怪異探偵 千駄ヶ谷卓郎しか知らない世界   作:哀愁のガムテープ

5 / 15

五月十一日 am7:20

レンタカーの車内から見える外の景色は、朝日を浴びた深緑の森が広がり枝の隙間から差し込む光が巨頭村までの行き先を照らしているようだ。

「亜子。起きろそろそろ着くぞ」

ステアリングを握る千駄ヶ谷は、まっすぐ前を見つめたまま座敷わらしを起こす。

「ぬぁ。そろそろか。ねむっ」

亜子は大きく伸びをすると、首の骨や指関節をボキボキと鳴らし膝の上に置いていたファンシーなユニコーンのリュックからチョココロネパンを引っ張り出すとむしゃむしゃと食べ始めた。

「昨日話したけどよ。やっぱやる気か?」

「あぁ。ヤマノケと巨頭。両方浄化しようと思う」

浄化とは千駄ヶ谷の能力を使用し、怪異を成仏させる事で力ずくで屈服させたり、存在を消滅させる訳ではなくあくまでも怪異の怒りや哀しみ。増悪を含んだ怨念から解き放ちこの世に悔いを残さぬよう浄土へと送る事を意味する。

昨日、市役所を出た二人は食料と飲み物を買い込み(虫除けグッズも多数購入)ホテルへ戻り、巨頭村への対策を話し合った。導き出した結論は、事のきっかけになったであろう何かを現地で見つけだし(話し合っても埒があかねーと亜子が言いだし)出たとこ勝負で、ヤマノケと巨頭。一方を残すのではなく双方を成仏させ巨頭村のバランスをゼロに戻す。と言うなんとも答えにはほど遠い超絶アバウトな作戦だった。

「しっかし。毎度の事だから今更言ったってお前は聞かねーだろうけどよ」

「なんだよ?勿体ぶらずに早く言えよ。もう着くぞ」

亜子は会話を一旦中断し、ドリンクホルダーのコーラを一気飲みするとグッッアッッシィィッッッと盛大なゲップをかます。

「汚ねーなぁ。早く言えって」

「あー。これは助手じゃなくて、怪異としての助言だ」

「なんだよ?」

「この先も、生易しい気持ちで怪異と向き合ってたらお前。いつか死ぬぞ…」

千駄ヶ谷は短い溜め息を吐く。

「その時は、その時だろ」

「…おまえっ!!」

「あー!違う違う!やけになってるとか、死にたがってる訳じゃねー。ただ、やらなきゃいけないからやるだけだ。俺に代わって誰か手を上げてくれるなら喜んで代わるさ。誰もいないから、やってるだけなんだよ」

「使命感みたいなやつか?」

「どうかな。案外俺も、怪異に近づいてんのかもな」

「お前みたいなお人好しが怪異なんかになれっかよ!」

そんな話をしていると、雑木林の荒れた道を抜け少し開けた空き地へ着いた。九日の夜中、千駄ヶ谷が車を停めた場所だ

「よし。行くぞ。虫除けスプレーかけとけよ」

「あー。だりぃーなぁ。車の中にいていい?」

亜子は、甘ったるい声を出し懇願する。

「全然可愛くないから。さっさと行くぞ」

「お前…絶対結婚できねーな」

二人がドアを開けた瞬間だった



真相と結末 前編

 

 

「うっ…」

 

「なんだよ…この圧は…」

 

車から外に出た瞬間、ねっとりと肌にまとわりつくような湿気と、鼻を突く古い蔵のような埃っぽい匂い。それ以上に、目に見えない巨大な何かが頭上から伸しかかってくるような、異常なまでの霊圧が二人を襲った。

千駄ヶ谷は反射的に膝をつきそうになる。視界の端で、さっきまで鮮やかだった深緑の森が、まるでフィルターをかけたようにどす黒く変色して見えた。

 

「おい、亜子……これは…」

 

「……わかってる。土地そのものが怒ってやがる」

 

亜子はいつもの不遜な態度を消し、鋭い眼光で森の奥を睨みつけた。彼女の周囲の空気がチリチリと震え、座敷わらしとしての神性が防衛本能的に高まっているのがわかる。

 

「ヤマノケと巨頭…。おいおいなんだよこの感覚は。お互いの怨念が混ざり合って、この空間そのものを腐らせてやがるんだ」

 

二人は禍々しい重力を感じながら村へ向かおうと歩き出したその矢先、ガザガサと雑木林が揺れ大きな頭の巨頭達がゾロゾロと取り囲むように現れた。

 

「ヤマノケに全滅させられたかと思ったけど、大丈夫みたいだな」

 

亜子は少し安心したが、千駄ヶ谷は違和感に気づいていた

 

「亜子…待て。それ以上近寄るな」

 

千駄ヶ谷と亜子はお互いを背中合わせにして自分達を囲む巨頭から目を離さない。

 

「おい。お前ら。なんで頭が揺れてないんだ(・・・・・・・・・)

 

巨頭達は、特徴的とも言うべき頭を振る動作をみせず無表情のまま二人を真っ黒になった瞳でただ見つめている。

 

「村で何かやってるのか?」

 

訝しむ千駄ヶ谷と亜子の頭の中に、冷徹なまでに落ち着き払ったような機械じみた声が突如として流れてきた。

 

「無駄な詮索をするナ。我々ハ、お前が一昨日出会っタ巨頭達でハない」

 

「なんだよこれ!どこから話しかけてんだよ」

 

亜子は両耳を両手で塞ぐが、機械じみた声は脳に直接語りかけてくる。不気味な気持ち悪さが背中を這い回るようだ

 

「座敷わらしノ娘。無駄ダ。オマエ達の頭に直接話しかけテいるんダ」

 

どの巨頭が話かけているのか検討も付かないが、千駄ヶ谷は尚も、警戒を怠らず対話で相手の考えを引き出そうと試みる

 

「一昨日出会った巨頭じゃないなら、お前らはなんだ?同じ巨頭に思えるが?」

 

「意思を持たヌ者ト我々ヲ一緒二してもらってハ困るナ。我々の目的ハただ一ッ。指導者への完全なル忠誠ダ」

 

「指導者って…誰だよ!」

 

亜子は声を荒げ今にも飛び掛かろうとするが、千駄ヶ谷が片手で制し行くなと伝える。

 

「お前らはいったい…」

 

「はいはい。そこからは僕が説明したるよ」

 

「卓郎…気をつけろ!」

 

亜子の警告と同時に、歪んだ空間が広がる村の方から場違いなほど軽やかな足音が響き、巨頭達の間をすり抜け二人の前に現れたのは、仕立てのいい黒いダークスーツを完璧に着こなした男。

細長く吊り上がった目はキツネを彷彿とさせ、口元には絶えず人を食ったような薄ら笑いを浮かべている。

 

「いやぁー。かなわんなぁ。大事な儀式の途中にのこのこと。まさか来るとは思わへんやん。空気よんでくれんと」

 

「何者だ?あんた…」

 

千駄ヶ谷が身構えると、男は仰々しく肩をすくめてみせる。

 

「こりゃ失敬。僕、滅三川(めさんがわ)言います。今はこの埃臭い村の【監視人】やらせてもろぉてます。会うのは初めましてやね〜。怪異探偵さんやろ?名前は、千駄ヶ谷さん?。やったけ?一昨日ここへ来た時ちょっと様子見させてもろぉてね。ヤマノケにボコボコにされて、ケツ捲って逃げた思たのに、なんでまた戻ってきたん?自分?」

 

「見てたなら、話が早いな。ヤマノケに襲われた巨頭達を助けにきたんだよ!本来ここにはヤマノケは存在しない。穏やかに過ごしていた巨頭たちをヤマノケに襲わせたのはあんたなのか?」

 

滅三川は、小バカにしたような笑顔を崩す事なく千駄ヶ谷との会話をたのしんでいるように見える。

 

「僕やったら、どうするん?」

 

「ヤマノケを元いた場所に帰してやってくれ」

 

「はぁ?」

 

滅三川の笑みが消え白けたような表情に変化する

 

「あー!無理無理!あんたか!怪異を慈愛の力で鎮めて封印しくさっとる変わりもん言うんわ。噂で聞いたわ。ここの巨頭たちは本来この土地を守る大人しい奴らやったのは知ってるか?

けど、むかーし。むかーし。ここは姥捨山で家族に捨てられたやつらが作ったボロい村やったんや。でもなー。そん時の捨てられた怒りとか、妬みとかを忘れる事が出来へんやつらもおったんや。一枚岩じゃなかったってことや。

そこで僕の出番や!村を守る事だけを考えて喋る事も考える事も出来ひんなったアホなデカ頭をぶっ殺す事を条件にして、 人間に怨みや憎しみをもつ巨頭らに声かけた。

そしたら、穏健派をぶっ殺す事と自分達の別のコミュニティ場所、もっと賑やかなとこがええらしくてね。それを提供する事を引き換えに、この村を新しい怪異を生む土壌に変えさせてくれる言うから、利害の一致やん!

せやから、遠く離れた山奥で隠居しとったヤマノケを連れてきてん。まぁちょっと理性の働くヤツがおって探偵さんを呼んだのは想定外やったけど。でもまぁ〜。コレ(・・)使ってヤマノケの憎悪を最大まで増幅することできたし。ほれ、見せたれ」

 

滅三川は、近くにいた自分の配下となった巨頭に向かって顎をしゃくり合図する。

すると、巨頭は鈍く光る特殊な鎖に巻かれた赤黒い毛虫のような塊を無雑作に二人の前に投げ捨てた。

 

「なんだよ…これ…」

 

亜子の顔が苦悶に歪む

 

「嬢ちゃんには刺激が強いかな?コイツはヤマノケの幼体。子供や!ほいで、体に巻いとる鎖には苦しい痛みを与える呪いを練り込んどる。よー出来とるやろ。死なへんようにジワジワ弱らせて悶える感じにせなあかんからね。しっかし。母親いうのは凄いな。子供人質に取ってずっとコイツの悲鳴上げさせたら、言う事何でも聞きよるわ」

 

「ペラペラ喋りやがってこの細目野郎!あんまり調子こくなよ!」

 

「もう〜そんな怖い顔せんといて。触ってもええで。ネチョネチョしてバリキモいけどな」

 

幼体は、ギィギィと縦に割れた口であろう部分から鳴き声を放ち鎖の中でモゴモゴと蠢いている。

村の方では、母親のヤマノケの咆哮が上がり、とてつもない圧が空気を切り裂いて千駄ヶ谷達に吹き荒れる。

 

「そろそろか」

 

滅三川は吹き荒れるヤマノケの咆哮を体に浴び、何かを感じ取ったようだ。

 

「もう一度言うぞ。ヤマノケを元いた場所へ帰せ」

 

「しつこい男は嫌われるで。無理やって言うてるやん」

 

「何考えてんだ…あんた…」

 

「僕か?ほな。時間稼ぎついでに教えたるわ」

 

白け顔だった滅三川の表情が再び不気味な笑みへと変わった

 

「怪異の力を使って日本を転覆(・・・・・)させるんや」

 

「なん…だって…」

 

「あー。説明がムズいんやけどな。今のごちゃごちゃした都会はノイズ(情報)が多すぎて、怪異の純度が落ちとるんや。ここの村みたいに【忘れ去られた空白地帯】に心霊スポット巡りで来るアホとか、自殺願望がある人間を誘い込んで意図的に特定のトラウマや恐怖を生ませて、閉鎖環境を作ってその感情を煮詰める。

今回は、村に住み着いとるザコ怪異の恐怖心を使って肥やす事が出来るか実験したんやけどな。そうすることで純粋で強力な【原初の怪異】を誕生させるんや。どーや凄いやろ!これを日本各地で行って、ものごっつい怪異をジャンジャン出して【現代版百鬼夜行】をするんや。一晩で日本は終いや」

 

千駄ヶ谷と亜子は、虚を突かれたかのように思考が止まる

 

「ふざけるな…。本気で言ってんのか!!」

 

「そないピリピリするなって。あのな〜探偵さん。あんたがやろうとしてる慈愛なんて、ただの自己満足や。この純度の高いヤマノケの怨念を、あんた一人で背負いきれるわけないやろ」

 

滅三川の合図で、配下の巨頭たちが一斉に戦闘態勢に入る。

圧殺されそうな霊気の中、千駄ヶ谷は静かに一歩前へ踏み出した。

 

「……背負いきれるかどうかじゃねー。俺が、引き受けるんだ」

 

「トロいんだよ!お前ら!!」

 

一瞬の隙をみて亜子が脱兎の如く前傾姿勢となり、猛烈な速さで走り出しヤマノケの幼体を拾い上げると、雑木林の中に飛び込み山奥へと姿をくらます。

 

「チッ!おいっ!なにジーッと見とんねん!追えや!!どつき倒すぞコラッ!!」

 

滅三川の怒号で、巨頭達は逃げた亜子を追いかける。

 

「動くな!滅三川!!あんたの相手は、俺だ」

 

「ふーん。まぁええけど、つーか、僕はバトったりせぇへんよ。非力やし。探偵さんの相手はあっち」

 

滅三川は村の方角へ目線を移し、ポケットに手を入れたまま笑みを絶やさない。

 

「一人でどないするん? 幼体を奪われたヤマノケは今、怒りで自分を見失っとる。母親の愛いうんは盲目で、そして何より…残酷やで」

 

その言葉を裏付けるように、地を割るような絶叫が村の奥から響き渡った。

 

「テンソ……メッ……テンソ……メッ!!」

 

木々がなぎ倒される凄まじい音と共に、森の境界線が物理的にひしゃげる。現れたのは、一昨日見た時よりも数倍に膨れ上がり、全身からどす黒い憎悪の霧を噴き出すヤマノケだった。

その眼は血走りを通り越し、ドロドロとした負の感情が溢れ出している。

 

「ハハハ! ええ面構えや! さあ、探偵さん。その安い慈愛で、この地獄を飲み込んでみせてぇな!」

 

ヤマノケの巨体が、千駄ヶ谷に襲いかかる。

一振りされた腕が空気を圧縮し、衝撃波となって千駄ヶ谷の身体を叩いた。彼は地面を転がりながら、左手に霊力を集中させる。

 

「っ、!!!とんでもねーな」

 

立ち上がった千駄ヶ谷の視界に、滅三川の歪んだ笑顔と、狂乱するヤマノケが映る。

ヤマノケは近くにあった巨石を紙屑のように握り潰すと、それを礫として千駄ヶ谷に投げつけた。回避が間に合わない。

 

「お前みたいな奴に……こいつらの痛みを道具として使わせる訳には、いかねえんだよ!」

 

千駄ヶ谷は逃げるのをやめ、左の掌をヤマノケに向け、近づいていく。

 

「テン!!ソォォォ!!」

 

ヤマノケの爪が千駄ヶ谷の肩を深く引き裂く。鮮血が舞うが、彼は止まらない。それどころか、血に濡れた手で、優しく、ヤマノケの赤黒い毛に覆われた腕に触れた。

 

「……苦しいよな。怖かったな…」

 

その瞬間千駄ヶ谷の手から、淀んだ空気を浄化するような、淡く静かな白い光が溢れ出した。

 

「ほぉー。これは」

 

滅三川の目が驚愕に見開かれる。

 

「俺だけ知っていればいいんだ。お前達の苦痛も悲しみも、憎しみも怒りも全部俺が受け止めてやる。子供の事も心配するな。後で必ず送り届けるから。だから…安心して逝け。もう苦しまくていいように…俺だけが知ってる世界へ」

 

千駄ヶ谷は、ヤマノケに触れた左手に尚も霊力を送り静かに詠唱を始めた。

 

「闇深き堕ちし者…今、我という器に預け歩みを止めよ…負の偽りを無と成し…この力を持ちて浄土へと…誘わん…」 

 

千駄ヶ谷卓郎の秘めたる能力。それは取り込んだ怪異を自己の潜在意識の中に構築した精神世界へ送り、封印する事が出来る。彼はそれを【浄土】と呼んでいる。

浄土は淡い光が常に差し続け安らぎと穏やかさに包まれた時間の概念もない空の世界なのだと言う。

 

ヤマノケの狂った咆哮が、次第に悲鳴へと変わり、やがて嗚咽のような震えへと変化していく。

光が爆発的に膨れ上がり、村全体を包み込む。

荒れ狂っていた風が止みどす黒い霧が、千駄ヶ谷の左の掌一点へと吸い込まれていった。

霧を全て吸い込み両腕に力に込める。取り込んだヤマノケの執念は凄まじく両手を合わせようとする手がなかなか近づかない。

 

「この者に…幸多からんことを」

 

千駄ヶ谷は力を振り絞り、両手を合わせ瞼を閉じた。

 

合掌。

 

静寂が辺りを包む。ヤマノケの姿はどこにもない。千駄ヶ谷は手を合わせたまま、目を開き滅三川を睨む。

 

「帰したぞ。ヤマノケも、お前の悪意も」

 

少し離れた場所に立つ滅三川が、つまらなそうに髪をかき上げていた。

 

「……はぁ。ほんまに全部飲み込みよった。自分、正真正銘のバケモノやな。普通なら精神が焼き切れて廃人やで」

 

滅三川はチラリと腕時計に目をやる。

 

「上に報告する時間や。今回は探偵さんの勝ちにしといたる。この土壌も見つかってもーたし。その勢いやったら全部封印する気満々なようやから、僕もカッコよく退散するわ」

 

「待てよ!上ってお前…」

 

滅三川の背後の空間が、陽炎のように揺らぎ始める。

 

「また会えたら追々教えたるさかい。日本転覆言うたん、冗談や思わんといてな。次はもっと……あんたの手に余る絶望を用意したるわ。おっと忘れるとこやった。あのデカ頭も使いもんにならんから、好きにしたらええよ。もうちょっと、かしこやと思ったんやけどなぁ」

 

笑みを絶やさない滅三川は、スマホをいじりながら歪んだ空間へと入っていく。

 

「座敷わらしの嬢ちゃんに、よろしゅう言うといてな。ほなさいなら」

 

滅三川の姿が掻き消えるように消滅した。千駄ヶ谷は、呆気に取られ少しの間呆然としていたが、我に返り亜子の殘奓(ざんし)を探り追いかけていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。