怪異探偵 千駄ヶ谷卓郎しか知らない世界   作:哀愁のガムテープ

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みぞおちが熱い…燃えるような熱さだ…

千駄ヶ谷は重く閉じた瞼をゆっくりと開ける。

薄暗い空間がぼやけて見える。硬く冷たい床に仰向けで寝かされているようだ。
目線の先にある天井は、気持ちの悪いピンク色をした得体の知れない蠢くナニかが生き物のようにブヨブヨ。ウヨウヨと脈打っている。
起き上がろうと手足に力を入れたが自由が利かない。どうやら拘束されているようだ。

いったい。いつから…

ハッキリしない視界の中、急に腹部に違和感を覚えた。首をくの字に傾け自分のみぞおちにを見ると、そこには大きな穴が空いていた。
途端に燃えるような熱さは、言いようのない激痛へと変わった。

口を大きく開け、叫び声を上げるがなぜか声が出ない。
その時、あの不気味な呪文が脳内に響き渡ってきた。

テン…ソウ…メツ

(やめろ…)

テン…ソウ…メツ

(やめてくれ…)

テン…ソウ…メツ

「やめろぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」



模索

 

五月十日 pm13:20

 

「うわぁぁぁああああ!!!」

 

叫び声と共に、千駄ヶ谷はベットから飛び起きた。

大量の汗をかき下着はぐっしょりと水分を含み濡れている。

 

「おー!やっと起きた!お前丸一日寝てたんだぞ」

 

亜子はベットの隣に椅子を置き、あぐらをかいて座っており手にはSwitchを持っている。

 

「水…くれ」

 

「あぁ?これで我慢しろ」

 

亜子は、自分が飲みかけのエナジードリンクを手渡す。

 

「水もエナドリも同じようなもんだろ」

 

「いや…。もういい。ありがとう…」

 

ふんっと鼻を鳴らして亜子は残ったエナドリをガブ飲みする。

 

「体どうだ?とりあえず動けるまでには回復させたけど」

 

あっ…。と千駄ヶ谷は我に返る。まだ、体のあちこちに痛みはあるが浅い傷は綺麗に無くなり押し潰されそうな疲労感も今は感じない。

座敷わらしの亜子には、治癒能力がある。治癒能力といっても切断された部分を再生させるとか死にかけている者を蘇生させたりする高等技術は持ち合わせていない。擦り傷。打ち身。疲労やストレスを緩和出来るレベルだ。千駄ヶ谷は両手を見つめ掌を握ったり開いたりを繰り返す。骨も神経も異常はないようだ。

 

「で?何があったよ?巨頭にボコられたにしちゃ、獣じみた殘奓(ざんし)をお前から感じたけどよ」

 

殘奓とは、霊力を帯びた痕跡の事。怪異達は匂いや対象者の体に纏うオーラの変化などで察知することもある。

 

千駄ヶ谷は、ベットから出ると備え付けの冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し一気に飲み干す。濡れた唇を乱暴に手で拭い絞り出すような声で囁く。

 

「ヤマノケがいた…」

 

「はぁ?巨頭からの依頼じゃなくて、ヤマノケからだったのか?」

 

「いや。すまん。村もあったし巨頭もいた。ヤマノケに襲われてかなりの人数が死んでいた。俺も襲われたんだ。とんでもない力で凄まじい圧を感じた」

 

「待てよ。ヤマノケって気持ちわりー顔してっけど、元々は守護神に近いんだぜ?奉られて粗末にしてなきゃ害はないはずだ。巨頭が封印を解いたのか?」

 

「いや…巨頭は何度もヤマノケが来たと言っていた。彼らは狩られる立場にあった…しかし、ヤマノケが本来自分から封印を解いてまで…殺戮を楽しむか?…静かに眠る場所を荒らされたなら…ともかく…」

 

千駄ヶ谷は自分の言葉の意味を考え自問自答し、下着姿で思考の深部へ意識を潜らせる。

瞬間何か閃くような痺れが生まれ、この問題の突破口に近い答えが見えた気がした。

 

「この町にある民俗資料館とか図書館に行ってみよう。市役所にもヒントがあるかもしれない」

 

「あの巨頭村の歴史を調べるのか?」

 

「ああ。誰かが作った創作なんだろうが、ルーツは必ずどこかにあるはずだ。それが廻り回って都市伝説へと成り変わった…」

 

 

千駄ヶ谷は、スマホで地図アプリを呼び出し巨頭村がある場所にピンを指す。

 

「とりあえず市役所でこの村が、いつからここに存在するのか。そもそも村があったのか、そこからだな」

 

「行くのはいいけど。そろそろ何か着ろよ」

 

亜子は、ピンク生地のユニコーンのデザインをあしらったファンシーなリュックにお菓子や飲み物Switchを詰め込み出掛ける準備をしながら千駄ヶ谷の姿を見て鼻で笑う。

 

「あっ。おい!俺の服は?」

 

「棄てたよ!あんな泥だらけのボロ雑巾みたいな服」

 

「あれを着ないと調子出ないんだよ」

 

「あんな真っ黒なコウモリみたいなかっこすんなよ。最近の中二病でも、もうちょっとマシだぞ」

 

病み上がりはどこへやら、千駄ヶ谷は部屋着として持って来ていた無地の白い上下のスエットとゴムサンダル姿で市役所に向かった。

 

同日 Pm 13:45

市役所は三階建てでビジネスホテルから車で20分ほどの場所にあった。

市役所内は慌ただしく様々な年齢の老若男女が行き交い忙しさを感じる。

千駄ヶ谷は天井に吊るされた案内札を見ながら地域振興課を探す。どうやら二階にあるようだ。

エレベーターで二階に上がり整理券を取る。どこの市役所でもそうだが、長時間待たされるかと危惧したが思いの外早く呼ばれた。

その間、亜子はベンチの隅へ座りゲームを楽しんでいる。仕事で来てんだぞと、千駄ヶ谷は内心イラッとするが傷を癒してもらった手前強気には出れないし、何より彼女は怪異だ。視えない者には視えないのだから情報収集など無理なのだ。

無駄な思考を振り払い、気持ちを切り替える。

 

「こんにちわ~。どうぞ。お掛けになられて下さい」

 

地域振興課担当の中年職員は愛想よく、対面の椅子に誘う。胸のネームプレートには神部(かんべ)と書かれていた。

 

「すみません。私、東京から来たフリーの記者で過疎地の限界集落や没落した村などを取材して本にしようとしてるんですが、お尋ねしたい事があるので少しお時間よろしいですか?」

 

こういった場合、千駄ヶ谷は決して自分の身分である探偵などとは名乗らない。怪しさしかないし、尚且つ相手は身構え口を閉ざしてしまう傾向にあるからだ。

大学サークルの引率とか。ジャーナリストなどと名乗れば大概乗り切れる。しかし上下スエット姿はどこか締まりがないように感じ、いまいちシャキッとしない。

 

「遠い所からわざわざ、ご苦労様です。私で分かる事ならお答え出来ると思いますが、どういったご用件でしょうか?」

 

神部はノリが良く都会から来た千駄ヶ谷を物珍しく思っているのか顔に笑顔も見られる。これは、その気にさせたらペラペラと話してくれそうな雰囲気だ。

千駄ヶ谷は先程マッピングした地図をスマホに呼び出し神部に見せる。

 

「ここに、小さな廃れた村があるって話を聞きまして。何か情報があれば教えて頂けると助かるのですが」

 

「ああ~。ここは、あれですよ!ネットで騒がれてる巨頭村の場所って言われてるとこですよ!お兄さん知りません?巨頭オってタイトルだったかな?」

 

千駄ヶ谷の顔が一瞬引きつった。

 

「でもね~。そんな妖怪じみた与太話は、誰かが流した嘘っぱちで、でっかい頭のやつなんかいやしないしそもそもの始まりって言うか出自がまったく違うんですよ」

 

「と、言うと?」

 

「あそこね。姥捨山(うばすてやま)だったんですよ。いつの時代の話なのかは、定かではないんですが、口減らしで捨てられた老人達が、必死に生きて生活していたコミュニティだったと言う話です。都市伝説では古い旅館か何かがあるって話でしたけど。あんな山奥の森や林しかない場所に旅館なんか建てたところで、採算も取れんでしょ!温泉すら出ないんですよ。あそこは」

 

神部は、訳知り顔で淡々と続ける。

 

「そのコミュニティで協同生活をしながら、山に育つ山菜や小動物とかを狩りながら細々と暮らしていたらしいです。しまいには、我々を生かしてくれるのは、山にいる神のおかげだって自分達で神社の真似事みたいな事も始めて崇めてたらしんですよね。

何かにすがりたかったんですかね。でも、年齢の事もあるし。生い先短いから後を継ぐ者なんてね。いやしないじゃないですか。亡くなるのを待つだけですし。世の中の流れが変わるにつれ、いつの間にか少しずつ廃れて、姥捨山の存在も過去の遺物となったって事ですかね」

 

やはり、よく喋る職員だった。千駄ヶ谷は、なるほどと相づちを打ちながらもう少し、付き合う事にした。

 

「なぜ、そんなにお詳しいんですか?」

 

「えっ?ああ。地元の者なら皆知ってますよ。じーさんのじーさんのそのまた前のじーさん。ばーさんのばーさんのそのまた前のばーさんぐらいからの古い昔話なんですよ!図書館にもあるんですよ。絵本になったものが。小さい頃からの刷り込みってやつです。年寄りは大切にしないかんよ。ってね。たぶん。この話が、人から人に流れるうちに湾曲して怖くて不気味な話に着色されながら都市伝説になったんですかね~」

 

千駄ヶ谷は、礼を言い、席を立った。

ヤマノケに捧げていた生け贄は、老人達だったのか?または、自分達の村を廃らせない為の人柱…。

古から続く悪しき姥捨山の風習。だが、あの村には石碑や祠のような物はおろか、神社すら無かった。

暗かったし、確実に無いかと言われたら自信はない。

神部はいやしないと巨頭の存在を否定したが、ただ怪異が視えないだけだ。千駄ヶ谷は巨頭に出会い、ヤマノケに襲われた。暴れるヤマノケ…。怯える巨頭…。

何かが見えかけては、ポッと消える。

悶々としながら、千駄ヶ谷は亜子を引き連れ市役所を出る。

 

「卓郎~。コーラ買ってくれ」

 

「小遣いあるだろ?つーかお前甘いもんばっか飲むな」

 

「低血糖なんだよ」

 

「妖怪に血糖値なんか関係あるかっ!」

 

市役所を出て駐車場を歩いていると、車椅子に乗った老婆とその車椅子を後ろから優しく押す介護士であろう青年とすれ違ったその時。

 

「お~い。ちょっど兄ちゃん」

 

車椅子の老婆が、千駄ヶ谷を見上げ突然話かける。

目を瞑り眠っているような皺まみれの顔だが、よく見るとうっすら目が開いている。

 

「ちょっと。角丸(かくまる)さん。ダメですよ。知らん人に声かけちゃ」

 

咄嗟に介護士の青年が制止するのだが、老婆は近くに来いと千駄ヶ谷に手招きする。

 

「うるしゃ~。ワシャこのボサボサ頭に用があるんじゃべ」

 

老婆は角丸と言う名前らしい。独特な訛りが印象的だ。

 

「構いませんよ。お婆さん何か御用ですか?」

 

千駄ヶ谷は律儀に腰を折り、目線の位置を車椅子に座る老婆に合わせる。うっすら開いていた目が、千駄ヶ谷の精神を覗き込むように不気味に深く光った。

 

「あんだ。村に入っでヤマガミざまに会ったがじゃ?(会ったでしょ?)あのガミさんに触れちゃ~いがん。呪いをもらうぺした」

 

千駄ヶ谷は戦慄した。

この人は…。何かを知っている。

 

「となりの小さい嬢ちゃんもやべ。おとなししときゃんせ。あんだら、まだ若いんだも。いのぢを粗末にしたらいかんせ」

 

亜子は驚いて目を見開き、老婆を凝視する。

 

 

「もう~。角丸さん子供なんていませんよ。すみません。角丸さん認知症なんです。認知症にも様々な症状がありまして…」

 

青年が千駄ヶ谷に認知症の説明をしようとするのを、うるさいとばかりに遮る。

 

「ちょ、ちょっとすみません。お婆さん。もう少し詳しくお聞かせください。ガミさんって言うのは…その体の大きな腕の長い不気味な怪物の事ですよね?」

 

「はぁ?お前さん村ば入っでガミさんに会ったちゅーに。何を見たんじゃ!そがなバケモンとガミざんを一緒にすな!髪の毛むしり取るぞ!!このボケ!」

 

突如、老婆は烈火の如く怒り車椅子から身を乗り出すほどの剣幕で千駄ヶ谷に荒々しく説明を始めた。

 

「キョトー様じゃ!何人も集まっち、あの村の安寧を願い続けとるば人らがじゃ!ワシらと同じように喋りんなさるじゃ。じゃが!おそろし。おそろし。力をもちなさっとる。死んでほしい人間。不幸になってほしい人間のなむえ(名前)を書いた紙をキョトー様に持って行き、認めてくださったら呪って殺してくれるがじゃ。ほいじゃが。見返りは願いに来た人間の寿命じゃ。のろーてほしい人間の生命力が強ければ強いほど、願いに来たヤツの寿命を多く取られるんじゃべ。キョトー様は賢い。なんでもねー普通に話をしにきたワシらの無駄な世間話でも、しずかーに。だまーって地蔵さんのように動かず笑って聞いてくれるんち。

だども!お前らは、いがん。よー見ば、よそもんやろべ!やめちょき。やめちょき。すいとられっぞ!!!バカタレめが」

 

老婆の言葉一つ一つを、千駄ヶ谷は咀嚼し頭の中で巨頭村で起きた出来事と照らし合わせていく。ヤマノケはあの山の神ではなかった…。

キョトー様=巨頭こそが、山の神だったと言う事か。

だが、黙って静かに…地蔵のようにうごかず…という言葉が引っ掛かる。

千駄ヶ谷が出会った巨頭と差違があるのだ。

そして、あのヤマノケは、なぜあの場所にいたのか(・・・・・・・・・・・)

わざわざ襲われる為に巨頭があの化け物を呼び出した線は消しても良いかもしれないが…。

そして、老婆の言う呪い…。巨頭に人を呪う能力があるのか…そんな話は神部も何一つしてなかった。

彼はあの村のルーツを教えてくれたが、……。

 

いや…待て。姥捨山に棄てられた老人達。必死に生きたとしても、悲観し家族を妬み、怒り悲しみ。怨みもしたんじゃないのか…。

 

何かある。あの村には、闇深い何かが確実にある。

 

「すみません。急に呼び止めてしまって」

 

失礼しますと、青年は丁寧に頭を下げ市役所に入っていく。老婆も喋るだけ喋って疲れ果てたのか、ぐったりしていた。

 

「あの婆さん。うちが視えてたな」

 

「ああ。しかも山の神はヤマノケでなく。巨頭の方だった…だが…」

 

腑に落ちない千駄ヶ谷と同じように、亜子もどこか考え込むように遠くの山を見つめながら考えを巡らせる。

 

「あのばーさんは巨頭に呪われるぞって言ってたけどよ。アイツらはヤマノケに襲われて怯えて卓郎に助けを求めてきた訳だろ?自分達でヤマノケの封印を解いた訳でもなさそーだし、呪いの力があるならヤマノケを呪い殺しゃいいのに何人もやられてるんだろ?何かおかしくね?」

 

「行くぞ」

 

千駄ヶ谷は短く答えた。

 

「次は図書館か?あのおっさんの言ってた絵本も気になるしな~」

 

「いや。巨頭村だ。必ず戻ると誓ったし。お前にも来てもらう。退屈だったろ?」

 

「やーだよ!虫苦手なんだってば」

 

「何も、これから行くんじゃない。腹も減ったしな。虫除けスプレーとかホームセンター行けばあるだろ」

 

亜子はスマホで時刻を確認するとディスプレイに14:50と映し出された。

 

「軽く食べて、晩飯も買ってホテルで作戦たてるぞ!」

 

千駄ヶ谷の探偵魂に火が付いた。

 

「遠足行くガキじゃねーんだからさ。テンション上げんなよ。あー。山かー。だりー。めんどくせー。帰りて~」

 

二人はレンタカーに乗り込み市街地方面へ移動する。

 

 




同日 Pm 23:50
巨頭村

「ほんまにここの村は、新たな怪異を生み出す土壌にピッタリやな~」

暗闇の中で、ダークスーツに身を包んだ小柄な男がスマホを操作しながら、関西訛りの言葉で独り言を呟いてる。

「あんじょう頑張ってや!ヤマノケくん♪」

スーツ姿の男の前にはヤマノケがいた。
男を激しく睨みつけ今にも襲いかかりそうだが、なぜか唸り声を上げるだけで動こうとしない。

「僕のこと、殺しとーて。殺しとーて。たまらんのやろ?」

男はキツネのような笑みを浮かべ、愛くるしそうにヤマノケを見つめる。

「僕に爪先一本でも立ててみぃ…オドレの可愛い可愛いミニヤマノケ…」

男はスマホの画面をヤマノケに向ける。そこには小さい子供のようなヤマノケが映り、チェーンでぐるぐる巻きにされていた。

「いつでもミンチにしたるさかい。よぉ覚えときや」

ヤマノケは激しい咆哮を上げ、森の中へと消えていった。

「ここ、蚊ぁの数ヤバッ」

謎の男は、しばらく同じ場所に留まりスマホをいじり続けていた。
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