怪異探偵 千駄ヶ谷卓郎しか知らない世界   作:哀愁のガムテープ

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「改めてお聞かせ下さい」

廃屋で座り込む千駄ヶ谷の周りには巨頭達が溢れ、振り子のように頭を動かしどっかり座る探偵を見下ろしている。何とも不思議な光景だ。
時刻は深夜三時を回り、丑三つ時に入った。山奥の森に覆われた夜空は、都会の忙しい喧騒の中で見る酷くくすんだ空とは比べ物にならないほど壮大だった。
漆黒のキャンバスに銀色の光輝く絵の具を散りばめたような綺麗な星たちが競うように広がり、時間の止まった荒れ果てた村を静かに照らす。
千駄ヶ谷は、会話が出来る巨頭が説明を始めるのを焦らず静かに待っていた。間もなく、一人の巨頭が前に進み出て苦悶の表情を浮かべポツポツと喋り始めた。先程の助けを求めてきた巨頭だ。





 

「コノ…ママ…コロサレ…マス…」

 

「お電話でもしきりに言われてましたね…誰に殺されるんです?心当たりは…」

 

「キテ…ミセル…ナカマ…シンダ」

 

言葉を話す巨頭は、そのままヨロヨロと玄関に向かい外に出る。他の巨頭達も先に出た巨頭をゾロゾロと追いかけ始めた。

千駄ヶ谷は少し呆気にとられるが、何も分からないままでは解決のしようがない。何を見せる気なのか罠ではあるまいか、少し不安になりながらも身構えながらムクりと立ち上がり最後尾の巨頭の後に続き廃屋を出た。揺れる大きな後頭部を眺めながら、月が照らす雑木林の舗装されていないボコボコの細い道を進んでいく。すると、目の前にさっきと同じような朽ち果てた廃屋がポツンと建っているのが見えてきた。

屋根や壁もなく骨格だけとなったみすぼらしいまでの小屋だ。

近づくにつれ、急に肉が腐ったような何とも言いがたい腐敗臭が風に乗り千駄ヶ谷の鼻腔をくすぐる。

 

「何の臭いだ…」

 

片手で鼻と口を咄嗟にふさぐ。しかし、指の間から捩じ込むような気持ちの悪い臭いが次から次に千駄ヶ谷を包み込むように襲いかかってくる。

 

「ココ…ミテ…」

 

誘われるように千駄ヶ谷は重くなった足を一歩ずつ恐る恐る進む。そこには乱雑に並べられ、息絶え骸と化した巨頭達が床が見えないほど敷き詰められ横たわっていた。

 

「なんだこれは…」

 

千駄ヶ谷は持ったままになっていたペンライトの淡い光を骸に向ける。

浮かび上がってきたのは、うつ伏せに倒れ大きな頭を半分近く抉り取られた死体だ。

歪な形に開いた頭部の穴からは脳が飛び出し、脳髄液と血液が混じり合ったものが外に流れ出て、血溜まりになっており亡骸には蛆が湧きハエがたかっている。

黄色い脂肪の固まりが傷口から滲み出ており、ライトの灯りを鈍く反射させる。たちまち強烈な刺激臭が千駄ヶ谷を襲う。目が痛くなり、たまらず後ずさりしてしまう。

他の死体も力任せに腹を裂かれ内蔵が飛び出した者や、手足が欠損している者。胴体が千切れ上半身の隣に下半身が置かれている者など。千駄ヶ谷は胃から込み上げてくる嘔吐感を何とか我慢していた。

胃液のすっぱい感覚が口の中に広がる。

 

「何が起きたんですか…」

 

かろうじて口にした言葉に巨頭は短く答えた

 

「バケ…モノ…キタ…ナンド…モ」

 

化け物。そう聞こえた。だが、なぜ巨頭達を襲う?

理由は?死体の損壊具合を考えると、どこか弄んだようにも見える。悪意のない無邪気な子供がおもちゃの人形の手足を好奇心でバラバラにするかのような…。

意図的に襲ったのか…。巨頭を狩る化け物…?

 

「化け物が…何度も…」

 

思考を巡らし答えを導き出そうとした時、急に強い耳鳴りが起き、千駄ヶ谷の第六感が危険を察知した。

廃屋の外…。その更に奥。真っ黒い森の中からブツブツと唸り地を這う地鳴りのようなナニかの声が(・・・・・・)聞こえてきたのだ。

 

テン…ソウ…メツ

 

テン…ソウ…メツ

 

テン…ソウ…メツ

 

「キタ…キタ…コロ…サ…レル…」

 

巨頭達は恐怖に駆られ、顔をひきつらせパニックになり右往左往と蜘蛛の子を散らすように我先に逃げ惑う。

 

「なんだ…あれは…」

 

ガサガサと木々が乱れギシギシと見えない空気が震え緊張感を昂らせる。ペンライトを握る手は、いつの間にか握り拳を作り汗が滲み出ていた。

 

その時。

 

「オオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 

突如、獣のような咆哮が村全体に迸った。とてつもない霊気。死を連想させる威圧感。殺気。憎悪。

千駄ヶ谷は背中から恐怖がせり上がってくる感覚に襲われる。気がつけば、己の膝が震え嗤っていた。

 

「なんで…こんなやつがここにいるんだ…」

 

それは山の神と言われ崇められてきた存在。

遠い昔、山の主は地の神として平穏豊かに人々を見守っていたのだが、鉱山資源を求め山林を切り倒し、森を焼き払い山々を開拓し始めた人間達を次第に憎むようになり、忌むべき存在として捉えるようになった。

自然溢れる緑と人の優しさを愛した主は、人間の身勝手な行いに怒り狂い負の感情に取り込まれ闇を纏う邪神へと変貌した。

人々を無差別に襲い、捕らえては(はらわた)を抉り出し臓物を貪り喰らい、生け贄として捧げられた女子供に蹂躙の限りを尽くし、楽しむように命を狩り続けた。

事態を重くみた当時の者達は、立派な塚を築き何十年と幾人もの生け贄を捧げ続け丁重に弔い、どうにか怒りを鎮めその後、神は再び平穏を取り戻し後世に伝える伝承となった。もう二度と山の神を怒らせぬように。

 

だが…何故、今…

 

眼前に現れた化け物を視認し、ようやく千駄ヶ谷は巨頭を狩るモノ(・・)の正体に辿り着いた。

 

「ヤマノケか…」

 

ヤマノケは、古の時代から山々に住まう神に近い妖怪だった。一本足で体を支え頭がなく胴の胸部分に顔があり、全体的に白く異様に長い両腕は筋肉質で、皮膚は爬虫類のようにザラ付いており背丈は二メートルを越える。

千駄ヶ谷も伝承を読んだ記憶を思い出しヤマノケだと確信した。しかし、現代に甦ったのはどういう理屈だ。忘れ去れた廃村で、巨頭達が今更開拓するわけでもない。だが、目の前にいるコイツは…

ニタニタと不気味に笑いながら、テンソウメツと何度も意味の解らない言葉を呟き絶え間なく涎を垂れ流している。

 

「シヌ…シヌ…ミンナ…シヌゥぅウウウウう」

 

立ち尽くしていた千駄ヶ谷が視線を移すと、助けを求めてきた巨頭が叫びながら腰を抜かし、その場にへたりこんでいた。

 

「危ない!早く逃げ…」

 

「メェェェエエエエエエエエエツッ!!!!!」

 

ヤマノケは大きな叫び声と共に、物凄い速度で巨頭に襲い掛かり振り上げた長い腕を乱暴に大きな頭目掛け振り抜く。

グッシャと響いた鈍い音の後、大きな頭は上半分が消し飛び大量の血液が周りに飛び散る。

肉片が転がり先程まで喋っていた巨頭は血まみれとなり、糸の切れたマリオネットのように体がぐにゃりと折れ曲がり絶命した。

ヤマノケは、茫然自失となった千駄ヶ谷に不気味な笑みを見せると再びテンソウメツと呟きながら間合いを測っている。

来る。そう思った瞬間。千駄ヶ谷はとっさに両腕に全霊力を送りながら顔を護るようにガードし、腰を落とし踏ん張ったその刹那。

 

「ぐっ…」

 

歯を食い縛るのがやっとだった。暴風の如き突風が猛烈な勢いで迫ってきたかと思うと、瞬時に激烈な衝撃と共に千駄ヶ谷の体は宙に浮き両腕に脳の芯まで震えるような鈍く重い痛みが走り後方へと勢いよく吹き飛ばされた。廃屋の残された柱に激突しても勢いは弱まることなく体を何度もバウンドさせ天と地がひっくり返る程の回転を繰り返し地面に突き刺さるように倒れその動きを止めた。意識が何度も飛び両腕があるのか無いのかさえも瞬時に理解出来なかった。

 

「ヤバ…い…」

 

立つことも出来ず、芋虫のように這いつくばり泥にまみれながら千駄ヶ谷は撤退を決断する。必ず戻ります。と誰に告げる訳でもなく心の中で何度も復唱するが、その間もヤマノケのテンソウメツの不気味な呪文のような呟きが耳にこびりついて離れない。

ここからそう遠くない開けた場所にレンタカーを停めてある。そこまで何とか…

 

「テェエエエンソゥゥウウウメェエエエエエエツ」

 

来訪者を痛めつける事が出来た快感か。己の強さを鼓舞しているのか。ヤマノケの絶叫は、空気を震わせ逃げる千駄ヶ谷を嘲笑うかのようだった。

 





同日5月9日 am8:35

「お、お客様…大丈夫…ですか?」

「…ああ。問題…ないです…」

千駄ヶ谷はフラフラの状態で衣服は破れ、あちこちから出血し傷だらけの状態で宿泊先のビジネスホテルへ帰って来る事が出来た。
ロビーの受付担当の女性に驚かれたが、説明をした所で信じる事などないだろう…。説明する余力も今は無いが。
薄れゆく意識の中で何とかエレベーターに乗り、三階に着くと壁に手を付きながらヨロヨロと亜子がいる部屋のドアを力無く叩き、その場に倒れ込んだ。

「卓郎!おいっ!何があった!?おいっ!しっかりしろ…卓…」

千駄ヶ谷が目を覚ましたのは、翌日十日の昼だった。
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