異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第21話 おっさん、各所に連絡をする

 帰路についた車の中には、タイヤがアスファルトを滑る音と、スピーカーモードにした携帯から漏れる声だけが満ちていた。

 

「ええ!? だ、大丈夫っすか!?」

 

 虎太郎の報告を聞いた瞬間、ハンドルを握るカズの声が裏返った。

 視線は前を向いたままだがバックミラー越しに見える目がはっきりと動揺を滲ませている。

 

『ええ、大丈夫です。事務所はちょっと荒れちゃいましたけど……しずくさんもさっき帰ってきまして、組の人と一緒に、気絶してる連中を縛り上げて連れて行きました。組長さんに連絡するって』

 

 受話口の向こう、虎太郎の声の背後ではガチャガチャと物のぶつかる音が続いている。

 ひよりが散らかった室内を片付けているのだろうと、バルドは何となく想像した。

 

「了解っす。お嬢にはあとで連絡入れて情報共有するっす。……しかし、虎太郎君やるっすねぇ。四人も倒すなんて」

 

 感心したようにカズが笑う。

 

『前までの俺だったら、やられてました……魔力の事を教えてもらってなかったら、今頃は……』

「すぐに実戦で使いこなせるものは少ない。よくやった」

 

 バルドは、窓の外の街灯を眺めたまま、淡々と告げる。

 電話の向こうで、へへへ、と気恥ずかしそうな笑い声がこぼれた。

 

『あざっす。……っと、それより、そっちはどうだったんです?』

 

 虎太郎の問いに、カズが片手でハンドルを抑えながら答える。

 

「こっちはミッションクリアっす! ……とはいえ、ちょいと面倒ごとが挟まっちまったんすけどね……」

 

 前半は得意げに、後半は眉を寄せて悩ましげに。

 

『面倒ごと?』

「そうなんすよ。乗り込んでボコボコにしたところまでは良かったんすけどね、その後、妙なヤツが出てきて……そんでビルが燃えちまったんすよ」

『??? ど、どういうことです?』

 

 声だけで、頭の上に浮かんだ疑問符が見えるようだった。

 

「っすよねー。分かるっすよ、そのリアクション」

 

 乾いた笑いを一つ漏らし、カズは赤信号で車を止めた。

 

「まあ、詳しい話はお嬢にも共有するんで、その時にまた。……ま、とりあえず、ひよりちゃんを狙ってた奴はぶっ潰したんで、そっちはもう安心っすよ」

『良かった……! ありがとうございます!』

 

 電話越しに、安堵の息がそのまま言葉になったような声が届く。

 

 信号が青になり、車がゆっくりと動き出した。

 窓の外で、地方都市らしいぼんやりしたネオンが流れていく。

 

「と、いうわけなんで、一旦今日はもう帰っても大丈夫そうっす。悪いっすけど、もうちょっと事務所で待っててくれるっすか? こっちから連絡して組の車回してもらうんで」

『え。だ、大丈夫ですよ! 歩いて帰れますから』

 

 恐縮した声が返ってくるが、カズは即座に切り捨てた。

 

「ダーメっす。怪我もしてるんすから。聞いた感じ軽症っぽいっすけど、何かあればちゃんと病院行くんすよ。それに、事務所の鍵、持ってないでしょ」

 

『あ』

 

 素っ頓狂な間の抜けた声。

 自分でも忘れていたらしいと悟った気配が、電話越しにも伝わってくる。

 

『すんません、お願いします……』

 

 少し照れたように虎太郎が折れた。

 

「了解っす。……ま、改めて今日はお疲れっす。また明日連絡するっすから、今日はゆっくり休んでくださいっす」

 

 カズが言いながら、ちらりと後部座席へ目を向ける。

 バルドは、前を見たまま小さくうなずいた。

 

「……よくやった。俺も多少は怪我の具合を診れる。明日診てやろう」

『あ、あざっす! そんじゃ、お疲れ様です!』

 

 嬉しさの滲んだ声と共に、通話が切れる。

 

「……いやぁ、虎太郎君、喜んでたっすね」

 

 カズがしみじみと言う。

 それに対して、バルドは特に言葉を返さなかった。

 代わりに、車内にはエンジン音とタイヤが路面を撫でる音だけが静かに流れ続けた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「んで、どういうこった。事務所が襲われるたぁ」

 

 黒岩家——兼、黒岩組の本拠。

 広い和室の空気を組長の低い声が揺らした。

 

 床の間には古びた掛け軸と刀。

 畳はよく手入れされ、壁際には重厚な木の箪笥が鎮座している。古い日本家屋らしい、湿り気を帯びた木と畳の匂いが、微かに煙草の香りと混じり合って漂っていた。

 

 腕を組み、難しい顔で問いかけているのは黒岩組組長——。

 しずくの父親だ。

 

 向かい側の座布団に座るしずくは、やや猫背気味に背を凭せ、やりきれなさを誤魔化すように脚を組み替えた。

 

 井之頭邸から事務所に戻ったとき、そこは半ば戦場跡のようになっていた。

 散らかった家具、床に転がる気絶した男たち。そのまま階下で伸びていた組員に手伝わせて縛り上げ、そのまま慌てて組事務所まで戻ってきたのだ。

 

 怪我をしていた組員は、今は他の者に任せて治療を受けている。

 下手人たちは、若い衆がどこか別の部屋へ引っ張って行き、今頃は“口を割らされて”いる最中だろう。

 

「どうもこうも、さっき電話したとおりよ。相手方の動きが予想以上に早かったわ」

 

 しずくは、苛立ちの混じる吐息を漏らしながら答えた。

 井之頭邸に残った彼女は、バルドたちが本拠地に乗り込むと決めたタイミングで井之頭会長と黒岩を電話で繋ぎ、その場で依頼の件などを共有していた。

 

「……俺だって、井之頭会長の事は気の毒に思うぜ? だから、お前らの“仕事”として首を縦に振った。だがよ」

 

 黒岩は、顎をさすりながらしずくをじろりと見る。

 

「多少調べりゃ、あそこが黒岩の事務所だってのも分かるもんだ。それを突っ込んでくるような連中が相手なのか」

「そうね。結構手広く、ゲスいことしてる連中だってのは分かってたけど、やくざが経営してる事務所に突っ込んでくるような馬鹿だとは思わなかったわ」

 

 しずくは、指を髪に絡めて手櫛で整えながら、疲れたように息を吐く。

 

「ともかく、ウチが襲われたのは事実。……って言っても、返り討ちにあったし、多分、大本の命令してた奴は今頃潰されてる頃でしょうよ」

「ずいぶん信頼してるみてぇじゃねえか。バルドのことをよ」

 

 黒岩は、口の端を吊り上げた。

 

「……アイツのでたらめさだけは、この数日で嫌ってほど分かったからね。だから、そっちは心配してないわ。問題はこの後」

 

 しずくは父を見据え、問いかけるように目を細める。

 

「父さんたちにも“メンツ”ってやつがあるんじゃないの? やられたらやり返す、みたいな」

「へん」

 

 黒岩は鼻で笑うと、脇に置いてあったキセル箱を引き寄せた。

 器用な手つきで刻み煙草を詰め、火を点ける。

 

 ぱっぱ、と口先を鳴らして煙を吸い込むと、やがてふう、と天井に向けて吐き出した。白い煙が、古い木の梁の下でゆらゆらと広がっていく。

 

「んなもん、何の得にもなりゃしねぇ。向こうさんは、やくざもんってわけでもねぇ上に、しずくの言い分からすりゃ、大本はもうお釈迦だ。引きずって来た連中にこそ話は聞くが……まぁ、その程度だな」

「ふーん」

 

 しずくは興味なさそうに相槌を打つが、その肩の力は、少しだけ抜けたようにも見えた。

 

「ま、父さんがそれでいいなら、いいけど」

 

 そう言ったところで、しずくのスマホが震えた。

 

 机の上で画面が明滅する。

 黒岩が顎で「出ろ」と促すと、しずくは軽く頷き、通話ボタンを押した。

 

「もしもし。ええ、そっちは? ……分かったわ。——ああ、そうだったわね。私も気が動転してたのかも。二人には悪かったわね。ええ、分かったわ、まだ誰かいると思うから、声をかけておくわ。ええ、それじゃあ、詳しい話は明日」

 

 通話を切ると、しずくは小さく息を吐き、指先で眉間を揉んだ。

 

「カズか?」

 

 黒岩が問う。

 

「……ええ。向こうは終わったみたいだけど、色々問題が出て来たらしいわ」

「問題?」

 

 怪訝そうに黒岩の眉が寄る。

 

「ええ。でも、詳しい話はまた明日。事務所に虎太郎くんたちを置いて来たままだから、誰かに家まで送ってもらうように頼んでくるわ。鍵も——合い鍵作っておかないとね」

 

 しずくが立ち上がると、畳が小さくきしむ。

 襖に手をかけたところで、背後から父の声が飛んだ。

 

「……また、今日みてぇに鉄火場になるかもしれんぞ? 改めて聞くが、いいのか」

 

 しずくは振り返らなかった。

 背中越しに、少しだけ笑う。

 

「……望むところよ」

 

 それだけ言い残して、襖を開けて部屋を出ていく。

 足音が、廊下の向こうへ遠ざかっていく。

 

 黒岩はしばらく黙ったまま、その背中の消えた襖を見つめていた。

 

 やがて、キセルをもう一度くわえ、ぐっと強く吸い込む。

 胸の奥まで煙を満たしてから、ぽん、と親指でキセルの縁を弾いた。

 

 掌に落ちた灰を、ぎゅっと握りしめる。

 開いた手のひらから、ぱらぱらと灰皿へ落としながら、ぽつりと独り言のように呟いた。

 

「——全く、難儀なもんだぜ」

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