最近は、煙草が吸える場所が少ない。歩きたばこも出来なくなった。コンビニの前の灰皿も消えつつある。喫煙者の私からすると厳しい話だ。なので、私は、よく個人経営の喫茶店へ行く。チェーン店は、煙草が吸える店でも、喫煙ブースのところが多いけど、個人経営なら、今でも机の上に灰皿が置いてあるところが多い。
昔よく行った街へ、久々に出かけた。当たり前だけど、この街には、私の行きつけだった喫茶店がある。珈琲も安くて、煙草が吸える。いい喫茶店だ。数年ぶりに入ってみた。店内は、煙草の煙で白く霞んでいた。そして、壁は黄ばんでいる。冷静に考えたら、白い煙なのに、壁が黄色くなるのは変な話だと思う。
とりあえず、一番安いブレンドを頼んだ。そして、煙草を咥え、火を付けた。今日はあまりに混んでいない。周りを見渡すと、客は男2人組だけのようだ。そんなことをを考えていると、珈琲が運ばれてきた。店員が、テーブルに珈琲を置いた後、砂糖とミルクも置こうとしたので、断った。珈琲は、真っ黒な方がおいしいのだ。
一口、珈琲をすすって、ぼーっと店内を眺めていると、男2人組のほうへ目線を向けた。片方の男は普通の恰好をしていたけど、もう片方の男は、セピア色のスーツ、いや背広にセピア色のシャツを着ていた。サングラスもセピア色。最近こういう、昭和レトロというのだろうか、そういう恰好が流行っている。
しかし、目の前の男の恰好は、写真の中だけの昭和だ。おそらく、茶色の背広は当時も着られていたのだろう。でも、そのシャツや靴下は本当に茶色だったのだろうか。
戦争中、白足袋は白旗を連想させて縁起が悪いとされていた。だから、茶色系の足袋が配給されていたと、祖母から聴いたことがある。しかし、戦後はどうだったのだろうか。おそらく、白色のシャツや靴下を身に付けていたのではなかろうか。
戦後しばらくはカラー写真なんてものはなかった。それこそ、写真と言えば、白黒か、セピア色だったのだろう。カラー写真が一般的になり始めた時代に取られた写真も、現像されてからもう、数十年経っている。極彩色の写真も、今では色褪せてセピア色になってしまっている。
スーツの男は、劣化したカラー写真から出てきたような作られた昭和の男。昭和を演出するために、セピア色を身にまとう。この男は、真に昭和が好きなのか、時のゆりかごが生み出した昭和が好きなのか。私には、よくわからない。
男の話に耳を傾ける。セダンはフェンダーミラーじゃなければならないと、普通の恰好をした男に力説していた。確かにフェンダーミラーは、後方確認がしやすい。だけど、男はそんな意図で言っているのではないのだろう。昭和という雰囲気を演出するためにフェンダーミラーにこだわっているのだろう。実際の昭和では、ドアミラーは最先端の装備だったはずだ。
結局セピア色の男が求めている昭和とはなんなのだろうか。私には分からない。私もレトロなものは好きなほうだ。彼氏というわけでは無いけど、知り合いに、無口な髭面の男が居る。無口だから、ドライブをしている時は、だいたいAMラジオを流している。雑音が入るのが面白くて好きだ。でも、AMラジオも、もうすぐ無くなるそうだ。雑音の少ない、FMラジオに統一されるのだ。
なんとなく、居心地が悪くなったので、店を出た。久しぶりに、あの喫茶店に行ったのに、なんだか気が重い。とりあえず喫煙所を探そう。そして、白色の煙を吸って、気分を変えよう。
最近、北関東へ引っ越しました。
地元を出る前によく行っていた喫茶店へ行ったときにふと思いついて、書いてみました。
読みにくい文章で申し訳ございません。