異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第15話 おっさん、失せ物探しの術を使う

「ふむ、立ったままというのもあれだ。どうです、ご一緒しませんかな」

 

 井之頭会長が、ゆっくりと椅子をひとつ、こちら側へ押しやる。

 指先の動きは老境らしくゆるやかだが、目の奥にはまだ油断のない光が残っていた。

 

「ありがとうございます」

 

 しずくが、柔らかい笑みを浮かべて腰を下ろす。

 バルドはその背後に一歩下がり、無言で立つ。

 

 貴族の護衛を請け負っていた頃を思い出す。

 前に置くのは、矢を受け止める盾ではなく“顔”と“言葉”を扱う者。

 自分はただその背中を守り、必要な時だけ手を出せばいい。

 

 役割は違えど構図はあまり変わらない。

 しずくが座ったことで、向こうも改めて姿勢を整えた。

 

「ワシのことは、もうご存じだろうが――」

 

 井之頭会長がどこか芝居がかった調子で言葉を継ぐ。

 

「こっちは息子の武三。ワシの後釜で社長業をしてもらっておる。それから、そちらが……」

 

 会長の視線に促され、隣の男が軽く頭を下げた。

 五十前後だろうか。肩幅が広く、手の甲にはうっすらと節くれた筋が浮いている。

 飾り立てた“二代目”というより、現場も踏んできた古参の兵士――そんな印象を、バルドは受けた。

 

「初めまして。井之頭食品社長の井之頭武三《いのかしらたけぞう》です。父共々、お世話になります」

 

 続いて、会長のもう一方の隣に座っていた女が穏やかに微笑む。

 

「初めまして」

 

 少し低めの、よく通る声だった。

 

「井之頭さんとは、少し前からお仕事でご一緒させていただいてます。新道寺薬品、社長の新道寺亜由美《しんどうじあゆみ》と申します」

 

 艶のある黒髪を肩で揃え、上品な小振りのアクセサリーだけを身につけている。

 年の頃は三十代半ばか。柔らかさと鋭さが同居した瞳をしていた。

 

「ありがとうございます。では、私も改めて」

 

 しずくが軽く会釈し、自己紹介を返す。

 黒岩探偵事務所の代表であること、父が黒岩組の組長であることを必要最小限の言葉で告げる。

 

 当然のように、バルドは後ろで控えたまま。

 名前を名乗ることもない。護衛とはそういうものだ。

 

「さて――」

 

 形式上の挨拶が一通り済んだあと、井之頭会長の目が細くなる。

 

「それで、黒岩さんのところのお嬢さんが、改まって何のご用ですかな?」

 

 探るような、しかし敵意までは含まない声音。

 長年、様々な“売り込み”を受けてきた者のクセだろう。

 

 しずくは、こほんと軽く咳払いをした。

 

「いえ、お渡しした名刺にもございます通り――」

 

 声色は、あくまで世間話を切り出す時のものだ。

 

「近々、興信所を立ち上げることになりまして。お困りの方がいらっしゃらないかと、お声がけしているんですよ」

 

 一拍置いてから、少しだけ表情を崩す。

 

「お恥ずかしながら、我が家の“稼業”のこともありまして……古くからの知り合いの方には、こういった業種にあまりいい顔をしていただけなくてですね」

 

 苦笑まじりに頭を掻く仕草も、それらしかった。

 

「新規のお客さまを獲得するためにも、こうして地道な営業をさせていただいている、というわけでして」

 

 井之頭会長は「ふむ」と短く唸り、頷いた。

 その反応を確認して、しずくは更に続けた。

 

「まあ、“興信所”といってもいわば何でも屋みたいなものです」

 

 指先で卓上の紙ナプキンを押さえながら、軽い調子で言葉をつなぐ。

 

「何かお困りごとがあれば、それを解決するのがお仕事。そうですね……例えば――」

 

 そこで一瞬だけ、言葉に重みを乗せた。

 

()()()()()()()()()()()()とか」

 

 その瞬間、井之頭会長の顔がほんのわずかに強張った。

 気づいたのは、正面に座るしずくと、その背後から三人をまとめて観察していたバルドだけだろう。

 

(今の一言に、何かが引っかかったな)

 

 バルドは胸中で呟く。

 

「そうですね……井之頭会長のほうでは、最近、何かお困りのことなどはございませんか?」

 

 しずくは、あくまで営業の一貫のような口ぶりで続ける。

 

「天下の井之頭食品会長からのご依頼を成し遂げた、となれば――私どもとしても、少しは“箔”がつくというものですし」

 

 井之頭会長は、手元のカップに視線を落とし、ひと口コーヒーを含んだ。

 

「……なるほど。ご苦労されておるようですな」

 

 会長の声は、先ほどと変わらず穏やかだった。

 

「私どもも、何かあればご相談させていただきたいところですが――幸いにして、そういった()()()()とは縁がありませんのでな」

 

 丁寧な断りの文句。

 だが、その「縁がない」という言葉に“嘘の匂い”をバルドは感じ取る。

 正確には、バルドの視界には、はっきりと赤いオーラを放つ井之頭会長の姿が見えていた。

 『看破の魔術』。対象の言葉に対して、虚実を判断付ける魔術。

 真実を話していれば青。嘘を言っていれば赤になる。

 

 しずくの背中に、そっと視線を落とす。

 ジャケット越しに見える肩甲骨のラインめがけて、人差し指で小さく“トン”と触れた。

 

 それだけで、しずくは話の流れを切り替える。

 

「ふうむ。そうですか……それは残念――」

 

 一度、残念そうに眉を寄せる。

 

「……あ!」

 

 そして、ぱん、と手を叩いた。

 先ほどまでの“仕事モード”から、わざと少し年相応の軽やかさを滲ませる。

 

「そうだ、せっかく皆さまもご一緒ですし――私どもが、他の興信所と違うところを“デモンストレーション”させていただく、というのはいかがでしょう?」

「ほう?」

 

 武三社長が、興味を引かれたように首を傾げる。

 

「実力も分からない新参に、大切なご相談を持ちかけるのは……難しいでしょう?」

 

 しずくは肩を竦めてみせる。

 

「ですから、ちょっとした“遊び”みたいなものです。お気軽に受けていただければ」

 

 にこにこと笑みを浮かべながら、会長たちの顔を順に見渡す。

「どういうことかね?」という言葉が出かかるより早く、しずくが切り出した。

 

「それでは――試しに。新道寺社長、よろしいですか?」

 

 指名され、新道寺は一瞬だけ目を丸くした。

 だがすぐに、唇に笑みを浮かべる。

 

「面白そうね。ええ、構いませんわ」

「では、何か“失くした物”などはありませんか?」

 

 しずくが問うと、新道寺は「ええと……」と視線を宙に泳がせた。

 

「そうだわ」

 

 ぱっと顔を明るくする。

 

「この前、新しく買った時計をなくしちゃったの。出先で何かの拍子に外した時だと思うんだけど、結局出てこなくて……」

 

 困ったように笑う仕草だったが、その口ぶりから、その時計がただの小物ではないことはバルドにも察せられた。

 

「分かりました。それでは――」

 

 しずくは、指先をテーブルの上に揃えながら落ち着いた声を出した。

 

「その時計のことを、できるだけはっきりと頭の中に思い浮かべてみてください。そのまま、私の手を握っていただけますか?」

 

 新道寺が「こうかしら」と言いながら、両手のうち片方を差し出す。

 しずくは、その手をそっと包み込むように握った。

 

 テーブルの上で向かい合って手を取る二人を、周囲の視線が自然と引き寄せられていく。

 武三社長も、井之頭会長も、興味深そうにその様子を眺めていた。

 

 バルドは、しずくの背後に立ったままその背にそっと自分の掌を重ねる。

 

 他者から見れば、護衛が“主人”の背後で控えているというだけのありふれた光景。

 だが、その掌から、目には見えぬ“流れ”がそっと送り込まれていく。

 

(失せ物探しの術式――)

 

 旅の途上で、街占い師の真似事をして身銭を稼いだことがある。

 その時に身に付けた呪のひとつだ。

 こちらに来てからその精度はさらに増していた。

 

 新道寺の手を通して、時計の形、重さ、手首に触れた時の感触、その金属の冷たさ――

 それらの“記憶の欠片”を辿り、周囲の空間に染みついた同種の気配を拾い上げていく。

 

 しずくは、もっともらしく目を細めて唸っている。

 

「むむむ……時計は、近くにありますか?」

 

 天井の方を見上げるようにして、少し大げさに問いかけた。

 問いかけに対する答えは、すでにバルドには分かっている。

 “はい”だ。

 

 バルドは、しずくの背中を指先で小さく一度つついた。

 

「なるほど……どうやら、近くにあるようですね」

 

 しずくは、目を閉じたままうなずく。

 

「まあ……」

 

 新道寺が、握られていない方の手で口元を覆った。

 

 しずくは、手を握ったまま、今度は空中に片腕を伸ばした。

 ゆっくりと左右へ動かし、ぐるりと円を描くように動きを続ける。

 

 ある方向を通り過ぎた瞬間、バルドは再び背中を“トン”と突く。

 腕が戻ってくるのを待ち、もう一度同じ方向を通ったところで、もう一度。

 

 そこでしずくは、ぴたりと腕を止めた。

 ゆっくりと目を開き、その指先の延長線上を見遣る。

 

「――見えました。こっちですね」

 

 立ち上がりながら言う。

 

「もう離していただいて大丈夫です」

 

 新道寺の手をそっと離し、腕が指し示していた方角へと歩き出した。

 

「え、ええ……」

 

 新道寺が慌ててスカートの裾を押さえながら立ち上がる。

 つられるように、武三社長と井之頭会長も席を立ち、少し離れた場所で様子を見ていたカズたちも、気づかれないように慌てて後を追った。

 

 カフェを抜け、ガラス扉を押して外へ出ると、湿り気を帯びた芝生の匂いと車の排気の匂いが混じった空気が肌に触れた。

 

 駐車場には止まっている車は少ない。

 しずくの腕が指し示した方向には、ちょうど一台分だけ車が停まっていた。

 

 黒光りするセダン。

 ボディの艶からして、手入れの行き届いた車だろうというのが分かる。

 

「……こちらのお車は?」

 

 しずくが、歩み寄りながら訊ねる。

 

「私の車ですわ」

 

 新道寺が答える。

 

「今日は井之頭会長たちとの会食も兼ねていましたので、社用車で。乗っているのは、うちの秘書です」

「なるほど」

 

 しずくが小さく頷いた、その時。

 

 車の中でハンドルに寄りかかっていた男が、こちらに気づいたように慌てて体を起こした。

 運転席のドアが開き、スーツ姿の男が飛び降りる。

 

「しゃ、社長! どうされたんですか? それに……」

 

 新道寺に駆け寄りながら、後ろに連なる一団――特に、バルドの巨体と、冷ややかな視線に気づいて目を見開いた。

 

「ええ、実はこちらの方が探偵さんらしくて」

 

 新道寺は、少し楽しんでいるような声で言う。

 

「失くした物を見つけて下さるんですって。ほら、この間も言ってたでしょう? 時計が無くなったって」

 

「は、はあ……」

 

 秘書の男は曖昧な返事をする。

 額に、細い汗がにじみ始めていた。

 

 皆の視線が自然と、その男に集まっていく。

 

 その隙に、バルドはしずくの耳元に身を寄せ、低く囁いた。

 短い言葉を聞いたしずくは、一瞬だけ目を見開き――すぐに、何事もなかったように表情を戻した。

 

「さて、新道寺社長」

 

 少し歩を進め、車の前でくるりと振り返る。

 

「なくされた時計ですが――どなたかに“預けた”。なんてことはありませんよね?」

 

 念押しするように問う。

 

「ええ、もちろんですわ」

 

 新道寺は、きっぱりと言い切った。

 

「世界にも数十本しかない作品ですもの。他人に預けるなんて、以ての外です」

 

「なるほど」

 

 しずくは、口元に手を添えた。

 

「それでは、“同じもの”が、ここにもう一本あるというのは――おかしな話ですね」

 

 そう言い終えると、自然な動きでバルドに視線を送る。

 バルドは、心得たとばかりに一歩前へ出た。

 

「失礼」

 

 短く断りを入れ、秘書の男との距離を詰める。

 

「え、あの――」

 

 男が慌てて後ずさろうとするより早く、その懐に滑り込む。

 肩口に軽く手を置いて体勢を固定し、もう片方の手をジャケットの内ポケットへと差し入れた。

 

 男の体がびくりと震える。

 だが、抵抗らしい抵抗をする余裕もない。

 

 布の感触の奥――冷たい金属の重みが指先に触れた。

 

 バルドは、それを掴み取りすっと引き抜く。

 日光を受けて、豪奢な意匠の腕時計が輝いた。

 

「それは……!」

 

 新道寺が目を見開く。

 秘書の顔から血の気が引いていくのが、はっきりと分かった。

 

「こちら――お探しの時計で、間違いありませんか?」

 

 バルドが、時計を新道寺に向けて差し出す。

 

「……間違いありません!」

 

 新道寺は、震える手でそれを受け取り裏面の刻印を確かめた。

 

「どういうことなの!?」

 

 視線が、きつく秘書に向けられる。

 

「も、申し訳ございません! つ、つい、出来心で……!」

 

 秘書は、地面に額をつけんばかりに頭を下げた。

 

「言い訳は聞きたくないわ」

 

 新道寺の声は、先ほどまでの柔らかさを消していた。

 

「警察に行くわよ」

 

 踵を返そうとしたところで武三社長が慌てて口を挟む。

 

「お一人だと物騒ですよ。自分もご一緒します。会長、少し席を外させていただきます」

 

「うむ」

 

 井之頭会長は短く頷く。

 新道寺は、しずくのほうへ振り返った。

 

「本当にありがとう。後で――改めてお礼に伺うわ」

「いえ、とんでもないです」

 

 しずくが軽く頭を下げる。

 

 新道寺と秘書、武三社長の三人が足早に駐車場を後にする。

 その背中を見送ったあと、残されたのは、しずくとバルド、それから――どこか信じられないという表情を浮かべた井之頭会長だけだった。

 

「さて――井之頭会長」

 

 しずくは、ゆっくりと会長のほうへ振り向いた。

 

「いかがでしょうか。これ以外にも、私どもは他の興信所とは違ったアプローチがいろいろとできます」

 

 言葉をそこで一度区切る。

 会長の意識が、完全にこちらに戻ってきたのを、バルドは肌で感じ取った。

 

 しずくは、一歩だけ会長に近づき、まっすぐにその目を見つめる。

 

「――本当に、()()()()()()()()()()()?」

 

 今度は、「ない」という言葉が、すぐには口をついて出てこなかった。

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