異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第4話 おっさん、居場所を作る

 

 翌朝、カズに起こされて着替えを寄こされる。

 どうにも、この辺りでは己の服装のままだと目立つらしい。

 装備を外すことにやや抵抗はあったが、ひとまずは言葉に従う。

 

 改めて気が付いたのだが、身に着けていた物以外は転移していないようだった。

 相棒たる長剣を手から離してしまっていたのが気に病まれる。いい代物だったのだが、仕方がない。

 不測の事態は幾らでもあった。この程度であれば是非もない。

 

 渡された衣類はどれも質の良い物ばかりだ。

 カズ――若い衆よりは良い物のようだが、彼らの拵えもかなりの良質。

 このあたりは相応に豊かな土地らしい。

 

 身支度を整えて、朝餉、こちらも立派なものだ。

 ふわりと軽い白パンに濃厚なスープ。瑞々しいサラダに卵に肉。

 まるで貴族のお屋敷に呼ばれたものかと、一瞬勘違いしそうになるほどだ。

 

 そうこうしていると、上から降りてくる気配。

 昨日に続いて、不機嫌そうな目をしている女、しずくだ。

 

 こちらに気が付くと、露骨に嫌な顔をして目を逸らす。

 だが、父親たる黒岩の言うことには従うのか「さっさと行くわよ」と言うと、玄関から出て行った。

 慌てて追いかけるカズの背を見ながら、やれやれと後に続く。

 

 

 

 

 その建物は、通りから一本外れた場所にあった。

 五階建て。外壁の塗装は所々剥げ、雨の筋が黒く残っている。

 一階は、寂れた様子の飲食店、二階と三階には人の気配がちらほらと見受けられるが、四階と五階には人気が無い。

 

 黒岩邸からここに来るまで、人の通りこそそれほど多くはなかったが、建物の多さ、それに高さに目を白黒させてしまった。

 昔訪れた事のある王都ですら、これほどのモノではなかったと記憶している。

 噂でしか聞いたとこのない、魔術都市か、とも思ったが、所謂魔術の流れが微塵も感じ取れないことからその線は無い。

 

「ここっす」

 

 建物内の階段を上り、最上階。カズが鍵束を鳴らしながら、やや息を整えて申し訳なさそうに笑う。

 エレベーター、なるものが故障しているとのことで恐縮していたが、この程度で息が上がるとは情けない。

 今なお階段を上がっているしずくに比べたら、まだましだ。

 

「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ。レディを、置いていくなんて、ゲホ」

 

 息も絶え絶え、嗚咽交じりにこちらを睨んでくるしずくの顔が、階段の折り返しからひょっこりと見える。

 どことなく蒼白な顔には脂汗のようなものが滲んでいる。

 長袖もめくっており、か細く白い腕が目に入る。

 

「……鍛え方が足りんな」

「ははは……」

 

 乾いた笑いを見せるカズは、最初こそしずくを激励しながら一緒に上がっていたのだが、当の本人から喧しいから先に行け、と言われていたにもかかわらずこの言い草だ。

 

「ソレじゃ、鍵を……前は組の倉庫代わりに使ってたんで……ちょっと、その……」

 

 言いながら鍵束から一本取り出し、捻る。ガチャリ、と音を立てて鍵が開く。

 

 ノブを捻り、鉄扉が重い音を立てて開くと、中から、湿った空気と埃の匂いが一気に流れ出てくる。

 中は――ほぼ、そのまま倉庫だった。

 

 中身の分からないぐちゃぐちゃに積まれた箱の山。

 折り畳み式の長机が壁に立てかけられ、床には黒い袋が無造作に転がっている。

 埃をかぶったソファ、いつの物か分からない帳簿の束。

 

 窓は三つ。だがカーテンがなく、外の陽光が埃を照らして空気が白く霞んでいた。

 

 バルドは一歩、中に踏み込む。

 埃が舞い、キラキラと反射する。思わず口元を手で覆う。

 

「……これ、片付けるの?」

 

 いつの間にやら階段を上がり切っていたしずくが、扉の端に手を掛けながら中を覗き込んでいた。

 その表情は、これからの作業を思い浮かべて絶望しているようだった。

 

「さっさとやるぞ。手を動かせ」

 

 しずくの言葉を、無視するようにバルドが短く言った。

 カズは「了解っす」と答え、しずくもしぶしぶと室内に入ってきた。

 

 バルドは、室内を粗く見渡す。

 

 広さは、飛ばされる前に借りていた宿屋の一室より広い。

 壁際に応接用に使えそうなスペース、奥に仕切りの向こうに小さな生活区画。流し台と、トイレ。

 

 住めないことはない。むしろ上等な部類だ。

 

 バルドは、魔力をわずかに巡らせた。

 探知術でも戦闘術でもない、ただの“感知”。

 

 空気の淀み。

 使われなくなった物に染みついた、雑多な人の気配。

 埃と紙と鉄と油の記憶が、折り重なって滞留している。

 

(……ここは、長く“使われていない”)

 

 だが、それは嫌な気配ではなかった。

 捨てられてはいるが、壊れてはいない場所。

 戦場跡のような死の匂いはない。ただの、放置された空間だ。

 

「部屋の中の荷は、どうする」

 

 バルドの問いに、カズが顎に手をやり宙を見ながら答える。

 

「ええっと、親父っさんが業者を手配してくれたみたいでして、使えそうなもん以外は捨てて良いそうっす」

 

 なるほど、と小さく答えて、とりあえず手近にあった箱を開く。

 蓋の上に乗った埃が舞うが、微妙な風を起こす魔術で風の流れを作り、己にかからないようにする。

 

 カズに窓を開けるように伝えると、そのまま風の魔術を維持、埃を外へ散らしていった。

 以前よりも制御が利くようになった気がする。持続の時間については相当に伸びている気がする。

 一応気に留めながら、片付けを続けていく。

 

「……中、なんすかね? コレ」

 

 バルドが開けた箱の中には、良く分からないガラクタの様なものばかり。

 

「知らん。箱の方はお前の方で適当に一か所に纏めておけ。あとで全部捨てる」

 

「雑すぎません?」

 

 そうは言いながらも、カズはえっちらおっちらと箱を動かしていく。

 

「……私は、何すればいいのよ」

 そう聞いてくるのは手持無沙汰に腕を組んでいるしずくだ。

 どうやら、自分だけ動いていないのがばつが悪く感じているらしい。

 口ほど性格が悪いこともないようだ、にやりと口角を少しあげてバルドが答える。

 

「そうだな。水回りの掃除と、使えそうなものがあれば取っておいてくれ」

 

 分かった、と短く答えると部屋の奥に向かっていく。

 さて、大物はこっちで片づけるとするか。

 そう思いながら革張りのソファに手をかける。

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 床はほぼ見えるようになり、応接スペースには机と椅子が四脚並んだ。

 生活区画の方も最低限、寝転がれるだけの空間が確保されている。

 

 ゴミについては、ついさっき業者が来て運び出していった。

 階段の往復に、カズが悲鳴を上げていたが、それくらいだ。

 

 空気はまだ少し埃っぽいが、さっきまでの“倉庫の匂い”は薄れていた。

 

 しずくは腰を伸ばし、小さく息を吐く。

 

「……とりあえず、今日はここまでかしら。住めなくはないね。最悪だけど」

「ああ、そうだな。助かった」

 

 バルドが言うと、しずくは意外そうに彼を見る。

 

「……ちゃんと礼は言えるんだ」

「当たり前だ。」

 

 しずくは一瞬だけ口角を緩めたが、すぐに素に戻った。

 

「じゃ、私はもう帰る。仕事とかの確認は、明日からでいいでしょ」

「自分も、親父っさんに報告をしに帰りやす」

 

 二人が出ていくと、部屋には再び静けさが戻った。

 

 バルドは、カズが磨き上げた革張りのソファに腰かける。

 ある程度の長さのあるそれは、足がはみ出るがバルドが横になっても問題ないくらいのサイズだ。

 

 遠くから聞こえる夜の人声、不思議な駆動音。否が応でもここが自分の知らない土地だということが伝わってくる。

 

(……ここが、当面の拠点か)

 

 腹の底で、魔素が相変わらず重く渦を巻いている。

 酔いはまだ完全には抜けていないようだった。だが、不快感は既になかった。

 

 昔、駆け出しの冒険者だったころを思い出す。あの時も、こうして拠点を作るところから始まった。

 

「……悪くない」

 

 誰に向けるでもなく、そう呟く。

 

 倉庫だった部屋は、今、わずかに“バルドの居場所”としての形を取り始めていた。

 

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