異世界から来た中堅冒険者のおっさん、現代日本で始末屋になるようです   作:鳥獣跋扈

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第9話 おっさん、ゴロツキ達を制圧する

 突然、天井から人影が降ってきた。

 

 その事実に気が付くまで、数秒の時間が必要だった。

 

 そこにいた連中が一斉に立ち上がり、ざわめきが起きる。

 散らばる空き缶が蹴飛ばされ、カランカランと転がった。

 

「……誰だ、あいつ?」

「わかんねぇっすけど……上から降ってきましたよ……」

 

 ざわめきが広がり、土煙が少しずつ薄れていった。

 

 現れた男――バルドは、服にかかった埃を払いながらゆっくりと顔を上げる。

 その口元に浮かんだ笑みは、獲物を見つけた獣じみたものだった。

 

「こ、こいつです!」

 

 先ほど路地で叩きのめされた男のひとりが、真っ青な顔で叫ぶ。

 

「変な外人! こいつが!」

「あん?」

 

 偉そうな男が、訝しげに目を細めてバルドを見る。

 体格の良さだけは一目で分かる。しかし、それ以上のものは――見た目には分からない。

 

「こいつかよ。……確かにガタイはいいが、それだけじゃねぇか」

 

 男が何やら喋っているのを無視し、バルドは視線を倉庫の内側へと巡らせる。

 

 ここにいる人数、位置、間合い――すでに魔力感知で把握済みだ。

 このフロアから少し離れた別区画にも人の気配はあるが、距離と壁の厚みを考えれば、多少騒いだところでここまで音は届かないだろう。

 

 バルドは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「さて」

 

 わざとらしく肩を回しながら、口を開く。

 

「呼ばれた気がしたから現れたが……それで。俺を連れてきたら、どうするって?」

 

 にやり、と。

 その笑みには、愉快さも怒りもない。ただ、静かに獰猛な気配だけが乗っている。

 

 空気が、ひやりと冷えた。

 

「……っ」

 

 何人かが、言葉もなく後ずさる。

 言葉に表せない“危険”を、本能で察したのかもしれない。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

 そこでようやく、虎太郎が声を上げた。

 

「俺を置いて先に進めるな! 誰なんだテメェは!?」

 

 怒鳴りつけるような口調だが、その裏には混乱があった。

 いきなり呼び出された上に妹の事を盾に強請られ、知らない外人を出せ、と言われたらコレだ。理解が追い付かないのも無理はない。

 

「ん?」

 

 バルドは視線だけ虎太郎に向ける。

 

「……そうだな。まあ、成り行きでお前さんを助けることになった」

 

 そこで言葉を切り、軽く肩をすくめる。

 

「詳しい話は、あとでだ」

 

「は……?」

 

 虎太郎が眉をひそめるが、それに対してバルドは何も返さない。

 視線を戻し“仕切っている男”の正面に立つ。

 

「そういうことだ」

 

 声の調子は穏やかだが、目は笑っていない。

 

「この男を、このチームから抜けさせてくれ。それが済むなら、手荒な真似はしない」

 

 一見、穏便な提案。

 だが、その言い方が逆に相手の神経を逆なでした。

 

「……っざけんな」

 

 男の口元が引きつる。

 

「なんでてめぇに指図されなきゃなんねぇんだよ。ブチ殺してやるぞ、外人」

 

 その声と共に、場の空気がざらついた。

 幾らか引けていた周囲の連中が、一斉に腰を浮かせる。

 

「おい、お前ら!」

 

 号令と同時に、周囲が襲い掛かってくる。

 

 

 

 最初に飛びかかってきたのは、一番近くにいた連中。

 及び腰でなかった分、他の連中と比べると肝が据わっていたのかもしれないが、誤差でしかない。

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 バルドは、それを迎え撃つでもなく、一歩横へ滑る。

 通り抜けざまに、拳を鳩尾へねじ込む。常人では何をされたか分からないほどの速度の拳。

 

 鈍い音。

 男は息を詰まらせ、吐しゃ物をまき散らしながらそのまま床へ崩れ落ちた。

 

 二人目は、横合いから駆け寄ってくる。

 位置的には、バルドも虎太郎も狙っていると取れる立ち位置。

 

「っ! 何が何だか分からねぇが!」

 

 どうやら虎太郎の方へ狙いを付けたらしい。

 虎太郎は戸惑いつつも、飛んできた拳を腕で受け、そのまま組み付く。

 足を払って倒し、背中から床に叩きつける。

 

 破れたコンクリート片が砕け、破片が飛び散った。

 

「ふむ……中々やるな」

 

 バルドは短く呟き、別方向から突っ込んでくる男に向き直る。

 

 足音の重さ。体の軸の傾き。

 格闘の心得があるであろう男が、一直線に突き進んでくる。

 

 振り下ろされた拳を避け、肩口を掴む。

 そこからほんの少し体重を乗せるだけで、骨と筋肉が嫌な悲鳴を上げた。

 

「がっ――ああああっ!」

 

 関節が、無理な方向へねじれる。

 男は顔を歪めたまま膝を折り、そのまま横倒しに転がった。

 

 虎太郎も、二人目を相手に善戦していた。

 殴られながらも殴り返し、少しふらつきながらも頭突きを叩き込む。

 

 喧嘩慣れした粗雑で泥臭い動き。

 どこかに師事すればそこそこの使い手になりそうだった。

 

(腕は――確かにあるな)

 

 バルドの動きは、対照的だった。

 

 無駄な叫び声も上げず、ステップなど以ての外。

 その場にゆるりと立ち、静かに最小限の踏み込みで仕留める。短く、速く。

 

 一撃ごとに、何かが壊れる音がした。

 腕。脚。肋骨。

 致命は避けているが、容赦はしていない。

 

「や、やべぇってコイツ……!」

 

「ちょ、待てって――ああっ!」

 

 しばらくの間、倉庫の中には殴り合う音と悲鳴が続いた。

 やがて、立っている者よりも倒れている者の方が多くなった頃。

 

「――いい加減にしろや!」

 

 乾いた破裂音が、倉庫に響いた。

 

 発砲。

 多くの人間が、エンタメの世界でしか聞いたことの無いような音が、そこに響いた。

 

 その瞬間、ほとんど全員の動きが止まる。

 顔を上げた者、しゃがみ込んで頭を庇う者。

 反応はさまざまだが、その根っこにあるのは同じ――恐怖だ。

 

 ただ一人、バルドだけが、ただ静かに音の方向へ視線を向けた。

 

(……鉄の礫を飛ばす武器か)

 

 こちらに飛ばされてからすぐ、形こそ違うが同じ種類の武器に襲われた。

 その経験則をもって判断する。

 

 脅威は――ない。

 

 天井のコンクリート片がぱらぱらと降り、微かに焦げた埃の匂いが漂う。

 偉そうな男が、片手で煙を上げた拳銃を掲げていた。

 

「……な?」

 

 男は口元を引きつらす様に歪め、笑い出した。

 

「なぁ、てめぇら。舐められるにもほどがあるだろ」

 

 銃口を振り回すと、周囲の連中がびくと身を縮める。

 

「な、な……嘗めやがってよ」

 

 男はバルドを睨みつけた。

 

「だがよ――こいつを出したら、おしまいだな!」

 

 拳銃を持った手を大げさに掲げる。

 

「ホラよ! さっさとそこに這いつくばれ! 撃たれたくなきゃ土下座でもしてみろや、外人!」

 

 意識のある連中が、へへへ、と卑屈な笑いを漏らす。

 だが、その笑い声には、どこか恐怖が混じっていた。

 

「くそ……」

 

 虎太郎が歯噛みする。

 銃を向けられて、さすがに動きが止まった。

 

 バルドは、首を小さく振った。

 

「やれやれ」

 

 肩を軽く回しながら、ゆっくりと一歩踏み出す。

 

「そんなものでやれると、本気で思っているのか?」

 

 その声音は、本当に“不思議だ”と言っているようだった。

 脅しでも虚勢でもなく、純粋な疑問。

 

 その違和感が、何よりも不気味だった。

 

「ち、近づくな!」

 

 男の声が上ずる。

 

「近づくなって言ってんだろうが! 撃つぞ!」

 

 片手で持つ銃がぶるぶると震えている。

 狙いは定まっていない。

 

 バン、と再び銃声が響いた。

 

 思わず、といった形で発射された弾丸はバルドの肩口を狙ったはずだった。

 しかし、引き金を引いた瞬間、男の手首が跳ねる。手首の固定が甘かったのだ。

 弾丸は、バルドの横をかすめて後ろの壁にめり込んだ。

 

 粉塵が、ぱらぱらと降る。

 

「……外したな」

 

 バルドは、淡々と言った。

 足は止まらない。ゆっくり、だが着実に距離を詰める。

 

「く、来んなっつってんだろうが!!」

 

 男が半ば悲鳴のような声を上げる。

 

「そんなに震えていちゃ、当たるものも当たらん」

 

 バルドは、目の前まで歩み寄ると、ふい、と右手を伸ばした。

 

 抵抗する間もなく、男の手首を掴む。

 その手を導くように――自分の額へと持っていく。

 

 冷たい鉄の感触が、額の中心に触れた。

 

「ほうら。ここだぞ」

 

 低い声で言う。

 周囲の空気が、一気に凍りついた。

 

「は……?」

 

 さすがの取り巻きたちも、目を見開く。

 

「こ、こいつ……頭おかしいのか……?」

「やべぇってマジで……!」

 

 恐れと動揺が、あからさまに声に出ていた。

 

 銃を向けられている当の本人は、微動だにしない。

 ただ、男の手首をしっかりと押さえつけ、その指に触れているだけだ。

 

「撃たないのか?」

 

 バルドが、ほんの少しだけ首を傾げる。

 挑発というより、催促のように。

 

 男の喉が、ごくりと鳴った。

 歯がガチガチと音を立てて震える。

 

「……撃てないのか?」

 

 さらに一歩、身体を寄せるように近づいた。

 銃口は、相変わらずバルドの眉間に押し当てられたままだ。

 

「撃て」

 

 小さく。

 

「撃て!!!」

 

 その一言は、倉庫の空気を揺らすほどの大音声だった。

 

「うわっ――!」

 

 驚愕に押されるようにして、男の指が引き金を引いた。

 

 至近距離から放たれた銃弾。

 誰もが、一瞬、同じ未来を想像した。

 

 血しぶき。

 頭部の崩壊。

 コンクリートに飛び散る何か。

 

 あまりに鮮明な惨劇の予感に――

 その場にいた全員が反射的に目を逸らした。

 

 そして。

 

 何も、起こらなかった。

 

 静かな金属音だけが、場違いなほど軽く響いた。

 カラン、カラン――と、弾丸が床を転がる音。

 

 恐る恐る目を開けた者たちが見たのは――

 眉間の中央に、小さく赤い痣が浮かんでいるだけのバルドの顔だった。

 

 皮膚の表面は、指で押したように少しだけへこんでいる。

 だが、血は流れていない。貫通もしていない。

 

 眉間に当たった弾丸は、ぺしゃりと形を潰し、重力に従ってぽとりと落ちたのだ。

 床を転がる、無力な鉛の塊。

 

「な、何だよ……」

 

 男の顔から血の気が引く。

 

 膝が笑い、支えを失ったように、その場にどさりと腰を落とした。

 握っていた銃も、手から滑り落ちる。

 

 次の瞬間、男の股間から、ぬるりと温かい液体が広がっていった。

 ズボンの色が、じわじわと濃く染まっていく。

 

「……軟弱だな」

 

 バルドは、冷めた声で言った。

 虎太郎が、ごくりと喉を鳴らす。

 

(……なんだ、こいつは)

 

 さっきまで殴り合いをしていた時とは違う意味で、背筋に寒気が走った。

 目の前に立っている男は、殴り合いに強いだけの男ではない。

 

 常識の外側にいる――そんな実感だけが、はっきりと胸に刻まれた。

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