Tandem Shape Force Fantasia!!   作:EMM@苗床星人

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Log2-1 『老龍は歌って踊る』

——夜明け。

 

 自然の森と堅牢な石造りの壁に囲まれた城壁街『ミドルツカント』は、朝日が昇る前からすでに喧騒と活気に包まれていた。

 

「そらそら、道を開けな! 焼き立てのパンと採れたての野菜が通るぞ!」

 

「昨日の今日だっていうのに、領主様の砦の前でまた何かデカいモンが動いてるってよ!」

 

「野次馬に行くならウチの串焼き買ってから行きな! 見物のお供に最高だぜ!」

 

 先週、巨大な龍のバケモノに街を半壊させられたばかりだというのに。

 この過酷なファンタジー世界で最前線を生き抜く彼らは、魔術の存在や、日常茶飯事に起こる魔物の襲撃といった『異常事態』に対する耐性が高すぎるのだ。

 早朝の砦の中庭、中央噴水前に続々と集まってきた民衆たちは、皆一様にパンを齧ったり串焼きを頬張ったりしながら、これから起こる未知の現象を「無料の見世物」感覚でワクワクと見守っていた。

 

「おい見ろ、地面が割れるぞ!」

 

 ズゴゴゴゴゴゴッ……!!

 

 民衆の歓声の中。

 砦の中庭の大地が、土魔術の凄まじい力によってまるで巨大なエレベーターのように四角く捲れ上がった。

 地下の格納庫からゆっくりとせり上がり、朝日に照らされてその威容を現したのは――地球の道路交通法に照らし合わせれば一発で規制されかねないほど、異様に幅広で無骨な形状をした『超大型の魔導輸送ビークル』だった。

 

 装甲板を繋ぎ合わせたようなゴツゴツとした外装。魔力で明滅する巨大な車輪。

 そして、その広大な荷台の上には、深紅のスポーツカー(ベンザイア)と、トリコロールカラーの巨大なトラック(ヤマト)が、極太の金属ワイヤーと防護の魔術結界によってガッチリと固定・積載されていた。

 現在、ヤマトもベンザイアも、人間サイズの仮想体であるMMS(メンタルモデルシステム)を稼働させて活動している状態だ。

 故に、荷台に積まれた二台のビークルは精神(システム)が入っていない、ただの超高価で巨大な『抜け殻(本体)』として静かに鎮座している。

 

「凄いな……」

 

 荷台の前に立ち、大きな荷物を背負いながら町娘の衣装を纏ったヤマト(MMS)が、その未知の魔導車両を見上げて、短くも純粋な感嘆の声を漏らした。

 

「炭素生命の技術に対する貪欲さ(リバースエンジニアリング)には毎度圧倒される。

 これほどの質量を浮上させ、しかも二台の巨体を安定して積載できる自走プラットフォームを一週間で構築するとは」

 

「ふっふぅん!」

 

 ヤマトの絶賛の声を聞き、隣で腕を組んでいた教育メイドのモルガンが、これ見よがしにふんぞり返ってドヤ顔をキメた。

 キラリ、と朝日に片眼鏡を反射させる。

 

「ヤマト様とベンザイア様の本体は、現在中身(精神)がMMS(そちら)に移行して入っていない休眠状態でしたので……

 時間が許す限り、お二方の身体構造を隅々まで舐め回すように解析させていただきました♡」

 

「……さらっと恐ろしいことを言うな、君は」

 

 寝ている間に身体の中身を暴かれていたという事実に、ヤマトの顔が少しだけ引き攣り、ぞわぞわと身震いする我が身を抱く。

 

「その結果、ヤマト様たちの構成物質と動力系から得られたデータを元に、我々の魔術理論に幾つかの革新的なブレイクスルーが発生しましてねぇ」

 

 モルガンは自慢げに、魔導ビークルの分厚い装甲をバンバンと叩いた。

 

「『馬を用いない、魔力で駆動する巨大な馬車』というコンセプトさえ一貫していれば!

 これくらいの出力と積載量を持つ機体、我々の魔術工学をもってすれば朝飯前に作れてしまうのですわ!」

 

「わはは! こりゃすげえぜ! 俺様たちの機体構造(テクノロジー)がファンタジーにパクられたってわけだ!」

 

 同じく荷物を背負ったベンザイアも、怒るどころか面白そうにケラケラと笑っている。

 

「……一応言っとくが、モルガンみてえな狂った元宮廷魔術師(ドインテリ)くらいだからな? 一晩でこんなオーパーツをポンポン作れんのは」

 

 自慢げなモルガンと呑気なシェイプシフターたちに対し、呆れたような深いツッコミを入れたのは、護衛メイドのローラだった。

 彼女は、いつものメイド服の背中に、まるで東方の武蔵坊弁慶のように、無数の大剣、戦斧、長槍、さらには用途不明の鈍器類までをギッシリと詰め込んだ『巨大な武器の俵』を軽々と背負い込んでいる。

 

「普通の人間には、馬なしで動く鉄の塊なんて一生かかっても作れねえし、そもそも理解の範疇を超えてるんだよ」

 

 ローラがそう言うと、広場を囲んでいた民衆たちから「モルガン様、またヤバいオモチャ作ったのかー!」「すげえなー、俺たちも乗せてくれよー!」という、恐怖よりも好奇心が完全に勝った歓声が上がった。

 

「……まぁ、うちの領民は色々と修羅場を潜り抜けすぎてて、ちょっとやそっとの異常事態じゃビビらなくなっちまってるがな」

 

 民衆の能天気な声に、ローラは「やれやれ」と肩をすくめる。

 前代未聞の異世界種族と、規格外の姫騎士、そして狂気の技術力を持つメイド衆。

 ネオンワンス再結成という名の、世界を巻き込む前途多難な探索の旅は、逞しすぎる民衆の熱気と見送りの声に包まれながら、今まさに始まろうとしていた。

 

「よ、よいしょぉ……! ふんすっ!」

 

 ローラのさらに後ろから、自身の身の丈ほどもある巨大な革袋の大荷物を抱えたレイニアが、よろよろと姿を現した。

 

「ヤ、ヤマト様、ベンザイア! 旅の備えは万全ですわよ!」

 

「君もそんなに大荷物を背負うのか!? 王族の姫だというのに……」

 

「当然ですわ! 未知の荒野を行くのですから、野営の道具に保存食、それから……と、と、ぉぉおっ。やば、ばらんすがっ……ローラぁ!」

 

「はいはい……」

 

 根っからのアメリカ軍人気質であるレイニアはファンタジーの姫君としては奇怪なまでに用意周到だ。頼もしいものの、限界が来てローラの手を借りてその大荷物を荷台のコンベアに載せて一息つく姿は何処か危なっかしくて可愛らしい。

 フラフラと歩くレイニアの隣に、ただ一人、メイド服のまま涼しげな顔で立つ金髪の女性――作法メイドのイザベラが歩み寄った。

 

「それじゃあ、わたくしたちの留守の間はお願いね、イザベラ」

 

「お任せ下さいまし。お留守中のこの街の防衛、兵の指揮、及び領地の運営……このイザベラ、元・『鉄殻処女(メイデンシェル)』の団長として、確と務めさせていただきますわ」

 

 イザベラは、身の丈ほどの大荷物を抱えてプルプル震える主に対し、恭しく傅いて首を垂れた。

 

「『鉄殻処女』……?」

 

 聞き慣れない、いかにも物々しいその名前に、ヤマトが首を傾げる。

 するとレイニアが、誇らしげにヤマトを見上げて説明した。

 

「イザベラ、モルガン、ローラの三人がかつて所属していた冒険者集団ですわ。……この国中にその名を轟かせた、最強の傭兵部隊の呼び名ですのよ」

 

「ほう……」

 

 その事実を聞き、ヤマトは驚くどころか、不思議と深く納得していた。

 

 (なるほど、合点がいく)

 

 先日の激戦で、イザベラはただ一人地下壕に籠もり、決して直接戦闘には参加しなかった。

 しかし、彼女が臆病な非戦闘員などではないことは、元司令官であるヤマトには痛いほど理解できた。

 そもそも、魔王軍のあの大規模な侵攻を、勇者の墳墓のある森に到達する以前から察知し、迅速に住民を避難させていたのは、イザベラが各城壁街と共有し構築していた緻密な『情報網』によるものだったらしい。

 さらに、戦闘が終結した直後から、彼女の指示一つで街の瓦礫撤去や炊き出し、仮設商店街の運営といった復興の経済的指揮が、まるで魔法のようにスムーズに機能し始めていたのだ。

 情報と兵站――戦争の屋台骨を完璧に掌握するその手腕だけでも、彼女の異常な優秀さが見て取れる。

 

(だいいち……あのモルガンやローラのような、明らかに知性と暴力のブレーキが壊れている規格外の人材を、メイドという職に縛り付けて完全に律することができている時点で、只のメイド長な訳がないのだ)

 

 戦闘能力は「全くない(本人曰く)」と言い張っているが、ヤマトから見れば、イザベラという存在は、あの戦闘狂たちの手綱を握り、その後顧の憂いを完璧に断つことができる『最高の参謀』そのものであった。

 

「レイニア姫様は、このシャイアラ王国の愛娘であり……そして、私たちメイド衆が手塩にかけて育て上げた、自慢の娘も同然でございます」

 

 イザベラは立ち上がると、普段の小言を言う時の顔をしまい、深い慈愛と覚悟を秘めた真剣な瞳でヤマトを見据えた。

 

「私達は彼女のメイドとして、この子の望むすべてに応え、導くことが義務だと思っております。それが例え、天蓋の外を練り歩く機械の軍の再結成という荒唐無稽な夢物語であっても、ですわ」

 

「……あぁ」

 

「では、ヤマト様」

 

 イザベラはヤマトに向けて、騎士に対する最上級の礼をもって深く頭を下げた。

 

「私たちの姫様の『騎士』として……旅の護衛は、確とよろしくお願いいたしますわ」

 

 その言葉は、国からではなく、姫を育てた母親からの切実な願いのようでもあった。

 ヤマトは居住まいを正し、村娘の衣装のままではあるが、かつての司令官として軍勢の前に立った時と同じ、一切の妥協のない真っ直ぐな瞳でイザベラを見つめ返した。

 

 ドン!と。

 巨大な右拳を、自らの豊かな左胸へと力強く打ち当てる。

 

「――確と、承った!!」

 

 鋼鉄の勇者の、魂の宣誓。

 頼もしすぎるその返答に、イザベラは満足げに微笑み、レイニアは顔を真っ赤にして嬉しそうに目を輝かせた。

 朝日に照らされた魔導ビークルのエンジンが、出発の時を告げるように、低く、力強い咆哮を上げ始めるのだった。

 

「ウォォォォッ!! 動くぞ、本当にあの鉄の塊が動くぞ!」

 

「すげぇ……まるで小さな砦そのものが走ってるみたいだ!」

 

 民衆たちが、ビークルの『動く砦』とも言うべき巨大すぎる威容を見守り、歓声を上げる中。

 ビークル上部の艦橋(ブリッジ)では、レイニア直属の防衛兵たちが慌ただしく各々の計器(魔術盤)の配置につき、出航の最終確認を行っていた。

 

「主機関、霊子・魔力ハイブリッドコンバーター、オールグリーン! 各部魔力パス、正常に循環中!」

 

「よろしい。では、中央操縦システムの同期(リンク)を開始します!うふふ、ふふふ♡」

 

 艦橋の中央、一段高い操縦座で、モルガンが両手を大きく広げ、怪しい笑みと共に指をワキワキと動かす。

 

「『ゴウ・サーサ・エギュナイト・エッセ・マギアスサンサ(全魔導動力炉、着火開始・疑似太陽魔力炉順転開始)』!!」

 

 『シュゥゥゥンッ!』

 

 彼女の詠唱と同時に、中央の操縦用魔法陣群が一斉に起動する。無数の青白い光の輪がモルガンの周囲を立体的に舞い飛び、複雑怪奇な幾何学模様の操縦システムを展開していく。

 それは単なる機械の操縦桿ではない。展開された光の輪がモルガンの脳波と直接繋がり、巨大なビークルの機構すべてをモルガンの脳内で『再演算』し、まるで巨大な生物の神経系であるかのように疑似的なシステムとして構築していくのだ。

 ドクン、ドクン……!

 鉄の巨体に、熱を持った『魔力の血』が通い始め、無機物であったはずの車体が、まるで覚醒した生物じみた滑らかな挙動で微かに脈動した。

 

「『ドルレゴニス・レヴェ・オース(全システム、我が意のままに)』……っ! では、参ります!」

 

 モルガンは、キラリと片眼鏡を光らせて高らかに宣言した。

 

「『マギア・ラージ・キャリアー』、発進!!」

 

 ブォォォオオォォォンッ!!

 

 オカルトと機械工学が融合した未知のエンジンが、地鳴りのような力強い咆哮を放つ。

 

「ネオンワンス、ならびにレイニア国防騎士団! 出動だ!!」

 

 ビークル前方の展望デッキに並び立ち、朝の風を一身に受けながら。

 王女レイニアと、村娘姿の司令官ヤマトが、同時に声を重ねて出撃の号令を叫んだ。

 

 「おおおおおぉぉぉぉっ!!」という民衆たちの割れんばかりの歓声と拍手に見送られながら、マギア・ラージ・キャリアーはその巨体を揺らし、ゆっくりと、しかし確かな力強さで城壁街の巨大な城門を潜り抜け、草原へと獣道の路幅を大きく広げながら前進を開始したのだった。

 

 

     * * *

 

 

「いやぁ、それにしても快適な乗り心地だねぇ。こりゃあ、サスペンションの概念を発明した地球って星の奴らは天才だ」

 

 城壁街が見えなくなり、広大な草原地帯へと入った頃。

 展望デッキで風を浴びていたベンザイアが、感心したように装甲を叩いた。

 

「で、お姫様。まずは近くの『鉱山』に向かうって話だったが……わざわざこんな大所帯で、こんなデカいビークルまで引っ張り出して行くのには、なんか意味があんの?」

 

 ベンザイアの真っ当な疑問。

 それに答えたのは、背負っていた巨大な大荷物をようやく下ろし、ふぅと額の汗を拭っていたレイニアだった。

 

「ただの鉱山ではありません事よ。私たちが向かうのは、ドワーフ族が統べる独立国家ですわ。

 彼らの地下領土には、大陸の広範囲に張り巡らされた巨大な『地下鉄道ネットワーク』が存在するのです」

 

「地下鉄……? ファンタジーの世界に?」

 

 ヤマトも意外そうに目を丸くする。

 

「ええ。今回、これほどの大所帯で向かうのは、彼らからその鉄道ネットワークの使用許可を得るための、外交を兼ねた旅路でもあるんですの。

 もしあの大規模な地下道でこのキャリアーを使えるようになれば、世界中に散らばっているかもしれない仲間探しの旅も、あるいは国中へのシェイプシフター達の迅速な輸送も、はるかに楽になるはずですわ」

 

 レイニアの壮大な戦略的視座に、ヤマトは「なるほど……やはり彼女は優れた司令官の素質がある」と一人深く頷いていた。

 

「へぇ、ドワーフねぇ」

 

 ベンザイアは腕を組み、地球で読んだことのあるファンタジー小説の知識を引っ張り出した。

 

「あれだろ? 背が小っちゃくて、髭もじゃで、トンテンカンテン鉄を叩いてる、ずんぐりむっくりした愉快な小人(ノーム)みたいな連中だろ?」

 

 ベンザイアがどこか愉快そうな顔でそう言うと。

 それに気づいたレイニアの口元に、ふふっ、とひどく意地悪そうな笑みが浮かんだ。

 

「……多分、ベンザイアの想像しているような『生易しい小人たち』ではないことは、先に忠告しておきますわよ?」

 

「え? なんか違うのか?」

 

「会えば、わかりますわ」

 

 クスクスと笑うレイニアのその意味深な言葉に、ベンザイアも、そしてヤマトも不思議そうに首をかしげる。

 そんな前途多難な一行を乗せ、キャリアーは重い駆動音を響かせながら、緑豊かな草原から険しい鉱山へと向かう道を、力強く突き進んでいくのであった。

 

 

 

     * * *

 

 

 緑豊かな草原地帯を抜け、外の景色が次第に荒々しい岩肌の目立つ隆起した地形へと変わっていく。

 

 ガックンッ! ズドンッ!

 

「うおぇぇっ……」

 

「だ、駄目だ……俺はもう限界……」

 

 道なき道を強引に進むキャリアーの艦橋や荷台では、防衛兵たちが次々と青ざめた顔で座り込み、悲鳴を上げていた。

 モルガンの魔術で構築された疑似生体サスペンションは確かに極めて優秀だったが、この岩場の高低差とあまりにもでこぼこした地形の衝撃までは、流石に完全に吸収しきれなかったのだ。

 長旅と悪路に慣れていない兵士たちが次々と深刻な乗り物酔いを訴え始めるが、巨大なキャリアーの行軍は止まらない。

 

 やがて、切り立った岩肌の隙間に、人工的に削り出されたような巨大な『大空洞の入り口』が見え始めた頃。

 

「前方の道の端に、動体反応あり!」

 

 監視システムの魔術盤を覗き込んでいた兵士が、酔いを堪えながら声を上げた。

 

「赤い……岩ガニのような丸い塊です! 日光対応型、ドワーフ族の常駐型監視員と推測されます! その数、およそ二十! 平時よりも明らかに警備が厳重化している模様です!」

 

「幸運ですわね」

 

 報告を聞いたレイニアの口元に、ニヤリと好戦的で、かつ計算高い外交官としての笑みが浮かんだ。

 

「これだけ辺境の入り口で警備が厚いということは、それだけこの『駅』に、交渉に値する重役が今来ているということですわ。……モルガン、停めなさい!」

 

「了解しましたわ、姫様」

 

 モルガンは少し残念そうに(もっと悪路を爆走したかったらしい)操縦用の魔法陣を操作し、強引な魔力ブレーキで勢いを殺しながら、キャリアーの巨体を大空洞の入り口手前で静止させた。

 

 ギギギギギ……プシューーッ。

 

「んんっ? なんだなんだ、着いたのか? お目見えかぁ?」

 

 キャリアーが停車した振動で、展望デッキのソファで器用に丸くなって眠りこけていたベンザイアが、んがっ、といびき交じりの声を上げて起き上がった。

 その横で、ヤマトは鋭いカメラアイで周囲の岩肌を警戒するように見回す。

 

「ドワーフ族とやらの厳重警備……? だが、私には周囲に野生の岩ガニらしき甲殻生物しか見えないようだが……」

 

「ええ」

 

 ヤマトの疑問に、隣に立ったレイニアが当たり前のように、さも当然の事実であるかのように告げた。

 

「『彼ら』が、ドワーフですわよ?」

 

 ――レイニアがそう言い切った、まさにその瞬間だった。

 

 ガチャガチャガチャッ!!

 

 道の端に転がっていた、ただの赤い岩ガニにしか見えなかった丸い塊たちが、一斉に不気味な金属音と体液の粘着音を立てて、その『生物的装甲』を展開し始めたのだ。

 

 丸い甲殻が割れ、中からずんぐりむっくりとした太く短い『四本の多脚』が伸びる。さらに背中の甲殻がスライドし、昆虫の羽のような透明で硬質な被膜が展開され、ブーーン!という羽虫のような羽音を立てて空中にホバリングを開始した。

 さらに不気味なのは、彼らの『腕』らしき器官だ。四本の腕の先には、蟹の鋏を無理やり弓の形に捻じ曲げたような生体構造の『弩(クロスボウ)』が展開されており、ギリギリと腱を引き絞る音と共に、光で構成された魔力矢がつがえられ、キャリアー上のヤマトたちに完璧な発射姿勢をとっていた。

 

『――告ゲル。ココカラ先ハ我ラ、ドワーフ族ノ領地デアル』

 

 ホバリングする岩ガニ(?)の群れから、声が響いた。

 それは、本物の機械生命体であるヤマトたちシェイプシフターよりも、遥かに無機質で、抑揚のない、不気味な合成音声だった。

 あの直径90cm程の丸い岩ガニのの甲殻の一部が、スピーカー(拡声器)のように機能して空気を震わせているのだ。

 

『如何ナル用カ。所属ト階級、要件ヲ述ベヨ』

 

「……えぇぇぇぇ……」

 

 その光景と声を前に、ベンザイアは心底嫌そうな、辟易した声を漏らした。

 

「あれが、ドワーフぅ? トンテンカンテン鉄を打つ愉快なヒゲの小人さんじゃねえのかよ! それこそ、俺たち(機械生命)に近いような、でもゴリゴリの炭素でできた『生体機械(バイオマシン)』じゃねえか! キモッ!」

 

「失礼なことを言わないの。彼らも立派な知性体ですわ。」

 

 ドン引きするベンザイアをたしなめながら、レイニアは事も無げに解説する。

 

 

「ここは直射日光の当たる地上ですし、湿気も極端に少ないですから、あれらは環境に適応するための結構特殊な『装甲強化個体』ですわ。

 本来の彼らの領土である地下に行けば、もっとバリエーション豊かな、それこそ貴女の想像するような姿の個体も見れますわよ」

 

 レイニアはそう言うと、背後の艦橋から駆け寄ってきたモルガンが手渡した、手鏡のような形状の『魔術式拡声器』を口元に当てた。

 そして、一国の代表たる王族としての威厳に満ちた、堂々たる声を大空洞の入り口へと響かせる。

 

「私はシャイアラ王国第三皇女、レイニア=ミコト=シャイアラ! 天蓋の外に祖を持つ、知恵深き深淵の賢者たちよ! 我々は、貴国との重要な『交渉』に参りました! 代表の個体への謁見を、正式に申請いたしますわ!」

 

 レイニアの力強い宣言が岩肌に木霊する。

 すると、空を飛ぶドワーフ(岩ガニ形態)たちは、顔――目は確認できないが、頭部と思しき甲殻のセンサー器官を互いに見合わせるように動かした。

 

『チチカ……チチヂキッ』

『ザザザ・ザー……ピガガッ』

 

 彼らの間から、まるで旧式のラジオのチューニングが合っていないような、ノイズ混じりの不可解な交信音が漏れ聞こえてくる。

 

「ふむ……」

 

 その音を聞いたヤマトのカメラアイが、興味深そうに明滅した。

 

「驚いたな。あのノイズ、我々シェイプシフターが使用している『宇宙公用語(テレパス言語)』の波長と非常に近い構造をしているぞ」

「あら、そうですの?」

 

 ヤマトの高度な分析に対し、レイニアは拡声器を下ろして首を傾げる。

 

「我々人間は、あの音を単に『ドワーフ語』と呼んで、翻訳魔術を通して理解していますわ。彼ら独自の言語体系だとばかり」

 

 (炭素製の生体機械でありながら、宇宙公用語の波長を持つ種族……この星の生態系は、どうなっているのだ?)

 ヤマトが思考の海に沈みかけた、その時。

 ノイズの交信を終えたドワーフたちが、再びキャリアーへと向き直り、無機質な合成音声を発した。

 

『――告ゲル。大族長ボリー=リビア様ノ許可ガ下リタ』

 

 その言葉に、レイニアの表情がパッと明るくなる。

 

『コノ先、カタルガダル駅・第22プラットフォームヘノ停車ヲ許可スル。通レ』

 

 ガチャン、シュゥゥゥン。

 ドワーフたちは空中で一斉に弩の弓を引き絞るのをやめ、腕の装甲内部へと魔力矢の機構をスムーズに収納した。

 そして、警戒を解いた彼らは、キャリアーを大空洞の奥深くへと導くように、ゆっくりと編隊を組んで飛行を開始した。

 

「よし、第一関門は突破ですわ!」

 

 レイニアが小さくガッツポーズをする横で、ヤマトとベンザイアは、これから向かう先の『未知の地底文明』に対する警戒と好奇心を一層強めながら、暗く巨大な岩の口の中へと進んでいくのだった。

 

 

 

     * * *

 

 

 大空洞の奥へと足を踏み入れた一行を待っていたのは、予想を遥かに超える巨大な地下空間だった。

 マギア・ラージ・キャリアーという規格外の巨体が横並びで三台は並走できそうなほど、坑道内は広大な幅と高さを有しており、壁面には青白く発光する苔や結晶体が無数に群生して、地下とは思えないほどの明るさを保っている。

 

 ブォォォォン……ブゥゥゥン……。

 そして、道中の空間に絶え間なく響き渡るのは、空を飛び交うドワーフ族の蟲羽型飛行ユニットの重低音の駆動音だった。

 

「ひぃぃっ……」

 

 キャリアーの荷台に乗っていた兵士の一人が、空を飛び交う彼らの姿を見て、乗り物酔いとは別の理由で顔を青ざめさせた。

 レイニアが事前に忠告していた通り、彼らの見た目は非常にバリエーションに富んでいた。というよりも、炭素生命体の進化の系譜から見れば、完全に『脈絡がなかった』。

 

 外の警備で見た丸カニ型をベースに、装甲を薄くして作業用に特化させたような個体。

 鋭い鎌のような前脚を持ち、カマキリのような節で構成された昆虫型の個体。

 頭部には皆一様に、のっぺりとした目のないバイオ装甲の顔が備え付けられているが……中には、装甲を被らず、脳らしき『灰色でぶよぶよした頭部』をそのまま外部に露出させている個体までいたのだ。その剥き出しの脳の表面からは、髭のような長く細い触手が無数に生え、空中の成分を探るようにうじょうじょと蠢いている。

 たしかに、髭は生えているように見えるし、平均身長は人間の生態から見れば低い方かもしれない……だが。

 

「ぉぇぇっ……」

 

 その剥き出しの脳みそと蠢く触手を見て、ついにベンザイアが耐えきれず、MMSの美少女メイド姿の口元を両手で押さえてえずいた。

 

「ちょっと、マジで無理……。種族のギャップがエグすぎて、生理的嫌悪感で吐きそうなんだけど……」

 

「大丈夫か、ベンザイア」

 

 ヤマトが心配そうにベンザイアの背中を優しく擦りながら、前方のレイニアに尋ねた。

 

「彼らは……本当に我々と同じような、一つの『生命体』なのか? まるで複数の生物のパーツを無理やり継ぎ接ぎしたかのような、異質な生態に見えるが」

 

「ええ」

 

 レイニアは、頭上を飛んでいくカマキリ型のドワーフに軽く会釈をしながら、当たり前のように答えた。

 

「彼らの本来の『本体』は、あのぶよぶよの頭を露出している個体と同じく……本質的に、高度な知性を持った『真菌類(キノコや菌糸の集合体)』なんですの」

 

「真菌類——キノコだと?」

 

「あの蟲のような姿は、脆弱な本体を過酷な環境から護り、作業効率を上げるために彼らが開発した独自技術……『義体(バイオ・サイボーグ)』というものですわ」

 

 レイニアの解説に、ヤマトはオッドアイを瞬かせ、深い納得の息を吐いた。

 

「成程。機械生命(シェイプシフター)である我々から見ても、金属の魔物以上に異質な種族という訳か……宇宙は広いな」

 

「見た目はこんなにグロテスクですけれど、彼らは非常に義理堅く、高度な技術を持った素晴らしい方々ですわ」

 

 レイニアは振り返り、真っ直ぐなオッドアイでヤマトを見つめた。

 

「姿形や構成物質がなんであろうと。明確な『知性』さえあれば、同じ人類という括りですわ。わたくしたちにとってはね」

 

「……あぁ、その通りだな」

 

 レイニアのその言葉は、かつてヤマトが宇宙の平和のために掲げた『知性の誇り』という信念と、完全に合致するものだった。

 姿は違えど、互いの魂の根底にある確かな共通点に、ヤマトは深く、嬉しそうに頷くのだった。

 

 やがて、キャリアーは広大な地下空洞の拓けた場所――巨大なターミナル駅らしきプラットフォームへと到着した。

 地面には、漆黒の輝きを放つ太い二本のレールが、大地の奥深くへと果てしなく伸びている。

 キャリアーはそのレールの端に乗り上げ、徐々に速度を落とした。

 

「黒曜合金(ユゴシウム)レールの規格幅へのアライメント、完了。これより、対応車軸への切り替え(トランスフォーム)を実行します!」

 

 艦橋の操縦座で、モルガンが誇らしげに叫び、展開した魔法陣のホログラムを両手で勢いよく操作する。

 

 ガシュゥゥゥンッ! ガキンッ!

 

 キャリアーの巨体を支えていた分厚いゴムタイヤが、魔術的な機構によって車体の内部へと折り畳まれるように引っ込む。

 それと同時に、車体の下部から、黒曜合金のレール幅に完璧に計算された巨大な金属製の『車輪』がせり出し、ガッチリとレールに噛み合った。

 それはまさに、ファンタジー世界における超巨大な『軌陸車(ロードカッター)』の変形機構だった。

 

 

 

『ふぉふぉふぉ……』

 

 その見事な変形とレールの切り替えを、プラットフォームの高台から見下ろしている一つの影があった。

 虫のような透明な翅を背中から生やした、体長3メートルに迫る毛むくじゃらの『類人猿(ビッグフット)』型義体を纏う、ドワーフの老人である。

 彼は顔の下半分を覆う灰色の菌糸の髭を太い指で撫でながら、感心したように、そして心底満足そうに笑い声を漏らした。

 

『人間の技術者め。我らの鉄道の車軸に合わせて、あんな変態的なからくりをこさえて来るとは……中々にやりよるのう。あれを設計した魔術師とは、美味い酒が飲めそうだわい』

 

 ドワーフの大族長、ボリー=リビアは愉快そうに目を細める。

 

『じっちゃん、じっちゃん! 人間との交渉、すぐ終わるの?』

 

『お姉ちゃんのライブ、もうすぐ始まっちゃうよ?』

 

 彼の両足の横に控えていた、小さなバスケットボールほどの『球カニ型』のドワーフの子供たちが、短い鋏で大族長のふさふさの毛並みを引っ張りながら、合成音声のトーンを上げて不安そうに急かしてきた。

 

『ふぉふぉふぉ。心配するな、可愛い孫たちよ』

 

 大族長は、厳つい類人猿の腕でそっと小さな孫たちを撫でると、眼下で降車台(スロープ)を展開し、降りてこようとしているレイニア一行を見据えて言った。

 

『寧ろ、彼ら『賓客』を連れて、一緒にあのライブを見に行くとしようかのう。……地下の熱気を、存分に味わってもらわねばな』

 

 そう言うと、大族長ボリー=リビアは重武装のドワーフ護衛兵たちを伴い、透明な翅を羽ばたかせてプラットフォームへとふわりと舞い降りる。

 

 

 ズウンッ。

 

 大族長の体長3メートルを超える巨体と、それを取り囲む異形な護衛のドワーフたちが着地した瞬間。降車台から降りようとしていた兵士たちが、その圧倒的な威圧感と異様さに息を呑んで後退った。

 

「い、いよいよもってあれの何処が小人(ドワーフ)なんだよぉ……」

 

 ベンザイアが、MMSの装甲(メイド服)を震わせながら涙目でボヤいた。

 ヤマトもまた、目を細めて油断なく彼らの義体の構造を観察し、その驚くべき生物的かつ機械的な練度に内なる驚愕を抱いていた。

 

『やぁやぁ、地上の姫騎士レイニアよ』

 

 そんな周囲の慄きなど意に介さず、ボリーは愉快そうに『ふぉふぉふぉ』と合成音声の笑い声を響かせながら、進み出たレイニアへと恭しく頭を下げた。

 

『お噂はかねがね聞いておるよ。若くして魔王軍との戦いに明け暮れ、その身一つで前線を支える『国防の鬼姫』とは……とても見えぬほどの、愛らしく可憐な姿だのう』

 

「お褒めに預かり、光栄でございますわ。ボリー老」

 

 レイニアは、完璧な淑女の礼(カーテシー)でそれに応えた。

 

「この度は、大陸全土に及ぶ大鉄道の主であられるあなた様との謁見が叶った幸運……光栄の極みに存じますわ」

 

 レイニアは笑顔を浮かべながらも、内なる『軍人(レオン)』としての思考を高速で回転させていた。

 地下のすべての物流を掌握する大族長ボリーが、どの駅のどのプラットフォームにいるかは、本来完全にランダムであるはずだ。

 今日この辺境の入り口で、彼本人に直接会えるなどとは、レイニア自身も確信してはいなかった。

 

 しかし、いざこうして会えたこと自体に、彼女は『やっぱりな』という奇妙な納得感を覚えていた。

 その証拠として――レイニアが礼をしながらも油断なく見据えていた、大族長の足元。

 そこに控える二匹の球カニ型のドワーフの子供たちが、ちょこんと四本の多脚を伸ばし、キャリアーの上に巨大な抜け殻として固定されている『ヤマトとベンザイアの本体』を見上げて、何やら合成音声のヒソヒソ話を交わしていたのだ。

 

『ねぇ、クレナイ……あの機械(キャリアー)に固定されてるのって……』

 

『うんアニー。お姉ちゃんと一緒に居た、『カミサマ』だ……』

 

 (神様、ねぇ……)

 

 子供たちの無邪気な会話を拾い上げ、レイニアは確信を深める。

 シェイプシフターたちは、皆一様に数十メートル級の『巨大な質量』を持っている。ヤマトたちのようにMMSという人間サイズの仮想体を運用したり、あるいはかつての帝国軍にいた人間大の斥候型の怪物もいたが、それはあくまで一部の例外だ。

 その規格外の巨体ゆえに、もしあの仲間たちがこの地下世界に転生してきていたとするならば……目立たずに隠れ潜むという方が、土台無理な話なのだ。

 

 それが現在、ドワーフの社会でどういう扱いを受けているにせよ。

 ヤマトたちの『同族の存在』を彼らがすでに知っており、さらに何らかの形で関わりを持っているのだとしたら、彼らがわざわざこのタイミングで、キャリアーの接近に合わせて大族長自らが交渉の席に立たない理由は存在し得ない。

 現に、目の前で笑うボリーの態度は、「レイニアがこのデカい鉄の塊たちを連れてここへ来ることを、最初から予想して待ち構えていた」としか思えない余裕に満ちていた。

 

 レイニアたち異界の勇者一行を待ち受ける地底国家の歓迎は。

 どうやら一筋縄ではいかないほどの、強烈な熱気と秘密を帯びているようだった。

 

 レイニアたちがドワーフの護衛兵たちに案内されて通されたのは、プラットフォームのさらに奥深くに存在する、異様な空間だった。

 

 部屋の四方を囲むのは、黒曜石のように深く、鈍い光沢を放つ未知の材質の壁。

 天井の照明らしきものから、中央に置かれた長方形の机、柔軟な椅子に至るまで、部屋を構成するすべてのオブジェクトが全く同じ黒曜石のような材質でシームレスに作られていた。

 装飾の類は一切なく、床と壁の境界線すら曖昧なその無機質すぎる空間は、足を踏み入れた者の遠近感(距離感)に強烈なエラーを起こさせる錯覚に満ちていた。

 

『ささ、遠路はるばるご苦労だったのう。おかけなすって』

 

 大族長ボリー=リビアは、気軽な合成音声を響かせながら、上座に設えられた椅子に、ドカッとその類人猿型の巨体を預けた。

 硬質な岩の椅子に見えたそれは、見た目に反して極めて高い可塑性を有しており、まるで地球のビーズクッションのようにギュゥンと形を歪めて、大族長の超重量を優しく、完璧に受け止めた。

 

「……っ! これ、ヤマトの旦那!」

 

 その信じられない材質の挙動を見た瞬間、先ほどまで蟲型の義体に怯えていたベンザイアが、ハッとして壁や机の材質を凝視した。

 

「あぁ。外で彼らのレールの材質を聞いた時から、まさかとは思っていたが……」

 

 ヤマトもまた、驚きに青いカメラアイを激しく明滅させていた。

 

「『黒曜合金(ユゴシウム)』……。中世相当の科学技術レベルでは生成不可能なナノコンピューティング素子の群体だ。

 ヘイブンガーデン地表にも、古代遺跡などに残されている高級素材、これはその新品か。

 ……ということは、此処のドワーフたち、いや、彼らの種族の『源流』は……この星の生まれではない。

 宇宙の深淵から来た、『暗黒の民』か!」

 

 ヤマトの驚愕の分析に、レイニアが頷く。

 すると、上座のボリーが『ほう』と感心したように灰色の髭を撫で、愉快そうに笑った。

 

『確かに、うちの御先祖様ぁ、天蓋の外より飛来した異なる宇宙の賢者の一族……古代ドワーフ語のルーツで「ミ=ゴ」とも呼ばれていた存在の末裔だ。

 よく知っておるのう、異界の騎士よ。だが、ここに土着して幾星霜。

 この地下世界で独自の進化を遂げてきたが、外のお天道様の下っちゅう環境に適応できるやつはまだ稀でな。

 今だにほとんどは、地下の鉱山で義体を着込んで暮らすだけの、ただの愉快な奴らさ。

 「暗黒」なんて恐ろしい二つ名は、とてもじゃねえが名乗れねえや』

 

 両手をヒラヒラと翻して、可笑しそうに首を横に振る大族長。

 その言葉を聞き、ヤマトは急ぎ深く頭を下げた。

 

「し、失敬した! かの種族は光と同等に、音と精神の『静寂』を尊ぶ知性だったと記録されている。

 先ほどの言葉はむしろ、我々からすれば本来は最大限の敬称であることをわかって欲しい!」

 

 慌てて弁解するヤマトの姿に、ボリーは『ふぉふぉふぉ』と腹を抱えて笑った。

 

『良いって事よ。気にしてはおらん。……まったく、同じことを以前、うちのガキ共の『恩人』にも生真面目に言われたからなぁ。あえて同じ返答を、意地悪で返したまでさ』

 

「え……?」

 

 ボリーの悪戯っぽい笑みの奥にある意図を察し、レイニアはスッと目を細め、交渉人としての鋭い瞳で大族長を見据えた。

 

「ほう……。では、大族長殿。やはり『その方』は、こちらのヤマトたちと『同じ』でございますのね?」

 

『ふん。鉄と知性を尊ぶ民。シェイプシフター……ネオンワンスの兵士。

 やっぱオタクら、うちの『偶像(アイドル)』が一番の狙いだった訳だ』

 

 答え合わせをするように、互いの視線が交差した。

 緊迫した交渉の空気が張り詰めようとした――その時。

 

『もーっ! じいちゃん! お姫様たちも!』

 

 部屋の扉が乱暴に開き、孫である球カニ型のドワーフの子供たちがぷんすかと義体の圧縮空気を不満げに噴き出しながら乱入してきた。

 

『そろそろ、難しいお話はあとにしてよ!』

 

『おや、もうそんな時間か。さて、行くとするか』

 

 ボリーは「よっこいせ」と椅子から立ち上がった。

 

「えっ……あの、大族長殿。地下鉄道の交渉は……?」

 

『いいさ。使わせてやるよ、鉄道ネットワーク。魔王対策なんだったら、願ってもないことだ。その代わり……ちょっとばかし、見てってくれや。言葉で説明するより、その方が話が短くて済むからよ』

 

 ボリーに導かれ、一同は部屋を出た。

 先程までの重々しい移動とは異なり、ボリー老は足早に進み、子供たちは四つの多脚をちょこちょこと忙しなく走らせて急いでいる。

 周囲を飛ぶ警備のドワーフたちまでもが、羽音を鳴らしながら『ジジ、ジ』『ピー……ガギギガ♡』とノイズのようなドワーフ語で囁き合っていた。

 その合成音声は、明らかに期待感と高揚感に満ちている。

 

「しっかしあいつら、よく迷わねえな。こんなおんなじ見た目の道ばっかり通ってよぉ」

 

 

「同感だ、俺でも目がくらくらしやがるぜ」

 

 ベンザイアのボヤキに、ローラが同意する。

 というか、いつの間にかベンザイアは移動をサボるようにローラの広い背中にしがみついて背負われていたが、ローラは特に気にする様子もなく「軽いもんだ」と歩き続けている。

 

「ドワーフ族は音の反響と魔力の流れで物を見るんですの。最近は地上向けに光学視界センサーも売れているようですが」

 

 

「成程。ますます我らのヘイブンガーデンに伝わる古代伝承の特徴と一致する」

 

 ヤマトが感心したように頷くと、背負われたままのベンザイアがさらに口を開いた。

 

「っていうかさ、『ドワーフ』なんて可愛い名前で呼ばれるより、よっぽど納得がいくわあの見た目。あの糞……『旧支配者(オールドワンス)』の野郎が演説に並べてた出鱈目じゃなかったんだな」

 

「オールド……ワンス?」

 

 レイニアは、この異世界に来て初めてヤマトたちが口にした『未だ聞いたことのない単語』に、目を大きく見開いた。

 

「あぁ……君の予知夢は、地球での記憶までだったな……」

 

 ヤマトはレイニアからふいと目を逸らし、声を落とした。ベンザイアもまた、先ほどまでの軽薄な笑みを消している。

 

「……いや、知らない方がいい。あれは、我らの惑星の――『恥の歴史』だ

ネオンワンスにとっても、ゼロムードにとっても……」

 

 鋼鉄の勇者たちが漂わせた一瞬の暗い影。

 レイニアがそれ以上問い詰める間もなく、通路の先から、地響きのような重低音と、色とりどりの魔力光の明滅が漏れ聞こえ始めた。

 一行は、地底国家が誇る「アイドルのステージ」へと足を踏み入れようとしていた。

 

 黒曜石の無機質な通路を通り抜けた一行の視界が、パッと大きく開けた。

 

「うおお……こりゃあ、すげぇな」

 

 思わずベンザイアが感嘆の声を漏らす。

 そこは、巨大な地底湖を中心とした、ドーム状の広々とした大空間――ドワーフたちの生活拠点区域だった。

 岩壁に沿うようにして無数の住居や工房、店が立ち並び、真っ暗な天蓋の下からは、青、赤、緑と色とりどりに発光する『発光粘菌』の光が、まるで地球の繁華街のネオンサインのように空間全体を煌びやかに照らし出していた。

 そして、その地底湖の周囲には、すでに数え切れないほどのドワーフ(様々な義体を着込んだ生体機械たち)が群がり、謎の熱気を帯びてそわそわと待機している。

 

『そもそも、奴がこのカタルガダル駅にふらりと現れたのは、5年ほど前のことだ。

 流れの魔物……いいや、アンタらと同じ『シェイプシフター』だった』

 

 ふと、歩きながら大族長ボリーが静かに語りだした。

 

『奴さん、この世界に落ちてきた初めはそれはそれはデカくて、恐ろしい鉄の塊だったんだが……ひどく弱々しく震えて、見知らぬ世界での孤独に耐えられんようだった。

 俺らは魔王対策で、魔物の類はたとえ正気であっても坑道には絶対に入れないように法で決めてたんだがな。

 ついてきた孫のクレナイとアニーの必死の頼みと、そいつのあまりにも見てられない悲痛な態度から、どうしても放っとけずに入れちまったのよ』

 

 ボリーの言葉に、一緒にちょこちょこ歩いていた二体の球カニ型の子供ドワーフが、「えへん」と誇らしげに装甲を張った。

 

『そしたらそいつ、「お前たちの生活サイズに合わせる」とか言って、いきなり口から金属の卵を大量に吐きやがってよ。それで、今のあんたらみたいな姿になったわけだ』

 

 

「なるほど、我々が炭素生命との交信用に用いている、この『MMS』の身体だな」

 

 ヤマトが自身の村娘の姿を示して相槌を打つと、ボリーは深く頷いた。

 

『あいつは本体の巨大な身体をトラクターとかいう、ドワーフたちがカミサマとかいって崇める重機に変えて、俺たちの採掘作業を率先して手伝ってくれた。

 それどころか、大規模な崩落事故が起こった時は、その身を挺して巨体でアニーとクレナイを庇い、助けてくれたのよ』

 

 

「へぇ、良い話じゃねえの」

 

 ローラの背中に負ぶわれたまま、ベンザイアが口笛を吹く。

 

「それで族長のお気に入りになって、今は此処の『偶像(アイドル)』? ってのになってるってか?」

 

 

『ああ。奴の声の周波数は、俺たちドワーフの聴覚器官をひどく良い感じに興奮させる作用があってな。

 奴の歌声の反響は、どんな俺たちの連動装置や発光粘菌よりも、坑道と労働者の心を明るく照らしあげたのさ。

 今じゃすっかり、定期的にここで歌って踊ってもらってるってわけよ』

 

「地球にも居たよな、そういう歌姫的な職業……で、そいつは何て名前なんだよ。もったいぶらずに教えてくれよ」

 

 ベンザイアが先を促した、その時だった。

 

 ――ワァァァァァァァァァァッ!!

 

 地鳴りのような、凄まじい大歓声が巻き起こった。

 地底湖の中央から、巨大な歯車の駆動音と共に水面が割れ、光り輝く特設ステージがせり上がってくる。

 それと同時に、ステージの上空から、重機用のクレーンゴンドラに乗って一つの人影がゆっくりと降りてきた。

 

 スポットライト(大型の蓄光粘菌ランプ)が、その姿を照らし出す。

 小さく、煌びやかで、そして信じられないほどに『ふわふわ』としたフリルのステージ衣装に身を包んだ、セミロングヘアーの愛らしい少女のMMSだった。

 

『奴は、「アメノオヅマ」と名乗った』

 

「「…………え゛?」」

 

 ヤマトとベンザイアは、二人仲良く完全にフリーズし、同時に間抜けな疑問符をボリーへとぶつけた。

 レイニアもまた、「アメノオヅマ」という前世で聞いたことのある響きに違和感を覚え、記憶の海へと深く潜ろうとした。

 ……その時だった。

 

「みんなーーっ!! 今日も一日、過酷な労働、がぁんばったぁーー!?」

 

 地底湖中に反響する、底抜けに明るく、甘ったるく、よく響く美少女のアニメ声が、地下の空気をビリビリと揺らした。

 

『『『『――がぁんばったああああぁぁぁぁっ!!』』』』

 

 野太い合成音声と、義体を打ち鳴らす金属音が、狂乱のコール&レスポンスとして地底湖を揺るがす。

 ドワーフたちは完全に「熱狂的なオタク」と化してサイリウム代わりの発光粘菌の試験管を振り回している。

 

「よしよしー☆ みんなお仕事頑張ってエライねっ! あっ、今日は遠くの駅からわざわざ来てくれてる人たちもいるんだよね?

 見えてるよー!今日はおづちーのライブにきてくれて、ほんっとーにありがとー☆」

 

 ゴンドラからステージにふわりと舞い降り、ウインクをして投げキッスを放つ『おづちー』と名乗る少女。

 

「それじゃあ今週の週末ライブ! 元気に、はっじめっるよーーっ!!」

 

 おづちーの甲高い声に合わせて、鼓膜が破れんばかりの歓声が響く。

 恐ろしいのは、そのドワーフたちの狂乱の歓声の中でもなお、一切掻き消されることなく空間を支配し、響き渡る彼女の異常な『声量(出力)』だった。

 

 (――ッ、思い、出した!!)

 

 その規格外の声量と、『アメノオヅマ』という名前に。

 レイニア(レオン)の記憶が、あの激しかった鋼鉄戦争の、最も泥臭く古い記憶を強烈に呼び覚ました。

 

 アメノオヅマ。

 それは、ネオンワンスの中でも最古参の歴戦の老兵。

 巨大なトリケラトプスのようなのドラゴンモードを持ち、全身に無数の傷跡を蓄え武骨な角を生やし、戦場では誰よりも野太い声で部下を怒鳴り散らして鼓舞していた、あの『超・ゴリゴリの雄龍』の名前だ。

 

「あ、あぁ……ぁぁあああああぁぁぁっ!!」

 

 隣で、ヤマトがガタガタと全身を激しく震わせ、両手で自らの美しい村娘の顔を覆い隠してその場に崩れ落ちた。

 

「わ、私は……な……なんてことを、してしまったんだ……っ!!」

 

 ぽろぽろと、大粒の洗浄液(涙)を流し、深い深い絶望と後悔に顔をゆがめるヤマト。

 

 

「いっくよー! まずは新曲、『バーンアウト・ラプソディ』♡」

 

 地獄のようなヤマトの嘆きと深い絶望などつゆ知らず。

 ステージ上の元・老兵は、完璧なステップを踏みながら、煌びやかでノリノリな重低音ビートのライブを、華々しくスタートさせるのであった。

 

 

     * * *

 

 

 あれはそう。レオンがヤマトたちと出会ってすぐのことだった。

 宇宙から飛来したヤマトとの接触事故により、愛機であった戦闘機を墜落させたレオンが、合流した反乱軍『ネオンワンス』のシェイプシフターたちと共に、レオンを見失ったアメリカ軍へ彼の生存と、迫る脅威の存在を伝えるため最寄りのカタール基地へ向かおうとしていた時のこと。

 

 夜も更けた、砂漠での野営。

 たき火の小さな光を囲むようにして、見上げるほどの巨大な機龍たちが、翼を休めて車座になっていた。

 シェイプシフターの生態において、強大な戦闘力と飛翔能力を持つ『機龍(ドラゴン)』へと変形できるのは、生来の『雄(オス)』の機体のみである。

 今この場にいるネオンワンスのメンバーは、皆一様に雄の機龍であった。

 

「しっかし、脆いねぇ……炭素生命体ってえのは」

 

 深紅の装甲を持った比較的小柄な飛竜型のシェイプシフター――ベンザイアが、たき火越しにレオンを見下ろして呆れたように言った。

 

「あんな女みてーなひ弱なビークルの殻に乗らなきゃあ、空も飛べねえし音速も超えられねえの? ちょっと小突いただけでポキッといっちまいそうだぜ」

 

「がっでむ。悪かったな、赤いの。俺たちはテメェらみたいに、そんな便利で頑丈に作られちゃいねーんだよ」

 

 底冷えする砂漠の夜風に身を震わせながら、レオンはたき火に薪をくべつつ皮肉交じりに言い返した。

 すると、レオンを冷たい風から護るように風上に座し、身を休めていた巨大な影が動いた。

 

『――グルルルルルッ……』

 

 低く、地鳴りのような叱責の威嚇音。

 それは、白と赤青のトリコロールカラーの装甲を持った、雄々しき機龍――ヤマトだった。

 ヤマトは鋭い龍の瞳でベンザイアを睨みつけ、厳しく告げた。

 

「よせ、ベンザイア。身体を構成する基本スペックの違いは、知性の根本的な差にはならない。

 我々はいち早く、この惑星の人類と友好的にコンタクトを取らねばならないのだ」

 

「はいはい、わぁーったよ。マジメだねぇ、ウチの司令官サマは」

 

 翼をすくめて息を吐くベンザイア。

 レオンは、この馬鹿みたいにデカくて堅物なドラゴンのエイリアンが、不器用ながらも自分を庇ってくれていることに、少しだけ可笑しさを覚えていた。

 

『がっはっはっは!! まるで子供だなぁ、若いのが揃って背ぃ比べか!!』

 

 ――ビクゥッ!!

 

 突如として砂漠の夜空を震わせた、鼓膜が破れんばかりの巨大な笑い声。

 そこに割って入ったそののあまりの大きさと物理的な音圧に、レオンは思わず両手で耳を塞いでうずくまった。

 

『いやいや、結構、結構! それでこそ、我らが守らねばなるまい! 奴ら(帝国)より先に、この地球に来て大正解だったわい!!』

 

 ドス……ドス……。

 

 重く、不規則な足音を立てて、暗闇の中から『それ』が姿を現した。

 

「……っ」

 

 レオンは思わず身を強張らせた。

 それは、10m級のヤマトよりもさらに一回り以上大きく、全身を黒光りする分厚い重装甲で覆われた、雄の老機龍だった。

 武骨な太い角は片方が根元から無惨にへし折れており、装甲の隙間からはパチパチと危険な青白いスパークが漏れ出し、足を引きずっている。そのシェイプシフターが、大気圏突入のダメージや敵との追撃戦によって、すでに『致命的と言えるほど深く傷ついている』ことは、当時はまだこの鋼の種族と出会ったばかりのレオンの目から見ても明らかだった。

 

「アメノオヅマ! いけません、貴方はまだ寝ていないと……!」

 

 ヤマトが慌てた様子で首をもたげ、傷ついた黒龍を制止しようとする。

 

『じゃかあしいわい若造!! これくらい屁でもねえわ!!』

 

 オヅマと呼ばれた黒龍は、ヤマトの心配を豪快な大声で一蹴した。

 そして、ズズンと重い足を引きずりながらレオンのすぐ傍までやってくると、その巨大で恐ろしい龍の顔を、レオンの目の前までグッと近づけてきた。

 

『それより、地球の若造よ。もっと俺様に、顔を見せとくれ。んん?』

 

「な、何だよ……」

 

 怯えを隠し、レオンは強がって黒龍の巨大な瞳を睨み返した。

 オヅマは、人間の大きさほどもある巨大な眼球をギョロリと動かし、にぃっ、とその目を細めた(ようにレオンには見えた)。

 

『あぁ……良い。実に良い』

 

 満身創痍の黒龍は、腹の底から響くような深い声で、噛み締めるように言った。

 

『限られた短い寿命の中で、精一杯に足掻き、生きる気力に満ちておる。

 未知なる我らに対しても、怯えながらも思考する活力にみなぎっておる。

 ……これこそが、この宇宙で最も尊き『生の渇望』じゃ。良いぞ、良いぞ』

 

 

「まぁた言ってるよ、オヅマのじっちゃんの『子供好き』がよ」

 

 ポカンとするレオンの横で、ベンザイアが呆れたようにため息をつく。

 それに、オヅマは太い首を振り向けて返した。

 

『お前らにも、いずれ心底からわかるときが来るさ。

 弱き者は、ただ弱いからそこにあるんじゃあないし、強き者もまたしかりだ……。

 ヘイブンガーデンの地上に出て何もわからず野垂れ死にかけてたお前さんたちを拾ったときと、何にもかわりゃあせん。……それが『運命』ってもんじゃ』

 

 相変わらず、耳が痛くなるほどの馬鹿でかい声だった。

 だが、その声はどこまでも温かく、不思議なほどの『優しい響き』を帯びていたのだ。

 そんな、騒がしくも和やかなひと時は、唐突に終わりを迎えた。

 

「司令官!」

 

 ブゥォォォォォンッ!!

 

 女の声と共に、砂漠の静寂を切り裂き、猛烈なエンジン音を響かせて漆黒のレーシングカーが砂丘を駆け上がってきた。

 車体は中空へと跳ね上がり、ガチャカキッ、ガキュン!と金属音を立てて変形(シェイプシフト)する。着地と同時に砂煙を払い、しなやかな女性型のシルエットを持つロボットモードへと姿を変えた。

 

「ヤガーコール! 奴らか!」

 

「はい! 数キロ先に着弾を確認、真っすぐこちらに向かってきています!」

 

 斥候であるヤガーコールの鬼気迫る表情での報告に、その場にいた全員が一斉にロボットモードへと変形し、立ち上がった。

 ヤマトは巨大な手を差し出し、よろけるレオンをその平手の上へと乗せて庇う。

 

「ネオンワンス! 彼を護り、カタール基地へ撤退戦を開始する!」

 

 ヤマトが号令を発する。

 

「了解ぃ! 潰されんなよ、あんちゃん!」

 

 ベンザイアが両足にショックブーツを展開し、ヤガーコールがその背から紫色に光るプラズマの剣を引き抜いて装備する。

 そして、遅れて変形を終えたアメノオヅマが、その分厚く広い両拳をガギンッ!と打ち鳴らしながら、吼えるように叫んだ。

 

「『ハウルウォールゥ』!!」

 

 ズドォォォォンッ!!

 オヅマの放った衝撃波が、何処からともなく飛んできた隕石のような火球の軌道を空中で大きく逸らした。

 衝撃と突風で吹き飛ばされそうになりながらも、レオンは薄目を開けて迫り来る軍勢を見た。

 

 それは、灰色をした無数の機械の龍たちの群れだった。

 無機質な菱形の紋章をその身に掲げながら、そのどれもが獰猛で狂気に満ちた笑みを浮かべている。

 

『へっへっへ……』

『げげげげげっ』

『■■■■■(判読不能な金属をこするような音)』

 

 下卑た笑い声のコーラスが夜の砂漠に響く。

 

『皇帝ぇ、こいつら炭素生命を連れてますぜぇ』

 

 灰色の龍たちが道を開けたその後ろから、その連中の狂気とは相反する、妙に理性的で、冷酷なまでに静かな声が響いた。

 

『――は。相変わらず、弱いものが好きだな。お前は』

 

「エイト――ッ!!」

 

 走りながら、ヤマトが忌々しげに振り返り、宿敵を見つめる。

 

『控えろ反乱軍! このお方の名は『皇帝 エイジ・オブ・エイト(八代目の支配者)』様だぁ!!』

 

 エイトの傍らに侍る、カメレオンのような狂信的な様子の機龍が吼える。

 エイトはそれを止めるでもなく、それ以上言葉を交わすでもなく、無造作に自らの胸へと手を当てた。

 

 カッ!

 

 赤い光が灯る、皇帝のカテドラル。

 その機能が、エイトの腕を太く強靭に変異させ、周囲の砂塵に微量に含まれる珪素と金属成分を強制的に巻き込みながら、巨大な『砲』の形へと再構築していく。

 すべてを自らの意のままに形にする力。その絶対的な脅威が、真っ直ぐにヤマトの背中へと照準を合わせた――その時だった。

 

「どっりゃっせえええええいッ!!」

 

 飛びかかったのは、ロボットモードのアメノオヅマだった。

 

「オヅマ!」

 

 ベンザイアが叫んで加勢しようとするが、オヅマの放った音の壁に阻まれ弾き飛ばされる。

 

「行けぇ! はやぁく!! 儂たちの希望は、その小僧とヤマトに託す!!」

 

 ガシッ! ガシンッ!

 オヅマは、巨大な鉄の腕でエイトの黒い機体を抱きとめた。

 そして、自爆覚悟の超速振動を開始し、エイトの動きを封じ込める。

 取り巻きの帝国兵たちが、慌てて皇帝を護ろうとオヅマに攻撃を加える。だが、オヅマの歴戦の頑強な身体は、その程度の砲火ではびくともしなかった。

 

「エイトよぉ……お前もあの時の……ヤマトと、ベンザイアと、ハクメンとお前。

 ただ無邪気に笑い合ってた、子供の一人だったなぁ……。今も、迷ってるのかい?」

 

『オヅマ……私は迷わん。私の歩んだ道が、運命となるのだ』

 

 ガキンッ。

 

 エイトは、砲化させていた余剰パーツから自身の『本来の腕』を剥がし出すと、そのままオヅマの分厚い胴体の装甲の隙間へと、その手のひらを深く押し込んだ。

 

 瞬間。

 赤い稲妻が何重にも何重にも凝縮され、凄まじいエネルギーのスパークが『極小の点』となって、解放された。

 

『吹き飛べ、元素の欠片となるまで』

 

 ドッ――――ン!!

 

 奇妙な、音が響いた。空間そのものがえぐり取られたような暴力的で無機質な音。

 

 もう振り返らずに、なりふり構わず走っていたヤマトたちの眼前に。

 それは、夜空を弧を描いて堕ちてきた。

 

 ドズンッ!

 

 砂煙を上げて転がったのは――胴体から吹き飛ばされ、首の断面が赤熱化した、オヅマの巨大な頭部だった。

 

「オヅマのじっちゃん――ッ!!」

「あぁ、そんな……そんな! アメノオヅマ!!」

「おい、おいおいおい! 嘘だろう!?」

 

 駆け寄ったネオンワンスの面々。ヤマトの指にしがみつきながら、レオンも信じられないものを見るように声を上げた。

 しかし。

 オヅマは首だけの状態になっても、その赤いカメラアイの火を消さず、また衝撃波のような大声を張り上げたのだ。

 

「でけぇ声出すない!! 聞こえとるワイ!!

 がっはっは支配の権能が聞いてあきれる!元素どころか頭を残しおって!」

 

「――ッ!! そんな、でもっ……でも……」

 

 ヤマトの声が、激しく震えていた。

 シェイプシフターとて生き物だ、多少生命力が強くとも、頭だけで数時間と生きてはいられないのは明白だった。

 

「しっかりしろ! 今走るこの場所も……お前の、勇者のカテドラルを持つお前の『運命』なら!

 儂は此処で、お前さんたちの未来を創る! さぁ、行け!」

 

 機能停止が迫り、瞬きを繰り返す瞳。

 

「そのカテドラルを持った瞬間に、お前さんはもう決めたんだろぉ!!」

 

「~~~ッ!! ……っ、わかった。貴殿の誇りを忘れない、鋼の守護者よ!」

 

 ヤマトはそう告げると、溢れそうになる感情をすべて遮断し、限界まで冷やしきった冷たい眼光をカタールの闇へと向けた。

 そして、大地を蹴って再び走り出したのだ。

 

「嫌だ! 嫌だよ俺様! 置いて行くなんて冷たいこと言うなよ!」

 

 

「ベンザイア、命令だ! 今は走れ、はしれぇッ!!」

 

「旦那ぁ!ちくしょう、ちくしょおおぉっ!」

 

 足を止めようとするベンザイアたちを、振り払うようにヤマトが叫ぶ。

 そのヤマトの手の上で、レオンもたまらず叫んだ。

 

「ヤマト! 考え直そう! 今も元気にこうして、喋って……! おい、ヤマトぉ!!」

 

「おじいちゃん……ごめんっ……!っあぁ、ああああっ!」

 

 子供変わりのヤマトが、ベンザイアが、孫娘であるヤガーコールが……そして、出会ったばかりのレオンさえもが。

 彼の尊い犠牲を嘆き、悼む声を夜の砂漠に響かせる。

 

「あぁ……儂が最期に聞くのは、こんな悲しい声かよ……」

 

 オヅマの首は、どこか優しく、そう呟いた。

 

 迫る帝国軍の軍勢の足音が、ついに彼の頭部と、胴体の残骸へと迫った、その瞬間だった。

 オヅマは自ら、暴走臨界点に達していた自身の心臓部(カグヅチ・ドライブ)を強制着火させた。

 

 

ドッ——――――――――!!!

 

 

 すべてを、純白の光で吹き飛ばした。

 音が、消えた。

 

 

「ぅおおああああっ!?」

 

 遅れて叩きつけられた規格外の衝撃波。

 巨体に関わらず吹き飛ばされるシェイプシフターたち。

 ヤマトの手から一瞬宙に浮き上がり、レオンは必死に手足をばたつかせて彼の強靭な指にしがみついた。

 

 その時、レオンは気づいた。

 爆風に煽られながらも前を見据えるヤマトの、フェイスマスクのわずかな隙間から――。  大粒の洗浄液が数滴、爆風に乗って夜空へと飛んでいったのを。

 

 

 

     * * *

 

 

そして、現在。

 

「お次は代表曲、『砂漠のスーサイド』♡」

 

 地鳴りのようなドワーフたちのコールが響き渡る中。

 特設ステージの上で、かつて『鋼の守護者』とまで称えられた鬼軍曹――アメノオヅマは、フリフリのレースがあしらわれたキュートな衣装を翻し、年端もいかぬ愛らしい少女の姿で、完璧にポップな振り付けのダンスを踊っていた。

 極彩色の発光粘菌(サイリウム)の波の中で、彼女(彼)は満面の、本当に心底楽しそうなアイドルの笑顔を振りまいている。

 

「るんっ、るんっ、るるるるーんっ☆」

 

 ステップを踏むたびに、栗色の髪がふわりと揺れる。

 その光景の、あまりの『圧倒的な違和感』と『冒涜的なまでのギャップ』に、レイニアは激しい胃の痙攣と吐き気を覚え、思わず口元を押さえた。

 

 (嘘でしょう……。あの、自分の首が吹き飛んでなお、わたくしたちを護るために自爆して道を切り開いてくれた、あの偉大な戦士が……!)

 

 前世の泥臭い記憶と、目の前のキラキラした現実が、脳内で致命的なエラーを起こしてバグりそうになる。

 レイニアは、ぎ、ぎ、ぎ……と、錆びついた機械のように首を回し、隣に立つヤマトの方を見て――ギョッとした。

 

「はは、あはは、あへへあは……」

 

 ヤマトの頭部に備わっていた、誇り高き白きアンテナ状の装飾パーツ。

 それが、ポキッ、バキバキッ!と、主の心が完全に圧し折れたことを代弁するかのように、無惨に中折れして垂れ下がっていた。

 

「ヤ、ヤマト……ヤマトさん?」

 

 レイニアが恐る恐る声をかけるが、ヤマトには届いていない。

 ヤマトの美しいオッドアイからは、大粒の洗浄液(涙)がボロボロと止めどなく溢れ落ちている。

 それだけでなく、鼻からは冷却液(鼻水)を垂らし、口の端からも泡を吹き、文字通り顔中のあらゆる隙間から汁という汁をダラダラと垂れ流していたのだ。

 

「あへ……あははは……」

 

 誰もが笑って声援を送る、この熱狂と歓喜の空気の中で。

 ヤマト一人だけが、喜びでも狂気でもない、完全な絶望の末にすべての言い訳を諦めたとしか言えないような、壊れた笑い声を漏らし続けていた。

 

「ち、違う……ちがうんだ……あ、あぁぁっ」

 

 ふら、ふら。よたよた。

 強靭なはずの女騎士の足元が、生まれたての小鹿のように頼りなく揺らぐ。

 

「違っ……ちがっあ! わだっ、わだしはっ!!」

 

 ヤマトはついに膝から崩れ落ち、頭を掻きむしりながら、まるで血を吐くような凄まじい慟哭を地底湖に響かせた。

 

「あ゛の誇り高き! 鋼の゛っ! しゅごじゃにっ!! え゛ぐっ、うっ!! あんな゛っ!! あんなごどさぜるだめにっ!! いきがえったんじゃ、ないぃぃっ!!」

 

「ヤマト、落ち着け! 落ち着くんですの!」

 

 レイニアが慌てて背中をさするが、ヤマトのパニックは止まらない。

 

「あっ!! わたっ、私ガッ!! 生き返りだいな゛んてっ!! 言っだがらっ!! こんなごどにぃっ!!」

 

 ヤマトの強靭な量子脳が、すべての事象を恐るべき速度で結びつけ、最悪の推論を弾き出していた。

 

 ――すべては、自分の死後にアザブネに対して『転生の機会』を貰ってしまったからだ。

 ヤマト一人だけならばともかく、ベンザイアが、そしてこのオヅマまでもが性転換したうえでこの世界に居るのなら、仮説はもう確実だ。

 自分とカテドラルの契約で結ばれ、魂を縛られていた部下たちの——死後の魂もまた、時間と空間を越えて自分の転生という身勝手な願いの道連れにされて、この世界に強制的に転生させられてしまったのだと。

 

 しかも、あろうことか『女の子になっちゃう呪い』という、邪神の最悪の悪ふざけまでセットにして。

 

 あの誇り高き、ヤマトが自ら『鋼の守護者』とまで呼び称えた歴戦の老兵が。

 あんなフリフリの衣装を着せられて、見知らぬ種族のドワーフたちの前で「おづちー☆」などと名乗って歌って踊って見世物になっている。

 今、ステージの上で現に楽しそうに笑っている本人の意志はともかく。糞真面目なヤマトからしてみれば、それは『自分の手で、部下の尊厳を地獄の底の底にまで叩き落としてしまった』という、究極の罪悪感と自責の念でしかなかった。

 

「お、おい! 落ち着け旦那! 早まるな!」

 

 ヤマトの精神崩壊を察知したベンザイアが、慌てて前に出てフォローに入った。

 

「声のデカさからしてきっと元から才能はあった!!」

 

 励まそうとしたベンザイアのその言葉は。

 今のヤマトにとっては、もはや致命傷となる『最悪の追い打ち』にしかならなかった。

 

「いいいやあああああ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいっ!!」

 

 ヤマトは頭を抱えたまま完全にその場に蹲り、地面に額をこすりつけるようにして、滝のような涙と鼻水を流しながらひたすらに謝罪の言葉を叫び連呼し始めた。 ステージの上からは、重低音のユーロビートと、おづちー☆の「みんなー!もっともっと声出してーっ!」という底抜けに明るいアイドル声が響いてくる。  その華やかなアイドルの光と熱狂のすぐ足元で。鋼の司令官が顔面をドロドロにして土下座して泣き叫ぶという。

 

 異世界ならではの、あまりにもカオスで理不尽な、阿鼻叫喚の地獄絵図がここに完成しつつあった。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 地底湖の特設ステージの上。

 玉の汗をキラキラと散らし、高揚した顔ですべてのセットリストを歌い切った『おづちー』ことアメノオヅマは、華奢な身体を揺らして大きく両手を振った。

 

「みんなありがとぉーーっ! 今日のライブも、すっごく楽しかったよぉーー!」

 

 能天気で甘ったるいアニメ声を張り上げて、再び巻き上がる大歓声とサイリウムの光の海の中に心地よく酔いしれる。

 しかし、その熱狂のノイズの只中で……。

 彼女(彼)のシェイプシフターとしての鋭敏な聴覚センサーは、対岸から聞こえてくる一つの『妙なノイズ』を正確に拾い上げていた。

 

「おぉぉーいおいおいおい……オヅマぁぁ……っ」

 

 それは、どう聞いてもこの最高にハッピーな空間には似つかわしくない、ヤマトの滅茶苦茶情けない、ドロドロの泣き声だった。

 

「……はぁ。懐かしい顔が来たと思ったら、なんてざまなのさ……」

 

 マイクを下ろし、誰にも聞こえないほどの小さな声で、オヅマは呆れたようにポツリと呟いた。

 オヅマは静かに瞳を閉じ、自らの内部システムを駆動させる。

 すると、フリフリのアイドル衣装の一部に見せかけていた、お尻のスカートアーマーのパージ機構がカシャリと展開した。彼女の身体をふわりと持ち上げ、その接地する先端から「シュー……」と圧縮空気を抜くような微かな音が聞こえたかと思うと。

 

 ボンッ!!

 

 なんと、彼女の腰ほどの大きさをした、泥臭いトラクターのような太く無骨な二つタイヤが、ダンベルのようなシャーシで繋がった状態でスカートの下からガシャンと展開されたのだ。

 

「それじゃあ、今日のライブは此処でおしまいっ!」

 

 その巨大なタイヤの隙間を繋ぐシャーシにバランスよく立った状態で、オヅマは対岸のファンたちに向けて元気いっぱいに大手を振って笑顔で叫んだ。

 

「みんなぁ、明日からもお仕事頑張って、自分の路(レール)を力強く突き進めぇっ! じゃぁーねぇー☆」

 

 キュィィィンッ!

 

 くるんとトラクターのタイヤをセグウェイのように器用に乗りこなし、ステージ上で見事な一回転(ターン)を決めた彼女は、そのまま勢いよくステージを飛び出した。

 そして、タイヤの莫大な浮力と推進力を利用して、地底湖の水面の上を水しぶきを上げながら素早く、かつ滑らかに疾走していった。

 

 

 

 一方、上がった先の対岸では。

 相変わらず土下座のように倒れ伏したヤマトが、「ごめんなさい、ごめんなさい……」とおいおい泣き続けていた。

 慰める言葉も尽き、完全に困り果てていたレイニアやメイド衆の中で、ベンザイアがハッと顔を上げて振り返った。

 

「あーもうどうすれば……おっ、来たかじっちゃん!」

 

 ベンザイアが言うが早いか、水面を走ってきたオヅマがザザーッ!と見事な水しぶきを上げて岸へと上陸した。

 ギャコ、ガチャチャキン!と、タイヤを瞬時にスカートの中へと収納し、ふわりと着地する。

 

『おねーちゃん!』

 

『ライブお疲れ様ぁ!』

 

 オヅマが着地するなり、大族長ボリーの孫たちである二匹の球カニ型ドワーフ(クレナイとアニー)が、合成音声で嬉しそうに飛び込んできた。

 オヅマもまた、フリフリの衣装のまましゃがみ込み、その柔らかく豊かな胸の谷間で二匹の硬い装甲を優しく抱きとめた。

 

「おーよしよし、今日も一番前で見てくれてたね。いつも見に来てくれてありがとうねぇ……」

 

 完全に『近所の優しいお姉さん』の顔で子供たちを撫でた後、オヅマは視線を上げ、ポニーテールの少女(ベンザイア)に向かってにかっと笑いかけた。

 

「ベンザイアも、久しぶりっ! なに、この世界ではメイドなんて始めたの? 似合ってるじゃん」

 

「うぇっ……あ、あぁ……ども」

 

 にこやかに、何の悪びれもなく言う目の前の美少女に。

 ベンザイアは顔を赤くして頭を掻きながら、自らの認識のバグに激しく戸惑っていた。

 

(声こそ高くなってるが、この気さくで面倒見の良い感じ……中身は明らかに、あのゴリゴリの老兵(オヅマ)なんだよな……)

 

 しかし、目の前にいるのは、胸(ボンネット)も尻(荷台)もやけにデカく設定された、自分と同じくらい背丈の低い、むっちりとしたセミロングの美少女なのだ。

 これならまだ、かつての堅物な面影を完璧に残したまま女騎士になっている司令官の方が、よっぽどマシに思えてくる。

 

「あーいや、これは周りに合わせただけっつーか、なりゆきで着てるだけで……ってか、じっちゃんは逆に変わり果てたっつーか、口調まですっかり染まっちまってまぁ……」

 

 ベンザイアは引き攣った笑いを浮かべながら、地面でドロドロになって蹲っている女騎士を指差した。

 

「ってか、じっちゃん。感動の再会の前に、まずはなんとかしてくれよこれぇ」

 

「はぁ……ヤマトかこの子」

 

 オヅマは子供たちを優しく地面に下ろすと、立ち上がり、呆れたようにヤマトを見下ろした。

 

「見ない間に随分と立派な装甲(ボディ)になりおってからに……いや」

 

 いつまでもウジウジと過去の罪悪感に囚われ、一人で勝手に絶望して泣き喚いているその不器用な姿を見て。オヅマはふっ、と苦笑した。

 

「……変わっちゃいないか。昔のまんまさね」

 

 オヅマはヤマトの傍らに歩み寄り、震えるその白い肩に、小さな手をポンと置いた。

 そして。

 すぅ、と。華奢な胸の奥底、巨大なカグツチ・ドライブに直結した肺活量のすべてを使い、限界まで息を整えると――。

 

「――こらぁヤマト!! また頭硬くしとるのかぁっ!! 司令官なら、しゃんとせぇしゃんとぉっ!!!」

 

 ズバァァァァァンッ!!

 それは、可愛いアイドルの姿からは到底信じられない、広大な地底湖の水面を波状に激しく揺らすほどの、物理的な衝撃波を伴う超・大音量の『一喝』だった。

 

「きゃああっ!?」

 

 あまりの音圧に、レイニアが思わず悲鳴を上げて両耳を塞ぐ。

 隣で魔力波長を計測しようとしていたモルガンの『聴覚計測魔術陣』のメーターは、パリンッ!と嫌な音を立てて完全に振り切れ、砕け散った。

 ただ一人、かつて龍の咆哮を至近距離で聞き慣れていた筋肉メイドのローラだけは、「ひゅぅ、良い声量だねぇ」と平然と、寧ろ心地よさそうにその衝撃波を全身で浴びている。

 

「うぅぅっ……ひっ」

 

 至近距離で魂を揺さぶる雷鳴のような一喝を浴びたヤマトは、ビクンと肩を跳ねさせ、恐る恐る、涙と鼻水でドロドロになった顔を上げた。

 

「お、オヅマの、じいさん……わた、わたしはぁ……」

 

 その、あまりにも情けなく、不器用な親友の泣き顔を見て。

 オヅマはフリフリのアイドル衣装のスカートの端を無造作に捲り上げると、それでヤマトの顔の汚れを、ガシガシと乱暴に、けれどどこか優しく拭いてやった。

 

「ほんっと、情けないツラしちゃって……昔っから、全部一人で背負い込もうとする悪い癖だ」

 

「だって、あなたが……私のせいで、こんな姿に……っ」

 

「いつも言ってるでしょ。今ここに居るのが『運命』だって」

 

 オヅマは、ヤマトの頭をポンポンと子供をあやすように撫でた。

 

「私が今、こうして生きてここに居るのも。君が今、そこに居るのも……全部、これが運命さ」

 

 そして。

 オヅマの甘ったるいアイドルの声色が、不意に、かつての砂漠の夜空の下で聞いたような、深く、温かく、老成した響きへと変わった。

 

「むしろ、また会えて嬉しいよ。『儂(わし)』は……」

 

 かつての『鬼軍曹』としての、深い親愛に満ちた一人称。

 オヅマは、涙をこぼして呆然と見上げるヤマトに向けて。一切の後悔も恨みもない、すべての過去を許容し、包み込むような、最高に優しく温かい笑顔を向けるのだった。

 




次回予告

イザベラ「抜き打ち淑女チェッーク!今回はくしゃみの採点ですわ!」

モルガン「ふぇ……ぇっくしゅ!ぅう゛……」

イザベラ「ふむ……まぁ合格、次!」

ローラ「ぶえっくし!」

イザベラ「論外!次!」

レイニア「へっ……くしゅんっ……お糞あそばせ」

イザベラ「不合格、次!」

オヅマ「ぶぇぇっくしょおい!ちきしょうめぇ……」

イザベラ「不合格!次!」

ベンザイア「次回『恥の歴史から芽吹く誇り』!……へっ、へきちっ」

ヤマト「へっ……ぷしゅっ。んんぅ」

イザベラ「貞淑!合格ですお二人とも!」

ヤマト・ベンザイア「「なにが!?」」
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