怪異探偵 千駄ヶ谷卓郎しか知らない世界   作:哀愁のガムテープ

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間章 闇の深淵に響く狂奏
異形集団 六道堕[ろくどうおち]


 

 

千駄ヶ谷の前から姿を消した滅三川は、とある廃墟に姿を現した。

 

「あ〜疲れた」

 

滅三川は、静かな暗闇で独り呟いていると…

 

「おいおい。まさか手ぶらで帰って来たんじゃねーよな」

 

空気が突如として煮えくり返るような熱を帯びる。暗闇の奥から漂ってきたのは、むせ返るほどに濃密な死と酒の芳香。ドス黒い影がゆっくりと立ち上がると、地響きのような低音が大気を震わせる。

 

「あぁ?」

 

「……答えろ…滅三川…」

 

現れたのは、燃え盛る火炎のような紅蓮の髪をなびかせた、巨躯の鬼。深紅の瞳には、慈悲など微塵も存在しない狂暴な愉悦が、爛々と輝いている

 

「これは、これは、酒呑の兄さん。おかえりくらい言うてください。ビックリしますやん」

 

「俺に能書きを垂れるな…半妖如きが」

 

「なんや今回の僕の動きがイラついたんなら、えろーすいません。けど、土壌調査は実験の名目で巨頭村を使っただけの事で手土産はないけど、それなりに収穫はありましたよ」

 

「ほう…では、その収穫とやらの結果を聞こうじゃねーか」

 

「いやいや。こむずい話が続くさかいに、脳筋の酒呑さんには理解がおっつかん事になる思いますが」

 

ここでも滅三川は、小バカにしたような笑みを酒呑童子になげかける

 

「貴様…舐めてんのか…この俺を!!」

 

この言葉に、滅三川の雰囲気も変わる。非情な感情が足元から這うように広がり、紅蓮の灼熱に真っ向から勝負を挑もうとしている。

 

「舐めるも何も…鬼っコロがキャンキャンうるさいねん…そんなに土産が欲しかったんなら今度、鬼殺しいう名前のパック酒あるから、こーてきたるわ!あんたにピッタリやないか!ハハハハ」

 

二人の激突が間近に迫ったその時

 

「もう〜。うるさい。せっかくいい感じに寝てたのに」

 

闇をそのまま切り抜いて縫い合わせたような、漆黒の振袖を纏う女が、ヨロヨロと暗闇から突如出てきた。

その歩みには人の重みを感じない。灰色の汚れたコンクリートに触れる衣の音は、無数の細い脚が這い回るような不穏な微音を孕んでいる。首をかしげ額には迷惑そうに無数の皺が浮かんでいる。

白磁を通り越して死人のように青白い顔の中で、唇だけが濡れたように赤く、三日月形に裂けていく。背中には棘のように鋭く不気味に伸びる脚。彼女の名は女郎蜘蛛。

 

「蜘蛛姉さん!この鬼っコロに言うたってくださいよ!人が仕事終えて疲れて帰っとる所に難癖付けおってからに」

 

「その呼び方やめて。酒呑もイライラしない。ったく、どいつもこいつも……。私達、六道堕(ろくどうおち)が寄り集まって、しょーもない内輪揉めしてる暇なんてないでしょ」

 

女郎蜘蛛は、背中から伸びる漆黒の肢で自身の長い髪を梳きながら、気怠げに言葉を吐いた。その鋭い爪先が空気を裂くたびに、廃墟の静寂がひび割れていく。

酒呑童子は鼻を鳴らし、立ち上る熱気を収束させると、再びコンクリートの残骸にどっかと腰を下ろした。手にした巨大な瓢箪から酒を煽るが、その視線は依然として滅三川を射抜いている。

 

「ふんっ!ジロジロ見んな!暑苦しい。ところで蜘蛛姉さんあとの三人は?」

 

「知らないわよ。待ってりゃ来るでしょ」

 

彼らがこの廃墟で何を企んでいるのか。その全貌は未だ闇の中だが、滅三川が懐から取り出した一枚の古びた地図には、現代の東京の地図とは異なる【異形の脈動】が記されていた。

 

「あーあ。ほんまにうちのボスは怪異使いが荒いわい」

 

滅三川がやれやれと、やっと一息つこうとしたその瞬間。

廃墟の空気が凍りついた。酒呑童子の熱気でも、女郎蜘蛛の妖気でもない。それは、生理的な嫌悪感を呼び起こすほどの静寂だった。

 

「……遅かったわね。(むくろ)

 

女郎蜘蛛が顔を上げずに呟く。

影の中から染み出すように現れたのは、仕立ての良いスーツを纏いながらも顔半分が白骨化し、常に腐敗臭を漂わせている男だった。彼こそが、死者の道を司る体現者。

 

「申し訳ない。永田町の方で少々……魂の収穫に手間取ってしまって」

 

骸の声は、枯れ葉が擦れるような乾燥した響きを持っている。

 

「いや〜。インテリドクロの骸さんは、いっつも仕事が早いなぁ〜。どないです?霞が関の役人どもは?」

 

「確実に我々の思想に染まり始めてますよ。今回収穫した魂も、元をたどればこの東京から日本を裏から動かしている裏閣(りかく)からの、たっての依頼。邪魔になるであろう表の権力者達を相当数狩る事が出来ました」

 

「現代版百鬼夜行遂行には、裏閣の協力が必須やからね。ここで恩を売っといて損はないわな」

 

ここまで二人の会話を聞いていた酒呑童子が突然、瓢箪を叩きつけ、重々しく口を開いた。

 

「チッ……理屈はどうでもいい。要は、この国の邪魔な連中を皆殺しにして、俺たちに相応しい魔都に作り変える……。その準備が整ったという事か?」

 

「事はそんな漫画のように簡単にいくかいな。この鬼アル中。ただ殺すだけやあらへん。僕ら六道堕が狙うんは、現世と隠世の境界線をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせること。その為に巨頭村みたいな地方の忌み地や、呪いの瘴気が溜まっとる曰く付きの場所で怪異を使いながら、境界線の臨界点を調べとるんや。この地図の脈=東京の心臓部が限界に達した時、首都のど真ん中に、本物の地獄がせり出してくる。百鬼夜行の始まりっちゅー壮大な計画や。せやから言うたやろ。脳筋の酒呑さんには、こむずい話やぁって」

 

「そのために、残りの二人も動いているのね」

 

「せや。蜘蛛姉さんは物分かりが良くて助かるわ」

 

「この狐もどきが…」

 

「まぁまぁ酒呑さん。若気の至りだと思って」

 

滅三川が地図を畳もうとしたその時、廃墟の隅にある崩れかけた巨大な給水タンクの影からゴリ、ゴリという硬いものを咀嚼する不快な音が響いた。

 

「やっと来たかと思ったら、また食べてる。あんたの胃袋はどうなってるのよ」

 

女郎蜘蛛が心底嫌そうに目を細める。

影の中から這い出してきたのは、全身に継ぎ接ぎの毛皮を纏った大男だった。名は、獣忌(じゅうき)。しかしその頭部は、人の顔ではない。

数多の獣の皮を繋ぎ合わせて作られたような異様な被り物に覆われ左右で色の違う獣の瞳が、爛々と暗闇で光っている。

 

「……腹が……減る……。街や…人間の…澱んだ……欲の匂いが……喉を焼く……」

 

彼の声は、複数の獣の唸り声を合成したような、地響きに近い重低音。

その手には、どこから持ってきたのか、鉄筋の塊が握られており、彼はそれを飴細工のように噛み砕いては飲み込んでいく。

 

「ありゃりゃ。獣忌さん、それはデザートかいな? 相変わらず無機物から感情まで、何でも食いよんなぁ」

 

滅三川が揶揄するように近づくが、獣忌はその異様に太い腕を、無造作に振り回した。

 

「……滅三川……。巨頭村の……恐怖……あれは、味が薄かった……。でも……あの男…喰う価値が……ある…あれは…美味い匂いが満ちてる…濃い…喰わせろ…」

 

獣忌の背中の毛皮が逆立ち、廃墟全体に獣の檻の中に閉じ込められたような、逃げ場のない圧迫感が広がる。彼は知性がないわけではない。ただ、その思考の全てが捕食という本能に直結しているのだ。

 

「あー!獣忌さん!それ、しー!や。まだ内緒」

 

滅三川は、口元に人差し指を立ておどけてみせる。どうやら、千駄ヶ谷の情報は言わないつもりらしい。

それを目の当たりにした酒呑童子は再び苛立ち始めた。

 

「半妖が、またコソコソと胡坐しい真似ばかりしおって」

 

「よー突っかかってくるの〜。マーケティング言う言葉を知らんのかい?なんでもかんでもペラペラ喋ったら子供がおかんに何でもチクるのと一緒やろが!桃太郎呼んできたろか?あっ?」

 

場の空気が殺気を孕み、一触即発の事態になりかけたその時だった。

 

「……余興は終わりだ。お前たち…」

 

月明かりの届かない天井近くの梁に、一人の男が腰掛けていた。真っ白な狩衣を纏い、顔を白い布で覆った盲目の隠者

 

その名は、虚空蔵(こくうぞう)

 

彼は重力を無視したように音もなく飛び降りると、枯れ果てた蓮の花が舞うような幻影を背負って、一行の真ん中に降り立った。

 

「お待ちしておりました。空の御前」

 

言い争っていた五人の配下は虚空蔵の前で一斉に膝を付き、頭を垂れる。

 

「これで全員……六道堕の勢揃いや」

 

降り立った隠者の放つ天道の冷徹な威圧感に当てられ、鬼の首領も女郎蜘蛛も、魂を狩る髑髏も全てを貪る獣もそして、人の面を被る半妖も、その圧倒的な存在感に抗う事は出来なかった。

 

「さぁ…獲りにいくぞ…この腐りきった世界に蔓延る…汚れた魂を」

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