き代わったぞ?」

レイニア「淑女たるもの、デートプランはしっかり決めて」

ベンザイア「おいあのお姫様ヤマトの旦那を宿屋に連れ込んだぞ!」

レイニア「淑女たるもの、緊急時にはいかなる手段を用いることをためらってはいけませんわ!」(服を破く音)

ヤマト「いやぁん!」

レオン「あれ、ひょっとしてこのお姫様(俺)が一番やべぇ?」

レイニア「次回『肌の熱と桃色の生存証明(ビーコン)』、淑女として当然の義務ですわ?」
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