怪異探偵 千駄ヶ谷卓郎しか知らない世界 作:哀愁のガムテープ
鹿児島県 某所
2026年 五月九日 深夜
初夏を迎え、暖かさで目を覚ました虫たちの鳴き声が深い森の中に響き渡り、小さな合唱団のコンサートを深呼吸を繰り返し、両腕を開き閉眼したまま堪能する一人の男。
彼の名は
職業 探偵。
巨頭からの依頼
「べっぐしぃっ!!」
五月といえど、夜中の森は肌寒い。
豪快なくしゃみをかまし、鼻をすする。高身長で痩せ型。無造作に伸びボサボサになった髪は鳥の巣に似ている。
整った顔つきをしているが、目の下には隈があり不健康を絵に描いたようだ。
大きめな黒いポンチョをすっぽり被り、足首を絞ったこちらも黒いカーゴパンツ。パッと見ればコウモリの化け物と見違う格好だが、なぜか足元は素足で足袋のような足先が割れたゴムサンダルを履いている。
ちなみにサンダルも黒色だ。
彼は今、都市伝説で有名なとある村を訪れていた。
村の名は【巨頭オ】またの名を【巨頭村】
ネットの情報では、ある男が数年前に一人旅行で訪れた小さな村にあった旅館を思い出した。
心のこもったもてなしが印象的で、もう一度行ってみたいと強い思いにかられたらしい。
そして、男は記憶を頼りに旅館があった村に辿り着いたが…
そこには、頭が異常に大きい集団が突然ゾロゾロと現れ両腕をピタリと太ももに付け、頭を左右に激しく振りながら襲いかかってきた。
男は恐れおののき、命からがら逃げてきた。と言う体験談だ。
その村の入り口に今、千駄ヶ谷は立っている。
見渡せば廃村となった家々がボロボロの状態であちこちに残っている。
「ふむ。ここで間違いなさそうだ」
千駄ヶ谷は透き通った声で小さく呟きながら、胸元からペン型のライトを取り出し辺りを照らし確認する。恐怖心がないのか、躊躇することなく進み熱心に朽ちた家の中を照らし何かを探している様子だ。
すると…
「ごめんください。依頼を受けて参りました。千駄ヶ谷と申します」
あろうことか、ズカズカと崩れそうな一件の家に入ると律儀に挨拶を始めたのだ。
静まり返った家の中は荒れ果て、朽ちた床が所々抜け落ち、空き缶やペットボトル。誰かが不法投棄したのか、タイヤや一昔前の冷蔵庫や洗濯機など様々なゴミが埃を被り転がっている。
千駄ヶ谷は、直立不動で玄関に立ち返答を待つ。
少しの間があり…
ガサッガサッと家の周りから何かが蠢く音が聞こえてきた。その音は次第に増えていき、間違いなく千駄ヶ谷の入った家を囲むように近づいてくる。雲が途切れた月の光に照らされて、巨大な頭のシルエットが右へ左へ揺れる。その数が一つ。また一つと確実に個から集へと変化していく。
その時、枠だけとなった割れた窓ガラスの部分から大きな頭がヌッと現れた。
その顔は目の焦点が合っておらず、眼球は白く濁り
口をパクパクと開閉しながら、何かをブツブツ呟いている。
その隣にも後ろにも、大きな頭が現れ家の中を覗き込むように次々と増えていく。
「あ、どうも。遅くなり申し訳ない。探偵の千駄ヶ谷卓郎です」
千駄ヶ谷は深々と頭を下げ改めて挨拶をする。
その顔は穏やかで、怪異が目の前にいると言うのに
たじろぐ事もない。
「アッ…アア…グァ…」
目の前に現れた巨頭の一人が言葉にならない声を発する。怒っているのか。何かを訴えているのか。
「依頼人の方はどちらに?」
言葉が解ったのか解ってないのか、千駄ヶ谷は淡々と一方的に会話を進めていく。
「キテ…クレ…タン…デスネ…」
一人の巨頭が、カタコトの言葉を振り絞り苦しい表情を浮かべ千駄ヶ谷の前にヨロヨロと現れた。
よく見れば左右に揺れる頭を歯を食い縛り、力を込めて必死に止め我慢しているように見える。
「依頼人の方ですね?もちろん。来ますとも。お困りのようですね。改めてお話をお聞かせください」
千駄ヶ谷は汚れる事も厭わずその場に腰を下ろしあぐらをかいて座り込んだ。
彼がなぜ巨頭村を訪れる事になったのか
そしてなぜ、巨頭は千駄ヶ谷に依頼したのか…
それは二日前に遡る。