怪異探偵 千駄ヶ谷卓郎しか知らない世界   作:哀愁のガムテープ

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真相と結末 後編

「ハァッ……ハァッ……」

 

亜子は心臓の鼓動が耳の奥で鐘のように鳴り響くのを感じていた。脇に抱えたヤマノケの幼体は、粘り気のある鳴き声を漏らしながら小刻みに震えている。

その得体の知れない重みと冷たさが、腕を通じて全身に不快感を伝播させるが亜子は決して幼体を離しはしなかった。

 

「安心しな。うちは味方だ」

 

「止まレ。幼体を返セ」

 

日の光を遮り薄暗い森の中を宛もなく走る。障害物のように生える背の高い木々が誰かの墓標のように見える。

後ろを振り向けば巨頭たちの群れが亜子と幼体を捕らえる為距離を縮めようと、絶えず亜子の頭の中へ機械じみた声を流し込んでくる。

滅三川に忠誠を尽くし顎で使われた果てに何を成し遂げるのか…。亜子は同じ怪異であるがゆえに、どこか虚しさが込み上げてきていた。

 

「女の子を追いかけ回すとか、どんだけきめーんだよ!お前ら」

 

呼吸が乱れてきた。走る足が重みを増す。どうするか…その時、視界の端に一瞬建物が見えた。亜子はスピードを落とすことなく方向転換し謎の建物目掛け走り抜く。

 

「ギギギッギギ」

 

幼体が何かを訴える。痛みの悲鳴か。母親を呼んでいるのか

 

「お前の母ちゃんは、卓郎が必ずどーにかする。この鎖も後で取ってやるから、もう少し我慢してろ」

 

亜子が見つけた建物は、市役所職員が語っていた独自の神を作り奉っていたという神社だった。

亜子は歪に傾く朽ちた鳥居をくぐると、崩れかけている拝殿へ転がり込むように飛び込んだ。

外には、追いかけ続けてきた巨頭達が横一列に並び無表情のまま立ち尽くしている。その数七人。

 

「あー。もう疲れた。逃げんのやめる」

 

亜子は背負ったままだったリュックからコーラを掴みキャップを乱暴に開け一気に飲み干す。

 

「ふぅーーー。よっし!ちょっと狭いけどこの中に入れ」

 

ギィギィと鳴き続ける幼体を亜子は優しくユニコーンのリュックに入れチャックを閉めた。

 

「座敷わらしだからって舐めてんじゃねーよ」

 

亜子は小さく呟くと、ゆっくり社殿から表に出る。

 

「覚悟ハ…出来タか?」

 

「あぁ。腹括った。暴れたいのに止められるわ。デカ頭には追いかけ回されるわ。お気にのリュックがネチョネチョになるわ。フラストレーション溜まりまくってんだ!こっちはよ!」

 

亜子の小さな身体から、熱を帯びた闘気のオーラが湧き上がる。

 

「うちの事務所…争い事はご法度なんだけどよ…たった一つ。例外があんだよ」

 

「こノ人数を、相手ニしようトいうのカ?無謀ダ」

 

「あ?うるせーよ。最後まで聞けデカ頭!例外ってのは、クライアントの命が危険に晒された時に限り、力の解放を赦す」

 

「クライアント?残念ダな。オマエ達を呼んダ巨頭は既ニ…死んダ…あの探偵ノ目の前デな…」

 

「だーかーらー!!最後まで聞けって言ってんだろうが!」

 

亜子は右腕に力を込め足元の地面に拳を叩きつけた。土の塊が飛び散り、鈍い音が周囲に響く。

 

「うちらがやってんのは、怪異が持つ魂の救済だ…肉体は滅んでも、ヤマノケから仲間を護ろうとした巨頭の優しさは消えねー。お前らは、そんな優しい仲間を裏切ったんだろ?」

 

「キサマも怪異ナら、分かルだロ…我々ハ、力が…欲しイ」

 

「同胞を裏切ってまでヘコヘコ諂う(へつら)お前らと一緒にすんじゃねーよ!!」

 

亜子は地面を蹴り上げ、巨頭の群れへ飛び込もうとしたその時

 

「亜子!!待てっ!!!」

 

真横から飛び出してきた千駄ヶ谷が、亜子を抱えて無理矢理動きを止める。

 

「卓郎!止めんなって…お前、どうしたそのケガ」

 

千駄ヶ谷は、肩の肉を抉られおびただしい出血が続き、顔色も悪く吐き出す息も荒い。

 

「間に合って良かった…お前…走るの早すぎだ」

 

「そんな事より傷を…」「そんな事より」

 

千駄ヶ谷は亜子を離すと、巨頭達の前に進み出る

 

「ヤマノケは、封印した。今…俺の中にある精神世界の中にいる…滅三川も、村を手放した…もう止めよう。お前達はもう、従わなくていいんだ」

 

「ナニ…?」

 

「人間に害を及ぼさないと約束してくれるなら、俺はお前達を赦す…」

 

「赦スだと…笑わセるナ!きさまら人間ガ我々を捨テたんだろ!!!お前モ、あの巨頭ト一緒ダ…人間ナド滅んデしまエ」

 

「そんなお前達だって…元は人間だった。どこかにあるだろ?人間だった時の楽しくて暖かい記憶が…」

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーーーーー!!!!!!」

 

過去を無理矢理捨て去るような絶叫と共に、巨頭達が一斉に千駄ヶ谷目掛けて襲いかかる。

 

「卓郎!!逃げろ!!」

 

亜子が千駄ヶ谷の背中に叫ぶ。しかし、千駄ヶ谷は逃げる事も、避けることもしなかった。彼は静かに左手を突き出した。その掌からは禍々しい黒い影ではなく凍てつくような、それでいてどこか懐かしい白銀の光が溢れ出した。

 

「お前たちのやり場のない怒り…すべて俺が引き受ける」

 

千駄ヶ谷の左手が宙を裂く。襲いかかった巨頭の額にその掌が触れた瞬間、異形の断末魔は安堵の溜息へと変わった。

一人、また一人。千駄ヶ谷が舞うように左手を振るうたび、狂暴な巨頭たちは戦意を喪失し、救いを求めるように彼の中へと還っていった。

最後の一体を封印し終えた時、皮膚の下を無数の異形がのたうち回るような激痛が走る。

だが、彼は歪む表情を押し殺し、亜子を見つめ優しく微笑む

 

「よし。亜子、幼体を出してやってくれ」

 

「あっ、いや。その前にお前のケガを」

 

「俺の事はいい…早く出してやれ」

 

「う、うん…」

 

亜子は、リュックから幼体を抱きかかえ、千駄ヶ谷に引き渡す。優しく胸に抱いた千駄ヶ谷は、右手でゆっくりと呪いが染み込んだ鎖に触れる。途端、邪悪な呪詛と化した鎖の意思が右腕にヘビの如く巻き付くと腕を潰さんとばかりに食い込む。

 

「ぐっ…こんな物にまで、憎しみを植え付ける事ができるなんてな…くそっ…鎮まれ…!!」

 

千駄ヶ谷は、ありったけの力を右腕に込める。ここで鎖を無理矢理幼体から引き千切る事も出来るが、千駄ヶ谷の狙いは違った。鎖の凶悪な力の方向を自分へと変える(・・・・・・・)力と力のせめぎ合い。千駄ヶ谷の右腕は黒く変色させ、くい込んでいた鎖が皮膚を腐らせ少しずつ体内への侵入を試みる。

 

「色んな呪いを練り合わせて…とんでもねー呪物を作ったんだろうな…お前の呪いも俺が浄土へと送ってやる…」

 

鎖は、金属をすり合わせるような耳が痛くなる音を響かせ、千駄ヶ谷の体内へ潜り込み呪いの炎を静かに消した。

 

「…あとは、幼体だ…」

 

「卓郎!背中向けろ!」

 

亜子は、言うなり卓郎の背中に両手を当てる

 

「なに…してんだ…」

 

「お前これ以上取り込んだらマジで死ぬぞ!かといって回復する時間もねー。うちがずっと治癒し続ける。幼体を楽にしてやってくれ。そいつ頑張ったんだ…必死に上げてた悲鳴は、母ちゃんを止めてるようにうちには聴こえた。早く会わせてやりてー」

 

千駄ヶ谷は、分かったと短く答え生気を失った右腕に幼体を抱えなおすと左手の掌を幼体の胸に当てた。

それは攻撃でも、強制的な排除でもない。母親が子を寝かしつけるような、深い慈しみに満ちた慈悲の封印。

幼体は千駄ヶ谷の体温を感じ、安らかな寝息を立てながら、彼の心臓に近い場所へと溶け込んでいった。

 

「暖かい場所で母さんと一緒にゆっくり休めよ」

 

封印を終わらせた千駄ヶ谷は、そのまま前のめりに倒れ込む

 

「ちょちょっ!卓郎!」

 

亜子は、その後も卓郎の背中から治癒の活力を流し続けた。空に高く輝く太陽が頭上へと位置を変えている。そろそろお昼なんだろうか…腹が減ったなぁと考えていると、モゾモゾと卓郎が動きだした。

 

「亜子…もういいぞ…助かった」

 

仰向けの千駄ヶ谷は森の枝葉を眺めながら手足の感覚を確かめる。失ったと思った右腕は、どうやら動くようだ。空を掴むように右手を上げてみる。炭のように黒く変色しミイラの乾いた皮膚を思わせる肌に変貌したが、そこまでの驚きは無かった。

 

 

「あー!くそっ…亜子。俺、どれくらい倒れてた」

 

「あぁ?1時間もたってねーと思う。あんまり話しかけんな。腹減って機嫌わりーんだよ」

 

「キレるかもしれんが、聞け。俺はまだ、怒り狂った村本体を鎮めきれてない。戻るぞ」

 

「はぁーーーーーーーー。…焼肉…」

 

「なに?」

 

「これが終わったら焼肉連れていけ!給料と釣り合わん」

 

「わかった!焼肉だな。交渉成立だ」

 

その後、二人は村へ戻り荒れ狂った瘴気渦巻く怒りを千駄ヶ谷が取り込み再び意識を失った。亜子はブチキレ千駄ヶ谷を引きずり車に押し込むとその勢いのまま運転しビジネスホテルまで何とかたどり着いた。疲労困憊の二人はそのまま部屋になだれ込み。泥のように眠った。

 

 





五月十二日pm14:20

「あーーー!食った!食った!」

焼肉屋で五人前を食い散らかした亜子は満足そうな声を上げる。

「少しは遠慮しろよ」

「そんな言葉知らねー。それよりお前大丈夫なのか?」

「なにが?」

「体だよ!」

「あぁ。右腕も寝て起きたらほら!元に戻ってたし。今回は結構取り込んだけど、今のとこ何ともないな」

「なんともない…か」

「なんだよ?それよりあの、滅三川の情報何も知らねーのか?」

「ここへ来る前に明星さんにLINEして聞いてみたけど、情報が少なすぎるみたいだな。そもそも日本転覆ってあんな細目野郎一人に出来る芸当じゃねーだろ」

「お前が幼体を抱いて逃げた後に、アイツは去り際に言い捨てたんだ。「上に報告する時間」「次はもっと俺の手に余る絶望を用意する」と…あと、お前によろしく伝えてくれって」

「うるせーよ!そんな事どーだっていいんだよ!」

「なんにせよ。事務所に持ち帰って情報収集だな」

「まーた金にならねー仕事ばっかりかよ」

二人は、明星とテツオへのお土産を買い新幹線へ乗り込み六時間たっぷり体を休め高田馬場へ帰るのだった。
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