異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第6話 おっさん、不良共を捻る

 朝と昼の間。

 陽はすでに高く、空の白さは抜けてきているが、まだ昼のような鋭さはない。

 

 しずくに「散歩でもしてなさい」と言われたバルドは、言葉の通り外に出ていたが――

 彼にとって“散歩”は、ただ当てもなく歩き回ることではない。

 

(見る。測る。覚える)

 

 それは、冒険者として生きる者の基本だった。

 

 通りに出て、まずは大通りを一周する。

 人の流れを目で追いながら、意識の一部で道の形をなぞるように記憶していく。

 

 駅らしき場所に近づけば、若い者が多く、整った衣装の男女が足早に歩いている。

 ボロを纏った者など、全く見かけない。

 少し離れると、今度は買い物袋を提げた中年の女たちや、乳母車を押す母親の姿が目立つ。

 

(あの通りは若いのが多い。ここは女が多い。……あっちは粗暴そうな連中の溜まり場か)

 

 道の幅、建物の高さ、視界の抜け。

 どこが逃げやすく、どこが追い込みやすいか。

 人間の“属性”と合わせて、地形を頭の中に描き込んでいく。

 

 一時間も歩けば、事務所を中心とした地図が、ほぼ完成していた。

 そこに商店の位置、人気の有無、暴力の匂いがしそうな場所。ひとまとめに刻み込む。

 

(そろそろ戻るか)

 

 そう思った矢先だった。

 

 人通りのある通りから一本外れた、古い商店街の裏手。

 戸の降りた店が連なり、張り紙も色褪せて久しい。

 昼間だというのに、どこか影の濃い一角。

 

 その奥で――人間の気配が、奇妙に固まっていた。

 

 バルドは足を緩め、視線だけをそちらへ滑らせる。

 

 細い路地。

 その入口から、数人の若い男たちの背中が見えた。

 輪になって、何かを囲んでいる。

 

 中心にいるのは、小柄な人影だった。

 

(女……か。年は、さほどいってない)

 

 小奇麗な服。揃いの服を着た者を何人か見た記憶がある。

 恐らくは学徒の類だろうが、それ自体はどうでもいい。

 

 男たちの笑い声が、薄く風に乗って届いた。

 

「いいから、ちょっと話聞くだけだって」

「兄貴の不始末は、妹ちゃんがつけてもいいんだよ?」

 

 女の声はしない。

 ただ、男たちの背中越しに見える肩が、わずかに震えているように見えた。

 

 冒険者としての感覚が、淡々と計算を始める。

 

(街中で、複数対一。目撃者は……いない。警邏の気配も、今は遠い)

 

 普通、街中で市民相手にこんな真似をすれば、すぐに警邏にしょっ引かれ、運が悪ければそのまま縛り首だ。

 それを承知の上でやっているなら、ただの馬鹿か、あるいは誰かの庇護を信じているか。

 

 どちらにせよ、放っておいて良い光景ではなかった。

 

 バルドは一度だけ周囲をぐるりと見回した。

 人気はない。

 建物の影と影が重なって、ここだけがぽっかりと街から切り離されたように静かだ。

 

(……仕方ない)

 

 路地へ、足を踏み入れた。

 

 近づくにつれ、女の姿がはっきり見えてくる。

 壁に背を押しつけられ、両手を胸の前で握りしめている。

 スカート。肩から掛けた鞄。まだ幼さの残る顔。

 

 その前に立ちはだかるのは、染め上げた髪と、派手な服装の若者たちだ。

 先ほど聞いた「兄貴」という単語からすると、女の兄が属している集団の仲間――そんなところだろう。

 

 バルドの足音に、ようやく一人が気づいた。

 

「ん?」

 

 振り向いた男が目を丸くし、それからニヤリと笑う。

 

「なんだ、おっさん」

 

 へらへらと、他の連中も振り返る。

 見慣れない外人が一人、バルドの体格に一瞬たじろぐ素振りを見せた者もいるが、多勢に無勢。

 自身たちの優位を信じて疑わない様子。

 

「外人さんはさぁ、危ないから帰った方がいいよー?」

 

 けらけらと笑う声。

 しかしその足は、路地の出口を塞ぐように、自然と散開している。

 

 女が、涙の滲んだ目でバルドを見る。

 助けを求める、というほど明確ではない。ただ、縋る場所を探して彷徨った視線が、たまたま彼に引っかかったような。

 

 バルドは、その視線から目を逸らさない。

 だが、表情はほとんど変わらないまま、ただ淡々と歩みを進めた。

 

「おい、聞いてんのかよ」

 

 一人が苛立ちを滲ませて前に出る。

 

「何だテメェ!? 出てけって言っただろうが!」

 

 胸ぐらでも掴む気だったのだろう。

 腕を伸ばし、距離を詰めてくる。

 

 次の瞬間。

 

 ばき、と、骨が砕ける音が、路地に乾いて響いた。

 

 バルドの足が、相手の膝を横から叩いていた。

 わざと、逃げ道のない方向から。

 

 膝の関節が、あり得ない向きに曲がる。

 

「ぎゃあああああっ!!?」

 

 男はその場に崩れ落ち、地面に転げ回る。

 折れた脚がぶらぶらと揺れるたび、悲鳴がひときわ高くなる。

 

「は……?」

 

 残りの数人が、理解が追いつかないという顔をする。

 

「テメ――ッ!」

 

 二人目が飛びかかってきた。

 拳を振り上げ、勢いだけはいい。

 

 バルドは半歩踏み込み、肘を捻じ込むようにして、相手の胸を突いた。

 ごき、と鈍い音を立てて、男の体が後ろへ折れ曲がる。

 

 続けざまに、三人目が吠えながら殴りかかってくる。

 その足首を足払いで払う。

 転びかけたところを、踵で脛を踏みつけた。

 

 べきり、と嫌な感触。

 男の喉から、潰れたような悲鳴が漏れる。

 

 女は、その一部始終を見ていた。

 青ざめた顔。唇は震えている。

 それでも、叫び出すことはしなかった。歯を食いしばり、ただその場に立ち尽くしている。

 

(気丈なものだ)

 

 バルドは一瞬だけそんな感想を抱き、それで終わりにした。

 

「て、てめぇ……!」

 

 数人が地に伏し、呻き声だけが路地に満ちる。

 残った二人が、ようやく腰に手をやった。

 

 光るものが、ちらりと陽を弾く。

 

「へっ……痛い目、見せてやるよ」

 

 街中で、刃物を抜く。

 それこそ警邏に見られれば面倒になるというのに。

 対したのが自分で良かった。()程度で済む。

 

 バルドは、やれやれと肩を竦めた。

 

「なめやがってえええ!!」

 

 一人が喉を裂くような声を上げ、勢い任せに突っ込んでくる。

 

 バルドは、その動きに合わせて、軽く一歩踏み込んだ。

 突き出された腕を避けるのではなく、手首を挟み込むように掴む。

 

 そのまま、捻る。

 

 ナイフが、あっさりと男の手から滑り落ちる――より早く、バルドの指先が柄をつかんだ。

 

 動きの流れを止めないまま、男の顔がこちらに向く。

 叫ぼうと、口が開かれる。

 

 そこへ。

 

 刃を、横から押し込んだ。

 

 ナイフは両頬を貫通し、口の中に血の味を撒き散らす。

 悲鳴は言葉にならないまま、汚れた吐息と一緒に漏れた。

 

「が、があああっ……!」

 

 男はその場で膝をつき、両手で自分の顔を押さえる。

 指の間から、赤いものがぼたぼたと落ちた。

 

「ひ、ひ……!」

 

 最後の一人の顔色が、一気に蒼ざめる。

 恐怖に引きつった目でバルドを見た。

 

「ま、待て、待ってくれ……!」

 

 情けない声。

 だが、足は本能的に後退している。

 

 バルドは、特に追わなかった。

 代わりに、その足元に転がっていたナイフを、つま先で弾き飛ばす。

 逃げようとした男の横の壁に勢いよく突き刺さる。

 

「他のも、拾って連れて行け」

 

 淡々と言う声に、男はビクリと肩を震わせた。

 

「ひ、ひいいっ……!」

 

 先ほどまで威勢の良かった連中はすでに意識を手放しているか、地面に転がって呻いているかのどちらかだ。

 まだ動ける数人の男が、震える手で仲間の腕を掴み、ずるずると引きずり始める。

 

「す、すみませんでしたっ……!」

 

 逃げながら、何度も頭を下げている。

 謝罪の相手が誰なのかも、分かっていないような必死さだった。

 

 やがて、足音と悲鳴は路地の奥へと遠ざかっていく。

 

 残されたのは、血の匂いと、冷たい空気。

 女の方へと視線を向ける。

 

「……大丈夫か?」

 

 女は壁に背中を預けたまま、震えていた。

 膝も、やや力が抜けかけている。

 

 それでも、逃げ出してはいない。

 

「あ……」

 

 かすれた声が漏れる。

 

「あ……ありがとう、ございます……あ、あの、お名前は」

 

 震えながらも、しっかりとこちらを見て尋ねてくる。

 

「バルドだ。ただの……。いや、探偵をしている」

 

 放った言葉に、それほど意味を乗せたわけではなかった。

 ただ、肩書が出来たことに、少しだけ興が乗ったのかもしれない。

 

「探偵……」

 

 女は一瞬、考えるように間を取るが、意を決したようにこちらに顔を向ける。

 

「良ければ、お話を聞いていただけますか」

 

 先ほどの視線とはまた違う、何かを決意した瞳がバルドを見つめていた。

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