オーバーロード 希死念慮を持つ御方   作:0806

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部屋が、変わっていく


一.翌朝の会議

 

 翌朝、アルベドが再度、守護者とペストーニャを集めた。

 議題は一つだった。

 

「しとろん様の部屋の安全対策を、強化します」

 

 誰も反対しなかった。

 デミウルゴスが口を開いた。

 

「具体的には」

 

「ペストーニャから、提案があります」

 

 ペストーニャが静かに言った。

 

「まず——部屋の中に、映像を記録できる魔道具を設置します。死角をなくすために、複数箇所にですわん」

 

「しとろん様が嫌がるのでは」

 

「はい。だから——事前に、しとろん様に伝えます。隠してつけることはしませんわん」

 

「次に」

 

「声を拾える魔道具も設置します。夜中に、声が変わった時にすぐ気づけるようにですわん」

 

「他には」

 

「部屋の中にある——鋭利なもの、刺さるもの、傷つけるために使えるものを、撤去しますわん」

 

「たとえば」

 

「カレンダーの押しピン。メモ用の羽ペン。小さな文具類。窓の留め具も、確認しますわん」

 

 デミウルゴスは少し間を置いた。

 

「……しとろん様が、生活しにくくなりませんか」

 

「なります。それは——申し訳ないと思っています。でも——今は、安全を優先しなければならないのですわん」

 

「他には」

 

「就寝前に——ボディチェックをします。刃物など、持ち込んでいないかの確認ですわん」

 

 静寂が落ちた。

 アウラが小さく言った。

 

「……しとろん様は、どう思うのかな」

 

「つらいと思います」

 

 ペストーニャは静かに続けた。

 

「でも——毛布の中で、計算して隠していた。それが昨夜の現実でございます。それに対して、私たちができることを——しなければならないのでございますわん」

 


二.しとろんへ

 

 モモンガとペストーニャが、しとろんの部屋を訪れた。

 しとろんはベッドの端に座っていた。

 ミトンをはめたまま。

 

「しとろんさん」

 

「……なに」

 

「今日から——部屋をいくつか変えることになりました。先に、全部話します」

 

 しとろんは少し身構えた。

 

「……うん」

 

 モモンガが、一つずつ告げた。

 映像魔道具の設置。

 集音魔道具の設置。

 部屋から撤去するものの一覧。

 就寝前のボディチェック。

 しとろんは——黙って聞いた。

 途中で何も言わなかった。

 最後まで、黙っていた。

 モモンガが言い終わった後、長い沈黙があった。

 

「……全部、私のせいで」

 

「そうですね」

 

 モモンガは誤魔化さなかった。

 

「昨夜、毛布の中で——計算して隠しました。それへの対応です」

 

「……うん」

 

「嫌ですか」

 

「……嫌だよ」

 

「そうですよね」

 

「……でも」

 

 しとろんは自分のミトンをはめた手を見た。

 

「……自分で止められないなら、仕方ない。昨日もそう思った。……全部、していいよ。嫌だけど——仕方ない」

 


三.部屋が変わっていく

 

 その日の午後、作業が始まった。

 しとろんは部屋の隅に座って——それを見ていた。

 まず、映像魔道具が設置された。

 部屋の四隅に、小さなものが一つずつ。

 死角がなくなるように、角度を調整して。

 セバスが、しとろんに説明した。

 

「この魔道具は——常時記録しています。担当者が確認できる仕組みになっています」

 

「……ベッドの中も?」

 

「はい。毛布を被っていても——輪郭は見えます」

 

 しとろんは少し間を置いた。

 

「……昨夜みたいなことは、できなくなるんだね。……そのための、魔道具だから」

 

「はい」

 

 しとろんは魔道具を見た。

 何も言わなかった。

 

 次に、集音魔道具が設置された。

 天井の近くに、目立たない形で。

 

「声の変化を——拾います。夜中に異常があれば、担当者にすぐ伝わります」

 

「……息遣いも聞こえる?」

 

「はい」

 

「……呼吸が乱れたら、わかる?」

 

「はい」

 

 しとろんは天井を見た。

 

「……昨夜みたいに、黙ってしていたら——呼吸が変わるかもしれないから」

 

「……そのための魔道具でもあります」

 

「……そっか」

 

 撤去が始まったのは、夕方だった。

 フォスが、丁寧に一つずつ確認しながら持ち出した。

 カレンダーの押しピン。

 メモ用の羽ペン。

 小さな文具類。

 窓の留め具も、形状を確認した。

 しとろんは——それを、黙って見ていた。

 カレンダーの押しピンが、袋に入れられた時。

 

「……あれ、マーレがくれたカレンダーのやつ」

 

「はい。カレンダー自体は——残します。ピンだけ、外します」

 

「……そっか」

 

 羽ペンが持ち出された時。

 

「……インクリメントがくれたやつだったのに」

 

「……はい」

 

 フォスは少し、手を止めた。

 

「しとろん様、後で——ペンの代わりになるものを、探します。安全な形状のものを」

 

「……うん」

 

「カレンダーも——ピンなしで、別の方法で貼れるようにします」

 

「……ありがとう」

 

 しとろんは——また、俯いた。

 

「……自分がいるから、部屋が変わっていく。……自分のせいで、みんなが手間をかける」

 

「……しとろん様がいてくれるから、手間をかけているんです」

 

「……どう違うの」

 

「……いてくれるから、です。いなくなってほしくないから、です」

 

 しとろんは——何も言えなかった。

 


四.ボディチェック

 

 夜になった。

 就寝前の時間。

 担当はセバスだった。

 

「しとろん様、就寝前の確認をしてもよいですか」

 

「……うん」

 

 セバスが、静かに近づいた。

 

「……衣の上から、確認します。痛みがあれば、言ってください」

 

「……うん」

 

 セバスは丁寧に、でも確実に——確認した。

 衣の上から。

 袖の中。

 ミトンの中。

 しとろんは——立ったまま、それを受けていた。

 何も言わなかった。

 表情が、なかった。

 セバスが確認を終えた。

 

「……何もございませんでした」

 

「……うん」

 

「お疲れ様でございました」

 

 しとろんはベッドに座った。

 

「……セバス。……これ、毎日するの?」

 

「はい。就寝前に」

 

「……ずっと?」

 

「……状況を見ながら、ペストーニャが判断します」

 

 しとろんは少し間を置いた。

 

「……毎日、ボディチェックをされる人間になったんだね、私」

 

「……しとろん様」

 

「嫌だとか、やめてほしいとかじゃない。ただ——そういう人間に、なったんだなって」

 

「……今がそうだというだけで、ずっとではないかもしれません。……ペストーニャは、そう言っていました」

 

 しとろんは天井を見た。

 四隅に、魔道具が光っていた。

 

「……見られてる……聞かれてる……ボディチェックもされる……ミトンもしてる」

 

「はい」

 

「……全部、私のせいで」

 

「……しとろん様がいてくれるための、対策でございます」

 

 しとろんは——また、黙った。

 


五.夜中に

 

 シズが担当になった。

 部屋の隅に座って、静かにいた。

 しとろんはベッドに横になっていた。

 目が開いていた。

 

「シズ。……部屋、変わったね」

 

「……はい」

 

「……魔道具、見える?」

 

「……見えます」

 

「……なんか、自分の部屋じゃない感じがする」

 

「……そうですか」

 

「……でも、自分のせいでこうなったから——文句は言えない」

 

「……文句を言ってもいいと思います」

 

 しとろんが少し、シズを見た。

 

「……言っていいの?」

 

「……嫌なものは、嫌と言っていいと思います」

 

「……嫌だよ。全部、嫌だよ」

 

「……はい」

 

「……でも、仕方ないのも、わかってる」

 

「……はい」

 

「……嫌で、仕方ない。両方、ある」

 

「……はい。両方あっていいと思います」

 

 しとろんは目を閉じた。

 

「……シズ。今夜——傷つけようとしても、できないんだよね」

 

「……はい。魔道具が、見ています」

 

「……ミトンもしてる」

 

「……はい」

 

「……それが——今夜は、少し、助かってる」

 

「……そうですか」

 

「……自分で止められないから——止められてることが、助かってる。情けないけど」

 

「……情けなくないです」

 

「……シズは毎回そう言う」

 

「……毎回、本当のことだからです」

 

 しとろんはしばらく黙っていた。

 天井の魔道具を見た。

 見られている。

 聞かれている。

 止められている。

 それが——今夜は、嫌で。

 でも——助かっていた。

 両方が、同時にあった。

 

「……おやすみ、シズ」

 

「……おやすみなさいませ」

 

 シズは動かなかった。

 朝まで——そこにいた。

 魔道具は、静かに記録し続けた。

 フェンは、ベッドの横で伏せていた。

 しとろんは——今夜、傷をつけなかった。

 つけられなかった、という方が正確だった。

 でも。

 今夜は——つけなかった。

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