異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第8話 おっさん、たまり場に向かう

 ひよりの案内で、バルドたちは街のはずれへ向かった。

 

 建物の密度が少しずつ薄くなり、コンビニや飲食店が消えていく。

 代わりに、錆びたフェンスと空き地、それに廃屋と化した民家が目立ち始めた。

 

 運転席ではカズがハンドルを握り、前を見たまま軽く口を開く。

 

「この辺、ホントなんもないっすよね。夜はマジで真っ暗で」

 

「だから、たまり場にはちょうどいいみたいなんです」

 

 後部座席のひよりが、窓の外を眺めながらぼそりと言う。

 

 やがて、ひときわ背の高いフェンスと、いくつかの倉庫が肩を寄せ合う一角に差し掛かる。

 事務所用と思しき低い建物が併設された、少し古びた倉庫群だ。

 

「あそこです」

 

 ひよりが前方を指さした。

 指先の先には、シャッターが半分だけ開いた倉庫と、その隣に並ぶ同じような建物。

 

「兄が入ってる“チーム”、普段はあの中にいることが多くて……。最近は、よく知らない人たちも増えてきたって聞いてます」

 

「その“よく知らない人たち”ってのが、さっき言ってた、都心から来てる連中っすよね?」

 

 こくり、とひよりが頷く。

 カズがバックギアに入れ、少し離れた空き地に車を停める。

 

「組の方に正式な話は回ってきてねぇんで、ちゃんとしたやくざって訳じゃないと思うんすけど。若いギャング崩れ、みたいな感じっすね、多分」

 

「ふむ。要するに、ゴロツキだろう」

 

 バルドは窓越しに倉庫群を眺めた。

 道路から少し奥まった位置にあり、死角も多い。人通りはほとんどない。

 

(街はずれ、人気は薄い。騒ぎを起こすには都合のいい場所だな)

 

 ここまで来る車中で、ひよりから兄の話も聞いた。

 

 南條虎太郎《なんじょうこたろう》、高校三年。

 学校には行ったり行かなかったりで、成績はお世辞にも良いとは言えない。

 だが腕っぷしは強く、昔から喧嘩を売られやすい性格らしい。

 

 チームに入ったのも、そういう流れの中で「仲間」が欲しかったのだろう――と、ひよりは言った。

 

(頭は悪くても、筋は通したい類か)

 

 ざっくり言えば、そういう印象だ。

 バルドはドアに手をかけ、カズとひよりの方を振り返る。

 

「俺が先に様子を見てくる。二人は、ここで待っていろ」

 

「バルドさん、一人で大丈夫っすか?」

 

「問題ない。何かあれば、そのまま逃げろ。あとで合流する」

 

 あまりにもあっさりと言われ、カズは一瞬だけ言葉を失う。

 

「オッケーっす……。気を付けてくださいよ」

 

 隣のひよりも、不安そうに身を乗り出した。

 

「あ、あの……、お気をつけて……」

 

 バルドは二人に一度だけ頷き、車を降りた。

 

 

* * *

 

 

 風に乗って、錆びた鉄の匂いと油の臭いが漂ってくる。

 倉庫と倉庫のあいだには狭い通路が走り、足元には割れたコンクリート片や、使い古されたパレットが転がっていた。

 

 バルドは、まず施設の外周を一周することにした。

 

 倉庫の配置。

 入口と出口。

 フェンスの切れ目。

 登れそうな足場。

 

 歩きながら情報を拾っていく。

 

(ここと、あそこと……屋根の上に出られる梯子。事務所棟の裏手に割れた窓)

 

 迷宮の通路を歩きながら、罠と行き止まりを見極めてきたのと同じ作業だ。

 脳裏には、簡易的な見取り図が描かれている。

 

 ひと通り構造を確認すると、バルドは足を止めた。

 倉庫の壁に掌を軽く添える。

 

 意識を内側へ――そして溜まったソレを一気に外側へ広げる。

 

(魔力感知)

 

 空気を流れる魔素に、意識の触手を絡ませる。

 壁の向こう、床の下、空間全体に広がる“気配”の揺らぎ。

 

 こちらに来る前では、それは粗い塊としてしか感じ取れなかった。

 だが今――

 

(……細かいな)

 

 驚くほど“輪郭”がはっきりしている。

 一人ひとりの位置、動き、人数。

 ぼんやりとした塊ではなく、個として把握できるような感覚。

 

 感知できる距離も、以前より伸びている。

 

(こちらでの魔素との相性か、俺の器が拡がったのか……どちらにせよ、都合がいい)

 

 建物の中には、それほど多くない人数の気配があった。

 固まっている集団が一つ、二つ。あとは、倉庫内に点々と散っている。

 

(この程度なら、侵入に支障はない)

 

 バルドは意識を戻し、倉庫と事務所の間を縫うように動いた。

 足音を殺し、気配を薄くする。

 

 冒険の最中で培った“隠形”の技術は、変わらずに発揮される。

 

 事務所棟の裏手に回ると、上層に向かう古い鉄梯子があった。

 錆び付いてはいるが、まだ使えそうだ。

 

 軽く感触を確かめ、丈夫さを確認すると、跳躍して梯子を登りきる。屋上の縁にはひび割れたガラス窓が見えた。

 室内からは、低い笑い声と音楽のようなものが漏れてくる。

 

 バルドは身を伏せ、静かに窓枠に指をかけた。

 割れたガラスの隙間から中をのぞき込み、ひと呼吸。

 気配の流れに合わせて、するりと身を滑り込ませる。

 倉庫の壁の上部に敷かれた、鉄製の足場にするりと着地する。

 

 埃っぽい空気と、タバコと酒の匂いが鼻を突いた。

 

 

 

 下を覗き見る。

 ところどころに油染みが残り、空き缶や紙くずが転がっている。

 壁には雑な落書きと、そこそこ新しいポスターが重なって貼られていた。

 

 ちらほらと、ガラの悪そうな若者たちが目に入る。

 ソファ代わりか、木箱に座って何やらカード遊びをしている者。

 テーブルに足を乗せて、酒を飲みながら談笑にふけっている者。

 

 だが、誰一人として、バルドに視線を向けない。

 

 彼の気配は、もともと薄い。

 そこに魔力でさらに意識を散らせば、この程度の連中に気づかれることはない。

 

 影から影へ――

 バルドは、壁際を伝うようにして進んでいった。

 

 やがて、少し広い空間に出る。

 倉庫の中央付近だろうか。そこだけ少し天井が高くなっている。

 

 数人が、輪になって話をしていた。

 バルドは近くの棚の陰に身を潜め、耳をそばだてる。

 

「だからよぉ、マジでヤベぇんだって!」

 

 そう喚いているのは、どこかで見覚えのある顔ぶれだった。

 頬に新しい包帯を巻いている者。足を引きずっている者。腕を吊っている者。

 

(……さっきの、路地の連中か)

 

 どうやら先ほどひよりを囲んでいたゴロツキたちの一部らしい。

 

「虎太郎の妹に話しに行ったらよ、変な外人が出てきてさぁ……」

 

「そうそう! マジでおかしいんですって! 絶対軍人とかですよ!」

 

 彼らは、目の前の“偉そうな男”に、必死で訴えているようだった。

 

 中央に腰を下ろしているのは、年は二十代半ばほどか。

 金髪を無造作に立て、耳と指には安っぽいアクセサリーをじゃらつかせている。

 椅子代わりのソファにふんぞり返り、片足を組んでタバコをくわえていた。

 

「てめぇら、一人にやられてんじゃねぇよ」

 

 男は煙を吐きながら、あからさまに苛立った声を出す。

 

「女一人相手にして、その兄貴にはちょっかいも出せねぇで、挙句外人一人にまとめてやられて帰ってくるって、どうなってんだ?」

 

 ゴロツキたちは、悔しさと恐怖で顔を歪めているが、反論はできない。

 そこに、倉庫の入口から一人の男が現れた。

 

「なんか呼ばれてきたんだが、何の用だよ」

 

 制服の上着のボタンを外し、着崩した様子の男。

 髪はぼさぼさで目つきは悪いが、その奥には妙な真っ直ぐさが見えた。

 

(……虎太郎か)

 

 ひよりの話と照らし合わせれば、間違いないだろう。

 

「おう、虎太郎くんよぉ」

 

 偉そうな男が、にやにやとした笑みを浮かべる。

 

「なんだよ。学校サボってまで来たんだ。用件は手短にしろよ」

 

「おうおう、イキってんなぁ。でよ――」

 

 男はタバコを指にはさみ、灰を床に落とした。

 

「てめぇ、妙な外人を味方につけていい気になってるみてぇじゃねぇか」

 

「あ?」

 

 虎太郎が眉をひそめる。

 

「なんの話だよ」

 

「こいつらが言ってんだよ。お前の妹に話つけに行ったら、どっからともなく外人が湧いてきてよ。そいつにまとめてブチのめされたってなぁ?」

 

 男は、包帯だらけの連中を顎で指す。

 

「……は? 外人?」

 

 虎太郎は、まるで心当たりがないという顔をした。

 

「知らねぇよ、そんなの」

 

「まぁいいさ」

 

 男は肩をすくめる。

 

「お前さんがその気なら、こっちも外から手ぇ貸してもらうことにしただけだ」

 

「だから何の話だって――」

 

「ちょうどさっきな。先輩に連絡入れてきたところだ」

 

 その“先輩”という言葉の響きに、周囲の空気がわずかに変わる。

 ここにいる連中の更に上――都心から来たという連中のことだろう。

 

「お前さんの妹、攫っちまおうって話になってよ」

 

 男はポケットからスマホを取り出し、画面を虎太郎に見せた。

 

 そこには、制服姿のひよりが映っている。

 笑っている写真だが、それだけに余計に悪趣味だった。

 

「上玉だからよ。楽しんだあとで、どっかに売っぱらっちまおうって話になっててな」

 

 げひゃひゃ、と下卑た笑いが倉庫に転がる。

 虎太郎の表情が、そこで初めて剥き出しになった。

 

「……ってめぇ」

 

 奥歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど、顔が歪む。

 

「妹は関係ねぇだろ! それに外人なんて知らねぇ!」

 

「ああ? もう遅ぇよ」

 

 男は、にやにやと笑ったまま言う。

 

「お前さんが最初っから素直に、こっちの言う通りにしてりゃよかったんだ。腕っぷしだけはあるんだからよぉ。もっとちゃんと使いどころってもんがあんだろ?」

 

 周囲の取り巻きたちが、同調するようにくくくと笑う。

 

「ふざけんな!」

 

 虎太郎が一歩踏み出す。

 その目には怒りだけでなく、はっきりとした拒絶があった。

 

「闇バイトだかなんだか知らねぇけどよ! 人ん家に上がり込んで、脅して金巻き上げるなんざ――強盗と何が違ぇんだよ!」

 

 そのまっすぐな言葉に、男の笑みが一瞬だけ消える。

 

「おう?」

 

 じろりと虎太郎を睨みつける。

 

「今さら何、正義の味方みてぇなこと言ってんだ。てめぇはもうこっち側なんだよ。ここまで来て“抜けたい”とか、甘えたこと言ってんじゃねぇ」

 

「だから抜け――」

 

 虎太郎の声を遮るように、男は指をパチンと鳴らした。

 

「……そうだ。妹の件、まだ止められるかもしれねぇな」

 

 周囲の空気が、すこしざわつく。

 

「その外人、連れてこいよ。お前さんがちゃんと連れてきたら、先輩にも話を通してやる。考えてやってもいいぜ?」

 

「だから知らねぇって言ってるだろ――!」

 

 虎太郎が言いかけた、その時。

 

 天井の上の方から、微かな軋みが聞こえた。

 

 次の瞬間。

 

 上から、何かが落ちてきた。

 

 コンクリートの床に、ずどん、と重い衝撃が走る。

 びしり、と床に蜘蛛の巣上にヒビが入る。

 

 古い埃が一気に舞い上がり、白い土煙がその場を包んだ。

 

「うおっ!?」「な、なんだ!?」

 

 視界が悪くなり、周囲の連中がざわめく。

 やがて、舞い上がった埃の幕の中から、ゆっくりと人影が姿を現した。

 

 灰色の埃を肩にまといながら、すっと上体を起こす。

 その口元に、獰猛な笑みを浮かべて。

 

「――呼んだか?」

 

 バルドはそう言って、にやりと口角を吊り上げた。

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