異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第12話 おっさん、組長と話を付ける

 虎太郎とひよりは、カズの運転する車で自宅へと送られていった。

 車の窓越しに、ひよりが何度もこちらへ頭を下げているのが見える。

 虎太郎は、助手席でぎこちなく手を挙げていた。

 

 車が角を曲がって消えると、ひゅうと風が一陣吹いた。

 

「……行きましょうか」

 

 しずくが、肩掛けの小さなバッグを取り上げながら言った。

 

「黒岩組長のところか」

「ええ。父さん抜きで話を進めたら後で面倒くさいからね」

 

 バルドは頷き、事務所の入ったビルをもう一度振り返る。

 今日だけでずいぶん“ここでやること”は決まった気がした。

 

(あとは――組長の許可か)

 

 そう思いながら、しずくの後をついて歩き出した。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 黒岩邸――黒岩組の本拠地は、街の住宅地から少し外れた場所にある。

 

 古びた木の門。苔の浮いた石畳。

 手入れは行き届いているが、建物自体はそれなりの年月を重ねているのが分かる。

 

 通りからもその広さが分かる庭には、低く刈り込まれた植え込みの向こうに池と石灯籠。

 ただ、その一角は砕けた木片とブルーシートが痛々しく残っている。

 

 バルドは、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 

 二階建ての母屋は、黒い瓦と白壁のコントラストが強い。

 さらさらと木々の葉が揺れる音が耳に残る。

 

「お疲れ様です、お嬢さん」

「おう、客人」

 

 門をくぐると、先日の騒ぎで顔を見た組員たちが次々と頭を下げてくる。

 その表情は、警戒よりも“味方の強い男を見る目”に近い。

 

 しずくはそれを軽く受け流しながら、慣れた足取りで玄関へと進んだ。

 バルドも靴を脱ぎ廊下を歩く。

 

「父さんにはもう、電話で行くって伝えてあるから」

 

 そう言いながら着いたのは、応接用の和室だった。

 座卓と座布団。その向こうの壁には、墨絵の掛け軸。

 そして、庭に面した大きな障子が柔らかい光を室内に落としている。

 

 しばらく、湯呑みの湯気を眺めながら待っていると――

 

「おう、おう」

 

 障子がガラリと開き、黒岩が現れた。

 

 浴衣に羽織を引っかけただけのような簡素な格好。

 だが、しゅんとした立ち姿は依然と変わらず、年を感じさせない威厳を纏っているようだった。

 

「どうした、改まって」

 

 黒岩は座卓の向こうにどかりと腰を下ろし、二人を見渡した。

 

「探偵事務所の方は、どうだ?」

「そのことで、話があるのよ」

 

 しずくが、湯呑みに手を伸ばしながら言った。

 

「ん?」

 

 黒岩が訝しげに眉をひそめる。

 

「何か問題でもあったか?」

「問題は、これから起こす予定」

「物騒なこと言うなや」

 

 黒岩は小さく笑ったがその目は笑っていない。

 しずくは一度息を整え、バルドへ視線を送る。

 

「……バルドがね」

 

 そこから先の説明は、彼女が引き受けた。

 

 ――法で裁けない連中を、事務所として“引き受ける”こと。

 ――虎太郎とひよりの件。

 ――そして、その延長線上にいる半グレ連中のこと。

 

 バルドは、基本的に口を挟まず、必要なところだけ頷いて補足した。

 黒岩は、腕を組んだまま黙って聞いていたが、やがて「ふむ」と唸る。

 

「そりゃあ、筋としては分かりやすいがな」

 

 重たい視線が、しずくに向く。

 

「……それは、しずく。お前の“私情”が入ってやしねぇか?」

「私情?」

 

 バルドがわずかに片眉を上げる。

 黒岩は、ふぅと長い溜息を吐いた。

 

「お前、こいつにまだ話してねぇな」

「……別に、黙ってるつもりはなかったけど」

 

 しずくは湯呑みに視線を落とし、指で縁をなぞった。

 

「私ね」

 

 静かに口を開く。

 

「今でこそ、引きこもりみたいな生活してるけど――高校までは、そんなことなかったの」

 

 障子の外、庭の緑に視線をさまよわせながら続ける。

 

「普通の高校生だったわよ。部活して、放課後に友達とファミレス行って、テスト前に一緒に徹夜して」

 

 唇が、少しだけ歪んだ。

 

「まあ、“実家がやくざ”ってのはあったけどね」

 

 苦笑いのような、皮肉のような。

 

「あれは、私が高校二年の時」

 

 部屋の空気が少しだけ重くなった。

 

「親友がいたの。何でも言い合える、本当に、大事な子」

 

 しずくは一度、まぶたを閉じた。

 

「その子が――襲われて、死んだ」

 

 障子の外で、下校途中か子供たちの無邪気な声が聞こえる。

 

「県会議員の息子たちが容疑者だった。でも、圧力がかかって、捜査は“形だけ”になって……」

 

 警察が見せた“やっているふり”を、彼女は間近で見てしまった。

 

「テレビでは“悲しみの事故”みたいな扱いにされて。学校の中じゃ、“あの子はやくざの娘と付き合いがあったから”“自業自得だ”とか、好き勝手言われた」

 

 指先が、湯呑みの縁をぎゅっと掴む。

 

「稼業は嫌い。でも、組の人間は嫌いじゃない。父さんも、私を守ろうとしてくれてた」

 

 視線が一瞬だけ黒岩の方へ向く。

 親子の間に、短い沈黙が落ちる。

 

「でも、どうしたらいいか分からなくなったの。怒っていいのかも、悲しんでいいのかも分からなくなって……」

 

 そして、気がつけば。

 

「ズルズルと、家の中に閉じこもるようになった」

 

 しずくは、それだけを言い切ると湯呑みから指を離した。

 バルドは、静かに彼女を見ていた。

 

「……なるほどな」

 

 ぽつりと呟く。

 黒岩が、ふんと鼻を鳴らした。

 

「なぁ、しずく」

 

 親父としてではなく、ひとりの古い男としての声音だった。

 

「テメェの恨みつらみで、やろうとしてんじゃねぇのか?」

「そうよ」

 

 しずくは即答した。

 

「恨んで、何が悪いの?」

 

 静かな怒気が言葉の奥に潜んでいた。いや、潜ませようともしていなかった。

 

「のうのうと生きてるヤツを憎いと思って、何が悪いの?」

 

 黒岩は「しかしよ」と、眉間に深い皺を刻んだ。

 

「オヤジとしてはよ、お前にこれ以上――」

「俺からも、いいか」

 

 バルドが口を挟んだ。

 黒岩の黒い瞳がバルドを向く。

 

「俺のいたところの話だ」

 

 バルドは、言葉を探すように、一拍置いた。

 

「そこでは、街の外に“魔物”がいた」

 

「魔物、ねぇ」

 

 黒岩の口元がわずかに歪む。

 

「人を喰い、町を焼き、子どもをさらう。だが、それだけじゃない」

 

 バルドは続ける。

 

「城の中にも、魔物と変わらん連中がいた」

 

 貴族。領主。金と力を握った者たち。

 

「法はあった。だが、それは主に“貴族と大商人を守るための法”だ。平民が理不尽に殺されても、ろくに捜査もされん」

 

 しずくの肩がわずかに揺れた。

 

「だからこそ、“冒険者”がいた」

 

 バルドの声は淡々としている。

 

「魔物退治だけじゃない。闇深い仕事もする。悪行を重ねた領主の屋敷に忍び込み、証拠を集め、時には――首を落とす」

 

 黒岩がふっと目を細める。

 

「それで、国は持ったのかい」

「持った」

 

 バルドは即答した。

 

「貴族の腐敗はなくならん。だが、やり過ぎた者は“いつかどこかで裁かれる”という恐れを持つようになる。平民は、自分達で依頼を出し、金を集め、誰かに剣を託す」

 

 しずくが、じっとバルドを見つめていた。

 

「もちろん、冒険者も英雄じゃない。金目当ての奴もいれば、ただ戦いたいだけの奴もいる」

 

 それは事実だ。

 だが――

 

「それでも、“法が届かない場所”に、刃を持ち込む役目は必要だと、俺は思ってる」

 

 庭の緑が障子越しに揺れる。

 黒岩は、無言で湯呑みを手に取り、一口だけ啜った。

 

「ここも、似たようなものだろう」

 

 バルドは静かに続ける。

 

「法があっても、全部は救えん。“被害者の怒り”を受け止めきれず、行き場を失っている」

 

 しずくと虎太郎。ひより。

 彼らの顔が、頭の中に浮かぶ。

 

「俺は冒険者だ。やることは変わらん。場所が変わっただけだ」

 

 黒岩は、しばらく黙っていた。

 

「……ううむ」

 

 太い指が、膝の上で組まれる。

 しずくは、一歩も引く気配を見せない。

 真正面から父を見据え、その視線を受け止めている。

 

 やがて、黒岩は、大きく息を吐いて頭を掻いた。

 

「しかたねぇな」

 

 そう言って、しぶしぶといった風に口を開く。

 

「条件を出す」

「聞こう」

 

 バルドは頷いて、身を乗り出した。

 

「一つ。表の一般人は、絶対に巻き込むな。狙うのは、明確に“線を越えた”連中だけだ」

「ああ」

「二つ。デカい動きをする時は、必ず一度、俺に話を通せ。勝手に組の名前を使うな」

「了解した」

「三つ。しずく」

「なに」

「テメェも現場に出る気、満々だろうが――最前線は避けろ」

 

 しずくが、むっと眉をひそめる。

 

「書類と金の管理、情報集め。そっちで頭を使え。危ねぇところに首突っ込んだら、流石に俺も止める」

「……分かってるわよ」

 

 完全には納得していない顔だったが、しずくは頷いた。

 

「四つ」

 

 黒岩は、バルドに視線を戻す。

 

「ウチの名前を借りる以上、こっちのシマで妙な揉め事は起こすな。必要以上に血を流すなってことだ」

「必要な分だけで済ませる」

「口で言うのは簡単なんだがな」

 

 黒岩は苦笑し肩をすくめた。

 

「まぁ……それくらいだ」

「十分だ」

 

 バルドは素直に頷いた。

 

「約束しよう」

「おう」

 

 黒岩は鼻を鳴らした。

 

「で――こんな話をわざわざしに来たってことは、すでに何かあんだろ?」

 

 バルドは、虎太郎とひよりの一件を、端的に説明した。

 

 半グレ集団。都心のギャング。妹に目を付けた幹部。

 黒岩は無言で聞きながら、時折、指先で畳をとん、と叩いた。

 

「……そうか」

 

 話が終わると、低く呟く。

 

「そんな奴らが、この辺りで幅利かせ始めてやがるか」

 

 しばらく黙考したあと、黒岩は視線を上げた。

 

「ウチから、そのひよりって娘を――陰から見ておいてやる」

「え」

 

 しずくが目を瞬かせる。

 

「いいの?」

「ああ」

 

 黒岩は、当然だと言わんばかりに答えた。

 

「うちらのシマでよ、好き勝手やられちゃ面目が立たねぇ。それに、そいつらが暴れりゃこっちにも火の粉が飛んでくる」

 

 口元に、わずかに笑みが浮かぶ。

 

「勝手だが、シマの秩序ってもんは守っときてぇんだよ」

「……ありがとう」

 

 しずくは、かすかな声で礼を言った。

 

「へん」

 

 黒岩は、照れ隠しのようにそっぽを向く。

 

「娘の友達だか、その妹だか知らねぇが――泣かれたら寝覚めが悪ぃからな」

 

 それは、照れくさいほど真っ直ぐな“親父の論理”だった。

 

「あと一つ」

 

 バルドが、そこで口を挟む。

 

「虎太郎を雇う件も、話しておきたい」

「ああ、そうだったわね」

 

 しずくが思い出したように頷く。

 

「南條虎太郎ね。バルドの“弟子”って扱いで、事務所でバイトさせようと思ってる」

「まぁ、いいんじゃねぇか?」

 

 黒岩はあっさりと言った。

 

「いいのね」

「カズだけだと大変かと思ってよ、こっちからも誰か出そうとしてたところだ」

 

 黒岩は、口の端を持ち上げる。

 

「その虎太郎ってガキを雇うってんなら、それで処理しとけ。しずく、お前の方で手続き頼むわ」

「分かったわ」

 

 しずくが頷くと、話は一段落した。

 

 

* * *

 

 

 黒岩邸を出る頃には、大分陽が傾きかけていた。

 庭の影が長く伸び、壊れた塀の向こうで、犬が一匹うとうとと寝転がっている。

 

 門を出るとき、しずくは一度だけ振り返った。

 母屋の二階には、彼女の部屋がある。カーテンが薄く揺れているのが見えた。

 

「戻るぞ」

 

 バルドが言うと、しずくは「ええ」と頷いて隣に並んだ。

 それから――なぜか、そのまま事務所と同じ方向に歩き出す。

 

「……そのまま家にいないのか」

 

 バルドが、不思議そうに尋ねた。

 

「さっきの話、覚えてる?」

 

 しずくは前を向いたまま言った。

 

「俺のところの話か?」

「違うわよ。私の話」

 

 しずくの足取りは、決して早くはないが、迷いはなかった。

 

「お前の友人が死んだ、という――あれか」

「ええ」

 

 しずくは、少しだけ口元を引き結んだ。

 

「アイツらを、私は許せない」

 

 その声には、数年分の想いが込められているようだった。

 

「のうのうと生きてる。のほほんとテレビを見て、笑って、今も、あんな事なんて無かったみたいに……」

 

 拳を握る音が、すぐ隣で聞こえた。

 

「私が何しても、どうにもならないって分かってた。父さんだって、表立って動けば組が潰れる。だから、諦めるしかなかった」

 

 しずくは歩みを止める。

 夕方の光が、彼女の横顔を照らしていた。

 

「でもね」

 

 ゆっくりとバルドの方へ向き直る。

 

「あなたが“裁く”って言ってくれるなら――」

 

 暗い瞳の奥に、燃えるような光が宿る。

 

「私も、あなたに依頼する」

 

 言葉を選ぶように、ひとつひとつ。

 

「やってくれる? 冒険者さん」

 

 しずくの声は静かだが、その奥には熱い炎が見えるようだった。

 

 バルドは、少しだけ口元を吊り上げた。

 それは、こちらに来てから何度か見せた“獲物を見つけた時”とはまた違う笑みだった。

 

「――いいとも」

 

 獰猛というより、どこか誇らしげに。

 

「それが、俺の仕事だ」

 

 夕暮れの路地に、二人の影が並んで伸びた。

 

 こうして、“黒岩調査・探偵事務所”は――

 法の外側で怒りを抱えた者たちの、“冒険者ギルド”としての一歩を踏み出したのだった。

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