怪異探偵 千駄ヶ谷卓郎しか知らない世界 作:哀愁のガムテープ
千駄ヶ谷が巨頭村を訪ねた二日前
五月七日 am 9:20
東京都新宿区 高田馬場
高田馬場駅から西北側。風俗店や飲食店が軒を連ねる歓楽街『さかえ通り』昭和のノスタルジックな雰囲気を残した懐かしさ香る商店街の中に、ひっそりと建つ古い商業ビル。
その二階に、千駄ヶ谷探偵事務所は存在する。間取りは2DK。住居としても使っている。
事務所の主は、年季の入ったボロい革製ソファーから足を付き出し肘置きを枕代わりにしてアイマスクを装着した状態で爆睡していた。
イビキがかなりうるさい。テーブルの上で鳴り続けるアラームにも気づかない有り様だ。
そんな千駄ヶ谷の寝顔を、一人の少女とソファーの背もたれに座り込む一匹の猫が見下ろしていた。
この事務所に住まう不思議な同居人だ。
「どうする?頭…燃やしてみるか?」
少女がニヤけ顔で猫に話かけている。小学校低学年ほどの背丈で金髪のおかっぱ頭。上下セットのカラージャージが印象的だ。ちなみに、色は紫。
少女は座敷わらしの
「いや。燃やすのは得策ではない。臭いしな。やはり、水をぶっかけるのが最適じゃないか?」
ハスキーな声で喋り返すのは、オスのキジ猫。名前はテツオ。テツオは元々千駄ヶ谷が幼少期から飼っていた猫だったが、二十年以上生き長らえ最終的に死んだ後は化け猫となり怪異化してしまった。化け猫になってから急に喋れるようになったが、本人はさも当たり前のように流暢に話をする。
千駄ヶ谷もさほど驚きはしなかった。
行く宛もないので、そのまま探偵事務所に居着いてしまったらしい。
そして、さかえ通りにいる野良猫達とコミュニケーションを確立し、独自の情報網を構築。
迷子になった動物全般の捜索依頼があればテツオの担当となっている。
「亜子さんもテツオさんもイタズラしちゃダメですよぅ。卓郎さん疲れてらっしゃるんですからぁ」
どこからか蚊の羽音のような、か細く高い女の声が聴こえイタズラを相談する少女と猫を優しく弱々しく注意する。
声の主は、部屋の隅に置かれた本棚のすき間から、長い黒髪を垂れ流し薄いピンクのキャミソール姿で二人を静かに見つめていた。
彼女は、すき間女の
成仏する事も出来ず地縛霊と化し絶望していた所を千駄ヶ谷が見つけ保護しそれ以来、助けてもらった恩を返すべく事務所の本棚のすき間で千駄ヶ谷を細々とサポートしている。
この座敷わらし。化け猫。すき間女とモジャモジャ頭の3人プラス一匹で千駄ヶ谷探偵事務所は成り立っていた。
元来の好い人成分の強さが災いしたのか視えてしまう千駄ヶ谷の周りには、こうした困り事を秘めた怪異達が自ずと集まってしまうのだ。
「明星さんって、ほんっとに卓郎に甘いよね~」
「解き放って頂いた恩がありますからねぇ」
「こんな男に恩を感じた所で、見返りは少ないとオレは思うけどな」
二人と一匹はあれやこれやと会話に華を咲かせる
「よしっ!ほんじゃ!このアホをうちの必殺ビンタで叩き起こすとするかっ」
亜子は右手の骨をバキバキと鳴らす。遠慮する気持ちは皆無のようだ。
「亜子。殺すなよ。後で色々面倒だからな」
テツオもテンションが上がってきたのか、長い尻尾を忙しく右へ左へ振りまくる。
「ビンタくらいなら賛成です!爽快な気持ちで朝を迎えられますねぇ~。気持ちいいですよ~きっと」
明星も、どこか楽しげにすき間から事の成り行きを見守っている。大きなどんぐりのような瞳がへの字に変わる。笑っているようだ。
「お~い。亜子。お前。本気でビンタする気満々だろ。殺気が漏れてるよ」
ムクッと起き上がるモジャモジャ頭。どうやらいつの間にか起きていたようだ。
「んだよっ!!おもしろくねーなっ!もっかい寝ろ!ブッ飛ばしてやっから!」
「卓郎。空気読めよ。オレも朝から笑って過ごしたい」
「卓郎さん。おはようございますぅ」
こんな感じで探偵事務所の朝は賑やかに始まる。
千駄ヶ谷は少し迷惑な気持ちもあるが嫌いではないルーティンなのだ。
「よーし。朝礼やるぞー!」
アイマスクを剥ぎ取って顔を洗い、眠い目を擦りながら淹れたてのコーヒーを片手に千駄ヶ谷は事務所のメンバーに声をかける。すき間から出れない明星だが、彼女は専用のスマホを持っておりSNSで千駄ヶ谷探偵事務所のPR活動を行ったり、依頼主との面談調整。メール返信など雑務を一挙に担っている。
怪異なのにスマホが使えるのか疑問に思われるかもしれないが、元来怪異は電波に乗りポルターガイスト現象などを引き起こせるほど電気との関係は密だ。
古の妖怪ならいざ知らず。現代の怪異達は、環境適応能力に優れネットの中に蔓延り悪さを企てる
そして何より明星は生前、仕事柄自己プロデュースに長けていた為これしきの事は造作もなかった。
「じゃー。亜子。周辺パトロールの結果報告~」
はーいと亜子は元気よく千駄ヶ谷を叩こうとした右手を高々と上げる。
「さかえ通りを中心にした半径3キロの結界を壊された形跡と、悪霊チックな輩の侵入した形跡。共になし!あと、三丁目の廃寺に心スポ撮影しにきたYauTuberの集団が来てて、あそこ神様抜きしてねーじゃん?後々めんどくせー事になると思ったから機材道具一式ブッ壊して、ビビらせといた!その後どーなったかは知らん!うちからは以上」
千駄ヶ谷は、ふんふんと首を振りながらコーヒーを啜る。
「次、テツオ。迷子のオカメインコ。レイコちゃんの進捗状況~」
おう!と低い唸り声を上げ、テツオはひょいっとテーブルの上に陣取る
「レイコちゃんは現在、野良猫集団のブンタとタモツが捜索に当たっている。ハトやカラスに聴き込みしているが、アイツら性根が悪いからな。ガゼネタが多いみたいだ。あと先週迷子の依頼があったシャム猫のキューちゃんだが、ジェットとジャガー兄弟が無事発見。その日の内に保護し飼い主の家に届けた。報酬は後日振り込んでおくそうだ。これは明星に確認してもらいたい。卓郎。また労いのチュールをチームの皆に与えてほしい。マグロ味が良いそうだ」
明星は承知しましたと即座に反応する。千駄ヶ谷も、用意しておくよ。と片手を上げ会議を円滑に回していく。すると、それとな。っと呟きテツオの報告は続く。
「これは野良犬グループからのマユツバ情報だが隣街の文京区に【怪人赤マント】とか名乗る怪異が出たとかなんとか。被害の状況もさだかではないので、頭の片隅にでも留めておいてくれ。オレからは以上だ」
千駄ヶ谷はコーヒーを飲み干し、短く溜め息を吐く
「分かった。とりあえずレイコちゃんの捜索は継続。その怪人某は、情報が少なすぎるから保留にして何か分かれば随時報告してくれ」
テツオは分かったと呟きひょいっと机から降りる。ここで千駄ヶ谷の向かいに座り腕組みをして聴いていた亜子が口を開いた。
「その怪人赤なんたらは、怪異なのか?人間か?どっちにしろ事が起きたら、うちが先陣切って…」
ちょっと待てと千駄ヶ谷は、亜子の会話を途中で切る
「亜子。忘れたか?争いは御法度だ!俺の方針を護れないなら出ていってもらうぞ」
千駄ヶ谷の方針、それは闘わないことの誓い。どんな悪霊でも人を憎しみ呪いに駆られた者であろうとも千駄ヶ谷は決して力で捩じ伏せたりはしない。
事の発端を見つけ原因を探り、
最善を尽くし成仏させる事を信条にしている。根っからの好い人なのだ。
「ちぇっ!ジョーダンだよ」
亜子はあくびをして気まずい雰囲気を誤魔化す。千駄ヶ谷もそれ以上は追及せず、ボサボサの髪をポリポリ搔きながら落ち着きを取り戻そうとしていた。
「ふー。じゃ~明星さん。日程の再確認と新規のクライアントの有無~」
待ってました!とキレの良い返事をして、少しピリピリした空気を和ませる。
「本日はこの後、10時より町内会長さんが来られ来週のさかえ通り一斉清掃のご説明。10時30分頃、彼氏さんの浮気で非業の死を遂げられ怨霊となられた40代女性が来所され愚痴を聞いてほしいそうです。それから~神奈川県警戸塚警察署の轟警部補が卓郎さんへアポを取られてます」
轟警部補は、高田馬場一帯を管轄している戸塚警察署殺人捜査課のベテラン刑事であり千駄ヶ谷が探偵活動を始めた頃からの付き合いで、かれこれ三年近くになる。時に、神奈川周辺で起きる謎の怪事件や理解が追い付かない現象事案が発生するとフラッと千駄ヶ谷を訪ねて来るのだ。
「轟のおっさん。また、ときめき☆パパイヤのボンボンドロップシール買って来てくんねーかな」
亜子は最近巷で流行っているシール集めにハマっている。
「お前、俺の知らんところで物をねだるんじゃねーよ」
「まさか轟のおっさんも霊感持ちだなんてなー。最初会った時、見えてるぞこのガキっ!って凄まれた時はさすがにビビったのが懐かしいな」
亜子は物思いに耽り始めた。
「明星さん。ごめん脱線した。続けて」
「はい。これは、お伝えしようか迷ったのですが、イタズラも度々あるので…」
明星は少し躊躇しながらスマホを操作する
「構わないよ。イタズラならイタズラで困ってる訳じゃないんだから、何も無いって事で俺も安心だからね」
「卓郎よ~。お前好い人過ぎだぜ」
テツオがやれやれと言わんばかりに首を振る
「電話がかかってきてですね。見慣れない番号だったので録音したんですよぉ」
「明星さん!GJ!」
「亜子。それたぶん死語だぞ」
「うるせーよ化け猫」
「もうお前ら静かにしろ!明星さんそれで?」
「はい。これがその音声です。」
明星は、千駄ヶ谷にスマホを渡す。
「静かにしろよ。流すぞ」
千駄ヶ谷は赤い再生ボタンを押す
<もしもし。千駄ヶ谷探偵事務所でございます。>
電話の向こう側は外なのか風の吹く音がよく聴こえる
<もしもし…>
<もしもし…>
[タス…]
<はい?>
〔コロ…サ…ル…〕
<もしもし?>
[ウワサ…キ…タ…]
<噂?千駄ヶ谷の事でしょうか?>
[キョ…キョ…トウ…キテ…タス…テ]
<よく聴き取れないのですが。もう一度お願いします>
[キョ…ムラ…ミン…ナ…コロサ…ル。キョト…ムラ…キ…]
ここで、録音は終了した
「なんだこりゃ」
「来てって言ってるようにオレは聴こえるぞ」
「ですよねぇ。でもハッキリと場所が聞き取れなくて」
「巨頭村」
千駄ヶ谷はポツリと呟く。
「巨頭村の住人じゃないのかな?」
「はぁ?おいおい!九州くんだりまで行くってんじゃねーよな?」
「確か巨頭村は鹿児島の…」
テツオが目を瞑り思い出そうとしている。
「明星さん。轟さんには、また落ち着いたらこちらから連絡をすると伝えてくれ。テツオはここで捜査継続。亜子お前は俺と来い」
「飛行機か?」
「新幹線だよ!うちの金銭的状況ヤバいの知ってるだろ!?」
「亜子さんは、一般の方にはほぼ視えませんからねぇ。タダ乗り出来るじゃないですかぁ」
「6時間近く新幹線乗る事になるんだぞ!あーあー」
「お前を残したら、ろくな事にならん。強制だ」
「はいはい。分かったよ。スイッチ持っていこ」
こうして千駄ヶ谷と亜子は、その日の内に支度を整え東京駅から新幹線に長時間揺られること6時間強。
体がバキバキになりながら遠く九州鹿児島へ向かい、到着してからもレンタカーを借り巨頭村を目指し車を走らせビジネスホテルに宿を取り翌日、亜子は虫が苦手だから行かないとダダをこねた為、千駄ヶ谷は村を探しに山奥へ入り一度迷子になるも巨頭村へ無事到着し住民に出会い今に至るのだった。
そして、千駄ヶ谷は知る事になる。
巨頭達が恐れているモノの