異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第2話 おっさん、世話になる

 ひと通りの流れは決まったが、それで庭の惨状が片付くわけでもない。

 呻いていた襲撃者どもを見ていると、どやどやと外から数人の足音が近づいてくる。

 警邏と思われる警告音はまだ少し遠い。すわ、また敵襲かと少しばかり気を張る。

 

「な、なんじゃこりゃあ!? 組長! ご無事ですか!?」

 

 声を張り上げて庭に駆け込んでくる数人の若い男たち。

 様子からすると、どうやら味方のようだが。

 ちらりと視線を黒岩の方へと向ける。

 幾人かは、こちらを警戒するようにして腰を落とす様子が見えた。

 

「おう、おう。俺ぁ無事だ。ここの御仁に助けられてな」

 

 横に立ちパンパンと腕を叩いてくる黒岩。

 訝し気に「へ、へえ」と言葉にならない声を上げる若い男衆。

 

「俺のこたぁ後だ、先に、ここの片付けを頼まぁ。あとで警察《サツ》の旦那に話はつけにゃならんが、な」

 

 黒岩が入ってきた男たちに声をかける。

 一瞬、バルドと黒岩と視線を行き来させるが、黒岩の目配せと、近づいてくる警邏の音に急かされてか、慌ただしく辺りに倒れている連中を担ぎ上げていく。

 

「おう! てめぇら! 聞いたな! まずはこいつらを片すぞ! カズ! 親父と中に入ってろ!」

 

 声を張り上げたのは、ひと際がっしりとした体形の男。

 どうやらまとめ役のようだ。指示をしながら転がっている男たちを担がせてどこかへと連れていく。

 

「親父っさん」

 

 カズ、と呼ばれた、最初に黒岩と一緒に逃げ込んできた男が黒岩に話しかける。

 

「おう。俺らはとりあえず中だ」

 

 黒岩が顎で玄関を指す。

 バルドは頷き、言われるままに後に続いた。

 

「おっと、すまねぇが靴は脱いで上がってくんな」

 

 黒岩が思い出したように告げる。なるほど、室内が土間で分かれているから素足で上がるのか。

 靴を脱いでいると、カズと呼ばれた男が濡れた布を渡してきたので、ありがたく借りて自身の足を拭く。

 かなり汚れており、あっという間に布が真っ黒になってしまった。

 男は嫌な顔も見せず、一つ頷くと布を受け取り「どうぞ」と室内へ案内してくる。

 

 黒岩に続いて、室内に一歩踏み込んだ瞬間、不思議な香りが鼻に入る。

 

 草と木と、古い煙草の匂い。床材が草で編み込まれた物だからだろうか、素足に心地よい感触が返ってくる。

 外の火薬と血の匂いに比べてどこか清涼感すら感じる。

 

 同時に――腹の底で、魔力がひどく騒いだ。

 

 臓腑を撫で回されるような、落ち着かないざわめき。

 湯に長時間浸かり過ぎた時の、のぼせに似た感覚。

 視界の端がわずかに暗くなり、音が一瞬遠のく。

 

(……濃いな)

 

 ここの魔素は、異様に重いようだ。

 外では風に散らされてまだマシだったが、閉じた家の中では、濁った水たまりの底に足を突っ込んだような圧がある。

 

「……気分でも悪ぃか?」

 

 立ち止まったバルドを見て、黒岩が眉を寄せた。

 

「少し、酔った」

 

「酔ったぁ?」

 

 黒岩は怪訝な顔をしたが、それ以上は突っ込まない。

 気分が悪くなったのかと、控えていたカズに向かって水を持ってくるように言って、部屋の奥へと進む。

 

「まぁ座れ。少しは楽になるだろう」

 

 案内されたのは、座卓の置かれた部屋だった。

 壁には古い掛け軸。その下には、花の生けられた花瓶。

 見たことのない意匠の飾りだが、丁寧に手入れされているのは見て取れた。

 

 バルドは卓の端に座り、深く息を吐く。

 魔力をゆっくりと内側に沈めるイメージを持つと、腹のざわめきがわずかに落ち着いた。

 

(魔力酔い……ここまでひどいのは久しぶりだ)

 

 迷宮深部や魔力溜まりが発生しやすい龍脈近くなど、魔力が停滞する場所がある。

 その付近では、過剰に魔力を取り入れてしまい、慣れないうちは酩酊したような症状になる。

 

 初めて訪れる土地では土地勘が無く、魔力溜まりに入ってしまい、悪酔いするのは珍しいことではなかった。

 ただ今回は、その度合いが少しばかりひどい。

 

「――失礼しやす」

 

 襖の向こうから、先ほどの男の声がした。カズと呼ばれていた男。

 傷だらけの拳を少しばかり気にしながら、盆に湯呑みを乗せて持っている。

 

「どうぞ……」

 

 言いながら、二人の前に湯呑を置いてから、控えるように襖の傍で座る。

 

「おう。そうだ、カズ。おめぇも改めて挨拶しておけ」

 

「へい! 自分は藤堂和弘《とうどうかずひろ》といいやす。カズって呼ばれてるんで、そう呼んでくだせぇ」

 

 言いながら頭を下げる。

 

「しかし、外人さん強いっすねぇ……やっぱり海外だと銃社会っていうくらいだがら、あれくらい鍛えてるんすか?」

 

 その言葉に黒岩が苦笑いをしながら口を挟んでくる。

 

「おう、カズ。幾ら向こうが銃社会だっつってもなぁ。どてっ腹に弾ぶち込まれて無事な訳ねぇだろ」

 

「へ?」

 間抜けずらを晒す。

 

「あれくらい出来ないと、駆け出しからは抜け出せん」

 

 そう返すと、カズは一瞬ぽかんとした後、情けない笑いを漏らした。

 

「……ですよねー。いや、次からは頑張ります」

 

 黒岩は一連の流れを聞いて笑いを堪えるように肩を震わす。

 

「さて――本題に入ろうや、バルド」

 

 黒岩は湯呑みを手にしながら、真正面からバルドを見る。

 

「あんた、どっから来た」

 

「遠いところだ」

 

「だろうな」

 

 あっさりと納得されるとは思わなかったので意外だった。

 黒岩は鼻で笑う。

 

「銃が効かねぇ時点で、普通じゃねぇ。普通じゃねぇが、そんな野郎は幾らでも転がってらぁ」

 

 理屈としては雑だが、冒険者にも似た単純さがあった。いい意味での、図太さが必要なのだ。

 黒岩も、冒険者の資質があるのかもしれない。

 

「あんたがどこの誰でも構やしねぇ。黒海会の組長として、恩義に報いる」

 

 黒岩は指を立てながら話す。

 

「一つ。うちの人間は、お前を敵に回さねぇ、お前さんもウチのモンに手を出さねぇ。

 二つ。飯と寝床と小遣いは、俺が出す。

 三つ。ここで暮らす間、お前は“うちの客人”だ。誰が何と言おうと、な」

 

 カズが目を丸くした。

 

「マジすか親父さん、それって、ほぼ身内扱いじゃ――」

 

「うるせぇ。口を挟むな」

 

 黒岩は軽く睨みつけ、それからバルドに視線を戻す。

 

「もちろん、条件なしってわけじゃねぇ。さっきみてぇなのがまた来たら、その時は、あんたの腕を少しばかり貸してもらう。あとは、そうだな、ちょいと仕事もしてもらいてぇ」

 

 妥当な取引だ。つまりは、冒険者への依頼というわけだ。報酬は、衣食住。悪くはない。先行きの見通せない土地なら、なおさら。

 バルドは短く頷いた。

 

「構わない」

 

「そう言ってもらえると助かるねぇ」

 

 黒岩の声に、わずかな安堵が混じった。

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