Tandem Shape Force Fantasia!!   作:EMM@苗床星人

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Log3-1『暗躍と根回し』

 ――レイニア達がキャリアーが地響きと共にミドルツカントを出発した、その翌日の朝。

 

 領主であるレイニア姫の屋敷は、主の不在と、やかましい居候たち(シェイプシフターたち)が消えたことで、久方ぶりに本来の静謐さを取り戻していた。

 だが、屋敷を預かる者たちに休息の二文字はない。

 レイニアの作法教育メイドにして、この屋敷のメイド長を務めるイザベラは、早朝の内に領主代行として残された書類仕事や事務手続きを最速で片付けると、すぐさま実働部隊である真っ当なメイドたちを束ね、屋敷の徹底的な大掃除を開始していた。

 

『東棟の客室、換気とシーツの交換は完了したか?』

 

 イザベラが心の中で念じると、彼女の質素ながらも品のあるメイド服の胸元で、銀色のブローチが淡い青光りを放った。

 これはこの世界の王侯貴族や、その手足となって動く側近たちに一般化されている『魔術通信回線』――思考(サイオン)通話用のデバイスである。

 

『はい、イザベラ様。チリ一つ残さず完了しております』

 

『よろしい。次は南の訓練場、ヤマト殿たちが荒らした……もとい、使用した後の修繕と清掃に回りなさい。

筋肉メイド(ローラ)の抜けた穴を、私たち本来のメイドの意地で完全に埋めるのです』

 

『『『了解いたしました!』』』

 

 脳内に響く部下たちの無駄のない返事に、イザベラは満足げに頷いた。

 広大な屋敷を歩きながら、思考通話で各所のメイドに的確な点呼と指示を飛ばし、自らも羽ばたきを手にして廊下の隅々まで目を光らせる。

 その所作は洗練を極め、一切の妥協を許さない。

 

 全ては、帰還する姫と、その騎士たちを万全の態勢で迎えるためだ。

 死闘を終えて帰ってきた彼らを労い、万が一の吉報があれば盛大に祝えるように。

 そして――意に沿わぬ結果に肩を落として帰ってきたならば、温かい紅茶と完璧な寝床で、存分に励まし、癒すことができるように。

 

 イザベラの手が、廊下の窓枠の拭き掃除でふと止まる。

 

(……カタルガダル駅での、同胞との合流、ですか)

 

 昨日、意気揚々と出発していったヤマトの顔を思い出し、イザベラは内心で静かに息を吐いた。

 ヤマトやレイニアは「仲間を見つける」と希望に燃えていたが、人間の心の機微を嫌というほど見てきたイザベラの見立てでは、カタルガダルに確認されたという『ネオンワンス』がすんなりと合流する目算は、むしろ極めて低く見積もられていた。

 

 相手が人間と同じ、あるいはそれ以上の高度な知性を持つ存在であるならば、当然『死後の世界をどう生きたいか』という感情や価値観も、個々によって大きく枝分かれしているはずなのだ。

 人間でさえそうなのだ、かつて冒険者組織の長として戦士たちの、いや今もメイドという日常を戦う女たちの指揮をしてきたイザベラにはその結果も十分に考えることができた。

 前世でどれほど強固な絆で結ばれた軍隊であろうと、一度死という暇を迎え、しがらみのない全く別の世界に生まれ変わった後、再び過酷な戦いに身を投じたいと願う者が果たしてどれだけいるだろうか。

 

 余程現在進行形で、ヤマトたちの抱く『世界を救う』という理想に深く共感し、今の生活を投げ打ってでも同行したいという強い意志を持つ者でなければ、ついてはこないだろう。

 最悪の場合、再会したかつての部下から、明確な『拒絶』を突きつけられる可能性すらあると、イザベラは考えていた。

 

「だからこそ、私にできることは……いつでも帰れる『完璧な居場所』を整えておくことだけ、ですわね」

 

 磨き上げられた窓ガラスに映る自分自身の生真面目な顔に向かって、イザベラはポツリと呟いた。

 主の心が折れそうになった時、変わらぬ日常と揺るぎない忠誠で支えるのが、メイド長の矜持である。

 

 そんなイザベラが、一階の図書室へと足を踏み入れた時のことだった。

 

「イザベラ様!」

 

 タッタッタッ、と背後から慌ただしい足音が近づいてきた。

 振り返ると、若いおさげ髪のメイドが、急いだ様子で彼女に語りかけてきた。

 

「城壁街アシャバラ・第2王子レイモン様より、サイオン通信での入電が御座います。回線の接続を」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 窓枠を拭こうとしていたイザベラの動きが、ぴたりと、文字通り彫像のように凍りついた。

 

「……掃除班3班の、タニーですわね?」

 

 イザベラはゆっくりと振り返り、冷たく澄んだ瞳で若いメイドを見据えた。

 

「貴方、今日の担当はキッチンだったはずですわね?」

 

 几帳面そうな三角眼鏡をクイと持ち上げるイザベラ。

 その鋭い眼光に射抜かれ、タニーと呼ばれた若いメイドはビクリと身を強張らせた。

 

「えっ……? あ、あれぇ? そういえば私、どうやってこの入電を受信したんだっけ……あれ、……ぇ?」

 

 自分がなぜここにいるのか、そもそも一介のメイドが遠きアシャバラからの暗号通信をどうやって傍受したのか。

 タニー本人が激しく混乱し、焦点の合わない目でキョロキョロと宙を泳ぐ。

 

「へえ、そう?」

 

 イザベラは、一ミリも信じていない、氷のように冷酷な声をタニーに浴びせた。

 次の瞬間だった。

 

「……っ!?」

 

 タニーは目尻に涙を浮かべ、困ったように身を縮こませた――そのついでに。

 自身のメイド服の胸元のブローチに手をやり、カチリ、と隠しスイッチを押し込んだ。

 ブローチの表面から、細かい呪文(ルーン)がびっしりと刻まれた細い金属端子が、ジャキッと凶悪にせり出す。

 そして、タニーは涙目のまま、流れるような無駄のない足運びで下段に構え、下半身に猛烈な回転を加えて、硬いブーツを履いた足を大車輪のように振り回し、イザベラの足を薙ぎ払わんと襲い掛かった。

 

「ひゃっ!?」

 

 自身の身体が勝手に繰り出した暗殺者顔負けの蹴り技に、タニー自身が裏返った悲鳴を上げる。

 だが、イザベラは表情一つ変えることなく、フワリと軽く跳ねてその鋭い蹴りを躱した。

 

 キュッ!

 

 と、タニーの身体は困ったような涙目のまま、足裏を床に擦って急制動をかける。

 そして、起き上がる遠心力の勢いをそのまま殺さず、今度は手首を返し、胸から飛び出した金属端子をイザベラの喉元めがけて、突き刺さんばかりの速度で突き出したのだ。

 

「直結狙いの肉弾戦に持ち込むのは構いませんが……マナーがなっていませんわよ、『レイモン閣下』」

 

 ガッ、ガッ、パシィッ!!

 

 イザベラは羽ばたきを捨て、羽のように軽い最低限の動きで、迫り来るタニーの金属端子の連撃を二度の裏拳で的確にいなした。

 そして三撃目、伸び切ったタニーの腕を捕え、自らの腕を蛇のように絡ませて、関節を逆の向きへとギリギリと軋ませて固め上げた。

 

「い、いたたたたっ!? な、ええ!? も、申し訳ありませんイザベラ様! 体が、魔術回路が勝手に……」

 

 関節を極められ、タニー本人が泣き叫ぶ。

 だが、その直後。

 タニーの口から発せられたのは、若いメイドの悲鳴とは全く異なる、不敵で、遊び慣れた悪童のような『男の口調』だった。

 

『――なにイザベラ、傀儡回し(サイオンハッキング)にもマナーがあるわけ?』

 

 驚愕したタニーの目が、「自分の口から男の声が出た」という恐怖で限界まで見開かれ、己の口元へ向く。

 だが、イザベラは取り乱すことなく、タニーの腕を極めたまま平然と返した。

 

「当然です。王族同士の心理戦も、優雅に行わなければなりません。下働きのメイド一人に催眠をかけて特攻させるなど……せいぜい、三流の商人や裏社会のギルドの手口ですよ」

 

「お、王族回線でそれができるギルドなんて聞いたことありませんよぉ……っ」

 

 腕の激痛と、自分の体が勝手に喋り出す恐怖でぽろぽろと涙を流す哀れなタニー。

 彼女は、己の身体を乗っ取った他国の王族と、自国の王族専属メイドという、雲上の二人による高度な情報戦(舌戦)の板挟みとなり、ただひたすらに痛みに耐えるしかなかった。

 

『最近ミドルツカント、デカい人型の魔物が跋扈してるそうじゃねえの?』

 

 タニーの口を借りた男――城壁街アシャバラを統べる第2王子レイモンのその一言で、イザベラは事態の厄介さに目を細めた。

 

 (……シェイプシフター、その存在を嗅ぎ取られましたか)

 

 共有されたネオンワンスのアップデートビーコンの反応位置に、アシャバラは確かに近い位置ではあるが、直接含まれてはいない。

 何らかの余波が問題を起こしているのか、あるいはビーコンの受信者がアシャバラに流れ着いたのか。

 しかし、イザベラにとってそれは、とてもじゃないがいい知らせとは言えなかった。

 アシャバラは、単に魔王軍に対する防衛拠点というだけではない。敵対する隣国『ダルバーグ皇国』との交易都市でもあるからだ。

 あちらの価値観はシャイアラ王国とは大きく異なっており、非人道的な『奴隷制』がその最たるものだが、そんな危ういアシャバラを統べるレイモンは、はっきり言って快楽主義の放蕩息子である。

 それも、なまじ「知略と行動力のある放蕩息子」なのが、一番質が悪い。

 

 そんな男が、ミドルツカントの機密情報をある程度網羅している自分に対し、わざわざ物理的なハッキングを仕掛けに来ている。その意味が何であれ、ろくなことではないのは確かだった。

 

「屋敷の主の不在を狙うのも、マナー違反ですわよ?」

 

『ローラもレイニアも、遊び感覚でこっちの脳焼きに来るし、モルガンに至っては、予備脳の型番からケツの毛まで解析されるじゃん?

 ほら、留守番のイザベラが一番のねらい目っしょ?』

 

 その身も蓋もない理由に、イザベラは大きくため息をついた。

 事実としてその通りなので、反論の余地がない。

 

「それで、いつまで硬直なさるおつもりで? 世間話が目的でなければ、いい加減諦めません事?」

 

『いや、今一手進めたとこさ』

 

 バァァンッ!!

 

 突如、図書室の真横にある大窓のステンドグラスが、大きな音を立てて外側から破砕された。

 色とりどりのガラスの破片が降り注ぐ中、上の階からシーツとカーテンを強引に結んで作った即席の紐で降下してきた、タニーの同僚であるメイド『シボレー』の姿が隙間に見えた。

 彼女もまた、レイモンによってサイオンハッキングを受け、完全に操り人形と化していた。

 

 窓を破った音にイザベラの腕の力が一瞬緩んだ隙を突き、タニーが関節技の拘束を強引にすり抜ける。

 そして、前方からはタニー、背後の窓からはシボレーが、それぞれ胸のブローチから伸ばした金属端子を構え、イザベラを挟み撃ちにする形で同時に突進してきた。

 

「「――っ!!」」

 

 上下、前後から迫り来る二本の端子。

 だが、イザベラはメイド服の長いスカートごと身を鋭く翻し、円を描くような美しい回し蹴りで二人の端子を同時に薙ぎ払った。

 そのままの勢いで、両者の襟元を掴んで強引に引き寄せると、容赦なく二人の小柄なメイドを硬い床へと叩きつけた。

 

「「――ぎゃんっ!?」」

 

 ドガッ!と鈍い音が響き、メイド二人の意識が強烈な衝撃で薄まる。

 その瞬間を、イザベラは見逃さなかった。

 彼女は自らのブローチに魔力を通し、気絶しかけている二人の『意識(サイオン回路)』の奥底へと自ら深く潜り込んだ。

 暗い魔術回路の海の中で、タニーとシボレーの精神を強制的に操っている、レイモンの『意識体』の痕跡を直接捕捉する。

 

「そんなに情報が欲しいなら、直接おいでなさいませ。……尤も、ダルバーグとの交易が忙しくて、それどころではないのでは?」

 

 意識の海の中で、イザベラはレイモンの痕跡に向けて冷ややかに言い放つ。

 すると、回路の奥からレイモンの呆れたような声が返ってきた。

 

『その通りさ。最近うちの界隈にも妙なやつが潜ってきたり、奴隷市場を荒らされて困ってるんだよね。

 レイニアにも言っといてよ、早くそのお仲間を迎えに来てやれってさ――あぁ、成程? レイニアの前世か、こりゃまた……』

 

 そのつぶやきを聞いた瞬間、イザベラの全身に粟が立った。

 彼女はハッとして目を見開き、現実の空間で自らの背後を振り返った。

 

「……っ!」

 

 床に倒れ伏すタニーとシボレー。彼女たちのブローチから、目を凝らさなければ見えないほどの極細の光る魔力線が伸びていた。

 それらの線は、空中で回路図じみた複雑な幾何学模様を形成し、いつの間にかイザベラの本来持つ強固な防御網をすり抜け、彼女の首筋に一本の光の針として突き立てられていたのだ。

 

(裏口……っ、いつの間に!? 打撃で気を逸らせたのは、こちらの防壁の死角を作るための囮……!)

 

『いやぁ、笑える……あの堅物のレイニアがついに恋を知ったか!ははは!』

 

 レイモンの意識体が、イザベラの深層に隠されていた機密情報に触れ、愉快そうに笑い声をあげる。

 だが、その笑い声の背後で。

 

 ――チ、チ、チ、チ、チ、チ……。

 

 か細く、しかし決定的な『警告音』のような魔力ノイズが、微かに混ざり始めた。

 その音を聞いたイザベラは、嫌な予感……いや、ある種の「呆れ」を含んだ諦観と共に、すっと目を細めた。

 

「あー、閣下。その圧縮情報……即刻、閉じたほうがよろしいかと」

 

『え?……ぎゃ!!』

 

 ボォンッッ!!!

 

 突如。

 レイモンの悲鳴を掻き消すように、通信回路の向こう側――遥か遠く離れたアシャバラの地から、何かが激しく破裂する鈍い爆音が思考通話越しに轟いた。

 その瞬間、レイモンの声は唐突に完全に途切れ、メイドたちとイザベラを繋いでいた光の線は、バチッ!と音を立てて焼き切れ、空中で灰のように消滅した。

 

 レイモンは用心深く、ハッキングの経路の途中に、攻勢ウイルスによる逆探知や脳焼きを防ぐための『身代わり予備妖精脳(機械製の予備電脳のようなもの)』を挟んでいたのだろう。

 今の破裂音は、その高価な予備脳が、送り返された防壁トラップの致死的な熱量によって『間近で爆発・炎上した』音だった。

 

「……はぁ」

 

 イザベラは、ふぅ、と深い脱力の溜息をつき、気絶して床に倒れている可愛いメイドたちを見下ろした。

 レイニアの前世と、そしてヤマトへの秘めた恋心。

 それは、多感な17歳の少女にはあまりにも恥ずかしく、そして前世の『レオン(成人男性)』の意識にとっては尚の事、絶対に、死んでも他人に知られたくない「超弩級の恋文(トップシークレット)」である。

 

 そんな機密中の機密としてイザベラに預けられた深層ファイルに、あの用心深くて恥ずかしがり屋のレイニア自身が、『何も防壁(トラップ)を仕込んでいないはずがなかった』のだ。

 それも、好くて何らかの強力な炸裂術式。最悪の場合、覗き見た者の脳を物理的に黒焦げにするレベルの呪詛が掛かっている可能性すらある。

 

「……」

 

 乱れたメイド服の埃を払い、姿勢を正して立ち直ったイザベラは、遠いアシャバラの空に向けてそっと黙祷を捧げた。

 愛する主であるレイニアが、自業自得とはいえ、『兄殺し(脳焼き)』の重罪を背負っていないことを。

 そして、馬鹿な王子の予備脳が、しっかりと身代わりの役目を果たしてくれていることを、切に願うのだった。

 

 

     * * *

 

 

 ――激震。  それは、マギア・ラージ・キャリアーの強靭なサスペンションすら吸収できない、レイニアの精神(サイオン)を直接襲った物理的な衝撃だった。

 

『――ということがありまして、誠に申し訳ありませんレイニア様。防壁を焼く直前……例の”情報”の断片が、レイモン様にバレました』

 

 イザベラの屋敷がレイモンのサイオンハッキングによる襲撃を受けたこと、そしてその顛末は、間を置かずして思考通話(サイオンリンク)で遠く離れたレイニアの元へと知らされていた。

 順調に地下坑道を進むマギア・ラージ・キャリアーの司令席。

 誰もいないその広々とした空間で、レイニアは防音結界を張った上で、両手で頭を抱え込んで床に蹲っていた。

 

「あ、あ、あ、あ……よりによって、あのレイモン兄様かぁぁ……っ」

 

 耳まで真っ赤に染め上げ、うわ言のように唸るレイニア。

 

『申し訳ありません……全ては、私からあの小娘たちにハッキングの経路を繋がせてしまった、私の不手際です』

 

 通信の向こうで、イザベラが深く頭を下げているのが声のトーンだけでわかる。

 レイニアは「ふぅ……」と、肺の中の空気をすべて絞り出すような深いため息をつくと、立ち上がってスカートの埃を払い、毅然とした声で応えた。

 

「……良いわ、イザベラ。寧ろあの放蕩兄は、私の仕込んだ圧縮防壁(トラップ)で相当痛い目を見たでしょうし。……それに、以前の私であれば、そこまで気にすることはなかったでしょうしね?」

 

 レイニアは強がりでも何でもなく、事実を口にした。

 というのも、先週――前世である『レオン』の記憶を完全に解凍する前のレイニアは、良くも悪くも、温室で育てられた血筋のいい「17歳のお姫様」でしかなかったのだ。

 前世の魂の断片(無意識の癖)のせいで、周囲から見れば多少武闘派なきらいはあったものの、それでも精神年齢は今に比べて圧倒的に幼かった。

 それ故に、レイモンという兄がいかに「ロクデナシ」であるかを、本質的な意味で理解できていない節があったのだ。

 

 この世界は、いかに魔術による局所的な技術的発展があろうと、ベースとなるのは中世程度の倫理観が支配する世界である。

 長い歴史の中で、レイニアたちの祖国シャイアラ王国はむしろ奴隷制から脱却するのが「特異なほど速かった」だけであり、契約魔術によって絶対の強制力が担保されるこの世界において、奴隷制というものは『ある場所にはあって当たり前のインフラ』という認識でしかない。

 快楽主義や傍若無人な振る舞いにしたって、「王族なのだから、そういう傲慢さや残虐さを持っていて当たり前」なのだ。

 平民に寄り添い、極端なまでに清廉潔白な為政者など、それこそ稀中の稀なのである。

 

 だからこそ、先週までのレイニアは、ダルバーグ皇国との国境で奴隷制を容認し、快楽の限りを尽くす兄・レイモンのことを、「王の器とは、あるいはああいうものなのだろう」とさえ無意識に納得し、目を逸らしてしまっていた。

 

(……いいや。今の私から見りゃ、あいつはむしろ……それこそ悪徳商人とか、マフィアの元締めにこそ向いてるだろうよ)

 

 レイニアの美しい顔が、苦虫を噛み潰したような渋い表情に歪む。

 今や天寿を全うし、数多の地獄の戦場を潜り抜けてきた『アメリカ軍人(レオン)』の冷めた価値観と大人の視点から見直せば。

 あのレイモンという男は、王族の権力に胡坐をかいているだけの、ただ底意地が悪い『悪ガキ』でしかない。

 

 そんな、どうしようもない悪ガキに知られてしまったのだ。

 自分が現在進行形で抱いている――それこそ、これからの人生を左右しかねない「前世の因縁」と「乙女の初恋」という、最大級の秘密を。

 

(落ち着け俺(レイニア)……最悪の事態——先に身内にバラされる流れを想定して、戦術を組み立てろ……!)

 

 レイニアは司令席にドカッと座り直し、腕を組んで凄まじい勢いで思考を巡らせた。

 これまで当面は、この異世界にヤマトたち『ネオンワンス』を馴染ませるための活動に尽力し、自国の政治や面倒な家族関係からは意図的に目を逸らしてきた。

 だが、オヅマという新たな仲間が加わった今、そろそろ本腰を入れて家族にも向き合い、彼ら異邦人の存在をシャイアラ王国に『国賓』として認知させる必要に迫られてくるだろう。

 

 そのプロセスの中で最も重要かつ緊急性の高いミッションは、あの放蕩兄に余計な口出しをされたり、面白半分で情報を暴露されたりする前に――両親、すなわち『国王と王妃』に、自分とヤマトたちの事をカミングアウトすることだ。

 

 それも、ただの第三種接近遭遇報告ではない。

 本当に、何が何でも、死守して隠し通さねばならない事。

 すなわち、『レイニア姫の前世の正体が、ヤマトの親友であったレオン=タケル=ラブーフ本人である』という事実をどうあってもヤマトの耳に入らないように、秘密裏に場所を変え、両親にだけは真実を打ち明けて協力を仰がねばならないのだ。

 

(ガッデム……! ヤマトにだけは絶対に知られるわけにはいかない!

 あいつ、私がレオンだと知った途端、絶対に『女』として見てくれなくなる……っ!  いや、それどころか、あんな罪悪感の塊みたいな奴だ!

 オヅマのじいさんの時みたいに私を転生に巻き込んでしまったのではないかとか考えだす。

 そしたら今度こそショックで立ち直れなくなるかもしれない……!)

 

 王国の未来。魔王軍の脅威。ネオンワンスの合流。

 そして、己の初恋と、親友のメンタルケア。

 盤面にあるすべての要素が、あまりにも複雑に、そして気まずく絡み合いすぎている。

 前世の戦場であれば、ただ銃を撃って敵を倒せば終わったものを。

 今世のミッションは、人間関係という名の地雷原をタップダンスで踊り抜けるような難易度だった。

 

「……あぁ……」

 

 司令席の上で、レイニアは再びずるずると崩れ落ち、額をコンソールパネルに押し当てた。

 17歳の可憐な姫君の口から、歴戦のアメリカ軍人のような、泥臭くも切実な恨み節が零れ落ちる。

 

「……神のクソヤロウですわぁ……」

 

 広大なキャリアーのブリッジに、誰にも届かない姫騎士の絶望の嘆きが、空しく響き渡るのだった。

 

「はぁ、ちょっと、仮眠しますわ……」

 

「あ、お疲れ様です姫様。操縦はわたくしにお任せを……」

 

 マギア・ラージ・キャリアーのブリッジ。魔力盤に向かうモルガンに見送られながら、レイニアは重い足取りで司令席を立った。

 そのままブリッジの後方、キャリアーの内部に自身のために割り振られた仮眠室の扉を開け、中へと滑り込む。

 重厚な扉がカチャリと閉まり、防音魔術が作動したことで、エンジンの駆動音も遠く静かなものへと変わった。

 

 一人きりの、狭く薄暗い空間。

 レイニアは、備え付けの簡易ベッドにどさりと腰掛けると、そのまま両手で頭を抱え込んだ。

 

「神……か」

 

 ポツリと、少女の唇から、前世の男のような低いトーンの呟きがこぼれ落ちる。

 レイニアは、自分自身の『魂の根源』――自分がなぜ、この異世界に転生してきたのか、その意味について深く思考の海へと沈んでいった。

 

 前世である『レオン』としての生涯を終え、この世界に『レイニア』として生まれ変わるまでの、奇妙な記憶の空白。

 しかし、先週、すべての記憶の封印を解凍した際、彼女の魂の奥底――レオンとしての記憶の『末尾』に、自分(レオン)の視点からではない、高次元からの俯瞰したような映像が、ごくわずかに焼き付いていたのだ。

 

 光の雲海の上で胡座をかく、紫色の髪をした和装の女。

 邪神アザブネ。あの胡散臭い終末神にして、創生神だ。

 

 ヤマトに転生の機会を与え、その際に交わした『相棒(レオン)と再会させる』という約束。

 その約束を履行するために、あの神は、死にゆくレオンの魂をこの世界へと送り込んだ張本人なのだ。

 

 レイニアの脳裏に、記憶の末尾にこびりついた、あの女神の飄々とした関西弁が蘇る。

 

『こんだけの祈り(バックアップ)と因果の繋がりをよぉ、たかだか百年にも満たない炭素生命一代のみの人生で集めきったもんや。……ええよ。すべては君らの魂の激突と、整合性の織り成す奇跡や。僕はちょぉっとそれを、後押しするだけやからね。ほぉら、行っといで』

 

 世界中の人々と、残されたシェイプシフターたちの祈りが成す色とりどりの光の河として束ねて、神が背中を押した。

 あの胡散臭い女神の言う「整合性」や「奇跡」という言葉を、どこまで信用していいかはわからない。

 だが、レイニアの中にある『レオンという意識』は、その神の気まぐれを、少しだけ恨めしくも思っていた。

 

(……もし、『俺』の——『レオンとしての記憶』が、完全に消去されていたなら)

 

 レイニアは、ギュッとベッドのシーツを握りしめた。

 

(もし、レイニアが前世の記憶の『断片的な直感』だけを持っていて、ただ純粋に夢の中の騎士に憧れる、あの淡い恋心だけで生きていけたならば……。

 こんな、複雑で面倒くさい苦悩を、この十七歳の少女に味合わせずに済んだのではないか?)

 

 男としての人生経験。

 戦場での泥臭い倫理観。

 そして、かつての親友に対して「今生として恋をしている」という、狂いそうなほどの自己矛盾と羞恥心。

 一人になると、いつもそんな堂々巡りの後悔ばかりを考えてしまう。

 

 だが、思考の迷路に陥るたびに、レイニアの胸の奥で熱く脈打つ感情が、それを否定するのだ。

 

『今のわたくしの感情は、間違いなく嘗てレオンであったからこそ生まれた感情ですわ』——と。

 

 ヤマトを慕う『レイニアとしての想い』は、誰に何と言われようと本物だ。

 そして、酸いも甘いも噛み分けた『レオンとしての自分』は、その懸命で愛おしい少女の恋心を、すでに全面的に肯定し、受け入れている。

 二つの魂は、相反するようでいて、ヤマトという存在を軸にして完璧に溶け合っている。

 

(――なら、本当は隠す必要なんて、どこにもなかったんじゃないか)

 

 ヤマトに、自分がレオンの生まれ変わりであると。

 そして、レイニアとしてあなたを愛していると。

 最初からすべてを曝け出していれば、これほどまでに拗れることはなかったのかもしれない。

 だが、照れと見栄、そして前世の親友としての『変なプライド』が邪魔をして、真実を隠してしまった。

 その不器用な選択が、今になってレイモンへの情報漏洩という最悪の形で、自分に牙を剥いてきているのだ。

 

「あぁ……もう」

 

 レイニアは、パタンとそのままベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。

 天井の無機質な照明を見上げながら、深い、深いため息を吐く。

 

 考えても、今は過去を変えられない。

 レイモンがどう動くかにせよ、まずはミドルツカントへ帰還し、王都へ向けての政治的、そして個人的な『決戦』の準備をしなければならない。

 

「……また、あの勘の鋭いメイドたちに、お風呂で強襲をかけられる前に……このぐちゃぐちゃな気持ちには、しっかりと整理をつけておかなければなりませんわね……」

 

 前回の温泉での大惨事(解析してきたモルガンへの大開脚三角絞めと、ヤマトの熱暴走によるハプニング)を思い出し、レイニアは小さく身震いした。

 

(覚悟を決めろ、俺。いや、わたくし。

 愛する鋼鉄の少年を、今生こそ共に手を取って護り切るために——)

 

 迫り来る新たな波乱への予感を胸に。

 レイニア(レオン)は、疲労した身体と複雑な心を少しでも休めるため、静かに瞳を閉じるのだった。

 

 

     * * *

 

 

 

 ――一方、その頃。

 青空の下を快調に爆走し続けるマギア・ラージ・キャリアーの下層区画。

 車両の大部分を占める巨大なガレージの片隅で。

 

 ヤマトは、MMSの仮想体を解除した本来の巨大なロボットモードの姿のまま、重厚な鋼鉄の胡座を組んで静かに目を閉じていた。

 赤と青の巨大なオッドアイのカメラアイを消灯し、周囲の駆動音を遮断して、一人深い瞑想に耽っているのだ。

 

(……レイニア姫は、本当に頼もしい人だ)

 

 ヤマトの脳量子回路の中で、先ほどのカタルガダル駅での一連の騒動と、そこへ至るまでの激しいチェイスの記憶がリプレイされる。

 咄嗟の判断で自らを囮とし、魔物の群れを引きつけると決断したあの迷いのない横顔。

 

(かつて私が共に戦った、あの地球の『レオン』にも負けないくらい……苛烈で、勇敢で、そして頭の回転も速い。

 ……それに、時折見せるあの可憐な笑顔。本当に、私のような無骨な機械生命体には、過ぎた相棒だ)

 

 ヤマトは心の中で、深く深く感嘆の息を吐いた。

 

(あの第二期文明の遺跡で見せた、彼女の決死の戦いぶりは、まさに称賛に値するものだった。

 鋼鉄の鱗が眩く輝く、巨大な『機龍』の姿へと変身し、迫り来るタール・シングスの海に雄々しい純白の極光(ブレス)を浴びせかけたあの勇姿。

 殺到する狂気のドリルを、真正面から咆哮一つで受け止めてみせた、あの絶大的な覇気。

 そして何より、私達を庇うように立ち塞がった……はぁっ、あの広くて、分厚くて、たっ……たまらなく頼もしく逞しい、雄々しい巨大な背中――っ♡)

 

 カッ!!!

 

 ――そこまで記憶の映像が進んだ瞬間。

 ヤマトは、消灯していた赤と青の巨大なオッドアイを、目も眩むような最大光量で見開いた。

 

 ゴォォォォォォンッ!!

 

 けたたましい衝撃波が、ガレージ中に響き渡った。

 ヤマトが、突然勢いよく上体を前に倒し、ガレージを支える極太の頑丈な黒曜合金の柱に、自らの巨大な額を思い切り叩きつけたのだ。

 

「ぬああ心頭滅却!! 心頭滅却ッ!! 私は発情などしていないィィィッ!!」

 

 バチバチバチッ!と装甲から激しい火花を散らしながら。

 ヤマトは真っ赤にオーバーヒートした顔面で、まるで呪文か念仏のように、必死の形相でそう叫び続けた。

 

「ちょっ、なっ、何してんの旦那ぁっ!?」

 

 隣の駐車スペースで、真紅のスポーツカーの状態になってスリープモード(睡眠)に入っていたベンザイアが、その凄まじい轟音にギョッとして跳び起きた。

 

 ギゴガゴゴゴッ!

 

 ベンザイアは慌ててロボットモードへと変形し、そのままドスンドスンと柱に頭突きを繰り返すヤマトの巨体に飛びついて、後ろから必死に羽交い締めにして抑え込んだ。

 

「おいおいおい、キャリアーが壊れちまうよ! やめろって!」

 

「離せベンザイア! 私の回路にこびりついたこの煩悩(エラー)を、物理的衝撃でリセットしなければならないのだぁっ!!」

 

「物理でどうにかなるモンじゃねえだろ! ほら、どうどう、落ち着けー?」

 

 巨大な装甲の背中を、バンバンと優しく(?)さすりながら、ベンザイアはまるで暴れ馬を宥めるようにヤマトを抑え込む。

 ベンザイアの必死の制止に、ヤマトは次第に頭突きを止め、「フーッ、フーッ!」と鼻息という名の高熱の排気を荒く吐き出しながら、ズルズルと床に崩れ落ちた。

 

「ベン、ザイアぁ……っ」

 

 ヤマトは、今にも泣き出しそうな、ひどく情けない声で呻いた。

 

「本能が……!私の中に組み込まれてしまった『雌(メス)』としての本能がぁ……っ!あのような規格外に雄々しく逞しい機龍の姿を見せつけられて、私のデリケートなセンサーが、誤作動を……ッ!」

 

「あー。アレな。わかるぜぇ、その気持ち」

 

 ベンザイアは、ヤマトの隣にドカッと腰を下ろし、深く共感するように頷いた。

 

「キツいよなぁ、『発情』ってヤツ。俺たちシェイプシフターの生態として、優れた雄の個体に対して本能的に惹かれちまうのは、種を保存するための絶対的なプログラムだからな。なまじ人間の姫様たちには、この理不尽な回路の仕様なんて、到底理解しがたいだろうしなぁ……」

 

「そう、なのだ……っ」

 

 ヤマトは、目から冷却液(涙)をちょちょ切らせながら、情けなく弱音を吐き出した。

 

「私は司令官だぞ……? いかなる状況でも理性を保ち、知性の導き手でなければならないというのに。

ちょっと逞しい背中と強大な魔力を見せつけられたくらいで、内部温度が限界突破してしまうなど……

はぁっ、知性に対する完全なる敗北ではないか!」

 

 ヤマトは両手で顔を覆い、思い出すだけで甘い吐息が漏れ出してしまう自らに恐怖するようにガタガタと震える。

 そして、ふと昔の記憶を思い出したように、ポツリと呟いた。

 

「こ、こんな理不尽なプログラムに……あのヤガー(ヤガーコール)は、どうやって耐えていたんだぁっ……?」

 

 ヤガーコール。

 それは、かつてのネオンワンスの初期メンバーで唯一、生まれながらにして『雌(メス)』の機体として生を受けた、四輪駆動車のあいぇいぷシフター——オヅマの孫娘だった。

 鋼鉄戦争の永い時の中で幾人かの女戦士も確かに居たが、基本的に男所帯のむさ苦しい部隊の中で、その中でも突出した女傑として立ち続けたヤガー。

 他の女戦士が戦士の誰かと惚れた腫れたと嬉しい報告や問題ごとを起こす中、ヤマトたちのような雄の機龍や屈強な兵士たちに囲まれていながら、彼女は常にクールで、任務に忠実で、発情の気配など微塵も見せたことがなかったのだ。

 

「ヤマトやオヅマのような、あんなに強くて雄々しい個体に囲まれながら、平然と任務をこなしていた彼女の精神力は……今思えば、本当に計り知れないものがあったのだな……」

 

「あー……それなんだけどよ、旦那」

 

 ヤマトの心からの尊敬の言葉に。

 ベンザイアは、どこかひどく言いにくそうに、気まずそうに頭の装甲をポリポリと掻いた。

 

「昔、ヤガーが酔っ払った時に俺様、こっそり聞いたことがあるんだわ。『お前、よくこんなむさ苦しい男どもの中で平気だな』って」

 

「うむ。それで、彼女は何と?」

 

「あいつ、鼻で笑ってこう言ってたぜ。『は? 司令官もオヅマじいちゃんも、戦士たちもみんな私から見ればただのめんどくさいポンコツでしかないし。そもそもアイツらの事、雄(オス)として見てないから』……ってよ」

 

「…………」

 

 ピタッ、と。

 ヤマトの動きが、完全に停止した。

 

「ま、まぁ、あいつは特にお堅い性格だったし? 身内をそういう目で見るのが気持ち悪かっただけだろ、多分!」

 

 慌ててフォローを入れるベンザイアだったが、時すでに遅し。

 ヤマトの頭部に凛とそびえ立っていた紅きアンテナが、ポキッ、と音を立てて、ぐにゃあ……と情けなく垂れ下がった。

 

(雄として、見られていなかった……だと……?)

 

 自分はあんなに司令官として、雄として威厳を保とうと背伸びをして頑張っていたのに。

 唯一の雌の部下からは、端から『オスとしての魅力ゼロのポンコツ』判定を食らっていたという、残酷すぎる真実。

 

「うぅぅぅぅ……っ」

 

 雌としての本能(発情)の制御に対する苦悩に、かつての雄としてのプライドを粉砕されるという斜め上のショックが上乗せされ。

 ヤマトはさらに深く頭を抱え込み、ガレージの床で「私は……私は……」と、いじいじと物理的な装甲の端を弄りながら、ひたすらに落ち込み続けるのであった。

 

「あー……まぁ、なんだ」

 

 どん底まで落ち込んでいる司令官を見かねて、ベンザイアはポリポリと装甲を掻きながら、ふと思いついたように提案した。

 

「そうだ、今の姫さんを見に行けばいいんじゃねえの?

 あっちも今はただの人間の状態(サイズ)なんだし、あんなデカい龍の姿じゃなきゃ、少しは旦那の頭も冷えるだろうよ?」

 

「……」

 

 ベンザイアの言葉に、ヤマトはピタリと動きを止めた。

 そして、のそりと顔を上げると、何かを決意したように無言で立ち上がった。

 

 ギゴガゴゴゴッ!!

 

 ヤマトの巨体が、ロボットモードから巨大なトリコロールカラーのトラックの姿へと変身(シェイプシフト)する。

 そして、ガコンッ!とトラックの巨大なボンネットが大きく開くと、その中からジャララララララッ!!と銀色のナノメタルの嵐が吹き荒れるように展開された。

 トラックの中枢で緑色の極光を放って脈打っていた『勇者のカテドラル』のユニットが、キュルルンと縮小しながらそのナノメタルの渦の中心へと吸い込まれていく。

 

 それを核(コア)として、光が収まった後。

 白髪をなびかせた、見目麗しい女騎士姿のMMS(仮想体)となったヤマトが、トラックのフロント部分から静かに降り立った。

 

「……うんっ、たしかにそうだなっ」

 

 ヤマトは、トラックのすぐ横に固定されていた自分用のトランクケースをカチャリと開けた。

 そして、以前宿屋で手に入れた、あの可愛らしい村娘の衣装を引っ張り出し、MMSの身体に手際よく着替えながら、ひどく真面目な顔で頷いた。

 

「少し、レイニアの顔を見て話して……このオーバーヒートした頭と回路を冷やすとしよう……」

 

 すっかり可憐な町娘のような出立ちになり、自分の心臓のドキドキを鎮める気満々で、レイニアのいる居住区画へと歩き出そうとするヤマト。

 その清々しいまでに出陣していく背中を見送って。

 

(このド天然……。今まさに、あの姫様も同じように向こうの部屋で一人で悶々としてるって発想はないのかね……)

 

 ヤマトが今の無防備な状態でレイニアのもとへ行けば、頭が冷えるどころか、間違いなく互いの恋心(バグ)がさらに連鎖して大爆発を起こす可能性すらあった。

 『いや、提案しといてなんだけどさぁ』と内心で呆れ返りながら。

 

「しゃーねぇ、お供するかね」

 

 ベンザイアもまた、ジャララッ!とナノメタルを展開し、いつもの深紅のメイド服姿のMMSへと変身しつつ、やれやれと肩をすくめてヤマトの後を追うのであった。

 

 

     * * *

 

 

「申し訳ありません、お二方。姫様は只今、自室にてお休みになられております」

 

 マギア・ラージ・キャリアーの艦橋(ブリッジ)。

 ヤマトとベンザイアを出迎えたモルガンは、操縦の魔術盤から手を離し、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

 

「あらら……。頭を冷やして話をするどころか、それ以前の問題だったか……」

 

 ベンザイアが赤いポニーテールをポリポリと掻きながらため息をつく。

 ヤマトもまた、気まずさと少しの安堵、そしてそれ以上の心配が入り混じった顔になり、頭部のアンテナをへしょり……と悲しげに垂れ下げた。

 

「先週のミドルツカントへの大侵攻に始まり、事後処理と城壁街を治める王侯貴族同士の付き合い。

 シェイプシフターを国に受け入れるための根回しと下地作り……おまけに、今回の地下での鉄鼠騒動ですからね。

 姫様も流石に、溜まっていた疲れが祟っているのかもしれません……」

 

 モルガンが、主の疲労を気遣うように伏し目がちに言う。

 

「改めて言葉にすると、短命で成熟の早い人間の基準からしたって、たった十七歳のお嬢ちゃんにはとんでもねぇハードワークだよなぁ……」

 

 ベンザイアは腕を組み、かつて地球で関わってきた人間たちの顔を思い浮かべた。

 魔術という便利な力の有無という違いはあるにしても、地球であれば、国家の防衛や未知の生命体(自分たち)との交渉といった国家プロジェクトは、厳つい三十代や四十代の大人たちが雁首を揃えて、胃に穴を開けながら責任を持って行うべき重大事だ。

 それを、この世界では、まだ大人にもなりきれていない一人の少女がすべてを背負い、取り仕切っているのだ。

 

「その分、突発的に現れる魔王軍への対応や決断は、軍の会議を通す地球の大人たちと比べるべくもなく迅速で、今回の地下の事件もそのおかげで助かったわけだが……。

 その分、姫様にのしかかる重圧(プレッシャー)は、余計に質が悪いぜ」

 

 ベンザイアの尤もな指摘に、ヤマトも深く頷いた。

 

「ふむ……。我々にも、彼女の負担を少しでも減らすために、何か手伝えることがあればいいのだが……」

 

 ヤマトが真剣な顔で思案し始めた、その時だった。

 

「だったらさ、みんなで『慰安ライブ』でもする?」

 

 ――ぬっ。

 突如として、ヤマトとベンザイアの背後から、フリフリのアイドル衣装を着たアメノオヅマが顔を出して話に混ざってきた。

 

「うおっ!?」

 

「ふわぅっ!?」

 

 背後からの気配に全く気づけなかったヤマトとベンザイアは、大げさに肩を震わせ、オヅマにスペースを開けるように慌てて左右へと身を引いた。

 

「じ、じっちゃん! 頼むから急に後ろから話しかけないでくれよ、心臓(カグツチ・ドライブ)に悪いからさ!」

 

 ベンザイアが胸を押さえながら抗議する。

 正直言って、過去の彼(オヅマ)の厳ついおっさんっぷりをよく知るヤマトとベンザイアにとって。

 今のオヅマはどうにもこうにも『どう扱っていいのか判断に困る』相手だった。

 戦う意志を見せて味方になってくれたのは心強い。しかし、あまりにも過去の分厚く雄々しかった姿と、今の小柄で可愛らしく、やけに胸と尻のデカいアイドル姿のMMSとでは、イメージも口調も仕草もかけ離れ過ぎている。

 男として扱っていいのか、それとも女として扱うべきなのか。

 それが全く定まらないというのが、二人が無意識にオヅマに対して過剰な動揺を見せてしまう最大の要因であった。

 

「そんなに驚かなくたって良いじゃない。ヤマトちゃんもベンちゃんも、今はすっごく可愛い女の子の姿(MMS)なんだしさ!

 せっかく声も良いんだから、この武器を使わない手はないってぇ☆」

 

「い、いやオヅマ。私は兵士の前で演説なら何度もしたことがあるが、歌って踊るなんて真似は……!」

 

 ウィンクするオヅマの無茶振りに、ヤマトが激しく狼狽え、身を縮こまらせながら後ずさる。

 しかし、オヅマの目は逃さなかった。

 どう見ても高貴な女騎士の顔立ちをしたヤマトが、可愛らしい村娘の格好をして、上目遣いで弱気に振る舞っている姿。

 俗な言い方をすれば、それはもはや破壊的な『萌え』の塊であった。

 

「ヤマトがそっち方面(アイドル)で頑張ってくれれば、この世界でのシェイプシフターのイメージも劇的に向上するよ? それが、レイニアのお嬢ちゃんが頑張ってる『下地作り』への、一番の寄与になるんじゃないかなぁ?」

 

「う……うぅっ……そ、それは……」

 

 恩人であるレイニアの力になれると言われ、真っ向から否定しきれずに口ごもり、目尻に涙を溜めて葛藤し始めるヤマト。

 それを見逃さなかったベンザイアは、すかさずオヅマの肩にガシッと手を回した。

 

「ほーらほら! こっち来い、じっちゃん!」

 

 そして、強引にオヅマの首に腕を回し、ブリッジの隅へと引っ張っていく。

 

「まぁまぁじっちゃん。今のヤミーはちょっと、煩悩回路が色々と不安定なんだわ。

 頼むからこれ以上いじってバグらせるのは勘弁してやってよ、な?」

 

「んー? 私としては、すっごく良い考えだと思うんだけどねぇ?」

 

 ブーブーと文句を言いながら、ベンザイアに引きずられていくオヅマ。

 その賑やかなコントのようなやり取りを見送って、モルガンはクスクスと笑いながらヤマトに話しかけた。

 

「ふふっ。ヤマト様は本当に、良い部下を持っておられますね」

 

「……ええ。彼らは特に、私には過ぎた友人達です……」

 

 ヤマトは、ベンザイアたちの背中を優しく、どこか誇らしげに見つめながら答えた。

 モルガンは、そんなヤマトの横顔を見つめ、ふと思いついたように尋ねた。

 

「地球という世界でも、人間とシェイプシフターとの関係を取り持ち、世界に受け入れてもらうまでには……今の姫様のように、大変な苦労をなさったんですよね?」

 

 モルガンの言葉に、ヤマトが目を伏せて頷く。

 

「姫様の予知夢の内容……以前にお聞きした話の限りでは、あちらの世界の人間たちもまた、あなたたちを最初は魔物のように恐れていたと聞きましたが」

 

「あぁ……」

 

 モルガンの問いに、ヤマトは静かに目を伏せ、遠い記憶の彼方へと意識を沈めた。

 この場にレイニアかイザベラが居れば呆れただろう、モルガンはこんな時であっても、レイニアからさわりだけ聞いた地球やヘイブンガーデンという『異世界』の科学技術に興味津々故にあえて誘導したのだから。

 

「あの頃は、私達も初めてコンタクトを取る『異なる星の知的生命体』という存在に、過度な緊張と、選択の連続でどうにかなりそうだった。

……いや、最初に出会った時点で、もはや苦労とすれ違いの連続だったのだから」

 

 ヤマトの脳裏に、硝煙と土煙にまみれた、地球での最初の記憶が蘇る。

 まだ司令官としての仮面を被りきれていなかった、青臭く、不器用だった自分の姿と。

 自分たちに銃口を向けながらも、決して退こうとしなかった、あの泥臭くも勇敢な地球人の男(レオン)の顔が。

 

「そうだな……。モルガン、少し、昔話をしようか」

 

 村娘の服を着た鋼の勇者は、どこか懐かしむような穏やかな声で。

 モルガンは運転しながらも、ふんすと鼻息を荒くして興奮を隠そうともせず目を見開いて、ヤマトの話に耳をそばだてた。

 地球という青き星で繰り広げられた、人類との不器用なファーストコンタクトの記憶を、ゆっくりと語り始めた。

 

 

     * * *

 

 

 ――深い、深い眠りの底で。

 わたくしは、ひどく懐かしくて、ひどく油臭い『夢』を見ていた。

 

『オペレーティングシステム起動

 EMM社製特殊コマンド入力素子【Exso.Soul.System:IZUMO】、セットアップ完了。

 思考言語キャリブレーションを開始します。以下の構文を読み上げてください』

 

 脳髄に直接響くような、無機質な合成音声。

 知らない言語……いいや、わたくし(レイニア)が知っていなくても、俺(レオン)の魂が知っている。

 地球の英語によるシステムナビゲートに従い、俺はエンジンを吹かし始めている戦闘機の、ひどくタイトな操縦席(コックピット)の中で、ヘルメットを兼ねたHMD(ヘッドマウントディスプレイ)のバイザーにAR表示された緑色の台本を、無感情に読み始めた。

 

「『そそぎ給う時に、成りませる神の名は、やそ禍つ日の神。次に、おおまがつ日の神。

 このふた神は、かのきたなき繁き国に到りましし時の、汚れ垢に因りて成りませる神の者なり』」

 

 狭いコクピットに響く、俺のたどたどしい日本語の祝詞(のりと)。

 読み進める内に、地下ハンガーの天井の分厚い耐爆ハッチが重々しい駆動音と共に開き、俺を乗せた機体がエレベーターでゆっくりと地上へとせり上がっていく。

 眩しい太陽の光がキャノピー越しに差し込み、俺が搭乗している黒く輝く無尾翼の最新型試作ステルス戦闘機――その鋭角的な複合素材の装甲が、青空の下でギラリと黒光りした。

 

「……おおぉい、ジョシュア!」

 

 俺は、ARディスプレイに次々と提示される日本語の言葉を読み進めているうちに、そのあまりにも現代兵器に似つかわしくないメルヘンなオカルト内容に耐えきれず、思わず無線に英語でツッコミを入れた。

 

「アメリカ空軍は、いつからこんな胡散臭いもん読ませるイカれたカルト組織になったんだ!?」

 

 ツッコミを入れた瞬間。

 脳波の乱れと発声の不一致をシステムが検知し、HMDの画面いっぱいにけたたましい警告音と共に、真っ赤な文字で『ERROR』と表示された。

 

『真面目に読んでくれよ、レオン!』

 

 無線機から、管制室にいる腐れ縁の親友――ジョシュアの泣きそうな声が響く。

 

『こっちだってよくわからない事だらけなんだ!

 文句があるなら、その文章をキャリブレーション・ワードに選んだEMM社のエンジニア連中か

 極東の海に沈んでた古代遺跡の住人たちに言ってくれ!』

 

「ったく……わかったよ」

 

 俺は渋々システムをリブートし、スロットルレバーから手を離して深呼吸をする。

 そして、ARの文言を最初から読み直し、続きを告げた。

 

「『祓い給い、清め給え、もろもろの神企み事の、霊結び寿ぎ給え』」

 

 ピィィィンッ!

 読み切った瞬間、HMDの真っ赤なエラー表示が消え、今度はライトグリーンの文字で『CONNECT(接続完了)』と表示された。

 

「――っ! は、はっ!」

 

 直後、俺の脳髄が、ぐんっ!と目に見えない巨大な力で機体側へと引っ張られるような、強烈な錯覚に陥った。

 戦闘機特有のジェット燃料の匂いや、計器を冷やすフロンガスの匂いが遠のく。

 代わりに、機体の先端に備わったピトー管が切る風の感覚が、まるで自分の『鼻先』にあるかのように感じられ、主翼を流れる気流の乱れが、自分の『皮膚』を撫でるように錯覚する。

 

「すげぇ……確かにこりゃあ、戦闘機と完全に『一体』になった感じだ」

 

『お褒めに預かり光栄だ。じゃあ早速だが、その新しい体の「右手」を上げてもらえるか?』

 

 ジョシュアに言われるがままに、俺は操縦桿(スティック)を握る自身の右手を上げる……のではない。

 感覚で繋がったこの戦闘機の『右翼フラップ』を、ただ頭の中で『上げろ』と、自分の右腕を動かすのと同じように念じた。

 

 ギィィィ……ッ。

 

 操縦桿には一切触れていない。だが、油圧の作動音が響き、俺の意志に完全に呼応して、黒い主翼の右フラップが滑らかに跳ね上がった。

 

(化け物じみた技術だぜ……)

 

 俺は内心で悪態をつきながらも、背筋にゾクゾクと走る全能感に身震いした。

 アメリカ軍とEMM社が、極東の海底遺跡から掘り上げたという、未知の超古代技術の結晶(オーパーツ)。

 それを強引にリバースエンジニアリングして組み上げた、この悪魔のような機体。

 そして、このシステムの同調率を高めるためだけに、『アメリカ空軍のエースパイロットの中で、唯一日本人の血が混じっていて相性が良い(気がする)』なんていう、出鱈目でオカルトじみた、嬉しくもない理由で俺がテストパイロットに引き抜かれた。

 ……だが、今のこの機体との完璧なシンクロ感覚を味わえば、そんな馬鹿げた理由で抜擢された甲斐があったってもんだ。

 

『OKだ。各部のアクチュエーター、並びに思考伝達のタイムラグ・ゼロ。

 離陸の準備も完了している。……その身体で飛ぶ覚悟は済んでるか、ミスター・サムライ!』

 

「今ばっかりは、その相性とやらに感謝してやるよ。

 だが、次俺のことをサムライって呼んだら、管制塔のテメェの股間に25mm機関砲の徹甲弾をぶち込むからな、糞ったれ!」

 

 俺は軽口を叩きながら、スロットルレバーを静かに、しかし力強く押し込んだ。

 

 キュイィィィィィィン……ッ!

 

 機体後部に搭載された、未知の推力偏向ノズルを持つ双発の次世代ターボファンエンジンが、猛烈な吸気音と共にスプールアップを始める。

 タービンブレードが空気を切り裂く超高速の回転音が、機体とリンクした俺自身の『心臓の鼓動』のように、ドクン、ドクンと全身に響き渡る。

 

 誘導員がオレンジ色の誘導灯(バトン)を大きく振り、甲板の前方に緑色のクリアランプが煌々と灯った。

 

『よし、それじゃあ一丁飛んで来い!』

 

「了解(コピー)。レオン=タケル=ラブーフ……離陸する!」

 

 俺がそう宣言したと同時。

 今や自らの『両足』となった後方の巨大なエンジンから、青白いプラズマのジェット噴射の炎が爆発的に噴き出した。

 

 ゴオォォォォォォォォンッ!!

 

 すさまじい轟音と、背中を座席に叩きつける強烈なG(重力加速度)。

 アフターバーナーの点火と同時に、機体は航空母艦のカタパルトの推力を得ずとも、まるで自らの足で大地を力強く蹴り出すかのように、爆発的な推進力で甲板を一気に前進した。

 それは、重い鉄の塊を飛ばしているという感覚ではない。まるで少年時代に自転車のペダルを立ち漕ぎして駆け出した時のように――機体が羽のように軽く、自由意志のままに空へと飛び出していく感覚。

 

 俺の意識と完全に同化した黒い戦闘機は、滑走路の端を力強く蹴り上げ、見渡す限りの青空と、眼下に広がる果てしない雲海の中へと、一筋の黒い弾丸となって飛び立っていった。

 

「ヒャッホォォォォウッ!!」

 

 雲海を突き抜け、コバルトブルーの成層圏へと踊り出た瞬間。俺は堪えきれずに歓喜の雄叫びを上げた。

 

 なんだこれは。最高すぎる。

 

 右へ、左へ。俺が「そうしたい」とイメージしただけで、機体は空力限界を完全に無視したかのような異常な反応速度でロールし、ピッチを上げる。

 機体が重い金属でできているという感覚は完全に消失していた。まるで、俺自身に鋼鉄の翼が生え、無限の空を自由に跳び回っているような、強烈で圧倒的な『爽快感』。

 

「たまんねえな、ジョシュア! こいつは戦闘機(マシン)なんかじゃない! 俺の新しい『身体』そのものだ!」

 

『オイオイ、あんまりはしゃぎすぎるなよレオン!

 バイタルモニターの心拍数が跳ね上がってるぞ!

 一応テストフライトなんだから、指定された機動プロトコルに沿って……ああっ、馬鹿、そこで急減速からのコブラ機動なんかやったらフレームが……!』

 

 管制室で悲鳴を上げるジョシュアを無視して、俺は高度3万フィートの空域で、狂ったように機体を躍らせた。

 垂直上昇からのストールターン、スロットルを絞っての木の葉落とし。

 通常ならパイロットがブラックアウトして機体が空中分解するような殺人的なGと無茶な機動を、この『IZUMO』システムと謎の古代遺跡製フレームは、微かな軋み音一つ立てずに完璧にこなしてみせる。病みつきになりそうなほどの全能感が、俺の神経を駆け巡っていた。

 

「ハハハッ! 心配すんな、コイツは俺の手足だぜ? 自分がどう動けばどこが痛むかくらい、感覚でわか――」

 

 その時だった。

 

『……っ? おいレオン、レーダーに妙な反応が……いや、消えた? なんだ今のゴースト……』

 

 ジョシュアの訝しげな声が無線に混じった。

 俺も、自身の「眼」とも言えるレーダーのAR表示に、一瞬だけ奇妙なノイズが奔ったのを感じ取っていた。

 

「ゴースト? おいおい、システムのエラーか? それとも最新鋭のレーダー網に引っかからないステルス機でも飛んでるってのか?」

 

『いや……ちがう。高度が、おかしい。熱源反応は成層圏外……宇宙空間から、こっちに向かって落下してきてる……!』

 

 管制室のジョシュアの声が、徐々に焦燥を帯びていく。

 当然だ。この空域は、アメリカ軍の誇る最高精度の早期警戒網が敷かれている。それが、大気圏外から侵入する「何か」を、突入の直前まで全く探知できなかったというのだ。

 まるで、その落下物が、地球の監視網を『意志を持って』掻い潜ってきたかのように。

 

『熱源拡大! 質量、通常隕石の比じゃない!

 レオン、回避しろ! そいつはお前の真上に――!』

 

 ――後になってアイツ(ヤマト)から聞いた話では。

 この時、俺の頭上に落下してきたのは、決してただの偶然ではなく、最悪のバグが重なり合った『必然』だったらしい。

 

 霊子(サイコ・パーティクル)。シェイプシフターたちが、その身に血液のように纏っている仮想粒子のエネルギーライン。

 恒星間移動によって半ば休眠状態にあったヤマトの突入軌道を制御する『自動航行システム』は、大気圏突入の際、二つの相反する原理の板挟みになっていた。

 一つは、『可能な限り地球知性体のあらゆる監視システムから逃れるよう航路をとる』こと。

 そしてもう一つが、『自分たちとは異なる霊子の血脈を纏った同胞(帝国軍)の存在をキャッチした場合、その影響下から離脱する』こと。

 

 しかし、運の悪いことに。

 俺がたった今、意味不明な祝詞を読み上げて起動したばかりのこの『IZUMO』システムは、ヤマトたちと同じ古代の超技術の産物であり、起動と同時に凄まじい『霊子の波長』を宇宙空間に向けて放ち始めていたのだ。

 ヤマトの自動航行システムから見れば、それは『いきなり直下の地球上空に、正体不明の同胞が突然現れ、こちらをロックオンして追ってきている』という、異常極まりない緊急事態として誤認されてしまった。

 

 監視網を避けつつ、眼下から迫る未知の霊子の脅威を排除しなければならない。

 追い詰められた自動航行システムが弾き出した、最も合理的でたった一つのアンサー。

 

 ――それが、敵の可能性がある相手(俺の戦闘機)に対する、質量を使った直接的な『撃墜行動(カミカゼ)』だったというわけだ。

 

 ドゴォォォォォォォォンッ!!!

 

 すさまじい衝撃と、右半身が丸ごと消し飛んだかのような『激痛』。

 それで、一瞬俺の頭は真っ白になった。

 何かが真上から機体にぶつかり、それによって機体の右翼が、文字通り根元からごっそりと持っていかれたのだ。

 機体と神経が同期している俺には、それが自身の右腕を強引に引きちぎられたのと同じ激痛としてダイレクトにフィードバックされた。

 

「――っ、っぐ、があああぁぁぁっ!!? 痛え! 痛えぞ畜生!!」

 

 ピーーッ! ピーーッ!

 

 HMDの画面が真っ赤に染まり、致命的なアラートが頭蓋骨を直接叩くように鳴り響く。

 その音で即座に意識を覚醒させた俺は、錐揉み回転して落下していく機体を何とか滑空して抑えなければと、半ば本能的な行動をとっていた。

 

 残る左翼のフラップを全開にして強引に旋回し、空気の摩擦で残った左翼までもがもげてしまわないように、極限まで慎重に動かす。

 羽を伸ばしながら、出来る限り安全に滑空しようと姿勢を整える。

 しかし――。

 

「糞っ、糞糞糞っ! 駄目だ、速度が落ちねえ!?」

 

 機体はバランスを完全に喪失し、無情にも高度を急激に下げていく。

 

『レオン! レオン少尉! 何があった、応答しろ!』

 

「うるっせえ! 何かがぶつかって右翼がもげた! とにかく何処かに緊急着陸しねえと……!」

 

『ぎゃああぁぁあおおっ!!』

 

 ジョシュアの悲鳴じみた声に応えようとした、その時だった。

 俺の無線通信を物理的に遮るように、空気を震わせる巨大な金属の『鳴き声』が、真上の上空から響き渡ったのだ。

 

「なんだ!?」

 

 キャノピー越しに見上げると、そこには信じられない物体が存在していた。

 それは、一見するとジャガイモのように歪な、巨大な隕石のように見えた。しかし、その後方からは明らかに生物的な動きで複数制御された青白いバーニアが噴射されており、どう見ても『人工物』であることは明らかだった。

 

 次の瞬間。

 その巨大な隕石が、空中でバクンッ!と真っ二つに裂けた。

 

 ギゴガゴゴ……ギャキリリリッ、ガキンッ、ギャコォォンッ!

 

 不気味で複雑な金属的な駆動音を立てながら、俺の頭上で、それは大きく形を変えた。

 現れたのは――赤、青、白のトリコロールカラーの重厚な外装を備え、巨大な鋼鉄の翼を広げた、馬鹿みたいにデカい『金属の飛竜』だったのだ。

 

『ぎゃぉおおおおおあああっ!!』

 

 飛竜は、青い瞳を光らせて、俺に向かって何かを必死にがなり立ててきた。

 ――後になって聞けば、アイツはあの時。

 

(大丈夫か!? すまない、安全着陸できるよう私も同行する!)

 

 と、大方そんな親切なことを言いたかったらしいのだが。生憎、あいつはせっかく地球の言語(英語)をネット経由で学習してきていたくせに、テンパってシェイプシフターの言語(ただの怪物の咆哮)で叫んでしまったのだ。

 

 そんな事情を知る由もない俺は、愛機を半壊させられた上に、完全に未知のエイリアンに襲われてパニックになった、ただの一般市民と成り果てていた。

 

「う、うわっああああ! 来るな、来るな化け物ぉッ!!」

 

 俺は残った左翼とスラスターを強引に吹かし、飛竜から必死に逃げようとした。

 すると、飛竜は俺の機体を追いかけながら、さらに慌てた様子で叫び始めた。

 

『ぎゃお!? ぎぎゃああ!!』

(ぬぅ!? 待て、お嬢さん! 君の母艦はあちらだろう! 何処へ行く、待て、その速度を出せば着陸に耐え切れないぞ!)

 

 そう。彼らシェイプシフターの生態系において、「男は機龍(ドラゴン)、女は飛行機を含むビークル」に変形する。

 だからあの時、ヤマトの目から見れば、俺の乗っている最新鋭の戦闘機は『か弱い女の子(お嬢さん)』に見えていたのだ。

 そんな絶望的なすれ違いの会話(?)を交わしつつ、俺はとにかく全力で逃げることを優先し、壊れかけの機体で空飛ぶ鉄のトカゲと、決死のエアチェイスを繰り広げた。

 

 しかし、限界はすぐにやってきた。

 空母の在留位置から遠く離れた、中東の砂漠のど真ん中の上空で――右翼を失った最新鋭機は、ついに無理な機動に耐えきれず、空中で木っ端微塵に分解したのだ。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 俺は間一髪で射出座席(イジェクト)を作動させ、空中に放り出された。

 パラシュートが開き、安堵したのも束の間。

 

 ガシッ!

 巨大な鋼鉄の手が、俺のパラシュートの紐をフワリと、しかし力強く掴み取った。

 

「あああああぁぁぁっ……食われる! 食われるゥゥゥッ!!」

 

 俺は生きた心地もしないまま空中でジタバタと暴れ回ったが。

 エイリアン(ヤマト)は、暴れる俺を巨大な手で大切そうに包み込みながら、そのままゆっくりと、静かな中東の砂漠のド真ん中へと、驚くほど優しく降ろしてくれたのだった。

 

 ズスンッ。

 

 足の裏が、ふかふかとした砂漠の砂を踏みしめた。

 だが、安堵している余裕など1ミリもない。

 俺は着地するや否や、パラシュートのハーネスを乱暴に外し、パイロットスーツのホルスターからサバイバル用のハンドガンを素早く引き抜いた。

 

「来るなら来い、化け物ぉッ!! アメリカ空軍を舐めんな!!」

 

 震える両腕で銃を構え、見上げるほどの巨躯を誇る鋼鉄の飛龍へと銃口を向ける。

 俺を地上に降ろしたエイリアンは、こちらを食い殺そうと巨大な顎を開き――。

 

『M-M-Ma……Wait! 待テ、地球人。私ハ、敵デハナイ』

 

 突然、ギシギシとノイズの混じった、ひどくたどたどしい『英語』が、その巨大な龍の口から発せられたのだ。

 俺は信じられないものを見るように、思わず銃を構えたまま目を見開いた。

 

「え……い、英語……?」

 

 俺の混乱をよそに、飛龍はそれ以上こちらを刺激しないようにと、そろり、そろりと巨大な脚で数歩後ろへと後ずさりした。

 そして。

 

 ギゴガゴゴ……ガシャァンッ!!

 ギャキリリリッ、シャコンッ!!

 

 巨大な飛龍の装甲が、目の前で複雑に割れ、スライドし、回転し始めた。

 翼が背中へと折りたたまれ、龍の首が胸部へと収納され、代わりに滑らかな人型のフレームがせり出してくる。

 数十秒の緻密で圧倒的な変形(シェイプシフト)の末に、砂漠の熱い風の中に立ち上がったのは――赤、青、白のヒロイックなカラーリングを身に纏い、凛々しいフェイスマスクを備えた『鋼鉄の巨人(ロボット)』だった。

 

「……は?」

 

 あまりにも想定外な、そして男心を絶妙に刺激する超絶ギミックの変形を目の当たりにして。

 俺はポカンと口を開け、完全に絶句してしまった。

 

「最近のロボットは……宇宙から堕ちて来るのか……?」

 

 構えていた銃の銃口が、思わずだらりと下がる。

 

「いや……ひょっとして、日本製(メイド・イン・ジャパン)か……?」

 

 自分のルーツの国が作り出しそうなアニメチックなデザインに、混乱と皮肉が入り混じった疑問が思わず口をついて出た。

 それでも、俺は再び気を引き締め、ブルブルと震える手でハンドガンをしっかりと構え直し、決して鋼の巨人から銃口を逸らそうとはしなかった。

 

『……』

 

 一方。

 ロボットモードに変形したヤマトは、眼下で自分のような巨体を前にしてもなお、豆鉄砲のような武器を構えて徹底抗戦の構えを崩さない俺の姿を、巨大な青い瞳で静かに見下ろしていた。

 

 (なんて警戒心の強い……。だが、この圧倒的な戦力差を前にしても決して諦めず、生きようとする執念。これこそが素晴らしい『知性』の証だ)

 

 ヤマトは内心でそんなひどくズレた感心を覚えながら、どうコミュニケーションを取るべきかと悩んでいた。

 ――その時だった。

 

 ズドンッ!!

 

 突如、強烈な衝撃と耳をつんざくような爆発音が、俺とヤマトの中間の地面を穿ち、凄まじい砂煙が舞い上がった。

 

「ぐあぁぁぁっ!?」

 

 爆風と衝撃波の直撃を受け、俺の身体は砂丘の上へと見事に吹き飛ばされた。

 受け身を取る余裕すらなく、下り坂の斜面を数回、ゴロゴロと無様に後ろへ転がり落ちていく。

 

『その粗末な銃器(オモチャ)が効くとはとても思えないが、司令官に銃口を向けるのを辞めろ。炭素生命体が……』

 

 キィィィィン……バサァッ!

 

 土煙が晴れた空から、ジェット噴射の排気音と金属の翼をはためかせる駆動音を響かせて、新たな『機械の巨人』が着地した。

 ヤマトよりも一回り小さく、細身で鋭角的な緑色の装甲を持ったその戦士は、巨大な翼を広げたまま、いかにも地球人を見下すような傲慢な口ぶりで言い放った。

 その手には、先ほど俺を吹き飛ばしたであろう長大なライフルが携えられている。

 

「シトリー、やめろ!」

 

 ヤマトがすぐさま前に出て、その緑色の戦士を鋭く叱責した。

 

「これは、完全に私の失態だ! 地球人とのファーストコンタクトを、これ以上悪いものにしてはならない! お前はヤガーと共に周囲の空域を偵察しろ!」

 

『……っは、司令官はお優しい』

 

 シトリーと呼ばれた緑の戦士は、ヤマトの叱責を鼻で笑い飛ばすように肩をすくめた。

 そして。

 

 ガン! ゴン、ギンッ!

 

 三段階の淀みない金属音を鳴らし、シトリーの身体が瞬時に折りたたまれ、長大なライフルから変形した巨大な嘴(くちばし)を持つ、金属の『プテラノドン』へと姿を変えたのだ。

 

『ギャァァアアアッ!』

 

 耳を劈くような雄叫びを上げながら、プテラノドンは再び空へと飛び立ち、砂漠の夜空へと消えていった。

 

「ゲホッ、ゴホッ……な、何なんだアイツは……っ!」

 

 俺が口の中の砂を吐き出しながら、ようやく上半身を起こした時。

 砂漠のあちこちから、さらなる轟音が鳴り響き始めた。

 

 ドォォォォンッ! ズズンッ!

 

「旦那ぁ! この惑星、美女(ビークル)だらけだぜぇ!? 何か、全然喋んねえけどな!」

 

 砂丘の向こうから、ワイバーンのような深紅の機体で猛スピードで滑空し、砂を巻き上げて参上したのはベンザイアだった。

 メス=ビークルという彼らの生態の常識から、地球の駐車場や道路を走る車をすべて「絶世の美女」だと勘違いして歓喜しているのだ。

 

「がぁっはっはっは! 災難だったな、小僧!」

 

 さらに反対側からは、体のあちこちから青白い火花を散らしながら、重傷を負った巨大なトリケラトプス型の黒龍――オヅマが、重い足音を響かせながら歩み寄ってきた。

 

 瞬く間に、巨大な機械のバケモノたちによって、俺の周囲は完全に包囲されてしまった。

 

「な、何だよ……。何だってんだよ、お前ら……!!」

 

 俺は恐怖で足が竦みそうになるのを必死に抑え込み、狼狽えながらもなんとか立ち上がった。

 そして、囲む巨人たち一人一人に対して、意味がないと分かっていながらも、震える手でハンドガンの銃口を向けながら見回した。

 

 多勢に無勢。完全に終わった。

 俺がそう絶望しかけた、次の瞬間。

 

 ――ガシャン。

 

 鋼鉄の勇者、司令官ヤマトが。

 ちっぽけで無力な炭素生命体である俺の目の前で、音を立ててゆっくりと『片膝』を突いたのだ。

 

「え……?」

 

 そしてヤマトは、その巨大な頭部を俺の目線の高さまで深く下げると、重々しく、しかし真摯な響きを帯びた声で口を開いた。

 

「驚かせてすまない。だが、聞いてくれ、地球人」

 

 ヤマトの青い瞳が、俺の眼を真っ直ぐに射抜いた。

 

「この惑星に、かつてない危機が……ゼロムード帝国の魔の手が、近づきつつある。……この惑星の人類に、我々ネオンワンスは『警告』しに来たのだ……!」

 

 見上げるほどの巨大なエイリアンが。

 俺の小さな命を脅かすどころか、星の危機を伝え、対等な知性として真摯に語りかけてきた。

 

 これが。

 俺たち地球人と、鋼の巨人『シェイプシフター』との。

 硝煙と砂埃にまみれた、衝撃的すぎるファーストコンタクトの始まりだった。

 

 

 

 




次回予告

ベンザイア「いやいやいや待て待てよ!」

ヤマト「何だベンザイア今いいところなのに」

モルガン「そうですよぉ科学の発達した地球、その地球人でさえも解析困難な古代のシステム、そして異星人との遭遇、燃えますねぇ……♡」

ベンザイア「当たり前みたいにスルーしてるけどメイドは普通ハッキング戦しねえんだよ!
二話で当たり前のように思考通信しだしてた時点で嫌な予感はしてたけど、おしゃれなブローチを電脳素子にすんじゃねぇ!
唯一常識人だと思ってたイザベラまでんなサイバーパンクしだしたら一体だれがまともなメイドやればいいんだよ!」

オヅマ「ベンちゃんがやればぁ?」

ヤマト「次回『リベンジ』、カタールの悲劇でオヅマを喪った我々のリベンジが始まる……!」

オヅマ「がんばえー」

ベンザイア「なるか……本物のメイドってやつに!」
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