TS生体ユニットの幸せ余生計画!   作:鰻重特上

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 ジーナ視点です。


彼女の憂鬱(あるいは幸福)

 

「ユニさん。今月の支出明細、確認させてもらってもいいですか」

 

「えっ、急にどうしたの、ジーナちゃん」

 

「どうしたもこうしたもありません。主任の家計管理も秘書の業務範囲に含まれていますので」

 

 私は、リビングのテーブルに端末を広げ、目の前に座っている赤毛の少女を真っ直ぐに見据えた。

 

 ユニさんは義体の身体でソファに深く沈み込み、膝の上には開封したばかりの箱が乗っている。中身は、どこをどう見ても機動兵器の縮小モデル、いわゆるプラモデルという代物だった。

 

 テーブルの上にはすでに完成済みのプラモデルが二体並んでいて、その隣には食べかけの高級チョコレートの箱と、コロニーの商業区画の有名パティスリーの紙袋がごく自然に鎮座している。

 

「……ユニさん。この『MK-VII ヴァンガード・1/100スケール・エースエディション』、いくらしたんですか」

 

「あー……えっと、ちょっと張り込んだかな。でもね、ジーナちゃん、これ限定三百個の超レアモデルで、関節の可動域が通常版の二倍あって、しかもコックピット内部まで完全再現されてるんだよ? それに生体ユニット用ポッドの造形がすごくリアルで」

 

「金額を聞いています」

 

「…………さんまんえん、くらい?」

 

「くらい、じゃなくて正確な数字をお願いします」

 

「……三万九千八百クレジットです」

 

 私は目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。三万九千八百。プラモデル一つに。先週買っていた別のモデルが一万二千。その前の週にはコロニー限定のお菓子の詰め合わせセットを三つ。さらにその前には……。

 

「ユニさん。義体を手に入れてからまだ二ヶ月ですけど、このペースで散財を続けると、二年間の貯蓄がどのくらいで底を尽きるか、計算してみましょうか」

 

「大丈夫大丈夫! OS時代の二年分の給料、ほぼ丸ごと残ってるから! 使い道なかったし!」

 

「だからといって、堰を切ったように使い始めていい理由にはなりません」

 

「でもジーナちゃん、六年間ずっと身体がなかったんだよ? 手で触れない、口で食べられない、匂いも味もわからない。その六年分の物欲が一気に解放されたんだから、これくらいは許容範囲じゃない?」

 

 赤い瞳が懇願するようにこちらを見上げてくる。その表情は義体とは思えないほど自然で、頬を膨らませて拗ねた顔なんかは、とてもかつて一度死んでOSになった人間のものとは思えない。

 

 ……いけない。この顔に負けてはいけない。主任もこの顔にやられて毎回折れているのだ、私まで陥落したら歯止めが利かなくなる。

 

「……許容範囲かどうかの判断基準が、ユニさんの中にないことが問題なんです。チョコレートだけで今月三箱目ですよ」

 

「だって美味しいから……」

 

「美味しいのはわかりますけど。……というか主任、あなたもですよ。昨日、ユニさんが欲しがってたブランケット、黙って買い与えてたでしょう」

 

 私がリビングの入り口に立っていた主任。ヴィルヘルム・オルバースに視線を向けると、彼はコーヒーカップを手に持ったまま微妙な顔をした。

 

「……義体は、体温調節機能が生身よりも劣る。ブランケットは実用品だ」

 

「実用品にしては、コロニーの最高級インテリアショップの刺繍入りでしたけど」

 

「……素材が良いと、保温性も高い」

 

「主任。理屈をこねれば言い訳になるとお思いですか?」

 

 主任は無言でコーヒーを一口すすった。

 

 それは否定できないということですね、わかります。

 

 この二人と暮らしていると、正確には、主任の自宅に秘書として出入りしながらこの二人の生活圏に巻き込まれていると、私の胃の寿命が目に見えて縮んでいく気がする。

 

 ユニさんが義体を得てからというもの、主任のユニさんへの甘やかし方は目に余るものがあった。欲しいと言えば買い与え、食べたいと言えば用意し、寒いと言えば自分のジャケットを脱いで肩にかける。六年間、端末の画面越しにしか触れ合えなかった反動なのだろうとは理解しているが、それにしたって限度というものがある。

 

 一方のユニさんはユニさんで、六年ぶりの身体を持て余しているのか、何かと不注意なトラブルを起こす。

 

 先週はコーヒーカップを三回落とし。その前は階段で足を踏み外して転げ落ち。昨日は書類を整理しようとして棚の上の箱を全部ひっくり返した。

 

 そのたびに主任が涼しい顔で後始末をし、ユニさんが「ごめんなさい、ヴィル」と笑い、私と散らばった書類を拾い集める。

 

 OS時代からスピーカー越しにさんざん振り回されてきたが、肉体を持つようになってからは物理的にも振り回されるようになった分、被害の範囲が拡大している様な気がする。

 

 その上、ユニさんは業務に携わる時、肉体から主任の端末に意識を移して、今まで通りOSとしても仕事をする。

 

 つまり、義体のユニさんが書類をひっくり返している傍らで、端末からはOSのユニさんが主任に的確な業務サポートを行っているという、意味のわからない光景が日常的に繰り広げられるのだ。

 

 初めてそれを見た時は正直、頭がおかしくなりそうだった。

 

 同一人物が二箇所で同時に存在して、一方はコーヒーを淹れて、もう一方は完璧な事務処理をしている。しかも両方とも本人なのだから、ツッコミどころが多すぎて処理が追いつかない。

 

 「すごいでしょ? 意識の分割って、慣れると便利なんだよ」とユニさんはケロッとした顔で言っていたが、それを聞いた時の私の気持ちを、どう言語化すればいいのかわからない。

 

 

 ……それでも。

 

 主任が、ユニさんの義体を造りたいと、私に打ち明けた時の顔を覚えている。「ジーナ、頼みがある」と、あの寡黙な人が、珍しく言葉を選びながら事情を説明してくれた時の、少しだけ年相応に見えた表情。あの顔を見てしまったら、手伝わないわけにはいかなかった。

 

 ユニさんが目を覚まして、主任の手を握って泣いていた、あの日の光景も……。

 

 だから、この騒がしい日々が悪いものだとは思わない。思わないのだが……。

 

 

「ジーナちゃん! このプラモの腕パーツ、どうしてもハマらないんだけど、手伝って!」

 

「自分でやってください」

 

「ジーナちゃんの方が指先器用じゃん!」

 

「それは秘書業務に含まれません」

 

 ……なんだかんだ言いつつ、結局手伝ってしまう自分が一番の問題なのだということは、薄々気づいている。この二人のペースに染まり始めている自覚はあるし、それを悪くないと感じてしまっている自分がいるのも事実で、その事実がほんの少しだけ怖い。

 

 私は元々、感情を抑えて機械のように動くよう調整された生体ユニットだったはずなのに。いつからこんなに、表情筋を使うようになったのか。

 

 

─────

 

 

 その日は、主任が終日コロニー外の移送艦隊基地に出張で不在だった。

 

 朝、主任を見送った後のリビングで、私は一人で報告書を作成していた。ユニさんは隣の部屋で何かガサガサと音を立てている。またプラモデルでも組み立てているのだろうと思って放置していたのだが、やがてドアが開いて、赤毛の少女がひょっこり顔を出した。

 

「ジーナちゃん、今日、ちょっと出かけない?」

 

「……出かける? どこにですか」

 

「商業区画。久しぶりに、ゆっくり見て回りたいなって」

 

「また散財する気ですか」

 

「違うって! 今日はちゃんと目的があるの。ね、お願い。一人で行くと道に迷いそうだし」

 

 義体の空間認識機能は生身の人間と同等に調整されているはずなのだが、ユニさんはなぜか方向感覚だけが壊滅的にダメだった。

 

 OS時代はマップデータを直接処理できたから問題なかったのだろうが、肉体で歩くとなると話が別らしい。

 

 先月も一人で買い物に出て、同じ通りを三周してから主任にSOSの通信を入れていたらしい。

 

「……報告書、今日中に仕上げないといけないんですけど」

 

「帰ってきてからでも間に合うでしょ? わたしも手伝うから」

 

「……」

 

 赤い瞳が、きらきらとこちらを見つめている。

 

 ……この人は、こういう時は妙に押しが強い。

 

「……一時間だけですよ」

 

「やったー!」

 

 ユニさんが両手を上げて喜んだ。義体の手が勢いよく跳ね上がり、ドアの枠に指先をぶつけた。

 

「いった……」

 

「……ほら、だから動作の加減を覚えてくださいって、何度も言ってるじゃないですか」

 

「ごめんごめん。まだちょっと力の入れ具合がわからなくて……」

 

 赤くなった指先をふーふーと吹いているユニさんを見て、私は小さくため息をついた。こんな調子で商業区画を歩いて大丈夫なのだろうか。

 

 

─────

 

 

 コロニーの商業区画は、終戦後の復興を経て、かつての賑わいを取り戻しつつある。

 

 ホログラムの広告が空中に浮かび、並木道には新しく植え替えられた若い木が陽光に照らされて葉を揺らしている。

 

 ユニさんは、すべてが懐かしいとでもいうように、キョロキョロと周囲を見回しながら歩いていた。義体とはいえ肉体で外を歩くのがまだ不慣れなのか、時折バランスを崩しそうになる。そのたびに私は無言で彼女の腕を支えた。

 

「わぁ、あのお店、前はなかったよね。ジーナちゃん、あそこ何のお店?」

 

「焼き菓子の専門店です。最近できました」

 

「へぇ……いい匂い。ジーナちゃん、帰りに寄ってもいい?」

 

「散財はしないって約束しましたよね」

 

「寄るだけ! 買わないから!」

 

 絶対買う。この人は「見るだけ」と言いながら必ず何か手に持って出てくる。この二ヶ月、一緒に過ごした経験から、私にはそれがよくわかっていた。

 

 ユニさんは私のすぐ横に寄り添うようにして歩いている。人混みが不安なのか、それとも単に距離感が近いだけなのか……。たぶん後者だ。

 

 この人は昔からそうだった。OS時代でさえ、スピーカーの音量を少しだけ上げて、私の作業中にやたらと話しかけてきたものだ。

 

 しばらく歩いたところで、ユニさんが突然足を止めた。

 

「あ、ここ。ちょっと待ってて、ジーナちゃん」

 

 ユニさんが一軒の小さなショップに入っていった。アクセサリーショップのようだった。ショーウィンドウに、繊細なデザインのブレスレットやイヤリングが並んでいる。

 

 五分ほどで戻ってきたユニさんの手には、リボンのかかった小さな紙袋が握られていた。

 

「はい、ジーナちゃん。これ」

 

「……これは?」

 

「ジーナちゃんに。プレゼント」

 

「……」

 

「プレゼント! ほら、ジーナちゃんに!」

 

 そう言って、押し付けるように差し出された紙袋を、私は反射的に受け取ってしまった。中を覗くと、小さな箱が入っている。開けると、深い碧色……私の瞳と同じ色の宝石があしらわれた、華奢なブレスレットが収まっていた。

 

「……ユニさん、これ」

 

「似合うと思って。ジーナちゃんの目の色、すごく綺麗だから、同じ色の石を見つけた時にピンと来たんだ」

 

「……いつ選んだんですか」

 

「先週、ヴィルと買い物に行った時にこっそり。今日、渡そうと思って、作ってもらったんだ」

 

 だからわざわざ私を外に連れ出したのか。目的があると言っていたのは、これだったのか。

 

「ジーナちゃん、いつもありがとう」

 

「……何ですか、急に」

 

「何って、全部だよ。ヴィルのお仕事を手伝ってくれて、わたしの面倒も見てくれて、いつも気にしてくれて」

 

 ユニさんが、赤い瞳を真っ直ぐにこちらに向けた。その目が、柔らかく細められる。

 

「それだけじゃなくて。わたしがOSだった六年間、ずっとヴィルの傍で支えてくれたでしょ。わたしの代わりに戦ってくれて、生き抜いてくれて、戦争が終わった後もヴィルの面倒を見てくれて。……わたしがいない間のこと、全部、ジーナちゃんがいてくれたからヴィルは大丈夫だったんだと思う」

 

「……それは、主任のパイロットとしての技量と、ユニさんのOSとしてのバックアップがあったからです。私個人の功績では……」

 

「あるよ。ジーナちゃんの功績だよ」

 

 遮るように、しかし穏やかに、ユニさんが言った。

 

「ジーナちゃんが戦場で踏ん張ってくれたから、ヴィルは生きて帰れた。ジーナちゃんが秘書として支えてくれたから、ヴィルは管理職として立っていられる。ジーナちゃんが、ヴィルとわたしと、一緒にいてくれるから、わたしたちはちゃんと地に足をついていられる」

 

「…………」

 

「だから、ありがとう。わたしがいなかった間、ヴィルを守ってくれて」

 

 風が吹いた。並木道の若葉がさらさらと鳴り、人工の陽光がユニさんの赤い髪を淡い金色に透かした。

 

 彼女は笑っていた。嘘のない、透明な笑顔だった。

 

 ……参った。

 

 こういうところだ。この人の厄介なところは。散財するし、ポンコツだし、方向音痴だし、プラモデルに四万クレジットも使うし、チョコレートを一人で箱ごと食べるし、棚の箱をひっくり返すし……。

 

 ……なのに、こういう時だけ、まっすぐ胸を射抜くようなことを平然と言う。

 

「……別に。主任の世話は、仕事のうちですから」

 

「うん。でも、仕事じゃない部分もあったでしょ?」

 

「……さぁ。どうでしょうね」

 

 私はブレスレットの箱をぱちんと閉じ、紙袋ごと鞄にしまった。顔が熱い。たぶん、耳まで赤くなっている。……主任の遺伝子でも混じったのかと疑いたくなるような反応だった。

 

「ジーナちゃん、照れてる?」

 

「照れてません。日光の反射です」

 

「意味わかんないんですけど」

 

「うるさいです。帰りますよ。報告書がありますので」

 

「えー、焼き菓子のお店は?」

 

「……五分だけです」

 

「やった!」

 

 踵を返して歩き出す私の隣に、ユニさんが小走りで追いついてきた。また少しよろけて、反射的に私の腕を掴む。

 

「すみません……。まだ走るのが下手で……」

 

「掴むなら腕にしてくださいね。シャツが伸びますから」

 

「はーい」

 

 素直に腕に手をまわすユニさんの横顔を、私はちらりと盗み見た。赤い髪がさらりと揺れ、人工の陽光を受けた白い肌が輝いている。

 

 碧色の宝石を選んだ時のこの人は、たぶん私のことを思い浮かべながら、ああでもないこうでもないと真剣に悩んでいたのだろう。

 

 その光景を想像すると、なんだかくすぐったいような、困ったような気持ちになる。

 

 ……主任が、この人に惚れたのもわかる気がした。

 

 ずっと不思議だったのだ。端末のスピーカーから流れてくる声だけの存在を、なぜ主任はあれほどまでに大切にし続けたのか。

 

 肉体もなく、触れることもできず、ただ声だけがそこにある……。

 

 そんな形のない愛を、六年も抱え続けられた理由が。

 

 でも今は、少しだけわかる。

 

 わかってしまう。

 

 こんなふうに、計算なしに人の懐に入ってきて、ストレートに感謝を伝えて、笑って、食べて、転んで、周りの人間を勝手に巻き込んで、勝手に幸せにしてしまう人だから。厄介で、手がかかって、目が離せなくて、それでいて不思議と傍にいたいと思わせてしまう。

 

 主任も、きっとそうやって巻き込まれたのだろう。

 

 この人の引力は、たぶん、本人には見えていない。だからこそ厄介で、だからこそ惹かれる。

 

「ジーナちゃん、ブレスレット、つけてみてくれる?」

 

「……後で」

 

「えー」

 

「後でつけます。……ちゃんと、大切にしたいので」

 

 ユニさんが、ぱっと花が咲くような笑顔を見せた。

 

 ……ああ、もう。本当にこの人は。

 

 帰ったら報告書を片付けて、夕方には主任が戻ってきて、またあの三人の騒がしい夕食が始まるのだろう。

 

 ユニさんが何か一品をこぼし、主任が黙って拭き、私がため息をつく。いつもの光景。

 

 焼き菓子の店の前で立ち止まったユニさんが、ショーウィンドウに顔を寄せて「これ美味しそう!」とはしゃいでいる。「買わない」と言っていた約束は、果たされることはなさそうだ。

 

 私はその背中を眺めながら、鞄の持ち手を少しだけ強く握った。

 

 (……まぁ、悪くないか。この日常も)

 

 認めたくないけれど、多分……。本当に多分だけれど。

 

 私はこの二人のことが、好きなのだと思う。




【U222/ユニ・ユニさん】
 ジーナに対してはほぼ素で接している(無意識)。
最近の悩みは体重が増えてきたこと……。いや、ほら、義体だし太らないと思ってたんだよ。ヴィルが「最新鋭の義体だ、よく出来ているだろ」って、少し誇らしげに言った顔はムカつきましたね。

【ヴィルヘルム・オルバース/ヴィル・主任】
 ユニに対して甘々過ぎると日常的にジーナから注意を受けている。内心「お前も対して変わらないだろう」などと考えているが、大人なので黙っている。最近の悩みは、ユニのジーナに対する遠慮のない親しげな態度に少し嫉妬してしまうこと。別に敬語が嫌な訳では無いが……なんかモヤモヤするだろ?

【G117/ジーナ】
 何だかんだ言ってもユニとヴィルのことが好きだし、大切。それはそれとして辟易はしている。もちろん婚期は逃す(残当)。最近の悩みは、ユニさんと主任のイチャラブスキンシップが少し激しいこと。私が来る真っ昼間は流石に控えて下さい、この非常識の猿共が。

─────
『スーパーOSユニのちょこっと豆知識!』
 ジーナちゃんは昔、まだ無知無知な生体ユニットだった頃に悪いOSに騙されて「メイド服(通販)」やら「チャイナドレス(通販)」やらを着させられて撮影会をされた事があります(いつか復讐を誓っているそうです。怖いですねヴィル)。
─────

 これで本当に最後の投稿となります。完全な蛇足でしたが、少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。

 改めて、最後まで御読みいただき誠にありがとうございました!!
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