異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第17話 おっさん、乗り込む

「――さて、やると決まれば早いほうがいい。こちらにも、多少の事情がある」

 

 バルドがそう告げると、畳越しに向かい合っていた井之頭会長が怪訝そうに眉を寄せた。

 

「事情、と言いますと?」

 

 視線で合図を送ると、背後に座る虎太郎がぐっと膝の上で拳を握った。

 しずくが、その様子を横目に見て小さく息を吸う。

 

「……南条くんの妹さんが、狙われているんです」

 

 しずくが、簡潔に、しかし淡々と説明していく。

 虎太郎のチームが飲み込まれた経緯。その“後ろ”にいる連中のこと。そして、妹のひよりが標的にされかけたこと――。

 

「……なるほど。妹さんが、か」

 

 会長の皺深い目が虎太郎に向く。

 その視線に、虎太郎は居住まいを正して黙って頭を下げた。

 

「ええ。今はうちの組の者が目を光らせていますが、いつまでも張り付いているというわけにもいきません」

 

 しずくが続けると、会長はうむ、と低く唸った。

 

「そうですね……孫と同じことを、繰り返させてはならん」

 

 短く言い切ってから、彼はふたたび居住まいを正した。

 

「こちらで掴んでいる情報を、そちらの情報と擦り合わせさせていただきたいのですが――よろしいですかな?」

「もちろん、こちらとしても助かります。……ね、バルド?」

 

 しずくが振り返ると、バルドは静かに頷いた。

 

「では……」

 

 井之頭会長は後ろに振り返ると、書棚から分厚いファイルを取り出し、一つ、二つと卓の上に並べていく。

 ぺらり、とめくると、そこには今まで会長が集めたと思われる記録が丁寧に整えられていた。

 

 組織図。会社名の羅列。裏帳簿らしき数字の一覧や、一部は関係者と思わしき顔写真やその名前までも。

 

「ワシが掴んでいるのは、奴らの中でも国内を中心に活動している連中です――といっても、恐らくその一部に過ぎませんが」

 

 会長が、指でいくつかの名前をなぞる。

 

「政治家や警察関係者、一部の官僚。さらには海外の組織とも取引しているようですが、そちらは別の“上”が仕切っていると見られます。……ワシが手を入れられるのは、あくまでこの辺りまでが限界でした」

 

 そう言って示されたのは、大まかな組織図の“上から三番目”あたり。

 その直下から分かれて延びる枝が、国内の若者向けの薬物売買、売春斡旋、半グレたちの組織化――と、文字で記されている。

 

「こいつらが、地方に“若いの”を送り込んでいる連中です」

 

 会長の指が、ある一つの会社名で止まる。

 横には、関係者と思われる名前と顔がずらりと並ぶ。

 見覚えがある顔があったのか、奥で覗き込んでいた虎太郎が「あ!」と声を上げた。

 

「こいつ、確か前にウチのチームに来たことがある奴です。多分、ひよりを攫うって言ってたのも――」

 

 ぐぐ、と拳を膝の上で硬く握りしめながら顔を歪める。

 そんな虎太郎の様子を見て、一瞬辛そうな顔をした井之頭会長だが、更に続ける。

 

「この会社名義のビルが、今は奴らの“巣”になっています。……場所はここ」

 

 別の紙に印刷された地図が、しずくの方へと滑らされた。

 バルドも、隣から身を乗り出して覗き込む。

 

 都心へ向かう幹線道路から少し外れた一角。

 大通りから一本入った先に、ぽつんと立つ中層ビル。周囲は倉庫や、夜間にはほとんど人通りのない業務施設ばかりだ。

 

「都心から車で二時間ほど。表向きは、物流会社のオフィス兼倉庫ということになってますが……今は、関係者以外はまず出入りしておらんはずです」

「つまり――」

 

 しずくが、じろりと地図を睨む。

 

「中は“敵”だけ、ってことですね」

「そう解釈して問題ないかと」

 

 その言葉は、老いた声に似つかわしくないほど鋭かった。

 バルドは、地図を目でなぞりながら、静かに言った。

 

「……よし。夜に出る」

 

 その一言に、室内の空気が、ごくりと喉を鳴らしたように変わる。

 

 

 

* * *

 

 

 

 場所を移して、夜の車内。

 

 ハンドルを握っているのはカズで、後部座席にはバルドが座っていた。

 ほかに乗車している者はいない。

 

 街灯が窓の外を等間隔に流れていく。

 フロントガラス越しに見える空は、都会の明かりに薄く照らされ、完全な闇には沈みきらない。

 

「……しかし」

 

 バックミラー越しにバルドを覗き込みながら、カズがぽつりと言った。

 

「虎太郎くん、最後まで諦めきれてなかったっすね」

「ああ」

 

 バルドは、軽く目を閉じたまま応じる。

 

「才はある。あるが――まだ、鉄火場には早い」

 

 井之頭邸で話を終えたあと、しずくは残って依頼料や情報の具体的な受け渡し方法、今後の連絡手段など、細かい調整に入った。

 その間に、バルドと虎太郎は一度事務所へ戻っている。

 

 敵の本拠地に乗り込むつもりだ――そう伝えると、虎太郎は食い気味に言った。

 

『俺も行かせてください!』

 

 その目は、本気だった。

 妹を巻き込みかけた連中への怒りと、自分自身の無力さへの焦りとが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っている。

 

 だが、バルドは首を横に振った。

 

『まだ早い』

『でも――!』

 

 なおも食い下がろうとする虎太郎に、バルドは静かに言葉を重ねた。

 

『お前には、“妹を守る”ことを任せる』

 

 それは、むこうで幾度も聞いてきた言い回しだった。

 誰かを前線から下げるとき、冒険者たちはよくそう言ったものだ。

 

『ひよりは、今分かっている明確な“獲物”だ。俺が向こうに出ている間は、お前に任せるしかない』

 

 虎太郎はしばらく唇を噛み締めていたが、やがて絞り出すように答えた。

 

『……分かり、ました』

 

 ただ、流石に不測の事態も想定して、ひよりの警護についていた黒岩組の組員を一人呼び戻し、三人で事務所に籠もるように段取りをつけた。

 バルドは、そのやり取りをぼんやりと思い返しながら、車の振動を身体に預ける。

 

「――さて、着きましたよ」

 

 カズの声で、思考が現実に引き戻された。

 

 車が減速し路肩に静かに停まる。

 エンジンを切ると、途端に車内が静まり返った。

 

 外に出ると、空気が変わる。

 

 夜風は湿り気を含み、アスファルトと油の匂いが混ざって鼻を刺した。

 街の中心から外れたこのあたりは、街灯もまばらで、道路の先は闇に飲み込まれている。

 

 見上げれば、黒々としたビルが一棟、空を切り取るように立っていた。

 

「ここっすね」

 

 カズが顎でビルを指す。

 

「でかいっすけど。この中、全部敵なんすね」

 

 カズも、井之頭会長の事情を聴いて腹に据えかねているのか、嫌悪感を隠そうともしない。

 無理もない。

 

「行ってくる」

 

 バルドは短く伝え、背後からの「お気をつけて」とカズの声を受ける。

 

 スタスタと、迷いのない足取りでビルの正面へ向かう。

 時刻は、すでに完全な夜。周囲のビルの窓はほとんど灯りが落ちており、この建物だけが人工的な明かりを滲ませている。

 

 ガラス扉を押して中に入ると、そこは簡素なロビーだった。

 

 磨かれきっていないタイルの床。安物の観葉植物。

 片隅には自販機が二台並び、その前には吸い殻の溜まった灰皿が置かれている。

 

 その灰皿の周辺には、二、三人の男たちがいた。

 一人はソファに寝そべるように座り、新聞を広げている。

 もう一人はタバコをくわえたままスマホをいじり、もう一人はコンビニ弁当の空き箱を足元に落としたまま、あくびをしていた。

 

 バルドが入ってくると、三人の視線がゆるくそちらへ向く。

 

「……んだぁ?」

 

 一番近くにいた男が、新聞を膝に投げ出すように落として立ち上がる。

 

 浅黒いジャケットに、胸元をはだけたシャツ。

 どこかだらしないが、目だけはすぐに“相手を値踏みする目”に切り替わった。

 

「おいおい、外人のあんちゃんよ。ここ、関係者以外立ち入り禁止なんだけど?」

 

 へらへらと笑いながら近づいてくる。

 

「迷子か? あ?」

 

 バルドは、その男を見た。

 肩幅。歩幅。重心。

 それらを一瞥で測り、特に興味を抱くこともなく通り過ぎ――る前に、男の右頬に手の甲を叩きつけた。

 

 ばちん、と乾いた音がロビーに響いた。

 

「――っへぶっ!?」

 

 男の身体が、ほとんど“飛ぶ”という言葉そのままに、横へ吹き飛んだ。

 空中でぐにゃりと半回転したかと思うと、そのまま壁に背中から叩きつけられる。

 

 ごきり、と嫌な音がした。

 

 勢いで新聞と灰皿が散乱し、灰と吸い殻が宙に舞う。

 男は顎を不自然な角度に曲げたまま、床に崩れ落ち、痙攣するように指先を震わせた。

 

「な、なんだぁ!? てめぇ!!」

 

「っおい、てめぇ――!」

 

 ロビーの奥から、バタバタと足音が聞こえた。

 階段から数人が駆け降りてきて、ロビーにいた連中も慌てて立ち上がる。

 

 だが、バルドは彼らをほとんど視界に入れもせずにロビーの端に視線を向けた。

 そこには、自販機が二台とその横に古びたソファや段ボール箱が積まれている。

 

 バルドは、ぐるりと首を回して肩をほぐすと、無言のまま自販機の前に歩いていった。

 

「お、おい、何して――」

 

 言いかけた男の前でバルドは自販機の側面に両手を添えた。

 そして、ゆっくりと、それを“持ち上げる”。

 

 ぎし、と鉄が軋む音。床に縫い付けられた金具が弾けて外れ、バチバチと音を立てながらケーブル類が引きちぎられる。

 自販機の底が、床から離れた。

 

「……は?」

 

 その場にいた全員が、一瞬間抜けな声を漏らした。

 

 百キロを軽く超える鉄の箱が、バルドの腕の中でまるで玩具のように持ち上がっている。

 筋肉に力は籠っているはずなのに、その顔にはほとんど負荷を感じた様子がなかった。

 

「な、なんだよあれ……」

「人間じゃねえ……」

 

 ざわり、と空気が揺れる。

 

 バルドは、そのまま自販機を入口側へと運び、ガラス扉の前にどすんと置く。

 ガラスがびりびりと震えた。

 

 続けて、隣の自販機も同じように持ち上げる。

 今度はそれを、最初の自販機の横に立てかけ、かつての入口だった部分を完全に塞いでしまった。

 

 さらに、そばに転がっていた古い棚やソファも片手でずるずると引きずってきて、隙間という隙間に押し込んでいく。

 

 あっという間に、出入口は内側から“封印”された。

 

 バルドは、最後に手のひらをぱんぱんと払ってから、ゆっくりと振り返る。

 その顔には、にっこりとした――しかし獣じみた笑みが浮かんでいた。

 

「さあ」

 

 ロビーにいる全員を見渡しながら、楽しげに告げる。

 

「これで、逃げられんぞ」

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