異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第14話 おっさん、依頼主(仮)に会いに行く

 バルドと虎太郎が、肩を並べて事務所に戻ってきた。

 

 長い階段を上がりドアを押し開けると、古い匂いが鼻をくすぐる。

 あれこれと物が増え始めたとはいえ、まだ倉庫として使っていた時の名残が抜けていない。

 

 応接セットの奥――事務椅子に足を組んで座っているのはしずく。

 木箱の上に腰を下ろし、コンビニのコーヒーをすすっているのがカズ。

 そして、応接用の長椅子には、最近見慣れた少女が、手を膝の上に揃えてちょこんと座っている。

 

「お、おい! なんでひよりが!?」

 

 虎太郎が思わず声を張り上げた。

 

「えーっと、その……お兄ちゃんが心配で……」

 

 ひよりはばつが悪そうに目を伏せる。

 

「う……」

 

 軽く呻いて虎太郎は頭をがしがしと掻いた。

 自覚はあるのだろう。

 妹を危険から遠ざけたい気持ちと、自分がその原因になっているという負い目が表情にごちゃごちゃと浮かんでいる。

 

「まあまあ」

 

 カズがいつもの調子で手をひらひらさせた。

 

「一人で家にいるよりは事務所に一緒にいた方が安全かもしれないっすから! 俺もいますし!」

 

 そんな様子を見ながら、しずくが肩を竦めて輪に加わってくる。

 

「はいはい。じゃれてないの」

 

 パンパンと手を叩きながら間に入り、それからひよりに目を向けた。

 

「ひよりちゃんは、今日のところは一旦ここにいていいわ。カズもいるしね」

 

 ひよりは、ほっとしたように小さく頭を下げる。

 それより、としずくは言った。

 

 机の引き出しから紙の束を取り出すと、数部に分けて配り始める。

 

「昨日、あれから――例の依頼人候補について調べたわ。見ながら聞いて」

 

 それぞれが紙の資料をしずくから受け取る。

 

 バルドはソファに腰を下ろし、膝の上に資料を広げる。

 しずくはローラー付きの事務椅子で机の前。

 カズは相変わらず木箱の上。

 虎太郎とひよりは長椅子に並んで座り、ひよりは兄の肩越しに紙を覗き込んでいる。

 

「対象の名前は――」

 

 しずくが、自分の分をペらりとめくった。

 

「井之頭十蔵《いのかしらじゅうぞう》、七十三歳。井之頭食品の会長。今は息子さんに社長職を譲って半分引退してる感じみたいね」

 

 紙には、広報誌か何かの切り抜きと思しき写真が貼られている。

 白髪をきちんと撫でつけ、柔らかそうな笑みを浮かべた老人。

 その横には略歴と“地域に根ざした食品企業として”という美辞麗句が並んでいた。

 

「日中は、会食に出たりゴルフに行ったり」

 

 しずくは、ぺらりと指で紙を送る。

 

「――まあ、いわゆる“充実した老後”ってやつね。とても半グレと付き合いがある感じじゃないわ」

 

 その下には、ネットで拾える噂話のまとめが印字されている。

 地元のイベントに顔を出し、寄付も惜しまない“いい人”像。

 スキャンダルらしいスキャンダルは見当たらない。

 

「そうっすねぇ」

 

 カズが身を乗り出して紙を眺める。

 

「普通の“金持ちのじいちゃん”って感じっすけど……」

「たまにお散歩してるの見たことあるけど、いい人そうでしたよ?」

 

 ひよりもおずおずと続ける。

 目を細めて挨拶を返してくれた、と小さく付け足した。

 

 バルドは黙って紙面を追っていた。

 

(“善良な老人”か。裏の顔があるのか、それとも)

 

 横で虎太郎も難しい顔をしてプロフィールを眺めていた。

 

「で、どうするのかしら?」

 

 しずくがバルドに視線を向ける。

 自然と場の視線がバルドに集まった。

 

「……忍び込んで、問い詰める」

 

 考えた結果、口から出たのはいつものやり方だった。

 

「夜を待って屋敷に忍び込み、秘密の書類を押さえ、本人に――」

「却下」

 

 ぴしゃり、としずくが切って捨てる。

 

「むう……」

 

 バルドはわずかに眉間に皺を寄せた。

 

「悪徳貴族の屋敷に忍び込むのはよくある話なのだが……」

 

 しずくは深いため息をついた。

 

「仕方ないわね。どれだけ確実かは分からないけど――やらないよりはマシかしら」

「何をする」

 

 バルドが問うと、しずくはスマホを取り出した。

 

「都合がいいことに――」

 

 しずくはスクロールした画面を皆に向けて見せる。

 

「ちょうど今日、近くのゴルフ場に行ってるらしいのよ。息子社長と一緒に」

「なんで分かるんすか!?」

 

 カズが素っ頓狂な声を上げる。

 

「こういうのは、だいたい自分たちで教えてくれるのよ」

 

 しずくの指先が画面を軽く叩く。

 

 そこには、井之頭食品の公式SNSとやらが映っていた。

 芝生の上で腕を組む社長と会長。キャプションには「本日は取引先様とゴルフです」と、呑気なコメント。

 

 投稿時刻は、今日の朝だった。

 

「ここで出待ちして、話を持ち掛ける」

 

 しずくは、スマホをぱたんと伏せる。

 

「まあ、賭けみたいなものだけど。やらないよりはマシ、でしょ」

「ふむ……」

 

 悪くない手だ。

 

「それじゃあ、準備しないとね」

 

 しずくがそう言い、意味ありげな目でバルドを見た。

 その視線の意図に気づいた瞬間、バルドの背中を小さな悪寒が走る。

 

(……嫌な予感がするな)

 

 

 

* * *

 

 

 

 ゴルフ場に併設されたカフェは、思った以上に賑わっていた。

 

 全面ガラス張りの窓の向こうには、広大な芝生と白いカートが行き交う光景。

 室内にはコーヒーの香りと、焼き菓子の甘い匂いが漂っている。

 

 この施設は、ゴルフ場利用者だけでなく一般客も受け入れているらしい。

 休日の午前ということもあって、子連れの家族や年配の夫婦がのんびりとテーブルを囲んでいた。

 

 その一角のテーブルに、バルドとしずくが向かい合って座っている。

 

「……にしても」

 

 しずくがカップの縁を指でなぞりながら、向かいのバルドをじろりと見た。

 

「似合ってるんだか、似合ってないんだか」

 

 その視線を受けて、バルドはむすっとした顔を返した。

 

 今のバルドは借り受けた服ではなく――黒いスーツを着ていた。

 白いワイシャツに、首元には締め付けの強い布――ネクタイを締めている。

 

(首に縄を掛けられている気分だ)

 

 これがこの服装での“礼儀”なのだと説明はされたが、どうにも慣れない。

 吊るしのスーツゆえに、袖や裾がわずかに合っていない部分もある。

 だが、そのアンバランスさも含めて、長身で筋肉質な体を包んだ黒の上下は、“場慣れした外国人の護衛”のような印象を与えていた。

 

 しずくの方も、いつものゆるいパーカーではない。

 体のラインを拾いすぎない程度に仕立てられたパンツスーツ。

 シャツの第一ボタンはきちんと留め、髪を低い位置でまとめている。

 

 普段の“引きこもり娘”の面影は薄く――どこかの企業の若手社長と言われても納得してしまいそうな雰囲気だった。

 

「恰好だけとはいえ、ちゃんとして見せておけば門前払いになる可能性も低くなるでしょう?」

 

 しずくはそう言って肩をすくめる。

 バルドは喉元を締め付ける布を指で少し緩めながら、黙って水を一口飲んだ。

 

 二人は周囲からちらちらと視線を受けていた。

 

 スーツ姿の若い女と、筋骨隆々の外人――そこに妙な“緊迫感”があるのだろう。

 だが当の本人たちはほとんど気にしていない。

 

 少し離れた席では、カズと虎太郎、ひよりの三人が小さく身を寄せ合ってその様子を眺めていた。

 

「いやぁ……お嬢が美人なのは知ってたっすけど」

 

 カズがストローを弄びながら感嘆の息を漏らす。

 

「バルドの旦那と二人であんな恰好してると、映えるっすねぇ」

 

 ひよりは同意するように、うんうんと大きく頷いた。

 

「すごい……映画とかに出てくる人たちみたい」

「まるで……あれだな」

 

 虎太郎がぼそりと呟く。

 

「ハリウッドの筋肉俳優と、敏腕マネージャーって感じ」

「……まんまじゃないっす?」

 

 三人はひそひそと笑った。

 そんなことを言われているとは露知らず、バルドとしずくはそれぞれのカップに口をつけていた。

 

 やがて――

 

 ゴルフ場へ続くガラス扉が開き、ひときわ大きな笑い声がカフェに流れ込んだ。

 

 グリーンの上から戻ってきたばかりなのか、日焼けした顔にうっすら汗を浮かべた男たちの一団。

 その中に、資料で見た顔があった。

 

「……いたわね」

 

 しずくが小声で呟く。

 

 井之頭十蔵。

 紙面の柔らかな笑顔と同じ。だが、実物はもう少し骨張っていて、目尻の皺に刻まれた人生の深さが見て取れた。

 

 その隣には、よく似た輪郭の中年男――息子の社長だろう。

 派手すぎないが上質そうなポロシャツにスラックス。

 その反対側に、若い女が一人。ブランド物らしきバッグを肩にかけ、楽しげに話しかけている。

 そして少し後ろに、ガタイのいい男が一人。

 髪を短く刈り込み、サングラスを頭の上に乗せたその男は、明らかに“護衛”か、それに類する役割に見えた。

 

 一行は慣れた様子で店内に入り、窓際のテーブルに陣取った。

 店員が注文を取りに来ると、ビールだのアイスコーヒーだのと慣れた様子で飲み物を頼んでいる。

 

 注文を終えたのを確認し、しずくはバルドに目配せをした。

 

「……行くわよ」

「うむ」

 

 バルドは短く頷き、椅子から立ち上がる。

 ジャケットの裾を軽く整え背筋を伸ばすと、自然と“それらしい”立ち姿になった。

 

 二人が歩み寄るのに気づき、護衛らしき男がすっと席の前に出る。

 

 だが――

 

 井之頭会長がチラリとバルドたちにに視線を向け、次いで護衛らしき男に視線を向ける。

 その意図を組んだのか、前には出ずに後ろに下がり、椅子には戻らず会長たちの背後に立ち位置を変えた。

 

 その動きを見届けてから、しずくが一歩前に出た。

 

「初めまして――井之頭会長でいらっしゃいますか?」

 

 にこやかながらも、どこか“仕事モード”の声だ。

 

「いかにも」

 

 井之頭会長が穏やかに返す。

 声は年齢の割に張りがあり、耳もはっきり聞こえているようだ。

 

「急なご挨拶で申し訳ございません。私、こういう者です」

 

 しずくは、慣れた手つきで名刺を差し出した。

 

 白地に黒い文字。

 “黒岩調査・探偵事務所”の名前と、その下に小さく“代表 黒岩しずく”と印字されている。

 

「黒岩……?」

 

 井之頭会長の眉がわずかに動いた。

 

「黒岩組か?」

「あら」

 

 しずくが目元だけで笑う。

 

「父をご存じですか? はい、娘の黒岩しずくと申します。お見知りおきを」

「ふむ」

 

 井之頭は、小さく頷いた。

 

「黒岩のとこのお嬢さんか。お父上の事は多少は知っておるよ」

 

 そう言いながら、視線が横に立つバルドへと移る。

 しずくはその視線の動きを捉えて、すかさず紹介した。

 

「こちらは、私付きの護衛のようなものです」

 

 一瞬だけ言葉を区切り軽く微笑む。

 

「――最近、物騒ですから」

 

 その一言に、会長の眉がほんの少しだけ寄った。

 

 “物騒”という単語の中に、自分に向けられた含みを察したのかもしれない。

 

「何か、お困りごとが無いかと思いまして」

 

 しずくは、丁寧な口調を崩さずに続ける。

 

「ぜひ一度お話を伺いたく、不躾かと思いましたが――こうしてお声を掛けさせていただきました。申し訳ございません」

 

 井之頭会長は、そのままじっとしずくを見た。

 

 その眼差しは、ただの好々爺のものではない。

 長年、金と人間を見てきた者の値踏みするような視線。

 

 バルドは、その横顔を横目に見ながら黙って様子を伺っていた。

 

(さて――この老人は、“どちら側”の人間か)

 

 井之頭十蔵の瞳が、ゆっくりとバルドの方へも流れてくる。

 

 スーツ姿の“外人護衛”と“やくざの娘の探偵”。

 その奇妙な取り合わせを前に、会長はわずかに顎を撫で――何かを考えるようにしばし沈黙した。

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