異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第7話 おっさん、初仕事を得る

 ひとまず、少女と一緒に事務所へ戻ることにした。

 

 少し歩くと、事務所の入っている雑居ビルが見えてくる。

 相変わらず、一階の飲食店には人が入っていないようだ。

 

 階段の前まで来たところで、バルドはふと立ち止まって空を仰いだ。

 

「……すまんな。エレベーターとやらが壊れているらしい」

 

 少女が顔を上げ、慌てて首を振る。

 

「い、いえ! 大丈夫です!」

 

 そうは言うものの、階段を上り始めるとすぐに息が上がり始めた。

 まだ成長途中の体には、この高さの階段は地味に堪えるのだろう。

 途中で一度立ち止まり、はぁ、と小さく息を整える音が聞こえた。

 

 バルドは、その様子を横目で見ながら、歩調だけをほんの少しだけゆるめた。

 

 

 

 事務所の扉を開けると、カズがちょうど書類の束を運んでいるところだった。

 

「お疲れさまっす――って、え?」

 

 カズの視線がバルドから少女に移り、あからさまに固まる。

 

「……え、ちょっと待ってください。攫ってきたんすか? まさかの誘拐っすか?」

 

「そんなわけがないだろう」

 

 バルドは心底呆れたように言い捨てる。

 少女の肩がぴくりと揺れたので、余計な不安を煽った自覚はあるらしい。

 

「ちょっと、なに変なこと言ってんの」

 

 奥の机で何やら操作していたしずくが、ゆっくりと椅子を回した。

 視線をバルドと少女に向けて、眉間に皺を寄せる。

 

「まだ“事務所”としてまともに形もできてないのに、人連れてくるとか、どういうつもり?」

 

「え……? そ、そうなんですか?」

 

 少女が不安そうにバルドを見上げる。

 殺風景といえば殺風景だ。昨日の今日で体裁は整えたが、応接スペースと辛うじて事務作業ができる場所があるだけ。

 事務所、と言えなくもない、と言うのが正直なところだ。

 

 しずくは、そこでようやく「あ」と気づいたように小さく息を吐き、ばつが悪そうに目を伏せた。

 

「……ううん、ごめん。悪いのはこのおっさんだから。あなたは悪くないわ」

 

 そう言ってから、じろりとバルドを睨む。

 しかし当の本人は、その視線を正面から受けながらも、まるで他人事のようにカズから受け取ったペットボトルの水をぐいと飲んでいた。

 

「そんなことより――依頼があるそうだ」

 

 水を置きながら、淡々と告げる。

 

「そんなことって……全く、分かったわよ」

 

 しずくはため息をつき、立ち上がると、少女に向き直った。

 

「とりあえず、そこの椅子にどうぞ」

 

「は、はい」

 

 少女を椅子に座らせ、しずくは向かいの椅子へ腰を下ろす。

 バルドとカズも、少し離れた場所に座った。

 

「飲み物、これぐらいしかないけど」

 

 しずくは、今朝の残りらしいペットボトルのお茶を取り出し、紙コップに注いで差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 少女は両手で紙コップを受け取る。

 緊張でこわばった指先が、少し震えているのが見えた。

 

「じゃ、まずは落ち着いて。ゆっくり飲んでから、自己紹介からね」

 

 しずくの声はそっけないが、どこか慣れてもいるようにも見えた。

 少女は小さく息を吐き、一口だけお茶を飲んでから、姿勢を正した。

 

「えっと……

 私、南條《なんじょう》ひよりって言います。中学二年で、この近くに住んでて……」

 

 履物の質や、手入れされた髪。

 持っている鞄や身につけている小物の質。

 バルドはそれを見て、この子の家が“余裕のある家”だと察した。

 

 今朝方歩き回って見渡してみてわかったが、ココは、平民でもかなり質の良い暮らしが出来ているらしい。

 だが、それを踏まえても目の前に座る少女、ひよりの身なりは良い物であると分かった。

 

「それで……今日は、その……兄のことで相談があって」

 

 ひよりの視線が、テーブルの上をさまよう。

 どこから話そうか、考えながら言葉を選ぶ。

 

「兄貴さん?」

 

 カズが口を挟む。

 ひよりは小さく頷き、言葉を続けた。

 

「はい。兄は、もともと高校生の時からの友だちと一緒に、小さい“チーム”に入ってて……。最初は、本当に、ただ一緒に騒いでるだけみたいな感じで、そんなに悪いこととかしてなかったんです」

 

 けれど、と絞り出すように続ける。

 

「だんだん、人数が増えてきちゃって……。兄の友だちじゃない人たちも入ってきて。そしたら、その人たちが悪いことをし始めて……」

 

 ひよりの指が、紙コップの縁をぎゅっと握りしめた。

 

「今は、そういう人たちが“主流”になっちゃってて。兄は、抜けたいって言ってるんですけど、“抜けたらタダじゃすまない”って脅されて……」

 

 声が震える。

 涙はこぼさないが、今にもこぼれそうだ。

 

「兄は、その……頭はあまり良くなくて、勉強とかも全然なんですけど、喧嘩は強いみたいなんです。昔からちょっとヤンチャで……。だから、余計にそういうところに引っ張られちゃったみたいで」

 

 顔を伏せて、小さく息を吐いた。

 

「その……兄が、無事にチームを抜けられるように、何とかしてほしくて……」

 

 しずくが、わずかに目を細める。

 

「……それ、探偵の仕事なの?」

 

 言い方は冷ややかだが、突き放すというより、確認するような響きだった。

 

「うーん……」

 

 カズが頬を掻きながら、苦笑いを浮かべる。

 

「まぁまぁ、お嬢。困ってるみたいっすし。“調査して、解決の方法を探す”って意味なら、探偵っぽいっちゃぽいんじゃ?」

 

「無理に“っぽく”しなくていいのよ」

 

 しずくは言い返しながらも、完全に否定はしなかった。

 

 バルドは、といえば。

 そこまでの事情を聞いても、表情はほとんど変わらない。

 

(依頼があるなら、やるだけだ)

 

 それが、彼の中での単純な線引きだった。

 

「依頼料は?」

 

 バルドがそう口にすると、ひよりがビクリと肩を揺らす。

 しずくが、じろっと彼を睨んだ。

 

「いきなりお金の話しないの」

 

「報酬は必要だろう」

 

「必要だけど、タイミングってものがあるでしょ」

 

 小さく溜め息をつき、しずくはひよりに向き直る。

 

「……ここの料金、まだちゃんと決めてなかったんだけど。基本、相談料と調査費込みで、一件十万くらい。内容によっては増減するけど、今回は“学生の兄をチームから抜けさせる”って話だから――」

 

 言葉を探しながら、指を折る。

 

「長期にならないって前提で、五万。成功したら、追加で五万。合わせて十万。……ってことでどう?」

 

 ひよりは目を丸くする。

 

「じゅ、十万……」

 

「無理ならいいのよ。こっちから無理に引き受ける話じゃないし」

 

「い、いえ……。その、お金は、何とかします。両親に、うまく話して……」

 

 震えながらも、ひよりははっきりと頷いた。

 その覚悟に、しずくは少しだけ目を見開き、それからふっと目元を和らげた。

 

「……そ。まぁ、お金については、初回サービス。一万円で良いわよ」

 

 カズが、したり顔で頷いている。

 ひよりは目を白黒させながら、「ホントに良いですか?」と恐縮そうに聞いてくるが、しずくは手をひらひらと振りながら笑って答える。

 

「良いのよ。さっきも言ったけど、まだ正式に立ち上げられたわけでもないし、おっさんが無理やり連れてきたみたいなもんだしね。あ、だけど、次からはちゃんと正規の料金取るからね」

 

 そう言ってにやりと笑うしずく。少し楽しそうだ。

 ひよりは、ありがとうございます、と泣き笑いのような笑みを浮かべて礼を言った。

 

「じゃあ、正式に依頼ってことで」

 

 視線をバルドへ向ける。

 

「この人、腕っぷしは保証するわ。でっかいし、頼りになりそうでしょ」

 

 ひよりを安心させるためか、やや茶目っ気を入れて伝える。

 

「は、はい。それは、もう」

 

 少し顔を青褪めさせてひよりが答える。先ほどの光景を思い出したのだろう。

 頭に疑問符を浮かべたしずくが、「あんたなんかしたの?」と言いたげな視線を投げかけてくるが、努めて無視した。

 

 バルドは短く頷いた。

 

「さて、無事に依頼が発行されたな」

 

 それだけ言うと、椅子から腰を上げる。

 

「――それじゃあ、さっそく兄貴のところに行くか」

 

「えっ、今からですか?」

 

 カズが驚いた声を上げる。

 

「早い方がいい」

 

 バルドは淡々と答える。

 

(さっきの連中から()に話が行くのも時間の問題、何か問題が起きる可能性もある)

 

 しずくは、少しだけ考えるように目を伏せ、それから肩をすくめた。

 

「……まぁ、早いに越したことはないか。カズ、あんたもついてきなさい。相手の顔と、場所くらいは私たちも把握しておきたいし」

 

「了解っす」

 

 ひよりは戸惑いながらも、立ち上がる。

 

「案内、お願いできる?」

 

「は、はい……!」

 

 少女の声はまだ心許ない。

 だが、その足取りは、さっきよりも少しだけ強く地面を踏みしめていた。

 

(兄を“抜けさせる”方法……)

 

 バルドは、ビルを出ながら、いくつかの手段を頭の中で並べ始めていた。

 力づくか、交渉か――あるいは。

 

 場所は違えど、流儀を変えるつもりもなかった。

 こちらに来てからの初仕事、どこか気分が高揚していく気がした。

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