Tandem Shape Force Fantasia!!   作:EMM@苗床星人

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Log2-3『ガルガンチュア・チェイス』

 この見知らぬ世界に転生した直後。儂は、これは『天罰』なのだろうかと本気で錯覚した。

 

 次代の若者たち――ヤマトやエイトといった、まだ自分の足で立つことすらおぼつかなかった子供たちに、惑星を……いや、宇宙すら二分するほどの強大で残酷な力を与えて背負わせておいて。

 自分だけがのうのうと、死という名の永遠の眠りにつこうとした。

 そんな身勝手な大人(じじい)に対する、神様からの容赦のない罰なのだと。

 

 見知らぬ鬱蒼とした森を抜け、でこぼこした険しい鉱山を、重い足を引きずって歩いた。

 道中では、訳の分からねえ原始的な金属生命体(野生の魔物)にやたらと襲撃され、ただ当てもなくさ迷う日々。

 さらには、人間のわからん能力を使う連中――確か魔術師だとか云う奴らだったか――に、「新種の魔物が出たぞ!」などと物珍しそうに追いかけ回されたこともあったっけか。

 とにかく儂は、日に日に疲労が蓄積していく新しい機体の限界を、早くも感じ始めていた。

 

「はぁっ……はぁ……はぁっ……糞っ、なんだこのポンコツボディは。鎧がッ、重いぃ……っ」

 

 転生して、儂の『性別』が雄(オス)から雌(メス)になっちまったことは、目覚めてすぐにわかっていた。

 喉から出る音声モジュールの声が、孫娘のヤガーコールと瓜二つだったからだ。

 

(なるほど。儂が女になったら、ちょうどこんな感じの声になるのか……)

 

 などと、最初は随分と呑気に、他人事のように考えてもいた。

 

 だが、たまらなかったのは、かつての巨龍であった頃の馬鹿力とは比べ物にならないほど、ひ弱になってしまった足腰の出力だ。

 そこに、以前の感覚のまま生成してしまった無駄に分厚い重装甲のウェイトは、どう考えてもキツすぎた。

 

「仕方ねぇか……だれも見ちゃいねえよなっ……と」

 

 バフッ、ゴドン……ッ。

 

 誰もいない岩陰で、儂は自身の機体に纏わせていた、分厚い鎧と本体を接合するパーツのロックを解除し、内部爆破(パージ)で一気に脱ぎ捨てた。

 特殊合金で出来た自慢の重装甲を、惜しげもなく地面に振り落とす。

 

「……なんてこった」

 

 身軽になった自身の姿を見下ろし、儂は頭を抱えた。

 この歳になって、儂ぁ装甲(人間で言う布)面積の極端に少ない『半裸のアーマーを纏った痴女』みたいな姿になっちまった。

 しかしまぁ、重いよりは遥かに楽だからいいか。

 知ってる奴がこの世界にいるわけじゃなし。

 

 そう自嘲気味に息を吐き、再び歩き出そうとした、そんな時だった。

 あの奇妙な連中に出くわしたのは。

 

『おい、お前! 所属と階級を述べよ! 此処が我らドワーフ領と知ってのことか!』

 

 突如、岩肌から赤いカニのような金属の塊が飛び出し、空中でホバリングしながらクロスボウを儂に向けてきたのだ。

 その姿を見た瞬間、儂の古い記憶回路がピンと来た。

 

「ドワーフだぁ? 馬鹿言うねぇ。あんたらどう見ても、儂らの母星の古代伝承にある四大知性種族の一つ……『暗黒の民ミ=ゴ』じゃねぇかよ」

 

 儂が呆れたようにそう言うと。

 無機質な武装を構えた警備の連中は、明らかに困惑したように顔(センサー)を見合わせ、首をかしげるばかりだった。

 教養のない末端の兵士か。

 途方に暮れていると、奥の空洞から、合成音声らしからぬ陽気な笑い声が聞こえて来た。

 

『ふぉふぉふぉ。その古い名前を知っているとは……ただの魔物じゃないと見受けるが、何用かな? そこの巨大な魔物の『お嬢さん』よ』

 

 姿を現したのは、俺たちシェイプシフターのMMSに少し近い、3メートルもの巨体を持った類人猿(ビッグフット)の義体を着た、ミ=ゴの老齢個体だった。

 

「魔物ねぇ……。

 一度死んで全く違う世界、違うからだで蘇ったなんていう奇妙な経験はしたが

 儂ぁ此処で見た金属生命体みてえに知性もつ存在を辞めたつもりも、獣に落ちた覚えもねえよ。儂らは『シェイプシフター』。

 宇宙じゃあ、そう名乗っとる」

 

『知性か……』

 

 ビッグフットの老人は、灰色の髭を撫でながら思案顔になった。

 

『最近、この駅の近くの地上の領主になったレイニアとか言う人間の娘っ子が

 排斥派に反して「知性を持つ魔物を人の定義(くくり)に入れる」なんていう無茶な運動を始めてると聞いたが……

 いや、お前さんはその身なりからして、地上の情勢なんて知らんだろうな』

 

 老人は、ズタボロになった儂の装甲と、泥まみれの機体の素肌をじっと観察した。

 

『目に見えてお前さん、一人で長いこと彷徨ってきたな?

 あちこちのパーツが葉っぱや獣に噛まれて、ズタボロじゃねえか……。

 だが、仕方ねえや。何と名乗ろうと、出所不明の魔物をこの坑道に入れるわけにはいかん。

 今、技術職の連中に呼びかけて照会して来るから、ちょっと其処で待ってな』

 

 そう言って、ビッグフットが冷たく背を向け、奥の暗闇へと消えようとした。

 

(あぁ、また追い出されるのか。……ここなら、雨風を凌いでゆっくり休めると思ったんだがな)

 

 儂が自嘲気味に諦めかけた、その時だった。

 

『じいじ。あのお姉ちゃん……なんだか、寒そう』

 

『うん。すっごく、寂しそうだよ。中に入れてあげようよ』

 

 ちょこちょこ、と。

 そのビッグフットの足元から現れた、嫌に愛らしい小さな二体の玉カニの双子が、小さな鋏で老人の足の毛皮をグイグイと引っ張ったのだ。

 

『これっ、お前らなぁ。これは厳格な防衛の決まりだからよぉ?

 ……もし、鉄鼠とかなんかのヤバい魔物だったり、病気なんかを持ったまま中に入ったら、みんながマズいことになんだろぉ?』

 

『でも……あのお姉ちゃん、鉄鼠なんか連れてないじゃぁん……ぐすっ』

 

 紅い装甲の子供が、悲しそうな涙声の合成音声を漏らした。

 その情に訴えかける一撃に、老人は「うぐぅ」と苦しげに喉の奥で歯車を詰まらせ、数秒の葛藤の末に、完全に観念したように大きなため息をついた。

 

『……わぁーったよ! 仕方ねぇ。通って、とりあえず入り口の待機所に乗せな。あそこなら、外の雨風と雷くらいは防げるだろうよ』

 

「……すまねえなぁ、なんか。恩に着るよ。よっと」

 

 儂はホッと安堵の息を吐き、機体をビークルモードへと変形するプロセスを起動した。  ガシャガシャッ、ギャゴン!と音を立てて、泥臭い大型トラクターへと変形する。

 

 (なんだこりゃ……。前部のボンネットがデカすぎて、足元の視界が最悪じゃねえか。すげえ違和感だ)

 

 雌(メス)特有の、巨大なボンネット(胸)と、尻に大きい貨物(荷台)を装備した重心の偏ったアンバランスな車体を持て余しながらも。

 儂はいそいそと、ドワーフたちに案内されるまま地下へのスロープを下っていった。

 

『お姉ちゃん、入れてよかったね!』

 

 トラクターの巨大なタイヤの横を並走しながら、二体の玉カニが嬉しそうに、無邪気な笑顔(のようなセンサーの明滅)を見せてくる。

 

 『お姉ちゃん』。

 その純粋な響きに、儂の電子頭脳は一瞬だけ激しくバグを起こした。

 

(……いやいや、待て待て。儂は中身はゴリゴリのお爺ちゃんだわい)

 

 そう言って、野太い真実でこの子たちの変に純粋な善意を裏切るのも、なんだか酷くしのびない気がした。

 

 仕方ない。ここは相手の善意に合わせて、波風を立てないようにやり過ごすのが大人ってもんだろう。

 

「うふふっ、ありがとうね? ボクたち?」

 

 精一杯の裏声を作って、優しく返事をしたつもりだった。

 しかし、ヤガーコールそっくりに変わってしまった今の若い声帯モジュールのせいで、出力された音声は、まるで地球の深夜アニメに出てくるような、甘ったるく媚びた『完璧な萌え声』になっちまったのだ。

 

 (うわぁ……自分で出しといてなんだが、キッツイ声だなぁこれ)

 

 儂はトラクターの内部で一人、顔から火が出るほどの羞恥心に身をよじらせた。

 

 どうか。 どうか、昔の知り合いが、こんな黒歴史になりそうな姿の近くに居ませんように……。

 そんなささやかな願いだったが、全く気にならなくなった数年後に再会することになるたぁ。

 この時の儂は、まだ知る由もなかった。

 

 

 

     * * *

 

 

 

 そうしてドワーフ領の入り口の待機所――薄暗い坑道の一角に、壊れたトラクターみてえにポンと置かれた儂は、すぐにドワーフ族の技術者たちに身体をいじくり回されることになった。

 

『チチ……ジェネレーターノ出力低下。パージ痕アリ。修復プロセスヘ移行スル』

 

『ザザ……。オ嬢チャン、チト痛イガ我慢シナ』

 

 ワラワラと集まってきた技術者たちは、入り口の警備の連中以上にエイリアンみてえな気味の悪い姿をしていた。

 脳みそが剥き出しになった頭部から、細い触手を何本もウネウネと伸ばし、儂の装甲の隙間やインターフェースの接続部に遠慮なく突っ込んでくるのだ。

 正直、控えめに言っても滅茶苦茶くすぐったいし、ヌメヌメした触手の這う感触は精神的に中々堪えるものがあった。

 

「ん、んんっ……んひっ!? ちょっ、そこは排気パイプの奥だから敏感で……っ!?」

 

 無意識にアニメ声の裏声で情けない悲鳴を上げてしまうが、連中の腕は確かだった。

 たった数日ほどで、儂の機体は信じられねえほどにリフレッシュした。

 大気圏突入と荒野の放浪で全身に溜まっていた土や小石の目詰まり、関節部の凝りが見事に解消され、駆動系のオイルも滑らかに循環し始めた。

 おかげで、自慢のアーマーをパージして剥き出しになっちまった分の外装を、残存エネルギーでどう組み直して整えるか、自分自身で金属細胞の配置を考える余裕すら出来ていた。

 

 地下だから時間はよくわからんが、そんな平和な午後あたりのことだった。

 

『おねーちゃん! おねーちゃん!』

 

 コロコロコロッ!と、軽快な金属音を立てて、球カニ型のドワーフの子供――クレナイが丸まったまま転がって来た。あとから姉のアニーも楽しそうに転がってついてくる。

 あの入り口での出会いから、やけにこの二匹には懐かれてしまっていたのだ。

 

「んー? どうしたのぉ、クレナイちゃん?」

 

 儂も二匹に話しかけられると、すっかりこの甘ったるい『お姉ちゃん口調』で返すのが板に付き、癖になり始めていた。

 順応性が高すぎる自分に内心で舌打ちしつつも、トラクターのフロントを下げて二匹を見つめる。

 

『あのね、あのね……』

 

 クレナイが、短い鋏を器用に動かして、一枚の『紙』に書かれたものを見せてくれようとした。

 ――その時だった。

 

 カンコンカンコンカンコンカンコンッ!!

 

 突如として、待機所中にけたたましい警戒警報のベルが鳴り響いた。

 

『――緊急警報! 第4区画ニテ、土中妖精群ノ異常ナ活発化ヲ検知! 各員、局地直下型ノ地震ニ備エヨ!!』

 

「「キャッ!」」

 

「なんだぁ!?」

 

 拡声器越しの無機質なアナウンスと共に、坑道の岩壁がミシミシと不気味な悲鳴を上げ始めた。

 周囲にいたモブのドワーフたちは「甲殻を閉じろ!」「隠れろ!」と合成音声を交わし合いながら、一斉に作業を中断し、カチャカチャと器用に自身の殻や甲殻を畳んで丸くなり、衝撃に備える防御姿勢をとる。

 アニーとクレナイも「ひぃっ」と怯えた様子で丸くなり、どこか頑丈な隠れる場所を探して右往左往し始めた。

 

 ゴゴゴゴォォォォォッ……!!

 

 予告通り、足元から突き上げるような凄まじい鳴動が始まった。

 坑道の天井から、パラパラと細かい砂や小石が落ちてくる。

 

「アニー! クレナイ! 早く、私のお腹(車体)の下に入って!!」

 

 儂はその場で、咄嗟にサスペンションを最大まで伸ばして車体を高く押し上げた。

 二匹はコロコロと転がり、儂のトラクターの分厚いシャーシの下――暗くて狭い空間へと逃げ込んだ。

 それと、ほぼ同時だった。

 

 メキャァァァァァァッ!!

 

 天井の岩盤が限界を超え、数トンはあろうかという巨大な瓦礫が、丁度儂らの頭上から容赦なく降り注いできたのだ。

 

 (この声帯でも、ちゃんと出てくれよッ――!?)

 

「『ハウルウォール』!! どぅりゃああああぁぁぁッ!!」

 

 儂は、カグツチ・ドライブから発生する莫大な霊子エネルギーを、声帯モジュールごと機体全体に回し、大気を極限まで超振動させた。

 ――ヤマトの『勇者のカテドラル』によって授かった、儂の固有武装にして絶対防壁。

 超振動の音波の壁が上空に展開され、迫りくる巨大な瓦礫の先端を空中で粉砕する。

 

 ズドドガガガガガンッ!!

 

 だが、完全に威力を相殺しきることはできず、粉砕しきれなかった瓦礫の破片が、防壁をすり抜け、儂のトラクターの背中に容赦なく覆いかぶさってきた。

 

「ぐぅぅおおおおぉぉぉっ!?」

 

 激しい揺れは数秒で収まったが、上からのすさまじい質量の衝撃で、シャフトが何本か逝った激痛が全身のセンサーを駆け抜けた。

 

(いてぇ……っ! だが、ここで耐えねえと、二体が儂に潰される……!)

 

「~~~~ッ! ぐぅっ……うっ、アニー、クレナイ……無事か?」

 

『おねえちゃぁん……』

 

『お姉ちゃんこそ、痛くなぁい……?』

 

 真っ暗になった腹の下から、泣きそうな、震える合成音声が聞こえてくる。

 あぁ、やめろ。そんな健気な声を出すな。

 胸の奥が、ずきりと痛むだろうがよぉっ……

 

「だ、大丈夫、だいじょーぶっ☆ お姉ちゃん、守りに関しては一流だからぁっ」

 

 ギシギシと震えるサスペンションの悲鳴を必死に抑え込み、何とか裏声のまま強がりを言う。

 儂の聴覚センサーは、瓦礫の向こう側から、自身も瓦礫の下に埋もれながら必死に孫のアニーとクレナイを案じて叫ぶ大族長(ボリー)の声をキャッチしていた。

 

 (このまま持ちこたえていれば、いずれ助けは来るか……?)

 

 そう思った、矢先だった。

 

『おねー……ちゃん』

 

『くるしい……よぉっ……』

 

「……!」

 

 しまった。酸素が足りない!

 彼らドワーフは、もともとそんなに多くの酸素は必要ないだろうが、それでもあんな広大な空間を要する程度には『呼吸する種族』だ。

 今は極度の緊張状態で、呼吸も激しくなっているだろう。

 義体に溜め込んだ酸素も、この小ささだとそう長くはもたないはずだ。

 早急に、なんとかしねえと……!

 

『おねーちゃん……これ』

 

 暗闇の中で。クレナイが、震える小さな鋏を伸ばして、儂の目元へ、先ほど見せようとしていた『紙』を押し付けてきた。

 

「こんな時に、何を……!」

 

 暗視モードでその紙をスキャンする。

 それは、なんともまぁお粗末な、子供の手書きの絵だった。

 描かれていたのは……ドレスを着た、今の儂か? これ。

 

『……よく地上から来る、人間の使節団のレイニア姫様。……綺麗なドレス着てて、すごく良い声で喋るから……お姉ちゃんと、おんなじだって、思って……』

 

『お姉ちゃん……最近、どんな格好になるか悩んでたから……』

 

「……あー」

 

 描かれていたのは、黄緑色を基調とした、お花の模様がいっぱい描かれたフリフリのドレスだった。

 全体的なサイズ感とか色々違うだろうに。

 子供ってのは、何でこうも脈絡がないんだろうねぇ……。

 

 でも子供って生き物は——そこが、最高に愛おしい。

 特に、この優しくて幼い二体の子供を、こんな狭い場所で苦しめるわけにはいかない。

 

 儂は意を決して、その紙のデータを完全スキャンし、量子脳に読み込ませた。

 

「アニー! クレナイ! 耳(聴覚センサー)伏せててっ!!」

 

 

『『……っ!』』

 

 全身の金属細胞が光り、霊子エンジンの唸り声をあげてガチャガチャと組み代わる。

 スキャンによってシェイプシフト後の身体構造を変える瞬間には、本能的に強い霊子エネルギーの余剰が生まれる。

 そこから生じる膨大な『余剰エネルギー』を、そのまま声帯に全て乗せ、全力を——限界越えた音波の壁で上部の瓦礫ごと押し上げる!

 

「ッッッラァァァアアアアーーーーーーッ!!!」

 

 出来るだけ遠くまで。出来るだけ広範囲に届くように、ビブラートを極限まで調節した、瓦礫の外まで透き通るような声。

 それを最大音量で解き放った。

 

 ドバァァァァァァンッ!!

 

 強烈な振動が、儂の背中に覆いかぶさっていた瓦礫をすべて上空へと吹き飛ばす。

 ゴバァッ!!と、土塊と粉塵を押し上げて。

 二匹の玉カニを胸にしっかりと抱き抱えながら、立ち上がった儂の機体は。

 

「「~~っ!」」

 

 なんとまぁ、金属の装甲を極薄に引き伸ばした金属フリルをあしらった黄緑色の薄い装甲に、ポップな黄色の『歯車花(ヘイブンガーデンの地下に生える金属細胞の花)』の模様が入った、なんともポップでキュートすぎるドレスへと変わり果ててしまっていたのである。

 

「ぉぉぉぉおおおおっ!?」

 

 たまらなかったのは、儂だけではない。

 胸に抱いたアニーとクレナイ、そして周囲で瓦礫の撤去作業にあたろうとしていたドワーフたちが、皆一様に光学センサーを限界まで見開いて、ビリビリと甲殻を震わせていた。

 

「……ふぅぅっ。なんとか助かったぁ。っておわっ!?」

 

『お姉ちゃんの声、すっごぉい!!』

『もう一回! もう一回やってぇ!』

 

 肩の力を抜いて安心していた儂の胸の上で、ぴょんこぴょんこと跳ねて喜ぶアニーとクレナイ。

 すると、その声を聞きつけたのか、儂の周囲にもドワーフたちがワラワラと集まってきて騒ぎ立てて来たのだ。

 

『な、なぁ嬢ちゃん! さっきのすげえ声!』

『全身の駆動系に、スッゲェ良い感じにビビッときたぁ!』

『ふぉふぉふぉ……』

 

 困惑する儂の前に、孫たちの無事を確認して安堵の息を吐きながら、大族長のボリーが歩み寄ってきた。

 

『どうやらお前さんのその声。何らかの魔術……いやさ、お前さんらの技術による特殊武装みたいだが、うちらドワーフ族の聴覚素子と、非常に「相性が良い」みたいだのう』

 

 集まってくる子供たちや、むさ苦しいドワーフの労働者たちにキラキラとしたセンサーでせがまれ。

 儂は、このフリフリの恥ずかしいドレス姿で、居た堪れない気恥ずかしさに身をよじらせながらも……。

 

「あ、ぁ、あーーーーーっ♪」

 

 と、とりあえず、ハウルウォールの振動を乗せた甘い裏声で、声を上げてみるのだった。

 

 

 

 ――いつの間にか、儂が歌うその場所が、ただの薄暗い鉱山の入り口から、巨大な地底湖中央のきらびやかな特設された会場(ステージ)になるのに、そんなに時間はかからなかった。

 

 元から、戦場でデカい声を出すのは好きだった。

 それに、心から喜んでくれる子供たちの笑顔と、サイリウム代わりの発光粘菌の光に包まれているのは、何ともまぁ居心地が良いもので。

 なんというか、観客とのコール&レスポンスが、なんとも気持ちよくなっちゃってね?

 

 いつしか、誇り高き老兵であった『儂』は、甘い声で歌う『私(おねーちゃん)』になり。

 ここカタルガダル駅の地底のアイドルとして、今を全力で生きてしまっている。

 

 まぁ、元からこの理不尽な世界の成り行きを『運命』と称して納得していた身だけど。

 これもこれで、十分私の運命だったと思うことにしてるよ?

 

 

     * * *

 

 

 カンコンコンカンッ! カンコンコンカンッ!!

 

 突如として、けたたましい打撃音のような警報が地下坑道の巨大なターミナル駅全体に鳴り響いた。

 同時に、駅の岩壁に設置された無数の非常用発光粘菌が、危険を知らせる毒々しい『赤色』へと一斉に変色し、狂ったように明滅を繰り返す。

 

「なんだ、どうした!?」

 

 マギア・ラージ・キャリアーのブリッジで発進準備を待っていたベンザイアが、くつろいでいたソファからバネのように跳ね起きた。

 発進を控えていた防衛兵たちにも、一気にピリッとした緊張が走る。

 

「こいつぁ、ドワーフたちの『魔物襲撃警報』だ!」

 

 ブリッジの奥から、筋肉メイドのローラが血相を変えて飛び出してきた。

 普段なら「新しい武器の出番だ!」と嬉々として前線に飛び込んでいく戦闘狂の彼女にしては珍しく、その顔には明らかな焦りと、切羽詰まった危機感が浮かんでいる。

 

「アタシが冒険者時代に聞いたことがある、この地下坑道に『魔王軍の瘴気魔物』が侵入してきた時の符丁だ! クソッ、よりにもよってこんな入り組んだ閉鎖環境で!」

 

「閉鎖環境だと、マズいのか?」

 

「当たり前だろ! 逃げ場のない地下で、数にモノを言わせた魔王軍の侵入なんか赦しちまったら……防衛線が突破された瞬間、非戦闘員のドワーフたちの『大虐殺』は目前になっちまうんだよ! 急げ、警備隊に加勢しに行くぞ!」

 

「……っ!」

 

 ローラの言葉に、ベンザイアの背筋にゾワッと冷たいものが走った。

 見境のない狂乱した野獣の群れが、密室に集まった無垢の民を一方的に食い散らかす地獄の惨状。

 それを嫌でも想像してしまったベンザイアは、普段の軽口を完全に封印し、一目散に自身の本体が固定されているキャリアーの甲板へと駆け出した。

 

「旦那!」

 

「ベンザイア、行くぞ!」

 

 キャリアーの甲板には、展望デッキから飛び降りてきたヤマトのMMSが、すでに自身の本体たる巨大なトリコロールカラーのトラックのグリルの前に立ち、装甲に白い手を突いていた。

 遅れて甲板に飛び出したベンザイアも、自身の本体である真紅のスポーツカーのフロント部分に、MMSの華奢な手を叩きつけるように突っ込む。

 

「「司令官ヤマト、戦士ベンザイア! 変身(シェイプシフト)――出動する!!」」

 

 二人が同時に叫んだ瞬間。

 ジャラララララララッ!!と、二人のMMSの身体(仮想体)が、嵐のような無数の銀色の金属片(ナノパーツ)の突風となって吹き荒れ、自動的に大口を開けた本体のエンジンルームの中へと、凄まじい勢いで吸い込まれていった。

 MMSの意識と制御が、本来の巨大な装甲の中枢(カグツチ・ドライブ)へと完全帰還を果たす。

 

 ガキンッ! バキンッ!! ギャリッ! ギャキキキキッ——シャキン!

 

 二台のビークルのホイールをキャリアーの甲板に固定していた、極太の金属ワイヤーと留め具が、内側からの異常な膨張圧力によって自動的に弾け飛んだ。

 自由になった身体を思い切り伸ばすかのように。二台の巨大なビークルは、装甲を複雑なブロック状に割って開き、歯車とシリンダーの豪快な駆動音を立てながら、緻密な変形工程を経て、瞬く間に『鋼鉄の巨人』へと立ち上がったのだ。

 

「ぬぅうんっ!!」

 

 ヤマト本体の右腕の装甲がスライド展開し、長大な『ヒートソード』がシャキンッ!と伸びる。

 ヤマトはその赤熱した刃を振り抜き、まだ足元に絡みついていた煩わしい固定ワイヤーの残骸を自身の分とベンザイアの分まで一気に切り裂き、完全に自由の身となった。

 

 かくして、大空洞のプラットフォームに、完全武装状態の二体の鋼の巨人が仁王立ちする。

 

『お、おい見ろ!』

 

『すげえ! アレも、オヅマちゃんと同じ「カミサマ」の真の姿か!』

 

『うおおおっ、あの流線型の関節ジョイント! たまらねえ!』

 

『良いなぁ! なぁ、あの中の構造の「設計図」取ってるやつとか、この駅にいねえの!?』

 

 圧倒的な戦闘マシンの威容を前に、周囲で避難誘導を行っていたドワーフたちは、恐怖するどころか光学センサーを限界まで見開き、完全に『技術オタク』としての興奮を爆発させて湧き上がっていた。

 

「……」

 

「……」

 

 自分たちが死地に向かおうとしている緊迫した空気の中で、純粋すぎる知的好奇心の的(被写体)にされたヤマトとベンザイアは、思わずドン引きして顔を見合わせた。

 

「フヒヒ……」

 

 一方、キャリアーのブリッジでは。  そのドワーフたちの会話を盗み聞きしていたモルガンが、一人だけ口元を歪め、妖しい笑みを浮かべていた。  

 

(フフフ、残念でしたね地底の技術者たちよ。

 その神々の完璧な身体の内部構造(設計図)は、すでに、わたくしが舐め回すように隅々まで解析し、完全に記録済み(コンプリート)なのです!

 この圧倒的な技術的優位性の快感……たまりませんわ!)

 

「やってる場合ですか、モルガン!!」

 

 一人で恍惚の表情を浮かべて身悶えしているモルガンの後頭部に、レイニアの容赦のないハリセン(いつの間に用意したのか)がクリーンヒットした。

 

「痛っ!?」

 

「広域金属探知レーダーを早く表示なさい! 敵の規模と位置を、ヤマトたちに教えなければ!」

 

「っ、ととと、そうでした! 申し訳ありません、姫様!」

 

 レイニアの厳しい叱責に我に返り、モルガンは慌てて片眼鏡を押し上げ、操縦座の魔術盤に両手を叩きつけた。

 

「『ジバ・クロウル・エン・シジバ・ルクオラ・エッセ(木属性・周囲・広域探知・可視表示起動)』!!」

 

 モルガンの高度な詠唱に応え、巨大なマギア・ラージ・キャリアーそのものが、彼女の意のままに魔術の『代理演算儀式』を行う超巨大な『儀式杖』として機能し始める。  

 

 ズォォォォンッ!と、キャリアーの重厚な装甲の表面に、魔力を帯びた放電がバチバチと奔った。

 

 その直後。ブリッジの中央空間に、直径3メートルほどの巨大な球状のホログラムモニターが浮かび上がる。

 それは、周囲数十キロに及ぶ地下坑道内の『磁気反応(金属生命体の位置)』をリアルタイムで可視化した、超広域の3D探知レーダーであった。

 

 

 球状のレーダー表示のへそ、中央にはマギア・ラージ・キャリアーを示す巨大な白い点。

 そしてそのすぐ傍に、展開したばかりのヤマトとベンザイアを示す二つの極大の青い光点が明滅している。

 しかし、ブリッジにいた全員の視線は、その中心部ではなく――。

 

「て、敵、超大型群体と推測! 異常な速度で増殖を繰り返しながら、距離どんどん近づいてきています!」

 

 モルガンが、信じられないものを見るように悲鳴じみた声を上げた。

 レーダーの端から現れた無数の『赤い点』。それはまるで、一つの巨大なドリルか、狂気に満ちた螺旋を描く『濁流』となって、中央のキャリアーへ向かって猛スピードで迫ってきていたのだ。

 

「方位は……え、嘘!?」

 

 

「どこから来る!? 坑道の入り口か、それとも奥か!」

 

 レイニアが怒鳴るように問う。

 

「ち、違います! 真上です!!」

 

 モルガンの絶叫と同時だった。

 

 ドォォォォォォォォォンッ!!

 

 はるか上空、大空洞の分厚い岩盤の天井が、内側から爆破されたように激しく崩落し、無数の瓦礫が雨あられとプラットフォームへと降り注いだ。

 そして、空いた大穴から滝のように溢れ出してきたのは――。

 

『ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!』

 

 人のこぶし大ほどの大きさの、赤黒く錆びた無数の『鉄鼠(スケイヴン)』の群れだった。  鉄と鉱石で出来たそのおぞましい機械生命体の濁流は、重力に従うかのように、しかし確実に自らの狂った意思によって、真っ逆さまに真下の『魔導科学の動く要塞(キャリアー)』めがけて、文字通り滝のように降り注いできたのだ。

 

『ヒィィィッ!? 天井から魔物が!』

『逃げろぉぉっ!! 喰われるぞ!!』

 

 避難誘導中だったドワーフたちが、頭上からの悪夢のような襲来にパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

 その刹那。

 ブリッジの防風ガラス越しに、降り注ぐ死の滝を見上げたレイニアの思考が、極限の速度で奔った。

 

 (キャリアーの眼前には、奥深く大陸中へと繋がる広大な地下鉄道網。後方には、出口へと繋がる坑道への道……!)

 

 一瞬の戦術シミュレーション。

 

(地下鉄道網目がけて前進すれば、直線距離は稼げる。だが、あの異常な規模の魔物に地下鉄道網内への侵入を許せば、この地下に住むドワーフ族全体の被害はどんな規模になるか計り知れない!)

 

(しかし、それは後退して出口へ向かっても同じこと。ここから入り口までバックすれば、今まさに避難中のこの駅周辺のドワーフ族たちが、あの鼠の濁流の犠牲になることは確実……!)

 

(――待て。何故、奴らはこの駅の『真上』の岩盤をぶち抜いて、真っすぐこっちに落ちて来た?)

 

 レイニアのオッドアイが、鋭い知性の光を宿す。

 

(偶然? いや、広大な地下空洞でピンポイントに真上を抜くなどあり得ない。仮説――奴らには明確な『狙い(ターゲット)』がある。……私か? 私たちか? いや、違う!)

 

 

(――強大な霊子力を持つ、ヤマトだ!!)

 

 

 一瞬のうちに滝のような思考を纏め上げ、レイニアは最適解を導き出し、怒号のごとく吼えた。

 自らが餌(デコイ)となり、被害を最小限に抑えつつ魔物を駅の居住区から引き離す!

 

「モルガン!! 地下鉄道網目がけて、全速前進んッ!!」

 

「い、イエス・マム!!」

 

 レイニアの烈火の如き号令に、モルガンが軍人さながらの返事と共に操縦の魔法陣を限界まで操作する。

 

 ギュオォォォォンッ!!

 ギャリギャリギャリギャリッ!!

 

 キャリアーを支える巨大な金属車輪が、黒曜合金のレールと激しく擦れ合い、火花を散らしてスリップする。

 その、ほんの数秒のタイムラグの間に。

 

 ドドドドジャアァァァァァァッ!!

 

 数千、数万の鉄鼠の群れが、巨大なキャリアーの甲板へと、まるで土石流のように激しく叩きつけられた。

 

「うわあああああッ!? なんじゃこりゃあ、気持ち悪い!!」

 

 甲板に立っていたベンザイアが、全身に降り注ぐ鉄鼠の雨に悲鳴を上げる。

 気味が悪いと絶叫しながらも、戦士の勘で彼女はすぐさまアップデートされたショックブーツを起動。靴底から青白い魔法陣を展開し、強烈なエネルギー弾を放って甲板上の鼠の群れを次々と吹き飛ばした。

 多勢に無勢の焼け石に水だが、それでもキャリアーが発進するまでの貴重な『時間稼ぎ』にはなった。

 

 ギャキンッ!!

 

 ついにスリップしていた車輪が黒曜合金のレールと完全に噛み合った。

 エンジン全開状態のマギア・ラージ・キャリアーは、魔導複合エンジンの最高速度のトルクを以てして、弾かれた砲弾のように前方の暗闇――地下鉄道網の奥深くへと急発進を開始した。

 

「ぅおああッ!?」

 

 凄まじい慣性に置いて行かれ、ベンザイアの巨大な身体が一瞬甲板から宙へと浮き上がる。

 だが、彼女は咄嗟に魔法陣を空中に展開し、見えない足場を作ったうえでのショックブーツの強制ジャンプにより、無理やり体勢を立て直して再び甲板にガッチリと足を突き直した。

 

「屑鉄の鼠どもが!」

 

 ヤマトが怒号を上げ、右腕のヒートソードを最大直径まで展開する。

 ブォォォォンッ!と赤熱する巨大な刃が旋風のように振るわれ、甲板に群がる鼠の群れを分厚い装甲ごと一気に斬り払う。

 だが、それでも斬り漏らした無数の鉄鼠たちが、ヤマトの巨大な腕や足の装甲にガリガリと群がり、狂ったように噛みついている。

 

 ゴオォォォォォォッ!!

 キャリアーは、降り注ぐ鼠の滝を間一髪で抜け出し、漆黒の地下坑道の奥深くへと猛スピードで発進していく。

 

 そして。

 残された後方の『鼠の滝』の流れは、逃げ遅れたカタルガダル駅のドワーフの民衆へと向く……ことは、決してなかった。

 

 ピタリ、と。

 プラットフォームに降り注いだ数万の鉄鼠たちは、まるで一つの軍隊のように動きを止め、その無数の赤い瞳を、逃げ去り距離を離していくキャリアーの背中へと一斉に向けたのだ!

 

『殺セ、殺セェェェ!!』

 

『勇者ヲ、殺セェェェッ!!』

 

 無数の機械音声が重なり合った、呪詛のような絶叫。

 ギュルルルルッ、ドドドドドドドドッ!!

 天井からの鼠の滝が元栓を閉じたかのようにピタリと収まると、プラットフォームに集束した群れは互いに激しく連結し、合体し始めた。

 それは瞬く間に、長大な大蛇のような……あるいは巨大な『ドリル』のような、おぞましい一つの群体へと姿を変えた。

 

 ガガガガガガガガガガッ!!

 

 無数の顎と刃を回転させながら。

 巨大な鉄の群体は、触れる壁面と黒曜合金のレールを火花を散らして削り取りながら、獲物たるキャリアーを追って、狂気の加速を開始した。

 

 かくして、閉鎖空間の地下坑道を舞台にした、全身ドリルとなった鉄鼠の狂気の群体と移動要塞マギア・ラージ・キャリアーによる、絶望的な鋼の巨獣同士のガルガンチュア・チェイスの幕が切って落とされたのであった。

 

「モルガン! 運転しながらで悪いけど、大至急あの『通行手形』をハッキング!」

 

 揺れる艦橋の中で、レイニアが鋭く指示を飛ばした。

 その視線は、キャリアーの前面に貼り付けられているはずの、ボリーから受け取った黒曜合金のエンブレムを指している。

 

「ドワーフの鉄道管理局を通じて、魔力通信のホットラインを構築してくださいませ! この規模の災害は、手形の自動ダイヤ回避サポートだけじゃ到底フォローしきれませんわ!」

 

「簡単に言いますねぇ! こっちは超重量級の軌陸車の操縦で手一杯だってのに!」

 

 モルガンは文句を叫びながらも、両手で操縦用の巨大な魔法陣をせわしなく操作し、カーブが連続する地下坑道でかろうじて脱輪しないようにキャリアーを爆走させ続ける。

 そして同時に、常人には不可能なマルチタスクをやってのけた。

 モルガンは右手の指先だけで空中に全く別の新しい小魔法陣を構築し、キャリアーの莫大な魔力演算能力のサポートをフルに引き出しながら、外部にある通行手形にかけられた強固な魔術式へとアクセスを試みる。

 

 ピロロロロッ、ガキンッ!

 

「認証突破! 手形の微弱念波のチャンネルを、双方向通話可能な仕様に強制書き換え(オーバーライド)完了です!」

 

 ものの数秒でハッキングを終えたモルガンが、構築した音声通信のインターフェース(青白い光の板)を、フリック操作でレイニアの眼前へと送信した。

 

「まずは管理局へ繋ぎます! 姫様、お願いします!」

 

「CQ、CQ!……はぁ、流石に地球の無線用語は通じませんわね。

 どなたか応答願います!」

 

 レイニアは前世の軍人としての癖でつい無線の呼び出し符号を口にしてしまったが、すぐにファンタジー言語に切り替えて、通信用の魔法陣に向かって叫んだ。

 

『うわぁっ!? は、ハイっ! どなたでしょう!?』

 

 ノイズの向こうから、明らかにパニックに陥っているドワーフの管理局員の合成音声が慌てた様子で応答してきた。

 彼らの本来の仕事は、地下鉄道網の安全なダイヤ調整と切り替えだ。

 こんな緊急事態で、しかも外部のエンブレムから直接通信をぶち抜いてくるような事態は想定外に決まっている。

 

「こちら、シャイアラ王国・ミドルツカント所属魔王軍対策隊!

 現在、地下坑道内にて異常増殖した魔物の襲撃に対応中!」

 

 レイニアの無駄を省いた、冷徹なまでに的確な戦況報告が通信ラインに響く。

 

「魔物の最終目的は、当方の保有する『勇者』とみられます!

 我々は現在、鉄道網カタルガダル駅から地下の奥深くへと発進し、自らを囮として魔物の大群を牽引中!」

『お、囮!?』

 

「至急、大族長ボリーとのホットラインを繋いで、現在位置と情報(レーダーデータ)の共有を乞う!

 繰り返す! 敵は強大な単一群体へと変貌している!

 万事に備え、ドワーフ防衛網との情報の共有を乞う!」

 

 鬼気迫るレイニアの澱みない連絡に、退屈な事務仕事で平和ボケしかけていた管理ドワーフは、事態の深刻さを即座に理解した。

 

『は、はいぃっ! ただいま大族長様に、直通ですぐに繋げます!!』

 

 緊迫した怒声が交交差する中、地下の暗闇を照らす一筋の『戦術ネットワーク』が、レイニアの機転によって急造の産声を上げた。

 彼らとて宇宙の深淵から来た『ミ=ゴ』の一族の末裔である。

 管理ドワーフは、レイニアの強引な魔力通信の術式とアドレスを、手元の計器だけでまるで即座に翻訳するかのように解析・理解してみせた。

 

『了解ッ! 大族長ボリー様の専用ドワーフ語回線と、即座に符丁を合わせます!

 当管理局が通信の中継点(リレー)となります!

 ――ボリー老! 通行手形より音声通信を受信! 只今から中継通信を贈ります!』

 

 ザザッ、ピガガッ!

 

 未だ天井の岩盤が崩落の余波でパラパラと崩れてくるカタルガダル駅のプラットフォーム。

 そこで避難民の誘導と防衛の指揮を執っていた大族長ボリーの聴覚センサーに、管理局からのドワーフ語の暗号回線が飛び込んできた。

 

「なんでぇ! こんな非常時に、あの嬢ちゃんたちやってくれるじゃねえか!」

 

 避難する子供たちを大きな腕で庇いながら、ボリーは感心したように合成音声を上げた。

 

「渡したばかりの通行手形を、即座に改造して直通回線をぶち抜いてくるたぁ……恐れ入った!

 わかった、アドレスを受信して直接回線にする!

 お前(管理局員)はそのままダイヤの状況を監視し、キャリアーの進路へ送れ!」

 

 ボリーがドワーフ語で的確な指示を飛ばすと、壊れたラジオのようだったノイズが一瞬でクリアになり、スムーズで遅延のない通信音声がレイニアの元へと繋がった。

 

 

 

 ギギギギギィィィンッ!!

 

 マギア・ラージ・キャリアーが、猛スピードのまま黒曜合金のレール上で強引なドリフト走行を決め、急カーブを曲がり切る。

 

「くっ……!」

 

 ブリッジ内に凄まじい遠心力(G)がかかり、レイニアは壁の手すりを強く握りしめて身体を支えた。

 その緊迫した空間に、大族長ボリーの野太い声がスピーカーから響き渡った。

 

『流石だ、地上の姫騎士(お嬢様)よ! あの魔物の大群から駅の民衆を庇い、真っ直ぐに囮を引き受けるその戦況判断……鬼どころか、名軍師じゃねえか!』

 

「お褒めに預かり光栄ですわ!」

 

 レイニアはGに耐えながら、不敵に笑って通信に答える。

 

「で! こういった事態の対策は、そちらで構築されておりますの!?」

 

『残念だが、鉄鼠共のあんな異常な群れなんざ前代未聞だ! 俺たちもどう手を打てばいいか見当もつかん!』

 

「大族長! それでは……っ」

 

『だが、方法がないわけじゃねえ!』

 

 ボリーの声に、不退転の覚悟と、地下を知り尽くした者ならではの狡猾さが混ざる。

 

『『第二期文明』のダンジョンへの連絡路が、そこから三番目の交差点から右へ曲がった先にある!

 そこにあのネズミどもを誘い込んで、罠に嵌めろ!』

 

「……!」

 

 ボリーが送信してきた詳細な地図情報が、モルガンがブリッジに展開していた3Dレーダーのホログラムの上に、ピタリと重なって可視化される。

 そこには、通常のドワーフの生活圏や鉱山とは明らかに構造が異なる、禍々しいほどの緻密で巨大な『迷宮』の全貌が映し出されていた。

 

「なるほど、これほど都合の良い……極上のキルボックス(殺戮地帯)ですわ」

 

 レイニアは、先ほどまでの焦燥が嘘のように、ぺろりと好戦的に唇を嘗めた。

 前世のエースパイロットとしての、死線を弄ぶような狂気の笑みが浮かぶ。

 

「モルガン! 三番目の交差点を右! ルートを変更しますわよ!」

 

「ちょっとぉ姫様、正気ですか!? 我々もそこに突っ込むってこと、本当に考慮してます!?」

 

 モルガンが操縦桿(魔法陣)を握る手を震わせながら、悲鳴のようなツッコミを入れた。

 『第二期文明』。

 それは、繁栄と滅亡を何度も繰り返している『この世界』の歴史において、記された限りで「二つ前」に存在したとされる超魔術文明の遺跡である。

 その文明の遺した機械や防衛機構は、数千年が経過した現在もなお、盗掘者を容赦なく排除するために完璧に稼働しており、触れれば即死するレベルの必殺の威力を保ち続けている。

 その中に潜入するためだけに命を懸ける「専門の冒険者(トラップ・ブレイカー)」すら存在するほどの、最悪の危険地帯(ダンジョン)なのだ。

 

 そこに、あの鉄鼠の群れを誘導して罠に嵌める。

 それはすなわち、囮であるレイニアたち自身も、その即死トラップの数々が待ち受ける超危険な迷宮の中へ、巨大なキャリアーごとフルスピードで突っ込まなければならないということを意味していた。

 

 だが、そんな狂気の提案を前にしても。

 姫騎士レイニアの瞳には、一切の恐れも存在しなかったのである。

 

「聞こえましたか、二人とも!」

 

 轟音を立てて爆走するキャリアーの艦橋から、レイニアの凛とした通信が、ヤマトとベンザイアの量子脳へと直接響き渡った。

 

『あぁ。レイニア、君のその瞬時の戦術眼と手腕には、毎度驚かされるな』

 

 甲板の上で、自身の太い腕や脚の装甲にしがみつき、ガリガリと火花を散らして齧り続けている鉄鼠どもを、巨大な鋼の指先でプチプチと虫のように容赦なく潰しながら。

 ヤマトが、感心したように深く頷いて通信に応じる。

 

『要は、たかだか「二千年前」の古代遺跡とやらを踏破して、あいつらを罠に巻き込めって事だろ? 上等だ!』

 

 ヤマトの後ろで、ショックブーツの出力で甲板に踏み留まっているベンザイアも、手のひらに真紅の拳をドガッ!と叩きつけながら勇んで吠えた。

 

『このファンタジー世界の「機械文明」ってやつがどれほどのモンか、味見してやろうじゃねえの!』

 

 (たかだか二千年前、ねぇ……)

 

 その言葉に、レイニアは思わずふふっ、と余裕のある笑みをこぼした。

 人類の歴史から見れば、二千年とは途方もない太古の歴史だ。しかし、億年単位の悠久の時を生き抜き、星の海で無数の死線を潜り抜けてきたシェイプシフターたちから見れば、そんなものは『つい最近』の出来事でしかない。

 彼らのその規格外で頼もしすぎる時間感覚と胆力に、レイニアは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 ――だが。

 そんな和やかな空気を一切赦さんと言わんばかりに、背後から迫る狂気の群れが、恐るべき『知性の残滓』を見せつけた。

 

『『『ジバガギ・ガガラ・バウ(木属性・雷電発火弾・放て)』』』

 

 背後の闇から、無数の機械音声が重なり合った、おぞましい『詠唱』が響き渡った。

 

『ジバガギ・ガガラ・『ジバガギ・ガガラ・バウ』バ『ジバガギ・ガガ『ジバガギ・ガガラ・バウ』ラ・バウ』『ジバガギ・ガガラ・バウ』ウ』

 

 それは、巨大なドリルの群体を構成する無数の鉄鼠の一体一体が、複雑な発音の魔術言語をそれぞれわずかにズレたタイミングで、不協和音のように唱え続ける地獄のコーラスだった。

 直後、その小さい口の一つ一つから、青白い『光弾』が機関銃の掃射のように放たれた。

 

 ドババババババッ!!

 

 バヂィィィィィンッ!!

 

「どわぁっ!?」

 

 ベンザイアが驚愕の声を上げる中、キャリアーの分厚い後部装甲に無数の光弾が着弾した。

 それはただの衝撃弾ではない。

 命中した瞬間に凄まじい青白いスパークを撒き散らす、雷電の魔術弾。

 金属生命体であり、高度で複雑な電子・魔力回路によって駆動するマギア・ラージ・キャリアーの特性を完全に理解した上での、最も致命的で厄介な『電気ショック』であった。

 

「あっ……熱っ、っぎ、くはぁっ……!!」

 

 ブリッジの操縦座で、モルガンが悲鳴を上げて前のめりに崩れ落ちそうになった。

 このマギア・ラージ・キャリアーは、高速運動に適応するために現在モルガンの神経(脳波)とシステムが魔術的に直接リンク(同期)している。

 そのため、装甲が受ける過剰な電気ショックのノイズが、モルガンの全身に流れる電流の『疑似感覚(痛覚)』としてダイレクトにフィードバックされてしまったのだ。

 

「モルガン!」

 

 レイニアが悲鳴じみた声をかける。

 モルガンの全身には脂汗がびっしりと浮かび、メイド服の下の華奢な身体が、びくびくと制御不能な痙攣を始めている。

 ……だが。

 

「ッッ、舐めやがって……!」

 

 ダンッ!!

 モルガンは、震える足で操縦席の床を強く踏み鳴らし、気合いを入れ直した。

 ズレかけた片眼鏡の奥。

 その知的な瞳には、普段の理知的な教育メイドの姿からは想像もつかないような、殺意に満ちた獣のような眼光が宿り、前方の暗闇を睨み据えていた。

 

「モルガン様! 第一の交差点、通過します!」

 

 ブリッジの兵士が叫ぶ。

 キャリアーの巨体が火花を散らしながら、分岐する黒曜合金のレールを強引に右へと曲がり切る。

 第二期文明の遺跡へと続く、死のルートへの突入だ。

 車体が激しく揺れる中、モルガンは操縦の魔法陣に血の滲むほど強く指を食い込ませ、獰猛に吼えた。

 

「天下の宮廷魔術師相手に、魔術弾の撃ち合いぃ……? そんなしょっぱい電気の礫で、わたくしを嘗めてるんですか、鉄の鼠風情がぁっ!!」

 

 天才魔術師の逆鱗に完全に触れた。

 モルガンが吼えた瞬間、マギア・ラージ・キャリアーのシステムが彼女の殺意に応え、怒髪天を衝くように変形を開始する。

 

 ガシャシャシャンッ! ギュイィィィンッ!  キャリアーの後部や側面の装甲が次々とスライドし、車体の全身から無数の『砲塔』がハリネズミのように展開された。

 その砲塔の先端には、通常の大砲の砲身ではなく――かつてミドルツカントで倒した龍王バハムートの全身に生えていたそれを採集・加工された、極めて強靭な魔力伝導率を誇る『魔竜の杖』がセットされている。

 

「各員、砲撃管制システムに移行! 恒熱徹甲質量弾を装填します!ターゲット、後方の魔物群体!」

 

「「「了解!」」」

 

 モルガンの指示と同時。

 ブリッジで計器を操作していた防衛兵たちの座る管制席のコンソールが、魔法陣と連動して『遠隔照準器を内包した砲座』へと一瞬にして切り替わった。

 兵士たちが一斉に操作棍(ジョイスティック)を握り、展開された全砲塔の狙いを、迫り来る鉄鼠のドリルの各所へとロックオンする。

 

「『サンラ・ラ・ロルロア・リトボー・シドニウムラ(恒熱付与・放射・質量回転弾装填)』!!」

 

 モルガンが、一息で極めて高度な複合詠唱を完了させる。

 その瞬間、キャリアーの全砲塔の先に、待機中の土属性の魔力元素が強制収束され、巨大な『円柱形の岩の質量弾』として次々と錬成されていく。

 さらにそこに恒熱の魔術が付与され、岩の弾丸は瞬く間に太陽のように眩く『赤熱化』し、周囲の空気を歪ませた。

 

「全砲塔、狙い定めぇ……っ!」

 

 モルガンが右手を高く振り上げる。

 後方では、赤熱した巨大な岩の弾丸が、砲塔の先端でギュルルルルッ!とライフリング回転を始め、今か今かと発射の時を待って限界まで魔力を明滅させている。

 

「――――『バウ(撃てぇ)ゥ』ッ!!」

 

 モルガンの絶叫と共に、振り上げられた右手が振り下ろされる。

 

 ドッガァァァァァァァァァァンッ!!

 

 腹の底に響くような轟音の連鎖。

 キャリアーの全身から、赤熱した超質量の円柱岩が、恐るべき初速で後方へと一斉に高速射出された。

 

 雷電の光弾をバラ撒きながら迫っていた鉄鼠の群体に、その質量の暴力が容赦なく突き刺さる。

 

 ドガッ! メギャァァァァッ!!

 

 赤熱した岩弾は、鉄鼠の強固な装甲を溶かしながら、その巨大なドリルの群体を物理的に削り取り、ミンチにしていく。

 放たれた岩弾は回転の威力で群体の奥深くへと食い込み、次々と内部から爆発して鉄鼠たちを四散させた。

 

『ギギギ……ガガガッ!?』

 

 圧倒的な質量の連続砲撃に、さしもの狂乱した群体の勢いも一気に削がれ、連射されていた雷電発火弾の雨も急激にまばらになっていく。

 魔導科学の結晶たるキャリアーの火力が、数の暴力を一時的に押し返したのだ。

 

「ひゃっはー! すげえ威力だ! そのまま蜂の巣にしてやれ!」

 

 甲板の上で、ベンザイアが喝采を上げる。

 激しい砲火の応酬が地下坑道を真っ赤に照らし出す中、マギア・ラージ・キャリアーは一切の減速をすることなく。

 人類すら寄り付かない危険地帯――第二期文明の遺跡、深く暗い迷宮へと続く道を、その巨体で真っ直ぐに突っ込んでいくのであった。

 

 

     * * *

 

 

 ――一方、その頃。

 マギア・ラージ・キャリアーが疾走している広大な地下鉄道網から、壁一つ隔てた先のさらに深く狭い暗闇の中で。

 

 そこが人工的な金属のダクトなのか、あるいは自然の土塊の穴なのかもわからないほどに汚れた細い通路を、泥と油でボロボロになりながら歩んでいる『奇妙な二人組』の姿があった。

 

「だ、だぁっ……! ダチカル、待て、待ちなさいってば……っ!」

 

 息も絶え絶えな悲鳴を上げながら、紺色のコートに身を包んだ長身の美女が、前をのしのしとマイペースに進む少年の後ろから必死に追いすがる。

 彼女の右目は黒い眼帯に包まれていたが、その眼帯の内側からはサーチライトのような強力な光が発せられており、暗い獣道と、前を歩く少年の背中をスポットライトのように明るく照らし出していた。

 

「んぅ?」

 

 呼ばれた少年――ダチカルが、のんびりとした声を上げて振り返る。  無邪気で幼い顔立ちをした彼が振り返った瞬間、完全に体力の限界を迎えて前のめりに倒れ込んできた女の胸が、彼の中性的な顔面へと「わぷっ」と勢いよく押し付けられた。

 

「お前のッ、無尽蔵な体力にっ、わたしがついて行けるわけないでしょうがぁっ!」

 

「もが、もががっ!?」

 

 文句を叫びながらも完全に足がもつれ、そのまま地面へ倒れ伏そうとする女。

 だが、ダチカルは鋼鉄で出来た『義足』である左足をガンッ!と地に突いてつっかえ棒にすると、倒れ込む彼女の身体を迷いなくギュッと力強く抱きしめ、完璧に支えてみせた。

 

「はぁ……はぁ。よくやったぁっ、あぁ、胸が楽ぅ……女ってなんでこんなものぶら下げてんのかしらぁ?

 ありがとう、そのまま支えて……って、いだだだだだッ!?

 折れる! 腰の骨が折れる! ストップ! ダチカル、ストップゥゥッ!!」

 

 女が情けなく暴れ喚くのも無理はなかった。

 ダチカル少年の無邪気な見た目に反して、彼女を抱きしめるその細い腕の力は、文字通り『異常』だったのだ。

 万力の如き力で締め付けられ、ミシミシと悲鳴を上げる己の腰骨に、女はたまらず悲痛な降伏宣言を上げた。

 

「むぅ? ごめんね――シンクゥ」

 

 女の悲鳴に驚き、ダチカルはパッと腕を離すと、少し舌足らずなたどたどしい言葉で謝った。

 本来ならば、自分よりずっと小さく力が強いこともわかっているダチカルに、遠慮なく全体重を預けてよりかかったシンクという女の方を責めるべき状況だろう。

 しかし、純粋すぎるダチカルの脳内には、そこまで複雑な責任転嫁の思考は至っていない。

 おまけに、ダチカルには自身がこの女を容易くへし折れるほどの怪力であるという自覚もあった。

 

 

『力強き者は、その力で味方を粉砕しない事』

 

 

 ダチカルが言葉よりも先にしつけられ、覚えたのはそんな言葉だった。

 ——誰に教えられたかは忘れたが。

 

「はぁぁぁっ……げほっ、ごほっ……」

 

 解放され、極限まで圧縮されていた肺に思い切り地下の淀んだ空気を吸い込み、シンクと呼ばれた女はその場に四つん這いになって膝をついた。

 

「ああ、もう……。なんだって、よりによってお迎えがお前なのよ……。

 もうちょっと、こう……頭の良くて話の通じる奴が迎えに来てくれていたのなら、地上への道のりももう少し楽だったろうにっ」

 

 ヨヨヨ、と大げさに倒れ込み、ぷるぷると肩を震わせるシンク。彼女は、己のクジ運の悪さと不幸を呪うように、恨み言を吐いて深く俯いた。

 その姿勢のまま揺れる彼女の肩。

 そこから斜めがけにされたボストンバッグの口からは、いかにも『ただならぬ強大な力』を持っていそうな、不可思議な光り輝く機械部品の一部がチラリとはみ出している。

 

「オレ、頭悪い……」

 

 シンクの愚痴を聞いて、ダチカルは心底申し訳なさそうにシュンと肩を落とした。

 しかし、すぐに気を取り直したように顔を上げ、自らの鼻をトントンと指差して得意げに胸を張る。

 

「でも、道知ってる! 今は臭いも辿れる! 嗅覚って凄いぞ、シンクゥ!」

 

「わかってるっての! ったくもう……」

 

 得意げな少年に毒気を抜かれ、シンクはよろよろと立ち上がりながら深い溜息をついた。

 

「で? 地上の世界は、本当にお前の言ってた通りのふざけた場所になってるんだろうねぇ?」

 

「ほんとう! オレ、あんなの見たことない! 剣! 魔法! ファンタジー! すっげえワクワクした!」

 

 ダチカルは、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだ子供のように目をキラキラと輝かせ、両手を振り回して興奮気味に語る。

 しかし、その無邪気な言葉の後に続いた一言は、極めて物騒なものだった。

 

「オレの左足、持ってく程の『すっげぇ人間の戦士』もいたんだぞ!!」

 

 

「…………」

 まるで楽しく遊んだ自慢であるかのように輝く満面の笑みで自身の義足をバンバンと叩いて自慢するダチカルを見て、シンクは「はぁぁ……」と、本日何度目かわからない特大のため息を吐き出した。

「それが逆に怖すぎるのよ……。

 お前の足をもいでいく『人間』がいるなんて、どんなイカれた狂戦士(バーサーカー)が居るってのよぉ……」

 悪態をつきながら、シンクは立ち上がり、コートの埃を払った。

 そして、眼帯のライトを真上へと向け、頭上の天井――分厚い岩盤や金属の層が重なっているであろう天板をコンコン、カンッとノックした。

「んっ! よし、この真上の空洞から強い風が漏れてる。

 ダチカル、ここの天板をぶち抜け。……いいかい、加減しなさい?

 生き埋めになりたくないでしょ?」

 

「あい! わかった!」

 シンクの指示に、ダチカルは明るい笑顔で元気に返事をした。  そして、何の気負いも構えもなく。ただ無造作に、迷うことなくシンクの指し示した天井の箇所へと、小さな右手の『掌打』を放った。

 ――ドバァァァァンッ!!

「加減しろっつったろバカァァッ!?」

 

 

 シンクの悲鳴を掻き消すような轟音。

 ダチカルの小さな手底から放たれた物理的な衝撃波が、分厚い岩盤と金属の天板を、まるで薄いクラッカーのように易々と粉砕した。

 

 ガランッ、ガラガラン……!

 勢いよく吹き飛んだ丸いマンホールのような金属板が、その上に広がる『広大な空間』の床へと落ち、寂しくも甲高い反響音を響かせる。

 ぽっかりと空いた大穴から、パラパラと土煙が落ちてきた。

 

「げほっ、ごほごほっ……もーっ」

 

 土煙を払いながら、シンクはダチカルに押し上げてもらう形で、ぶち抜いた大穴から上の空間へと顔を出した。

 その瞬間。

 

「……あ」

 

 シンクの唯一残された左目に、薄暗いダクトの中とは違う、広大な空間を照らす青白い発光粘菌の『光』が飛び込んできた。

 

「ひ、ひ、光だぁッ……! やっと開けた場所に出た! 地上の光だ、やったぁっ!!」

 

 シンクは感極まって左目に大粒の涙を浮かべ、バンザイをして歓喜に震えた。

 しかし、その横からひょっこりと顔を出したダチカルが、真剣な顔つきでシンクの口を小さな手で塞ぎ、行動を制止した。

 

「まって、シンクゥ。ダチカル、先に行く。罠ある、ここ」

 

 

「んんぅっ?」

 

 まだ広大な空間の輪郭がうっすらと見える程度の薄暗い光だが、ダチカルは鼻をひくつかせ、油断なく身を乗り出した。

 確かに、ここは広い。それに、以前自分が通った時の『微かな臭い』も残っている。

 これなら安全か? とダチカルが思った、その時だった。

 

 ゴゴゴゴゴゴォォォォォンッ……!!

 

 遠くから、微かな、しかし凄まじい質量を感じさせる地鳴りのような『駆動音』が響いてきた。

 

「む?」

 

 

「んっ? なんだい、この音は……?」

 

 それは、彼らが見つけた光の光源――外の世界へと繋がる、ドワーフ族の広大な地下鉄道路線を猛スピードで爆走してくる『マギア・ラージ・キャリアーの巨大な車輪』が立てる、死のチェイスの轟音であった。

 しかしまだ、巨大な鉄鼠の群体とヤマトたちがこちらに向かってきていることに、穴から顔を出したばかりの奇妙な二人は、気づいてはいなかった。

 

 

 

     * * *

 

 

「もうすぐ第三交差点です! 総員右折準備!」

 

 その轟音の主であるキャリアーのブリッジでは、モルガンの鋭い指示が飛んでいた。

 その声に合わせ、ブリッジの兵士たち全員が、そして甲板上で応戦するヤマトやベンザイアといったシェイプシフター達が、これから訪れる殺人的な遠心力(G)に備えて姿勢を低く構えた。

 

「ローラ! 慣性制御、任せます!」

 

 

「いよっしゃあぁっ!!」

 

 待ってましたと言わんばかりの歓喜の叫びと共に。

 キャリアーのブリッジの外、左側面の装甲上で待機していた筋肉メイドのローラが、背負っていた鞘から巨大な『ジェット鉈』を抜き放った。

 それは数か月前、とある村で暴れていた凶暴な機龍から奪った脚の大腿骨を用いて造り出したローラの愛刀である。

 骨と完全に融合して生えているバーニアに、モルガンに増設させた『魔力変換タンク』が備え付けられている。

 そのタンクにはローラ自身から抜いた大量の血が満たされており、それを魔力燃料として爆発的に燃焼させることで、複雑で面倒くさい魔術式や詠唱などを一切省き、スイッチ一つでバーニアを吹かして最大加速の鉈を振り回せるという、彼女専用の狂った逸品だ。

 

 ギャリギャリギャリッ!!

 

 

 キャリアーが猛スピードで右折の軌道に入り、その凄まじい慣性がキャリアーの巨体そのものを左側へと横転させようとふわりと浮かび上がらせた、その瞬間。

 

 ガンッ!と。

 左側面の壁面装甲を強靭な足で踏みつけたローラは、そのジェット鉈のバーニアを最大火力で吹かせた。

 

「ぎぃぃぃっ……ぃよっこら、せええええぃぃぃいッ!!」

 

 筋肉という分厚い鎧を、自身にかけた何重もの強化魔術でさらに補強し。

 その圧倒的な膂力をサスペンションのように縮めながら、ローラは力の限り、押し寄せる殺人的なGとキャリアー自体の超質量、そしてそれを押し返そうとするジェット鉈の推力という、絶望的な『板挟み』に真っ向から耐え凌いだ。

 通常の人類であれば、瞬く間に骨ごと潰れた肉塊になるほどの恐るべき圧力。だが、ローラはその人外の腕力と気合いだけで、浮き上がりかけたキャリアーの巨体をねじ伏せた。

 

 ——ずんっ!ガガァァァァァァァァンッ!!

 浮いていた右車輪が、再び黒曜合金のレールへと力強く叩きつけられる。

 

 ぎゃおん!と金属の悲鳴を上げながら、急カーブを見事に曲がり切ったマギア・ラージ・キャリアーは、そのまま真っ直ぐに加速する。

 その眼前に現れたのは、それまでのドワーフ族製の土や岩の壁とは明らかに違う、冷たい『未知の金属の壁』で構成された、巨大で禍々しい連絡路だった。

 ――第二期文明の遺跡(ダンジョン)への入り口である。

 

 

     * * *

 

 

「――は?」

 

 極めて不運なことに。

 深紅のコートを着た女、シンクたちが下から天井をぶち抜いて顔を出したのは、そんな古代遺跡への連絡路の、まさに『すぐ入り口の床面』だったのである。

 

 距離感が狂うほど背の高い構造物であるキャリアーのブリッジからは、いや、甲板の上で戦っていたヤマト達の巨大なカメラアイからでさえも、床の小さな穴から顔を出した彼らの姿は、死角に入って完全に『見えなかった』。

 

 そんな、急にカーブを曲がって突如として眼前に現れた、超質量の動く要塞を前にして。

 シンクは間抜けな声を上げて完全にフリーズした。

 

「伏せるッ!!」

 

 

「ぎゃあッ!?」

 

 ダチカルが、危機を察知して急いでシンクの襟首を掴み、大穴(ダクトの中)へと強引に引きずり込んだ。

 

 ズガガガガガガガガガガガッッ!!!

 

「ひいぃぃぃーーーーぃぃいい嫌ああぁぁぁーーーー!!?」

 

 

 直後、凄まじい振動と、絶対的な質量を感じさせる強烈な地鳴りが、細いダクト全体を激しく揺らした。

 頭上のスレスレを、超重量級の巨大な車輪が猛スピードで通過していく。その物理的な質量と風圧の恐怖は、情けない悲鳴を上げるシンクの心に一生消えないトラウマ級の極大の恐怖を与えるには十分すぎるものだった。

 

 巨大な質量が嵐のように頭上を通り過ぎていった後。

 

「お、終わった……?」

 

 シンクが真っ青な顔でガタガタと震えながら尋ねると、ダチカルは鋭い目つきのまま「まだっぽいぞ?」と告げた。

 そして、ダチカルはその小さな体で、吹き飛ばしてマンホールを失ってしまった頭上の穴の開口部を防ぐように、自らの背中をピッタリと押し付けたのだ。

 

 ギジ、ギヂギヂギヂギヂギヂッ!!

 ガガガガガガガガガガッッ!!

 

 またもや、先ほどと同じくらいの凄まじい質量による地鳴りと、今度はザキュザキュとあらゆるものを切り裂きながら進むような、暴力的な嵐の削り音が空間を支配した。

 

「ひやあああぁぁぁっ!?」

 

 涙目で耳を塞ぎ、悲鳴を上げるシンク。

 ダチカルは自らの背中で頭上の穴を蓋にしながら、そこから伝わる鋭利な魔物の削りカスや振動のダメージに、「……っ! っく」と珍しく顔を歪めて痛みに耐えた。

 それは、キャリアーを追ってなだれ込んできた、鉄鼠(スケイヴン)の狂気のドリル群体が彼の背中ごと床を削り通過していく音だった。

 

 やがて、そのおぞましい削岩音も完全に彼方へと過ぎ去っていくと。

 

「ふぅ……」

 

 ダチカルは背中を大穴から外し、ひりひりと痛む背中を小さな手で擦った。

 

「あー痛かったぞ。あんなの、シンクじゃ耐えられない。……オレが居て、ヨカッタナ!」

 

 背中からうっすらと煙を上げながらも、ニパッと無邪気に微笑んでサムズアップするダチカル。

 その頼もしすぎる笑顔に、シンクは涙目でブルブルと震えながら、コクコクコクコクと激しく首を縦に振って、全力で同意するのだった。

 

 

     * * *

 

 

 ギャリギャギャリギャリ……ガァァァンッ!!

 

 金属の摩擦音が極限まで達した直後、マギア・ラージ・キャリアーの巨体が大きく跳ねた。

 ドワーフの敷設した黒曜合金のレールが突きたとして途切れ、キャリアーを支えていた鋼鉄の車輪が、未知の金属でコーティングされた冷たい地面へと激しく衝突したのだ。

 

「レール終点! タイヤ換装!!」

 

 艦橋でモルガンが鋭くコールし、魔術盤を叩く。

 ガシュゥゥゥンッ!という排気音と共に、一瞬にして巨大な金属車輪が車体内部へと引き込まれ、代わりに分厚い特殊ゴムで覆われた大型の全地形対応タイヤがせり出し、地面をガッチリと掴んだ。

 タイヤが金属の床を激しく叩く轟音を響かせながら、キャリアーは減速することなく、第二期文明の遺跡の奥深くへと雪崩れ込んでいく。

 

 ――その、瞬間だった。

 

 ヴィイイイイイイッ!! ヴィイイイイイイッ!!

 

 広大な遺跡全体が激しく鳴動するような、耳をつんざく警報音が鳴り響いた。

 数千年の時を経て、眠りについていた古代の防衛システムが、招かれざる巨大な侵入者たち(キャリアーと鼠の群れ)を完全に敵対的脅威として検知したのだ。

 

『ルネア・ラータ・ラーカイブス・エンチェ・ダンジョマイニア・レ・エッセ・ラーカイブス・エ・コーション』

 

 警報音に混じり、どこかからアナウンスが流れた。

 それは、酷く無機質で、それでいてひどく『無害そうな若い娘の声』を模した、狂気を感じさせるほどに穏やかな古代語の音声だった。

 モルガンの展開している翻訳魔術が、即座にその言語を脳内に変換して伝える。

 

『(――こちら、遺跡管理システムです。規定違反の大型侵入者を複数検知したため、防衛トラップシステムを再起動(リブート)します。侵入者の皆さま、生命活動の維持にご注意ください)』

 

 その無慈悲極まりない警告音声が鳴り終わると同時。

 

 カサカサカサカサッ!!

 

 通路の壁面や天井の暗がりから、金属製の蜘蛛のような多脚機械が無数に這い出してきた。

 それらは対角線上の壁に素早く陣取ると、腹部から赤いレンズのような器官を展開する。

 

 ビシュゥゥゥンッ!!

 

 

 蜘蛛型機械同士が、通路を幾重にも塞ぐようにして、高出力の『赤い光の線』を対角線上に交差させて張ったのだ。

 

「レーザートラップ! 見るからに、多分触れたらヤバい系のやつだぜ!!」

 

 甲板の上で、ベンザイアがブリッジに向けて大声で警告を叫ぶ。

 目の前に展開されたのは、数センチ単位で複雑に交差する、死の赤いレーザーネット。

 だが、キャリアーの操縦桿(魔法陣)を握るモルガンの片眼鏡の奥の瞳は、絶望するどころか、極限の集中力で爛々と燃え上がっていた。

 

「内部の人間は、艦と運命を共にする気持ちで手すりにしっかり捕まっていてください! ヤマト様、ベンザイア様! 甲板の上で、なんとか頑張って避けて!!」

 

 モルガンは半ば祈るようにそう叫ぶと、巨大なキャリアーの肌感覚と、己の魔術師としての直感、そして迫り来るレーザーの動きの『規則性』を脳内で超高速演算し始めた。

 

「右舷スラスター全開、左急制動! ……沈み込めッ!!」

 

 ギュガァァァァァァァッ!!

 

 モルガンの神業のような魔力制御により、超重量のキャリアーがまるで生き物のように車体を大きく左に傾け、サスペンションを限界まで沈み込ませてスライディングした。

 ミリ単位の隙間。

 赤いレーザーの光線が、甲板の上で這いつくばるヤマトとベンザイアの頭頂部スレスレと、ブリッジの装甲の表面を焦がしながら、奇跡的にすり抜けていく。

 

「「「うわぁぁああぁぁあッ!!」」」

 

 激しく揺さぶられ、真横に傾くキャリアーの中で、防衛兵たちがこの世の終わりかともとれる絶叫と悲鳴を上げた。

 遠心力で振り落とされそうになりながらも、ヤマトは甲板にヒートソードを突き立てて必死に耐える。

 

「くそっ、なんて理不尽なコースだ! 後ろの奴らはどうする気だ!?」

 

 ヤマトが振り返った、その視線の先。

 キャリアーを追って、同じくレーザーの網の目へと猛スピードで突っ込んできたのは――理性なき『鉄鼠』の巨大なドリル群体だった。

 

 彼らには、レーザーの脅威を認識する知能も、巨体を精密に制御する術もない。

 ただ獲物を追うという本能のままに、赤い光線網へと無防備に突撃した。

 

 ――ジュワァァァァァァァァッ!!

 

 その瞬間。

 光線に触れた先頭の鉄鼠が、一瞬にして膨大な熱量を叩き込まれ、爆発する間もなくドロドロのマグマへと変貌した。

 恐るべきは、その古代兵器の『伝播性』だった。

 レーザーの高熱は、ただ触れた個体を切断するだけではない。融合して群体を成していた鉄鼠の金属結合を通して、隣の鼠、またその隣の鼠へと、瞬く間に致死の熱量がウイルスのように連鎖伝播していったのだ。

 

『ギ、ギギギギギギギギギギッッ!?』

 

 巨大なドリルの先端から、赤熱した溶岩の波が広がる。

 数千、数万の鉄鼠たちが、悲鳴を上げる間もなく連鎖的にドロドロに融解し、巨大な群体からボトボトと燃え盛る鉄の雨となって零れ落ちていく。

 

「ひえっ……」

 

 甲板でそれを見たベンザイアが、あまりの威力にドン引きして声を漏らす。

 たった一つのトラップ網を潜り抜けただけで、背後の狂気の群体の3分の1近くが、跡形もなく溶岩の海へと変えられてしまったのだ。

 

「第二期文明……なんてえげつない殺傷力だ。流石の魔物も、これには分が悪いな」

 

 

「油断しないでくださいませヤマト! あいつら、後続の仲間を溶けた残骸ごと食い破って、まだ進んできますわよ!」

 

 レイニアの言う通り、後続の鉄鼠たちは仲間が溶けゆく様など意に介さず、溶岩となった前列を強引に削り飛ばして、火ダルマになりながらも未だにキャリアーを追従してきている。

 

 ヴィイイイイイイッ!!

 

 そして無情にも、遺跡の警報はさらに激しく鳴り響く。

 前方の広大な迷宮の奥深くでは、巨大な振り子刃や、床から突き出す未知のエネルギー柱など、まだ序の口とでも言わんばかりに、無数の古代トラップが次々と大口を開けて起動を始めていた。

 

「モルガン! あの群れがトラップで自滅しきるまで、何が何でもわたくしたちが先に生き残りますわよ!!」

 

 

「言われるまでもありませんわ!!全兵士、舌を噛まないように祈っていなさい!!」

 

 数千年前の狂気の防衛システムが牙を剥く中。

 人類の魔導要塞と、魔王の狂える群れによる、致死の障害物競走(デスゲーム)は、さらに奥深くへと突き進んでいくのであった。

 

 続くトラップは、さらに予測不能で凶悪なものだった。

 

 ぐわんっ、と。

 ブリッジ内にいる全員の平衡感覚が、強引に捻じ曲げられたような奇妙な感覚を味わった、その瞬間。

 彼らの身体が、ふわりと物理的に『宙に浮いた』のである。

 

「重力魔術のトラップっ――!」

 

 無重力状態に放り出され、パニックになりかける兵士たちに向けて、レイニアが一瞬で鋭い指示を飛ばした。

 

「皆、舌を無くしたくなかったら口を閉じて!! 手すりでも何でもいい、しっかり掴まれぇッ!!」

 

 ご、がしゃぁんッ!!

 

 

 その直後、甲板で応戦していた筋肉メイドのローラが、手持ちの鈍器でブリッジの分厚い防風ガラスを容赦なく叩き割り、ガラスの破片と共に強引に中へと飛び込んできた。

 そして、その一秒後。

 

 ――キャリアーの巨体は、真横の空間に向かって『落下』した。

 

 ガゴァァァンッ!! ズンッ!!

 

 

 左側面の装甲から壁へと激しくバウンドしたマギア・ラージ・キャリアーは、その凄まじい勢いと遠心力を殺すことなく、空中で車体を捻り、今度は『左の壁面』へと強靭なタイヤを向けて激しく着地したのだ。

 

 ギャリギャリギャリギャリッ!!

 

 

 重力異常によって、横の壁が『新たな道(地面)』となった。キャリアーはそのまま壁面を直角に走り出し、再びフワリと浮遊しては、今度は天井を逆さまに爆走し始める。

 

「「「うぉぉぉおああああっ!?」」」

 

 まるで巨大なカクテルシェイカーの中に放り込まれたように、中身をシェイクされながら上下左右の概念を喪失して突き進むキャリアー。

 次に彼らを待ち受けていたのは、重力が正常に戻った先――床一面をたっぷりと浸す、不気味に薄緑に光り、ぶくぶくと泡立つ『巨大な沼』であった。

 

「タール・シングス……!?」

 

 その緑色のドロドロとした海を見た瞬間、甲板にしがみついていたヤマトが、まるで幽霊でも見たかのように引きつった悲鳴じみた叫び声を上げた。

 

「ば、馬鹿な! なぜあんなものが此処に……! とまっ、止まれぇッ! 突っ込んではダメだ!!」

 

 それは、かつてヤマトが母星ヘイブンガーデンの地表で見た、おぞましい記憶。

 金属生命体であろうと、触れる有機・無機物を問わず総てをドロドロに溶かし尽くす、不定形の狂った炭素生命体(清掃種)の群れ。

 その粘液の海が、遺跡のトラップとして敷き詰められていたのだ。

 

「いいや、推し通ぉるッ!!」

 

 ヤマトの絶叫に、レイニアは真っ向から反論した。

 彼女は翻るスカートの太ももに装着していたガーターホルスターから、指揮棒サイズの『龍杖』を素早く引き抜いた。

 カシャッ!と小気味良い音を立てて、それが通常の長杖のサイズへと自動展開される。

 

「『ドゥラ・ライズ』!!」

 

 ダダダッ! ダンッ!!

 

 レイニアは、無重力の名残で浮き上がっていた部下たちの椅子の背もたれを軽業師のように次々と踏み蹴り、ローラが割った窓ガラスの穴から、猛スピードで爆走するキャリアーの甲板――外の空間へと一気に躍り出た。

 

 その瞬間。

 亜空間(ストレージ)に仕舞われていた漆黒の金属の肉体が、光の粒子となって一瞬にしてレイニアの華奢な全身を包み込み、浸食し、溶け合わさる!

 

「くぁぁあああッ!!『おおおおおおおおっ!!』」

 

 少女の悲鳴と、巨大な獣の咆哮が重なり合う。

 苦悶に表情を歪ませるレイニアを核として、一瞬にしてその場に完成したのは、全長7メートルにも及ぶ凶悪で巨大な『鐵(くろがね)の機龍』の姿だった。

 

「レイニア!?」

 

 驚愕するヤマトとベンザイアの頭上で、巨大な黒龍となったレイニアが雄叫びを上げる。

 彼女は、その大きく開け放った龍の口(アギト)の奥深くへと、遺跡の地下空間に漂う大気中の自然魔力を、シュオォォォォォ――ッ!と渦を巻くように一気に限界までチャージした。

 

 そして。

 眼前に迫る、触れれば融解確実な緑色の粘液の海めがけて。

 一息に、純白の極光(ブレス)を吐き出したのだ。

 

 ズバァァァァァァァァンッ!!

 

 じゅあああぁぁぁぁっ!!

 放たれた純白の光線が、粘液の海を一直線に灼き払う。凄まじい高熱と魔力の奔流により、緑色の不定形生物の沼が瞬時に悲鳴を上げて蒸発し、キャリアーがギリギリ通れるだけの『一筋の道(モーセの奇跡)』が無理やりこじ開けられた。

 

 ドロドロ……うじゅるうじゅる……。

 蒸発を免れた周囲の粘液たちが、緩慢な動きで元の形を取り戻そうと、再び開かれた道へと流れ込もうと波打ってくる。

 だが、その一瞬の隙を。猛スピードのキャリアーの車輪が、轟音と共に鮮やかに突破してみせた。

 

 ズッダァァァン!!

 見事に対岸へと渡り切り、黒龍のレイニアが息を切らせて甲板へと着地する。

 そして、直後。

 キャリアーが通り抜けたことによって、再び緑色の粘液でヒタヒタに満たされたその沼の上を、後続の鉄鼠のドリル群体が何の躊躇いもなく猛スピードで突っ込んできたのだ。

 

 ――異常は、間を置かずに発生した。

 

 じゅわわわわわわあああああぁぁぁッ!!

 

『『『ギギャァァァァァァァッッ!?』』』

 

 凄まじい溶解音が空間を震わせる。

 緑色のタール・シングス(溶解液)が、突っ込んできた鉄鼠の頑強な装甲を容赦なくドロドロに溶かし、彼らの巨大なドリル状の体積を瞬く間にぐずぐずの鉄屑へと変え、急激にその数を減らしていったのである。

 

「よっし、だいぶ減ったぜ!」

 

 振り返り、後方の脅威が物理的に削り取られていく様を見て、ベンザイアが満面の笑みでガッツポーズをとる。

 だが、その安堵は。

 

「あぁっ! でも前! 前を見てください!!」

 

 操縦席のモルガンの、絶望的な悲鳴によって打ち砕かれた。

 

「――っ!?」

 

 前方を振り返ったヤマトたちの眼前に迫っていたのは――道ではなく、冷たくそびえ立つ、巨大で分厚い未知の金属の『壁』だった。

 

 超絶的なスピードで駆け抜けた巨獣チェイスの果て。

 彼らはついに、数々の凶悪なトラップを突破し、この第二期文明の遺跡の『最奥(行き止まり)』にまでたどり着いてしまったのだ。

 

 もう、前には進めない。

 背後からは、体積を減らしたとはいえ、未だに致死量の怨念を放ちながら迫り来る鉄鼠の群れ。

 

 ここからはもう、振り返って、奴らと正面から殺し合うしか道は残されていなかった。

 

 

     * * *

 

 

 一方、その激しいチェイスが繰り広げられている遺跡の最奥から遠く離れた、入り口付近の通路にて。

 ドワーフの地下鉄網の天井をぶち抜き、マンホールの穴から顔を出した奇妙な二人組――シンクとダチカルは、凄まじい質量が通過した後の余波に巻き込まれ、絶体絶命の危機に瀕していた。

 

『ギチギチ!』『ギギイ! ヂヂュウウウウッ!』

 

 巨大なドリルの群体から振り落とされ、はぐれてしまった鉄鼠の個体群が、狂乱状態のまま縦横無尽に通路を這い回り、二人に容赦なく襲い掛かってきていたのだ。

 

「ひぃぃっ! 来るな、来るなぁっ!」

 

 穴から這い出したシンクは、半泣きになりながら、斜めがけにしていた謎の機械部品が入ったボストンバッグを振り回し、飛びかかってくる鉄鼠を次々と叩き落とす。

 その傍らで、ダチカルは無造作に踏み込み、鋼鉄の左義足で床ごと鉄鼠たちを容赦なく叩き潰していった。

 

「うがううぅぅっ! こいつら、うざい! うっとうしい!」

 

 次から次へと際限なく湧いてくる鉄鼠の執拗な攻撃に、ダチカルが苛立たしげに声を荒げる。

 

「こんなところでぇ!またぁ!死んでたまるかぁっ!」

 

 泥と油にまみれた顔を歪め、シンクが絶望交じりのなさけない悲鳴を上げた。

 その必死な言葉が、ダチカルの量子脳の奥深く――彼の中で、辛うじて理性を繋ぎ止めていた『何か』を、ぷつり、と完全に切断した。

 

(シンクが、嫌がってる。おれたち、また、死ぬ?)

 

 普段から理性の存在しない、野獣のような精神構造のダチカル。

 

 

(仲間と一緒に、死ぬ?オレより小さいやつのせいで?——あの、弱くて紅いチビにやられた時と同じように?)

 

 それでも尚、これまではシンクに「やめろ」と躾けられていたからこそ、破壊衝動を抑え込んで耐えてきたのだ。

 

(ベンザイアぁ……月で俺を殺した—―あんな弱いやつが、オレを、殺した!

 ——納得など、いくものか!!)

 

 

 その強固なリミッターが、前世での敗北の記憶によって、ついに外れた!

 

「ぅぅうううううっ! があああああああああッッ!!!!」

 

 それは、空間を歪ませるほどの規格外の咆哮だった。

 愛らしい少年の声色に混じって、金属同士が激しくこすれ合うような、大音量の不協和音。

 まるで古代の絶対的捕食者の咆哮じみた強烈な大音波が、彼の小さな口から物理的な衝撃波を伴って放たれたのである。

 

 

     * * *

 

 

 同時。

 遺跡の最奥で、迫り来る鉄鼠の群れに正面から向き直ったキャリアーの甲板にて。

 

「姫様、咆哮(ハウル)だ! 龍の咆哮を叩き込め!」

 

 背中合わせで武器を構えるローラが、黒龍となったレイニアに叫んだ。

 

「魔王軍の瘴気魔物にも効くはずだ! 今の奴らは食欲や殺戮衝動といった『本能』を限界まで暴走させているからこそ、絶対的上位者の本能の威圧には余計に脆いはずだ!」

 

「了解ですわ……っ!」

 

 ローラの的確な戦術眼を信じ、黒龍レイニアは、すぅぅううう……と、大気を大きく肺へと吸い込んだ。

 そして、その巨大な喉の奥から、龍族の誇りをかけた凄まじい声量の『咆哮』を放った!

 

『『おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!』』

 

 ――その瞬間だった。

 遺跡の入り口で放たれたダチカルの咆哮と。

 遺跡の最奥で放たれたレイニアの咆哮が。

 広大な古代の迷宮の中で複雑に反響し、偶然にも『完璧なタイミング』で激突し、共鳴し合ったのだ。

 

 凄まじい二つの音圧の壁が、挟み込むようにして、短くなった鉄鼠のドリル群体へと真正面から叩きつけられる!

 

『ヂッ……!!?』

 

『『『ギギ……がぁッ!!??!』』』

 

 絶対的な捕食者の咆哮。それに加えて、前後からの完璧に同調した音波の挟み撃ち。

 本能を極限まで暴走させていた鉄鼠の群体は、その理解不能な超重圧の前に致命的な戸惑いと迷いを生じさせ、群れ全体が完全に『硬直』した。

 

「今ですわ! モルガン!」

 

「イエス・マム!!」

 

 その一瞬の隙を、百戦錬磨の魔術師が見逃すはずもなかった。

 モルガンが操縦桿の魔法陣を極限まで捻り切る。

 

 ギャキュルルルルルルッ!!

 

 キャリアーの巨大な特殊タイヤがその場で凄まじい白煙を上げて高速スピンし、巨体がコマのように回転して、一瞬で『U字ターン』をキメてみせた。

 

「振り落とされないでくださいませーっ!」

 

 がっ……シャアアアアァァァァァァンッ!!

 

 急発進したキャリアーは、硬直して動きを止めた鉄鼠たちのドリル群体へと、その巨体そのものを鈍器にして真っ向から突撃した。

 凄まじい衝突音と共に、鉄鼠の群れがバラバラに吹き飛ばされ、宙を舞う。

 キャリアーは火花を散らしながら、分断された群れのド真ん中を強引に突破したのだ。

 

 だが、粉砕されたのも一瞬。

 鉄鼠の群れは、異常な再生能力で瞬く間に再結合を果たした。

 

『おのれ……ッ、勇者あああああぁぁぁッ!!』

 

 再び憎悪の声を上げながら、猛スピードで逃げ去るキャリアーの背中を追いかけ始める群体。

 

「もう一丁!! がぁっ!!」

 

 甲板の後方で、黒龍レイニアが再び純白のブレスを放つ。

 帰路に立ち塞がるタール・シングスの沼に再び一筋の道を焼き開いて通過し、先ほどとは逆パターンの重力異常地帯を、今度は勢いそのままに天井から壁、そして床へと鮮やかに駆け抜け、マギア・ラージ・キャリアーは遺跡の出口へと向かって爆走していく。

 

 

 

     * * *

 

 

 一方。

 激しいチェイスが繰り広げられた遺跡の入り口付近の通路では。

 ダチカルの咆哮の余波と、キャリアーが引き起こした激しい地鳴りに巻き込まれ、ぴくぴくと痙攣して完全に機能停止した鉄鼠たちの残骸の中で。

 

「へへっ……」

 

 腰を抜かして完全にへたり込んでしまったシンクに、ダチカルが泥だらけの手を伸ばした。

 

「シンク! 俺、エライ?」

「ああ……偉いよ、ダチカル……。ほんっとうに、エライ!」

 

 ニカッと無邪気に笑うダチカルの手を、震える手でしっかりと握りしめ、なんとか立ち上がったシンクは。

 自身のボストンバッグの中から、光り輝く謎の機械部品を中空へと放り投げた。

 

「これで……やっと、生きて地上に出られるのだからな!」

 

 がちゃん! ギャコォォォッ、ガチャチャ、ガギギギギッ!

 

 空中に放たれた小さな機械部品が、周囲の空間から無機物を強引に巻き込み、その質量を爆発的に膨らませて変形(シェイプシフト)を開始する。

 

「私が……このシンクバイが!」

 

 背後で巨大な金属の塊が組み上がっていく様を背に受けながら、シンクは震えながらも、酷く野心的で、妙に落ち着いた低い声で宣言した。

 

「この新世界で! 『ゼロムード帝国』のニューリーダーになる、その第一歩を、ついに踏み出せるのだからな!

 乗れ、ダチカル! こんな薄暗い遺跡なんぞ、もうおさらばだ!」

 

 完全に形を成したのは、マギア・ラージ・キャリアーには見劣りするものの、それでも十分に巨大で頑強な『クレーン車』の姿だった。

 

 シンク……否、ゼロムード帝国の生き残りである『シンクバイ』の身体が、ジャラララララッ!と細かなナノメタル(MMSの解除)に変じ、クレーン車の中枢へと吸い込まれるようにして取り込まれていく。

 そして、ダチカルがその驚異的な脚力でひとっ跳びし、クレーン車の巨大なエンジン部分の上へと軽々と飛び乗った。

 

『あんっ、こ、こらっ! 変なところに乗るな! 排気口が塞がるだろうが!』

 

「えー。シンク、小言が多いぃ」

 

 甘い声を漏らし、車体の中から響くシンクバイの文句に、ダチカルが唇を尖らせて不満をこぼす。

 そんな文句を言うダチカルをボンネットに乗せたまま、巨大なクレーン車は、その無骨な見た目以上の凄まじいトルクでエンジンを高速で吹かした。

 

 ギュオォォォォォンッ!!

 猛烈な白煙とスキール音を上げて急発進し、最高速度でその古代遺跡の暗闇を後にしたのだった。

 

 

 

     * * *

 

 

 

 そして、キャリアーの眼前には、再びあの幾重にも交差する赤い死線――『レーザー地帯』が迫っていた。

 通路の壁面に張り付いた蜘蛛型機械どもが、招かれざる客を二度も通すまいと、再び迎撃用のレーザートラップを密に放とうと赤いレンズを明滅させる。

 

「遅えんだよ、クソ機械どもがぁっ!!」

 

 その迎撃よりも早く、甲板からベンザイアが宙へと高く跳躍した。

 彼女は空中で、アップデートされたショックブーツの底から青白い魔法陣を展開。

 ガァン!ガァン!と、魔法陣への発砲の反作用を利用して、まるで何もない空中に階段があるかのような鋭角の『空中加速機動』を加えてみせた。

 

 一瞬にして蜘蛛型機械の頭上へと肉薄したベンザイアは、空中で鮮やかな一回転を加えた強烈な踵落としを、壁面の蜘蛛の脳天へと叩き込む。

 

 バギャァァッ!!

 

 蜘蛛型機械の中央でレーザーを展開していた宝玉が、甲高い音を立てて粉微塵に崩壊する。

 すると、エネルギーの逆流が起こり、反対側の壁に張り付いていた連動機の蜘蛛も、パァンッ!と内部から一斉に破裂して四散した。

 

「第二波もやるぞ!」

 

 ベンザイアの活躍に続き、ヤマトが右腕のヒートソードを素早く折り畳み、代わりに巨大な『エネルギーランチャー』を腕の装甲から生やした。

 

 ドギュゥッ! ドギュゥゥッ!!

 

 ヤマトが放った高圧縮のエネルギー弾が、通路の奥で光線を結ぼうとしていたレーザートラップの蜘蛛たちを次々と正確に撃ち抜き、破壊していく。

 より密度を増そうとしていた赤いレーザーネットの中に、キャリアーの巨体が通れるだけの『安全な道(クリアランス)』が強引にこじ開けられていく。

 

 そして、最後。

 遺跡の出口を完全に塞ぐように敷き詰められた、逃げ場のない賽の目状の超過密レーザートラップの壁。

 

「ぬぅぅぅぅあああッ!!」

 

「でぇぇぇぇいッ!!」

 

 ヤマトが左腕から新たに展開させた赤熱する『ヒートホーク(灼熱の斧)』を大上段から振り下ろし、ベンザイアが魔法陣の足場から最大出力の『ショックブーツ』の蹴りを放つ。

 二人の圧倒的な物理破壊の力が、最後の蜘蛛型機械の群れを壁面ごと一掃し、巨大な賽の目のトラップに大きく風穴を開けた。

 

 ぐおおおおん!!と、そのこじ開けられた隙間を、キャリアーの巨体が無傷のまま轟音を立てて通り抜けていく。

 そして――。

 

 ぎぎぎぎぎっ、ががっ、どじゅううぅぅぅ……。

 

 キャリアーの直後。タール・シングスの強酸沼と、ヤマトたちが残していった幾つものレーザートラップの残骸によって大きくその数を減らし、最早巨大なドリルの『輪郭部』を残すのみとなった鉄鼠の群体が、最後の賽の目を潜り抜けた。

 その途端。

 

 ばらばらばらっ……!

 

 結合の要となる質量とエネルギーを失った鉄鼠のドリルは、ついにその群体の形を維持できなくなり、残り少ない生き残りの『個体』へと無惨に分解して床に散らばったのだ。

 それでも尚、魔王の瘴気に狂わされた彼らの殺戮衝動が止まることはない。

 

『死ねぇぇエ! 勇者あああああ!!』

 

 各個バラバラになりながらも、一際巨大な、体長1mもの鉄鼠の群れの主(リーダー個体)が、キャリアーの最後尾で仁王立ちするヤマトめがけて、子ネズミの残る群れを引き攣れ、ザザザザザッ!と執念の跳躍で殺到してきた。

 その血走った赤いレンズが、ヤマトの喉元を食い破らんと迫る。

 

 ガンッ!!

 

「……っ」

 

 言葉を吼えながら突っ込んできた群れの主の脳天に。

 微動だにしなかったヤマトの左腕のヒートホークが、一切の慈悲もなく、正確無比に深々と突き刺さった。

 

「死ぬのは貴様だ、屑鉄」

 

 赤熱する斧で群れの主を串刺しにしながら、ヤマトは冷徹な、星の海を越えた司令官としての絶対の宣告を浴びせた。

 

「ただの、ガラクタの寄せ集めめ!」

 

 ジィィィンッ!と、主の機械脳が完全に焼き切れる音。

 ヤマトはそのまま、脳天に突き刺したヒートホークと、右腕のヒートソードを巨大なプロペラのように豪快に振り回した。

 

「さぁ、掃除の時間だ!」

 

 ベンザイアの勇む声とともに、炎のブレスを吐き散らす黒龍レイニア。

 彼自身も空中で青白い魔法陣のショックブーツを鳴らし、踊るように飛び回る。

 そして、二刀流の灼熱の刃を舞うように振るうヤマト。

 三人の勇者たちが放つ圧倒的な暴力と光の乱舞が、空中に飛び交う鉄鼠の群れの残党を次々と叩き落とし、溶かし、粉砕していく。

 

 甲板の上に這い上がってきた最後の一匹の胴体を、ヤマトの重厚な鋼鉄の足が『グシャッ!』と無慈悲に踏み潰した時。

 地下坑道を揺るがした絶望的な巨獣チェイスは、人類と鋼の勇者たちの完全なる勝利をもって、ついにその幕を閉じた

 

「ギチギチ……ギギ……」

 

 ヤマトとレイニアたちによる圧倒的な蹂躙が終わり、静寂を取り戻したかに思われた古代遺跡の内部。

 だが、その冷たい金属の床の上で、不気味な嗤い声が木霊した。

 

「ぐぐ・げっげ・げげげひゃはははは……」

 

 その声を発していたのは、最後にヤマトのヒートホークによって脳天を砕かれ、胴体を踏み潰されて『腰から上だけ』になったはずの、鉄鼠(スケイヴン)のリーダー個体だった。

 完全に機能停止したはずのその残骸の赤いレンズ眼は、限界まで見開かれたように明滅し、血走り、そこに憑りついた魔王の『底知れぬ怨念』を如実に物語っていた。

 

『勇者……勇気アル者ドモヨ……。ソレデ、手ヲ取リ合ッタツモリナラ、大間違イダ……』

 

 ギリ、ガリガリッ……と。

 首から下の部品をボロボロとこぼしながら、鉄鼠は呪詛の言葉を紡ぐ。

 

『勇者ヲ名乗ル者ヨ。オ前タチノ守リタイモノヲ、私ハ完全ニ、徹底的ニ、ソノ全テヲ否定スル……。

 ――手始メニ、あの愚カナ小人ノ『子供タチノ命』カラ、啜ルトシヨウ……』

 

「こいつは……っ!?」

 

 ヤマトがハッとして、その残骸を睨みつける。

 その瞬間、鉄鼠の残骸は正気を失ったようなドス黒い瘴気の煙を「じじゅぅぅぅぅっ」と噴き出しながら、瞬く間に錆に塗れて溶かされるように腐食し、完全に原型を失って灰色の泥へと溶け墜ちた。

 

 (――手始めに、子供たちの命から)

 

 その言葉の意味する真意に、ヤマトと黒龍レイニアは同時にたどり着き、戦慄した。

 子供たち。それは間違いなく、先ほどまで彼らを無邪気な笑顔で見送ってくれていた、大族長の孫である『アニー』と『クレナイ』のことだ。

 

「ボリー老! ボリー老、応答願いますわっ!!」

 

 黒龍レイニアが、停止したマギア・ラージ・キャリアーの通信機を通して、大急ぎでカタルガダル駅への念波通信を試みる。

 しかし。

 レイニアの悲痛な呼びかけに、誰も答えてくれない。激しいノイズすら返ってこない、完全な沈黙(デッドリンク)だった。

 

「やられた……っ! ここへ来たのとは別の『別動隊』が駅に居る……もう、暴れている可能性すらあります!」

 

 レイニアは歯噛みして、巨大な鐵の爪をギリッと握りしめた。

 先ほど、彼らの頭上から岩盤をぶち抜いて落ちてきた鉄鼠の濁流。

 もしあの時、すでに群れが二手に分かれており、一方が密かに駅の居住区やドワーフの避難経路へと潜行していたのだとしたら。

 

「姫様、行ってください! キャリアーはエンジンの冷却が完了次第、必ず追いつきます!」

 

 ブリッジから、先ほどの極限の魔力機動でくたくたになりながらも、モルガンが必死の形相で叫んだ。

 その言葉を聞くや否や、ベンザイアが甲板から宙へ跳び、即座に真紅のスポーツカーへと変形(シェイプシフト)する。

 

「ゴリラメイド、乗りな!」

 

「あいよぉっ!!」

 

 ベンザイアの呼びかけに従い、キャリアーのブリッジから甲板を駆け抜けた筋肉メイドのローラが、凄まじい脚力で跳躍。勢いよくベンザイアの屋根の上へと豪快に着地した。

 

 ガコンッ!!

 スポーツカーの流線型の屋根が、ローラの体重と背負った武器の重みで少しだけ凹む。

 

「ぉごっ!? ぉっ……ちょっとは加減しろもう! しっかり掴まってろよ、行くぜ!」

 

 ベンザイアがタイヤのスキール音をけたたましく鳴らし、猛スピードでUターンを決めて一足先に地下鉄道の暗闇へと急発進していく。

 

「……っ、レイニア」

 

 残されたヤマトは、黒龍レイニアを前にして、少し戸惑うように身を縮こまらせた。

 

(これより最速で駅へと引き返すには、再びレイニアと『勇者合体』を行うしかない。だが……)

 

 ヤマトの脳裏に、あのミドルツカントでの戦いで合体したときの、あの魔力と霊子という魂に直結する力同士の極限の『同調』で味わった、自我が溶けそうになるほどの暴力的な快楽の記憶がフラッシュバックする。

 だが、躊躇している暇は一秒たりともない。アニーとクレナイの命が危ないのだ。

 

 ヤマトの戸惑いの意味を痛いほど理解しながら。

 巨大な黒龍となったレイニアは、びくりと震えるヤマトの華奢な両肩に、そっと、優しく巨大な爪を置いた。

 

「やりましょう、ヤマト……!」

 

 レイニアが、前世の相棒としての絶対の信頼を込めて言った。

 その熱を帯びたオッドアイに見つめられ、ヤマトもまた、覚悟を決めたように真っ直ぐに正面を見据え返した。

 

「あぁ、迷っている暇はない!」

 

 

「「――『エラ・ユニオン(勇者合体)』!!」」

 

 

 二人の声が重なり合った瞬間。

 凄まじい魔力の奔流が爆発し、ヤマトの身体から溢れ出す霊子と激しく絡み合いながら、二人の巨体を包み込む眩い純白の『光の繭』を形作った。

 

「くぅっ……ぁぁっ……ぁはぁっ!」

 

 合体のシークエンスが始まり、ヤマトが腹の底から湧き上がる未知の感触に、たまらず艶めかしい喘ぎ声を漏らす。

 光の中で黒龍の機体が細かなパーツへと分解され、アーマーとしてヤマトの女性的なフォルムへと次々に吸い付くように纏われていく。

 冷たい金属と金属が重なり合うたびに、互いの神経回路が魔術的、かつ物理的に直結していく。

 それは、ただの機械のドッキングではない。二つの魂と肉体が、一つの極限の生命体へと融け合う、甘く、そして恐ろしいまでの快楽を伴うプロセスだった。

 

「んんっ……はぁっ……レイニア、入って、くる……っ!」

 

「ヤマト……力を、合わせますわよ……っあ!」

 

 レイニアの精神体が、ヤマトの胸の奥にある『勇者のカテドラル』――その物理顕現体である緑の宝玉(コア)へと、深く、深く沈み込んでいく。

 完全に二つのコアが結びついた、その瞬間。

 

 ビクンッ!!と、ヤマトの巨体が快感に跳ねた。

 

「~~~ッ! あ、あっ……ふぁっ、ああ゛あああぁぁぁっ!!」

 

 魔力と霊子が完全に結合する強烈な悦びに、ヤマトの甘く艶めかしい絶叫が光の繭の中に響き渡る。

 しかし、それは決してただの快楽に溺れた声ではない。友を救うため、限界を超えて理性を保ち、凄まじいエネルギーの奔流をねじ伏せた、戦士としてのヒロイックな咆哮であった。

 

「……っく!! 勇者ヤマト、出動するっ!!」

 

 パァァァァンッ!!

 全身を包んでいた光の繭を、内側から力強く叩き割るようにして現れたのは。

 トリコロールカラーの重装甲を纏い、背中には巨大な機龍の翼を備え、手には大剣を構えた、完全無欠なる鋼の勇者の姿だった。

 

 ギャゴォォォォォォンッ!!

 

 翼から伸びるジェットエンジンを最大出力で吹かし、ヤマトとレイニアは超スピードの加速を持ってその場から飛び立つ。

 そして、急加速と鋭いカーブを経て、ドワーフの地下鉄道路線の暗闇の中を、一息に駅へと向けて駆け抜けていった。

 

 轟音と光の尾が去り、再び静寂が戻った遺跡の最奥。

 残されたキャリアーのブリッジでは、オーバーヒートしたシステムの冷却作業を続ける兵士たちとモルガンが、ポカンと口を開けてその光景を見送っていた。

 

「勇者合体……。相変わらず複雑怪奇で、人の組み上げた術式とは思えない、美しくも恐ろしい法則融合シークエンス、ですが……」

 

 モルガンが、魔術師としての探究心を覗かせながら呟く。

 すると、計器を操作していた防衛兵の一人が、顔を真っ赤にしてボソッと本音を漏らした。

 

「……ドチャクソ、気まずいっすね……あれ」

 

「ええ……」

 

 モルガンは、心底同意するように深いため息で答えた。

 

 前世は男の親友同士であったという二人が。魂の底から通じ合い、身をよじらせてあんなあられもない艶やかな喘ぎ声を上げて一つに融け合う姿など、見ているこちらが顔から火を吹きそうになるほど気まずすぎる。

 もし、ミドルツカントの屋敷に置いて行った作法メイドのイザベラがあの合体シーン(と声)を直に聞いたら、「はしたない!!」と泡を吹いてその場で卒倒することは間違いないだろう。

 

「せめて、次からは『音』だけでも隠す緊急パッチ(サウンドフィルター)システムを、キャリアーの通信機に構築しておきますか……」

 

 冷却作業の指揮の傍ら。

 主(姫様とヤマト様)の社会的な名誉と尊厳を守るため、大急ぎで独自のエラー隠蔽システムを組み始める、不憫な苦労人モルガンであった。

 




次回予告

シンクバイ「来ると思ったわよ、ええ」

ダチカル「シンクゥ、何が?」

シンクバイ「いや私達ってさぁ?どう見てもコンビ芸人枠だもの、こういうコーナーに呼び出されないわけがないの、もはや様式美じゃない?」

ダチカル「じゃあシンク、なんか面白い事言って?」

シンクバイ「無茶を振るなお前もやるんだよ!」

ダチカル「えー?」

シンクバイ「では、こほん……え」

レオン・レイニア「「ぶぁっはっはっはははは!!」」

シンクバイ「ぉぉい!?」

モルガン・ヤマト「「ひぃっひぃっいひひひっ、ぅはははは!」」

シンクバイ「いや怖い怖い怖い!!何にそんなウケたの!?怖いんだけど!?」

レオン「顔」

シンクバイ「せめて文字情報でわかるとこで笑えやぁ!!」

ダチカル「次回『鳴り響く守護者』!見てくれナ!」
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