異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第18話 おっさん、潰し始めと事務所の危機

 自販機で塞がれた入口を呆然と見つめていた連中が、一斉にバルドへと視線を戻した。

 誰かが、喉の奥でごくりと音を立てる。

 

 さっきまでタバコの煙と安い香水の匂いが淀んでいたロビーは、いつの間にか血生臭い空気に変わっていた。

 壁に叩きつけられた見張りの男が、かすかに痙攣を続けている。その口元から垂れた血が床をじわりと赤く染めていた。

 

「おや――どうした」

 

 バルドはゆっくりと首を巡らせ、輪になるように距離を取っている男たちを見回す。

 

「まるで小鬼みたいに震えてるじゃないか」

 

 くつ、と笑ってみせると空気のどこかがぶちっと切れた。

 

「――んだとコラァ!!」

「ビビらせやがってよ、このくそが!」

「やっちまえ!」

 

 怒鳴り声とともに、三人、四人といっぺんに飛びかかってくる。

 獣じみた荒い息が、汗と一緒に飛び散る。

 

 だが、バルドの身体は一歩も退かなかった。

 

 一人目の拳が振り降ろされる――その手首を、軽く挟むように掴む。

 次の瞬間、ボギリと関節が逆方向に曲がった。

 

「ぎゃあああッ!?」

 

 悲鳴と同時に、男の身体を押し流すように横へ投げる。

 ぶつかった先にいた別の男がまとめて壁に叩きつけられ、二人して崩れ落ちた。

 

 好機とみて後ろから抱きつくように腕を回してきた男の指を、一本ずつ剥がしてへし折りそのまま肘を逆側に持っていく。

 ばきり、といやな音がして、腕がありえない角度になる。男は声にならない悲鳴を漏らし、泡を吹きかけて座り込んだ。

 

 横から飛んできた蹴りは、顔を向けもせずに膝で受け止めた。否、合わせて蹴りに行った。

 足の骨の方が折れる。

 蹴りを放った男が、泡を吹きながらその場に崩れる。

 

「ひっ……!」

「な、なんだよこいつ……!」

 

 血飛沫がバルドの頬にまでかかる。

 彼はそれを何の感情も浮かべずに拳でぐいっと拭うと、赤く染まった拳を一瞥して小さく鼻を鳴らす。

 

 ロビーの床には、呻き声と嗚咽が響いていた。

 今のところ、誰も死んではいない。逆に言えば、それだけだ。

 

 奥にいた一人が、慄いた顔で周囲を見回した。

 

「や、やべえ……やべえってこれ……!」

 

 そう叫ぶと、踵を返して階段の方へ駆けだす。

 

「お、おいどこ行くんだよ!」

「上だよ! 上に言わねえとどうしようもねえだろこんなん!!」

 

 半ば悲鳴混じりに叫びながら、若い男が階段を駆け上がっていった。

 ロビーに残された者たちは、足元でうめく仲間を見下ろし、そして入口を塞ぐ鉄の箱を見、最後に改めてバルドを見た。

 

 人間の形をしている。

 だが、何かがおかしい。

 

「……さて」

 

 バルドは、一歩前に出た。

 

「来ないようなら――こっちから行くぞ」

 

 のし、のし、と重い足音を響かせながら、階段の方へ向かう。

 

「て、てめぇ……!」

「ふざけんな!!」

 

 破れかぶれの叫び声と共に、残っていた数人が飛びかかってくる。

 鉄パイプ、チェーン、拾ったばかりの灰皿――手に取れるものを片っ端から武器に変えて、振り下ろしてくる。

 

 ゴン、と鈍い音が頭で鳴った。

 鉄パイプが、全力で振り抜かれた音だ。

 

 だが――。

 

「…………」

 

 バルドの足は、止まらない。

 

 衝撃は確かにあった。

 だが、それは彼にとっては枯れ枝で叩かれたようなものだ。

 魔力を巡らせた身体は、只人が鉄の棒で叩いた程度、子供の遊戯と何ら変わりない。

 

 振り向きざまに、パイプを持っていた男の腹に掌底を一発叩き込む。

 短い悲鳴とともに男の身体がくの字に折れ、血反吐をまき散らしながら床を滑って壁にぶつかった。

 

 チェーンを振り回していた男の手首を掴み、そのままチェーンごと相手の首に巻きつける。

 軽く引くだけで、喉元に食い込んだそれが男を床に引き倒した。首を折りはしないが、しばらく起き上がれない類いの衝撃だ。

 

 ガラスの大きな灰皿を振り下ろしてきた男の手からそれを奪い取り、そのまま男の額に叩きつける。

 

「っが……!」

 

 ばりん、と粉々に砕けたその下から血が流れ出す。

 

 やがて――ロビーは、完全な静寂に包まれた。

 

 床一面に、呻き声と息切れと嗚咽。

 立っているのは、バルド一人だけだ。

 

 彼は、返り血が一筋頬を伝っているのに気づくと指先で拭い取り、そのまま無造作に床へと払った。

 

「さて――」

 

 階段の方へ顔を向ける。

 

「害虫退治はこれからだぞ」

 

 低く呟きながら、一段一段、音を立てて上がっていく。

 

 

 

* * *

 

 

 

 二階。

 ロビーから逃げるように駆け込んできた若い男は、既に息が上がっていた。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 薄暗い廊下の突き当たり、簡易なテーブルを囲んでいた男たちが一斉に顔を上げる。

 

「なんだ、その顔」

「サボってんじゃねえぞコラ。下の見張りどうした」

 

「へ、変な外人が!!」

 

 若い男は、半ば喚くように叫んだ。

 

「じ、自販機を! 持ち上げて! 入口ふさいで! み、皆ボコボコにされて! ば、化け物みてえなヤツが……!」

 

「はあ?」

「何言ってんだてめぇ、ちゃんと説明しろや」

 

「だから! 見りゃ分かるって! ヤベぇんだよマジで――」

 

 そこまで言ったとき、階段の方から「どん」と何か重いものが当たるような音が響いた。

 

 続けて、もう一度。

 三度目には、壁がびりっと震える。

 

 空気が、一瞬で静まり返った。

 誰もが階段の方を見る。

 

 そして――ぬうっと、影が上がってきた。

 

 鉄でできた手すりが、きしりと鳴る。

 ゆっくりと現れたのは、長身の黒い影。

 

「ひ、ひぃい!!」

 

 さっきまで喚いていた若い男が腰を抜かして後ずさる。

 階段を上りきったバルドは、廊下にいた連中をひとりひとり、品定めするように眺め回した。

 

「て、てめぇ……!」

「何してやがる! 下の連中はどうした!」

 

 前に出てきた一人が、怒鳴りながら拳を握り込む。

 

「なに、心配するな」

 

 バルドは、さらりと言った。

 

「生きてはいるさ」

 

 

「っざけんな!!」

 

 怒号が飛び交う。

 

 刃物を抜いてくる者。

 どこから持ち出したのか木刀を構える者。

 金属バット、パイプ、椅子――手近なものを掴んでは構えバルドを取り囲む。

 

「やっちまえ!!」

 

 一斉に飛びかかった。

 だが、先ほどと同じだった。

 

 振り下ろされた木刀の軌道に踏み込んで、その腕を肘からへし折る。

 刃物を振るう手首を、まるで子どもの手遊びのようにひねってナイフを取り上げ、その柄で鳩尾を突く。

 正面からバットを叩きつけられても、肩が少し揺れるだけでそのまま突進して肩口から相手を壁にめり込ませる。

 

「がっ……!」

「ぐえっ!」

 

 殴られた側が、骨の軋む音を残して床に転がる。

 壁紙が剥がれ、安っぽい棚が軋んでひっくり返る。

 

 バルドの皮膚の下では、魔力が静かな渦となって回っていた。

 打撃の衝撃がそこに吸い込まれていく。

 かすかな衝撃はある。だが、それだけだ。

 

 やがて、そこにも静寂が訪れた。

 

 床に転がるのは、血と、動けなくなった男たちばかり。

 その中で、部屋の隅、ファイル棚の影にうずくまるように座っている男が一人いた。

 

 肩を丸め、頭を抱え、歯をガチガチと鳴らしている。

 

「おい」

 

 バルドが声をかけるとその男はビクリと身体を震わせた。

 

「ひ、ひ、ひいっ……! お、お助けを! た、助けてくださいっ!」

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げ、必死にすがりつくような目を向けてくる。

 バルドは、その男を見下ろしながら淡々と尋ねた。

 

「お前らの頭はどこだ」

「は、頭……?」

「この巣の、一番上だ。いる場所を教えろ」

 

 男は喉を鳴らしながら上を見上げる。

 

「い、い、一番上です!! 最上階の――大きい部屋に!」

 

 言葉にならないほどの震えた声だったが答えとしては十分だった。

 

「そうか」

 

 バルドは、男の胸ぐらを掴んで立たせる。

 

「案内しろ」

「ひ、ひぃ……!」

 

 背中を軽く押すと、男は膝を笑わせながらも階段の方へ歩き出した。

 

 先に歩かせ、その背中を盾にすることもなくバルドはただ後ろをついていく。

 途中で顔を出す部屋から飛び出してくる連中は、その都度短い悲鳴とともに壁や床へ沈められていった。

 

 階段を上がるごとに、ビルの中にあった“抵抗”は確実に削れていく。

 

 夜は、まだ始まったばかりだ。

 

 

* * *

 

 

 一方そのころ。

 黒岩探偵事務所。

 

 通りに面した古びたビルの一室は、外の喧騒から離れ、静けさをまとっていた。

 

 カーテンなどはまだない窓からは、明かりがうっすらと夜の街に漏れている。

 室内では、蛍光灯の白い光が、机の上に散らばった書類や空のペットボトルを淡く照らしている。

 

 虎太郎とひよりは、その中で待っていた。

 

 事務所の外、ビルの階下には黒岩組の組員が一人、見張りとして立っている。

 ちらりと窓から下を覗き込むと、煙草の火が赤い点となって見える。

 

「……大丈夫かな」

 

 ソファに腰掛けたひよりが、不安そうに膝の上で指を絡める。

 虎太郎は、そんな妹の横顔を見てから、視線を天井に向けた。

 

「心配ないさ」

 

 短く言う。

 

「あの人は――強いからな」

 

 言葉に、嘘はなかった。

 

 先日の倉庫での一件から、河原で相対した時に見せた力。

 そして何より、()()なんていう超常を操ること。

 

「だから、きっと大丈夫だ」

「……うん」

 

 ひよりが、小さく頷いたそのときだった。

 

 外から、怒鳴り声と――短い悲鳴が響いた。

 

「――!?」

 

 二人の身体が、同時に硬直する。

 

「何だ!?」

 

 虎太郎は反射的に立ち上がり、窓際へ駆け寄った。

 薄汚れたガラス窓から外を覗き込む。

 

 五階から見下ろす夜の通りには、一台の車が斜めに停まっていた。

 ヘッドライトが道路を白く照らし、その光の前を黒い影がいくつも動き回っている。

 

 顔までは見えない。

 だが、そのうち何人かがビルの入口へと駆け込んでいくのが分かった。

 

 外で見張っていた組員の姿は――見えない。

 

「……くそ」

 

 虎太郎は唇を噛んだ。

 

「お兄ちゃん?」

「ひより」

 

 振り返り、妹の肩を掴む。

 

「事務所の奥に隠れてろ。物置の裏でもどこでもいい、静かにして出てくんな」

「で、でも――」

「いいから!」

 

 声が少しだけ荒くなった。

 ひよりはびくりと肩をすくめ、それでも、目だけは兄を真っ直ぐに見つめている。

 

 虎太郎は深く息を吸い、もう一度落ち着いた声で言い直した。

 

「……頼む。俺の仕事だ。お前を守るのは、今回はマジで俺の役目なんだ」

 

 ひよりは、ほんの一瞬だけ涙ぐみかけ、それからぎゅっと唇を結んで頷いた。

 

「……分かった」

 

 そう言って、奥の部屋へ走っていく。

 ガサガサと音がして、やがて静かになる。

 

 その直後――。

 

 事務所の入口の扉が、外から乱暴に蹴り開けられた。

 

 バンッ、と金属が歪む音。

 ドアの取っ手が内側の壁に叩きつけられ、ぐらぐらと揺れる。

 

「へっへ――」

 

 最初に入ってきた男が、にやにやと気味の悪い笑いを浮かべながら室内を見回す。

 

 続いて、二人、三人と、似たような風体の男たちが雪崩れ込む。

 ラフなジャケット、ジャージ。

 無手のようにも見えるが、油断はできなかった。どうにも荒事に慣れている様子だ。

 

「ガキだけじゃねえか。……不用心だよぉ?」

 

 先頭の男が舌なめずりするような声で言った。

 

「誰だ、テメェら」

 

 虎太郎は、玄関から少し離れた場所で油断なく構えていた。

 いつ()()()()()()()()()()気を張る。

 

「誰だ、は分かってんだろ?」

 

 男が笑う。

 

「なに、俺たちは“女一人”連れてくだけだ。素直に寄こせば、てめぇには何もしねぇよ」

 

 口元を歪め、下卑た笑いを浮かべる。

 虎太郎の眼に血が上った。

 

「ふざけんな」

 

 低い声が事務所の空気を震わせる。

 

「ひよりは――渡さねぇ」

「だろうなぁ」

 

 男が肩をすくめて笑った。

 

「だからよ――」

 

 顎をしゃくって後ろを振り向く。

 

「やっちまいな」

 

 合図と同時に、後ろにいた二人が虎太郎めがけて飛びかかってきた。

 

 ひとりは低く潜り込み、腹を狙ってくる。

 もう一人は、どこからか取り出したパイプを振り下ろしてくる。

 

 虎太郎は、奥にいる妹の気配を背中に感じながら拳を握り直し――。

 

 事務所の中で、新たな衝突の音が鳴り響いた。

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