オーバーロード 希死念慮を持つ御方   作:0806

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モモンガと、何もない午後


一.珍しい訪問者

 

 ノックの音が、いつもと違った。

 フォスでも、アウラでもない。重さが違う。

 

「どうぞ」

 

 扉を開けたのは、モモンガだった。

 しとろんは少し目を丸くした。

 

「モモンガが来るの、珍しいね」

 

「……たまには、いいでしょう?」

 

 モモンガは少し居心地悪そうに立っていた。

 しとろんは少し笑った。

 

「入りなよ」

 

「お邪魔しますね」

 

 モモンガが部屋に入ってきた。広い部屋が、すこし狭くなった気がした。

 


二.何もしない時間

 

 二人でソファに座った。

 お茶はなかった。何も用意していなかった。

 モモンガは少し手持ち無沙汰そうだった。

 

「何か、用事があったの?」

 

「いや……特には」

 

「特には?」

 

「顔を見に来ました」

 

 しとろんは少し間を置いた。

 

「セバスみたいなこと言う」

 

「そうですか?」

 

「この前も同じこと言ってた。顔を見に来た、って」

 

 モモンガは少し黙った。

 

「……悪いですか」

 

「悪くない」

 

 しとろんはソファの背もたれに寄りかかった。

 

「最近、どう? モモンガは」

 

「私のことですか?」

 

「うん。いつも私のことばかり聞かれるから、たまにはモモンガのことが聞きたい」

 

 モモンガは少し考えた。

 

「……忙しいですね。ナザリックの運営は、やることが尽きません」

 

「大変だね」

 

「まあ……慣れました」

 

「慣れてるの? 本当に?」

 

 モモンガは少し間を置いた。

 

「……慣れたと思っています」

 

「思っているだけかもしれない、ってこと?」

 

「あなたは、鋭いですね」

 

 しとろんは小さく笑った。

 

「一緒だよ。私も、よくなったと思っていても——本当によくなったかどうか、わからない時がある」

 

「そうですか」

 

「でも——思っていることは、本当のことでもある」

 

 モモンガは少し間を置いた。

 

「……そうですね」

 


三.昔の話

 

 しばらくして、モモンガがぽつりと言った。

「ユグドラシルの頃、あなたとよく話していましたね」

 

「うん」

 

「あの頃は——今より、気楽だった気がします」

 

「ゲームだったから?」

 

「それもあります。でも……皆がいたから、かもしれない」

 

 しとろんは窓の外を見た。

 

「四十一人、か」

 

「はい」

 

「今は二人だけ、この世界に来たんだね」

 

「そうですね」

 

 しとろんは少し間を置いた。

 

「……孤独だった? 私が来る前」

 

 モモンガは少し黙った。

 

「孤独、という感覚が正しいかどうかわからないです。アンデッドだから、感情が抑制されるし——でも」

 

「でも?」

 

「しとろんさんが来た時、何かが戻ってきた気がしました」

 

 しとろんは少し目を丸くした。

 

「何かって、何?」

 

「うまく言えないが……一人じゃないという感覚、かもしれません」

 

 しとろんはその言葉を、静かに飲み込んだ。

 

「……私も同じかもしれない」

 

「しとろんさんも?」

 

「この世界に来て、ずっと——中身と外側が合わない感じがして。孤独だった。でも」

 

「でも?」

 

「モモンガがいたから——完全に一人じゃなかった」

 

 モモンガは何も言わなかった。

 ただ、窓の外を見た。

 


四.何もない時間の続き

 

 しばらく、二人は黙っていた。

 悪い沈黙ではなかった。

 ユグドラシルの頃も、こういう時間があった。何もしないで、ただ同じ場所にいる時間。

 しとろんがぽつりと言った。

 

「モモンガ」

 

「なんですか」

 

「最近、消えたい気持ちが——前より遠くなってきた」

 

 モモンガは静かに聞いた。

 

「そうですか」

 

「まだ、完全になくなったわけじゃないけど。でも——遠くなってきた。それが、自分でもわかる」

 

 モモンガは少し間を置いた。

 

「それは……よかった」

 

 感情を抑制するアンデッドの体でも——その言葉には、確かな温度があった。

 

「モモンガのおかげでもあるよ」

 

「私は、大したことは——」

 

「来てくれるじゃない。こうして」

 

 しとろんはモモンガを見た。

 

「顔を見に来てくれる。それだけで——十分だよ」

 

 モモンガは何も言わなかった。

 でも、赤い視線が少しだけ——柔らかくなった。

 


五.帰り際

 

 しばらくして、モモンガが立ち上がった。

 

「そろそろ戻ります。執務がありますので」

 

「うん」

 

「……また来てもいいですか」

 

 しとろんは少し笑った。

 

「いつでも」

 

「特に用事がなくても?」

 

「用事がなくてもいい。顔を見に来るだけでいい」

 

 モモンガは少し間を置いた。

 

「……そうします」

 

 扉に向かいながら、一度だけ振り返った。

 

「しとろん」

 

「なに」

 

「……いてくれて、よかった。この世界に」

 

 しとろんは少し目を丸くした。

 返す言葉を探した。でも——うまく見つからなかった。

 だから、素直に言った。

 

「……モモンガも」

 

 モモンガは頷いて、扉を閉めた。

 

 一人になった部屋で、しとろんはしばらく扉を見ていた。

 右手が——動かなかった。

 左腕には——伸びなかった。

 いてくれて、よかった。

 その言葉が、静かに胸の中に残っていた。

 温かかった。

 今日は——それだけで、十分だった

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