異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第16話 おっさん、悪を潰す依頼を受ける

「さて、どうやら――改めてお話ができそうですね」

 

 しずくが穏やかに切り出すと、井之頭会長は、肩の力を少しだけ抜いたように息を吐いた。

 さきほどまで見せていた“世間向きの笑顔”から、ほんの少しだけ陰の色が覗く。

 

「……そうですな。どうやったかは分かりませんが……不思議な“術”をお持ちのようだ。多少は、ワシのこともお調べになっておるんでしょう。恐らく、偶然ワシに声をかけたわけではありますまい」

 

 しずくは、にこりと――しかし、あえて何も言葉を足さずに微笑んだ。

 その“黙った肯定”に、井之頭会長は「ふぅ」と苦笑を漏らす。

 

「では、詳しい話は、我が家でいかがですかな」

「承知いたしました。こちらには他のスタッフもおりますので、いったん戻って合流してから伺います。すぐに追いかけますので」

 

 しずくが丁寧に頭を下げると、会長は「承知した」と短く答え、自分の車へと歩き出す。

 

 黒塗りの車のドアが開き、中から少し慌てた様子の女性が出てきた。

 二人で小声で言葉を交わし、それからこちらに向き直って一礼をする。

 車が静かに駐車場を抜けていくのをバルドたちはしばし見送った。

 

 その背が見えなくなったところで、物陰に潜んで様子を窺っていた三人が、我慢できなかったとばかりに駆け寄ってくる。

 

「お嬢! どうでしたか!?」

 

 カズが、居ても立ってもいられないといった様子で顔を近づけてくる。

 

「ええ、一応はうまくいったわよ」

 

 しずくは、肩で息をつきながらも、どこか楽しそうに答えた。

 

「しっかし――本当に“魔術”なんて使えるのね、あんた」

 

 そう言って、ジト目でバルドを見上げる。

 

 ゴルフ場に来る前、バルドは自分の使える術について、ある程度しずくたちに話していた。

 ある程度の見せ札として、信用を“積み増す”材料にしたほうがいい――と、バルドは考えたのだ。

 

「あの程度であれば、造作もない」

 

 バルドは淡々と言う。

 

「……あとは、かの御仁からきちんと“依頼”を受けられればそれでいいのだが」

 

 顎に手を添え、少し考え込むように唸る。

 

「まあ、それはこの後の話次第ね」

 

 しずくが、スーツの裾を払って立ち上がる。

 

「悪いけど、向こうには虎太郎くんだけ同行させる。裏で手を引いてる連中の話が出るかもしれないからね。私たちより、虎太郎くんのほうが事情に詳しいでしょうし」

「わ、分かりました。でも、そんな詳しいわけでもねえし、その……」

 

 虎太郎が不安げに眉根を寄せる。

 

「大丈夫」

 

 しずくは、こともなげに言い切った。

 

「“事前に”関係しそうなチームに潜り込ませていた――そういう“筋書き”でいくから。後出しだけど、うちが手広くやってるアピールにもなるしね。最悪、何もしゃべらなくてもいいわ」

「……っす、助かります」

 

 胸を撫で下ろす虎太郎に、ひよりが心配そうに近寄ってくる。

 

「あ、あの、私たちは……?」

「カズとひよりちゃんは事務所で待機」

 

 しずくが即答する。

 

「ぞろぞろ押しかけるわけにもいかないしね」

「そ、そうですか……」

 

 ひよりは、しゅんと肩を落とした。

 虎太郎がやれやれと頭をかきながら、その肩をぽんと叩く。

 

 どうやらこの妹も、危ない橋ほど渡りたがる性質らしい――と、バルドは内心苦笑する。

 

 

* * *

 

 

 その後、事務所へ戻ったのちに虎太郎にも簡素なスーツを着せる。

 少しサイズは合っていないが、学生服よりはずっと“それらしく”見えた。

 

 こうして、しずくとバルド、虎太郎の三人は、井之頭会長宅へと向かった。

 

 道案内は虎太郎が担う。

 彼とひよりの家からそう離れていないということで、土地勘はあるらしい。

 

 車が市街地を抜けると、窓の外の景色は徐々に変わっていく。

 古めのアパートや小さな商店街が途切れ、代わりに背の低い垣根と、広い庭を備えた住宅が現れ始めた。

 

 やがて、明らかに街の空気が違っていることが素人目にも分かる一角に入る。

 

「……凄いわね」

 

 しずくがハンドルを握りながら、ゆっくりと車を進める。

 

「うちもそれなりに大きいと思ってたけど――こう並ぶと、霞むわ」

 

 高い塀がまっすぐに伸び、植え込みの奥には広い庭の影がちらりとのぞく。

 その塀が長く続いた先に、ようやく車がそのまま入れそうな高さの門構えが見えた。

 

 石の門柱には、控えめながら品のある表札が掛かっている。

 しずくが車からインターホンに手を伸ばし、ボタンを押した。

 

『はい。井之頭でございます』

 

 すぐに、落ち着いた女性の声が返ってくる。

 

「黒岩探偵事務所の黒岩しずくと申します。本日、井之頭会長とお約束がありまして」

『伺っております。どうぞお入りください』

 

 声と同時に、重厚そうな門が静かに横へと動き出す。

 

 車が石畳を進み、広い庭を抜ける。

 芝が丁寧に刈られ、池や植え込みの配置は素人目にも計算され尽くしていると分かる整い方をしていた。

 

 やがて、和風の屋敷が姿を現した。

 二階建ての大屋根。淡い色の漆喰と深い色合いの木枠。

 黒岩邸も相応の規模だが、ここには“代を重ねてきた家”の重みがあった。

 

 玄関前まで車をつけると、さきほどインターホンに出ていたと思しき初老の女性がすでに待っていた。

 

「お待ちしておりました。お車はそのままで結構です。どうぞ、こちらへ」

 

 丁寧な所作で頭を下げ、三人を招き入れる。

 

 靴を脱いで廊下に上がると、すぐに空気の違いが分かる。

 木の香りと、どこか懐かしいような畳の匂い。

 壁に掛けられた書や絵は控えめだが、ひとつひとつに金が掛かっているのが素人にも分かる“質”を持っていた。

 

(成り上がりの成金……というより、“相応のものを積み上げてきた家”か)

 

 バルドは、きょろきょろとするのを堪えながら静かに後をついていく。

 

 奥の間に通されると、すぐに人数分のお茶が用意された。

 しずくとバルドが座り、その後ろに虎太郎が控える。

 

 ほどなくして、襖が開いた。

 

「すまんね、お待たせした」

 

 和装に着替えた井之頭会長が、ゆっくりと入ってくる。

 

「さて――何から話そうか」

 

 座布団に腰を下ろしながら、老会長は小さく笑う。

 

「そうだな。まずは、そちらの彼らを紹介していただけるかな」

 

 視線が、しずくの横に座るバルドへ、それから背後の虎太郎へとゆっくり移る。

 

「この場まで連れてきている以上、ただのボディガードというわけでもあるまい?」

「そうですね。失礼いたしました」

 

 しずくが頷く。

 

「まずはこちら――バルド、と申します。主に荒事周りの対応を担ってもらっていますが、戦術アドバイザーのような役割も」

 

 紹介に合わせて、バルドは静かに頭を下げた。

 その動きを一瞥してから、井之頭会長の視線は、背後の青年へと向かう。

 

「こちらは、南条《なんじょう》。若いですが、その若さを生かして捜査を担当しています。私どもが入り込めない場所も多いので」

「ど、どうも……」

 

 虎太郎は、緊張でぎこちない動きになりながらも、なんとか頭を下げた。

 

 井之頭会長は、「ふむ」と顎を撫でながら二人を眺める。

 どうやら、ご近所であるはずの虎太郎のことは、顔も名前も知らなかったらしい。

 

「私どものほうでは――」

 

 しずくは、湯呑みに手を添えながら続ける。

 

「井之頭会長が抱えていらっしゃる“問題”を解決するにあたり、この二人は必要だと判断しました」

 

 声の調子は穏やかだが、その中に「こちらは大筋を把握していますよ」というニュアンスをわずかに滲ませる。

 

 実際には、こちらが知っているのは、虎太郎のいたチームの“後ろ”に別の連中がいること、その連中と井之頭会長の間に何らかのつながりがある――という程度に過ぎない。

 だが、ここで全てを知った顔をしておくことが交渉を有利にする。

 

 しずくは、そのあたりの駆け引きを本能的に理解しているようだった。

 

「……なるほど」

 

 老会長は短く呟き、視線を畳に落とす。

 部屋の中に、ひとしきり静寂が落ちた。

 

 やがて、井之頭会長は、ひとつ深く息を吐いた。

 

「黒岩組の……いや、黒岩“探偵事務所”の方に、こんな話を持ちかけることになるとは、思いもよりませんでしたよ」

 

 自嘲気味に笑ってから、顔を上げる。

 

「――ワシには、孫娘がいたんです」

 

 唐突な切り出し方だったが、声にははっきりとした痛みがあった。

 

「いた、ということは……」と、しずくが言いかけると、会長は静かに頷いた。

「ええ。今はもう、おりません」

 

 湯呑みに伸びかけた指を、途中で止める。

 

「三年前のことです。高校一年になったばかりでね。明るくて、少しばかり生意気で……まあ、よくある年頃の娘ですよ」

 

 言葉の端々に、愛情の残滓が滲む。

 

「ある晩、突然、倒れたと連絡が入りましてな。行ってみると――もう、息はありませんでした」

 

 部屋の空気が、わずかに重くなる。

 自身の経験と重なる部分があるのか、しずくの顔も強張る。

 

「原因は“薬物”です。過剰摂取によるもので、街はずれの倉庫で一人、亡くなっていたそうです。警察も動いていろいろと調査をしました。ですが――」

 

 会長は、そこで口をつぐみ、苦々しそうに唇を噛んだ。

 

「……結果は、“自殺の可能性が高い”という、曖昧なものに落ち着きましてな」

 

 しずくが、わずかに眉を寄せる。

 

「孫は、そんなことをする子じゃなかった。ワシら家族にとっては、それが真実です。だが、世間も、警察も、そうは見てくれなかった」

 

 握りしめた拳の節が白くなる。

 

「そのうちに――“悪い仲間”の噂が立ちました。どこそこの連中とつるんでいたとか、街の不良たちと関係があったとか」

 

 虎太郎の喉から、小さく息を呑む音が漏れた。

 虎太郎の脳裏に、いくつかの顔が浮かんでいるのだろう。もしかしたら、自身の身を置いていたチームが、関係しているのでは、と。

 

「ワシは、最初、その噂を耳にしても信じませんでした。だが――」

 

 会長は視線をしずくから外し、障子の向こう、庭のほうを見やる。

 

「ある日、会社宛に“客”が来ましてな。スーツはきちんと着ている。名刺もそれなりの会社のものだ。だが、目がまるで違う。あれは、ワシらが若い頃に“裏”で見てきた連中と同じ目でした」

 

 しずくが、ゆっくりと息を吸う。

 

「――“お孫さんの件、残念でしたねえ”」

 

 会長が、当時の声色を真似る。

 

「“あんなものは、若気の至りですよ。ねえ会長さん。今の子たちは、ちょっとした遊び心で、そういうものに手を出すんです。誰が悪いなんて言えないでしょう?”」

 

 ゆっくりと、言葉を重ねていく。

 

「“でもねえ、もし、どうしても犯人が知りたいってんなら――ワシら、手伝えるかもしれませんよ”」

 

 しずくの表情が、わずかに強張った。

 

「それは……」

「ええ。“仲介”を持ちかけられたんです」

 

 会長はうなずく。

 

「“その代わり、こちらのお願いも聞いて欲しい。お互い様ってやつですわ”とね」

 

 バルドは、胸の奥に、聞き覚えのある感覚を覚えた。

 貴族たちが、表では綺麗事を言いながら、裏で冒険者を“手駒”のように扱う時の空気に似ている。

 

「ワシは、最初は突っぱねましたよ。当たり前だ。だが――」

 

 会長は、そこで視線を虎太郎の方へと流す。

 

「……私は、それでも、孫娘の事を知りたかった。奴らが、サービスだと言って渡してくる写真には、孫娘がその“悪い仲間”と一緒に映っているものもあった。もしかしたら、原因がわかるかも、と」

 

 虎太郎が、痛ましい目線を送る。

 指先が湯呑を、ぎゅっと掴んだ。

 

「――ワシは、折れた」

 

 それは、老いた男が自らの弱さを認める言葉だった。

 

「そこから先は、あまり詳しくは話せませんが……」

 

 会長は、視線をしずくとバルドに戻した。

 

「奴らのための“裏の口座”をひとつ開かされた。取引先のひとつを、奴らの息がかかった会社に変えさせられた。最初は、売り上げの何割かを“相談料”として流す程度だったが――」

 

 バルドから見て、しずくの表情は変わっていないように見えた。見えるだけだった。

 

「気づけば、ワシの知らぬところで、うちの名義の物流が、“薬”や人身の運びに使われ始めていた」

 

 その言葉に、虎太郎が「……っ」と歯噛みした。

 

「どうにかして手を切ろうといろいろ策を練りました。警察にも、それとなく相談した。だが――」

 

 会長は苦笑する。

 

「そこにも、奴らと繋がった人間が紛れ込んでいたようでな。話をした翌週には、“余計な真似はするな”と回りくどい警告が来ましたよ」

 

 しずくの表情が、徐々に険しくなっていく。

 

「――それが、半年前までの話です」

 

 会長は、茶をひと口含み、喉を潤した。

 

「ところが、半年前から、奴らの動きが少し変わりました」

「変わった?」

 

 しずくが問い返す。

 

「地方に、“若いの”を送り始めたんです。うちのブランドを隠れ蓑に、小さな街の“チーム”を飲み込んでいった」

 

 その一言に、虎太郎がはっと顔を上げた。

 

「……もしかして」

 

 会長は、彼の反応に気付いたように、目を細める。

 

「ええ、孫娘が関係していた“悪い仲間”も、そのうちの一つだった」

 

 拳を握りしめる手が震えていた。

 

「ワシは、そこでようやく――孫娘の件と、今の連中とが一本の線でつながったと悟った」

 

 会長の声が、低く沈む。

 

「“薬”を流しているのも、“遊びだ”と囁いて若い子を巻き込んでいるのも、“客”を売っているのも――同じ根っこだと」

 

 しずくは、静かに息を吐いた。

 

「……つまり」

「そう、上の連中が、若いのを使って薬をばら撒いている。孫娘も、それに巻き込まれた。馬鹿なワシは、その連中が黒幕とも知らず、ノコノコと助け船を出していたわけだ」

 

 会長が先に言い切る。

 

「奴らの一部は、警察や行政にまで根を張っておる。ワシの会社の名義も、少なからず利用されてしまっている以上、正面から訴え出れば、ワシ自身もただでは済まん。従業員たちも、路頭に迷う」

 

 それは、単に“保身”だけの話ではないのだろう。

 背負っているものが多い者ほど、取れる選択肢は狭まる。

 

「だが――」

 

 会長の瞳の奥に悲しみの色が濃くなる。

 

「ワシには何もできん。どうすることも、な」

 

 諦めきれるものではなかったのだろう。だが、諦めざるを得なかった。

 

「そんな時だ。」

 

 ゆっくりと、しずくとバルドを見渡す。

 

「――君たちが現れた。ワシの事情も、凡そ理解したうえで話を持ち掛けてきたんだろう?」

 

 その問いかけに、しずくはほんの一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げた。

 

「だとしたら、どうされます?」

「簡単な話だ」

 

 会長は、湯呑みをそっと卓に戻した。

 

「奴らを――潰して欲しい」

 

 言葉自体は静かなものだったが、その裏側には生々しい憎悪が張り付いている。

 

「孫を殺したやつらだ。到底許されることではない。許すはずもない」

 

 虎太郎の喉が、ごくりと鳴った。

 

「ワシが把握している範囲の情報は、全部出す。だから、どうか、頼む」

 

 頭を下げる会長。その頭を見つめるしずくが、静かに告げる。

 

「会長、ご存じの通り、これは“グレー”な仕事です」

 

 顔を上げた会長は、しずくの目をまっすぐに見た。

 

「わかっておる。何かあれば、ワシも責任を負うだけではすまんだろう。だが――」

 

 しずくが口を挟む。

 

「わかっております。」

 

 短く、しかし迷いなく。

 

「“法で裁けない連中を始末する”――これが私たちの仕事です」

 

 井之頭会長の眉が、わずかに上がる。

 

「……そうか、そうか」

 

 納得のいったような、不思議な表情をした。

 しずくの顔から、何かを感じ取ったのかもしれない。

 

「井之頭会長のような方の意思を、受け止めたいと、そう思っております」

 

 しずくは、そこでいったん言葉を切り、バルドの方をちらりと見る。

 バルドは、静かに姿勢を正した。

 

「法が届かぬ場所の“掃除”は、俺の居たところでは――よくある仕事だった」

 

 低く、しかし通る声で言う。

 井之頭会長が、興味深そうに目を細める。

 

 

「任せておけ――それは、“冒険者の仕事”だ」

 

 

 静かな言葉だったが、その言葉には、戦場の空気を知る者の“重み”があった。

 しずくは、ふっと笑みを浮かべる。

 

「――というわけです、会長。うちの“冒険者”は、こう言ってますけど」

 

 井之頭会長は、ゆっくりと目を閉じ、それから深く頷いた。

 

「……そうか」

 

 老いた声には、決意と、どこか安堵にも似た響きが混じっていた。

 

「――黒岩探偵事務所への正式な“依頼”として」

 

 そう言って、井之頭会長は、まるで昔の商人のように、深々と頭を下げた。

 

「孫の仇を――討っていただきたい」

 

「承った」

 

 短く、だがはっきりとした答えだった。

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