見えるものを見えるというと嫌な顔をされるのでいつも黙っていたが、流石に食われそうな場合は言ったほうが良かったのかもしれない。
私は友人を一人犠牲にして、そんな知見を得た。
私は鞄から包丁を取り出した。廃墟ならホームレスがいるかもしれないと持ってきたが、まさかお化けに使うことになるとは。
プラスチックの柄を強く握りしめる。一瞬迷う。いけるのか?
「いや、やる」
その呟きにお化けが振り向くよりも早く、私はお化けの腹に包丁を突き刺した。
「が、くぷ、こ」
お化けはつまった排水管のような音を出す。拙い、死んでない。ていうかお化けって死ぬのかな。
悠長にそんなことを考えていると、目の前で包丁の刺さった腹が裂ける。ずらりと牙の並んだ、二つ目の新しい口。
「クソ、が!」
床を蹴って間一髪避ける。バランスを崩して尻もちをつくが、追撃は来ない。見れば、お化けはのそのそとこちらに這ってきている。お化けは攻撃速度は速いが、移動速度は遅いようだった。
これなら、走って逃げられる。まだ生きてるかもしれない友人を置いて、逃げられる。
包丁は、お化けの前。
「クソがぁ……」
その時、お化けの向こう側に人影が見えた。
暗い廃墟で、スマートフォンの画面がその顔を照らしていた。
その顔は笑っていた。
「なるほどね」
そう言った私は何も分かっていなかった。だから、身体は勝手に動いた。
瞬間走り出す。
お化けはとろい。スライディングで包丁を回収し、眼前に伸びた手を切り払った。そのまま右手を後ろに回し、包丁を隠す。
人間は何かを構えた。あれは、拳銃か。
コートを翻して少し横に避け、包丁を胸の前に構える。
吠えるような銃声と金属音が体を貫く。
バキン。
「嘘だろ?」
その音より速く、大きく歪んだ包丁を捨てて、次を打たれる前に姿勢を低くする。
息を吸う。心臓が痛い。
男の目の前まで走り込んで、倒れるように床に手を、足を斜め上に蹴りだす。狙ったのは、銃を持っている方の手。
私は確かな手応え、足応えを感じ残心を取った。
……ガチャン。
運よく暴発せず、拳銃は床に転がった。見ても良く分からないが、たぶん自動拳銃という奴だった。
すぐさま銃を拾い、お化けに向けた。さっき試した通り、物理攻撃は通じる。
「バン」
木霊する銃声と硝煙を背に、弾丸はお化けの頭部を粉砕した。私は銃口に息を吹きかけた。
「これ、やって見たかったんだ」
私はその銃口をそのまま男に向けた。
「バン」
私には銃の才能があったらしい。弾丸は誠実に彼の左足を貫通した。
「さて、何から聞こうかな」
彼から聞いた話によると、今のようなお化けは呪霊というらしい。そして、今回の呪霊は彼が育てたものだったらしい。で、呪霊に殺された人間は帰ってこないらしい。
右足も撃ち抜かれた彼は、さらに教えてくれた。
呪霊を祓う呪術師というがあって、呪術師の組織があるらしい。呪いで呪いを祓えるのかとも思ったが、同じ原理で動いているからこそ祓えるのかもしれない。
呪術師はそれぞれ呪いの力を使って能力を発動させられるらしい。物を作りだしたり、超加速したり、千差万別らしい。
因みに、組織に所属していないと問答無用で呪詛師という離反者扱いで討伐対象。この男は呪詛師であり、私の判断は妥当だったようだ。
最後に、面白いことを教えてもらった。
縛り。リスクとリターン。その関係。
「ありがとう」
銃口と彼の眼が合う。
「縛りを一つ結ぶ。この一発を外したら、私は死ぬ」
バン。
私は新しい包丁を買って帰った。痛い出費だったけれど、もっと面白いものを手に入れた。
私はその後、何度も銃を使った。不思議なことに、弾はないのにいくらでも撃てた。代わりに、自分の中から何かがなくなっていく感覚があった。多分、これが呪力なんだろうと思った。
魔弾装術。私は自分の術式をそう名付けた。
不可視の弾丸を装填する術式。
跳弾し、必ず命中する魔弾と、普通の銃弾と同じ機能しか持たない通常弾を作り分けられる。
魔弾の方は、外すと死ぬ。
魔弾の射手、あるいは、八幡大菩薩に祈って作られた魔を祓う弾丸が元ネタだろう。
私はリュックに銃とフライパン三つを入れた。この重さにももう慣れてしまった。
「行こうか」
私は家を出た。
夜、道を歩いていると、マンションから邪悪な気配がした。
呪詛師を殺すのは私の役目だった。これ以上、友人のような犠牲者を出してはいけない。私は空き家や心霊スポットを渡り歩いた。だんだんと、呪詛師がいるかどうか分かるようになってきた。
幸いにも、鍵やアポがないと入れないタイプのマンションではなかった。かつかつと階段を上がり、三階。邪気は306号室から漏れ出していた。
扉に耳を当ててみる。
「――――」
「――――」
二人いる。
私はドアノブを握り、ゆっくりと回した。鍵はかかっていなかった。
リュックを床に置き、右手に銃を、左手にフライパンを装備する。
カウントダウン。
3、2、1。
がちゃり。
「なっ――」
「誰だ!」
バン。
乾いた音が空気を打つ。それと同時に部屋の右にいた方の男の頭が弾け飛んだ。
初手はもちろん通常弾。
「栗田!?」
「死ね」
バン。
二発目も通常弾。だが、男の頭部は無事なままだった。呪力が湧き立ち、男の姿が揺らめいて消える。どこに行った?
「クソッ!」
男は窓際に突然現れ、窓を突き破ってベランダに逃げ出した。そのまま柵を乗り越えて外に落下する。そういうことなら、こっちにもやりようはある。
魔弾装填。
割れた窓から私も外に出る。下から掬い上げるように、弾丸を放つ。
バン。
「がッ!?」
弾丸は柵の手すりで下に跳弾し、命中。私は死なない。
私は男を追って落下した。一度2階の柵に着地し、街灯に飛び移る。滑り下りながら男の姿を探すと、遠くに走っている姿が目に入った。
通常弾。
バン。
予想通り、弾丸は背中を貫くことなくアスファルトに穴を穿っただけだった。私は振り返って道の反対側を見た。先ほどまでいなかったはずの場所を男が走っていた。
やはり、幻覚系の術式だ。だが、追跡は簡単だと言うことが今分かった。
街灯から下り、地面をスマホで照らす。足元には点々と分かりやすい血痕が残っていた。私はその痕跡を辿って走り出した。
男は公園に佇んでいた。正確に言えば、薄暗い遊具の前で五十人の男が等間隔で佇んでいた。全く同じ呪力が同時に湧き上がる。私は銃を構えた。
「無駄なんだよ!」
声の方向に振り返ると同時にフライパンで男の攻撃を防ぐ。衝撃が、来ない。幻影だ。
視界が陰る。また後ろ。360°フライパンを薙ぎ払うが、またも幻影。
「プロ気取りが、後悔しても遅いぜ」
空気が、歪んだ。
いや、景色が細胞分裂を起こすように揺らめき、砂場から、すべり台の下から、ブランコの奥から、同じ破れた作務衣を着て、足から血を流す男が無数に湧き出してきた。
六十、七十、百人。暗い公園は瞬く間に男の群集で埋め尽くされた
何十という男たちが一斉にギラギラと油で濡れたようなナイフを抜き放つ。
「百分の一のクジ引きだ。お前の運を試してやるよ!」
私は小さく息を吐いた。
彼は私の射撃を、あくまで普通の飛び道具の延長としか捉えていない。大正解だ。私自身にこの銃以上の力はない。だから、私にできるのはこの銃の力を最大限引き出すことだけだ。
「私の術式は魔弾装術。呪力を用いて不可視の弾丸を弾倉に装填する術式。作ることが出来るのは、跳弾して必ず命中する魔弾と、普通の銃弾と同じ機能しか持たない通常弾の二つ」
「……は?」
迫りくる幻像たちが怪訝そうに立ち止まったのをいいことに、私は右手に持った古びた銃の安全装置をガチャリといじりながら言葉を続ける。
情報の開示。手の内を自らバラすことで縛りを強め、底上げを図る。
「私は魔弾を外すと死ぬ縛りを結んでいる」
冬の夜風が公園を通り過ぎる音がした。
「……は」
群衆を成す数十人の男たちの顔が一斉に綻んだ。
「運がいいなぁ! てめえが標的をしくじって幻影を撃ち抜いた瞬間、着弾の事実がないお前はペナルティで自爆して終わりってことだろ?」
「正解だ」
通常弾。
バン。
男の頭部が揺らめき、一人消える。
「何を」
呪力の消費が少ない。想定通りの挙動。
「てめえ」
一足で男の群れに近づき、フライパンをふるう。
「ああ、運が悪い」
また幻影だった。
そして、私の腕に赤い線が走り、つぷつぷと絵の具のような血があふれ出した。
「仕方ない」
「もう終わりなんだよ! お前は!」
そう叫ぶ男は逃げない。逃げられない。
これだけの幻影を出すのに、どれだけ呪力を使った? 本物と遜色ないクオリティなら、安くはない筈だ。
今逃げられても、血痕で追跡できる。
ここが正念場だ。
「魔弾装填」
私は数ある男の一人に銃口を向けた。男は焦る様子もない。
バン。
「当たる訳――」
バン。バン。バン。
「は」
バン。バン。バン。バン。バン。バン。バン。バン。バン。バン。
火薬の弾ける音が花火のように連続する。弾丸は高い金属音と破砕音を伴って、遊具や街灯で跳弾する。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン。
私の耳を、鼻を、瞼を掠めて銃弾は飛び交う。
男の幻影は次々と消えていき、対照的に地面に落ちる赤は次第に多くなる。
「ギッ!?」
無数の銃声と金属の弾く音が木霊する嵐の中、ただ一つだけ、生身の肉が引き裂かれた音が砂場の奥から噴出した。
膵臓を撃ち抜かれ、体勢を崩したのだ。男の足から溢れ出た赤い染みは、それまで公園中に撒き散らされた偽りの幻影の中では存在し得なかった決定的な事実、すなわち、本物だった。
「ぁあ、ああ、ありえない。なん、で、外れたのに死んでない! う、嘘を言ったのか!」
次々と跳弾して虚空へ消え去っていく凶弾に紛れながら、男はのたうち回り絶叫する。その瞬間、空間を埋め尽くしていた九十人余りの幻影の軍勢はぷつんと掻き消え、冬の静寂な夜気の中には血に塗れて這い蹲る彼だけが残された。
私は小さく息を吸い、焦げ臭い銃口を眉間に向けてカチャリと音を鳴らした。冷や汗で顔が冷たい。死の縛りの発動は──免れていた。
「嘘なんて言う訳ない、だろ」
初めから男は狙っていない。目的は、この公園を弾丸で埋め尽くすことだった。
仕組みは単純だった。魔弾の標的を別の魔弾に設定することで、たとえ幻影を貫いても跳弾の先で他の魔弾に衝突して縛りから逃れられる。
私は引き金に指を掛ける。
「ま、待ってくれ」
フライパンを男の手に振り下ろす。手ごたえがある。本物だ。
「縛り、縛りを結ぼう。もう二度とあの仕事には手を付けない。この街からも出ていく」
「それで?」
男は間抜け面を晒した。
「それでって」
「それで私に何のメリットがある?」
「え」
通常弾が弾倉に込められる。
「じゃあ」
プロットはもうできてる。
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