Tandem Shape Force Fantasia!!   作:EMM@苗床星人

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Log1-3『肌の熱と桃色の生存証明(ビーコン)』

 

 城壁街の領主の館、その奥にひっそりと設えられた広い浴場。

 豪奢な大理石の湯船には、モルガン謹製の薬草がふんだんに揉み込まれた琥珀色の薬湯がたっぷりと満たされ、濃厚で甘やかな香りを帯びた湯気が、熱い溜息のように浴室の天井へと立ち昇っていた。

 

 ちゃぷん、と。

 静寂の中で水音が響き、湯船の縁に白く滑らかな背中がもたれかかる。

 

「痛っ……ぅぅ、大分、無理をしてしまいましたわね……」

 

 かすり傷だらけの身体に薬効成分がチリチリと染み込み、レイニアは小さく身を震わせて、自身の肩を抱きしめた。

 限界を超えた魔力行使と、巨大な機龍という物理法則を無視した質量の疑似体験。

 そして何より、精神世界におけるヤマトとの極限の『同調(合体)』。

 それらの反動は、十七歳の少女の華奢な肉体に、鉛のような疲労と心地よい痺れを残していた。

 

 熱い湯の中で、レイニアはひどく気まずそうに、そしてどこか落ち着かない様子で、水面の下で揺らめく自分自身の身体をまじまじと見下ろした。

 

 ローラのようなどこから見ても筋骨隆々といった輪郭ではない。

 だが、幼い頃から血を吐くような修練を積んできたその身体は、まるでしなやかな豹のように一切の無駄な脂肪が省かれ、それでいて女性特有の滑らかな丸みを帯びている。

 水滴を弾くきめ細やかな白い肌。大きくはないが、柔らかな曲線を描いて程よく育った、形の良い控えめな双眸。

 そして、日々剣を振るい駆け回っていたことでキュッと引き締まりつつも、元々の骨盤の広さゆえに安産型特有の豊かな肉付きを残している、女性らしい柔らかな腰つき。

 

 客観的に見ても、それは息を呑むほどに若く、美しく、生命力に満ち溢れた『極上の乙女の裸体』だった。

 

 (おちつけ……落ち着くんですの、わたくし)

 

 レイニアは、赤く火照った顔を両手でパシャリと叩き、湧き上がる湯気を見上げて必死に精神を統一しようと試みる。

 

(前世はアメリカの軍人。しかも、おっさん……どころか、寿命を全うしたお爺ちゃんですわよ?

 そんな記憶が蘇ったからといって……そうであっても! わたくしはちゃんとこの十七年間、何も知らずに『レイニア=ミコト=シャイアラ』として生きてきた、れっきとした女性ですのよ? 今まで毎日入ってきた自分のお風呂で、自分の身体を見て、いまさら何を恥ずかしがるんですの!)

 

 懸命に自分に言い聞かせるが、湯船の熱のせいだけではない熱さが、胸の奥からどうしても込み上げてきてしまう。

 

 無理もない。

 規格外の魔力と引き換えに、忘却の彼方から一気になだれ込んできた前世の記憶。

 レオンという老兵の経験と、レイニアという純真な姫騎士の人生。

 その二つの人格は、すでに完全に融合し、己を『同一存在』として明確に認識してしまっているのだ。

 軍人の視点(男)で己の裸体を見て「良い身体だな」と感心してしまう自分と、ヤマトに口付けをしてしまった合体の記憶を思い出して顔を真っ赤にする乙女の自分(女)が、思考の泥沼で激しく混ざり合い、未だに彼女の理性を激しく揺さぶって混乱させている。

 

「はぁぁ……」

 

 レイニアは、湯船の中に顔を半分まで沈め、ぷくぷくと泡を立てながら深い深いため息を吐き出した。

 

「いっそ……あの鉄の龍のまんまだったら、こんなに悶えずに済みましたのに……」

 

 誰に聞かれるでもない浴室で。

 恋と羞恥と前世の記憶に板挟みになった姫騎士の、情けなくも切実な呟きが、立ち昇る薬湯の湯気の中へと静かに溶けていった。

 

 

     * * *

 

 

 一方、領主の館に用意された、過分なほどに豪華な来賓用宿泊室。

 極上の羽毛で満たされたふかふかの天蓋付きベッドに腰掛けながら、MMSの美しい女騎士姿となったヤマトは、両手で真っ赤になった顔をすっぽりと覆い、頭を抱えていた。

 

「もう……もう、二度とあの雄々しい龍の姿にならないでくれぇ……」

 

 誰もいない部屋で、ヤマトは蚊の鳴くような、ひどく情けない声で呟いた。

 彼女(彼?)の脳裏を占めているのは、レイニアの手の甲にキスをした自身の「完璧な司令官(大人の男)としての振る舞い」への強烈な羞恥心と。

 それ以上に、合体時に触れてしまったあの雄龍の圧倒的な覇気と魔力に、雌となった自身の本能がどうしようもなく『ときめいて』しまったという、理性の敗北に対する絶望だった。

 

「YOYO! やっちまったなぁ、旦那ぁ?」

 

 バターンッ!

 と、隣室とを繋ぐドアが、容赦なく、それでいてドアノブを壊さない程度の絶妙に『優しい』力加減で蹴り開けられた。

 ビクリと肩を揺らしたヤマトが指の隙間からそちらを見ると、スポーティなジャケットを着込んだ少女姿のMMS――ベンザイアが、いかにも愉快そうなニヤニヤ笑いを浮かべながら図々しく侵入してくるのが見えた。

 

「ベンザイア……ノックをしてくれ……私にはまだ、一軍を率いた司令官としての矜持がぁ……」

 

 ベッドに崩れ落ちそうになりながら、ヤマトはか細い声で抗議する。

 

「お堅いこと言うなよ。異世界転生したての今くらい、気ぃ抜いても良いじゃねえの、『ヤミー』?」

 

「……ッ」

 

 ヤマトの背筋が、その言葉の響きにピクリと反応した。

 『ヤミー』。

 それはネオンワンスの司令官『ヤマト』として全軍の前に立つよりずっと前、まだ彼がただの無名の金属生命体であった頃の、幼少期のあだ名だ。

 

「敵としてくたばっちまったエイトとハクメンを除けば、お互い唯一の『労働階級学校(アクチュエーター・スクール)』からの腐れ縁の仲だろ?」

 

「……」

 

 ベンザイアの遠慮のない言葉と、懐かしすぎる響きに。

 ヤマトは張り詰めていた司令官としての仮面を剥がすように、深く、重いため息をつきながら渋々答えた。

 

「そうだな……。あの凄惨な戦争が終わって、さらにこの新しい戦場へ時空を越えて渡ってきてしまった以上、もう私の『あの頃の顔』を晒せるのは、宇宙広しと言えどもお前だけとなってしまったからな」

 

「そのアザブネだかいう神サマのいう事を信じるなら、こっちに渡ってきてるのは俺たち側(ネオンワンス)だけだろうしなぁ」

 

 ベンザイアはベッドの端にドカッと腰を下ろし、ヤマトの背中をバンバンと軽く叩いた。

 ヤマトは顔を覆っていた手を口元までゆっくりと下げ、豪奢な装飾の施された天井を仰ぎ見た。

 

 (エイト。ハクメン……)

 

 脳量子回路の奥深くに保存された、ひどく古くて、鮮明な記憶のデータログ。

 それは地球の暦に換算すれば何千年も前のこと。

 それでも、長命なシェイプシフターである彼らにとっては、まだ『成人』すら迎えていない、ごく短い青春期間の記憶だ。

 階級も低く、決して豊かとは言えないサビついたスラムのような街並み。

 それでも、互いの背中を預け、すべてを信じて託し合えた、四人の親友たちの姿があった。

 

 当時、母星を治めていた暴君の打倒という、純粋な正義感から始まった若者たちの反逆。

 しかし、運命――『カテドラル』と呼ばれる星の意思は残酷だった。

 彼らを英雄として祭り上げる過程で、四人の絆は引き裂かれた。

 強大な力を得た帝国と、自由を求める反乱軍。

 

 ヤマトは『勇者』として、エイトは『皇帝』として、互いのカテドラルを手に、互いの信念のために殺し合う悲劇の歯車へと組み込まれてしまったのだ。

 

 長すぎた、血塗られた戦い。

 若き日の親友たちをその手にかけ、地球人の相棒(レオン)を失い、自らの命を散らして、ようやく辿り着いた果てが。

 まさか、異世界のふかふかなベッドの上で、性別が逆転した自分たちが顔を突き合わせているこの状況だとは、誰が想像できただろうか。

 

「……ふっ」

 

 ヤマトの口から、自然と小さな笑みがこぼれた。

 MMSの制御が緩み、女騎士の凛とした表情が、年相応のあどけない若者のそれへと変わる。

 

「なんだよ旦那。気持ち悪りぃな」

 

「いや。本当に奇々怪々だ……だが、悪くないと思ってな」

 

 ヤマトは、窓の外から聞こえてくる、街の復興に向けた人々の活気ある声を耳にしながら呟いた。

 自身の性別や本能のバグに対する困惑と、姫への赤面するような羞恥心に苛まれてはいるものの。

 ヤマトにとって、血と鉄の匂いしか知らなかった人生の中で初めて訪れたこの『おかしな平穏』と『気まずい日常』は、不思議と悪い気はしなかったのだ。

 

「でぇ――」

 

 不意に、感傷的な空気をぶち壊すように、ベンザイアがニヤニヤと意地の悪い笑みを深めた。

 

「旦那も、あのドラゴン形態の雄々しいお姫様に『惚れちまった』んだろ?」

 

「ゴフッ!?」

 

 ヤマトは白目を剥き、口から銀色のナノパーツをジャラララッ!と激しく噴き出した。

 精神の異常な動揺によって、MMSの形態維持プログラムが致命的なバグを起こし、構成物質がポロポロと崩れ落ちたのだ。

 

「げほっ、ごほ……っ! べ、ベンザイア、何を馬鹿なことを!」

 

「おもっくそ動揺しといて言う台詞かよ、おもしれー……」

 

 未だに口の端や髪の毛からパラパラとナノメタルを全身から零しながら必死に取り繕うヤマトを見て、ベンザイアは腹を抱えてけらけらと笑い転げた。

 

「いいじゃねえの。雌(メス)のシェイプシフターってのは、地球の炭素生命体に比べても、生殖や種の保存を司る『本能のプログラム』にはひどく従順だっていうぜ? ましてや、あんな規格外に雄々しいモンを目の前で見せつけられちゃ、メスとしてキュンときちまうのは別におかしいことじゃない気もするけどねぇ」

 

「う、うるさいっ! 私たちは高度な知的生命体だぞ! いかなる生体プログラムであろうと、理性で本能を完全に制御してしかるべきであって……!」

 

「はいはい。じゃあ、いざまたあの龍化した嬢ちゃんを目の前で見た時も、同じようなお堅い理屈が言えると良いがね?」

 

「うぐぅ……っ」

 

 ベンザイアのあまりに尤もな、そしてヤマト自身が一番恐れている核心を突いた言葉に、司令官たるヤマトは完全に言葉を詰まらせ、再びベッドの上で頭を抱えて悶絶するしかないのであった。

 

 

     * * *

 

 

 一方。 

 一人静かに葛藤する姫騎士のささやかな入浴もまた、無情にも唐突に打ち破られた。

 

 ガラァッ!!

 浴場の重厚な扉が容赦なく開け放たれ、ぞろぞろと三つの影が押し入ってきたのだ。

 屋敷のメイドの頂点に立つ彼女の側近。

 イザベラ、モルガン、ローラの三人である。しかも、当然のごとく皆一糸まとわぬ『全裸』で、堂々と湯船に押しかけてきている。

 

「あ、あのちょっと……3人とも、急じゃありませんこと?」

 

「おんやおやぁ? 姫様とアタシたちの仲じゃないのさ、いまさら何を恥ずかしがるんですかい?」

 

 レイニアが慌てて身を隠そうとするも、時すでに遅し。

 筋肉達磨の褐色肌の上に「私は女性ですよ」とでも主張するような凶悪な爆乳を持った護衛メイドのローラが、先陣を切ってズイズイと湯船に侵入し、主に迫る。

 そして、逃げようとしたレイニアの華奢な両腕を、背後からガシッ!と完全に拘束してしまった。

 

「ちょっと、何をなさるんですの!? も、モルガンまで! ちょっとお!」

 

 ローラの見た目通りの桁外れな筋力相手だ。

 魔力で強化しようにも、巨大な岩に挟まれたかの如く振りほどけないことは、レイニアには分かり切っている。

 しかも、湯船の上に引き上げられ、立ち上がらされた自身の白い裸体を隠すこともできない。

 さらに最悪なことに、正面からは教育メイドのモルガンが、顎に手を当てて食い入るようにレイニアの身体を観察し始めていた。

 その瞳は、高度な解析魔術の一種を起動している証拠として、チキ、チキキキッ……と機械的な光を瞬かせている。

 

「ほうほうぅ……」

 

「や、やだぁ……っ」

 

 魔術でまじまじと見透かされてしまっては、流石に恥ずかしい。

 おまけに今のレイニアには、『男としての認識(レオンの意識)』が完全に混ざってしまっているのだ。

 背中に当たるローラの暴力的なまでの胸の感触と、目の前で全裸で自分を舐め回すように見るモルガンたちの女体に対し、前世の男の意識が微妙に『後押し(反応)』してしまっているという、地獄のような自己矛盾に陥っていた。

 

「なるほど、興味深い。心拍数、並びにアドレナリンの数値上昇……私たちの身体にも『ちょっと反応』はしてますねぇ?」

 

「~~っ! っんの!せぇいっ!!」

 

 モルガンの容赦のない解析結果(指摘)に、羞恥の限界を迎えたレイニアが爆発した。

 「振りほどけない」とは言ったが、抵抗が完全にできないとまでは行かない。

 レイニアは拘束された両腕を軸にして腰を跳ね上げ、が ば ぁと王族の淑女にあるまじき大開脚を空中で晒した。

 

「ひ、姫様なんとはしたない!」

 

 こんな襲撃仕掛けといて何を言う!と、悲鳴じみた声を上げたイザベラに言ってやりたい。

 そのしなやかな両足で、目前で覗き込んでいたモルガンの両肩から首にかけてを、プロレス技の三角絞めの要領でガッチリとロックしたのだ。

 

(こちとら、元空軍のタフガイども仕込みのプロレス技!それと他ならぬローラ直伝の近接格闘術持ち! せめてモルガンの変態解析だけでも物理的に阻止してやりますわ!)

 

「おごっ!? ひ、姫様、そこまで見せる必要わ、ばっ、ぐぇ……っ!」

 

 レイニアの柔らかな、しかし殺意の籠もった太ももで頸椎を締め上げられ、モルガンがカエルのような悲鳴を上げる。

 そのまま太ももでモルガンをホールドした状態で、レイニアは背後のローラに凄まじい眼差しで振り返り、睨みをきかせた。

 

「お、ろ、せ」

 

 地を這うような、僅かな怒りを孕んだ絶対零度の命令。

 そのガチのトーンに慄く必要は強きローラにはないが、流石に主の我慢が限界であることを察した彼女は、観念したように「ハイハイ」と笑い交じりにパッと手を放した。

 

「わ、きゃあ!」

「おごごご、ぶえぇっ!?」

 

 空中でローラの支えを失い、バランスを崩したレイニアは、首をロックしたモルガン諸共、激しい水しぶきを上げて薬湯の湯船へとドボンッと沈んでいった。

 

「ぷはっ! あーもう、いきなり何なんですの、3人して!」

 

 ざばぁっ!と湯船から即座に立ち上がり、顔から滴るお湯を払いながらレイニアは激怒した。

 その矛先は、浴場の入り口付近で一人だけ傍観を決め込んでいた金髪のメイド――イザベラへと向けられる。

 

「イザベラ! どうせあなたの計らいでしょう! ちゃんと説明してくださる!?」

 

「ひぃっ」

 

 怒れる主にびくりと肩を震わせ、気まずそうに目を逸らした作法メイドのイザベラは、誤魔化すように「えー、こほん」と咳払いをした。

 

「……私達側といたしましても、姫様の身に起こった魔術的変異の副作用など、護衛として把握しておくべき事柄が存在しております。

ですので、私は姫様に一声おかけしてから、しかるべき解析をモルガンにしてもらうつもりだったのですが……まぁ、この馬鹿二人が勝手に先走りまして」

 

「手っ取り早く、見るもん見ときゃあ後腐れないだろ?」

 

 バツが悪そうなイザベラの言い訳に、戦闘以外はメイドとして完全落第点であるローラの開き直りが続く。

 

「げへごほっ……いやぁ、実に興味深い結果が得られましたよ。

魂の性自認は女性のままなのに、しっかり前世の男性の趣向(リビドー)も混ざるものなんですねぇ。ええ、実に……うふふふ」

 

 首を絞められてむせながらも、全く悪びれずに探究心を輝かせる変態魔術師のモルガン。

 

 心底申し訳なさそう(に装っている)イザベラと、やりたい放題の馬鹿二人の言葉に、レイニアは怒る気力すら削がれ、本日何度目かわからない、最も深い特大のため息をついた。

 

「はぁぁ……ケーキを持て(呆れた)、ですわ」

 

 前世の母国語のイディオムを、なぜかこのファンタジー言語におしとやかに直訳して直出力してしまう謎のバグスラングを零しながら、レイニアは湯船の中で静かに頭を抱えるのだった。

 

 

 先ほどの騒ぎが嘘のように落ち着きを取り戻した大浴場。

 モルガン特製の薬湯に首まで浸かり、疲労改善の効能も虚しく、精神的な疲労で完全にぐったりとしてしまったレイニアに向けて。

 作法メイドのイザベラが、お湯で濡れた金髪をかき上げながら、スッと真剣な眼差しを向けた。

 その瞳は、いつもの厳しい小言を言う時のものではなく、一人の女性として、そして主を深く案じる姉のような色を帯びていた。

 

「それで、姫様。結局のところ、わたくしたちは『一番重要なところ』をまだ聞いておりませんわ」

 

「……もう、何でも聞いてちょうだい……」

 

 半ば自暴自棄になって返すレイニア。すると、イザベラの瞳が獲物を狙う鷹のように、あるいは恋バナに飢えた乙女のようにキラリと光った。

 

「ずばり。今でもあの鋼の女騎士……いえ、殿方であった『ヤマト様』のことは、今でもお慕いしておいでで?」

 

「がぼぁっ!?」

 

 完全に油断していたレイニアは、足を滑らせて再び湯船の底へとブクブクと沈んでいった。

 慌ててむせながら水面に顔を出し、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「ぶぁっ、げほっ! あ、あーたねぇ! こんな時に急に何を……!」

 

「ごまかさないでくださいませ。あくまでも『前世の相棒だから』などという、もっともらしい理屈で逃げないでくださいましね?」

 

 逃げ道を塞ぐようなイザベラの鋭い言葉に押され、レイニアはウッと声をつまらせる。

 

「私達は、前世の老兵である『レオン様』ではなく……私達がこの腕で抱き上げ、時には叱り、時には共に笑いながら育ててきた『レイニア=ミコト=シャイアラ』としての答えを聞いているのです」

 

 イザベラの声は、厳しくも、娘の行く末を想う母親のように優しかった。

 隣で聞いていたローラもモルガンも、先ほどまでのふざけた態度はどこへやら、茶化すことなく静かにレイニアの言葉を待っている。

 

「あなた様の、夢の騎士への恋焦がれた十七年間の思いは。前世の記憶が蘇った程度で、いとも容易く薄れてしまうような、その程度のものだったのですか?」

 

 イザベラの問いは、レイニアの脳内を渦巻いていた悩みの核心とも言える部位を、正確に直撃していた。

 

 ――そうだ。

 確かに今の自分には、八十年以上を生きた『レオン』という男の、硝煙と泥にまみれた記憶が宿っている。

 ヤマトと共に死線を潜り抜け、彼を失った後の喪失感と共に生きた、重く苦しい人生の軌跡。

 だが、だからといって、どこまで行っても今の自分は『レイニア』なのだ。

 「前世は前世、別人の記憶だ」と切り捨ててしまえば元も子もないし、そもそも彼女がヤマトに強く惹かれ、彼にふさわしい騎士になろうと血の滲むような努力を重ねてきたのは、前世の記憶に起因する魂の共鳴であったことは間違いない……ないが――。

 

 レイニアは、震える手で自身の頬にそっと触れた。

 

 (熱い……)

 

 湯の温度のせいではない。あの白き女騎士に手の甲にキスをされた時の、心臓が跳ね上がるようなときめきが。

 戦場で見せた彼の不器用な優しさに触れた時の、胸が締め付けられるような痛みが。未だに自分の中で激しく燃え上がっているのだ。

 

 キュ……と強く唇を結び、レイニアは周囲と己を見回した。

 

 生まれた時から自分に付き従い、厳しくも温かく世話をしてくれた三人のメイドたち。

 窓の外に見える、生まれた時から暮らしてきたこのシャイアラの屋敷。

 そして何より、傷つきながらも鍛え上げ、レイニアとして懸命に生きてきたこの身体。

 

 今この身には、相棒を救いたいという『レオンとしての誓い』だけではない。

 この世界で、一人の乙女として、姫騎士としてヤマトと共に生き抜くという『レイニアとしての責任と願い』が、同時に確固として宿っているのだ。

 

 (あの地球と、このファンタジー世界。その二つの世界の不可思議な『間の子』として生まれてしまった、今の俺の……いや、『わたくし』の、一番正直な気持ちは……)

 

 脳内の深奥で、酸いも甘いも噛み分けた老兵の魂が、ふっと笑って肩をすくめたような気がした。

 『過去の亡霊が、今を懸命に生きる少女の初恋に、とやかく理屈をつけて邪魔立てするのは、最高に野暮ってもんだ』と。

 今の自分を形作る感情を、否定せずにすべて認める義務が、大人の男であったレオンにはあったのだ。

 

「I have control……?」

 

 ぽつりとレイニアが呟いた言葉に、心のなかでレオンが力強く応える。

 かつて共に空を駆け、絶望の空域から抜け出すために交わした、操縦権を譲り渡す合言葉。

 

『OK、You have control!』

 

 過去の記憶が操縦桿から完全に手を離し、今を生きる少女の恋心が、ついに全身を満たし主導権を握る。

 レイニアは、顔から火が出るほどの羞恥心に身を震わせながらも。

 逃げずにメイドたちを真っ直ぐに見つめ返し、はっきりと、その想いを口にした。

 

「……好き、です」

 

 ポツリと、お湯に溶けるような可憐な声で。

 

「あの馬鹿なくらい真っ直ぐで、不器用で……一人で世界を背負おうとするような、たまらなく愛おしい人のことが……わたくしは、狂おしいほどに、好きですわ」

 

 それは、過去のしがらみを超えた、一人の少女としての完全なる前世の敗北宣言であり。

 同時に、いかなる運命や性別の壁が立ち塞がろうとも、絶対にこの恋を勝ち取ってみせるという、今生の姫騎士としての力強い宣戦布告でもあった。

 おじいさんのメス堕ちではない、それは今を生きる乙女としての立ち直りであった。

 

 

     * * *

 

 

 翌朝。

 小鳥の囀りと、復興に向けて動き出した街の活気ある物音が、領主の館にもうっすらと届き始めた頃。

 

 コン、コン。

 

「ヤマト様、ベンザイア様。朝でございますが、お目覚めでしょうか?」

 

 来賓用宿泊室の重厚なマホガニーの扉をノックし、教育メイドのモルガンが静かに声をかけた。

 返事を聞く前に扉の向こうから聞こえてきたのは、微かな電子音の起動シグナルと、衣擦れの音だった。

 

「あぁ、起きている。入ってくれ」

 

 ヤマトの凛とした声に促され、モルガンが扉を開ける。

 そこには、昨夜のMMS(メンタルモデルシステム)の女騎士姿のまま、すでに身支度を整えてベッドの縁に腰掛けているヤマトと。

 隣の部屋からやってきたのか、ベッドの足元でスポーティなジャケットをはだけさせ、ヨダレを拭いながら大あくびをしているベンザイアの姿があった。

 

「ふぁぁ……よく寝たぜぇ。こっちの星のベッドは、適度に反発力があって最高だな」

 

「お恥ずかしいところを見せたな。彼女は昔から、どうにも寝相が悪くてね」

 

 そもそも、珪素生命体であり機械の体を持つシェイプシフターたちに、炭素生命のような『睡眠』による疲労回復サイクルは必要ない。

 しかし、ヤマトもベンザイアも、かつての地球で長年人間の生活サイクルに合わせて活動することに慣れきっていたためか、自然と夜にはシステムを深く休眠(スリープ)モードに移行させ、人間と同じように英気を養うことができていたようだ。

 

「いえ、お疲れのところ申し訳ありません」

 

 モルガンは完璧なカーテシー(淑女の礼)を見せると、一つ確認するように尋ねた。

 

「お食事の準備が整っておりますが……お二方の摂取栄養源は、我々人間が口にするような一般的な食材で合わせても問題ありませんでしょうか? もし、特定の鉱物やオイルなどが必要でしたら、急ぎ手配いたしますが」

 

 未知の金属生命体に対する、当然の配慮だった。

 可能であれば、魔物の摂取するある程度の珪素生命の補給も考えていた。

 だが、ヤマトは安心させるように静かに首を振った。

 

「構わない。出されたものをそのままいただこう」

 

「食べられるのですか? その……仮想体(アバター)のままで?」

 

「あぁ。このMMSには、有機タンパク質をエネルギーに変換する『霊子分解炉』と、味覚を完全に再現する『エミュレーター回路』が搭載されているからな」

 

 ヤマトは、どこか懐かしむように目を細めた。

 

「前世の地球で、部下たちに強くねだられてな。人間の開くパーティーに、どうしても同じものを食べて参加したいと。

だから……『勇者のカテドラル』を用いて、このシステムは限りなく人間に近い仕様へ変身し、機能の拡張を可能とするように生成してあるのだ」

 

 『勇者のカテドラル』。

 ヤマトの口から自然とこぼれ出たその言葉に、モルガンの眼鏡の奥の瞳が、チキッと機械的な光を帯びて細められた。

 

(姫様から昨夜共有された情報では、それは惑星の意思――世界そのものに認められた者の証、でしたか……)

 

 モルガンの宮廷魔術師としての探究心が、激しく疼き始める。

 

(保持者が望むがままの機能をシステムとして拡張し、さらにはその眷属(部下)へと新たな生物的常識すら共有し、定着させてしまう絶対的な力。

……それってもはや、我々が理論立てて行使する『魔術』の域を超えている。

惑星意思の勅命によって宇宙法則を加えるという、おとぎ話に語られる奇跡――魔術の根源理論――『魔法』そのものではありませんか……!)

 

 人間の食物を消化・味覚認識する機能を、機械生命体の仮想体にポン付けで追加してしまう。

 そんな理不尽な奇跡の根源が、目の前の美しい女騎士の胸の奥に宿っているのだ。

 

(あぁぁぁ……技術者として、解析したい。分解したい。その『勇者のカテドラル』の術式を隅々まで調べ尽くして、この異世界の魔術体系と照らし合わせてみたい……っ!!)

 

 指先がワナワナと震えるほどの知的好奇心がモルガンを襲うが――彼女は必死に奥歯を噛み締め、その欲求を心の奥底へと封じ込めた。

 

(ダメです、モルガン。わたくしの本業はあくまでもシャイアラ王国のメイド。

 そして何より、姫様の『恋路』を全力でサポートするという重大なミッションが課せられているのですから! ここでこのお方を解剖台に乗せたいなどと言えば、姫様に本気で首を物理的に刎ねられます!「Take the cake」が「Take the head!」になっちゃいます!)

 

「モルガン? どうかしたか?」

 

 ヤマトが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 

「っ、いえ! 何でもございません!」

 

 モルガンは慌てて眼鏡をクイッと押し上げ、咳払いをした。

 

「未知の技術の素晴らしさに、つい感銘を受けておりました。では、お口に合うかはわかりませんが、当館の料理長が腕によりをかけた朝食をご用意しております。食堂へご案内いたしますわ、ヤマト様、ベンザイア様」

 

「あぁ、頼む。地球以外の星の料理、楽しみにさせてもらおう」

 

「腹減ったぜぇー! 肉あるか、肉!」

 

 完璧なメイドの笑みを貼り付けたモルガンは、心の中にて――

 

(姫様、恋のハードルは高そうですけれど、この方は本当に良い殿方、いえ、良い女性ですわよ)

 

 と、呟きながら、二人を食堂へと案内するのであった。

 

 

     * * *

 

 

 領主の屋敷から、防衛の要である砦へと続く渡り廊下を抜け、豪奢な石造りの大食堂へと足を踏み入れたヤマトとベンザイアを待っていたのは。

 

「異界より来たりし、鋼鉄の騎士様に!」

 

「「「――礼ッ!!」」」

 

 ザッ!と、一糸乱れぬ踵の音と、一斉の敬礼だった。

 広大な食堂には、昨日の激戦を生き延びた王国兵士たちが多数同席していた。

 皆、包帯を巻いたり煤で顔を汚したりと傷ついている状態であったが、彼らはヤマトたちの姿を認めるや否や、直ちに食事の手を止め、起立して最敬礼を贈ったのだ。

 

 未知の金属生命体――魔物と同じ構成物質を持つ者たちへの恐怖よりも、遥かに上回る深い敬意。

 ひとえにそれは、先日の彼らの身を挺した活躍と、一切の妥協を許さない誇り高い言動から、ヤマトたちが異質なれど高潔な『戦士』であると、兵士の魂で理解したからに他ならない。

 

「……痛み入る。諸君らの奮闘にも、大いなる敬意を」

 

 ヤマトのMMS(女騎士)は、司令官としての威厳に満ちた声で応え、胸に手を当てて優雅な騎士の礼を返した。

 その対応に兵士たちの顔がパッと明るくなり、彼らはヤマトたちに道を譲る。

 

 そんな中、食堂の最奥にある一段高い上座から、レイニアが熱を帯びた視線をヤマトへと送っていた。

 

「どうぞ、勇者ヤマト様、戦士ベンザイア様。こちらへ」

 

 レイニアは立ち上がり、自身の正面に用意された空席へと二人を誘う。

 恭しく頭を下げるヤマトと、「ひゅぅ、お姫様の御指名だぜ」と軽い口笛を鳴らすベンザイアが、ツカツカと上座に向かって歩き出す。

 二人が席に着くのを見届けてから、兵士たちは再び着席し、少しばかり騒がしく、しかし活気に満ちた食事を再開した。

 

 テーブルの上には、焼きたてのパンと、山盛りのローストチキン、そして湯気を立てるスープが並べられている。

 しかし、主である姫のレイニアは未だ、自身の食事に手を付けていなかった。ヤマトとベンザイアが席に着くと、少し申し訳なさそうに口を開く。

 

「申し訳ありません、勇者様。皆、先日の破壊の跡の復興作業や怪我人の治療で働き詰めですので、どうしても兵士たちの食事時刻がバラバラになってしまうのです。落ち着かない食事の席となってしまいましたが……」

 

「いや、実に合理的だ。気にする必要はない」

 

 ヤマトは席に座りながら、真っ直ぐにレイニアを見据えて答えた。

 

「この惑星の文明レベルを鑑みれば、このような非常時であっても儀礼や身分を実用より重視し、餓死者を出すような例は宇宙でも多く見られる。

 だが、君たちは最優先すべき『命』と『効率』を理解している。私たちとしては、これくらいの方がずっと性に合っている」

 

「だな。やれアーメンだのソーメンだの、偉い奴の長い祈りを聞いてる間にせっかくの飯が冷めちまったら、元も子もねえっての」

 

 ヤマトの言葉にベンザイアも同意し、彼女は遠慮の欠片もなく焼きたてのパンに手を伸ばし、ローストチキンの骨を豪快に掴んでかぶりついた。

 霊子分解炉が稼働し、人間の食事を完璧に咀嚼してエネルギーへと変換していく。

 

「んんっ! こりゃ美味い! 炭素生命の飯も捨てたもんじゃねえな!」

 

 ベンザイアのあまりにも見事な食べっぷりに、レイニアも思わずほっとしたように微笑んだ。

 ――しかし。

 そのまま静かに食事が進むかと思われた、その時だった。

 

 『コホンッ』

 

 すでに別室で食事を済ませ、給仕としてレイニアの後ろに直立不動で侍っていた三人のメイドのうち、イザベラが急かすようにワザとらしい咳払いをしたのだ。

 ビクリ、とレイニアの肩が不自然に震える。

 

『何を呑気に食事の感想で満足なさっているのです、姫様。こんな傭兵じみた和やかな食事会をするために、わたくしたちがわざわざこの席をセッティングした訳ではないでしょう!』

 

『わ、わわ、わかってますわ! ちょっと、間合いを取ってただけですわ!』

 

 ――魔術による思考通信(サイオン)。

 ヤマトたちに悟られないよう、イザベラが直接レイニアの脳内に指示――もといプレッシャーを送り、レイニアが必死に言い訳を返す。

 

『間合いを取るなんざ、姫様の十八番中の十八番だろ? そんなチマチマした牽制してねえで、大剣振り被ってガッと行け! ガッと!』

 

『お前は黙ってなさい、脳筋ゴリラ! 恋愛に力技の踏み込みは逆効果です!』

 

『あぁ?アタシの恋愛経験なめんなよ!』

 

 ニヤニヤしながら野獣のように迫れと急かすローラを、イザベラの通信が鋭く防ぐ。

 その後ろで、モルガンがヤマトの霊子分解炉の動作をじっと観察しながら『胃袋の概念はどうなっているのでしょうか……』と関係ない分析を通信に乗せてくる。

 うるさすぎる脳内会議にため息をつきたいのを必死に抑えながら、レイニアはフォークを置き、意を決したように口を開いた。

 

「あ、あの……勇者ヤマト……様」

 

「……む。何でしょうか、レイニア姫」

 

 レイニアの声に、ヤマトが顔を上げ、凛々しい騎士の態度を装って答える。

 

 ――だが、ヤマトの方もまた、無傷ではなかった。

 

『おっ? ついに行動(アクション)を起こすか、お姫様。覚悟は決まってるか、ヤミーちゃん?』

 

 スープを優雅に飲んでいるように見えたベンザイアが、シェイプシフター特有の霊子通信(テレパス)を使って、ヤマトの回路を直接からかっていたのだ。

 

『だ、黙っていてくれベンザイア……お願いだから、今は!』

 

 ヤマトの量子脳もまた、激しく汗をかいていた。

 レイニアからの好意の視線。

 それに直面するだけで、昨夜の動揺がフラッシュバックしそうになる。

 緊張していないと言えば、間違いなく嘘になる。

 しかし、ヤマトには、前世の地球で最後の瞬間まで『大人の司令官』を演じきったという自負と実績があった。

 彼女は昨晩のようにナノメタルを口から撒き散らす無様は決して晒さず、完璧な平静の仮面を被り、レイニアの言葉を静かに待った。

 

「あの……」

 

 レイニアは、真っ赤に染まりそうになる頬を必死に抑え込み、相反する色のオッドアイで、ヤマトの同じ色の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「この後、御一緒に……街の視察など、如何でしょうか? この世界の事、色々と知って欲しいことも……ありますので」

 

 不器用な姫騎士が絞り出した、精一杯の「デートの誘い」。

 その言葉を受けたヤマトは、一瞬だけ回路を熱くさせながらも、ふっと口角を上げ、完璧な笑みを浮かべてみせた。

 

「願ってもないことです。喜んで、ご一緒させていただきましょう……姫」

 

 スマートな男(雄)としての、満点の承諾。

 

 その瞬間。

 魔術と科学。全く異なる通信方式で背中を押していた外野たちの心の声が。

 

『『『『――よっしゃあ!! デートの約束! よくやった姫様ぁ!!』』』』

 

 メイド衆のサイオン通信と、ベンザイアのテレパス。

 全く交わるはずのない二つの無音のチャットルームの歓声が、騒がしい食堂の空気の中で、なぜか見事に重なり合い、盛大にハモるのだった。

 

 

     * * *

 

 

「そら、木材が通るぞ! 怪我人は下がってな!」

 

「串焼きいかがっすかー! 昨日の魔物討伐の祝いだ、今日は肉を大盤振る舞いだよ!」

 

「鉄骨の補強、こっちの基礎から頼む! モルガン様謹製の魔術結界杭(シュテルベツ・アンカー)も忘れず嚙ませとけ!」

 

 魔王の瘴気は、いつ、どこで発生するものと知れない。

 この世界において、何処に狂乱した魔物による暴徒の集団が現れるかわからないという脅威に対し、人類が導き出した防衛のアンサー(最適解)として機能しているのが、この『城壁街』という都市の在り方である。

 魔物の生活圏(森や山)と国の各主要都市を結ぶ要所に、こうした防御の拠点をいくつも設置し、それぞれを王侯貴族の直轄部隊が独立して防衛を行う。

 その堅牢な城壁の内外には必然的に、そこに勤める兵士たちの住居が構えられ、さらには彼らや遠征軍を相手に商売をしようと、各地から商人たちが競って集まる。

 彼らは荷馬車を並べ、簡易的な商店街をまるで毎日の祭りのように開くのだ。

 そうして、最前線の防衛とこの国の経済は、見事に一体となって力強く廻っているのである。

 

 特に、レイニアの直轄領地であるこの城壁街『ミドルツカント』は異常だった。

 昨夜の激戦によって、巨大な龍王バハムートの砲撃や瓦礫の飛散で規格外の破壊の跡が残っていたにも関わらず、一夜明けた今、街角ではすでに瓦礫の撤去がほぼ完了し、仮設の足場が組まれ、行商人たちの出店と復興の槌音が入り混じる。

 そこはまさしく、活気あふれる『お祭り騒ぎの復興現場』と化していたのだ。

 

「凄いな……」

 

 雑踏の中を並んで歩きながら、ヤマトのMMS(女騎士)は、目を丸くして周囲の喧騒を見回した。

 

「炭素生命のバイタリティは生前でよく知っていたつもりだが、この復興速度は常軌を逸している。

 地球でも、あの規模の破壊の後は、最低でも月単位で都市機能が麻痺していたというのに」

 

「へへっ、伊達に何度も魔物の襲撃を躱していませんわ」

 

 驚くヤマトを見上げて、レイニアはどこか誇らしげに、自慢げに胸を張って返した。

 普段の鎧姿ではなく、動きやすい町娘風の可愛らしいワンピースを着込んだ彼女は、その辺の活発な少女にしか見えない。

 

「寧ろ、破壊されるたびにあの広場の噴水のような新しいギミックを仕込んだり、防壁の素材をアップグレードしては、より強固に固まっていくんですのよ。『けもの道に咲く花のような都市』――それが、このミドルツカントの標語ですわ」

 

「『けもの道に咲く花』……なるほど、美しいな。いかなる獣の暴力に踏みにじられようとも、決して根を絶やさず、何度でもしぶとく咲き誇るというわけか」

 

 ヤマトが感心したように深く頷き、レイニアに優しく微笑みかける。

 その真っ直ぐで誠実な青い瞳に見つめられ、レイニアは「あっ……」と顔を赤くして、恥ずかしそうに視線をそらした。

 

 そんな、絵に描いたような甘酸っぱい視察(デート)の様子を。

 彼らの視覚外――建物の隙間、人ごみの影、仮設の足場の上、そして屋根の上から、各々の場所で息を殺して見守っている複数の『影』があった。

 

『――対象(姫様とヤマト様)、現在中央通りを北上中。距離感、並んで歩くには少し遠いですね。もう少し肩を寄せていただきたいところですが』

 

 仮設の足場の陰から、モルガンが探偵のように片眼鏡を光らせてサイオン通信を飛ばす。

 

『奥ゆかしさこそが王族の美徳ですわ。でも、姫様、歩くスピードが少し早すぎます! 殿方に歩幅を合わせさせるのではなく、もっとしおらしく半歩後ろを歩くような仕草を……!』

 

 人混みの影で、買い物籠で顔を隠しながらイザベラがヤキモキとツッコミを入れる。

 

『なんだよそりゃあ、まどろっこしい! あんなもん、ガッと腕を組んで、胸を押し付けて密着すりゃあ一発で男なんざ落ちるんだよ!』

 

 屋根の上から、ローラが脳筋すぎる恋愛理論を展開する。

 四人のメイド(?)たちが展開する、限界まで暗号化された無音の秘密の通信ネットワーク。

 ……そう、四人目である。

 路地裏の木箱の影に潜む四人目は、MMSのスポーティなジャケットを脱ぎ捨て、自らが変形するスポーツカーと同じ深紅のぴっちりしたボディスーツの上に、モルガンたちと同じデザインの『メイド服』をエプロン付きで完璧に生成したベンザイアも参加していた。

 彼女の耳には、モルガンが徹夜で急造した増設型のサイオン通信装置が、イヤホンのように取り付けられている。

 

『ってか、なんであんたまでメイド服になってんのさ』

 

 屋根の上のローラが、呆れたように通信を飛ばす。

 

『いいじゃんいいじゃん、協調性は大事だろぉん? 郷に入っては郷に従えってな!』

 

 ベンザイアは、フリルのついたスカートの裾をつまんで、路地裏でクルリと嬉しそうにターンしてみせた。

 前世の地球に居た頃から、小柄で若いゆえか、女装(メス型のビークルへのシェイプシフト)による潜入任務を頻繁に担当し、それを全く嫌がるどころか楽しんですらいたベンザイアは、このファンタジーなメイド服という衣装もノリノリで着こなしていた。

 ヤマトが「女装など知性への冒涜だ」と死ぬほど嫌がっていたのとは、まさに正反対の順応性の高さである。

 

『それにしても、ヤミーちゃん(ヤマト)のあのカッチカチの歩き方、ウケるなー! あいつ、昔からこういうプライベートな付き合いになると、途端にポンコツになるんだよなー』

 

『むぅ……確かに、ヤマト様は少し緊張なされているようにも見えますわね。しかし、あの誠実そうな横顔……姫様が十七年間も夢に見続けただけはありますわ』

 

 イザベラが少しだけ感心したように息を吐く。

 

『あぁっ! 見てください、屋台の串焼きの匂いに釣られた姫様が、ヤマト様の袖を少しだけ引っ張りました!』

『よし! いいぞ姫様、その調子だ! そのまま「あーん」して食べさせてもらえ!』

 

『ローラ、下品ですわよ! でも、一口もらうくらいなら……!』

 

 街の喧騒を他所に、通信ネットワークの中ではメイド衆とベンザイアによる、やかましすぎる実況中継と応援のツッコミが飛び交い続ける。

 

「ん? どうかしたか、レイニア姫?」

 

「い、いえ! なんでもありませんわ! あっちの屋台も見てみましょう!」

 

 周囲から(文字通り)熱すぎる視線と応援が送られていることなど露知らず。

 不器用な二人の鋼鉄の勇者と姫騎士の視察は、賑やかな復興の街をゆっくりと、しかし確実に距離を縮めながら進んでいくのだった。

 

 ヤマトが見回すと、人々が忙しく行き交う喧騒の中に、少し奇妙な影を見つけた。

 ギギギ、と錆びついたような駆動音を立てて、人間たちと一緒に重い木材を運び、復興作業を手伝っているのは……昨日ヤマトたちが屠ったゴブリンと同じような、無骨な鉄の肌を持った金属生命体たちだったのだ。

 

「彼らのような……『魔物』もいるのか」

 

 ヤマトが驚いて足を止めると、レイニアが振り返り、優しく目を細めた。

 

「ええ。寧ろ、殆どの魔物は彼らのように、周囲の自然や人間と調和して生きる平穏な方々ですわ。……ですが、ここまで魔物との共生を可能にしているのは、魔王の『瘴気感染』が直接の有線接続でのみ行われているという確証を、わたくしたちが身を以て掴んだからこそですわ」

 

 そうしみじみと語らうレイニアの横顔。

 恐怖に駆られて異物をただ排除するのではなく、犠牲を払いながらも相手の性質を理解し、手を取り合おうとするその強さと優しさ。

 ヤマトは、その嬉々とした笑顔を見て、思わず柔らかく微笑んだ。

 

「レイニア。君は、本当に素晴らしいな」

 

「え、ふぇっ?」

 

 どきっ、と。

 レイニアの心臓が跳ね上がり、顔が沸騰したように赤く染まった。

 突然の直球すぎる褒め言葉に、完全に動揺して思考が停止する。

 

「この世界の在り方が、いくら人間と珪素生命体で混ざっていようと……いや、異質なものが混ざっているからこそ、本来ならば、魔王という不可視の障害よりも、目の前の『魔物』という分かりやすいものに憎しみの対象を選んでしまうはずだ」

 

 ヤマトは、喧騒の中で真剣な表情になり、ポツリと語り始めた。

 

「人も、シェイプシフターであっても、憎むのは簡単だ。楽な道に走ってしまう。寧ろその方が、自然な流れと言わんばかりにな」

 

 そのヤマトの青い瞳には、深い悲哀が宿っていた。

 まるで、それで憎しみに走り、暴走してしまった古い友人――かつての親友であり、自らの手で討ち果たした皇帝エイトを思い出すかのように。

 

「知性があるのなら、歩み寄ることだってできたはずだった。

 対話し、痛みを分け合うことだってできたはずだ……だが、それを実践するには、途方もない努力と時間、そして血の滲むような『忍耐』が必要だ。

 君たちは、それを成し遂げている」

 

「……」

 

 ヤマトが語る重い言葉の裏にある「後悔」を、前世の記憶を持つレイニアだけは、誰よりも深く理解していた。

 一人で背伸びをして、愚直なまでに理想を追い求め、傷ついてきた彼らしい、堅苦しいまでの思索。

 

 レイニアは、ジト目になって、ヤマトの大きくて硬いMMSの手をギュッと掴んだ。

 

「……相変わらず、堅苦しく考えすぎですわ」

 

「え?」

 

 ぐいっ、と手を引き、レイニアはヤマトの顔を自分の方へと引き寄せた。

 そして、つま先立ちになり、驚いて目を見張る女騎士の頬に、自らの柔らかい手をそっと添えたのだ。

 

「ヤマト様。歩み寄るのに『自然である』とか、『楽』とか『苦悩』だとか、そういう理屈ばかりを先に考えるから、一歩踏み出す脚が重くなるんですわ」

 

「れ、レイニア姫……私は別に……」

 

 至近距離で見つめ合うオッドアイとオッドアイ。 

 ヤマトが慌てて何かを弁解しようとしたところで、レイニアは空いたもう片方の手の人差し指を、ヤマトの通った鼻先に「ツン」と押し当てた。

 

「誰かと一緒に生きていくのに、そんな大層な理屈なんて、要りませんわ」

 

 悪戯っぽく、しかし包み込むような温かさを持ったその言葉。

 その一言に、ヤマトは雷に打たれたように呆然とした。

 そして数秒後。凝り固まっていたヤマトの表情がふわりと緩み、すこし肩の荷を下ろしたかのように、張っていた肩を落として小さくため息をついた。

 

「……確かに。かつての私の『相棒』にも、よく言われたよ。私は堅物すぎるってね」

 

 どこか懐かしむように、ヤマトが苦笑いを浮かべて呟く。

 それを聞いたレイニアは、内心で(当たり前ですわ。その相棒本人が言ってるんですからね!)と思いながらも、口元にフフッと余裕のある笑みを浮かべた。

 

「ふふっ。あんまりデート中に、他の『殿方』の名を出すのもどうかと思いますわよ?」

 

「むっ、し、失礼した」

 

 ヤマトが少しバツが悪そうに謝るのを見て、レイニアは可愛らしくペロッと舌を出した。

 

 (まぁ、そのうちの一人は『俺(レオン)』なんだけどな)

 

 決して明かせない前世の正体を胸の奥底に隠したまま。

 レイニアはヤマトの手をしっかりと握り直し、活気あふれる城壁街の光の中へと、鋼の勇者を力強く引っ張っていくのだった。

 

 良い雰囲気で手を繋ぎ、復興の活気に満ちた街を歩き出そうとした、その時だった。

 

 ぽつ。ぽつぽつぽつぽつ……。

 ザァァァァァァッ!

 

 何の前触れもなく、文字通りバケツをひっくり返したような土砂降りの雨が、城壁街に降り注いだ。

 

「きゃっ! 急な雨ですわ!」

 

「いかんな、レイニア姫、こっちだ!」

 

 逃げ惑う人々の悲鳴と、商品を守ろうとする行商人たちの怒号で、街は一気にパニック状態に陥った。

 ヤマトとレイニアも慌てて仮設の屋根の下へと身を寄せようと走り出す。

 

 一方、そんな二人の様子を物陰からこっそりと見守っていた追跡部隊の通信ネットワークの中では。

 

『なんでぇ? さっきまで雲一つない快晴で、最高に良いところだったってのに、随分急だな!』

 

 雨に降られて軒下に避難したベンザイアが、通信越しに不満の声を上げる。

 すると、屋根の上にいたせいで誰よりもズブ濡れになったローラが、前髪から滴る雨水を払いながら、当たり前のような口調で返した。

 

『いや、こりゃあ仕方ねえや。昨日あんなにバカスカ火の魔術使って、火の高位精霊なんていう規格外のバケモノまで呼び出したりしたんだからな。

 急激な環境魔力の変動のすり合わせだ、集まった水と風の妖精どもが上空で好き勝手踊りまわってローカルネットワークを構築してやがる。

 こりゃあすぐには止まねえ、しばらくは土砂降りになるぞ』 

 

『妖精ぇ?ネットワークぅ?なんだそのオカルトなんだかわかんねえような理屈……おっ!』

 

 ベンザイアは見えないその魔術的な概念を当たり前のように視認するローラの言葉にツッコミを入れた直後、モルガンの緊迫した声が通信に割り込んだ。

 

『あ、お二人に動きがありますよ! どこか雨宿りできる建物に入る気みたいですね。ええと、あそこは……で……』

 

 遠見の魔術で二人を追っていたモルガンの言葉が、不自然に止まった。

 そして、ヤマトとレイニアが駆け込もうとしている立派な三階建ての建物の看板――そこにはっきりと刻まれた『INN(宿屋)』の文字を見て、ギョッと片眼鏡を落としそうになる。

 

『い、いやいやいやいやっ! 姫様ぁ!? 普通、こういう雨宿りイベントって言ったら、カフェとかそこらのおしゃれなお店とかでしょ!? 何やってんの!?』

 

 イザベラが悲鳴じみた声で通信ネットワークに絶叫を轟かせ、同時にローザが巨体に見合わない黄色い声を上げた。

 

『きゃあぁぁぁっ! 初デートで宿屋に駆け込むなんて、お姫様も大胆じゃねえの!』 

 

『ち、違いますわ! あそこはただの宿屋じゃなくて、一階が広くて落ち着いたサロンになっている高級宿です! それに……!』

 

 モルガンが必死にフォローを入れるが、この判断は状況を考えれば「必然」であった。

 先日のバハムートの砲撃によって、街の常設の店舗はほとんどが崩壊している。

 現在街に出ているのは仮設テントの露店ばかりで、おしゃれなカフェなどの建物も、この復興の機会に大改装中で、店外にパラソルを出して接客している有様だったのだ。

 当然、突然の土砂降りに見舞われた同じ考えの客たちが、近場で辛うじて屋根が残っている酒場や食堂に一斉に押しかけ、すでにどこもすし詰め状態になっていた。

 

 雨を凌げて、かつ落ち着いて話ができる場所。

 荒くれ者がひしめき合い、汗と酒の臭いが充満する昼間の酒場に駆け込むよりは、しっかりとした造りでロビーが解放されている高級宿(INN)に逃げ込む方が、王族の姫としても、よほど理にかなった冷静な判断と言えるだろう。

 

「ふぅ……間一髪でしたわね、ヤマト様」

 

「あぁ、すっかり濡れてしまったな。MMSの仮想体は濡れても問題ないが……君の身体が冷えないと良いのだが」

 

 カラン、と宿屋の重厚なドアを開け、ロビーへと滑り込んだ二人。

 ヤマトは自身の肩の雨滴を軽く払いながら、薄手のワンピースが濡れて少しだけ肌に張り付いているレイニアを心配そうに見下ろした。

 

(……はっ!?)

 

 その視線に気づいたレイニアの顔が、一気にボッと赤くなる。

 いくら理にかなった判断とはいえ、意中の相手と二人きりで、白昼堂々『宿屋』に駆け込んでしまったという事実は、雨宿りというハプニングのドキドキ感と相まって、レイニアの乙女心を否応なしに爆発させるのだった。

 

 カチャリ……。

 

 重厚な木製のドアが閉まり、魔術仕掛けのオートロックが勝手に施錠される音が、ひどく気まずい静寂の空間を満たした。

 ここは、宿屋の最上階の奥まった場所にある、最後の一部屋。

 真っ赤になったレイニアは、ただ黙してドアの前に立ち尽くし、雨に濡れて透けかけている胸元だけは乾いていないかと気にするように、チラチラと自分の身体を見下ろしている。

 

 一方、ヤマトのMMS(女騎士)は、長い髪からポタポタと雨水を垂らしつつも、本当に気になることなど何もないというように、落ち着き払った態度で部屋の中を見回していた。

 

「随分とシンプルな内装だな。過度な装飾がなく、実用的で好感が持てる。ん……この壁に書いてあるのはなんだ?」

 

 ヤマトが、ベッドサイドの壁に掛けられた小さな木札を見つけ、そこに彫られた文字を読み上げる。

 

「『防音魔術付与済。心ゆくまでお楽しみください』……お楽しみください? なんだこれは?」

 

「――ッ!」

 

(――やられた!! 完全にそういう仕様の『訳ありの部屋』をあてがわれましたわ! あの初老の店主!!)

 

 レイニアは顔から火を噴きそうなほどの衝撃を受けていた。

 一方で、一階のカウンターでは、宿屋の店主が「いやぁ、最近は綺麗な女同士なんてのも増えたねぇ……へへっ、若いってのは良いこった」と自らの機転を自画自賛しつつ、実はまだ空いていた『普通の部屋』に、後から飛び込んできた別の客を平然と案内しているのだった。

 

「あ、あははっ! ほ、ほら、こういう部屋には、訳ありな『お仕事』の冒険者なんかも泊まりますから! 密談とか、そういうのに便利なように防音されているんですのよ!?」

 

「ほう、なるほど。機密保持のための部屋というわけか。それはありがたい配慮だな」

 

 必死に『どういう意図の部屋か』を誤魔化すレイニアに対し、ヤマトは素直に首を縦に振る。

 しかし。

 ふと見つめたヤマトの様子が、どこかおかしかった。

 

 真面目な相槌を打っているはずのヤマトの青い瞳は、トロンと薄く閉じかけ、焦点が定まっていない。

 さらに、透き通るような白い仮想体の肌は、首筋から頬にかけてわずかに紅く染まっていた。

 それが、レイニアの乙女の瞳には『どう見ても色っぽく』映り、激しく動揺を誘う。

 

 (も、もしかして……実は部屋の意図に感づいていて、彼の方も強烈に意識してしまっているのでは……!?)

 

「って、ヤマト様こそ、どうしてそんなに顔が赤いですの……?」

 

「は……あぇ?」

 

 レイニアが恐る恐る問いかけた、その時だった。

 ヤマトは、明らかに舌の動作プログラムが追いついていないような、奇怪な疑問符を口からこぼし。

 ふらふら、と。糸の切れた操り人形のように、その頭を大きく揺らした。

 

「え? ちょっと、まさか……」

 

「ふゃぁ……」

 

 ヤマトの身体が大きくのけ反り、そのまま頭から床に向かって、無防備に転げ落ちた。

 

 ゴドンッ!!

 

 女騎士の鎧と床板が激突する、凄まじい音が部屋内に響き渡る。

 しかし流石は完全防音魔術の部屋。宿屋の廊下や一階には、その音も振動も一切伝わらなかったのは、幸か不幸か。

 

「や、ヤマト様!?」

 

 レイニアは慌てて駆け寄り、倒れたヤマトの身を抱き起こそうとした。

 その瞬間。

 

「あつっ!?」

 

 ヤマトの仮想体の肌から伝わってくる異常な熱さに、レイニアは咄嗟に指を離してしまった。

 

「はぁ……はぁ、ぁっ……」

 

 床に倒れたヤマトは、仮想体でありながら尋常ではない量の汗をかいていた。

 その汗と、濡れていた雨水が、高熱を発する肌に触れてシュウシュウと音を立てて蒸発していく。

 苦しそうに身をよじり、浅い呼吸を繰り返すヤマトの姿に、レイニアは先ほどまでの嬉し恥ずかしい困惑から一瞬で引き戻され、真面目に彼女の身を案じ始めた。

 

 (――違う。これは、ただの雨に濡れた風邪じゃない!)

 

 前世の軍人としての冷静な観察眼と、今世の魔術の知識が、即座に一つの答えを弾き出す。

 レイニアは急いで立ち上がり、洗面所から備え付けの木製のたらいを持って戻ってきた。

 

「『タイエ・ミオ・ロー(大気中の水よ、収束せよ)』!」

 

 シュウゥゥゥ……!

 レイニアの詠唱に応え、雨で湿気を帯びていた部屋の空気中から水魔術によって水分が強制的に凝固され、たらいの中にたっぷりと澄んだ水が満たされる。

 

「お願い……! 『ミオ・レイニス・タイムニス・スクェア・スタグネイ(水の精髄よ、今は冷たくなって、その動きを緩慢にして、3分の1くらい)』!」

 

 レイニアが細かい制御の詠唱を重ねながら両手で水を掬い上げると、その水の塊は、スライムのようにとろりとしたゲル状の冷却材へと変化した。

 レイニアはそれを、苦しむヤマトの熱い額へと優しく、しかし素早く宛がう。

 

「うぅ……ぁ、わたし、は……どうして……?」

 

 額が急速に冷やされ、思考のオーバーヒートが少しマシになったのか。ヤマトは魘されるように薄目を開け、視界に映るレイニアの顔を見上げた。

 

「しっかりしてください。これは……『術師熱』ですわ」

 

 レイニアは、ヤマトの手をギュッと握り締めながら、真剣な顔で告げた。

 

 

     * * *

 

 

「……ああもう! 防音術式が邪魔で、中身で何をやってるのか全然よく聞こえませんわ!」

 

 一方、宿屋の外のパラソルの下。

 中継が途絶えたことに苛立たしげに地団駄を踏むイザベラの横で、魔力通信に意識を傾けていたモルガンが、突然ビクリと肩を震わせた。

 

「何ですって!? イザベラメイド長、お屋敷の残留メイドから緊急のサイオン報告が!」

 

「私ではなく、モルガンに……? 内容は?」

 

「すいません、私の管轄の施設だったので直接来たみたいで……お、御二方の『本体』の保管庫で、緊急事態です!」

 

 モルガンの血相を変えた叫びに、隣で聞いていたベンザイアが目を見開く。

 

「はぁっ!? 俺様たちの本体に何かあったってのか!?」

 

「ヤマト様の本体が、急激に異常発熱しているとのことです! 現在、屋敷のメイドたちが総出で水魔術を展開し、冷却対応にあたっているとのことですが……温度の上昇が止まりません!」 

 

「なんだって!?」

 

 MMSの不調が先か、本体の暴走が先か。

 ヤマトの身に起きた未知の異常事態に、雨の降る街角で、メイド衆とベンザイアの顔が同時に青ざめるのだった。

 

 

     * * *

 

 

 薄暗い宿屋の防音室に、レイニアの緊迫した声が響き渡る。

 

「ヤマト様! あなたの魂は、その『勇者のカテドラル』は、いま本体とこの仮想体の『どっち』に宿っておられますか!?」

 

「ぁ……はぁっ……カ、テドラルは……意志と、魂だ……から、こっち、にぃっ……」

 

 息も絶え絶えに、ヤマトが自身の胸を掻き毟りながら答える。

 それを聞くや否や、レイニアは即座に意識を両手へと集中させ、太もものガーターホルスターに圧縮収納していた『龍杖』へのシステムコマンドを強引に入力した。

 

「『ドゥラ・ライズ・レフ・ライヌ・タジカル(龍化術・両手限定装甲化)』!!」

 

 ビキ、ビキビキビキッ!

 亜空間に収納されていた、自然魔力を帯びた超合金の分厚い鉄の鱗が、虚空から現れてレイニアの白魚のような両手へと容赦なくまとわりついていく。

 

「あぐっ!……っく」

 

 ビクン、と。中途半端に拡張された神経の過剰な反応で、レイニアの両手の先だけが焼け焦げるような、極端に痺れた感覚に苛まれた。

 しかし、彼女はそんな痛みを気にする素振りすら見せず、強靭な熱耐性を身に着けた龍の両手を、ヤマトが纏うトリコロールの鎧の隙間へと容赦なく差し込んだ。

 

「ヤマト様、度々ごめんなさい! 脱がしますわよ!」

 

「ふぇ……?」

 

 レイニアの切羽詰まった言葉の意味を、熱で混濁したヤマトの量子脳が理解する前に。

 レイニアは即座に、その龍の怪力と鋭い爪を持った両手で、ビリリィッ!とヤマトの胸部の鎧と、それに一体化していたぴちぴちのインナーを無残に引き裂いた。

 

 ぷるんっ。

 拘束から解き放たれ、豊満に揺れて露わになった、透き通るような白い胸の谷間。

 その中央には、異常な高熱を発しながら明滅し、煌々と脈打つ宝玉――『勇者のカテドラル』の姿が剥き出しになり、濃密な翡翠色の魔力光が部屋の空間を満たした。

 

「ぁ、あっ!? はぁ、はぁ……レイニア、だめ、恥ずかしい……やめて……」

 

 自身の最も無防備で神聖なコアを剥き出しにされ、ヤマトは涙目で弱々しく抵抗し、細い腕で胸を隠そうとする。

 だが、レイニアはその手を強引に押さえつけると、もう片方の龍の手で、たらいに溜めていたスライム状の冷却水(ゲル)をたっぷりと掴み取った。

 

「恥じらってなんて言ってる場合じゃないんですの!」

 

 ためらいなく、レイニアは冷たいゲルの塊をヤマトの胸の谷間――カテドラルそのものへと、ダイレクトに押し付けた。

 

「ひぅぁああぁぁぁぁッ……!!」

 

 ジュウゥゥゥゥッ!!

 ヤマトの艶かしくも情けない悲鳴と共に、凄まじい音を立てて冷却ゲルが一瞬にして沸騰し、白い水蒸気となって吹き上がる。

 

「……っ! 龍化したこの手でも熱いって……くそっ、たらいの冷却じゃ全然足りませんわ!」

 

 レイニアは舌打ちし、即座に次の詠唱を紡ぐ。

 

「『シズル・セフィルス・ヒョウラ・エッセ・ルクニカ(属性変更・氷・冬龍顕現)』!!」

 

 先ほどまで、カテドラルから伝わる異常発熱だけで、雨に濡れていたレイニアの服の水分すら蒸発して乾ききっていたほどの熱帯空間が。

 一瞬にして、極寒の冬の吹雪が吹き荒れたかのように温度を急降下させた。

 レイニアの龍の両手が絶対零度の冷気を纏い、薄っすらと霜を帯びる。

 

 レイニアは、氷の魔力を帯びたその鋭くも冷たい指先を、優しく、羽で撫でるように、ヤマトの高熱を持った胸の先からカテドラルにかけてゆっくりと這わせた。

 

「ぁ、あああっ! はぁ、はぁ……レイニア、レイニアぁ……っ! つめた、きもちぃぃ……もっと、ぉっ」

 

「変な声っ……出すな! この馬鹿ッ!」

 

 熱暴走に冷気が叩き込まれたことによる、機能的な快楽。

 ヤマトが身を捩り、瞳を潤ませて甘い声を上げる。

 レイニアは顔から火が出るほどの羞恥心に襲われながらも、極力その豊満な膨らみを直接見ないように視線を逸らしながら、雄々しい龍の腕でギュむ、ぎゅむ、とヤマトの柔らかい胸を揉み解し、魔力の熱を物理的に散らし、鎮めていく。

 

 

     * * *

 

 

「「「「…………。」」」」

 

 一方、宿屋の外。

 完全防音魔術によって音が一ミリも漏れないその部屋の窓ガラスの向こう側。

 土砂降りの雨の中、向かいの建物の屋根の上に並んで立ち、遠見の魔術やズーム機能を使って室内をガン見している四人のメイドは、そのあまりの『絵面』に、皆一様に口を開けたまま完全にフリーズしていた。

 

 彼女たちからは、必死の治療行為の切羽詰まった声は一切聞こえない。

 ただ、『服を破り捨てられ、半裸で胸を揉みくちゃにされて身悶える美しい女騎士』と、『その上に馬乗りになり、顔を真っ赤にして胸を揉みしだく姫様』という、情報量があまりにも多すぎる官能的なサイレント映画だけが、冷たい雨の向こう側で繰り広げられているのだ。

 

『……ひ、姫様ぁ……なんという、大胆な……っ』

 

『ヤミー……大人の怪談、昇っちまったな。女として……!』

 

 イザベラが鼻から一筋の血を流しながら、うわ言のようにサイオンで呟く。

 そしてベンザイアは親友の成長を(女としてのそれではあるが)静かに祝福するのであった。

 

 

 

 ——いや、あくまでも治療行為なのだが。

 

 

     * * *

 

 

「はぁ……はぁ! レイニア、この、熱……変なんだ。身体の中ぁ、暴れ、てっ……」

 

 荒い息を吐きながら、ヤマトが苦痛に顔を歪める。

 

「ははっ、無理もねえ……ですわ」

 

 レイニアは、額に汗を浮かべながら悪態をついた。

 

「昨日、わたくしと無理やり合体するために、貴方のカテドラルに魔術の適性を無理やり増設したから……その魔力をため込む機能に、周囲の環境マナを限界以上にため込み過ぎてっ、熱を出してるんですの。魔術師の勉強を始めたばっかりの不器用な子供が、よくなる奴、ですわ」

 

 レイニアは、胸から、腰、肩、そして全身の魔力経路(パス)を物理的に揉み解すように、冷気を纏った龍の腕で優しく、それでいて力強くマッサージしていく。

 そのマッサージが的確に急所を突く度に、ヤマトの透き通るような白い肌が、ビクン、ビクンと敏感に跳ねた。

 

「んん、くっ!ぁ、あっ! やだ、ぁ……ひっ……にゃあっ」

 

 快感と苦痛の混じった涙を流しながら。

 ヤマトは、熱で混濁した意識の中で、うわ言のように呟いた。

 

「私は……私は、大人に、ならなきゃいけないのに……こんな、子供みたいなミスで……ぁっ」

 

「……ぁ?」

 

 ピタリ、と。レイニアの手の動きが止まった。

 意識を朦朧とさせ、涙を流しながら。それでも尚、過去の『呪い』のように、彼が一人で背負い続けていた「大人でなければならない(理想の司令官でなければならない)」というその悲痛な執着。

 ヤマトのその言葉が、レイニア(レオン)の魂の底にあった、一番痛い『逆鱗』に触れたのだ。

 

 若すぎる彼に、すべての責任を押し付けて死なせてしまったという、前世からの猛烈な後悔。

 今、この平和になった別の世界に来てまで、まだそんな虚勢を張って、一人で苦しんでいるのか。

 

 ギュッ!!

 

 レイニアは、ヤマトの胸の谷間で明滅するカテドラルを、氷を纏った龍の爪で思いっきり、容赦なく握り潰すように掴んだ。

 

 ジュウウウウウゥゥゥッ!!

 激しい冷却音が部屋を満たし。

 

「ひぁぁぁっ!?」

 

 ビグンッ!!と、ヤマトが腰を弓なりに跳ね上げ、悲鳴を上げた。

 

「まったく……! こんな時くらいっ! 意地張るの、やめろよバカ野郎が!!」

 

 姫君としての言葉遣いなど完全に吹き飛び、前世の軍人としての、魂の底からの怒鳴り声が防音室に響く。

 

「駄目だっ、駄目……何か、あっ、ああ! 来るっ! ぅああっ!!」

 

 強烈な痛みと冷気、そしてレイニアの怒り(魂の共鳴)に当てられ。

 ドクン、ドクン、ドグン!!

 と。ヤマトの胸の奥で、勇者のカテドラルから発せられる心音が、限界のピークに達した。

 

「あっ!?」

 

 その瞬間、ヤマトの腰がまた弓なりに跳ね、押し上げられたヤマトの胸で輝くカテドラルが、バシャッ!と機械的なパーツを放射状に展開した。

 

 ジジ、バチィッ!

 

 それは、目も眩むような青白いスパークを激しく放出し始めた。

 それは、かつてのネオンワンスで、司令官たるヤマトが部下たちと武装のやり取り(リンク・ウェポン)を行うためのエネルギーパスの構築現象に酷似していた。

 

 だが、決定的に違う点がある。

 

 本来ならば純粋な霊子エネルギーであるはずのそのスパークは、レイニアの魔力と同調した結果、薄く、ひどく艶めかしい『桃色の魔力光』を纏っていたのだ。

 

 桃色のスパークは爆発的に溢れ出し、防音室を満たし、そして物質の壁すらも透過して宿屋の外へ――雨の降る街全体へと、雷鳴のような轟音を轟かせながら放射状に拡散していった。

 

 

     * * *

 

 

 一方、宿屋の外。

 雨宿りをしながら固唾を飲んで様子をうかがっていたメイド衆とベンザイアの頭上に、その桃色の閃光が降り注いだ。

 閃光は、周囲の人間や、復興作業を手伝っていた魔物たちの身体を、何事もなかったかのようにすり抜けていく。

 しかし、その場でただ一人。シェイプシフターの眷属であるベンザイアのMMSにだけは、強烈な影響を及ぼした。

 

 バヂィッ!!

 

「ベンザイア様!?」

 

「お、おいベッチー! どうした!」

 

 突然、ベンザイアの身体が激しいスパークに包まれ、モルガンとローラが心配そうに叫ぶ。

 しかし、ベンザイア自身も何が起きているのか分からず、激しく痙攣しながら戸惑いの声を上げた。

 

「なっ!? ちょ、何で俺様まで!? わ、あっ!?いあああぁぁぁぁっ!!」

 

 ビクンッ!!

 

 突然、全身の神経回路に叩き込まれたのは、許容量を遥かに超える暴力的なまでに甘い『快楽』の奔流だった。

 ヤマトとレイニアの密室での熱い同調が、システムを通じてダイレクトに流れ込んできたのだ。

 ベンザイアは背筋を弓なりに反らせ、乙女のような甘い悲鳴を上げてその場にドサリと、水たまりの中へと倒れ込んだ。

 

 ビクビクと痙攣して悶える彼女の足元に、桃色のスパークが急速に集束していく。

 すると、彼女のMMSの足元に物理的に再現されていた『ショックブーツ』が、ガチャガチャ、ギュイィィン!と甲高い駆動音を立て始めた。

 流線型の装甲がスライドし、魔術的なルーンの刻印が装甲の表面に浮かび上がる。

 その形状は、新たな機能を持った未知の兵装へと微妙に、しかし確実に『変形(アップデート)』を遂げていったのだ。

 

「はぁっ……はぁ……な、なんだこれ……」

 

「ベンザイア様、大丈夫ですか!? 今のは一体……」

 

「こ、れは……アップデートしやがったのか?」

 

 息も絶え絶えに起き上がったベンザイアは、自身の足元で真新しい輝きを放つショックブーツを見つめ、青ざめた顔を引き攣らせた。

 

「カテドラルの野郎、あの極限状態の魔力暴走を『武装共有(リンク・ウェポン)』のプログラムに変換して、強制的に俺様の装備を書き換えやがったのか?」

 

 ベンザイアは、まだ足に残る痺れを振り払うように、試しにその場でぴょんぴょんと跳ねてみた。

 そして、意を決して屋根の端から空の空間へと飛び降り、アップデートされたショックブーツの出力だけでホバリングしようと試みる。

 

 キュイィィン……ガァンッ!!

 

「うおぉっ!?」

 

 ブーツの底からエネルギーが噴射された瞬間。空中に、幾何学的な紋様を描く青白い『魔法陣』が瞬時に展開されたのだ。

 噴射の威力はかつての比ではなく、同時にその魔法陣が空中に強力な『反作用の壁』を生み出した。

 まるで何もない空中に、堅牢な新たなる足場が突如として生まれたかのような、圧倒的な踏み込みの感覚。

 予想を遥かに超えた推力と魔術的現象にバランスを崩したベンザイアだったが、空中で錐揉み回転しながらも、その新しい足場を蹴って強引に軌道を修正し、見事に元の屋根の上へと舞い戻ってきた。

 

「こ、こりゃすげぇ……。俺様たちの固有武装に、魔術ってやつの理屈も完璧に乗っかったのか。これなら空中戦でも無類の機動力が発揮できるぜ」

 

 戦士として、そして機械生命体として、異世界の魔力と機械技術が融合した奇跡的なシステム連携の証に、純粋な感嘆を漏らすベンザイア。

 だが。

 

「で……でも、いまの感覚……ひぇぇ……」

 

 ベンザイアは、先ほど全身を貫いた、ヤマトと同調したレイニアの情欲が混ざり合ったかのような異常な快楽の余韻を思い出し、顔を真っ赤にしてガタガタと震え上がった。

 

「あんなエグいモン通信に乗せられるなら……俺様、もう二度と戦場で武装のやり取りなんてしたくねぇよぉ……っ」

 

 最強の武器転送システムが、最悪の『精神的セクハラ通信』へと変貌してしまったことに戦慄し。

 永遠のプレイボーイたるベンザイアは、土砂降りの雨の中で、乙女のように両腕で自らの身体を抱きしめて涙目になっていた。

 

 宿屋から放たれた桃色のスパーク――魔力と霊子が融合した奇跡のビーコンは、ベンザイアをアップデートさせた後も止まることはなかった。

 それは天高く舞い上がり、雨雲を突き抜けて遠くの空へと拡散していく。そして、まるで仲間を探し求めるかのように何回も、今のベンザイアに落ちたのと同じような桃色の落雷を、何処かの誰かへと落としながら、静かに消えていくのだった。

 

 

     * * *

 

 

 桃色の閃光が部屋を満たし、そして嵐のように外へと抜け去っていった直後。

 極限の魔力暴走を終えた薄暗い防音室に、荒い呼吸音だけが残された。

 

「はぁっ……はぁっ……ぁ、はぁっ……」

 

 汗だくで息を切らせたヤマトが、薄く目を開け、ゆっくりと意識を取り戻す。

 その矢先、上に跨っていたレイニアが、ぐらりと熱にのぼせたような顔をして、限界を迎えたようにヤマトの身体の上へと倒れ込んできた。

 

「わっ……レイニア!? レイニア! 大丈夫か……?」

 

 ヤマトは慌てて彼女の肩を支え、声をかける。

 

「へーき、ですわぁ……ヤマト様は、大丈夫ですの……?」

 

 レイニアの瞳はとろんとしていたが、苦痛はないようだ。

 本当にただ、高温の魔力に当てられて長風呂でのぼせただけのようだった。

 ヤマトはホッと息を吐き、恐る恐る自らの胸の中心――『勇者のカテドラル』へと触れる。

 カテドラルは先ほどの巨大な放電(スパーク)によって危険な余剰エネルギーをすべて外部へと吹き飛ばしたのか、今は人肌程度の心地よい温度に戻り、静かで規則的な安定稼働の脈動を繰り返していた。

 もしこれでもまだ熱暴走が続いていたら、レイニアに危険が及ぶため、ヤマトは即座に彼女を自分から引き剥がしていただろう。

 

 危機が去ったことを理解し、ヤマトは心底安心したように、腕で自らの目を隠すようにしながら床の上で深く脱力した。

 

「……んっ、落ち着いたようだ。……はぁ、すまない、レイニア。その……さっきの、子供じみた強がりを言って……」

 

「……へへっ。その呼び方の方が、わたくしは嬉しいですわ」

 

 倒れ伏した胸の上から聞こえた柔らかな声に、ヤマトはハッとする。

 ヤマトは自身の動揺と安堵から、無意識のうちに『姫』という敬称を抜いて、彼女の名前を呼んでしまっていたのだ。

 

「ヤマト様……いえ、ヤマト」

 

 レイニアはヤマトの胸元から顔を上げ、優しく微笑みかけた。

 

「わたくしには、甘えていいんです。わたくしは、あなたのすべてを知っているとは言いませんが……あなたが一人で、どれほど重いものを抱えてきたのかは、知っていますわ」

 

「……レイニア」

 

「きっとあなたは、これからも不器用に、自ら進んでそうやって抱えるものを増やしていくのでしょうね。でも、そうして一人で抱えきれなくなって、さっきの熱のように限界を迎えたら……その時は、わたくしを頼ってくださいな」

 

 レイニアは、いつの間にか龍化の装甲を解き、元の華奢な人間の手に戻った指先を、ヤマトの頬へとそっと伸ばした。

 

「だってわたくしたち……『相棒』でしょう?」

 

 前世の記憶を共有しているがゆえの、あまりにも深い理解と慈愛に満ちた言葉。

 レイニアはそのまま、人間に戻った柔らかい手で、ヤマトの豊満で白い胸の谷間に、ふにっ、と優しく手を置いた。

 

「ぁんっ……」

 

 急な刺激と、限界まで張り詰めていた緊張が解けたことによる弛緩。

 ヤマトの口から、自分でも信じられないような、ひどく甘く甲高い声が漏れてしまった。

 

 ――その、瞬間だった。

 

 ごりっ……。

 

 何かひどく『硬い異物』の感覚が、お互いの密着している下腹部の間に伝わったのだ。

 

「……え?」

 

「……は……?」

 

 ヤマトの顔が引き攣り、レイニアの顔からスッと血の気が引いていく。

 恐る恐る、レイニアはヤマトの胸の上から半身を起こし、自分とヤマトの下腹部の間に、一体何が挟まっているのか――自らの身に何が起こったのかを確認する。

 

 (待て。待て待て待て待て、あり得ない。わたくし今は、正真正銘の『女』ですわよ? まさかね? まさか……この『嫌に懐かしい異物感』は……)

 

 カテドラルからの未知の桃色の魔力光を浴びたこと。

 そして何より、男(レオン)としての魂の記憶を持ちながら、目の前で胸をはだけて喘ぐ絶世の女騎士(しかも好みのデカい胸)の姿に、極限の『興奮』と『情欲』を抱いてしまっていたこと。

 異界の魔術と、金属生命体の未知のシステムが、レイニアの強烈な『雄(オス)』としての本能のバグを受信し、局地的に彼女の肉体構造を書き換えてしまった結果。

 

 『ソレ』は、濡れたワンピースのスカートを内側からテントのように捲り上げる形で。 

 ちょうど眼下で仰向けに倒れている女騎士(ヤマト)の無防備な下腹部に押し付けられるような形で。

 金属の重厚、かつ暴力的な威容を屹立させながら、確かな熱を持ってその存在を猛烈に主張していた。

 先程腕に顕現させていた龍化魔術の、極めて局地的な顕現が、無意識に行われたのである。

 

「……きゅうっ」

 

 ゴトンッ!!

 

 その規格外の『オス』のシンボルの存在を視覚で確認してしまったヤマトは、限界を超えたキャパシティオーバーにより、再び床に頭を激しく打ち付けて、綺麗な白目を剥いて完全なる気絶(シャットダウン)を果たした。

 

「な、ななななな!? なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

 遅れて事態を完全に把握したレイニアの、乙女の悲鳴とも、男の雄叫びともつかない絶叫が防音室に木霊する。

 客観的に見れば、服を破られて気絶している美女の上に馬乗りになり、股間に巨大な突起物をそそり立たせている少女という、道徳的(倫理的)に完全にアウトで即通報レベルの絶望的な状況である。

 

「ひぃぃっ! 隠れろ、戻れ、引っ込みなさいわたくしのバカッ!!」

 

 とりあえず、レイニアは涙目でその立派すぎる金属のソレをスカートの内側へと必死に押し込み、隠そうと格闘しながら、誰に届くわけでもない悲鳴を上げ続けるのだった。

 

 その悲痛な叫び声ですら、廊下や一階には完全に一音も漏れ出さない。

 宿屋の初老の店主が施した『お楽しみ防音魔術』は、今日も素晴らしい一級品の性能を発揮しているのであった。

 

 

     * * *

 

 

 ――数分後。

 レイニアの悲痛な祈りが通じたのか、あるいは魔力のバグが一時的なものであったからか。

 ヤマトの下腹部に屹立していた規格外の金属パーツは、先ほどまでの威容が嘘のようにシュルシュルと縮退し、超空間の彼方(亜空間武装ストレージ)へと自動的に収納されていった。

 完全に平らになった自らの下腹部を確認し、レイニアは壁に寄りかかって安堵の特大の溜息を吐き出した。

 

「はぁぁぁぁ……!寿命が、寿命が10年は縮みましたわ!

 小さくなっても生えっぱなしとかいってたら、今度こそ人生計画を完全に作り変えなきゃいけないところでしたわ……」

 

 心臓は未だに早鐘を打っているが、とりあえず道徳的(倫理的)な最悪の危機は去った。

 しかし、気絶したヤマトを冷たく硬い床の上にこのまま放置しておくのは、いくらなんでも忍びない。

 レイニアは気を取り直してヤマトの傍らに跪き、そのスレンダーな背中と膝裏に腕を回して、持ち上げようと力を込めた。

 

「よ、よい……しょぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 ふんぎぎぎぎぎっ!!と、レイニアの顔が瞬時に真っ赤に染まり、腕の筋肉が悲鳴を上げる。

 

「な、なんでこんなに、肌の感触は柔らかいのに……質量差は律儀に『およそ2.3倍(地球の珪素と炭素の比重差)』もありますの……!?」

 

 見た目は美しい人間の女性そのものなのに、その体重は優に100キロを優に超えているのだ。

 レイニアはプルプルと生まれたての子鹿のように腕と膝を震わせながら、文字通り必死の形相でヤマトをお姫様抱っこし、数歩先のベッドへとフラフラと歩みを進める。

 

 気絶した瞬間の白目を剥いた壮絶な顔から一転し、今のヤマトは、魔力暴走の熱からも解放されてすっかり疲れ切ったのか、穏やかな顔ですぅすぅと規則的な寝息を立てていた。

 そのあどけない寝顔を間近で見下ろしながら、レイニアは何とか無事にふかふかのベッドの上へとその重い身体を沈めた。

 

 そして、先ほどの治療で豪快に引き裂いて露わになってしまっている豊かな胸元を含む、ヤマトの身体全体に、そっとシーツと毛布を被せてやる。

 

「まったく……。あの地球でも、そしてこの世界に来ても、いっつも厄介な騒動ばかり起こすんだから……」

 

 口では文句を言いながらも、レイニアの表情には呆れよりも深い親愛の色が浮かんでいた。

 

 レイニアはヤマトの寝顔をしばらく見つめた後、ふぅと息を吐き、広いベッドの反対側の端にどっこいしょと腰掛けた。

 密室の防音室。今はもう、口煩い作法メイドのイザベラの目もない。

 レイニアは王族の姫らしからぬ、しかし前世では最もリラックスできた姿勢――胡坐をかき、窓枠に片肘をついて、降りしきる雨の外の景色をぼんやりと眺め、物思いに耽り始めた。

 

 (……色々と規格外な事ばかり起きたけれど、こうしてまた、アイツと肩を並べて一息つける日が来るなんてな)

 

 静かな雨音だけが、窓ガラスを叩き続けている。

 しばらくそうして心地よい静寂に浸っていた、その時だった。

 

「ぅぅ……んっ……」

 

 背後のベッドから、ヤマトが小さく魘されるような声を漏らした。

 レイニアはビクリと肩を揺らす。

 

(まさか、さっきの極限の治療のせいで、何か変な……いやらしい夢でも見てるんじゃありませんわよね?)

 

 と、レイニアがヒヤヒヤしながら祈っていると、毛布の隙間から、ヤマトの弱々しい寝言がこぼれ落ちてきた。

 

「レオン……」

 

 その名前に、レイニアの胸がドクンと鳴った。

 

「ごめん……ごめんなさい……」

 

 うわごとのように、ヤマトが呟く。

 それは、いつも気丈に振る舞う「完璧な司令官」のそれではなかった。

 彼女の本当の精神年齢に相応しい、痛いほどに等身大で、ひどく幼い、歳相応のような謝罪の声だった。

 

「置いて行って……ごめん。勝手に……私が犠牲になれば、全部解決するんだって……そう思って……」

 

 ヤマトは、ギュッとシーツを握りしめ、苦しそうに眉根を寄せる。

 

「私は……わたしは……独りぼっちにして、ごめんなさい……っ」

 

 ――あぁ。

 レイニアは、窓の外からヤマトの寝顔へと視線を戻し、優しく目を細めた。

 このバカは。別の世界に転生して、平和な景色を見るまでになっても、ずっとその罪悪感を、この小さな魂の中に抱え込み続けていたのだ。

 俺を、たった一人で地球に帰してしまったという、その後悔を。

 

 レイニアは、小さくため息をついた。

 

(地球の迷信じゃ、たしか『寝言への返事は、あの世の死者と会話することになるから縁起が悪い』んだっけか?)

 

 レイニアは、前世でよく祖母から聞かされていた日本の古い迷信を思い出す。

 

(……まぁ、いいさ。俺もコイツも、一度は別々の場所で死んだ身だ。今更、縁起もクソもあるかよ)

 

 レイニアは、胡座をかいたまま、ベッドで身をよじるヤマトの頭へとそっと手を伸ばした。

 そして、姫君としての繕った声帯を捨て去り。

 かつての、不器用な相棒の頭を乱暴に撫でてやった時の、あの泥臭い『レオン』の口調で、静かに、しかしはっきりと、その寝言へと返事をした。

 

「馬ぁ鹿。……言うのが遅えんだよ」

 

 ヤマトの金髪を優しく梳きながら、レイニアは微笑む。

 

「もう、良いよ。……こうしてまた、会えたんだから」

 

 その許しの言葉は、宿屋の完全な防音魔術の静寂と、窓を叩く優しい雨音の中に溶け込み。

 悪夢に囚われていたヤマトの表情を、ふわりと安らかなものへと変えて、静かに消えていったのだった。

 

 

     * * *

 

 

「れ……レイニア、せめて服は他のものに変えられないか? 私にはこんなヒラヒラした格好は、流石にちょっと……」

 

「先ほどの治療で破いてしまったのは申し訳ありませんが、本体の元に戻らないとMMSの服の再生成もできないんでございましょう? 『郷に入っては郷に従え』ですわよ?」

 

「なぁっ……なんでそんな地球のことわざを知っているんだ、君は」

 

「あははっ、予知夢ですわよ? 予知夢」

 

 雨上がりの澄んだ空気に、そんな軽妙な会話が響く。

 コン、コン。

 領主の館の重厚な大扉が、控えめに叩かれた。

 

 ギィィ……と玄関の扉が開く。

 そこに立っていたのは、何事かをやり遂げたような満面の笑みを浮かべるレイニア姫と。その背後で、真っ赤な顔をして俯き気味になっているヤマトの姿だった。

 

 ヤマトはMMSの女騎士の鎧ではなく、宿屋の女将から急遽借り受けた(買い取った)という、村娘が着るようなシンプルで可愛らしいブラウスと、少し丈の長いフレアスカートに身を包んでいた。

 勇猛な騎士の面影は薄れ、どこからどう見ても、少し背の高い純朴で美しい町娘である。

 

 そして、そんな二人をエントランスで待ち構えていたのは。

 やけに良い笑顔で、口元を隠しきれずにニヤニヤとしている『四人』のメイドたちだった。

 

「おかえりなさいませ、レイニア姫。ヤマト殿」

 

 作法メイドのイザベラが、恭しく、しかしどこか含みのあるネットリとした声で一礼する。

 

「雨の中の視察、さぞかし……『お楽しみでしたね?』」

 

「……っ!?」

 

 続けたベンザイアの言葉に、ヤマトがビクンと肩を震わせ、さらに顔を赤くしてレイニアの背後に隠れるように身を縮めながら少しだけ訝しげに眉をひそめた。

 

「べっ……ベンザイア、なぜお前までメイド服姿に混じって並んでいる?」

 

 指摘通り、イザベラ、モルガン、ローラの横には、メイド服をノリノリで着こなしたベンザイアが、しれっと混ざってお淑やかな礼をキメていた。

 

「さぁて? ほら、俺様は暇だったし、お留守番のメイドちゃんたちのお手伝いをしてただけだぜ~? ほら、旦那の本体も途中で滅茶苦茶熱くなってた騒ぎもあったし、そっちの対応とかで色々と、な?」

 

 ベンザイアは明らかに視線を泳がせながら、「ピープー……ピープー……」電子音で構成された誤魔化しの口笛を下手くそに吹いてみせた。

 その態度の白々しさに、レイニアのオッドアイがスッと細められる。

 よく見れば、メイドたちの様子もどこかおかしかった。

 着替えたばかりなのかメイド服にはシワ一つなく、モルガンの温風魔術で急いで乾かしたばかりのような、石鹸の匂いと妙な温かさ(ふかふか感)を漂わせているのだ。

 

「……三人とも。まさか、わたくしたちの後を追ったり、何処へ行ったか監視したりしていませんでしたわよね?」

 

 レイニアの静かな、しかし確かな圧を持った問いかけ。

 

「ま、まさかそんな……ええ、滅相もございませんわ姫様。わたくしたちはずっとお屋敷で、お留守番を……」

 

 イザベラが冷や汗を流しながら完璧な作り笑いで否定した、その直後。

 

「へっ……ぶえっくしっ!!」

 

 筋肉メイドのローラが、盛大に、エントランスに響き渡るほどの豪快なくしゃみをしたのだ。

 

「あー、クソッ。俺たちだって、あんな土砂降りの中、屋根の上で雨宿りして流石に風邪ひきたくねえもんなぁ! あ、やべっ」

 

 鼻をすすりながら、自爆同然の発言を無自覚に零すローラ。

 イザベラとモルガンが「あちゃー」と天を仰ぎ、ベンザイアがススッと後ずさりをする。

 数秒の、重苦しい静寂がエントランスを支配した。

 

「……なるほど。屋根の上、ね」

 

 レイニアの周囲の温度が、魔術を行使したわけでもないのに急激に低下していく。

 絶対零度の笑みを浮かべたレイニアは、ゆっくりと、一言一言を噛み締めるように言った。

 

「正、直、に、言いなさい」

 

 背後に魔王の幻影すら見えそうなほどの、凄まじい圧。

 防音室の中のあの『とんでもない光景』まで見られていたのかどうか、というレイニアの生命線に関わる最大の恐怖が、その圧に拍車をかけている。

 

「「「「……ごめんなさい」」」」

 

 王国最強のメイド衆と、星を渡った鋼鉄の戦士が。

 美しき姫騎士の怒りの前に完全降伏し、一切の言い訳を諦めて、玄関の冷たい大理石の床に土下座せんばかりの勢いで深々と頭を下げるのだった。

 そんなメイド衆とベンザイアを見下ろしながら。

 レイニアは、先ほどまで爆発しそうだった顔の赤みを前世の軍人としての精神力(気合い)で強引に引かせると、ふぅ、と一つ深呼吸をした。

 

「……まぁ、見られたのなら話は速いですわ。予想は出来てましたし」

 

 その顔から火が出るような内容(恥態)に反して、レイニアは努めて冷静に、王族の姫騎士然とした毅然たる態度でそう言い放った。

 

「う、ぅぅっ……!?」

 

(えっ、そうなの!? あんな破廉恥な状況を見られていたのに、そんなに落ち着いていられるの!?)

 

 と言わんばかりに、隣のヤマトは涙目でレイニアの横顔を見つめる。 

 しかし、メイドたちとベンザイアの手前、決して動揺を顔には出さず、「おほん」とわざとらしく咳払いをしてレイニアの横に凛と構え直した。

 

「と、申しますと……? 押し倒した『責任』を、速攻でお取りになるおつもりで?」

 

「式はいつにいたしますか? 早急に王都の国王陛下にご連絡をしないと……」

 

 立ち上がったイザベラとモルガンが、目を輝かせてわたわたと結納と結婚式の準備の算段を始めようとする。

 

「ちがぁう!!」

 

 冷静さを装っていたレイニアの仮面が一瞬で剥がれ落ち、絶叫じみた声がエントランスに響き渡った。

 

「そうじゃなくて! モルガン! あなた、防音室の外からあの状況をずっと見ていたなら、当然魔術的な解析は終わっているのでしょう!? あの『桃色のビーコン』についてですわ!」

 

「……あ、あぁ! あれですか!」

 

 レイニアの気迫に押され、モルガンは慌てて片眼鏡を押し上げた。

 

「もちろん、バッチリ記録しております。あれがベンザイア様に及ぼした一時的なアップデート現象と、それと似たような『放電状の魔力及び未知の情報エネルギー――霊子とやらの合わさった落雷現象』が目視できただけでも数回、このシャイアラ王国領地内で確認されています。

 これはあくまで予測ですが……気象魔力と霊子の波及速度から計算するに、国外にも同様の現象が発生している可能性が極めて高いです」

 

 モルガンがサッと手を翻して呪文を唱える。

 すると、エントランスの中央ホールの床に象られたシャイアラの国章の上に、ヴンッ!と青白い光の粒(パーティクル)が無数に集まり始めた。

 それは瞬く間に、この国と周辺諸国を網羅する精緻な『立体的な地形図』のホログラムとして投影された。

 そして、宿屋を中心とした同心円状の波紋が広がり、あの場から目視できた放電現象(桃色のビーコン)の着弾予測地点と計算距離が、この世界の言語で次々とポップアップ表示されていく。

 

「……! まさか……!」

 

 立体地図に表示された複数の「着弾予測地点」。

 その意味する意図を理解したヤマトが、ハッとしてレイニアを振り返る。

 

「ええ。ベンザイアが同時に転生していた時点で、ある程度の予想は出来ていましたが……これは、思わぬ収穫ですわ」

 

 ぺろり、と。

 レイニアは無意識に自身の唇を嘗めた。

 それは、戦況を俯瞰し、次の戦略目標を定めた時に見せる興奮――戦地を駆ける生粋の姫騎士の『悪癖』だった。

 

「勇者のカテドラルは、わたくしの魔力との同調によってこの世界の魔術システムに対応した。そして、その極限状態のアップデート情報(影響)を……かつてカテドラルを通じて『武装共有(リンク・ウェポン)の契約』を交わした魂すべてに、一斉伝播させた可能性が高いですわ!」

 

 レイニアは立体地図を指し示し、力強く断言する。

 

「つまり、この予測地点の下に、ヤマトの眷属……ネオンワンスのシェイプシフターたちが、別の姿に転生して潜伏している可能性があるということですわ!」 

 

「「「!!」」」

 

 その場にいる全員が、レイニアの導き出した仮説に衝撃を受け、息を呑んだ。

 

「なるほど……ってことは」

 

 沈黙を破ったのは、ベンザイアだった。

 彼女は腕を組み、ニヤニヤと意地の悪い笑みをヤマトに向けた。

 

「あの防音室の中で、俺様と同様に……あの滅茶苦茶揉みくちゃにされた司令の『すっげぇ感覚』ごと送信された桃色パワーアップ電波を、各地の仲間たちが全員受信しちまったってぇことか?」

 

 「あ!あ、あ、あああ……」

 

 ベンザイアの身も蓋もない残酷な指摘に、ヤマトはくらっと強烈な目眩を覚え、頭を押さえてよろめいた。

 

 (私の……私の司令官としての威厳が。あの痴態が、未知の宇宙で全方位に大公開されてしまっただと……!?)

 

「しっかり、しっかりして……よしよし」

 

 白目を剥きかけるヤマトの肩を抱き寄せ、ポンポンと優しく宥めるレイニア。

 だが、すぐに気を取り直してヤマトの背中を叩くと、姫騎士の抜き身の剣のような鋭い目をして、話を先へと進めた。

 

「シェイプシフターの戦力と未知の技術体系は、近年激化の一途をたどる魔王軍との戦いにおいて、必ずや我々人類必須の力となってくれるはずです! そうですわね、ヤマト?」

 

 両手で真っ赤な顔を覆って絶望していたヤマトだったが。

 レイニアのその力強い言葉に、手の隙間から真剣なオッドアイを覗かせ、深く頷いて答えた。

 

「……あぁ。私の仲間たちに、この世界を蹂躙する魔王軍のような理不尽を赦せる者は、一人として存在しない。

 それに……この未知の世界に、何も知らずに放りだされた仲間たちがいるのなら。司令官として、必ず迎えに行かねばならない!」

 

 羞恥を乗り越え、ヤマトは新たな決意を固めた言葉を響かせた。

 その横顔を見て満足げに頷くと、レイニアは振り返り、メイドたちに高らかに命じた。

 

「モルガン! イザベラ! ローラ! 街の復興の進行と共に、少数精鋭での遠出の支度を始めておきなさい!」

 

「わかったよ、姫様! 新しい武器の出番だねぇ!」

 

「了解しましたぁ♡ 道中の宿の手配と、お二人の『お部屋』の確保はお任せを!」

 

 ローラとモルガンがノリノリで敬礼し。

 

「了解しましたわぁ……はぁ、ヤマト様を伴侶に迎えれば少しは落ち着くかと思ったのに……うちのお姫様は本当に、いつになったら腰を落ち着けてくださるのやら」

 

 イザベラが、呆れたような、しかしどこか嬉しそうなため息交じりに応える。

 

「これより! この世界における『ネオンワンス』の再結成事業を展開しますわ!」

 

「うむ……! 異世界ネオンワンス、異世界に散った仲間の救助に、出動だ!」

 

 マントを翻すように手を高く掲げ、第三皇女としての王命を下すレイニア。

 それに並び立ち、異世界に降り立ったばかりの鋼の司令官が力強く宣言したのだった。

 それは、世界の命運を左右する、新たなる旅立ちの鮮やかな幕開け――。

 

「……で。あの恥ずかしい桃色電波の言い訳は、ちゃんと仲間たちに会う前に考えときなよ、旦那?」

 

 ベンザイアの容赦のない付け足しの一言が、空気をぶち壊した。

 

「ごぶふっ!?」

 

 ジャララララララッ!!

 完全に忘れていた羞恥心を抉り返され、ヤマトは再び盛大に白目を剥き、口から大量の銀色のナノメタルを噴出した。

 

「きゃああああっ!?」 「ヤマトぉ!?」

 

 「だ、旦那ぁ!? しっかりしろ! MMSが崩壊するぞ!」

 

 決めた直後にバグを起こしてぶっ倒れる鋼鉄の勇者に、レイニアとメイドたちが慌てて駆け寄る。

 かくして、彼らの前途多難で気まずすぎる異世界救済の旅が、賑やかな悲鳴とともにドタバタと始まるのであった。 




次回予告

ベンザイア「メイド服って良いな、意外と動きやすいし」

イザベラ「当然ですわ、メイドたるものいついかなる事態でも迅速な行動を以て主のお世話を完ぺきにこなすことこそ義務というもの」

モルガン「布面積多いから実験の薬液やアーク溶接の火花が飛び散ってもへっちゃらなんですよねぇ、あ、通気性も抜群ですよぉ」

ローラ「洗濯しやすいから敵の返り血も洗い流しやすいしな!」

ベンザイア「――メイドってぇ、何だっけ?」

イザベラ「次回『女騎士のハイレグレオタードアーマーについての考察』」

ローラ「なっつかしいなぁビキニアーマー、昔ダンジョン攻略を水晶配信してた頃によく使ったっけ」

ベンザイア「その配信筋肉密度高すぎねぇ?」
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