異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです 作:鳥獣跋扈
ひよりの案内で、バルドたちは街のはずれへ向かった。
建物の密度が少しずつ薄くなり、コンビニや飲食店が消えていく。
代わりに、錆びたフェンスと空き地、それに廃屋と化した民家が目立ち始めた。
運転席ではカズがハンドルを握り、前を見たまま軽く口を開く。
「この辺、ホントなんもないっすよね。夜はマジで真っ暗で」
「だから、たまり場にはちょうどいいみたいなんです」
後部座席のひよりが、窓の外を眺めながらぼそりと言う。
やがて、ひときわ背の高いフェンスと、いくつかの倉庫が肩を寄せ合う一角に差し掛かる。
事務所用と思しき低い建物が併設された、少し古びた倉庫群だ。
「あそこです」
ひよりが前方を指さした。
指先の先には、シャッターが半分だけ開いた倉庫と、その隣に並ぶ同じような建物。
「兄が入ってる“チーム”、普段はあの中にいることが多くて……。最近は、よく知らない人たちも増えてきたって聞いてます」
「その“よく知らない人たち”ってのが、さっき言ってた、都心から来てる連中っすよね?」
こくり、とひよりが頷く。
カズがバックギアに入れ、少し離れた空き地に車を停める。
「組の方に正式な話は回ってきてねぇんで、ちゃんとしたやくざって訳じゃないと思うんすけど。若いギャング崩れ、みたいな感じっすね、多分」
「ふむ。要するに、ゴロツキだろう」
バルドは窓越しに倉庫群を眺めた。
道路から少し奥まった位置にあり、死角も多い。人通りはほとんどない。
(街はずれ、人気は薄い。騒ぎを起こすには都合のいい場所だな)
ここまで来る車中で、ひよりから兄の話も聞いた。
南條虎太郎《なんじょうこたろう》、高校三年。
学校には行ったり行かなかったりで、成績はお世辞にも良いとは言えない。
だが腕っぷしは強く、昔から喧嘩を売られやすい性格らしい。
チームに入ったのも、そういう流れの中で「仲間」が欲しかったのだろう――と、ひよりは言った。
(頭は悪くても、筋は通したい類か)
ざっくり言えば、そういう印象だ。
バルドはドアに手をかけ、カズとひよりの方を振り返る。
「俺が先に様子を見てくる。二人は、ここで待っていろ」
「バルドさん、一人で大丈夫っすか?」
「問題ない。何かあれば、そのまま逃げろ。あとで合流する」
あまりにもあっさりと言われ、カズは一瞬だけ言葉を失う。
「オッケーっす……。気を付けてくださいよ」
隣のひよりも、不安そうに身を乗り出した。
「あ、あの……、お気をつけて……」
バルドは二人に一度だけ頷き、車を降りた。
* * *
風に乗って、錆びた鉄の匂いと油の臭いが漂ってくる。
倉庫と倉庫のあいだには狭い通路が走り、足元には割れたコンクリート片や、使い古されたパレットが転がっていた。
バルドは、まず施設の外周を一周することにした。
倉庫の配置。
入口と出口。
フェンスの切れ目。
登れそうな足場。
歩きながら情報を拾っていく。
(ここと、あそこと……屋根の上に出られる梯子。事務所棟の裏手に割れた窓)
迷宮の通路を歩きながら、罠と行き止まりを見極めてきたのと同じ作業だ。
脳裏には、簡易的な見取り図が描かれている。
ひと通り構造を確認すると、バルドは足を止めた。
倉庫の壁に掌を軽く添える。
意識を内側へ――そして溜まったソレを一気に外側へ広げる。
(魔力感知)
空気を流れる魔素に、意識の触手を絡ませる。
壁の向こう、床の下、空間全体に広がる“気配”の揺らぎ。
こちらに来る前では、それは粗い塊としてしか感じ取れなかった。
だが今――
(……細かいな)
驚くほど“輪郭”がはっきりしている。
一人ひとりの位置、動き、人数。
ぼんやりとした塊ではなく、個として把握できるような感覚。
感知できる距離も、以前より伸びている。
(こちらでの魔素との相性か、俺の器が拡がったのか……どちらにせよ、都合がいい)
建物の中には、それほど多くない人数の気配があった。
固まっている集団が一つ、二つ。あとは、倉庫内に点々と散っている。
(この程度なら、侵入に支障はない)
バルドは意識を戻し、倉庫と事務所の間を縫うように動いた。
足音を殺し、気配を薄くする。
冒険の最中で培った“隠形”の技術は、変わらずに発揮される。
事務所棟の裏手に回ると、上層に向かう古い鉄梯子があった。
錆び付いてはいるが、まだ使えそうだ。
軽く感触を確かめ、丈夫さを確認すると、跳躍して梯子を登りきる。屋上の縁にはひび割れたガラス窓が見えた。
室内からは、低い笑い声と音楽のようなものが漏れてくる。
バルドは身を伏せ、静かに窓枠に指をかけた。
割れたガラスの隙間から中をのぞき込み、ひと呼吸。
気配の流れに合わせて、するりと身を滑り込ませる。
倉庫の壁の上部に敷かれた、鉄製の足場にするりと着地する。
埃っぽい空気と、タバコと酒の匂いが鼻を突いた。
下を覗き見る。
ところどころに油染みが残り、空き缶や紙くずが転がっている。
壁には雑な落書きと、そこそこ新しいポスターが重なって貼られていた。
ちらほらと、ガラの悪そうな若者たちが目に入る。
ソファ代わりか、木箱に座って何やらカード遊びをしている者。
テーブルに足を乗せて、酒を飲みながら談笑にふけっている者。
だが、誰一人として、バルドに視線を向けない。
彼の気配は、もともと薄い。
そこに魔力でさらに意識を散らせば、この程度の連中に気づかれることはない。
影から影へ――
バルドは、壁際を伝うようにして進んでいった。
やがて、少し広い空間に出る。
倉庫の中央付近だろうか。そこだけ少し天井が高くなっている。
数人が、輪になって話をしていた。
バルドは近くの棚の陰に身を潜め、耳をそばだてる。
「だからよぉ、マジでヤベぇんだって!」
そう喚いているのは、どこかで見覚えのある顔ぶれだった。
頬に新しい包帯を巻いている者。足を引きずっている者。腕を吊っている者。
(……さっきの、路地の連中か)
どうやら先ほどひよりを囲んでいたゴロツキたちの一部らしい。
「虎太郎の妹に話しに行ったらよ、変な外人が出てきてさぁ……」
「そうそう! マジでおかしいんですって! 絶対軍人とかですよ!」
彼らは、目の前の“偉そうな男”に、必死で訴えているようだった。
中央に腰を下ろしているのは、年は二十代半ばほどか。
金髪を無造作に立て、耳と指には安っぽいアクセサリーをじゃらつかせている。
椅子代わりのソファにふんぞり返り、片足を組んでタバコをくわえていた。
「てめぇら、一人にやられてんじゃねぇよ」
男は煙を吐きながら、あからさまに苛立った声を出す。
「女一人相手にして、その兄貴にはちょっかいも出せねぇで、挙句外人一人にまとめてやられて帰ってくるって、どうなってんだ?」
ゴロツキたちは、悔しさと恐怖で顔を歪めているが、反論はできない。
そこに、倉庫の入口から一人の男が現れた。
「なんか呼ばれてきたんだが、何の用だよ」
制服の上着のボタンを外し、着崩した様子の男。
髪はぼさぼさで目つきは悪いが、その奥には妙な真っ直ぐさが見えた。
(……虎太郎か)
ひよりの話と照らし合わせれば、間違いないだろう。
「おう、虎太郎くんよぉ」
偉そうな男が、にやにやとした笑みを浮かべる。
「なんだよ。学校サボってまで来たんだ。用件は手短にしろよ」
「おうおう、イキってんなぁ。でよ――」
男はタバコを指にはさみ、灰を床に落とした。
「てめぇ、妙な外人を味方につけていい気になってるみてぇじゃねぇか」
「あ?」
虎太郎が眉をひそめる。
「なんの話だよ」
「こいつらが言ってんだよ。お前の妹に話つけに行ったら、どっからともなく外人が湧いてきてよ。そいつにまとめてブチのめされたってなぁ?」
男は、包帯だらけの連中を顎で指す。
「……は? 外人?」
虎太郎は、まるで心当たりがないという顔をした。
「知らねぇよ、そんなの」
「まぁいいさ」
男は肩をすくめる。
「お前さんがその気なら、こっちも外から手ぇ貸してもらうことにしただけだ」
「だから何の話だって――」
「ちょうどさっきな。先輩に連絡入れてきたところだ」
その“先輩”という言葉の響きに、周囲の空気がわずかに変わる。
ここにいる連中の更に上――都心から来たという連中のことだろう。
「お前さんの妹、攫っちまおうって話になってよ」
男はポケットからスマホを取り出し、画面を虎太郎に見せた。
そこには、制服姿のひよりが映っている。
笑っている写真だが、それだけに余計に悪趣味だった。
「上玉だからよ。楽しんだあとで、どっかに売っぱらっちまおうって話になっててな」
げひゃひゃ、と下卑た笑いが倉庫に転がる。
虎太郎の表情が、そこで初めて剥き出しになった。
「……ってめぇ」
奥歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど、顔が歪む。
「妹は関係ねぇだろ! それに外人なんて知らねぇ!」
「ああ? もう遅ぇよ」
男は、にやにやと笑ったまま言う。
「お前さんが最初っから素直に、こっちの言う通りにしてりゃよかったんだ。腕っぷしだけはあるんだからよぉ。もっとちゃんと使いどころってもんがあんだろ?」
周囲の取り巻きたちが、同調するようにくくくと笑う。
「ふざけんな!」
虎太郎が一歩踏み出す。
その目には怒りだけでなく、はっきりとした拒絶があった。
「闇バイトだかなんだか知らねぇけどよ! 人ん家に上がり込んで、脅して金巻き上げるなんざ――強盗と何が違ぇんだよ!」
そのまっすぐな言葉に、男の笑みが一瞬だけ消える。
「おう?」
じろりと虎太郎を睨みつける。
「今さら何、正義の味方みてぇなこと言ってんだ。てめぇはもうこっち側なんだよ。ここまで来て“抜けたい”とか、甘えたこと言ってんじゃねぇ」
「だから抜け――」
虎太郎の声を遮るように、男は指をパチンと鳴らした。
「……そうだ。妹の件、まだ止められるかもしれねぇな」
周囲の空気が、すこしざわつく。
「その外人、連れてこいよ。お前さんがちゃんと連れてきたら、先輩にも話を通してやる。考えてやってもいいぜ?」
「だから知らねぇって言ってるだろ――!」
虎太郎が言いかけた、その時。
天井の上の方から、微かな軋みが聞こえた。
次の瞬間。
上から、何かが落ちてきた。
コンクリートの床に、ずどん、と重い衝撃が走る。
びしり、と床に蜘蛛の巣上にヒビが入る。
古い埃が一気に舞い上がり、白い土煙がその場を包んだ。
「うおっ!?」「な、なんだ!?」
視界が悪くなり、周囲の連中がざわめく。
やがて、舞い上がった埃の幕の中から、ゆっくりと人影が姿を現した。
灰色の埃を肩にまといながら、すっと上体を起こす。
その口元に、獰猛な笑みを浮かべて。
「――呼んだか?」
バルドはそう言って、にやりと口角を吊り上げた。