異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第11話 おっさん、次の標的と新たな……

 床にうずくまる男と、複雑そうな顔でそれを睨みつける虎太郎を一瞥し、バルドは踵を返した。

 

「――よし。ひとまずは帰るぞ」

「あ、おい!」

 

 慌てて虎太郎が立ち上がり、後を追う。

 周囲には、うめき声を上げる連中が転がったままだ。

 

「アイツら、このまま放っておいていいのかよ」

 

 虎太郎が後ろを振り返りながら問う。

 

「ふん。大丈夫だ」

 

 バルドは倉庫の出口へ向かいながら、淡々と言った。

 

「『呪い』もかけた」

「の、呪い?」

 

 虎太郎がぎょっと目を見開く。

 

「気にするな」

 

 本気でそう言うように、バルドは軽く肩をすくめる。

 

「それより――妹が心配していたぞ」

「あ……」

 

 虎太郎の顔色が変わる。

 

「そうだ、ひより! くそ、アイツらが何しでかすか……!」

「慌てるな」

 

 倉庫の外に出ると、薄っすらと雲がかかっている日が差してくる。

 バルドは空を見上げ、一瞬目を細めてから視線を戻し、車を止めていた方向へ歩き出す。

 

「その妹から依頼を受けて、あそこに行ったんだ」

「え……?」

「お前を、チームから抜けさせてほしいとな。……いい妹を持ったな」

 

 虎太郎は言葉を失ったように口を開きかけ、すぐに閉じた。

 何か言おうとして、結局うなだれたままバルドの横に並ぶ。

 

「……そうか」

 

 ぽつりと、それだけを零した。

 

 

 

 

 

 倉庫群から少し離れた空き地には、黒海会の車が一台停まっていた。

 フロントに背を預けるようにして、カズがタバコをふかしている。

 足元には数本の吸い殻、少なくとも数分前から、というわけではなさそうだ。

 

 車の中では、ひよりが不安そうに窓の外を見つめていた。

 指先で制服のスカートの裾をぎゅっとつまんでいる。

 

 バルドたちの姿に気づいたのか、カズが手を挙げた。

 

「あ! お疲れ様っす! ……って、そっちは」

 

 近づいてくる虎太郎の顔を見て、目を丸くする。

 

「虎太郎くんっすか?」

 

 バルドが無言で頷く。

 その様子を、車内から見ていたひよりが、弾かれたようにドアを開けた。

 

「お兄ちゃん!」

「ひより!」

 

 二人は駆け寄り、そのまま抱き合う。

 

「もう! 心配したんだよ!」

 

 ひよりの声は、怒りと安堵が混ざっていた。

 虎太郎は、その細い肩をぎこちなく抱き返し目を伏せた。

 

「……悪ぃ」

 

 短く謝る声は、妙に小さい。

 それを少し離れたところから見ていたカズは、うんうんと大げさに頷いた。

 

「いやぁ……家族っていいっすねぇ……」

 

「所で」

 

 ひよりがようやく虎太郎から離れ、バルドの方へ振り返る。

 

「なんでお兄ちゃんが一緒に?」

「連中の様子を見ていたところに、ちょうどお前の兄が来た」

 

 バルドは簡潔に説明する。

 

「都合が良かったからな、その場で話をつけてきた」

「本当ですか!?」

 

 ひよりの目がぱっと明るくなる。

 

「じゃあ、お兄ちゃんはもう……?」

「ああ」

 

 バルドは頷いた。

 

「もうチームとは関係ない」

「よかった……!」

 

 ひよりは、ぱっと虎太郎の方を向き、満面の笑顔を向ける。

 

 虎太郎の表情は、しかし複雑だった。

 解放された安堵と自分の不甲斐なさと、これからの不安とが入り交じっている。

 

「どしたの、お兄ちゃん?」

 

 ひよりが心配そうに覗き込む。

 

「顔、暗いよ」

「……いや、その……」

 

 言い淀む虎太郎の代わりに、バルドが口を開いた。

 

「それについては、戻りながら説明する」

 

 そう言って、車のドアに手をかける。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――場所を移して、黒岩調査・探偵事務所。

 

 まだ看板もなく、室内はどこかがらんとしている。

 朝に比べて、机や棚の位置が少しだけ整えられているあたり、しずくが多少なりとも“事務所にする気”はあるらしい。

 

 そのしずくは、ソファの向かい側に座り、腕を組んでバルドと虎太郎の話を最後まで聞いた。

 

「――なるほどね」

 

 ひと通り話を聞き終えて、しずくが息を吐く。

 

「それじゃあ、無事に虎太郎くんはチームを抜けられたけど……今度はひよりちゃんが狙われてるってわけ?」

「そういうことだ」

 

 バルドが頷く。

 

「まったく! なんて連中だよ!」

 

 カズが応接テーブルを軽く叩き、憤慨したように声を張る。

 

「薬だの人身売買だの、冗談じゃないっすよ。やくざより質が悪いじゃないっすか」

 

「……すまねぇ、ひより」

 

 ソファの端で、虎太郎が肩を落とした。

 両拳を膝の上で握りしめ、目を伏せている。

 

「お兄ちゃん……」

 

 ひよりは、自分も不安で仕方がないはずなのに、兄の背をそっと撫でた。

 

「全部、お兄ちゃんのせいってわけじゃないよ。その人たちが悪いんだから」

「でもよ……」

 

 虎太郎は歯を食いしばる。

 言い訳が、何一つ出てこないのは分かっている。

 

 バルドはその兄妹のやり取りをしばらく黙って見ていたが、やがて口を開いた。

 

「――そのことでだがな」

 

 場の視線が、彼に集まる。

 

「今後の、このギルド――」

 

 言いかけて、自ら首を振る。

 

「いや、“探偵事務所”だな。方針として、提案がある」

 

 言葉を選ぶように、少しだけ間を置いてから続けた。

 

「法で裁けぬ連中を――俺たちのやり方で、裁く。そういう仕事を、受けるのはどうだ」

 

 静かな声だった。

 だがその奥には、迷いのない硬さがあった。

 そして、その宣言に対して、どこか驚いたような表情で固まるしずくがいた。

 

(冒険者ギルドと変わらん)

 

 バルドにとっては、ただ看板の文字が違うだけだ。

 依頼を受け、調べ、必要とあらば斬る。それだけ。

 

「ま、待ってくださいよ」

 

 一番最初に声を上げたのは、カズだった。

 

「そ、その……聞こえはカッコいいっすけど。本気でそんなことやったら、親父っさんにも迷惑がかかるんじゃ……」

 

 視線が自然と、しずくへ向く。

 

「ど、どうします? お嬢?」

 

 しずくは、黙ったままだった。

 腕を組み、天井を一度見上げ、それからゆっくりと目を閉じる。

 

「どうだ」

 

 バルドが、追い打ちをかけるように問いかける。

 

 数秒の沈黙。

 やがて、しずくは目を開き、まっすぐにバルドを見た。

 

「――いいわね」

 

 短く、しかしはっきりと頷く。

 

「か、か、簡単に決めちゃって大丈夫なんすかお嬢!?」

 

 カズが半ば悲鳴のような声を上げる。

 

「父さんには、私から話す」

 

 しずくはそれだけ言って、カズを見た。

 

「いいわね、カズ」

「……お嬢がそう言うんでしたら……」

 

 観念したように、カズは頭をかいた。

 

「よし」

 

 バルドは、そのやり取りを見て満足そうに頷いた。

 

「そっちは任せた」

「ええ」

 

 しずくが、何かを決意したように視線を向ける。昨日までの様子とは何かが違う。

 その何かは、今のバルドにはまだ分からなかった。

 

「それでだ」

 

 バルドは構わず話を続けた。

 

「手始めに、ひよりを狙っている連中を片付けたい」

 

 ひよりが、小さく肩を震わせる。

 虎太郎が緊張したように居住まいを正した。

 

「あ、それなら」

 

 カズが、ぽんと手を打つ。

 

「聞いた感じだと、あいつらに恨み持ってる人、かなり多そうっすよね。そこから情報と依頼を引っ張ってくるってのはどうでしょう?」

「……ふむ?」

「ええ。今日みたいに、南條兄妹から金取るのもアレじゃないっすか」

 

 カズは苦笑いを浮かべる。

 

「だったら、あいつらにやられて困ってる人から“正式に”依頼を受けた方が、筋も通るし、事務所の食い扶持にもなりますし」

「そうね」

 

 しずくが頷いた。

 

「いい案だわ。ただ……そういう人を探すのに、ちょっと時間はかかるかもしれないけど」

 

 ネットで調べて、関係者を当って――

 頭の中で手順を思い浮かべただけで、しずくは疲れたようにこめかみを押さえた。

 

「ふむ」

 

 バルドは、テーブルの上に視線を落とした。

 

「そいつらと関係の深い連中を探せばいいのか?」

「まぁ、そうっすねぇ」

 

 カズが頷く。

 

「ネットとかで情報集めるってのが定石なんでしょうけど、俺たち、そういう“専門的な”ことはあんま得意じゃないっすし……」

「それなら――いい術がある」

 

 バルドはそう言うと、立ち上がり、ソファの脇に置いてあった袋を探った。

 

「術?」

 

 しずくが眉をひそめる。

 バルドは、袋の中から倉庫で拾ってきた拳銃を取り出した。

 

「なっ……!」

 

 しずくの顔色が一瞬で変わる。

 

「ちょ、ちょっと、それ本物!? なに平然と銃持ち歩いてんのよあんた!」

「気にするな」

 

 本気で“気にする必要はない”と思っている声だった。

 

「こいつは、さっきの男が持っていた。“縁”がついている」

 

 拳銃をテーブルの真ん中に置き、その周りに事務机から持ってきた紙とペンを引き寄せる。

 

「魔力を通せば、あいつと深く繋がっている者へ、道が伸びる」

「いやいやいや、“道が伸びる”ってどういう……そもそも魔力?」

 

 しずくのツッコミを受け流し、バルドは白紙のコピー用紙を一枚、テーブルの上に広げた。

 

 紙の端に、人差し指で小さな円を描く。

 見た目には何も残らないが、指先からはじわじわと魔力が染みていった。

 

(失せ物探しの応用だ。対象は“この銃と深く縁のある者”)

 

 拳銃にそっと手を置き、目を閉じる。

 

 銃に触れた人間――手入れをした者、引き金を引いた者。

 それらの“痕跡”が、魔素の中で微かな流れとなって残っている。

 

 それを紙へ――“写し取る”。

 

 しばらくの沈黙のあと。

 

「……うわ」

 

 カズが思わず声を漏らした。

 

 真っ白だった紙の表面に、灰色の線がじわりと浮かび上がってくる。

 インクでも鉛筆でもない。

 焼け焦げるような色の線が、勝手に走り、文字と簡単な図を形作っていく。

 

「なにコレ……」

 

 しずくも、思わず身を乗り出した。

 

 紙には、いくつかの“人の輪郭”と、そのそばに雑な文字列が浮かび上がっていた。

 名前なのか、あだ名なのか。

 そして、それぞれの横には、簡単な印――金の袋、ナイフ、アイコンのようなもの。

 

「こいつらが、この銃と縁の深い連中だ」

 

 バルドは、紙を指し示す。

 

「特に、この三人が濃い。金の匂いもする」

「金の匂い……?」

 

 ひよりが、小さく首をかしげた。

 

 バルドは、三つの輪郭のうちのひとつに指を置いた。

 そこには、他より少し丁寧に描かれたスーツ姿らしきシルエットと、横に殴り書きのような名前が浮かんでいる。

 

「あ……」

 

 ひよりが、小さく息を呑んだ。

 

「この人……知ってる」

 

 バルドとしずくが、一斉に視線を向ける。

 

「誰?」

「えっと……たまにテレビでも見る人で。うちからそんなに遠くないところに住んでる、その……」

 

 ひよりは、必死に言葉を探しながら続けた。

 

「お金持ち、っていうか。大きい会社の、人、らしくて。前に、お兄ちゃんたちのチームと揉めたって、聞いたことがあって……」

 

 ギャングに恨みがある。

 なおかつ、金も持っていそうな相手。

 

「……“メインの依頼主候補”ってわけね」

 

 しずくが、紙を見つめながら呟いた。

 

「じゃあ、まずはこの人に当たってみましょうか」

「俺が行きましょうか」

 

 カズが手を挙げる。

 

「こういうのは、まず俺がフロントで話聞いてきた方がいいっすよね。お堅い人っぽいですし」

「ええ。お願い」

 

 しずくが頷く。

 

「その間に、こっちは資料とか、ネットでその人のこと調べておくから」

 

 話が一段落しかけたところで。

 

「……なぁ」

 

 虎太郎が、ぽつりと口を開いた。

 皆の視線が、彼に向く。

 

「ここで――働かせてくんねぇか?」

 

 バルドは、何も言わずに目だけで続きを促した。

 

「俺ってよ」

 

 虎太郎は頭を掻きながら目を逸らした。

 

「学校にもそんな行ってねぇし、やりてぇこともねぇし、今までずっとブラブラしてるだけでさ」

 

 それをひよりが心配そうに見上げている。

 

「でも、今日……おっさんのこと見て思ったんだよ」

 

「俺を?」

 

 バルドが、少しだけ首を傾げる。

 

「ああ」

 

 虎太郎は顔を上げた。

 

「なんつーか……言葉にすんのは難しいんだけどよ。うらやましいって、思った」

 

「うらやましい?」

 

 カズが目を丸くする。

 

「何がっすか?」

「こんなふうになりてぇな、って」

 

 虎太郎は、不器用に言葉を紡いだ。

 

「誰かを助けるために拳振るってよ。筋の通らねぇ連中ぶっ飛ばしてよ。……さっきの、マジでカッコよかったんだよ」

「そうか」

 

 バルドは短く答え視線をしずくへ向けた。

 

「だが――俺が許可するわけにはいかん」

「え?」

 

 虎太郎が瞬きをする間もなくしずくに話を振る。

 

「お前が、この事務所の“頭”だ。決めるのはお前だろう」

「う……」

 

 急に振られて、しずくは天井を仰いだ。

 

「うーん……」

 

 数秒考え込み、それから虎太郎とひよりを見比べ、最後にバルドを指さす。

 

「まあ、バイトみたいな感じなら、いいんじゃない?」

「ホントっすかお嬢!?」

「ただし」

 

 しずくは、びし、と指を突きつける。

 

「世話を見るのは、あんたよ」

 

 指先はまっすぐにバルドを指していた。

 

「かまわん」

 

 即答だった。

 

「!?」

 

 虎太郎は慌てて立ち上がる。

 

「ありがとうございます!」

 

 しずくに向かって深々と頭を下げる。

 

「それと……」

 

 顔を上げ、今度はバルドに向き直る。

 

「じゃあ――兄貴」

 

 言葉遣いを変え頭を下げ直した。

 

「よろしくお願いします!」

 

 その呼び方に、バルドは一瞬だけ目を瞬かせたがすぐに受け止めるように頷いた。

 ひよりの方を見やる。

 

「……それで、お前はいいのか」

「え?」

「お前の兄はこれから危ないことに首を突っ込むかもしれん」

 

 バルドは淡々と告げる。

 

「それでも、ここで働かせていいと思うか」

 

 ひよりは、少し困ったように眉を寄せ、それから小さく笑った。

 

「ちょっと心配だけど」

 

 正直に言葉を選ぶ。

 

「でも、前みたいに毎日嫌々付き合わされてたお兄ちゃんよりは、全然いいと思う」

 

 ちらりと虎太郎を見る。

 

「少しは大人しくしてくれると、もっと嬉しいんだけどね」

 

「……悪ぃな」

 

 虎太郎が、頭をポリポリと掻く。

 

「心配かけて」

「うん。ちゃんと心配してるからね」

 

 ひよりは、少し目を潤ませながら笑った。

 

「でも、今はちょっとだけ安心してるよ」

 

 

 

 

 

 

 

「よし」

 

 バルドは立ち上がり、虎太郎の前に歩み寄る。

 

「虎太郎」

 

「お、おう?」

「お前は、今日から――冒険者だ」

「……冒険者?」

 

 聞き慣れない単語に、虎太郎が首をかしげる。

 

「ここでは“探偵の手伝い”かもしれんが、俺にとっては変わらん」

 

 バルドは、淡々と続ける。

 

「依頼を受ける。調べる。戦う。守る。そういう者を俺のところでは冒険者と呼ぶ」

 

 それは、彼にとって誇りある名だった。

 

「だから――」

 

 虎太郎の肩に、ぽんと手を置く。

 

「胸を張れ」

 

 虎太郎は一瞬だけ目を見開き、それから笑みに変えた。

 

「……冒険者、か」

 

 照れ隠しのように鼻を鳴らす。

 

「押忍!」

 

 短く、腹の底から声を出した。

 

 その声はまだ細いが――

 たった今、ここに“新しい冒険者”がひとり生まれたのは、確かだった。

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